第224話―更なる敵が姿を現す―
……俺は、飛び続けながら、見えてきた光景に息を呑んだ。
「あれは……!」
チャブラとの領境から飛び続け、ついにトウショウの里が見えてきた……と思っていた。だが、俺の視界には、トウショウの里があったと思われる山と、その上空に展開されている、薄気味悪い眼球のようなものが浮かび上がった魔法陣が映る。
そして、そこから太く巨大な光線がいくつも放たれ、トウショウの里を蹂躙している。この辺りからでも良く見えていた上街のギルドも、貴族街の建物も、天宝館も、花街の妓楼も、無くなっていた。
俺と共に行動していたカドルも、魔法陣を、目を大きく開けて眺めていた。
「馬鹿な……あれは……」
カドルの口からも、言葉が出ないようだった。それほどの凄まじいものらしい。
……あれを食らってるってことは生存者など居ないのか……?
俺の頭の中に、不穏な思いが想起された。
だが、その時ハッとした様子のカドルが、俺に向かって口を開く。
「むっ!? あの山のふもとにいくつかの強い波動、更には山から少し離れた場所に、多くの人間の気配を感じる!」
「何!? それは本当か!?」
どうやら俺の先ほどの考えは杞憂に終わったようだ。落ち着いて辺りの気配を探ると、カドルの言ったように、近くに大勢の人間の気配を感じた。恐らく、避難した街の住民たちのことだろう。
ジゲンか、シロウか、アヤメかは分からないが、上手いことやったらしいな。
「……では、俺は街に残っている人間を助けに行く。カドルは避難した者達の元へと向かい、そいつらを護っていてくれ。もしも、疑われるようなら、「闘鬼神のムソウ」の味方とでも言っておけ。恐らくその場に居る何人かは分かってくれるはずだ」
「相分かった。だが、ムソウ殿も気を付けられよ。あれは、神族の使う秘術の一つ、「神怒」だ。魂そのものを攻撃に使うというものだ」
カドル曰く、「神怒」というものは、強力な力をもった神族が、肉体を失った時に使っていたいわば、最後のあがきのような術だという。
肉体を捨てて、魂だけの存在となった方が、他の魂を感知したり、操る力が増えるという特性を生かし、周囲の魂を集め、それを攻撃の力とし放つ術だ。
ゆえに、術者を倒しても、術が消えるということは無い。すでに、術者は死んでいるのだからな。目標のものが消え去るまで、ある意味、術者の未練が消え去るまで、「神怒」は続く。
「……ああ、何となく分かってるよ」
カドルの言葉に頷き、俺は神怒とやらに目を向けた。あれが魂を使って作り出されたものというのは先ほどから察しがついていた。
あの魔法陣や、光線自体から声が聞こえてきている。それは、言葉にもならない多くの絶叫が主だったが、その中から微かに人間の言葉にようなものも聞こえてきた。
―いやだ……もう……いやだああああ!!!……―
―助けて……助けて……―
―誰か……僕たちを……止めてええええ!……―
―これ以上……傷つけたく……―
いつも、俺が魂の声を感じるときのように、頭の中に直接響いてきている。魂の声に耳を傾けていると、カドルが口を開いた。
「……やはり、ムソウ殿にも、この魂の叫びは聞こえているのだな?」
「……ああ……どうにかならないか?」
叫び、もがき、助けを求めているような魂たち。その声が聞こえている俺に、あいつらに何が出来るのか、とカドルに尋ねてみた。出来ることなら助けてやりたい。
しかし、カドルは、目を閉じながら首を横に振った。
「すまない……ムソウ殿……あの術が完成した時点で……あの魂たちは……対象を破壊するまで攻撃を続ける……」
「……そうか」
「唯一、攻撃を止める方法は……魂を解放させること……それはすなわち……」
カドルは一瞬ためらったようにひと呼吸おいて、目を開き、俺をまっすぐと見据えながら、口を開く。
「……魂を滅ぼす……無に帰すことだ」
「……」
カドルの言葉に、俺は何も言えなかった。俺が予想していた答えだったからだ。
目標を破壊し尽くすまで続くという攻撃を止めたければ、攻撃自体を失くせば良いだけ。
だがそれは、攻撃の元となっている魂を消すという手段になってくる。
やはりそれしかないか……と思いながら、拳を固め、神怒を眺めていた。
しかし、こうしている間にも、街に未だに残っているという者達が危険になってくる。考えても仕方が無いよな、とあきらめにも似た感情が浮かび、無間を抜いた。
「……どうせ……俺は“死神”だからな……」
前の世界で言われてきた、自分のあだ名。敵からも味方からも、そう呼ばれて畏れられていた。正直、そう呼ばれるのはあまり好きではなかった。
だが、あの攻撃を止め、魂たちを解放するには、魂たちを斬らなければならない。輪廻転生の輪を、俺が断ち切らなければならない。
