第229話―コモンが帰る―
その後、完全に復活したことが明らかとなった牙の旅団の者達と喜び合ったジゲンは、たまと共に、リンネに跨り、屋敷へと帰った。
サネマサもリンネに跨ろうとしたのだが、ジゲンとたまを二人にしてやれという牙の旅団の者達や、コモン、ジェシカに止められ、渋々、自分の足で屋敷に帰っていった。
その場に残った者達は、コモンが直した檻車に闘宴会の者達を運び入れ、ムソウの屋敷の近くまで運んでいった。流石に、十二星天四人と牙の旅団、更には雷帝龍と天狼の前では何もする気が起きないらしく、闘宴会は、言われるがままに牢屋に入っていき、おとなしくしていた。
先に屋敷に着いたジゲンは、庭で作業をしていた闘鬼神の女中や、下街の住民たちに出迎えられる。一体何をしているのかと聞くと、今日は庭で宴会をするとのこと。ケリスにも勝ったし、あれだけの闘いがあったにも関わらず、自分たちから死人が出なかったことを祝したいとのことだ。
季節は冬だし、ムソウもツバキもまだ目が覚めてないうちにやるのはどうなのかと思ったが、そもそも屋敷の中は、怪我人でいっぱいで落ち着いて食べるところが無いという。
よって、ジゲン含む牙の旅団に、サネマサ達十二星天、それからシロウ含んだ、ジロウ一家の者達と自分たちは庭で、他の住民たちは、洞穴でそれぞれ飯を食べることに決まったらしい。
寒さ対策については、後でコモンに聞いてみるとのこと。十二星天が四人もいるのだから、何とかなるのではという自信満々のアザミの言葉に、ジゲンも、そうじゃのと頷いた。
その後、ジゲンは一番風呂に入るため、風呂場へと向かう。たまとリンネは女中たちの手伝いだ。たまに手を引かれ、女中たちの元へ行く獣人姿のリンネを見ながら、
―一番の功労者というのなら、上街、花街の住民たちを死なせず捕縛するのに大きく貢献し、更には儂たちが戦っている間にたまや屋敷を護ってくれたリンネちゃんが妥当じゃろうに……―
と、思いながらも、楽しそうにたまの横に立つリンネの顔を見て、フッと笑い、風呂場へと向かった。
そして、中で着替えようと服を脱いだところに、サネマサがやってくる。そして、本当の意味での一番風呂は俺だと言いながら、ジゲンより早く服を脱ぎ捨て、浴室の戸を開けた瞬間、個人の風呂場にしては大きすぎる様子に目を見開き固まった。
その隙に、ジゲンはゆっくりと湯船に浸かり、疲れを癒した。ハッとした様子のサネマサは、ちぇ~っと舌打ちしながら、ジゲンの隣に腰を落ち着かせた。
「あ~~~♨ ドタバタな一日だったな……」
「それは儂の台詞じゃ……♨」
今日一日でケリスが襲って来たり、サネマサと再会したり、牙の旅団に再会したりと、自分の人生が凝縮されたような一日だったと思った。
もう、こんな一日は無いだろうと、サネマサはケラケラと笑っていた。
「分かんねえぞ? なんせ、お前らの頭領があの、ムソウだからな。次はどんなことをするのだろうか、何が起こるのだろうか、正直、俺やミサキなんかは楽しみにしてるぞ」
失礼な言い草ではあるが、ジゲンも思わず、確かにと頷いた。ムソウからはマシロであった出来事や、クレナに来るまでにあったことを聞いていたし、実際にそれを肌で感じたりもしていた。ムソウの周りでは、何かが起こる。
殆ど疫病神ではないかと思ったが、そうではないと、すぐに考えを改め、ジゲンはフッと笑い首を横に振る。
ムソウは“死神”。疫病神ではない。それに、今日もそうだったが、何か起こればきちんと自分で対処している。だから、何の問題はないと伝えると、そうかと静かに頷くサネマサ。
その後、風呂から上がり、居間に向かうと、牙の旅団の者達とコモン、レオパルド、そして、天鷹と天狼がくつろいでいた。
