第238話―寝起きに叱る―
……何だろう、この状況……。
そして、何故、誰も何も教えてくれないのだろうか……。
泣きじゃくるリンネも何も教えてくれない。……というか、それどころではないようだ。
リンネが人の言葉を話しているということは確かに驚くべきことだが、今は俺も、気にしてられないという状況だ。
一体、俺は誰を殴ったのだろうか……? 訳の分からない状況で、見ず知らずの人間を殴ってしまったという後悔が、目が覚めていくにつれて、膨れ上がってくる。
ただ、リンネを襲おうとしていたのは明白だ。味方じゃないのは、何となく分かる。一応、すぐに臨戦態勢に入れるように斬鬼を手に取ったが……起き抜けなんだよな、俺。大丈夫かな……。
さて、早いとこ誰かに説明を求めたい。そう思いながら、辺りを見回す。すると、すぐ近くに居たツバキと目が合った。
俺は立ち上がり、呆然としているツバキの元へと近づいていく。
「ツバキ? ……おい、ツバキ」
「……は、はい! あ、ムソウ様……おはようございます」
何回か声をかけた後、ツバキはハッとして、そう言ってきた。
「ああ、おはよう……。で、これはどういう状況だ?」
「え、え~と……ですね……」
ツバキは少し、慌てた様子で、これまでの経緯を話してくれた。かいつまんで言うと、ケリスを滅ぼした俺を罰すると王都のセインが決めたらしいが、街の復興と、俺の回復、さらに、王都では生死不明となっているケリスからの連絡が一週間無かったら、取りあえずは状況の確認の為、話を聞きに行くと申し出た者が居た。
その人物が、先ほど俺が殴り飛ばした男で、十二星天のシンジという者だ。
確か、精霊人の森での一件で、セインと共に、俺を殺そうとしていた奴だったな。シンジがそんな条件を設けるとは意外だ。
そして、約束の一週間が過ぎ、それでもケリスや貴族から何の連絡も無いということで、シンジは単身ここに来たのだという。
「……あれ? じゃあ、この状況はマズいのか?」
仮にも、王都では王の補佐官を務めている男だ。それを殴り飛ばした時点で、何を言おうとも、全てを無意味に終わらせることになりそうだと、俺は血の気が引く感覚がする。
しかし、ツバキは俺の言葉を否定した。
「いえ……でも、リンネちゃんを襲おうとしたのは事実です。それに闘気を放出させて、私達を威嚇しておりましたし……」
「こ、こわかった~!」
リンネはそう言って、俺の胸元に顔を埋めてくる。コイツが、怖がるとは珍しいな。そんなにかとツバキに確認すると、狐火が効かなかったそうだ。ああ、自分の得意技が全く聞かなかったら、それは怖いよな。俺はリンネを泣き止ませようと、頭を撫でる。
さて、リンネが狐火を出す事態にまでなったということは、確かに俺に危険が迫っていたという話にもなってくる。
ただ、それだとやろうと思えば、ここに来るまでに屋敷を吹き飛ばす勢いで攻撃してきたら、良かったんじゃねえかとも思う。ジェシカたちも居たし、それは不可能だと考えたか?
―ひょっとして、本当に話だけをしに来たんじゃ……―
俺の脳裏に、嫌な予感がよぎった。
その時だった。庭から複数の大きな気を感じる。慌てて外に出ると、シンジを取り囲むように、ジゲン、アヤメ、ナズナ、ショウブ、シロウ、そして、ジェシカと先ほどまでは居なかったコモン、そして、見知らぬ女二人が得物を構えながら立っていた。
ジゲンとアヤメ、ナズナ、さらにその女のうちの髪の長い方は、刀精まで出現させて、シンジに臨戦態勢をとっている。
シンジはよろよろと立ち上がり、俺に殴られたところを手で押さえながら、自身を取り囲む者達を睨み、声を上げる。
「何のつもりだ!? おい! コモン! それにジェシカ! 何をしているのか分かってんのか!?」
シンジは闘気を放出させているコモンとジェシカを強く睨みながら、声を荒げた。
「ええ、分かっていますとも! このまま貴方を倒させてもらいます!」
「そんなことしたら、テメエら、十二星天の地位は剥奪だぞ! それによって、治癒院、天宝館も下りてもらうことになる! いや、最悪処断だってあり得るぞ!」
「全て、承知の上です。このままムソウさんを斬るというのなら、僕たちはあなた方の敵になることだって躊躇いません!」
おおう……コモンがさらっとすげえこと言ってる。俺の為だけに、そこまでの覚悟を決めたのか……なんともむず痒い思いになってくるな……。
そう思っていると、シンジは舌打ちをして、今度はジゲンやアヤメたちの方を向いた。
「テメエらも、何をしているのか分かってるのか!? おい、“刀鬼”! 大体の事情はこっちも聞いてんだ! それが本当かどうか、確認した結果、お前のことは見逃すかも知れないのだぞ!」
「そうかも知れん……。じゃが、以前、ムソウ殿を斬ろうとした男をこのままにする方が危険じゃ。ムソウ殿や、ここに居る者達を護るためならば、儂は再び、鬼になる」
「ぐぬ……本物の鬼がどんな存在か知らないくせに一丁前な口ききやがって……!