まさしく、それは“死神”の成すことだ。
俺は今生きている皆を護るため、魂を斬ることを決意した。
そして、魔法陣の方に向き直り、カドルと共に、行動を起こそうとした時だった。
「……ん?」
俺は、上空の魔法陣の近くで起こった変化に気が付いた。
空に展開されている魔法陣の更に上空、空に一本の線が入り出した。一体あれは何だろうと思っていると、その線が段々と円状に開いていく。
そして、そこから大量の何かがわらわらと出てきた。
それは、翼の生えた黒い戦士のような様相の、魔物とも、神人ともとれるような姿をした者達だった。普通の人間の大きさの者達が主だったが、中にはトロールくらい大きな体格のものも居る。
それぞれ、邪悪な気配を身に纏い、次々と魔法陣の上から飛び出てきた。
あれは……明らかに味方というわけではなさそうだな……。
その光景を見ていたカドルは、ハッとした様子で口を開く。
「あれは……「邪神兵」に「邪神将」か! 何故……!!!」
「邪神兵?」
聞きなれない単語に、首を傾げていると、空から現れた邪神兵達は、それぞれ二つの部隊を形成し、二通りの方向に向けて飛んでいった。一つは、トウショウの里のある山のふもと、つまり、神怒が放たれている方向に、もう一つは、山から離れた方向に飛んでいく。
それを見たカドルは身を翻し、俺の元から離れていく。
「いかん! このままでは、多くの人族が……!」
どうやら、敵が向かっていると思われる場所に、トウショウの里から避難してきた住民たちが居るようだ。
ということは、もう一方の方向には、生き残りが居るというわけか……。
俺の方は、慌てて街の方に飛び立とうとする。だが、その前にやることがある。俺はカドルに向けて手を出した。
「カドル! 受け取れ!!!」
俺はハッとして動きを止めるカドルに向けて、光葬針をいくつか飛ばした。
カドルは力を取り戻すために、天界の波動を放出している俺に着いてきた。そのおかげで、本来の力を取り戻すまで、あと少しだというところまで来ていたという。
と言うわけで、天界の波動を集め、固めた光葬針を当てるとどうなるか……。
「む、これは……! ウオオオオオオオオッッッ!!!」
カドルは光葬針を受け取ると、そのまま自らの体に吸収した。その瞬間、カドルの体から強い光が放たれ、その中で、カドルの体が更に大きくなっていく。
そして、光が収まると、カドルの体は今まで以上に大きくなり、全身に強い雷撃を纏い、牙や爪は鋭く、強固なものになって姿を現した。
カドルは自身の体を眺め、俺に視線を移した。
「感謝する! ムソウ殿!」
「ああ。それで皆のことを頼んだぜ!」
カドルは頷くと、全身に力を入れる。そして、身を翻し、神兵達が向かう先に、凄い速さで飛んでいった。まるで、一本の雷そのものだ。
雷帝龍とは、雷を操る、司ると云われるが、雷そのものが、雷帝龍なんだろうなと実感した。
あれなら、大丈夫だろう……。
「……さて、と……」
カドルが敵の元へと向かったことを確認し、俺もトウショウの里の方へと向けて飛んでいく。
こちらに向かってきていた神兵とやらの何体かが、俺に気付き、迎撃しようと向かってきた。
「邪魔だ!」
神兵達に大斬波を放ち、道を作った。
だが、こいつら、思った以上に手ごわいようだ。普通の魔物たちなら、斬波で斬れるのだが、こいつらの場合は、武器で受け止めたり、躱したりしている。
そして、割れた敵陣の中に俺が入っていくと、左右上下から、挟撃するように、攻撃を仕掛けてくる。
四方から斬りつけられ、俺はそれを受け止める。だが、その隙を狙って、次の神兵が向かってくる。うまく攻撃を躱しながら、闘っていくが、上手く敵を斬ることが出来なかった。
「めんどくせえ……奴らだなッッッ!」
―すべてをきるもの発動―
―ひとごろし発動―
スキルを発動させると、体中に力が漲り、無間が大きな力をため込んだまま、そのまま小さくなった。これで、幾分か動きやすくなる。
そして、得物ごと神兵達の切れ目を狙い、闘っていった。
闘いやすくなった後は、楽だった。そのままの形態を維持しながら、斬波を放ったり、飛刃撃で一網打尽にしていく。
斬撃を受けた、神兵達は成す術も無く、そのまま消滅していった。
そして、あらかた敵を倒し続け、街の方に再度向かおうとした。
だがその時、俺は街に向かって放たれる光線、更にはそこに向かおうとしている神兵達の動きを見てハッとする。
「あいつら……まさか!」
神兵達が向かおうとしている場所……それは俺の屋敷がある場所の付近だった。あの光線はどうやら、俺の家を攻撃しているらしい。
そして、よく目を凝らすと、俺の屋敷の上に、何か障壁のようなものが張ってあり、更には巨大な人影のようなものが、光線を弾いたりしている。あれは……刀精か?
