第235話―全員集まる―
「……」
二人の話を聞きながら、俺は何も言えず、ただただ黙って、俯いていた。
二人の話している内容の意味が分からない。……いや、意味は分かるが、理解が出来ない。
確かに、エンヤやハルマサたちがこの世界に来たということを知った時からひょっとしてという気持ちはあったと思う。ここまで来ると、あり得ない話では無いからな。
ただ、そうなると、俺に関わった者達が、一同に集まり、再び共に戦っているということになるし、まして、エンヤの口から出てきた二人は、俺が人生をかけて会いたかった、大切な家族だ。
その二人も加わって、太古の昔に皆で過ごしていたと知り、俺は深くため息をつく。
「……寂しいな……」
思わず、言葉に出てしまう。エンヤは、ちらっと俺を見たかと思うと、また気まずそうな顔をして、視線を逸らした。
そうは言っても、何となくなのだろうが、気を遣ってくれているだけ、嬉しい。
そして、そばに居たコウカがフッと笑って、口を開く。
「私は……二人に会えて、寂しくなかったよ?」
「……そうか」
俺はコウカに頷き、頭を撫でた。コイツに関しては、明らかにアイツに振り回されていた感じだったし、シンラに会うってことも偶然のようだったし、特に言うことは無い。
しかし、その代わりに聞きたいことは山ほどできた。
「……じゃあ……サヤと……カンナ……いや、シンラか。二人のこと、もっと聞かせてくれ。二人が再会した後は……どうなったんだ?」
「うん。あのね……」
コウカは嬉しそうな表情を浮かべ、再び当時のことを語り出す。エンヤも、何か、安心したようにフッと笑い、コウカと共に、俺の家族のことを語り出した。
◇◇◇
精霊族の女……サヤと、シンラ……いや、俺の息子、カンナが倒れた後、頭を抱えていたエンヤと、コウカ、シンキの元に、遅れて神界王ケアルと、冥界王エンマ、“始まりの賢者”ムウと、そいつらの従者たちがぞろぞろとやってくる。
エンマはコウカの無事を確認すると、ここで何があったのかと、シンキを咎める。自分の娘に危険が及んだということは明白だったし、更には見慣れぬ精霊族の女を目にするや、シンキを叱りつけていた。
しかし、それをケアルとムウ、それにタカナリらが諫め、シンキへの処分を保留とし、詳しい話を伺う。
タカナリは、部屋に入ると、サヤの姿を見て、エンヤと同様に驚いたという。ハルマサたちは困ったような顔をしていたが、その中から小さな影が飛び出し、サヤの顔をまじまじと見ると、本人だと言って、サヤの頭を撫でていた。
それは、前の世界でサヤと親交があったツバキだった。ツバキは懐かしそうにサヤの顔を眺めながら、ずっと頭を撫でている。
エンヤはふと、倒れているシンラを眺める。外傷はないようだが、何かにうなされているような顔で、眠っていた。
そのそばでは、コウカがシンラの手を握り、目を覚ますようにと祈りを捧げている。
エンヤは、祈っているコウカの肩を叩いた。
「鬼族の……コウカ姫だな? ここで、何があった?」
「え……と、貴女は……「頭領さん」ね……それが……」
コウカは、エンヤと皆にここであったこと、そして、サヤと自分の関係について話し始めた。シンキを叱っていたエンマも、見知らぬ女を娘に近づけさせ、更にそれを黙認したことについては、コウカが望んだことなので、仕方ないとシンキを許す。
コウカの話を聞いていたエンヤとタカナリは、信じられないという思いで、目を見開く。自分たちと一緒に闘い、人族を治めていた青年が、俺の息子であるカンナということを知り、愕然としていた。
二人は、今一度、倒れているシンラの顔をよく見てみる。確かに俺に似ているとは思ったが、確証はない。それに、サヤの方も、ひょっとしたら、サヤによく似た別人ではないかと疑う気持ちも出てきた。
そもそも種族が違うからな。本当に、目の前に居る二人は、自分たちの知っている二人なのかと疑問に思っているというのが、その時の二人の正直な気持ちだった。
すると、ケアルのそばに居た、頭巾をかぶった一人の神族の男が前に出てきて、エンヤに口を開く。
「俺が確かめる……」
「あ? 何だ、お前……」