それに、一緒に居るクレナ領主! テメエも何のつもりだ!? 一領主が、人界の宰相に手ぇ出して良いと思ってんのか!?」
「知るか! 領主もギルド支部長も関係ねえ! この街を護ってくれたムソウを斬るってんなら、そんなもん捨てて、お前を斬ることだって辞さねえ!
もう、何もしないで、後悔だけはしたくねえんだよ!」
シンジが何を言っても、刀を下ろさないジゲンとアヤメ。こちらも少々むず痒い思いになるな。落ち着いて考えれば、ジゲンもアヤメも相当やばいことを言っているというのが分かりそうなものだが。
あれは……駄目だな。目を見れば分かる。二人含めて皆、頭に血が上っているという状況だ。
しかし、シンジという男は、宰相というには品が無いというか、何というか。聞いていた印象とはだいぶ違うな。もっと偉そうで、尊大な態度をとっているかと思っていたら、どうも俗っぽい感じがする。
十二星天の紋が入った外套を身に纏っているが、その下は、深緑の衣に、黒い袴で、腰には一本の刀と、脇差のようなものを身に着けている。
歳は、十二星天だから分からないが、二十台といったところか。顔つきも、今は顔を真っ赤にして怒った表情だが、普通にしていても相手を威圧するような印象を与えるだろう。髪もぼさぼさで手入れをしていないように見える。
何となく宰相って雰囲気じゃないな。山賊とかしていそうだ。……というか、自分で言いたくないが、雰囲気は俺に似てるな。
そして、更に気になることがある。あれだけ怒り、皆から殺意をぶつけられても、シンジは刀を抜かない。
―これは……ひょっとして……―
俺の脳裏に再び嫌な予感がする。
しかし、その瞬間、シンジは拳を固めて、全身に力を入れたかと思うと、気合の雄たけびを上げながら、皆以上の闘気を解放させた。それはすさまじく大きく、強い力の波動を感じる。ジゲンやコモンと互角かそれ以上だ。
皆はシンジの闘気を受け、更に得物を構え直す。シンジは苛立つように声を上げた。
「チッ! 分かった! テメエらがその気なら、俺だってもう限界だ! 全員叩き伏せてやるから覚悟しろ!」
シンジはそう言って、刀を抜いた。すると、シンジの身体と刀に変化が起こる。衣の上に、気で出来た甲冑のようなものが浮かび、シンジの身体を覆っていく。
そして、刀は気を集めながら変化していき、大刀となり、炎のように揺らめく気が、その刃に纏わりだした。
あれが、シンジのEXスキル絶対強者の効果か?
