第230話―“刀鬼”の所以が明らかになる―
しばらくして、元気を取り戻したリンネ。スッと立ち上がり、ムソウとツバキにそっと手を振って、ジゲンと手をつなぎながら、庭へと戻った。
そして、ガヤガヤとする皆の方を見ると、サネマサと牙の旅団を囲み、何かの話で盛り上がっている。サネマサの膝の上でたまが手を叩いて笑い、闘鬼神や神獣たち、コモン達十二星天も腹を抱えて盛り上がっている。
ジゲンとリンネは顔を見合わせて、不思議そうな顔をする。一体何の話で盛り上がっているのだろうかと近づいていくと、たまが二人に気付いた。
「あ、おじいちゃん! おかえり~! それにリンネちゃんも、おかえり~!」
「ただいま~!」
たまの言葉に、リンネは、は~い、と手を上げて、返事をする。そして、てってってと駆け寄り、たまと共にサネマサの膝の上に座った。
サネマサは、笑いながらリンネの頭を撫でて、ジゲンに目を移し、口を開く。
「お~う! 帰って来たか、ジロウ! 歳取って、厠が近くなったかあ?」
「ん? まあ、そんなところじゃの……それよりサネマサ、呑み過ぎではないか?」
「馬ッ鹿野郎! こんなの“武神”の俺にとっちゃ、水みたいなもんだ! そうだろ? コウシ!」
赤ら顔で、明らかに酔っているという様子のサネマサは、隣に居たコウシの肩を叩く。
サネマサと同様顔を真っ赤にしているコウシと、チョウエンは、大きく頷き、ニカっと笑った。
「おうよ! こんなのは飲んだうちには入らねえな!おら、もっと持ってこ~い!」
「ジロウも呑めよ! 少し不安だったが、この体、味もちゃんと感じるし、酒でも酔うみたいだ! 生前と何ら変わりねえぜ!!!」
二人はガッハッハと、まるで山賊のように笑っている。どうやら、魂の依り代で仮の肉体となっても、その辺りは生前と変わらないように作用するらしい。酒の酩酊具合は、魂によって違うのかとジゲンは思いながら二人を眺める。
「生前と変わらないということは……酔っておるな……」
おもむろに、タツミの方に視線を移すと、他にも酔った様子の牙の旅団を眺めながら、タツミは頷いた。
ちなみに、タツミは牙の旅団一の蟒蛇である。三樽呑んでもケロリとしている。
今まで酔った者達を、ジゲンと酒が呑めないミドラで処理していたが、そこにタツミが加わり、二人は大いに喜んだ。
ジゲンは酒を飲み、笑顔が顔から離れない様子の皆の顔を見回し、少々呆れながらも、こういう光景も懐かしいなと感じ、フッと笑った。
「それで、何の話で盛り上がっておったのじゃ?」
ジゲンはその場に座り、先ほどまで盛り上がっていた理由を誰にでもなく聞いてみた。すると、横から思ってもみなかった、天狼と雷帝龍がジゲンに寄ってくる。
「爺さんの話だ。お前はなかなか面白い人間みたいだな」
「うむ。ムソウ殿が自身の右腕と認めるわけだ」
二体の伝説級の存在はニヤニヤと笑いながら、更にジゲンに寄ってくる。このまま何かの拍子で襲い掛かって来そうだと、ジゲンは冷や汗をかきながら、サネマサの方を向いた。
「……何を話したのじゃ?」
「いや、ただの昔話だ。最初はたまちゃんに聞かれてだな……」
「うん!おじいちゃんの昔のはなし、わたし、聞きたーい」
「ききたーい!」
たまの言葉に、リンネも同調する。そして、キラキラとした目でジゲンの方を向いた。
周囲の人間も同じだ。何かを期待するような目で見ている。
闘鬼神やジロウ一家だけならまだしも、十二星天や、神獣たちも見ている。流石にジゲンは困り果てた。
「……サネマサ……本当にお前は何を話したのじゃ?」
「何でもねえって。取りあえず、小さいときの話から、牙の旅団立ち上げの話、それから、壊蛇との闘いの話くらいだ。後は、コウシ達が勝手に……」
サネマサの言葉に、牙の旅団は頷く。
そう言うことなら、既に話すことは何も無いのでは、と思い、更にジゲンは困った。
すると、シロウがおずおずと手を上げる。
