第225話―帰宅する―
カドルと別れた後、邪神兵達の相手をしながら屋敷へと向かっていた。
すると、屋敷のすぐ手前で誰かが邪神兵達と闘っているのが見える。周りを囲まれ、迫りくる神兵達と必死な形相で戦っていた。
「ん!? あれは……!」
よく目を凝らすと、それは十二星天の一人、“武神”サネマサの姿だった。なんでここに居るのだろうという疑問はあったが、邪神兵と闘っている以上、こちらの味方だとすぐに理解できた。
何より、アイツはこっちの世界での、俺の友人だ。ひとまずサネマサを救おうと思い、刀を振った。
「奥義・飛刃撃ッッッ!!!」
無間から視界に入る邪神兵や邪神将たちの切れ目の数だけの刃が飛び出していき、サネマサを囲っていた敵を蹂躙していく。
サネマサはハッとした様子で、刃が飛んできた方向、つまり俺の方を向いた。
「ムソウか!?」
「おう! 久しぶりだ――」
「すまねえ! 再会の話は後だ! お前の屋敷が……ツバキたちが危ねえ!!!」
再会を喜ぼうとする俺の言葉を遮り、サネマサは必死な形相で、俺の屋敷を指さした。ツバキが、まだ残っていると知り、屋敷の方を見てみる。
すると、六枚の羽を生やした大男が、屋敷に向かって飛んでいくのが見えた。
そして、その先には屋敷の屋根の上でツバキとコモン、更に見知らぬ女が居る。女はコモンの傷を癒しているようだった。
ツバキの方は、両手を掲げて障壁のようなものを作り出し、神怒の攻撃から屋敷を護っていた。
ツバキにあんな力があったのかと一瞬疑問に思っていると、サネマサの叫び声が聞こえる。
「行ってくれ! 行って俺の仲間を……俺の弟子を護ってくれ!!!」
サネマサは必死になって、俺に懇願してきた。周りを見ないような戦い方をするサネマサが、俺にそんな頼みをするとは意外と思った。
何より、この世界最強と謳われるサネマサが、俺に敵を任せてくるということに驚いた。それほどの状況なのかと思い、俺はサネマサの言葉に頷いた。
「任せろ!」
そして、俺は再び屋敷を目指して飛んでいった。
だが、大男はすでに、屋敷に張られたミサキの結界魔法を打ち破り、ツバキの障壁を壊そうと、刀を振るっていた。男の攻撃と、神怒による攻撃で、ツバキの障壁はひびだらけとなっている。
その後、男が思いっきり、刀を振るうと、ツバキの障壁は簡単に砕け散り、男が一気にツバキたちに迫っていった。
「ッ!」
……その瞬間……俺の脳裏にあの日のことが浮かび上がる。
ボロボロの屋敷……息も絶え絶えにそこに立つエンヤ……立ちふさがる玄李の敵兵……エイシンの死に顔……
そして……最後に見たサヤの顔と……ついに見つからなかったカンナ……
「やめろオオオオオッッッ!!!」
―死神の鬼迫―
……あの日と同じことになってたまるかと、俺はありったけの殺意を周囲にぶつけた。その瞬間、辺りに居た邪神兵共の動きは止まり、ツバキたちを襲っていた男の動きも止まった。
そして、何故だか神怒による攻撃も止まった。死神の鬼迫は魂の状態でも有効的だということは、雷雲山の一件で分かっている。恐らくそのためだろう……。
そして、辺りを覆っていた邪神兵共に再度、飛刃撃を放った。殺意を浴びて動けずにいた邪神兵共は、成す術も無く斬られていき、その体は消滅していった。
全ての刃を刀に収め、俺は、息を吹き返してツバキたちを襲おうとする男の刀を受け止める。
急に攻撃を止められたからか、男は驚愕の表情で、俺を見てきた。
「チッ!!! 何だ!? テメエは! 邪魔する――」
「うるせえ……ッッッ!!!」
耳障りな言葉を吐く男の顔を掴み、俺はそのまま上空へと投げた。コイツの正体は知らない。だが、俺の屋敷とツバキを襲った以上、敵だ。コイツを生かす理由もない。
俺はそのまま、サネマサの時の分と、先ほどの分と合わせた刃の奔流を刀から放出した。
「ッ!? なあああッッッ!!!???」
無間から飛び出した凄まじい量の刃の奔流は、そのまま男を切り刻んでくれると思っていた。