エンヤが男を怪し気に睨むが、男は気にせず、シンラの顔をじっくりと見た。そして、掌に出来ているたこを見たりして、シンラのことを観察し始める。
ふと、男はシンラの胸の辺りにある小さな傷を目にした。それを見た瞬間、男は目を見開き、頷いた。
そして、皆の前で口を開く。
「……間違いない。この男は……ザンキとサヤちゃんの息子のカンナだ……」
男の言葉に、エンヤとタカナリは目を見開く。シンラがカンナということに驚いたわけではなく、神族の、初めて出会ったはずの男の口から、俺の名前と、サヤ、カンナという名前が出たことに衝撃を受ける。
エンヤは、その男の襟をつかみ、強く睨んだ。
「てめえ……何者だ? 何故その名前を知っている?」
すると、男はフッと笑い、頭巾をとった。露になった顔を見て、エンヤは言葉を失う。
「……久しぶりだな、頭領……俺は……エイシンだ」
神族の男はそう言って、フッと笑った。
その男は、かつてエンヤと共に闘鬼神を立ち上げ、後に俺の部下となり、俺がサヤと祝言を挙げて、闘鬼神を抜ける際にこそっとついてきた、エイシンだった。
エイシンは、その後、俺達一家と暮らし、色んなことで俺のことを助けてくれ、さらにはカンナの刀の師を務めた男である。
だからこそ、エイシンの言葉には説得力があった。カンナの掌のたこを見て、握りの癖などが分かり、本人だと確信したのは、最後の胸の辺りについていた傷だった。
それは、稽古中にエイシンがつけてしまったものである。誤って、エイシンが振り下ろした木刀の切っ先がカンナの胸に当たり、 木刀であるのも関わらず、そこから血が噴き出たことは俺も覚えている。
必死に謝るエイシンを、俺はかなり怒鳴りつけていたが、カンナは泣くことは無く、むしろ、木刀からその鋭さを感じさせたエイシンの腕に、幼いながらも、感動していた。
その傷を見て、そして、俺とサヤに似ている顔を見て、エイシンは、シンラをカンナと断定したそうだ。
未だ目の前の神族がエイシンだということが信じられないというエンヤは、呆気にとられながら、口を開く。
「お、お前……何してんだよ? その姿は?」
「俺も分からねえが、何も人族だった奴らが、人族に転生するってわけじゃ無さそうだな。俺は神族として転生したみたいだ。
今は……ケアル様の補佐、つまり神族で宰相をしている」
頭を掻きながら話すエイシンに、エンヤはもはや言葉も出ない。
後になって落ち着いて考えると、前世の人格などは関係なく、この世界に生まれて、天界の波動に当てられながら生を受けた者は神族になるので、恐らくエイシンはそういった環境で、生まれたのだろうと理解した。
それにしても、宰相とは……。コイツこんなに頭良かったっけ? とエンヤは首を傾げる。
エイシン曰く、闘いの中で、エンヤと俺のように振舞っていたら、気が付けば宰相になっていたと笑った。
流石、俺達の補佐として、常にそばに居ただけのことはある。そのうちに頭も態度も良くなったのだろう。
エンヤは、宰相がエイシンということで、神族の未来が少し心配になった。
「……まあ、良いや……シンラが、カンナだったってことは、そっちの精霊族も、サヤってことで良いのか?」
「ああ、良いと思うぞ。何せ、アンタらが気付かなかった、シンラの正体を即座に見抜いたんだろ? それが出来るのは、ザンキか、母親のサヤぐらいだ。
……そこの嬢ちゃんも、そう思うだろ?」
「……うん」
エイシンの言葉にツバキは顔を上げて、頷く。エンヤも、まあ確かに親子ならすぐに分かるものかと納得し、神族にエイシンが生まれたように、サヤも精霊族として転生したと考えれば、筋の通った話だと頷いた。
その後、周囲の者達、特に俺と関りのあった奴らは、二人を俺の家族だと納得すると、丁重に二人を寝台に寝かせる。
そして、ムウ達人族には、エンヤとタカナリ達が、ケアル達神族にはエイシンが責任をもって、今回の一連の説明を行っていた。
同じ種族ならば、話も通じやすいという考えである。
ただ、鬼族に関しては、前の世界の事情を知っている者、つまり俺の知り合いはいない。特に事情が気になっていたコウカとシンキも、どうすればよいのかと考えていると、鬼族の中から二人ほど前に出て、俺達に任せろと胸を叩く。