「なあ、親父」
「む? 何じゃ、シロウ」
「皆の話を聞いて、親父が“大侠客”って言われるのは分かった気がするんだが、“刀鬼”の由来が分からないんだ。親父ってそんなに恐ろしい人間だったのか?」
シロウの言葉に、サネマサと牙の旅団、十二星天、さらにジロウ一家の年配の者達、特にジゲンの補佐を務めていた男などはパッと顔を向け、コクコクと頷く。
皆の、自分に対する印象とはそういうものだったのかとジゲンは頭を抱えた。
だが、ふと思ったことがあり、呟く。
「まあ、儂が他の者よりは強いという自覚は確かにあったが、何がきっかけでそう呼ばれるようになったのかは知らぬのう……」
正直なところ、このあだ名は何時から呼ばれるようになったのか定かではない。元々気に入ってもいないのに、周囲からそう呼ばれて、ジゲンは鬱陶しがっていたが、誰が呼び始めたかは知らなかった。
すると、サネマサが、キョトンとして、口を開く。
「何だ? 知らなかったのか。俺はてっきり、知っているのかと思っていた」
「む? お前は知っておるのか、最初に儂を“刀鬼”と呼んだ者が誰かを……誰じゃ?」
「お前の兄貴だよ」
サネマサの言葉に、ジゲンは目を見開き、身を乗り出す。
ジゲンの兄、それは先代クレナ領主であり、アヤメの父であるガロウ・クレナである。自分と違い、温厚な性格で、自分との仲もそこまで悪いものでは無かったと、ジゲンは思った。そんな、ガロウが、自分に“刀鬼”と言うあだ名をつけたということが信じられなかった。
「兄者が……? 詳しく聞かせてくれ、サネマサ」
「りょ~かい! お前らも聞いてろよ? この話はおもしれえぞ~」
皆が何かを期待するような目で頷くと、サネマサは語り出す。
それは、壊蛇襲来より、数年前にさかのぼる。当時、牙の旅団は、サネマサとジゲン、それにコウシと チョウエン、シズネの五人だけだった。
ある日、一つの依頼を終えて、トウショウの里に帰り、サネマサが、ジゲン以外の者達とガロウに依頼達成の報告に向かったことから始まる。
◇◇◇
その日の依頼内容は、ゴブリンの群れの殲滅。いつものようにジロウとサネマサが中心となり、魔物の群れを殲滅したのち、トウショウの里に帰った。
だが、ジロウは帰り道の途中で、野暮用が出来たと言って、サネマサ達と別れる。一緒に行くというシズネの言葉に、すぐ済むから先に帰ってろと答えて、ジロウは一人、歩いていった。
「何だろうな?」
「さてな。まあ、すぐ済むっつってんだから、俺達は先にトウショウに帰ろう」
サネマサは取りあえず、他の者達をつれて、トウショウの里に帰還した。街に入ると、いつものように住民たちに、憧憬の目で見られ、むず痒い思いをしながらも、屋敷にたどり着き、ガロウの部屋の戸を叩いた。
「ん? 誰だ?」
中から、ガロウの声がすると、サネマサは咳ばらいをして、応える。
「牙の旅団、団長サネマサだ」
「ああ、サネマサ殿か。入っても構わない」
ガロウがそう言うと、サネマサ達は戸を開けて、部屋へと入る。
すると、小さな影が飛び出してきて、元気に口を開いた。
「おかえりなさ~い! おじさ……あれ?」
それは、まだ幼いアヤメだった。アヤメは、ジロウが帰ってきたと思い、部屋に入った途端に飛びつこうとしていたのだが、ジロウが居ないことを確認すると、首を傾げてきょろきょろと辺りを見回した。机で作業をしていた、ガロウも、アヤメを諫める前に、不思議そうな顔をする。
「む? ジロウはどうしたんだ?」
「ああ、何か、野暮用があるって、途中で別れた」
「え~! そんなあ~!」
サネマサの言葉に、アヤメはがっくりとする。すると、シズネがスッと前に出て、アヤメを抱えた。
「ジロウの代わりにお姉さんが遊んであげる~!」
「シズおねえちゃんが!? わ~い!」
シズネの腕の中で、はしゃぐアヤメ。ガロウはにこやかな顔をして、アヤメの頭を撫でる。
