第232話―魂の回廊で目を覚ます―
その後、リンネが闘鬼神の者達をつれて部屋へとやってくる。リアは皆の、皆はリアの無事を確認し、互いに手を合わせて喜び合った。
そして、リアに続き、ダイアンとカサネも目を覚ます。皆は更に喜び合い、迷惑をかけたという二人の言葉を全力で受け流し、思いっきり肩を組んで、闘鬼神が完全復活したことを喜び合っていた。
たまとリンネも皆と同様に、笑顔で、おかえりなさいと三人に言い、ダイアンとカサネは、リンネが人の言葉を喋っているということに驚くも、皆から、事情を聞いて落ち着きをとり戻す。と言っても、話し出した理由は不明のままだったが。
アザミは、目を覚ましたダイアンを見て、突然目に涙を浮かべた。突然の出来事に、ダイアン含め、他の者達が目を見開く中、アザミはダイアンをそっと抱きしめる。
「……ばか」
「お、おう……すまねえ……?」
困惑気味に、ダイアンがアザミの背中に手を回そうとすると、アザミはダイアンを放し、意地悪そうにニコリと笑う。
何が起こったのか分からないという顔で呆然としているダイアンを、アザミの気持ちを察した皆は笑っていた。
その後、闘鬼神は、全員でムソウとツバキの元へと向かう。ダイアン、カサネ、リアは、自分たちを救ってくれたムソウに深い感謝と謝罪を込めてその場で頭を下げた。
だが、恐らくムソウは気にしていない。皆が無事ならばそれで何よりと、リンネとアザミに諭され、闘鬼神は、ならば、ムソウが目を覚ました時に怒られないようにと、復興作業の手伝いに精を出すことになった。
リンネは、屋敷に戻ってきたジゲンの補佐をしようと、部屋を出ようとした。
しかし、その場を離れようとした途端、自らの腕を引っ張られる感触があり、思わず振り向いた。
「あ……」
リンネの目には、自らの袖を引っ張り、優しい微笑みを浮かべたツバキの姿が映った
「おはよう……ございます……リンネちゃん」
ゆっくりと身を起こし、リンネの頭を撫でるツバキ。すると、リンネの目に涙が浮かび、頬を伝った。
「あ……お、おねえ……ちゃん……おねえちゃん!」
感極まったリンネは、ツバキに飛びつき、胸に顔をうずめて泣き出した。ツバキも、人の言葉を話すリンネに驚きつつも、すぐに笑顔になり、リンネを優しく抱きしめた。
「また……私達の知らないうちに……成長したようですね……偉いですよ……」
「うん……うん……リンネね……おねえちゃんと……おししょーさまと……いっぱいおはなし……したかったの……」
「ええ……私もです……これからたくさん……お話ししましょうね」
「うん!」
ツバキの言葉に、リンネは涙を拭い、ニコリと笑って頷いた。
その後、何事かと戻ってきた闘鬼神がツバキの様子を確認し、ジェシカを呼びに行った。報せを受けたジェシカはツバキの元へと向かい、ジゲンも後を追って部屋に来た。
ジェシカは、ツバキの容態を確認すると、ジゲンとリンネに笑って頷く。
「見たところ、身体に異常は無いようです。初めてEXスキルを使った反動で、何かしらの異常がみられるかと思いましたが、大丈夫なようですね」
ジェシカの所見に胸を撫で下ろすジゲン。しかし、その中で気になることがあり、首を傾げた。
「うむ……EXスキルか……一体、ツバキ殿の身に何が起こったのじゃろうか……」
通常、EXスキルは、サネマサなどの転生者や、ジェシカなどの召喚者といった、「迷い人」にしか備わっていない。ムソウも一応は、迷い人であるので、EXスキルを使えるということは分かる。