その姿を見たシンキは目を見開く。それは、鬼族の軍事参謀長と、軍団の大将を務めていた男たちだった。
シンキがカンナに語っていた、自分よりも賢い者と、強い者のことである。何故、ここにこの二人が、と思っていると、二人の鬼族の声を聴いて、人族の中から、ハッとした様子で、前に出てきた者達が居た。
それは、俺と共に玄李と闘った仲間である、ナツメとアキラだった。二人は、鬼族の将の二人を見て、目を見開く。
「エイキ!」
「ゴウキ……さん!?」
「む? おお! アキラか!」
「ナツメさ~~~ん!!!」
ナツメとアキラの前に居たのは、同じく俺と共に玄李と闘い、大陸中で俺と並び、「鬼」と称された、“智神”エイキと、“争神”ゴウキだった。
エイキは駆け出してくるアキラをそっと胸で受け止め、抱擁しあう。一方、両手を上げて駆け出すゴウキをナツメはハッとした様子でひらりと交わし、ゴウキは派手に転んだ。
騒々しい様子に、タカナリとハルマサ、ツバキ、トウヤが、何事かと近づいてきて、二人の鬼族の姿を見て驚く。
前の世界で共に「天栄の国」を統治してきたエイキ達とも再会を果たしたタカナリたちは喜び合った。
しかし、何故、今の今までお互いがこの世界に居ることを知らなかったのかと疑問に思うタカナリだったが、エイキ曰く、人族にとってのエンヤやタカナリ達と同じように、ケアルや、エンマに次ぐ強大な力を持つ者がそれぞれの種族に居るということを、他の種族に知られないようにするためと語った。
邪神族を討った後に待っているのは、この大地をどの種族が統治するかという問題である。今のところは誰も気にしてはいないようだが、いずれ、それを気にする時が来る。
仮にそうなったとして、残った種族同士で争うということになれば、お互いの戦力を知られるということは避けないといけないという考えからの行動だった。
……だが、こうして前の世界で共に戦ってきた者達が、今や各種族の中で再び中核を担う存在となっているということが分かった以上、もうそんな必要もないと皆笑い合い、再会を喜んだ。
エンヤとエイシンは、自分たちが死んだ後の大陸を、こんなにも気のいい奴らが統一し、長く収めていったということを実感し、ここには居ない俺のことを思い、笑っていた。
「どうも、アイツの周りにはいつでも、面白い奴らが集まっていたみたいだな……」
「そいつは、自分に対する皮肉っすか? 頭領」
エイシンの言葉にフッと笑うエンヤ。そして、皆に対し、眠っているサヤとカンナを指して、病人の前で騒ぐなと怒鳴り、皆を黙らせた。タカナリを除く、俺と共に戦ってきた奴らは一様に、
―流石は斬鬼の“親”だ……―
と、思っていたそうである。
コウカは皆の様子を見ながら、こうやって三つの種族が一緒に笑い合ったり、怯え合ったりすることが、闘い以外のことでもあるなんて、と優しく微笑んでいた。
そして、皆を一つにした、サヤとシンラのそばに行き、深く頭を下げた。
「……皆をつれてきてくれて、ありがと……サヤ……シンラ……早く、目を覚ましてね……」
ポツリと呟き、カンナの手を握るコウカ。すると、そんなコウカの頭を誰かが優しく撫でた。顔を上げると、そこには小さな女の子が立っている。
それは先ほど、サヤの頭を撫でていた、ツバキと呼ばれていた者だと気づいた。コウカは、何故、自分の頭を撫でているのかと首を傾げた。
すると、ツバキはコウカと背を合わせるように座り、視線の先に居たサヤの頭を再び撫で始める。
「私も……貴女と同じ……サヤの……友達」
そう言って、僅かに微笑むツバキに、コウカは呆然とするも、すぐに微笑み、頷いた。
さて、カンナとサヤが意識を失った二日後、ずっと二人を看病していたコウカとツバキの前で、最初にサヤが目を覚ました。
サヤは、心配している顔のコウカに、大丈夫と頷く。ツバキについては、一瞬誰だか分からなかったようだが、ツバキのことを思い出すと、目を見開き、頭を撫でた。
「また……会えたね」
「うん……サヤに……会えた」
サヤはそのままツバキのことを抱きしめた。
……へえ……本当に仲良しだったんだな……。少しばかり疑っていた俺は、話を聞きながら反省する。