「まったく。アヤメは落ち着きがないなあ。お父さん、これから大事なお話があるから、向こうに行ってもらえるかい?」
「シズおねえちゃんと、ははうえがいっしょなら、良い~!」
「そうかそうか……ではシズネ殿、任せても良いか?」
「ええ。かしこまりました、領主様」
「カナも、それで良いか?」
ガロウは長椅子に座り、書類の整理をしていた妻、カナにそう尋ねた。ガロウの問いに、コクっと頷いたカナは、シズネと共に隣の部屋に移動した。
コホンと咳ばらいをして、ガロウはサネマサ達に口を開く。
「すまないな。バタバタして……」
「いや、良いって。家族仲良さそうで、何よりだ」
「ハッハッハ! まあ、アヤメの方は、ジロウに懐いているようだがな」
ガロウの言葉に、サネマサ達も笑った。最初こそ、赤い目に怖がられていたが、ジロウの努力の末、アヤメは、ジロウにひどく懐くようになった。家でも、ジロウの話を目を輝かせて両親に聞かせるということが多くなってきているらしい。
ガロウは、それが嬉しかったという。自分の娘に、自分の弟の自慢が出来るということは、何よりも誇らしい気持ちになっていた。
「近頃ジロウも、弱きを助け、強気を挫き、大分人気も出ているようではないか」
「ああ、その話は俺達も聞いているぜ。行く街行く街でジロウを崇める奴らも居てなあ。こっちの、コウシとチョウエンが肩身を狭くしている」
サネマサが、二人を指さすと、コウシ達は、全くだ、と鼻を鳴らした。
「俺達、見た目が悪いからなあ。もう少し整っていれば、俺達だって……」
「ああ。どこ行っても、ジロウとサネマサの独壇場だ……」
ジトっと睨む二人にサネマサは、真顔になり、
「そのおかげで、交渉もうまいこと進むんだから、良いと思えよ。こないだ助けた女たちも、お前ら見てから不安がっていたのを、俺とジロウで何とかしたんだろうが」
と、正論で返す。偶に、依頼の途中で、山賊たちに攫われたりした者達を救う時もある。だが、ほとんど山賊と見分けがつかないコウシとチョウエンが居ると、助けた者達に、更に怯えられたり、近くの自警団に引き渡そうとしても、逆に疑われる方が多かった。
そこで、当時、そこそこ顔が広くなっていたサネマサと、既にクレナでは知らぬ者は居ないと謳われていたジロウが、前に出ることで、そういった、揉め事を起こさないようにしていた。
サネマサの言葉に、二人は、反論できず、項垂れる。
ガロウはそんな牙の旅団のやり取りを見て、口を開けて笑った。
「ハッハッハ! まったく、ジロウが羨ましいな。皆のように愉快な仲間達が居れば、私も何の心配も無いな!」
幼い時から離れて暮らし、今も一緒になることが少ない弟を心配しないことなど無かった。
しかし、サネマサ達を見て、そんな心配も要らないとガロウは幾度も思っていた。
サネマサは、その後もガロウと一緒に笑い合っていた。
その時だった。突然一階から、悲鳴のようなものが聞こえてくる。
「キャアあああああッッッ!」
「だ、誰かああああッッッ!」
ハッとしたガロウたちは声のする方を振り向く。そして、顔を見合わせて、一階へと下りていった。
賊か何かが屋敷まで来たのかと思い、サネマサ達は刀を抜く。すると……
「なッ!?」
階段を下りながらそこで見たものに、サネマサやガロウは絶句した。そこには血まみれの男が一人立っており、手には刀、もう片方の手に、何かをつないだ鎖を手にしていた。
全身ボロボロで、だらんとした前髪の所為で、顔がよく見えない。男はその場で、自身に刀を向ける衛兵に声を上げる。
「どけ! テメエら! 斬られてえのか!?」
「な、何者だ、貴様! どこから入って来た!」
「あ? 正面の玄関からに決まってんだろうが! ここをどこだと思ってんだ!?」
「貴様こそどこだと思ってる!? ここは領主、ガロウ様の――」
「それは分かってる! どこで、誰に刀向けてんのか分かってんのかッつってんだ!」