しかし、この世界に生まれ、この世界で生きているツバキがEXスキルを使えたということは謎だった。
更には天性から持っているスキルに、新たなスキルが加わるということも謎だ。一体何が起きているのだろうかとジゲンは考えを巡らせていた。
すると、ジェシカとツバキはフフッと笑った。
「まあ、それについてはムソウさんがお目覚めになってから説明した方がよろしいかもしれませんね」
「ええ。ムソウ様にも関係が無いとは言えませんから……」
二人の言葉を聞き、ジゲンは更に困惑する。
二人はツバキの身に何が起きたのかを大体ではあるが、分かっているようだった。そして、それはムソウにも関係するかもしれないということだ。
本当に何が起きているのか、ムソウは一体何者だろうかと、改めて思ったジゲンは、未だ目を覚まさないムソウの姿に目を移す。
傍らには、皆が目を覚ましたことを、身振り手振りで嬉しそうに説明するリンネの姿があった。
天狼の言うことが真実であるのなら、ムソウが目を覚ますのは最低でも一か月以内かもっと早くだ。未だ慌てる必要は無いのかも知れない。
そう思ったジゲンは、リンネの頭を撫で、今しばらく待ってみようと思い、部屋を後にした。リンネはそれに続き、部屋を出ていく。去り際に、ツバキに菓子を渡して、
「はやくげんきになってね!」
と伝えた。ツバキは優しく頷き、リンネの頭を撫でた。
そして、ムソウの姿に目を移し、その横に置いてある神刀「斬鬼」に手を当てて、深く頭を下げた。
◇◇◇
「……ンキ……キ……」
……ん? 誰かの声が聞こえる。誰だろうと思い、体を起こそうとした……が、身体が動かねえ。
一体俺はどうなっているんだ。
え~っと……確か……
……
……
……
「……あっ!」
落ち着いて、今までにあったことをゆっくりと思い出していった。屋敷に着いて、謎の神族と闘い、ケリスの魂を滅ぼし、神怒を止めて、神族も斬って、天門も斬って、その後に、無間が砕けて……で、その後、力尽きて落ちていった……。
……のだが、突然誰かに助けられて……ああ、その後すぐに気を失ったんだよな。
俺はゆっくりと目を開けて、身体を起こした。辺りを見渡すと、真っ白な空間が広がっている。
この光景には見覚えがある。「魂の回廊」だ。
……てことは、先ほどから俺を呼んでいたのは……
「おはよ、ザンキ」
「……ああ」
声のする方を見ると、そこにはいつものように、白い衣に、赤い袴という巫女のような恰好をした、桃色の髪の鬼族の女が座っていた。
なるほど、やはりここは魂の回廊らしい。ということは俺の肉体は眠っているのか。
まあ、EXスキル三つ重ねした変なスキルを使った後だし、身体もボロボロになったし、無間は砕けるしと、この世界に来て、一番の闘いだったからな。仕方ないか。
さて、俺は起き上がり、そのまま立とうとするが、足に力が入らず、そのまましりもちをついてしまった。
「あ、駄目だよ……疲れてる、でしょ?」
「みたい……だな……」
女の言葉に素直に頷き、その場に胡坐をかいた。しかし、今の状態はいわば、俺も魂だけの状態だ。魂が疲れるとは一体どういう状況なのだろうかと、苦笑いした。
すると、女が俺の手に触れて、ニコッと笑いながら口を開く。
「……ザンキ……ありがとね……人界を護って……」
「まあ……約束したからな……」
女の頭にポンと手を置いて笑った。今までの人生で、一、二を争うくらいの壮絶な戦いだったと思っている。