そして、未だ眠っているカンナに視線を移し、そっと頭を撫でた。コウカはその時、穏やかな表情のサヤを見て、この人は確実に、カンナの母親だと確信した。
すると、サヤに撫でられたカンナもゆっくりと目を開く。そして、自分が撫でられていることに気付き、サヤを確認すると、フッと笑った。
「おはよう……ございます……母上……」
「うん……おはよ……カンナ」
サヤは、涙を流しながら、カンナに笑った。カンナも、サヤの顔を見ながら、穏やかに微笑んでいる。
その後、ツバキが、タカナリ達を呼ぶため部屋を出た。お互いに顔を見合わせながらも、黙ったままの二人の間に挟まれて、コウカはどうすれば良いのか分からなかったが、ふと、カンナが口を開く。
「……ごめんなさい……ご迷惑をおかけしたようで……」
カンナは身を起こし、コウカに頭を下げた。コウカは慌ててカンナの頭を上げさせる。
「だ、大丈夫! シンキが護ってくれたからどこも怪我してないよ! ……それより、シンラは……大丈夫?」
「ええ……じゃなかった……うん、大丈夫だよ。……ありがとう、コウカ」
気を失う交わした約束を守ってくれていることに嬉しくなったコウカは、カンナに頷いた。
そしてコウカは、サヤの容態も尋ねた。サヤもカンナと同様にコウカに頭を下げ、大丈夫だと言った。
同じような態度に、やはり二人は親子なんだなと感じたという。
「目を覚ましたって!? 大丈夫か!? サヤ、カンナ!」
「サヤちゃん!」
すると、ここで部屋の戸が開き、エンヤたちが入ってくる。エンヤとエイシンの大声に、ビクッと体を震わせ、二人は硬直した。
しかし、部屋の中に入って来た者達、特に神族の姿をしているエイシンを見て、二人は目を丸くする。
「師匠!」
「貴方は……エイシンさん!? どうしたの!? その恰好!?」
驚く二人の前にエイシンは、意外と元気そうなことに安堵し、頭を掻きながら苦笑いする。
「それを言うなら、俺の台詞だ。カンナは最後に見た時よりも立派になってるし、サヤちゃんは精霊族と来たもんだからな……まったく、驚いたぜ……」
エイシンはそう言って、二人の姿を感慨深げに眺めた。サヤとカンナも、目を丸くしながら、エイシを眺めている。埒が明かないと思ったエンヤたちは、エイシンをどかせて、自己紹介をしながら、二人に色々と説明する。
タカナリや、ツバキはまだしも、二人にとってハルマサたちは初対面だ。ゆっくりと説明しながら、前の世界で、カンナの誕生日の後に起こった出来事を説明し、その後のこと、この世界でのことをそれぞれ説明していた。
サヤとカンナは、信じられないという目をしながらも、今まで共に戦い、ハルマサたちの強さを知っていたカンナは、すぐにその話を信じた。サヤも皆の話の中心に俺が居るということを聞いて、皆の話を信じるようになった。
しかし、サヤとカンナはあることに気付き、皆に対して口を開く。
「あの……それでしたら、父上はどこに……?」
「うん……ねえ、頭領さん、エイシンさん、ザンキ君は……どこにいるの?」
不思議そうな、どこか不安そうな顔で二人はエンヤの顔を見る。するとエンヤたちは口を閉じて、気まずそうな表情を浮かべた。
「……すまねえ……サヤ、カンナ……ザンキはこの世界に……来ていないようだ……」
エンヤの言葉を聞いて、愕然とする二人。これだけ俺に関りのある奴らが揃っていながらも、肝心の俺が居ないということを知り、二人は俯いた。
その時、エンヤたちも、何故この場に、ザンキが居ないのだろうか、何故、一番この二人に会いたいと願っていた男がここに居ないのだろうかと思い、口を閉じ、どこか悔しい思いをしていた。
部屋の中が、気まずく、どんよりとした空気になっていく中、ふと、コウカはカンナの手を握った。
ゆっくりと顔を上げるカンナとサヤ、それにエンヤたちにコウカは穏やかに微笑んだ。
「……ねえ、シンラ。その……ザンキってどんな人? 皆がそこまで気にしている人のこと、私、知りたいんだ」
「……え、コウカ……それはどういう……」
目を白黒させながら、不思議そうな顔をするカンナにコウカはなおも、優しく笑っている。
「……その人が居ないってことよりも、その人が居たってことを話す方が楽しくなるかも知れないよ?