誰かが俺の屋敷を光線から護っているらしい。
ジゲンか? ……いや、あれはジゲンの刀精ではない。別のものだ。俺も見たことが無いところから、ナズナでもない。一体誰が……。
とにかく、あそこには俺の屋敷を護っている奴らが居る。一刻も早く助けてやろうと思い、屋敷に向かって飛び続けた。
◇◇◇
屋敷から、避難してきた住民たちを護る役目を背負ったジゲンは、突如トウショウの里の方角から大量の神兵達が現れ、慌てて牙の旅団の者達と共に、身構えた。
全て倒したと思ったが、まだ残っていたのか、あるいは、何者かがまた召喚したのか定かではない。
本当に突然、魔法陣の上から現れたようだった。そして、神兵達は、二手に分かれ、片方は、街にあるムソウの屋敷へ、もう片方は自分たちの方に向かってきている。
数は、屋敷の前で戦っていた時と比べると、だいぶ多い。倒す敵も多く、護るべき人間も多いという状態だ。結界の魔道具も無いし、十二星天も居ない。
圧倒的に不利な状態だなと思っていると、横からコウシ達に背中を叩かれる。
「しっかりしろって! さっきの約束、もう忘れたのか?」
「まだ、ボケるほど歳食ってねえだろ~」
コウシ達を眺めると、皆得物を手にして、ニカっと笑っていた。ジゲンはフッと笑い、刀を抜く。
「……すまんのう。今一度……行くぞ!」
ジゲンの号令に、牙の旅団は頷き、それぞれ刀精を出現させた。向かってきている神兵達を一気に片付けるという作戦だ。どこまでやれるか分からない。だが、仲間と一緒に何度も、こういう状況を乗り越えてきた。今回もきっと上手くいくとジゲンは感じた。
そして、牙の旅団が得物を振り上げ、技を発動させようとした直後だった。
突如、辺りを分厚い黒い雲が覆っていく。
「む!? 何じゃ!?」
ジゲンは未だ、技を発動させていない。急に現れた雷雲に目を白黒させている。
これ以上の敵が現れるとなると少々骨が折れるなと感じた時だった。
その雲の中から、ひときわ強い輝きを放つ雷が、ジゲンたちの前に落ちてくる。
「くうっ……!!!」
「な、なんだ!?」
思わず身構え、強い光を受け、目を閉じるジゲンたち。
しかし、雷による衝撃は自分たちには無かった。どうなっているのだと思いながら、恐る恐る目を開ける。
すると、ジゲンたちの目の前に巨大な蛇のような魔物が姿を現していた。
……いや、蛇というには長い胴体からは手足が生え、顔に当たる部分から胴体全体に鬣のようなものが生えている。
そして、頭には角、鼻の辺りには長いひげが伸びていて、体中に雷を纏っている。
それは、太古より生きている龍族、それも、ここクレナの雷雲山で、壊蛇との闘いで受けた傷を癒していると云われてきた雷帝龍の姿だった。
呆気にとられるジゲン。思わず武器を構えるが、タツミがそれを制する。
「大丈夫です。雷帝龍様は、僕たちの味方です……ですよね?」
タツミに言われて、武器を下げるジゲン。すると、タツミの言葉に目の前の雷帝龍は、牙の旅団の者達を見渡しながら頷いた。
「ふむ……お主たちは、九頭龍に囚われていた魂たちのようだな。友というのは助けられたのか?」
雷帝龍の言葉に、牙の旅団の者達は頷き、ジゲンのそばまで来た。
呆気にとられるジゲンを見ながら、雷帝龍は口を開く。
「なるほど……お前たちの言う友というのは、その男か……。人族にしては、強い力を感じるな……そして……」
雷帝龍は、そこらで呆気に取られている闘鬼神の女中たちを見渡す。そばには多くの人間が横になり、傷を癒しているようだった。
トウショウの里の住民たちも、女中たちやたまと共に固まり、ただただ雷帝龍を眺めていた。
雷帝龍は一通りの様子を確認し、ジゲンに口を開く。
「お前たちが……ムソウ殿の家族……闘鬼神という者達のことで良いのだな?」
「う、うむ……」
雷帝龍の問いに、ジゲンは素直に頷いた。すると、雷帝龍は、向かってくる神兵達に向き直り、体中をバチバチと電気で覆っていく。
そして、神兵達に口を開けて、高らかに吠えた。
「我は雷帝龍、名はカドル! 盟友、闘鬼神ムソウ殿の命により、ここに馳せ参じた!