しかし、男は空中で態勢を立て直し、手にした刀で攻撃を受け止める。意外と、強力な得物らしい。
だが、その勢いで男の体は、上空へと打ち上げられていった。
チッ……倒すことは出来なかったか……それにあわよくば魔法陣を破壊したいところだったが、少しずれたな。
まあ、良い。アイツは後でゆっくりと殺そう……。
さて……と。
俺は振り返り、背後に居たツバキたちの様子を確認した。どこもけがをしていないようで何よりだ。
だが、ツバキは衰弱が激しいな。あれだけの攻撃を防いでいたんだ、それも仕方ないか。
俺が近づいていくと、ツバキは見たことない女に抱えられながら、ゆっくりと頭を上げた。そして、優しく微笑んだ。
……やっぱりコイツの笑った顔というのは良いものだなと感じた。
「……よくやったな」
「はい……」
俺が頭を撫でると、いつものように、更に嬉しそうな顔になり、コクっと頷いた。
すると、ツバキの目から一筋の涙が頬を伝った。見た目はそうでもないように感じたが、意外と体力の消耗が激しいのかと思い、若干慌てる。
そして、元気づけようと、涙を拭いながら、
「泣くなって……俺が来たんだ、むしろ安心して喜べよ」
と、ツバキを励ました。すると、ツバキはそのまま黙ってコクっと頷く。
……大丈夫だよな、これ。若干怪しい反応に戸惑ったが、もうここからはツバキが無理する必要も無いと思い、俺は上空に展開されている魔法陣を見つめた。男をどうにかしないといけないが、まずはあれからだよな。
神怒に使われている魂を斬り尽くせば、魔法陣は消える……。やはり、どこか腑に落ちない点があるが、ここを護るためだと割り切った。
すると、背後から微かな声で、ツバキの声が聞こえてきた。
「おかえりなさいませ……ムソウ様……」
これから俺は、自分でも認める正真正銘の“死神”になる。特に恨みも無い魂たちを葬っていく。あの頃と同じように、俺の手は血で染まっていく。
そんな俺に、「おかえりなさい」と言ってくれるツバキの言葉は、本当にありがたかったし、温かかった。
少し照れ臭くなり、ツバキの方は見ずに、そのまま返事した。
「おう」
すると、ツバキのクスっという声が聞こえてきて、静かになった。どうしたのかと思い、振り返ると、ツバキは、女の腕に抱えられながら、目を閉じて寝息を立てていた。
「寝た……のか?」
「え、ええ……貴方が現れたことで安心しきってしまったのですね……」
ツバキの容態を確認するように顔を覗き込みながら女はそう言った。
そういや、コイツ誰だ? と思い、近寄ろうとすると、横からコモンが口を開く。
「あの……ムソウさん……この度は……」
コモンは何か気まずそうな顔をして、たどたどしい口調で何か言おうとしている。じれったいし、恐らくどうでも良いことだと思い、コモンの言葉を遮った。
「あ~……コモン、後にしてくれ。色々話したいこともあるだろうし、俺もあるが、時間が無えからな……で、お前誰だ?」
女に尋ねると、キョトンとしながら口を開く。
「は、はい……私は十二星天のジェシカと申します」
「ん? サネマサに続いて、もう一人居たのか……ここまでありがとう。感謝するよ」
俺は頭を下げた。
十二星天のジェシカというと、治癒能力に秀でた力を持っていたな。なるほど、その力で、ツバキたちを癒していてくれたのか。
サネマサに、コモン、そして、ジェシカという三人の十二星天がここに居るという事実に驚きつつも、三人が居たから、ここが護られているということに何となく安心した。
すると、ここでまたもコモンがおずおずと口を開く。
「いや、あの……ムソウさん? 僕は貴方に謝りたいことが……」
「何だよ……? 黙ってここを開けたことか? それについてはもういい。後でたまに盛大に怒られる予定だからな。俺の方からは何も無い」
「い、いえ……それもありますが……」