こうしてみると、一体で領一つは滅ぼせると云われる神獣もかわいいものだなと思っていると、襖がガラッと開き、たまとリンネが手をつないでやってくる。
そして、ジゲンのそばに行き、今日はおつかれさま~と二人でジゲンの肩を叩き始めた。
まるで、祖父と孫のやり取りだと笑う牙の旅団や神獣たち。ふと、リンネの姿が目に入り、神獣たちにも獣人の姿は無いのかと尋ねてみた。すると、神獣たちは暗い顔をして項垂れる。
なんでも、女中たちに混じり、リンネもたまも未だに働いているのを見て、自分たちも手伝おうと思った天狼たちは獣人化した。
しかし、たまや女中たちに可愛くないから戻ってと言われて、渋々今の姿になっているのだという。
一応、二足歩行が出来て、力もある天猩はそのまま手伝いに加わっているらしい。
強力な力を持つ神獣たちを、掌で遊んでいるような光景に、流石は闘鬼神の女中。ムソウの屋敷で働いているということは伊達では無いなとサネマサは笑った。
ジゲンはそういうことなら仕方ないとは言いつつも、働かないと飯は無いぞとムソウの言葉を伝える。目を見開き硬直する天狼たちだったが、すると、リンネが首を横に振って、ジゲンの言葉を否定した。
「おおかみのおじちゃんは、リンネをたすけてくれた! とりのおじちゃんは、てきがこないかみはってくれた! だから、いいよ~!」
そう言って、ニコリとリンネが笑うと、天狼たちは助かったと安堵して胸を撫でおろし、天狼は尾を使ってリンネを撫でた。リンネは嬉しそうにして、二体の身体を揉み、疲れを労っていく。
今日一日で一番頑張ったのはリンネと思っているジゲンは、リンネが言うのなら仕方ないと、先ほどの言葉を取り消した。
そして、たまに肩を叩かれながら、ふとコモンに目を移した。コモンは牙の旅団の者達と、この街の再建について話している。一応はギルドを先に修繕した方が良いということで、やはり上街から作業を進めていくという。
ただ、牙の旅団の者たちからは、ケリスの行いに傍観し、便乗までしていた貴族たちの住処は後で良いのではという意見が飛び出た。
コモンはそれに頷き、ギルドの後は随時、住民たちの民家を建てていくと提案した。
大丈夫なのかとコモンに確認すると、コモンはサネマサと顔を見合わせてニコリと笑い、大丈夫にします!となんだか、不安になる答えを発して頷いた。頼むから揉め事は起こすなとジゲンは釘を刺した。
すると、そこへアザミが夕飯の準備が出来たと部屋に入って来た。皆は頷き立ち上がろうとする。しかし、アザミはハッとした様子で、たまに視線を移した。
「そう言えば、たまちゃん」
「なあに? アザミおねえちゃん」
「コモン様へのお叱りはいつにする? 今にする?」
たまはハッとして、コモンを見る。コモンもギクッとした様子でその場に立ち尽くした。急にどうしたのだと他の者達は歩みを止めたが、ジゲンと顔を見合わせ、何かを察したサネマサが、皆を先に庭へと出して、居間にはジゲンとリンネ、アザミ、そして、向かい合うコモンとたまだけとなった。
ふと、コモンの顔を見ると、どんな罰でも受けますといった感じで申し訳なさそうにたまを見ている。
一方アザミは、二人に見えないところで、どこかこの状況を面白がっているような、もしくは二人を見守るように、優しく微笑んでいた。どうか後者であってくれとジゲンは念じていた。
すると、突然たまがコモンに飛びつき、そのまま抱きしめた。あまりの出来事に、コモンは目を白黒とさせながら、たまを見つめる。
「た、たまちゃん……?」
「……しんぱいしたんだよ? ……なにもきかなかったんだもん……」
「……はい……すみませんでした」