ミサキから聞いていたように苦手な種族に変化するというよりは、他の者を圧倒させる力を手にしたり、身体の仕組みや属性などを変えると考えた方が良いのかも知れない。
恐らく、リンネの狐火をかき消したというのも、狐火が効かないように自身の性質を変化させたのかも知れないな。
シンジは変化した大刀を空に掲げ、他の者達を迎え撃つ態勢に入った。ジゲン達は一斉にシンジを攻撃しようと、動き出そうとする。
だが、俺はシンジを見ながら、あることに気付き、一人慌てた。
シンジが刀を高く上げたことにより、袖がずれて、その下のものが露になる。シンジは右手に腕輪をしていた。
その腕輪には、見慣れた二つの紋章が刻まれている……。
「まずい! ウオオオオオッッッ!!!」
―死神の鬼迫―
俺は、ツバキとリンネを引かせ、庭に居る全ての者達に、大きな殺気をぶつける。
すると、一同ビクッと体を震わせ、目を見開きながら動きを止めた。シンジも何が起こったのかという目になり、俺の方を向いてくる。
そして、全員の目が俺に注がれ、俺が起きたことを確認したのか、皆は闘気を鎮めていった。
皆が落ち着いたことを確認すると、俺は庭へと出て、ため息をつく。
「はあ……起き抜けに、でけえ声出してんじゃねえ。頭に響くだろうが……」
「む、ムソウ殿……これは……」
「おう、爺さん、おはよう」
近づいてくるジゲンにそう声をかけると、ジゲンはキョトンとする。
「う、うむ。元気になったようで何よりじゃ」
「ああ。爺さんも元気そうで良かったよ……しかし、これはやり過ぎだ」
庭を見渡しながらそう言うと、ジゲンは少し困ったような顔をする。
「じゃが、この者はムソウ殿を……」
「斬るってんなら、わざわざ俺の部屋まで来ないだろ。俺だったら、屋敷ごと吹き飛ばす。これだけの力、持ってるのだからな。ちなみに、爺さんならどうする?」
ジゲンは目を見開き、少し黙り込んだ。冗談で聞いてみたが、確かにその方が早いかとどこか納得している様子だ。恐ろしい爺さんである。
「それに、たまやサネマサに何の影響も出ないようにって、これまで頑張って来たんだろ?俺如きの為に、全てを無にするな。……アヤメもだ。お前の肩には、クレナの住民全てが、掛かっている。一時の感情で、それを忘れることは許さん」
「う、む……」
「……ああ」
二人は俺の言葉に、渋々ながら頷いた。俺一人の為に、コイツらの大切なものを失わせるわけにはいかない。
更にコイツらを大切に思っている奴らの為にも、今回は厳しく二人を叱った。闘いに勝って、喜びを分かち合うのは……後にとっておこう。
「そして、それはコモンと……ジェシカにも言える。お前らは人界背負ってんだ。そこはしっかりと自覚をもって行動しろ」
「で、ですが、シンジさんはムソウさんを……」
「だから、さっきも言ったように、斬るってんなら、最初からやってる。
だが、コイツは威嚇こそしていたようだが、お前らが本気でコイツを襲おうとするまでは、刀を抜かなかった。それが、どういうことか分かるな?」
シンジがここに、本当に話だけをしに来たんだということを伝えると、コモンとジェシカはハッとした様子で、黙り込んだ。
少し、反省しているらしい。十二星天については、最近、というか先ほどまで、その地位に立つ重みというか、人界の未来のために闘った、皆の思いのような話をしていたからな。
せっかく、平和になった人界を、再び乱すことは嫌だった。アイツらの思いは、俺が必ず護ってやる。
そう思いながら、俺はシンジに目を向ける。シンジは変化を解き、刀を収め、俺の方を見ていた。
「さて……話を聞きに来たんだってな……ついて来いよ。二人きりで話してやる」
「……良いのか?場合によっては、本当に貴様を……」
「構わねえよ。だが、その時は俺も反撃するからな……エンヤと一緒に」
俺は自分の腕輪を外し、シンジに放り投げた。シンジは目を見開き、俺の腕輪を受け取ると、身体を固まらせる。
そして、信じられないことが起きたという顔をして、再度俺に顔を向けてきた。
「貴様……いや……アンタ……やっぱり……」
「良いから、行くぞ……アザミ、茶を用意してくれ。それから……皆は、作業に戻れ。ツバキとリンネも、な」
皆に指示を出すと、それぞれ素直に分かりましたと言って、頷く。だが、ツバキとリンネは俺の元に近づき、動こうとしなかった。
「む~! おはなしならリンネとするの!」
リンネは不貞腐れたような顔で、俺のことを覗き込んでくる。
……ああ、本当に喋っている。事態が落ち着き、改めて落ち着いてリンネを見ると、何故だか感動してくる。俺は、しゃがみ、リンネの頭を撫でる。
「本当に、お前の成長にはいつも驚かされるな。コイツとの話が終わったら、また遊んでやるから、それまで我慢していてくれ」
「む~! このひと、リンネのことおそったんだよ!」
「そうかそうか……まあ、その辺りもきちんと叱っておくよ」
「ぜったいだからね! それから、おわったらいっぱいおはなしすんだからね!」
「ああ。もちろんだ……それで、いいか?」
「うん!」
リンネはニコッと笑い、俺のことを抱きしめてきた。可愛いな、本当に……癒される……。
「あの……ムソウ様、お体は?」
ツバキは俺の身体を心配しているようだ。マシロの呪いの一件でもそうだったからな。この分だと、当分は自由にさせてくれ無さそうだ。
俺は、身体の調子を確かめる。やはり少し倦怠感はあるが、それくらいだ。結構な傷を負ったつもりだったが、恐らくジェシカが治してくれたのだろう。
だが、マシロの時とは違い、やはりすぐに戦うということは難しそうだ。何となく力が入らない。長く魂が抜けていたから、慣れていないのか?