コモンは、俺の言うことを聞かず、更に俺に何か言おうとしている。
俺はコモンの事情は全く分からないが、何となく察して、頭を下げようとするコモンを止めて、胸を叩いた。
「まだだ、コモン。それはまだ早い」
「……ムソウさん?」
「まだ闘いは続いている。それに、闘鬼神の奴らもまだ見つかっていない。アイツらを連れて帰って、全てが終わったら、ゆっくりと話を聞いてやる。
……その時まで、もう少し待て……良いな?」
コモンに説教をするのは後だ。何となくだが、どういうことになっていたのかは理解できる。
まあ……辛いことでもあったのだろう。だから、ここでコモンを叱責するのはおかしい話だと感じた。
後で、たまと一緒に説教だと最後に伝えると、コモンは静かに頷いた。
「はい……ありがとうございます……」
「ようやく分かってくれたか。まあ、楽しみにしておけ」
笑って、コモンを小突くと、再びコクっと頷くコモン。
すると、ジェシカが何か思い出したように、あ、と言って、俺の肩を叩いた。
「あの……ムソウさん?」
「あ? 何だよ。手短に頼む」
早いところ、上空の異変をどうにかしたかった俺は、急かすようにジェシカの方を振り向いた。すると、ジェシカはニコリと笑って、口を開く。
「ジゲンさんや、アザミさんたちにもお伝えしましたが、ムソウさんのお仲間である、闘鬼神という冒険者の皆さんはご無事です」
「……は?」
ジェシカの放った言葉の意味が一瞬だけ分からなかった。
え……闘鬼神が無事? たった今、初めて会ったばかりのコイツが、なんで、闘鬼神のことを知っているのか、更には奴らが依頼をこなしている最中に、危険な目に遭っているのを知っているのか、理解が追い付かない。
「詳しく話してくれ」
「はい、実は……」
ジェシカは頷いて、ことの仔細を話し始める。サネマサともう一人の十二星天とここを目指す道中に、ケリスの放った冒険者たちに襲われている、闘鬼神の皆と遭遇。サネマサと共に、その冒険者を追い払い、いったん闘鬼神をもう一人の十二星天に任せて、トウショウの里にサネマサと共に駆け付けたらしい。
そして、この状況を見て、ジゲンたちの味方をして、現在に至るという。
ジェシカの話を聞きながら、俺は今日一日の苦労が一気に押し寄せる感覚がして、力が抜けた。俺が苦労しなくても、アイツら、ちゃんとここに戻ってくるようになっていたんだな。
だが、それと同時に、凄まじい安心感が身を包み、心が軽くなっていく。
「……そうか。本当に、アンタたちには世話になっていたんだな」
俺は再度、ジェシカに頭を下げた。家だけでなく、大切な家族を護ってくれた恩人には、しっかりと礼をしたかった。
そして、俺は再び上空を見上げた。先ほど倒し尽くしたはずだったが、再び、空の穴から邪神兵が出現していて、辺りを飛び回っている。
ふと見ると、先ほど吹き飛ばした男も態勢を立て直し、邪神兵達の統率を図っていた。沈黙していた魔法陣に浮かんでいる眼球も、それぞれ力を溜め始めている。
俺は刀を構えながら、ジェシカとコモンに、口を開いた。
「……じゃあ、そろそろ俺もあっちに向かう。アイツらが帰ってくる前に、きちんと掃除しておかなくてはな」
「ムソウさんは掃除しか出来ないですからね……」
すっかりやる気を取り戻した様子のコモンは、冗談交じりにそう言ってきた。いつもはここで黙る俺だが、今日は違う。コモンの悪態を返すように笑った。
「ああ。掃除しかできない。だから、ことが終わったら、屋敷だけじゃなく、街の再建はお前に一任するからな」
珍しく反撃してきた俺に目を見開くコモン。しかし、すぐにニコッと笑い、いつものように、
「お任せください」
と、返事をした。相変わらずだな……。
「ムソウさん……私達は、貴方を一人、残すわけには……」
ジェシカはどこか心配そうに俺を見上げる。初めて会った奴にここまで思われるなんてなと首を傾げたが、ジェシカの目は本気だ。何があってもここを動かないつもりらしい。