絞り出すようなたまの言葉に、コモンは素直に頭を下げる。
「……これからはどこかいくときは、ちゃんとムソウのおじちゃんか、おじいちゃんにいうこと」
「……はい」
「……急なことだったら、はやめにてがみをだすこと」
「……はい」
たまからのお願いに一つ一つ頷くコモン。ここまで悲しませてしまって申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。
「……あと、これからも、ずっと、ここでわたしたちといっしょにくらすこと」
「……はい……はい?」
たまの言葉に頷いていたコモンは、最後の言葉の意味がよく分からず、首を傾げた。すると、たまはガバっと身を起こして、コモンの顔をジッと見て、ニコッと笑った。
「これからも、コモン様はムソウおじちゃんのかぞく! わたしたちのかぞく! ずっといっしょ! コモン様もわたしたちといっしょにず~っと、「とうきじん」! わかった?」
たまがそう言うと、コモンは目を見開き、そして、クスっと笑って、頷いた。
「……ええ……分かってます……僕も皆さんの……家族です……十二星天“鍛冶神”コモン・ロンドは……闘鬼神専属職人です!」
「はい! よくできました!」
ニコリと満面の笑みになるたまは、涙を流しながら、再びコモンに抱き着いた。コモンはたまの頭を撫でながら、口を開く。
「ありがとうございます……そして、ただいま……たまちゃん……皆さん」
コモンは顔を上げて、たまとジゲン、そして、アザミの方を向いた。目には涙が浮かんでいる。
しかし、表情は笑っていた。ジゲンとアザミはコクっと頷き、たまと共に、三人で、
「「「おかえりなさい」」」
と、コモンの言葉に返答した。一か月以上も、ケリスに支配されていたコモンはようやく、ムソウの屋敷に帰ることが出来たのであった。
コモンは一人、改めてこの家に住んでいるということを実感し、これから先、何が起ころうとも、この人達を護っていく、ムソウや、ジゲンでさえも、護っていくと誓った。
すると、居間と廊下を隔てる襖が一斉にガラッと開いた。何事かとジゲンたちが振り向くと、そこには闘鬼神の女中たち、更には夕方前に帰ってきていた冒険者達が、勢ぞろいしている。
一部始終を覗いていた皆は、満面の笑みで、コモンに、
「「「「「おかえりなさ~い!」」」」」
と言った。呆気にとられるコモンだったが、すぐに我に返り、
「はい!」
と頷いた。
その後、ジゲン達闘鬼神は一同に揃って一緒に、庭へと下りる。頭領であるムソウや、ツバキ、それにダイアン達が未だに眠っているが、久しぶりに、全員揃うことが出来たとジゲン達は笑っていた。
そんな闘鬼神を見て、牙の旅団も、住民たちも、十二星天までもが拍手と指笛で出迎えてくれる。
闘鬼神はそれぞれの席に着いていった。
ふと、ジゲンは庭がそこまで寒くないことに気付いた。おかしいなと思っていると、コモンが教えてくれた。
なんでも、結界の魔道具で屋敷を覆う結界を張り、そこにコモンがスキルを使って暖気を纏わせたのだという。それにより、外からの冷気を遮断した上で、外でも快適に過ごせるという環境を作り出したらしい。
十二星天ならばなんとかなると言っていたアザミは、ジゲンに、でしょ? と頷き、ジゲンも、アザミに、じゃの、と笑って頷いた。
その後、ジゲンや闘鬼神の冒険者たちが席に着き、女中たちが飲み物を運び終えると、ジゲンは盃を掲げ、口上を述べようとする。久しぶりに皆の前に姿を現した“大侠客”が何を言うのかと期待する皆だったが、ジゲンは思いもよらないことを話し出した。