……それに、私は、シンラとサヤが、そこまで思う人のこと、ちゃんと知りたい……皆に……貴方に……近づきたいから……」
コウカの言葉に、一同はハッとする。すると、いきなりカンナの肩にガシッと組んできた男が居た。カンナと親友になったばかりのシンキである。シンキはニカっと笑いながら、嬉しそうにしていた。
「俺もだ。シンラの昔のこと、知りたいからな。親友に隠し事は無しだ。まあ、その辺りは……サヤだったか……頼む」
シンキは、サヤの方を懇願するように見てくる。今までは、コウカに近づく怪しげな女という印象だったが、その正体を知り、カンナとの関係を知って、今まで以上にサヤに対して親近感がわいていた。
そんなシンキの言葉に、サヤは驚くが、フッと微笑みながら頷いた。
「良いわよ~。小さいころのカンナのこと教えてあげる。ザンキ君のことは……頭領さんと、エイシンさんに任せた方が良いかな~」
サヤはそう言って、エンヤとエイシンに視線を移した。二人は、フッと笑い、頭を掻く。
「まあ……その方が良いよな。ただ、俺もサヤと祝言を挙げてからのザンキはよく知らない。そこら辺は、サヤと、お前に任せるぜ、エイシン」
「任せろ。カンナがザンキを負かせた話、聞かせてやる。
しかし、俺もタカナリ様が大陸王になった経緯は分からないから、そのあたりは他の奴らに聞いてくれ」
続けてエイシンは、タカナリや、ハルマサたちに視線を移した。皆は呆然としていたが、タカナリとハルマサに続き、口を開く。
「ふむ……そうだな。ザンキ殿が立派にエンヤの後を継いでくれた話を聞かせてやろう。特にハルマサなどは、ザンキ殿の“死神”たる所以を語るには最適な男じゃからな」
「それは言うなって。シンラ……じゃなかった、カンナもサヤさんも困ってんぞ。
……だが、まあ……良いや。ザンキが優しかったことについては、ツバキ、お前が話してやれ」
「うん……ザンキ……優しかった……サヤに……自慢する……」
ツバキはどこか得意げにサヤをの顔を覗き込む。サヤは、はいはい、と言いながら、ツバキの頬を指先でつついた。
「じゃあ、僕もザンキさんの優しかったところでも話しましょうか。アキラさんはどうしますか?」
「もちろん、怖かったところだろ。コイツも散々、泣かされたからなあ」
トウヤに言われたアキラは、そばに居た、狼の頭を撫でる。それは、この世界で、神獣として転生したトウガだ。
アキラの使役していた動物たちのうち、俺によく手紙を届けていた鷹と、戦に参加し、その鷹に乗って、爆弾などを落としていた猿も、トウガと共に、神獣としてこの世界に転生していたようである。
アキラに撫でられたトウガは、く~んと言いながら、どこか怯える様子になり、項垂れた。世界が変わり、強大な力を手にしても、俺に対する恐怖心は残っていたようである。
「じゃあ、私達は、ザンキさんの強さというものを語りましょうか。私の毒が全く効かなかった話などは面白いですよ」
「ああ、そう言えば、ナツメさん、そんなことしてたな。だが、あれってエンヤ殿がやっていたことの延長だったよな?」
ナツメとゴウキはエンヤに顔を向けた。何のことだととぼけた表情になるエンヤ。よく見ると口元は微妙に笑っていて、サヤは、昔、エンヤが俺にやっていた数々の荒行を思い出し、乾いた笑いをしていた。
「では、俺はザンキ殿の面白かったところなどを話していこう。ツバキ殿に「お義父さん」と呼ばれたり、女装したり、妓楼に行った時などはいつもと違い、どこかひょうきんな感じで、面白かったぞ」
エイキの、妓楼に行ったという言葉を聞いた瞬間、サヤとカンナの表情が若干曇ったが、皆はそれに気づかなかった。
そういや、エイキは俺が変な目に遭う時などは、常に居たような気がする……。一番厄介な相手に、弱みを握られているような気がして、流石に戸惑うな……。
そして、カンナは、口々に俺のことを話すという皆を眺め、しばらく黙っていたが、フッと微笑んだ。