俺は渋々頷いた。
「なら、攻撃が当たらないように最後まで注意しとけ。ツバキを頼んだぞ」
そう言うと、ジェシカは目を輝かせて、
「はい! ここは私達にお任せください! 闘いが終わった際は、ムソウさんもしっかりと私が傷を癒しますからね!」
と、返事をした。どっかで聞いたような台詞だな、と苦笑いして、ジェシカに頷いた。コイツは俺に毒を盛るなんてことしないだろう……。
「それからコモン、サネマサと合流して、地上に迫る神兵達の露払いを頼めるか?」
コモンに、屋敷の外で安心しきった顔で楽しそうに刀を振るっているサネマサを指さしてそう言うと、少し頭を抱えながらも、コモンは頷いた。
「かしこまりました。ここは最後まで僕が護ってみせます」
「よし。……住民たちは、俺の……頼りになる新しい友が護ってくれている。そちらは気にせず、俺達は全力を尽くそう!」
「「はいっ!」」
俺の言葉に二人は頷いた。
その後、俺は魔法陣に向けて空へと飛び立つ。それを見た邪神兵共と、神怒の眼球は俺に狙いを定めて攻撃を仕掛けてきた。
「ウオオオオオオオオオッッッ!!!」
俺は向かってくる神兵達を斬っていき、迫ってきた光線の切れ目を狙って、無間を振るった。
凄まじい熱量と重さを感じさせた光線は、あっという間に光の粒子となって消えていく。
スーッとその光が消えていく中、俺の頭の中に声が響いた。
―あり……がとう……―
―ようやく……終われる……―
俺はその声の一つ一つに謝っていった。本当にこれしか道は無かったのかと思いながらも、光線を斬りつけ、無力化していくと更に多くの声が頭の中に響き渡る。
どれも、俺に感謝の言葉を述べたり、謝罪の言葉を告げていった。
そして、あらかたの光線を無力化すると、再び魔法陣は沈黙し、力を込め始めた。
俺はその隙を突き、神兵や神将たちを相手にしながら、相手の指揮を執っている男に向かう。
男は俺に気付き、怒りの形相で刀を振り上げ、急降下してきた。
「調子に乗るなよ! クソがあああッッッ!!!」
「こっちの台詞だ、木偶野郎が!!!」
俺と男は空中で刃を合わせる。俺と、人界を襲う大いなる災いとやらの最後の戦いが始まっていった。
……と、思っていたのだが、何度か男と刃を交えるうちに思ったことがある。
コイツ……弱いな……。
何と言うか、動きは遅いし、コイツ自身の攻撃自体も大したことない。楽に攻撃をさばいたり、防いだりすることが出来る。
ただ、コイツが手にしている得物は強いと感じている。今まで感じた中だと、魔刀級よりは上、つまり、無間と同じく神刀扱いにはなるのだろう。先ほどの飛刃撃の攻撃を耐えていたからな。
しかし、ひとごろしを発動させた無間……いや、通常の無間よりは弱いと感じる。大したことのない持ち主に振るわれ、可哀そうと思えるくらいに、余裕で男の攻撃を受けていた。
「オラオラッ! さっきの威勢はどうしたんだよ!?」
そんな俺の気も知らずに、男は何度も刀を振ってくる。コイツ、俺が余裕で受けているということに気付いていないのか?
サネマサとコモンは、コイツに手も足も出なかったような感じだが、少なくとも、サネマサよりは弱いと感じる。
恐らく、急に奇襲を仕掛けてきたコイツに浮足立ったサネマサが虚を突かれたといったところだろう。この男から感じられる力は、それなりには強いものだからな。
急に現れたとなると、流石に驚くか……。
もしくは、使い手が駄目でも、この刀の大きな力にサネマサがやられたか……。
何にせよ、サネマサが俺にコイツを任せたのは事実だ。もう少し、気合を入れようと思い、俺は振り下ろされる刃を避けて、男の腹に無間の柄を当てる。
「オラアッ!」
「ごふっ!」
そのまま前のめりに体を折る男の顎に掌底を当てて、そのまま顔に回し蹴りを叩きこんだ。
「ガハッ!」
男はそのまま、何体かの邪神兵を巻き込みながら吹っ飛び、離れた所に居る邪神将に当たって止まった。