「さて、本来ならばムソウ殿が乾杯の音頭をとるところじゃが、ムソウ殿は休養中じゃ。なので、儂が代わりに……と、思ったのじゃが、儂もこういうのは苦手でな。……ここは、ムソウ殿と一番付き合いの長いリンネちゃんに譲ろうと思う」
そう言って、ジゲンは横に居たリンネを立たせて果実水の入った器を渡した。皆がキョトンとする中、ジゲンは優しくリンネの頭を撫でる。
「さあ、リンネちゃん。いつもムソウ殿がやっているように、すれば大丈夫じゃ」
「ほんと~!? リンネね、いっかい、おししょーさまのまねしたかったの~!」
リンネは満面の笑みを浮かべて、器を上にかかげて、大声をあげる。
「えっと……みんな! おつかれ! かんぱい!」
リンネは果実水をごくごくと呑み始める。そして、空になった器を逆さにする。しかし、次の言葉が思い出せず、困ったような表情になった。皆の視線が集まる中、リンネはジゲンの顔を見上げる。
「えっと……つぎは……なんだっけ? おじいちゃん……」
「ふむ、ここからは儂が変わろう……ッ!」
ジゲンはリンネの頭を優しく撫でて、立ち上がった。そして、そのまま盃を口元に当てて、ぐびぐびと酒を飲む。流石にムソウのように酒瓶丸々とはいかない。
だが、歳老いた老人が、酒を水のように飲むさまに、流石のサネマサ達含め、皆は目を見開いた。闘鬼神の者達までもが驚いている。ムソウならともかく、ジゲンが荒々しく酒を飲むという姿は見たことが無かったからだ。
しかし、横でリンネとたまは、「お~」と、言いながら、手を叩いている。
ジゲンは、二人の声援にこたえるように、酒を飲み尽くし、器が空になったことを示すと、それをサネマサに向けて投げつけた。
「あ痛て!」
サネマサはそのまま頭を押さえながら倒れ込む。呆気にとられる皆を前に、ジゲンは大声で叫ぶ。
「あの男のように倒れるまで、今日は食べて飲もうではないか!」
「うおー!」
「うおー!」
ジゲンの言葉に応じるように、たまとリンネは両手を上げて返事をした。他の皆は未だに呆然としている。
だが、その中から笑い声が聞こえてきた。それは、ジロウ一家二代目頭領であり、ジゲンに育てられた男、シロウである。シロウは口を大きく開けて、膝を叩きながら笑っていた。
「アッハッハッハ! 倒れるまでか! 親父! 俺は倒れても飲むぞ!」
シロウは笑いながら手にした盃に入った酒を一気に飲み干した。すると、かあ~と全身が熱くなり、顔が真っ赤になっていく。そして、ばたっと倒れた。
ジゲンはそれを見て、ニカっと笑う。
「上出来じゃ! シロウ!」
ジゲンがそう言うと、しばらく沈黙の時が続く。しかし、徐々に口を開く者が現れ、シロウとジゲンを指さしながら笑い声が起こっていった。
「ったく、シロウの旦那、無茶しやがって……まあ、面白いから良いけどな!」
「流石二代目だな!」
「ジロウさんも流石だ。なあ~んにも変わってねえな……」
「お~い、起きろよ、シロウ。早く起きねえと、飯食っちまうぞ~」
ジロウ一家の者達は、そう言って、酒を飲み料理を食べ始めていた。時折、シロウから呻き声のようなものが聞こえてくると、あ、駄目だという顔をして、ジェシカを呼び、シロウの身体を癒してもらっていた。
酔いも治るんだと思った一同は、今日は呑むのではなく、呑み過ぎようと、笑っていた
「すげえな、ジゲンさん。頭領といい勝負じゃねえか……」
「そういや、俺達はジゲンさんで良いのか? ジロウさんの方が……」
「どうでも良いんじゃない? 人間が変わったわけじゃないし……」
「それよりも……良いなあ、ジゲンさん。たまちゃんとリンネちゃんに挟まれて……」
「気持ち悪いって、ロロ」
「美味いなあ~……本当に……」
「生きてて良かった……」
先ほどのジゲンの様子に驚きつつも、要するにいつもと同じだなと思った冒険者の皆は、そのまま料理にありつく。久しぶりに口にするたまの料理は美味かった。