その表情は、まるで子供のような幼さを感じさせるものだったとコウカは語る。
カンナは皆に頷き、
「では……お願いします、皆さん」
と、目を輝かせていた。
その後、日が落ちても、俺の人生について、サヤとカンナに語り聞かせるという時間が続いていった。
いつの間にか、部屋の隅に居たケアルとエンマは、コウカと同じく、転生者といえども、神族、鬼族、人族の者達がそれぞれ笑い合ったり、驚き合ったりしながらも、一人の男について語り合う姿に、この先の大地の未来を感じ、二人で笑っていた。
……それと同時に、俺に対して、危機感のような、期待感のような思いを抱いていたのは、別の話である……。
その後、皆から話を聞いたカンナは、俺ならどうするかということを考え始める。エンヤとしては、記憶が戻った以上は、カンナにも、自分の意志というものがある。
皆より力があるからといって、無理に戦うことは無いと思っていた。
しかし、カンナは、邪神族が居て、その邪神族により大地に住む、全ての生命が危険なことには変わりないと言い、更にはもしも俺がそこに居たとしたら、絶対皆を護るために、闘っただろうと言って、今後も、神族、鬼族と共に、人族の長として戦うことを決めた。
カンナの強い意志に、どうしたものかとエンヤは、サヤの顔色を窺った。自分の息子を戦地に送るというのはいかがなものかと思っていたのだが、サヤは、カンナの言葉に、フッと微笑み、カンナの頬に手を当てる。
「やっぱり……あの人の子どもね。そう決めたら、私が何言っても、聞かないんでしょ?」
「……すみません。ですが……私に護る力があるのなら、何もしないよりは、護る側に立ちたいのです」
「……うん。わかった。私はここで、コウカちゃんと一緒に、カンナの帰りを待っているからね」
サヤはニコッと笑って、カンナを抱きしめる。カンナは、何度もサヤに頷きながら、涙を流していたという。
引き続き、以前と同じく前線で戦うというカンナを、エンヤたちは全力で護ると誓った。特にエイシンは、二度とザンキの家族を死なせないと誓い、その後は神族でありながら、常にカンナと共に行動するようになる。
無論、ハルマサたちもその日から、人族の頂点に立つ者としての自覚を持ち、前の世界での経験を生かしながら、行動していく。
ハルマサとツバキは、主に人族で軍隊を指揮し、救った者達の中から、志願してきた者達を対象に、戦場で戦い抜く術を教えていった。
力も無く、神族や鬼族に護られるだけの存在だった人族の多くは二人の尽力により、闘いの術を身につけていき、EXスキルを持たない普通の人でも魔物を倒せるくらいにはなっていった。
闘えない者達には、トウヤとナツメが中心となり、この世界で生き抜く術を学ばせた。主にナツメは医術を伝える。この世界に自生する薬草などを駆使し、戦争で傷ついた者達を癒す力をナツメは種族問わずに広めていく。
鬼族も神族も、人族よりも力があるとは言え、コウカのように闘う術を持たない者も多い。ナツメ達の行動に、ケアルとエンマも大層喜んだという。その結果、戦死者がそれまでに比べて圧倒的に減っていった。
トウヤは主に、戦士たちの武具や、人族が生活を送るうえで大切な衣食住の在り方を見直し、自身の知識を生かし、鍛冶、建築のみならず、農耕など多岐にわたり、人族の生活を豊かにしていった。
アキラと神獣は、邪神族により滅びかけていた動物たちの保護を行う。人族にとって無益な動物たちを救っていき、魂の均衡を保つ。その為、カンナたちと共に、闘うことが多くなったが、その度にトウガ達も強くなっていったという。
トウガは、何時しか人語を話すようになり、初めて意志の疎通が出来たとき、最初にトウガが口にした言葉は、
「ザンキよりも、カンナの方が優しいから、安心する」
だったらしい。カンナは、若干戸惑いながらも、トウガに礼を言って頭を撫でていたという……あの野狼……覚えていろ……。