「ぐうっ……調子に乗る――」
「さっきから……うるせえ……なッ!」
態勢を立て直そうとする男に、素早く近づき、そのまま邪神兵ごと斬ろうと、無間を振り下ろす。
だが、男はハッとして、慌てて大刀を振るい、俺の攻撃を受け止めた。男の背後で邪神将だけが斬られ、肉体が消滅していく。
「それだけ、よく喋るんならよ……少し俺の話に付き合えや!」
「何だと――ガフッ!!!」
俺は男の顎に膝蹴りをくらわして再度吹っ飛ばした。そして、無間を構えて、男を見据える。
すると、俺の上空から、神怒による攻撃が放たれてきた。離れた所から男が俺を指さしながら吠える声が聞こえる。
「馬鹿め! 俺にだけ気をとられ過ぎだ! 死ねえええッ!」
俺はゆっくりと光線に向き直り、その攻撃の切れ目を狙って、無間を思いっきり振った。
「オラアアアアッッッ!!!」
無間から特大の斬波が放たれ、光線をかき消した。再びただの光の粒子となった魂の声が頭の中に響き渡る。
―ありがとう……―
―奴を……倒すのじゃぞ……―
―おじちゃんならできるよ!―
―私達以外の人達も……助けてあげて……!―
口々に俺に感謝する声や、激励の声が脳内に響いては、消えていった。
今日一日を通して、多くの魂と触れ合ったからか、神人化としての能力が高まったからか定かではないが、俺の魂を感知する能力も高くなっている。何となくだが、魂の気配を今まで以上に感じ取ることが出来ている。
俺の頭の中に語り掛けてきた魂の気配は、俺に言葉を残すとともに完全に消えていった。魂の回廊に行ったのか、完全に消滅したのかは定かではない。
だが、カドルの言葉通りなら、きっと……後者だろうな……。
「……すまない」
俺は神怒の攻撃を斬る度に、何度も呟いた。
その後、唖然としている男の方に向き直る。男は、俺が神怒の攻撃をかき消すというのがよほど信じられないらしい。口を開けて呆けている。
そして、俺は先ほどから男の懐にも魂の反応があることに勘づいている。呆気に取られている男にサッと近づき、男を逆袈裟に切り上げた。
「チッ……!」
―くっ……!―
男は上手く攻撃を躱し、俺の刀は身体を斬ることは無く、着物を斬っただけとなった。……まあ、そうしたんだがな。
すると斬った男の懐から、小さな光が出てくる。やはりあったか、魂。聞き慣れているわけではないが、胸糞悪くなる声が聞こえてくる。誰の魂かすぐに分かるな。
……まあ、コイツについては後だ。取りあえず、コイツのことについて確認していこう。
「弱いな……」
「な、何だとッ!?」
「何しにここに来たか分からねえな……なあ、何しにここに来たんだよ?」
男は俺の言葉に、顔を真っ赤にして声を荒げ始める。相当頭にきたようだな。
「何しに来たかだと!? 知れたことよ! 我ら神族が大地に来る理由、それは、貴様ら人族や、鬼族を滅ぼすために決まってるだろうがッッッ!!!」
男は激高し、刀を振り上げて向かってくる。怒らせた所為か、少しだけ男から感じる力が強くなっている気がする。
……だが、本当に少しだ。その少しの力を男は刀に纏わせて斬りつけてきた。
「邪葬刃ッッッ!!!」
「おっと……」
俺は少し体を横にずらして、攻撃を躱す。すると刀から黒いものが放出されて、俺のすぐ横を通っていった。
ああ、ああいう技だったのか。躱していて良かったと思いながら、そのまま男の顔面を殴りつける。
「ぐはっ!」
「質問はまだ続いてんだ。遊びたいんなら、後でしっかりと遊んでやるから、今は俺の質問だけに答えろ……」
―死神の鬼迫―
「ゔッ……」
俺が殺意をぶつけると、男は顔色を悪くして、その場に固まる。得体の知れない奴でも、これは有効的なんだな。俺は続けて、男に尋ねた。
「さっきの答えだと、テメエは神族なのか……。
だが、なんでここに居る? そして、何故、俺の家襲ってんだ? 俺とテメエは初対面で、更に言えば、俺と神族の間には何も無えよな?