邪神兵共ッ! ここに居る我が友の家族、仲間を傷つけようものなら、我の雷の餌食としてくれるッッッ!!!」
カドルは、体に纏った雷を神兵達に放出させていく。それは一体一体を狙うようにまっすぐと飛んでいった。
雷が直撃した神兵達はそのまま武器を破壊され、外殻を貫かれ、真っ黒になって地面に落ちていく。
そして、そのまま消し炭となり、消滅していった。
伝説の存在である雷帝龍が、自分達の味方をし、神兵達を蹂躙していく様に、ジゲンは口をあんぐりと開けて、呆気に取られている。
カドルはそんなジゲンの前に降り立ち、フッと笑った。
「聞いての通りだ。我は……お前の友が言うように、お前たちの味方だ。今のうちにその者達を護りきるための準備をしておけ……」
「う、む……」
ジゲンは素直に頷き、牙の旅団の者達と共に後方へと下がっていった。
不安そうな顔をするたまの元に近づき、もう安心だと言って、頭を撫でる。
その時、ジゲンの胸中には、
―ムソウ殿……“規格外”というのも限度というものがあるじゃろう……―
と、九頭龍を倒したことは聞いていたが、その核となっていた雷帝龍までも味方につけ、ここまで帰って来たムソウに対し、呆れと賞賛の思いが交互に渦巻いていた……。
◇◇◇
屋敷を護るツバキたちは、突如現れた神兵と神将たちに目を驚愕する。
「チッ……あいつら、まだ居たのか……」
苦々しい表情で、サネマサが呟く。ツバキ、コモン、ジェシカは、サネマサに神兵達の詳細を聞く。話を聞いた三人は戸惑いを隠せない。
「え、元々はケリス卿が召喚したのですか? でも、ケリス卿はもう居ませんよね?」
「ああ。この眼で確認した。奴は確かに死んだ。だが……」
サネマサは、じっくりと神兵達を観察する。確かにケリス卿はジゲンの手によって、滅んだはずだ。今更、神兵達を召喚など出来るわけがない。一体、この状況は誰が、どうやって起こしているのかと疑問に思う。
そして、光線だけでも手一杯なのに、神兵達が加わるとなると、更にここは危険な場所となる。
意を決したサネマサは、ツバキとジェシカに口を開いた。
「ジェシカ、それから……ツバキ。俺はここを出てあいつらを殲滅する。コモン、手を貸してくれないか?」
「いきなりですね……あの……神兵というものの力がどれくらいなのか、僕にはわからないのですが……?」
「魔物の基準で言えば、災害級上位から、天災級下位といったところか……無理そうならば、俺一人でやる」
サネマサがそう言うと、コモンは少し黙り、しばらくすると、大きくため息を吐いた。
「……わかりました。サネマサさん一人で戦わせたとなると、後でますますジゲンさんやたまちゃんに怒られますからね。従いましょう」
コモンはニコッと笑い、体に炎を纏った。この炎は、コモンがスキルで作り出したもので、敵を焼き尽くすだけでなく、上から降り注ぐ光線などから、身を守るものになるという。
臨戦態勢に入るコモンを見て、サネマサはニカっと笑った。
「言うじゃねえか。久しぶりに一緒に戦おう……だが、お前武器は無えのか?」
「そうですね……」
「いつものデカい槌はどうしたんだよ……?」
「あれは……その……ジゲンさんに粉々にされました……」
コモンは頭を掻きながら、そう言った。コモンが持っていた大槌は、呪いにかかったコモンを無力化するために、ジゲンが斬り砕いた。文字通りの粉々である。よって、コモンは現在素手である。
しかし、コモンのEXスキルは、得物が無くても使える。少し厳しくなるかもしれないが、いけるか? というサネマサの問いに、コモンはコクっと頷いた。
その時、障壁を展開しているツバキの、腰に差していた斬鬼が先ほどのように再び輝きだした。
「え……?」
「何だ!?」
またしても、訳の分からない出来事に、ツバキたちは唖然としている。
すると、屋敷の方から、ドカンッ!と大きな音が聞こえてきた。それは、コモンが寝泊まりするために作った、母屋から少し外れた小屋の中からだった。
パッとそちらを振り向くと、小屋の屋根を突き破り、何か光るものがツバキたちの方に向かって飛んでくる。
その光は、コモンの前まで来ると、スッと宙に浮いた。
「これ……は?」
コモンは光に向けて手を伸ばし、それを掴んだ。すると、光が段々と収まっていき、その正体を現す。
それは一本の大金槌だった。長い柄の先には金属製の大きな塊が取り付けられ、柄から全体にかけて細かな細工が施されている。
ものを叩くと思われる部分には炎のような意匠が施され、先端に刀を構えた鬼の紋章が描かれていた。
その紋章を見たツバキとコモンは目を見開いて、驚愕の表情を浮かべる。
「こちらは……」
「え、ええ……ムソウさんの……」
それは、ムソウが昔の仲間との絆の証だと笑って、いつも身に着けていた、腕輪に描かれているものと似たようなものだった。
多少、違うところがあるが、ほとんど同じものと感じる。
一体なぜ、こんなところに……そもそも、この槌は一体……。
そう思っていたコモンの頭の中で不意に声が聞こえてきた気がした。
―さあ……行きましょう……―
「!?」