ゴウキとエイキについては、自分たちは、「邪神族」という種族に立ち向かう種族。そこに神族も鬼族も人族も関係ないとして、三種族を纏めるケアル、エンマ、シンラの参謀と、軍団長をそれぞれが担った。表向きは、三種族がバラバラに行動するよりも、一本化した方が効率が良いとのことだったが、神族の宰相だったエイシンがカンナにつきっきりとなっても問題が無いようにするということが真の目的だったという。
二人に頭を下げるエイシンに、エイキとゴウキは、
「恐らくお前よりも、俺の方が賢いから気にするな」
「恐らくアンタよりも、俺の方が強いから気にするな」
と言って笑っていたという。少しだけムカッとするエイシンだったが、隣でその通り、と頷くエンヤを見て、何も言えなかった。
しかし、その光景を見ていたカンナはフッと笑い、エイシンを励ました。
「師匠と共に戦えることが私の夢の一つでした」
カンナの言葉にエイシンは涙を流しながら喜ぶ。そして、何も気にせず、弟子と一緒に前を向いて進もうと決めた。
そして、もう一つ。三種族合わせても、影響力をエイキとゴウキが手にすることにより、その妻であるアキラやナツメ、更には仲間であるトウヤとサネマサ、ツバキが行っていることも、三種族で潤滑に共有できるという狙いがあったという。
図らずも、俺を中心とした奴らが、種族を越えて邪神族に対しての措置を取り、闘いに赴く者から、普通に生活する者に至るまで、神族、鬼族、人族を団結させ、強固な同盟が結ばれたことにより、神界王ケアルと、冥界王エンマは笑っていた。
そして、種族を越えた同盟の盟主を、二人とカンナという形にし、カンナは、神族と鬼族の二つの種族の長達と、“始まりの賢者”ムウ、エンヤの推薦により、人界王と呼ばれることになった。
人界王となるカンナが前線に立つことに対し、何の問題も無かったわけではない。人族の長が死ぬという確率も高くなるということで、そうなったら人族の心が折れるという可能性も高くなる。
そこで、神族からはエイシン、鬼族からはシンキ、人族からはエンヤが、それぞれの種族を代表として、カンナを護る……ということにした。
だが実際は、エイシンの時に語ったように、三人がカンナと共に戦いたいという願いからだったが……。
さて、シンキがコウカの元を離れるということで、では一体誰がコウカを護るのかという問題が発生したが、すぐに解決した。コウカが認め、自らコウカを護りたいと言った者が居る。
……流石、俺の妻。それは、サヤだった。サヤもまた、誰かに護られる存在ではなく、護る存在になりたいと皆に語った。少し不安そうな顔をする一同だったが、コウカはぜひとサヤに頼み、前任のシンキが完全に認めたことで、サヤの願いは叶えられることになる。
まあ、シンキはサヤの恐ろしさを知っているからな。何も言えなかったのだろう。
ただ、その後も一つの闘いを終えると、シンキとカンナはサヤとコウカの元を訪れては、まるで友人のように語り合っていたという。
そして、いつしか、カンナとコウカは打ち解け、互いに本気で好意を持つようになっていき、それを、こちらもほとんど親友のようになっていたサヤとシンキが微笑まし気に見ていた。
ちなみにだが、シンキはサヤに気があったかどうかというと、コウカ曰く、無かったように見えたという。背格好や歳など、サヤの見た目はシンキと同い年くらいなのだが、シンキにとってのサヤは、友達の親で、そういう気にはなれなかったと語ったらしい。
てことは、聞いたのか……コウカ……何てことを聞いてんだ……。
さて、そうやって、邪神族に対して三種族が力を付けていき、圧倒的に追い詰められていたように感じていた戦争が、こちら側から見て優勢となり、大地のほとんどを取り戻し、維持することが出来た人族たちは、ついに邪神族を完全に封じ込めようと総力を挙げて、敵を滅ぼす闘いを仕掛けることにした。
数百年続いた戦争が、ムウや、エンヤの登場からおよそ二十年、カンナ達の登場から、五年足らずということで、戦争が勃発した当初から闘ってきた神族たちは、ようやく終わることが出来ると、過去死んでいった者達を悼んだ。