男は声を上げ、刀を振るう。すると、衛兵たちの刀が手から離れ、そこかしこにカランカランと落ちた。
衛兵たちは、一瞬の出来事に言葉を失い、男から伝わる迫力のあまり、その場にしりもちをついた。
すると、周りを囲む使用人の中から一人の男が前に出て、慌てた様子で男に口を開く。
「あ、貴方は……ジロウ様ですか!?」
「あ゛? ……ああ、コスケか。何だよ、突然……で、何なんだ、この状況は……」
前に出た男は、現在は高天ヶ原の妓夫を務め、当時はガロウの付き人を務めていたコスケだった。
コスケは、ジゲンの言葉に慌てて布を取り出し、身体に着いた血を拭いていく。
「それはこちらの台詞です! それよりもジロウ様! この傷は大丈夫なのですか!?」
「大丈夫だって、かすり傷だよ」
「そ、そうですか……ですが、一応この薬を……」
コスケは懐から回復薬を取り出して、ジロウに渡した。
「お、悪いな」
「それから、前髪も上げてください。お顔が全く見えないので、不審者にしか見えなかったですよ。その刀も仕舞ってください!」
「ハッハッハ! 悪ぃな。急いでいたもんだから、ついな……」
そう言って、ジロウは刀を仕舞い、前髪を掻き上げた。そこから、綺麗な緑色と赤色の瞳が現れ、サネマサ達は目を見開く。
コウシとチョウエンはずかずかと階段を降り、ジロウに近寄っていった。
「おいコラ、ジロウ! てめえ、脅かしやがって!」
「賊が襲ってきたと思ったじゃねえか!」
顔を真っ赤にした二人が詰め寄ると、ジロウはニカっと笑って、手を振る。
「お、ちょうど良いや、兄者は居るか? 良いもん手に入ったぞ!」
「良いもんって……あ!?」
「な!?」
笑顔のジロウが後ろを指さし、その方向を見たコウシとチョウエンは絶句する。そこには鎖でとある魔物の死骸が三体繋がれていた。
一体は三つの頭を持つ犬型の魔物、ケルベロス。次に、いくつもの首を持ち、再生能力が備わっている魔龍、ヒュドラの胴体。最後に、大鎌カマキリの上位種であり、巨大な大鎌を六つ備えた魔物、デスマンティス。
どれも、現在のギルドの基準で言うところの、災害級に位置する魔物である。一体でも厄介なのに、それが三体もと、呆気に取られていると、ジロウが口を開く。
「いやあ、帰り道警戒しながら進んでたらよお、森の中にデスマンティスが居るなあと思っていってみたんだが、コイツ、他の二体と闘っている最中でな。これだけの魔物が三体も同時にこの近くに居るのは危ないと思って、慌てて倒したってわけだ。
で、最近、ゴルドのコモンって奴が、魔物の死骸から装備作ってんだろ? そいつにこれ売って金を得るか、もしくは良い武器手に入れるかしたら、兄者、喜ぶんじゃねえかと思ってなあ。アヤメにも美味いもん食わせてえしな……」
血まみれで、ニカっと笑うジロウ。コウシとチョウエンは何も言わず、階段の上に居るサネマサ達に顔を向けた。
サネマサとガロウも口をあんぐりと開けて、ジロウを見つめる。そして、血だらけの姿で、魔物たちの死骸を眺めながら、これがどれだけの大金に化けるかと笑っていたジロウを見て、サネマサの横でガロウが呟く。
「……鬼だ。我が弟は、鬼だな……」
◇◇◇
「……ってのが、ことの始まりだな。それ以来、ガロウ殿が、ことあるごとにお前のことを“刀鬼”と呼び、それが民衆に広まったというのがあらましだ。
……どうだ、面白いだろ?」
サネマサの言葉に一同爆笑する。たまやリンネも手を叩き、笑い、神獣たちも興味深げに、ジゲンを眺めていた。
コモンや闘鬼神は、信じられない、という目だ。夕方、闘宴会をしかりつけた時と同様に、ジゲンにもそういう一面があったのかと驚きつつ、どことなく、ムソウに似た所があり、似た者同士、惹かれ合うのだなと笑っていた。
そして、あの時、現場に居た、コウシ、チョウエン、シズネが笑いながら口を開く。
「あの後が面白かったんだよな。ジロウが帰ってきたことを知ったアヤメちゃんが、下へと下りていって、ジロウの姿を見た途端に泣き出して……」