コモンは突然聞こえてきた声に驚き、辺りをキョロキョロと見渡す。しかし、そこに居たのは、自分たちだけだった。声の主のような者は見えないし、感じられない。
ツバキたちは不思議そうな顔で、コモンを眺めている。他の人間には聞こえていないようだ。
コモンはふと、先ほどまで輝いていた、ツバキの腰に差してある刀に目を落とした。
そして、何らかの疑問が解けたのか、フッと笑う。
「なるほど……そういうことですか……」
「コモン様?」
一人で妙に納得したような様子のコモンをツバキは不思議そうに眺めた。コモンはそれに気づき、頷いた。
「あ、すみません、大丈夫です……なるほど……ツバキさんも……そして、ジェシカさんも、僕と同じ……ようですね」
ツバキとジェシカは、コモンの言葉にハッとして、顔を見合わせた。見ると、ツバキの頭に差してあった簪も、先ほどと同じように光を放っているようだ。
そして、今度はジェシカの胸元も輝いている。ジェシカは慌てて胸元もをあらわにした。そこには、ジェシカの羽織に描かれている紋章と同じ、十字架に花の意匠の細工が程化された首飾りがかけられていた。
そして、その首飾りも、まるでツバキの簪とコモンが手にしている大槌に呼応するように光を放っている。
ツバキとジェシカは、そのまま笑みを浮かべて、コモンの言葉に頷いた。
「そのようですね……」
「ええ。確実にここを護らないといけない理由が出来ましたね」
「はい……頑張りましょう!」
三人はそれぞれ手を合わせながら、気合を入れた。
その様子をただただ一人で眺めていたサネマサ。自分の知らないところで、話しが盛り上がり、何故だか意気投合している。
呆気に取られていると、コモンが振り返りサネマサに視線を移した。
「では、武器も新調できましたし、行きましょうか」
「待て待て待て! 状況が分からん! 何が起こったんだ!? お前ら一体どういう――」
「説明は後です! 先に行きますからね!」
コモンはそう言って、障壁の外へと飛び立ち、神兵達に立ち向かっていた。
再び口をあんぐりと開けるサネマサに、ツバキとジェシカも口を開く。
「大師範! ここは私達に任せて早く行ってください!」
「コモンさんに先越されてしまってよろしいのですか?」
「この……まあ、良いや。後できっちり、話は聞くからな!」
二人に促され、何も言えずに、サネマサも飛び出した。
ジェシカは、二人が障壁から飛び出したのを確認すると、二人に身体強化の魔法と、スキル向上の魔法の補助魔法をかける。何もしないよりは良いだろう程度の考えだ。
そして、ツバキの肩を持ち、二人で光線を見据えた。
「あの敵は二人に任せて、私たちは、攻撃を防ぎます! ツバキさん、全てをお任せするようですが、どんなに力を使っても、私が治しますので!」
「頼りにしてます、ジェシカさん!」
二人は頷き合い、更に強化された障壁で屋敷を護り、サネマサ達の闘いを見守った。。
屋敷から飛び出したサネマサとコモンは、そのまま並み居る神兵達を迎え撃つ。サネマサは、先ほどのケリスが最終的に召喚した神兵達よりは弱いと感じていた。何度も闘ったわけではないから、魂はそのままなのだろう。
しかし、その割には最初に戦った個体よりは強いと感じている。神兵一体一体の個体に力の差があるのか定かではないが、予想に反し、苦戦を強いられていた。
何度も神兵を切り伏せていくサネマサ。一応、復活はしないようだった。斬った神兵は次々と地面に落ちていき、そのまま消滅していく。
復活を繰り返すようなら、今以上に苦戦を強いられることになるのだが、神兵達の肉体が、消滅していくのを見たサネマサはひとまず安どする。
しかし、それでも神兵達の数は減らない。むしろ増えていくばかりだ。一体どこからこれだけの数の敵が現れるのかと、サネマサは敵の出所を探っていた。
すると、背後から数体の神兵が斬りかかってくる。
「させませんよ! 日輪ッッッ!!!」
あわや斬られると思ったサネマサだったが、神兵に気付いたコモンが遠くから手を掲げて炎を飛ばしてきた。それは飛びながら、火の輪を形成し、サネマサを襲おうとしていた神兵を纏めて拘束し、動きを封じた。
サネマサは五体ほど居た神兵達を一刀のもとに切り伏せる。
「悪いな、コモン!」
「闘いながら考え事ですか? らしくないですね……」
「ああ。こいつら、どこから来てるのかと思ってな……出所を潰せば、少なくともこいつらの相手をしなくても良くなるだろ?」
「なるほど……では、少々お待ちください」
サネマサの言葉に頷いたコモンは手にした大槌を掲げて、先端に炎を纏わせる。その炎は更に大きくなっていき、膨れ上がるごとに、赤から、青、緑、黄、そして、最後に白い色に変わってゆらゆらと激しく燃えだした。
それを見たサネマサは、コモンが何をするか理解し、少しだけ顔を青ざめた。
「おいおい……俺達を巻き込むなよ」
「大丈夫です。制御は出来ておりますので……」
コモンはいつものように、サネマサにニコッと笑った。それでも一応と思い、サネマサは自らに魔法をかけてコモンの炎の影響を受けないようにした。
屋敷に居るジェシカもため息をついて、自身とツバキに、同様の魔法を施し、コモンの技に備える。