あんな、神怒とかいうものを発動させてまで、俺の屋敷を狙った理由を答えろ……」
コイツが神族ということに多少は驚いたが、神族が使う技もこの眼で確認しているし、邪神兵達が現れる、「天門」というものも確認している。
神族という種族は、天にあるという世界、天界に居るわけだから、天から来たコイツらが、神族というのは、ある程度予想はしていた。
だが、コイツが俺の屋敷を襲うというのは納得がいかない。100年戦争において、神族が人間を憎んでいるから、という理由だとしても、俺の屋敷限定に襲っているというのは違和感がある。
神怒なんてものも発動して、多くの魂を使ってまで、俺の家を滅ぼしたかった理由だけはどうしても分からなかった。
そう思いながら、無間を向けながら睨んでいると、男もキッと睨み返し、口を開いた。
「テメエの家がどうとかこっちには知ったことではない! 偶々、俺の末裔が俺を喚んだ場所がここだったってだけだ!」
男は辺りを指さしながら俺に怒鳴った。
ああ、なるほど。人族と鬼族に天界ごと封じられて、偶々開いた、「天門」から意気揚々と大地に来てみたら、ここだったと。それで、目についたというか、既に神怒で攻撃していた俺の屋敷に目を付けて、襲ったというわけか。
コイツらにとって、神怒がどれほどの攻撃法なのか知らないが、カドルの様子から、相当なものらしい。それをたった一人で受け止めていたツバキを見たら……まあ、焦るよな。それで、俺の家を襲ったというわけか。
男の言葉に、頷いていると、更に続けて口を開く。
「それから、テメエと神族の間に何も無えってのはおかしい話だろ!
俺が来た時すでに神怒はあの家を攻撃していた!
つまり、テメエが俺の末裔と闘ったってことだろ!? テメエは、神族に連なる人間と刃を交えた! それは、俺達との闘いを選んだってことだよな!?」
男はギャーギャーとわめきたて始める。
……うるさいな……コイツ。さっきから手よりも口の方がよく動くみたいだ。聞き出しているのは俺なんだが、段々面倒くさくなってきた。
だがまあ、男の言葉で、神怒が俺の屋敷を襲っていた理由も分かった。
俺はため息をつき、異界の袋からあるものを取り出し、男……というか、隣でふわふわと浮かんでいる魂に見せつけた。
「神族も、人族も関係ねえよ。俺達はこの羽の持ち主に喧嘩を売られたから、買っただけだ。個人の喧嘩に、種族間のことを持ち出すなんざ、甚だしいにもほどがあるな」
俺は樹海で回収した羽を見せつけながら、笑った。目を見開く男と、激しく動揺するように辺りを動き回る魂。
すると、男は何故か、にやりと笑い、喉を鳴らしながら笑い始めた。
「……クックック、アーッハッハッハ! テメエ、それが何なのか知っているのか!? それはな――」
「神族とか神人の羽だろ?それが何だってんだよ」
羽を弄びながらそう言うと、男は一瞬黙るが、すぐに目を見開いて、羽を指さしてきた。
「コイツは滑稽だな。そこまで知っていてわざわざまだ持っているとは……」
「証拠になるからな。この騒動の黒幕が奴だっていうことを王都に示すにはいいものだ」
「証拠? ……ああ、そういう使い方も出来るな。だが、本来の使い方は違う」
「本来の使い方?」
男はニヤニヤ顔が止まらないようだ。
まあ、この羽の本来の使い方は知らないが、特性はカドルから聞いたから分かっているつもりだ。だから、何となく、本来の使い方というのも予想できるなと思いながら、男の言葉を待った。
すると、辺りを飛んでいた魂が突然喋り出す。
―ククク……もう駄目かと思ったが、まだまだ我にもツキというものがあるようだ―
「ああ、そうだ……やり方は知っているな?」
魂の言葉に男が返す。俺のことを無視しているところから見ると、魂は俺に声が聞こえているとは思っていないようだ。
……面白いからこのまま黙って、二人の様子を見ていよう。
―問題ない。我が始祖が遺したものは全て伝承に残っている―
「ほう……ならば心配ないようだな……では……やれるか?」
―ああ。我の準備は出来ておる……―
魂の言葉に、男は頷くと俺の方に向き直った。
「おい、人間。その証拠とやらは、どれくらいあるんだ? 見せてみろよ」
「あ? 何だ、いきなり。急に威勢が良いな」
男たちの会話のことは無視して、何も知らない体でいると、男はニヤニヤしながら口を開く。
「いいから出してみろよ。本物かどうか確認してやるからよ……」
あからさまに胡散臭い言葉だな。恐らく出さないほうが良いのだが、特に問題はないと思い、俺は男の言葉に頷き、異界の袋を開けた。
「そうか。そりゃちょうどいいな。確認が取れたら、テメエを斬ってやるからな」
「クックック……ああ、それでもいいぜ」
「よし。じゃあ、出すぜ。何せ、数が多いからな。ばら撒かせてもらおう……」
俺はそう言って、異界の袋の中から、樹海で集めた羽をばら撒いた。羽は俺達の周りをふわふわと漂い始める。
その時だった。突然男と、魂が声を上げる。
「今だ、やれ!」
―うむ! 集体入魂ッッッ!!!―
男の隣で、魂が輝きを増していく。すると、辺りを漂っていた羽が止まり、魂と何かで結びつき始めた。何をしているのだろうかと思っていると、男が高笑いしながら、俺を見下したように、口を開く。
「アーッハッハッハッハ! 馬鹿め! まんまと騙されおって! 我ら神族、さらに神人の羽は、その者の身体の一部だ! そして、身体から離れてもその力を使うことが出来る!」
「ああ……なるほど……それで?」
「ククク……それは肉体自体が滅んでも同様、魂があればその力を使うことが出来る! これらの羽は魂の依り代となり、再び肉体を与えることが出来る!