「ああ、そうだ。高笑いしていたジロウがパッと硬直し、アヤメちゃんをあやそうとして近づこうとした瞬間に……」
「そうそう!私と、カナ様、それにガロウ様が止めたんだよね。血がつくからって。そしたら、ジロウってば、キョトンとして、真顔になって固まってた!」
三人がそう言うと、更に笑いに包まれる一同。
そんな中、ジゲンは頭を抱えて俯いていた。
確かにその記憶はある。だが、あの時はアヤメが可愛くて仕方が無かった。魔物の死骸はその頃からコモンが装備に変えるということを行っていたので、あちこちで高値で取引されていた。
売却した金で、領内を更に良くすることも、アヤメに美味しいものを食わせてやったり、綺麗な着物を着せてやることも出来ると思っての行動だった。
しかし、今考えてみると、あの時の行動は確かに鬼の所業だと自分でも実感している。何も言えず、俯いていると、何かが、自分の肩を叩く感触がする。
顔を上げると、それは天狼だった。何やらニヤついた顔で、ジゲンを見ている。
「お前もザン……いや、ムソウみたいな奴だったんだな。飄々とした爺いみてえだが、やはり、一戦交えたいものだな」
「……勘弁してくれんか」
ムソウと同じような性格と言われ、若干複雑な気持ちになり、更に俯いた。
だが、そこへ二つの小さな声が聞こえてくる。
「おじいちゃんも、おじちゃんも強くて優しいんだね~!」
「おじーちゃん、おししょーさまみたいでかっこいい~!」
それは目をキラキラと輝かせているたまとリンネだった。今の話の中にカッコいい要素などあっただろうか。小さなアヤメも泣いていたし、怖がられると思ったのだが、逆に楽しそうな顔を向けるたまとリンネにジゲンは驚いた。
すると、ジゲンの隣にシロウが来て、ジゲンの盃に酒を注いだ。
「まあ、良いじゃねえか。親父が昔どれだけ恐れられていても、それは爺さん世代の奴らだけしか知らない。俺達以降の若い世代のとっての親父は“大侠客”でしかなかったぜ」
そう言って、自らの盃とジゲンの盃をカンッと音を立てながら合わせ、ニカっと笑った。
ジゲンは、シロウと、たまとリンネを見ながら、フッと笑った。
「そこまで言われると、儂も謙遜するようになってくるのう。儂はそんな出来た人間では無いと言いたくなるわい」
「じゃあ、親父から聞かせてくれよ。“刀鬼”の話をさ」
「ききたーい!」
「ききたーい!」
シロウの言葉に、たまとリンネも手を上げて、賛同する。周りを見ると、今度は皆の視線が、サネマサではなくこちらに向かっているのが見えた。横に居る天狼も、何か期待するような目で、ジゲンのことを見ていた。
困ったなあと思いながら、ジゲンは微笑み、自分の話を色々と語っていった。卓を囲む者達は、ある者は、かつて伝え聞いたジロウの武勇伝を、ある者は、仲間とやってしまった失敗や、やり遂げた成功を、ある者は今の自分たちの頭領と重ね合わせたりして、ジゲンに話を聞きながら、時には驚いたり、時には笑ったりしながら、宴を続けていった。
◇◇◇
やがて、夜も更けていき、ケリスに勝利したことに続き、街を守り切ったことへの宴会は終わり、皆、風呂に入ったり、片付けを終え、それぞれ眠りについた。
ジゲンはいつものように、たまと、そして、今日はリンネも一緒だ。寝る前に、リンネと共に、再びムソウとツバキの元へと向かう。変わらず、すやすやと穏やかに眠る二人にリンネは優しく、
「……おやすみ」
と、呟き、そっと頬を合わせていた。
その後、ジゲンは起こさないようにそ~っと、アヤメたちが眠る部屋へと向かう。そこにはすでに、アザミがダイアンのそばに居た。
アザミは、ダイアンの頬に手を当て、やさしく微笑むと、額にそっと唇をつける。
その光景にたまとリンネは顔を赤らめながら、頬に手を当て、ジゲンは、はあ、とため息をついた。