……いや……これは、歳……なんだろうな。
話がこじれて、シンジが俺に斬りかかったら、駄目かも知れないと一瞬思ってしまう。
だが、心配するツバキに、何を言っても無駄だし、元気だと言っても信用できる状態ではないので、今回は正直に体の様子を伝えた。
「正直言うと、やはり少し怠いな。それに腹も減ってる……が、話くらいは出来る」
そう言うと、ツバキはコクっと頷く。
「分かりました。では、私は精のつく料理をリンネちゃんと一緒に作っておきます。リンネちゃんも、それでよろしいですか?」
「うん!」
二人は顔を見合わせて笑った。何とも姉妹のようなやり取りに、更に癒された。その後、ツバキは、異界の袋にお酒とつまみになるものが入っていると教えてくれる。起き抜けに良いのかと、尋ねると、
「まあ、ムソウ様ですから、大丈夫でしょう」
と、いつものツバキにしては珍しいことを言ってきた。何だろうなとは思ったが、飯が出来るまでの間、それで食いつなごうと思い、ツバキに頷いた。
そして、二人はシンジを一瞬だけ睨み、炊事場の方に向かって行く。かなり、根に持ってるな。後で、しっかりと誤解を解いておこう。
「さて……俺達も行くか。ついてこい」
「……あ、ああ」
未だ、ぎこちない様子で、俺のことを凝視しているシンジを連れて、俺は部屋へと戻った。
そして、アザミが茶を持ってきて、部屋を出ると、異界の袋から、酒と、つまみだと言っていたクーマの刺身を取り出し、改めてシンジの方に向きなおる。
「酒は飲めるか?」
「ああ……いただこう……」
意外と遠慮が無いな……。それとも、何かに慌てていて、落ち着きたいのか。ゆっくりと頷くシンジの前に盃を置き、俺は酒を注いだ。
そして、俺は盃を手に取りながら、シンジに口を開く。
「さて……何から説明しようか?」
シンジはしばらく俯いたままだったが、ごそごそと懐から、先ほど俺が渡した腕輪を取り出し、俺の前に置いた。
「これについて……聞きたい……それに……あの紋についても……」
ゆっくりと口を開くシンジは、部屋に立てかけてある、俺の外套を指さす。そこには、大きく、闘鬼神の紋章が描かれている。
俺は酒を飲み、シンジの腕を指さす。
「その前に……それ、よく見せてくれ」
シンジは俺に黙って頷き、自らの袖をまくった。露になった腕輪を手に取りながら、ゆっくりと眺める。
そこには、俺の腕輪に刻まれている刀を構えた鬼の紋章と、もう一つ。刀を咥えた鬼の紋章、つまり、闘鬼神の紋章が彫られている。
腕輪はどこも傷んでおらず、数千年前のものとは思えないほどの輝きを放っていた。よほど大事にしてくれていたんだな。よく、手入れされている。
嬉しく思い、俺はシンジの腕輪を眺めながら、口を開く。
「……サヤも……カンナも、よく俺の仕事道具を手入れしてくれていたっけな。茶を飲みながら、せっせと武具を綺麗にしてくれる二人を眺めていたら、横からエイシンに、お前がやれよ叱られていたもんだ……」
シンジは顔をパッと上げて、再び、俺の顔を凝視した。そして、震えながら、俺を指さす。
「やっぱり……アンタが……シンラの……カンナの……」
大きく目を見開き、俺のことを見てくるシンジに、フッと笑った。
「……ああ。俺が、“死神斬鬼”だ。……カンナとサヤを、友と呼んでくれて、ありがとう。シンキ」
俺が名乗ると、シンジは、目に涙を浮かべ、ボロボロと泣き出した。嗚咽しながら、その場にうずくまり、声を上げる。
「……会えた……会えたぞ……サヤ……カンナ……ようやく……」
大の男がそんなに泣くもんじゃないよなと思いつつ、俺は、シンジ……いや、かつて邪神族との闘いにおいて、カンナ達と共に戦った、鬼族の将、シンキの背中を叩いていた。
……意外と早く出会えたな。流石に驚く俺だったが……まあ、黙っておこう