つまり! 俺の末裔は復活を遂げることが出来るのだ!!!」
男は手を広げながら、そう言った。つまりは、カドルの鱗のようなものだ。肉体を失った魂の依り代というものになり、仮の肉体を与えるという効果か。
更に、これは元々あの魂が入っていた本来の肉体の一部であり、力を存分に発揮できる状態で、肉体が構成されるという。つまりは、完全復活というわけだ。
―クックック……これで、我は再び、あの老いぼれ共に復讐が出来る……―
羽と結びついていく魂は喜びの声を上げる。
俺はその光景を何もせずただただ黙って見ていた。
そして、男が高笑いを続け、魂が全ての羽と結びつき、更に輝きを増していった。
……だが、それだけだ。何も起きない。
「……は?」
―……む!?―
男と魂から間抜けな声が聞こえてくる。俺は欠伸をしながら、その光景を見続けている。時々、魂から、何か気合を入れるような声が聞こえてくるが、とうとう何も起きず、男の顔から笑顔が消えて、焦りの表情が浮かび始めた。
「ど、どうなってる!? おい、どういうことだ!?」
―我にもわからん! 羽から何も力を感じない!―
「あ!? これは、テメエの羽だろうが! 魔力の流れは間違いないんだろ!?」
―間違いなく我のものだ! 流れは感じる! だが……力を取り込もうとしても、取り込めない! 何かに阻害されているようだ!―
などと、魂と男の会話が聞こえてくる。少し、面白かったが、耳障りなのでそろそろやめさせようと思い、俺は二人に近づき、羽を指さしながら、口を開いた。
「……ああ、何かしようとしていたのなら、無駄だ。この羽はすでに俺が封印している」
「……あ?」
「聞こえなかったのか? この羽の力は俺が封印した。俺の能力の一つ、「封印術」というものを使わせてもらった。初めて使うからどうなるか分からなかったが……上手くいったようだな」
「……はああああああああ!?」
男は戸惑いを隠せないようだ。目を見開き、俺と羽と魂に目を移している。魂の方も、馬鹿な馬鹿なと言いながら更に、力を溜めたりしているようだが、羽には何の変化も起きなかった。
樹海でこの羽を回収した時、神人化して出来る能力に「封印術」というものがあることを思い出した。
対象の能力、効果を封じるというものだが、いかんせん使い道が無かったので一回も使っていなかった能力だ。封じるくらいなら、斬るからな、俺は。
だが、カドルの言葉から、あの羽は、羽のままで持ち主の能力を遠隔に使うことが出来るようで、仮にこれを王都にもっていったり、屋敷に持ち帰ったりした時などに、これを使って、呪術を使われたら、たまったものではないと思い、羽を封印しておいた。
というわけで、俺がこの羽の力を封じているので、コイツらの言うところの、魂の完全復活も出来なかったというわけだ。
俺は未だに、そのことが信じられないという奴らの前で、無間を振るった。ハッとして身構える男たちだが、俺の攻撃は奴らに向けてではない。
―あ……っ!―
俺は、魂と羽を結び付けているひものようなものを、EXスキルを使いながら断ち切っていく。
そして、全てのひもを斬り、羽を再回収すると、とあることに気付いた。
「なるほど……この羽は、魂と肉体をつなぎとめるためにも使われるのか。樹海のスケルトンも、雷雲山の九頭竜もこれが原因で、魂が動けなかったというわけだな……」
―ッ!?―
俺の言葉に、魂の動揺する反応が感じられた。どうやら、正解らしい。