人族も恒久の平和を夢見て、闘いに赴く者達の無事を祈る。
闘いの前日、カンナはトウヤが丹精を込めて作った甲冑と、エンヤ、ケアル、エンマ、そして、ムウが力を込め、トウヤが打ち、自身の名が銘となった刀、「神無」を腰に下げ、シンキと共に、コウカの部屋を訪れる。
そして、心配そうに出迎えてきたコウカにフっと笑い、頭を撫でた。ハッと目を見開くコウカに対し、カンナは照れ臭そうに笑っていた。
すると、次にカンナは、コウカにとって生涯忘れられない言葉を口にする。
「闘いが終わったら……その……私と一緒に、人界を治めてくれないかな?」
「……へ?」
突然のことで、何を言われたのか分からない様子のコウカ。隣でサヤは、顔を真っ赤にして、目を見開いていた。
「か、かか、カンナ、それって、コウカちゃんと――」
「おいサヤ、黙ってろ。それから、シンラ、回りくどい」
動揺するサヤをシンキが黙らせ、カンナの背中をドンっと叩く。そしてニカっと笑うと、カンナは一つ咳ばらいをして、コウカに向き直る。
「コウカ……闘いが終わって、私がここに戻ってきたら……そのまま祝言を挙げよう」
カンナはそう言って、コウカに微笑む。コウカは、目を見開き、ゆっくりとカンナに何を言われたのか理解してきた。
そして、目に涙を浮かべ、ニコッと笑い、頷く。
「うん……わかった……シンラ」
コウカはカンナに飛び出し、二人は抱き合い、そのまま、シンキとサヤの目の前で唇を交わした。
シンキとサヤは、遠慮がちに二人から視線を逸らしながら、心の中で二人を祝福していた。
この時サヤは、自分たちの時とはだいぶ違うなあ~と思いながらも、その時のことを……俺のことを思い出し、サヤ自身も涙を流していた。
その後、二人は唇を離し、顔を見合わせてニコッと笑い合う。
そして、必ず帰ってくると改めてコウカとサヤに誓ったカンナとシンキは部屋を出ていこうとした。
すると、サヤがシンキを呼び止める。
「あ、シンキ君。貴方に渡したいものがあるの」
「あ? 何だよ……」
不思議そうに振り向くシンキに、サヤは懐からあるものを取り出し、シンキに渡した。それは、今も俺が着け、ハルマサ達も着けている、刀を構えた鬼の紋章が刻まれた腕輪だった。
だが、よく見ると、その紋章の横には、更にもう一つの紋章が刻まれている。刀を咥えた鬼の紋章、エンヤが創った闘鬼神の紋章だ。
仲間の証というのなら、皆もしているように、刀を構えた鬼の紋章だけで良いよなと更に不思議に思い、シンキは腕輪を眺めた。
「何だ? これ……」
「ふふっ、それはね、私の夫……つまり、カンナの父親で、私達が大好きだった、ザンキ君が背負っていた紋章よ。
ザンキ君はいつも皆のことを思って、その紋章を背負って闘っていた。
カンナといつも一緒に居てくれているシンキ君には、ザンキ君の想いを継いでくれたらなって……」
サヤがそう言って微笑むと、シンキは若干複雑な思いになったが、隣に居るカンナと、今まで護ってきたコウカが、たった今幸せになろうとしている。
闘いが終わった後、その二人の幸せを一番に護るのは誰かと考えたとき、ふと、この世界には居ない、会ったこともない、俺のことが思い出された。
これは、つまりサヤが自分に、二人のことはお願いと暗に頼んでいるのだろうと思ったシンキは、はあ~と深く息を吐く。
「……分かったよ。ザンキって奴の代わりに、俺が二人も護るし、大地も護っていく。ついでに、アンタも護ってやるよ」
「ついでって何よ~」
「俺にとって、アンタはついでだ。だが、アンタを護る奴は俺じゃないんだろ? そいつが、ここに居ない以上、コウカ様とカンナを護るついでに、仕方なくアンタも俺が護ってやるって言ってんだ。ありがたいと思いな」
シンキはフッと笑い、腕輪をはめた。サヤは少しムッとしながらも、すぐにクスっと笑い、素直じゃないんだから~とシンキを茶化し、コウカとカンナは、笑っていた。