そして、自分たちもようやく帰って来たのだなと実感し、一部の者は涙を流しながら食事を続けていった。
「ジロウ様に、サネマサ様……それにコモン様に……この屋敷はどうなっているのだろうか」
「それにあれって、神獣様と雷帝龍様だよね……何もないと良いけど……」
「取りあえず安心しておこうぜ」
「だな……っと、後で洞穴の奴らにも食わせてやろっと……」
住民たちは、あまり見ない十二星天が集まっているという光景だったり、牙の旅団の者達だったり、天狼やカドルを見て、多少震えながらも、料理を食べていた。
やはり一般人には刺激が強いようだとジゲン達は思った。正直、自分たちでもギリギリだけどと、苦笑いしている。
「あ~、酒が旨い、料理も旨い。生きてるって良いことだなあ」
「ホント、たまちゃんの料理美味しいわあ」
「毎日食ってるジロウが羨ましいな」
「俺達も住まわせてもらうか?」
「う~ん、どうでしょうかね。迷惑にならなければ良いのですが……」
「最悪アヤメちゃんの所で良いだろ。住み込みでギルド手伝って、晩飯はここにお邪魔して、とか……」
「まあ、ややこしいことは後で決めようよ。今は……あ、このぜんざい美味しい……」
「もはや隠す気ないんだな、甘いもの好きってこと……」
「そもそも隠す必要もないけどな……ってか、飯から食えよ、エンミ」
牙の旅団は、肉体があるからこそ味わえるたまの料理を、しっかりと味わい、その味に、感動していた。
そして、これからもこれが食べられるとなると、これほどの幸せは無いと笑い、ジゲンを羨んでいる。早く、アヤメ達が目覚めないか、目覚めたら、また宴会だとコウシが言うと、皆は更に笑って頷いた。
「痛てててて……ジロウめ、覚えてろよ」
「すげえな……やはり“刀鬼”おっかねえな……」
「そんなことありませんって。ジゲンさんは優しい方ですよ……ムソウさんに比べるとですが……」
「そうなのですか? 私は今日初めてお会いしましたが、そこまで怖いとは思いませんでしたよ?」
「うむ。ムソウ殿は恐ろしく強い男ではあるが、恐ろしい男ではない」
「あ、ジェシカ、雷帝龍。それは勘違いだぞ。あの人は恐ろしく強く、恐ろしい人間だ」
「ああ。あの人が恐ろしいということは、天狼が一番分かってる。なあ?」
「……その話は辞めろ」
天狼の言葉を聞き、首を傾げる十二星天と雷帝龍カドル。何があったのかと聞いても何も言わないので、コモン達もそれ以上は追及しなかった。
いずれ、そのことについては、神獣たちとムソウの関係と一緒に、ついでに聞こうと思った。
ジゲンはそれぞれ料理を食べていく皆を見ながら笑っていた。住民たちから、十二星天、果ては神獣や、龍族までもが、同じ食卓を囲んでいるという光景は良いものだと感じた。
そして、しばらくすると、何人かが席を立ち、それぞれ共に料理を食べたい者や、話したい者に近づいていき、それぞれで楽しみ始めている。ジゲンの側にはジロウ一家からかつての副官が、酒を勧めてくる。
「頭領……言ってくれれば、いつでも力になったんすけど……?」
「お前にはシロウの元で頑張って欲しかったんじゃよ。本当に、皆も立派になったものじゃな」
「あれから、二十年以上も経つんすもんね……まあ、今日のところはお疲れっす。それから、よくぞ戻られましたな」
「うむ……苦労を掛けたな」
副官の男の労いに、ジゲンは頷き、共に酒を呑んだ。あれから、人員の変化などはあったようだが、かつての自分を知っている者が、牙の旅団以外にも居るということはやはり嬉しかった。
十二星天も例外ではなく、闘鬼神の者達や、住民たちの元へと行く度に驚かれたりしていたが、すぐに打ち解けたように楽しく料理を食べていた。