どこかで見たことある光景だなと思っていたら、樹海などで見た魂が亡骸から動けない状態の時だ。この羽の力でそれが出来ていたらしい。あの時、魂の方から斬らなくて本当に良かったと胸を撫でおろした。
「さて……そちらはもうやることが無いようだな?」
目を見開きながら、全てにおいて思うような結果にならず焦りと、怒りを込めた表情を見せてくる男。そして、その傍らに浮かぶだけの魂に俺は無間を向けた。
「俺の知りたいことも分かったし。そろそろ終わらせるか? ……ケリス」
―なっ!?―
魂……ケリスは、動揺したような声を上げる。隣に居る男は更に目を見開いた。
俺が、魂を見て、魂の声が聞こえているということに大層驚いているようだ。
「お前で間違ってねえよなあ、ケリス。今回の一件……ただ、お前が俺や爺さん……牙の旅団に喧嘩を売ったのが全ての始まりだ。俺の闘鬼神も巻き込みやがって……。
だが、それについてはもういい。アイツらも無事なことを確認したし、お前が魂だけの状態になっているということは、爺さんも思いを遂げることが出来たということだからな。それだけで……もう、いい」
俺は無間を下段に構えて、ケリスの魂を見た。光のあちこちに、赤い線……切れ目が浮かび上がる。
そして、ケリスに死神の鬼迫をぶつけた。
―ひ、ひぃ! や、やめろ! わ、我を誰だと思っておる!? 我は王都の貴族だ! 我を滅ぼせば貴様は……貴様らは必ず裁かれることにッッッ!!!―
往生際の悪いことを捲し立てるケリス。命乞いの言葉にしても、品が無い。貴族なら、もっと上品なことを言って欲しいものだ。
先ほども言ったが、今回はコイツがただただ、俺達に喧嘩を売って来ただけのこと。ジゲンのこともあって、俺はジゲンがコイツを斬れるように努力するだけと考えていたが、闘鬼神までも巻き込み、ダイアンやカサネ、リアを傷つけ、更にはツバキたちを危険にさらした以上は、コイツはすでに俺の敵でもある。
……容赦はしない。たとえ、コイツを斬って、王都が俺を裁こうとも……
……俺は全てを斬ってやる……
……俺は……“死神”……だからな……
俺は無間を握り、ケリス達に向かって突撃した。
「させるかあああああッッッ!!!」
「……邪魔だ」
ケリスを護ろうとしたか、ハッとした様子で男が前に出て大刀を振り上げた。俺はそのまま大刀の切れ目を狙い、無間を振るう。
大刀は男の手の中で斬られ、唖然とする男の顔面を蹴り、吹っ飛ばした。
「がはあっ!」
「……テメエは後っつったろ……そこで、喚きながら待ってろ……最後の時をな……」
俺の前にはケリスの魂がふよふよと浮かぶだけとなっている。俺の怒りの殺意を受けたケリスは動けないようだ。
―ひ、ひぃぃぃぃィィィ~~~ッッッ!!!―
「そして、テメエは……テメエが殺した命の代わりに……滅んどけッッッ!!!」
俺はそのまま、ケリスの魂を両断した。
断末魔さえ上げず、ケリスの魂はそのまま光の粒子となり、消えていった。
……ようやく、ケリスの問題は片が付いた。
……と言っても、ジゲンたちがケリスを斬った時点で、既に片は付いていたのかも知れないな。
後で、ジゲンにきちんとお疲れ様と言っておこう。もちろん、サネマサにもだ。アイツらもこれで、過去のことは気にせずに生きていけるだろう……。
「さて、と……」
俺は振り返り、得物を失くし、俺に蹴られた顔を抑えながらただただ呆然としている男の方を向いた。
男は、何もかもが信じられないというような、どこか怯えているような、驚愕しているような目で俺のことを見ていた。