日に二回も死を覚悟した闘いというのは、本当に久しぶりだった。正直辛かったが、俺はこうして生きている。……よな、多分。
何にしても、それでも、皆を護りきれたということには変わりないので満足している。色々気になることは残ったが、今は、闘いが終わったことを、喜んでおこうと思っていた。
「……さて。取りあえず、アンタとの約束の一つは達成できたというわけだな。これでもう一つの約束に取り掛かることが出来る」
「そう……だね」
俺の言葉に、女は頷く。
元々は、コイツが会いたい奴という者に、会わせてやるというのが先だ。そこへ、人界を襲う災いというものをどうにかするという約束が割り込んできた。
女は、ひとまずそれに専念するようにというわけで、女のことを詳しく知りたいという俺の願いを聞き入れてくれなかったが、今回は、違う。
人界の災いも終わったようだし、俺の肉体も、目を覚ましそうにないわけだし、時間はたっぷりとある。今のうちに、聞きたいことを聞いておこう。
「じゃあ、確認するぞ。お前は、会いたい奴が居る、そいつに会いたいということで良いんだよな?」
「うん……そうだよ」
「では、その会いたい奴ってのはどんな奴だ? あと、お前のことも聞かせてくれ」
対象の人間がどんな奴か分からない以上は、どう手を付ければ良いのか分からない。更に、現実世界において、そいつを見つけられたとしても、この女のことを俺が知らなかったら説明のしようもない。
今考えると、何故最初に確認しなかったのかと呆れてくる話だが、ついに俺は、依頼の根幹の部分について、女に確認する。
すると、女は困ったような顔をして、自らの頬を掻きながら、口を開いた。
「そうね……でも、何から説明すれば良いのか……」
「ん? 何か言いづらいことでもあるのか?」
「ううん。そんなことはないんだけど……」
女はそう言いつつ、何か言いづらそうにしている。
何だろう……自分のことを話すのに、そこまで躊躇うものなのだろうか。まあ、俺も迷い人ということで、何度かそう感じたことはある。
この女も、鬼族ということで、この世界では稀な存在だ。そもそも存在しているのがおかしいというくらいの存在だから、話しづらいというのは分かる。
ただ、それだと今のこの状況の説明にはならない。現実として、俺の目の前に、鬼族の女が居る。それだけで充分だと思っていた。
会いたい奴に会わせてくれと言いながらも、なかなか核心について語らない女に何となく、焦れったいなあと思っていた。
しかし、女はしばらく黙って考え込んだ後、フッと笑って、口を開いた。
「……わかった。じゃあ、話すね」
「おう……お前は、誰なんだ?」
「私の名前は……コウカ。鬼族のコウカ」
「コウカ?」
「そう……そして、私が会いたいのは……私の愛する人……シンラ」
女の言葉に、俺は目を見開く。
シンラといえば、確か100年戦争を終結に導いた、当時の人界王の名前だったな。それに、伝承では確かにシンラは、鬼族の女と愛し合い、結ばれたということだった。その鬼族の女は、鬼族の長であるエンマの娘で名前は、コウカだった。
え……つまりどういうことだ? 俺の目の前に居る奴が、そのコウカで、会いたいのは、当時の人界王シンラということか?
いや、厳密に言えば、シンラの魂ってところか。流石に、シンラはすでに死んでいるだろうし、コウカも魂だけの存在となっていると考えると、魂同士を会わせる?
もしくは、コウカは生きていて、シンラの魂と会いたい?
……え、どうすれば、良いんだ?
というか、この状況は一体どうなってるんだ?