たまや女中たちは更に料理を運んだり、女性の住民たちやシズネ、エンミと協力して、酒を注いでいった。
シズネとエンミは、たまがニコリと笑うと、顔を赤らめながら、たまの頭を撫でたり、頬をつまんだりしながら遊んでいる。すると、他の牙の旅団の者達も集まっていき、たまと遊び始めた。少し困りながらも楽しそうにするたま。それはまるで、昔のアヤメと牙の旅団の姿そのものだなと感じたジゲンは、フッと微笑み、酒を飲んだ。
すると、周りにリンネが居ないことに気付く。辺りを見るが、それらしい姿はない。先ほどまで隣に居たのだが、どこに行ったのかと思っていると、屋敷の廊下の先に六本の白い尾が消えていくのが見えた。
あの先には……と、思い、ジゲンはこっそりと隠蔽スキルを使って、リンネの後を追った。
それに気づいたのは、サネマサと天狼だけ。二人は、顔を見合わせ、リンネのことはジゲンに任せようと、頷き合った。
屋敷に入っていったリンネを追うジゲン。そして、予想通りの部屋へと入っていくリンネ。
そこは、ムソウとツバキの部屋だった。そこでは静かに、ムソウとツバキが横になっている。リンネは二人の頭をそっと優しく撫でて、枕元に卓に置かれていた料理をそっと置いた。
自分の言葉を守り、寂しがることなく、きちんと二人の世話をしているリンネに感動したジゲンは隠蔽スキルを解いて、そっと襖を開いた。
「……あっ」
「しぃーっ……そのままで良い、リンネちゃん」
耳をぴくッと動かし、ジゲンに気付いたリンネは口を開こうとしたが、ジゲンにそう言われ、口を閉じた。そして、ジゲンに近づき、小声で話しだす。
「……おししょーさまと、ツバキおねえちゃんのすきなものだから……」
そこには、クーマの刺身が盛られた皿が置かれていた。以前、ツバキがムソウに料理をもてなした際に、ムソウが喜んで食していたものである。
「そうか。じゃが、それだと傷むかも知れんの」
ジゲンは、ムソウの荷物の中から、異界の袋を取り出し、その中に、リンネが持ってきた料理を入れて、枕元に置いた。
そして、その上に、この中に料理があるという旨の言葉を記した紙を置いた。
「これで、良いじゃろう」
「ありがと……おじいちゃん……」
リンネはニコリと笑って、ジゲンにペコっと頭を下げた。そして、少し乱れている布団をかけ直し、再び二人の頭を撫で始める。
「いつもとは逆の光景じゃの」
「……うん。おししょーさまも、つばきおねえちゃんも、はやくげんきになってほしいから……」
「ほっほ、大丈夫じゃ。リンネちゃんが、二人のことを信じていれば、きっと元気になるはずじゃ」
「……うん」
ジゲンの優しい言葉に、リンネは頷き、袖で目を拭った。暗くてよく見えなかったが、どうやら泣いていたらしい。
皆の前では気丈に振舞っていても、どれだけ強くても、やはり心はまだ子供なんだなと、ジゲンは実感した。
リンネの頭をそっと撫でるジゲン。すると、ハッとした様子でリンネはジゲンに顔を上げた。
「リンネちゃんも、落ち込むでないぞ? ムソウ殿や、ツバキ殿が目を覚ました時に、一番嬉しいのは、リンネちゃんが元気で居ることじゃ。
ムソウ殿が不在の時にリンネちゃんを泣かせたとあったら、儂がムソウ殿やツバキ殿に怒られてしまう」
そう言って、ジゲンがニコッと笑うと、リンネはコクっと頷き、ジゲンに抱き着いた。
「うん……おじいちゃん……ありがと……」
リンネの言葉に、ジゲンは微笑み、再び頭を撫でた。
ふと、心の中で、孫が増えたと思い、苦笑いするジゲン。今もすやすやと眠り続けるムソウとツバキに視線を移し、早く目を覚ませと訴えかけていた。