仲間達が、それぞれ準備が整ったことを確認すると、コモンは大槌を振り上げて、先端の炎を神兵の軍勢に向けて飛ばした。
「弾けろ! 奥義・太陽ッッッ!!!」
コモンが飛ばした炎は、神兵達の中で更に大きく膨れ上がり、圧倒的な熱量を以て、敵軍、上から降ってくる光線、更にはトウショウの里のあった山の一部を焦がしながら、焼いていく。
攻撃を受けた神兵や神将はそのまま、空中で蒸発していった。
コモンの持つ技の中で一際強力な部類に入る技の一つである。サネマサのような武力も、ジェシカのような治癒力も、ミサキのような強大な魔力も持たないコモンが、何故、サネマサと共に、壊蛇にとどめを刺し、サネマサと同等の“人界最強”の名で呼ばれているのか。
それはコモンの持つ技が、際限なく高まる温度によって構成された技であることと、一つの技自体が強力かつ、広範囲に渡って、影響を及ぼすからである。
街一つを片手間に滅ぼせるくらいの力を持つコモンは、十二星天の中でも、最強の力を持っていると言われても過言ではなかった。
コモンの技により、辺りを埋め尽くしていた神兵達は消え去っていった。上空には魔法陣だけが未だに展開され、更なる光線が降り注ぐだけとなった。
「さて……これなら……」
「ああ。あそこにいけるな!」
コモンの言葉にサネマサは頷き、魔法陣の方へと上昇していった。すると、とある異変に気付く。
トウショウの里の遥か上空に展開されている魔法陣の更に上空にポッカリと穴のようなものが開いていた。
そして、そこから神兵達が更に出てきているのが見える。神兵達がどこから来るのか、その謎は解けたが、空に穴が開いているという光景はサネマサとコモンを更に驚かせた。
「ありゃ、何だ!?」
「分かりません……しかし、あそこから神兵が出ているとなると厄介ですね……」
コモンは苦々しく呟く。自分たちの飛行魔法では、魔法陣のある所がギリギリの高度だ。更にその上から開いている穴から神兵達が出ているとなると対処のしようがない。どうしたものかと思っていると、瞬く間に更なる神兵が周りを取り囲んでいく。
「サネマサさん! いったん退きましょう! 態勢を立て直し再度――」
「……邪魔だ」
「「!?」」
コモンはいったん高度を下げて、神兵達を振り切り、態勢を立て直そうと、サネマサに提案しようとした。
しかし、突如として現れた、神兵のような姿をした何者かに攻撃され、地上へと落ちていく。
コモンを攻撃した者は、他の神兵や神将と違い、羽を六つ生やし、サネマサのように足に具足を付けた半裸の大男だった。長くぼさぼさの髪を頭の頂点で纏め、全身に入れ墨を刻んでいる。
男は、大刀を振り下ろし、地上へと落ちていくコモンに向けて斬波のような黒い塊をぶつけた
「ぐっ!」
「コモン! テメエッッッ!」
「小賢しいッッッ!!!」
サネマサは激高し、男に斬りかかった。男はパッとサネマサの方に向き直ると、大刀を振り、サネマサの刀を払った。
「ここまで上ってくる人間が、この時代にも居るとはな……」
男は大刀を肩に担ぎながら、サネマサを睨んだ。他の神兵とは明らかに異質で、言葉を話す目の前の男に驚くも、コモンを攻撃されたという怒りで満ちていたサネマサは態勢を立て直し、再度男と刃を交えた。
「貴様、何者だ! どこから現れた!?」
「おいおい……闘いの際中にくっちゃべってて良いのか? ……何とも……純度の低い男だな!」
男はそう言いながら、刀を振り回す。衝撃で、サネマサの体は吹っ飛ばされた。
「くっ!?」
サネマサは身を立て直し、男に刀を構える。
強い……。
その男は、今までサネマサが戦ってきた者達に比べても圧倒的に強い存在だった。男が刀を振るうたびに、手が痺れる感覚がある。
そして、男から伝わってくる覇気のような力の波動も、あまり体験したことの無いような強さと、冷や汗が出るほどの邪悪な気配で満ちている。
一体、何者なのだろうかと思っていると、ふいに空から、光が一つ降りてきて、男の近くでふわふわと浮かんだ。状況から察するに、それは何者かの魂だ。
何故こんなところに、とサネマサが思っていると、男がその魂に手を触れた。そして、独り言のように呟きだす。
「ほう……貴様が……俺の……そして……なるほど……」
一人、納得したように、何度も頷いている男。そして、フッと頷いたかと思うと、そのまま大きく口を開けて高らかに笑い出した。
「ハーハッハッハッハ!!! なるほど! それは面白いな! テメエが、俺の子孫を滅ぼした今代の人界最強の男か!」
男はサネマサを見据え、笑い声を上げ続けた。男の言葉の意味が分からず困惑するサネマサ。
だが、怒りでそれを頭の中から吹き飛ばし、再度力を溜めて男に斬りかかった。
「質問に答えろってんだ! テメエは何者で、何故ここにいる!?」
「チッ……良く吠える若造だな。
……邪葬波ッ!!!」
「ぐあっ……!」
勢いよく斬りかかるサネマサに男はため息をついて、掌を向ける。するとそこから、禍々しい気の塊のようなものを、サネマサに放出させた。
男の攻撃をもろに食らったサネマサはそのまま吹っ飛んでいき、落下していく。