その音にパッと身を起こし、音のする方に顔を向ける。三人の姿に目を見開くアザミだったが、フッと微笑み、人差し指を口の前に当てた。
「……頭領には内緒よ」
「まあ……今日の所はな……」
この屋敷の決まり事である、屋敷内であまりいかがわしいような行為はしてはいけない。しかし、今日は皆よくやってくれたし、ムソウは寝ているし、何より、この決まりの元となった、たまが喜んでいるし、これくらいのことは良いかと思い、ジゲンはニコッと笑い、頷いた。
たまとリンネは、アザミと同じように、口に人差し指を当てて、顔を見合わせ、ニコ~っと笑っていた。
その後、アヤメたちの様子を伺うジゲン。傷も癒えて、今はスースーと穏やかに寝息を立てて優しい顔をして眠っている。こうやって眠っているときの表情はまだまだ子供だなと思い、ジゲンはアヤメの頭を撫でた。
すると、リンネがスッと前に出て、アヤメの胸に手を置いた。そして、静かに瞑想すると、顔を上げて、ニコッと笑ってジゲンの顔を見た。
「アヤメおねえちゃん、おししょーさまよりげんきだよ!」
「それは……魂がかの?」
ジゲンの問いに、リンネは元気よく頷く。それならば、アヤメたちについては何も不安に思うことは無いと感じたジゲンは、感謝のつもりにリンネの頭を撫でた。
そう言えばと思い、先ほど話に出てきた、コスケの様子もうかがうジゲン。こちらも、体のどこにも異常は無いようだった。我が従者ながらあっぱれと思いつつ、ふと、周りの者達の様子も見てみる。
そこには、アヤメの元で働くギルドの職員、高天ヶ原の四天女、ショウブ一家の者達など、アヤメ達と普段から接している者達も同様に眠っていた。
これだけ、多くの人間の世話をしているのかと、ジゲンは三人の“娘”達の顔を見ながら、フッと笑った。
その後、部屋を後にしようと襖を開ける。すると、そこにはシロウが立っていた。シロウは急に開いた襖に驚き、部屋から現れたジゲン達を見て、ギョッとする。
「お、親父……!」
「む? シロウか。何をしておるのじゃ?」
「い、いや、べつに~……」
シロウは口笛を吹きながら、その場を去ろうとする。すると、再びリンネが前に出て、シロウの袖を掴んだ。
「おにいちゃん……ナズナおねえちゃんもげんきだよ?」
そう言って、ニコッと笑うリンネに焦った様子のシロウ。ジゲンは、シロウもかと頭を抱え、シロウをジトっと見る。
ジゲンの視線に気づいたシロウは慌ててジゲンに向き直った。
「違うって! 俺は別に――」
「分かっておる。何をそんなに焦っておるのじゃ。行ってやるが良い。ただ、変なことはするなよ?」
「しないって! 俺がそんなんじゃないって親父も知っているだろう!?」
「そんな、胸を張ることでも……まあ良い。それから、静かにの……」
ジゲンがそう言うと、リンネとたまが、また人差し指を口の前に持ってきて、しー、という仕草をして、ニコッと笑う。シロウはハッとして、両手で口を押さえて頷く。
そして、いそいそと部屋の中に入っていった。
素直に堂々と、スッと入れば良いものをと思いながら、ジゲンはその場を後にし、部屋へと戻った。布団を二枚敷き、一枚にたまとリンネを寝かせ、もう一枚に自分が入る。
リンネはこっちの方が寝やすいと小さな獣の姿になり、たまの頭の横で丸くなった。小さな指で、リンネの首筋を撫でたたまは、そのまま、スッと眠りに入った。
それに続き、リンネも前足でたまの頬をポンポンと叩き、ジゲンにペコっと頭を下げると眠り出した。
「遅くまで……お疲れ様」
二人とも、幼いのに、大人顔負けの働きをしてくれた。リンネは共に戦い、たまは、傷ついた者達の介抱をしてくれていた。全て、片付いたら、ゆっくりと遊ぶ時間でも見つけよう。
二人を撫でながら、そう思ったジゲンも布団をかぶり、部屋の明かりを消して、眠りに入った。明日からも忙しくなる。
だが、皆が居るから何とかなるだろう。そう思いながら、目を閉じていった。