女の名前を聞いた途端、色々な考えが頭を巡り、ごちゃ混ぜになり、放心状態となった俺に、コウカは、ずいッと前に出てきて、俺の顔を覗きこんできた。
「大丈夫?」
「……あ、ああ……いや、少し混乱している……」
「だから言いづらかったの」
「……だよな」
コウカの申し訳なさそうな様子に、思わず本音を漏らしてしまった。だが、実際問題どうしたらいいものかと頭を抱える。
すると、コウカは、ふう、と一息ついて、再び口を開いた。
「そうだね……まずは、一からこの世界のこと、説明していいかな?」
「……ん? この世界のこと? それは、ある程度知っているつもりなんだが……」
「一応確認するけど……何を知っているの?」
俺は取りあえず、この世界で学んだ、この世界のことをコウカに聞かせた。
こことは違う世界から来た俺は、この世界においての一般的な常識について、本を読んだり、人から聞いたりして、ある程度のことは分かっているつもりだ。
太古の昔、この世界を作った神族と、鬼族が、大地に現れた魂の結晶を求め、闘いが起こった。人族はその争いに巻き込まれたが、強大な力を持つ、二つの種族の前では、成す術もなく、大地は荒れていった。
すると、人族の祈りに応えて精霊族という種族が生まれ、人族にスキルと、魔法という力を授ける。それにより、神族と鬼族の争いに介入した人族により、大地はその後100年以上にわたって三つ巴の争いが勃発するようになってくる。
「……で、そんな時に、シンラがお前に会って、人族と鬼族の間で同盟が結ばれ、神族を倒すことになったってことで良いんだよな?」
何度も耳にしていたし、目にした話だった。妓楼では、この話を元にした舞をツバキが踊っていたしな。何も間違いはないと思う。
そう思っていたのだが、目の前のトウカはやはり難しそうな顔をしながら、気まずそうにしていた。
「何だ? どこか、間違っていたか?」
そう尋ねてみると、トウカは少し時間をおいた。何か悩んでいるようだった。ここまで来て、更に焦れったいなと思っていた時だった。
突然、辺りに俺達とは別の声が響く。
「ったく……ザンキの気配を追って来たが……これは一体どういう状況だ?」
「「!?」」
急に聞こえてきた声に驚く俺とコウカ。この魂の回廊に、俺達以外の者が居るとは考えられない。コウカをかばうようにして、辺りを見渡してみた。すると、俺達のすぐそばに、強い輝きを放つ、光の塊が浮いていることに気付く。
それはまるで、魂の輝きそのものだ。声は恐らくそこから聞こえていたらしい。しかし、どこかで聞いたような声だなと思っていた。それも、ごく最近に。どこだ……?
俺達が呆然と眺めていると、その光はスーッと近づいてくる。
「まあ、この状況は俺にとっても好都合だな。手っ取り早く、コイツに説明できそうだ……」
そして、輝きを増していき、辺りを強い光が覆っていった。
「ッ! 何だ!?」
「眩……しい……!」
あまりの輝きに俺とコウカは目を閉じた。すると、さらに先ほどの声が聞こえてくる。
「ちょっと待てよ……今、姿を変えるからな……よし……良いぞ、目を開けても……」
瞼の向こう側から感じる眩しさが収まっていくと共に、その声はそう言った。俺達は恐る恐る目を開く。
すると、そこには先ほどまで居なかった一人の人間の姿をした者が立っていた。そいつはニカっと笑い、自身の身体を指しながら、俺達に口を開く。
「……さて……久しぶりだな、ザン――」
だが、言葉を発する前に、コウカが飛び出して、そいつを抱擁した。
「頭領さん!」
「おっと……コウカも久しぶりだな。こうして会うのは、何千年ぶりだ?」
「本当に、頭領さんなの!?」
「ああ、そうだ。お前は変わらねえみたいだな」
「頭領さんも……。でも、一体どうして……」
二人は懐かしそうな顔で、そんなことを話していた。
現れたそいつは、黒い衣に、黒い袴を履き、更に黒い羽織を纏った女だった。
ただ、パッと見ただけでは、男のようにも見える。その眼光は刃のように鋭く、今は笑っているが、睨まれると、俺でも背筋が凍りそうな感じだ。
そして、全身を包帯が覆っており、いかにも、歴戦の戦士といった風貌だった。
……俺はそいつに見覚えがあった。……いや、見覚えどころか、はっきりと覚えている。
そして、その声もはっきりと覚えている。何度も思い出し、思い返していた声だった。
最近どこかで聞いたなと思っていたのだが、それは先の戦いで、無間が砕けた後に聞こえた、無間の刀精らしきものの声。
あまりの事態にただただそこに立ち尽くし、何も言えず二人の様子を見ていると、コウカの頭を撫でながら、ふと、そいつは俺と目を合わせてきた。
そして、フッと笑い、口を開く。
「お前も……懐かしいな、ザンキ」
「……エンヤ……?」
確認するように、俺はそいつの名前を口にした。すると、目の前の女は……もう十年以上前に死んだはずの俺の“親”は、静かに頷き、さらに笑っていた。