落ちていくサネマサのとどめを刺そうと、複数の神兵や神将が追っていき、攻撃を仕掛けようとした。
「クッ……舐めるなよ! 刃風・鎌鼬!!!」
サネマサは態勢を立て直し、そのまま刀を広げて回転する。サネマサを中心として巨大な竜巻が発生し、群がってきた神兵達を切り裂き、あるいは吹き飛ばしていく。
「ほう……兵卒を払う力くらいはあるのか……」
「くっ……食らいやがれッッッ!!!」
呑気な顔で、神兵達が蹂躙していく様を眺めていた男に向けて、サネマサは竜巻を放った。このまま直撃すれば、手傷を負わせられる。そう考えていたのだが……。
「だが……まだまだのようだな。フンッ!!!」
男は力を込めて、竜巻に大刀を振るった。たったそれだけの行動で、サネマサが放った竜巻はスッと消えていく。
「バ……カな……」
呆気にとられるサネマサ。まさか、刀を一振りするだけで、自らが作り出した竜巻がかき消されるとは思っていなかった。
サネマサは、ここは本気で当たらないとまずいことになると判断。自分が負けるような相手なら、残ったジェシカたちの手に負えないと思い、力を解放させようとした。
しかし、その瞬間、自分の遥か上空に居ると思っていた男の姿が、サネマサの視界から外れた。
「なっ!? どこだ!?」
慌ててサネマサはきょろきょろと辺りを探る。すると自分のすぐ背後から、声が聞こえてきた。
「……ここだ。もう少し面白くなると思ったが、期待外れだな」
「な!?」
驚愕するサネマサに向けて、男は両手で大刀を振り上げる。サネマサはとっさに刀を交差させて上からの攻撃に備えた。
その瞬間、男はニヤッと笑い、体を回転させながら、サネマサの腹に蹴りを入れる。
「ぐふっ!!!」
「甘いなあ……人族も弱くなっているのか?」
腹を抑えて、そのまま地面に落下するサネマサ。
地面へと這いつくばるサネマサの元に男は降りてきて、ジッとサネマサを見下ろした。
「テメエが人界最強? ……笑わせるなあ、まったく。テメエがそんなんだとしたら、この大地など、すぐに俺らのものに出来るな……」
「なん……だと……?」
サネマサは腹を抑えながら、男を睨む。男は、ニィッと口元を緩めて、刀を振り上げた。
「終わりだ……負け犬」
「ッ!」
男はそのまま大刀をサネマサの首めがけて振り下ろそうとする。体中に響いている痛みに悶えながら、サネマサはその刃をどうすることも出来なかった。男の正体も確認できないまま、このまま死んでたまるかと思っていると……。
「サネマサさん!!!」
屋敷の方から自身の名を呼ぶジェシカの声が聞こえてきた。傍らでコモンを癒しながら、必死そうな形相で、こちらを見ていた。
すると、サネマサに振り下ろされていた刀が止まり、男の視線は屋敷の方へと注がれる。男の目は、屋敷を襲う光線を防いでいる障壁と、それを展開しているツバキ、更に先ほど落としたコモンとそれを癒すジェシカへと移動させた。
「ほう……神怒を防ぐ力に、致命傷を癒す能力か……なるほど……あっちの方が厄介だな……」
男は、再びニヤッと邪悪な笑みを浮かべて、刀をサネマサから引いた。そして、刀を肩に担ぐと、宙へと飛び屋敷の方を向く。
「テメエは後だ。斬っても、あの女どもに治されちゃ面倒だからな。
……まずはあいつらからだ!!!」
「ッ! や、やめろオオオッッッ!!!」
サネマサは這いつくばりながら、刀を掴む。ここでこの男を倒さないと、ツバキたちが危ない。必死になって立ち上がり、男に斬りかかった。
しかし男は動じず、スッとサネマサに手を向ける。
「雑魚は雑魚同士、仲良くやってろ!!! 邪葬波ッッッ!!!」
男の手から、先ほどの禍々しい気の塊が放出される。
「くうっ!!!」
サネマサはとっさに刀でそれを受け止めた。しかし、男の攻撃は止まることは無い。そのままサネマサを遠方まで吹っ飛ばす。
そして、サネマサの周りに多くの神兵、神将たちが取り囲んだ。
「クソッ! 邪魔だあああッッッ!!!」
サネマサは男から受けた傷を癒し、神兵達に切り込んでいく。だが、斬っても斬っても、神兵達の数が減ることは無く、サネマサはそこから動けなくなった。
サネマサの足止めを終えた男はそのまま屋敷へと飛び立つ。
そして、屋敷を覆っていたミサキの結界魔法をいとも容易く破壊すると、一気にツバキたちの前まで飛んできた。
「クッ!」
「無駄だ……」
ツバキは慌てて男の前に障壁を展開する。だが、男はその勢いのまま、刀を振り回し、ツバキの障壁の破壊を始めた。
刀が当たる度に、障壁から軋むような男が聞こえ、ひびが入り始める。重く、強い攻撃、向けられる殺気のようなものに、ツバキたちは驚きの色を隠せない。
「ここまでなの……!?」
障壁にひびが入る度に、ツバキは更に体力を消費し、障壁を強める。その度に、ジェシカが必死になって、ツバキを回復させる。
回復と消費、それを何度も繰り返すということは、ツバキの体に大きな負担をかけていた。
手に力が入らず、ツバキの意識も朦朧とする中、男はなおも刀を振り続け、更には神怒による光線も加わり、ツバキの障壁が一気に限界へと近づいていった。
そして……
ピシッ!
「ッ! ツバキさん!」
「もう……限界です……お二人は……逃げてっ!!!」
障壁のひびが大きくなり、これ以上障壁を保てないと判断したツバキは、ジェシカとコモンに逃げるように指示を出す。前線で戦っているサネマサと合流すれば、この男を倒せるかも知れないと判断した。
しかし、コモンとジェシカはツバキの指示を断った。
「駄目です! 貴女を置いては行けません!」
「ようやく、また巡り会えたのですから! 貴女だけが残るのは許せません!」
二人はその場に残り、力を溜める。このままツバキの障壁が破られたら、その瞬間にコモンがスキルを使って男を攻撃し、その隙にジェシカが転送魔法を使おうと考え、二人は更に魔力を高めた。
二人の行動に呆気にとられるツバキは、フッと笑い、頷いた。
「……かしこまりました……では、その時まで……お願いします……」
ツバキの言葉に、ジェシカとコモンはニコッと笑って頷いた。よく見ると、先ほどから光を放っていたジェシカの首飾り、コモンの大槌、そして、ジェシカの簪から放たれる光が更に強くなったことにツバキは気付いた。
そして、キッと男を睨むと、攻撃を続けていた男はニヤッと笑った。
「心中の相談は終わったようだな……ならば……死ネエエエッッッ!!!」
男は最後の一撃とばかりに両手で刀を振り上げ、障壁に入ったひびの特に大きなところめがけて、刀を振るった。
バキンッ!
大きな音を立てて、ツバキの障壁は粉々に砕けた。
ツバキは力が抜けたようにぐらっと倒れ、ジェシカに支えられる。
コモンは向かってくる男に向けて溜めていた炎を放出しようと手を前に出した。
男は動じることなく、刀を振り上げ、三人に近づいてくる。
その時だった……。
ズゥン……
「ゔ……!」
「ッ……!」
「な……!」
突如その場に居た全員が同時に、嫌な気配というものを感じた。体の力が抜けて、冷や汗をかきだす。
ジェシカは、またしても何か起こったのかと態勢を立て直そうとしたが、体が何かに怯えるように、ガクガクと震えて力が入らない。
「こんな時に……何!?」
今ここで男の攻撃を受ければ、間違いなく自分たちは死んでしまう。ハッとして、体に力を入れて男の攻撃に対応しようとした。
しかし、ジェシカの意に反して、男の動きも止まっていた。
男の表情からは、先ほどまでの余裕そうな態度は消えて、焦りと困惑の表情が浮かび、冷や汗のようなものが流れている。
「な……何だ!? ……今のは……まあ……良い……死ねえっ!!!」
男は自分に起こったことが何なのか分からない様子だったが、今はどうでも良いと受け流し、再度ツバキたちに斬りかかった。
……だが、ツバキは動じなかった。ただただ目を見開き、胸に手を置いている。
それは、コモンも同じだった。ツバキの隣で、先ほどの感覚が起こった時から目を見開き、呆然としていた。
「コモンさん! 何をしているの!? 構え――」
「フッ! 自らの死期を悟ったか!? そのまま死んでいけっ!!!」
ジェシカの叫びもむなしく、男は自分を襲ったものと同じものを食らっていると思われる三人に刀を振り上げた。ジェシカは慌てて転送魔法を起動させようとする。
その瞬間……。
ガキンッ!
「ッ!?」
「ん!?」
突如大きな音がして、男の攻撃は止まった。
……いや、止められた。ジェシカが顔を上げると、そこには男と自分たちの間に、もう一人の男が割り入って、敵の攻撃を受け止めている。
紫の羽織を纏い、背中には翼を生やした神人のような男だった。そして、その男からは、心が落ち着くような、清らかで、優しい波動が伝わってくる。
「チッ!!! 何だ! テメエは! 邪魔する――」
「うるせえ……ッッッ!!!」
敵方の男が声を荒げ、刀を振ろうとすると、神人の男は、その男の顔を掴み、放り投げる。
そのまま男は勢いよく刀を振るった。するとそこから、凄まじい威力の刃の奔流が出現し、敵方の男に向かって行く。
「ッ!? なあああッッッ!!!???」
神人の男が放った攻撃は、敵方の男に直撃した。このまま倒せるかと思ったが、男は大刀でその攻撃を受け止め、そのまま上空へと押し戻されていく。
倒すことこそ出来なかったが、明らかに敵方の男を圧倒しているという光景に、呆気にとられるジェシカだった。
すると、男はジェシカたちに視線を向け、ゆっくりと屋根の上に降りてくる。
そして、抱えられているツバキを見ると、優しく笑って、ツバキの頭を撫でた。
「……よくやったな」
「はい……」
男の言葉に、微笑を称えてコクっと頷くツバキ。その眼からは涙が流れている。
それを見た男はそっとツバキの涙を拭いながら口を開いた。
「泣くなって……俺が来たんだ、むしろ安心して喜べよ」
ニカっと笑う男の言葉にツバキは黙って頷いた。
「さて……と……」
男はそのまま立ち上がり、手にした刀を肩に担ぎながら、上空に展開された魔法陣を見据えた。
この時、ジェシカは不思議に思った。あれだけ続いていた光線が止まっている。魔力が無くなったのかと思ったのだが、魔法陣は未だに展開され、眼球のようなものも浮かんだままだった。一体何が起きているのか、と思っていると、抱えていたツバキがゆっくりと口を開いた。
「おかえり……なさいませ……ムソウ様……」
「おう」
神人の男……ムソウは、ツバキの言葉に背中越しに頷いた。




