第221話―“刀鬼”の決着―
牙の旅団の総攻撃を受けたケリスは、酷いありさまだった。体中に火傷と、刀傷や、矢傷を受け、溶岩により体の至るところが焼け焦げている。六枚あった翼のうち、四枚は完全にちぎれ、残る二枚もズタボロに切り裂かれていた。
ケリスは荒く息をしながら、ジゲンを射殺すような目で、地面から見上げ、睨んでいる。
ジゲンの技が決まった以上、ケリスの肉体も、あと少しで、崩壊を始める。
牙の旅団の者達は、技が決まったことを確認すると、自分たちは仮の肉体に魂が宿っているだけの状態、ケリスに近づけばどうなるか分からないというミドラの判断により、その場を動かず、サネマサと共に、ケリスとジゲンをジッと眺めていた。
地面にひれ伏しているケリスを、無言でただただ眺めているだけのジゲン。
二十年……本当に長かった。ようやく過去の因縁に決着をつけられた。もはや、ケリスの肉体が崩壊するのを待つのみ。それが済んだら、今度こそ、仲間達に謝ろう……。
そう考えていたジゲンに、ケリスはゆっくりと口を開く。
「……これで……終わったと……思うな……」
「……どういう意味じゃ?」
「……我を斬ったこと……すぐさま……後悔することになるであろう……」
ケリスの身は、王都で保障されている。神族の血を持つケリスを斬れば、天界に居るという神族が黙っていない可能性が出てくる。
古の昔にこの世界で勃発した100年戦争、それが再び起こらないようにと、王都でも、ケリスの扱いには注意をはらっていた。
しかし、ジゲンはそれを破り、ケリスを斬った。ただただ自身の復讐のために。今に、王都から、直々にジゲンやその仲間達を処断するための軍隊がここに来るだろうと、ケリスは口角を上げる。
だが、ジゲンは、一つため息をついて、ケリスに言い放った。
「……後悔? するわけないじゃろう。この先……何が起ころうとも、儂はそれを迎え撃つ。王都とて、例外ではない……」
既にジゲンは覚悟を決めている。仮に王都が自分を狙っても、今居る大切なものの為、王都と闘うという決意は揺るがない。かつての自分の中に確かにあった、攻め入る者が、例え騎士団だろうと、冒険者だろうと、十二星天だろうと、皆を護る為に、全てを斬り伏せるという“大侠客”としての決意を、今日の戦いで取り戻していた。
まあ、そうならないために色々とムソウと準備をしてきたし、サネマサとジェシカという、十二星天がここに居るという、嬉しい予定外な出来事が起こったので、その心配は毛ほどもしていない。
「さて……もう良いじゃろう……さっさと……逝け……ケリス……」
憐れむわけでも、同情するわけでもない、冷たい視線で自身を見下ろすジゲンに、ケリスは、鼻を鳴らし、最後にフッと笑った。
「……すぐに……復讐してやる……この街もろとも……貴様らも道連れだ……」
その瞬間、ケリスの肉体のあちこちに、ジゲンの技による切れ目が浮かんでいった。
そして、そこから大量の血が噴き出し、ケリスは負け惜しみか、最後に高らかな嘲笑の声を上げながら、ただの肉塊になっていった……。
「……」
バラバラにしても、まだ、安心はできない。ジゲンはそのまま、刀の柄を握りながら、何が起きても対処できる体制をとった。
しかし、ケリスの死骸は、もう動くことは無かった。
ふう、と息を吐き、ジゲンは体から力を抜いた。すると、張り詰めていた体中の筋肉が、スッとほどけていき、ジゲンはそのまま倒れそうになる。
しかし、それを支える者が居た。
それは、エンミだった。エンミは、肩を持ち、ジゲンの体を無言で支えていた。
「……エンミ?」
「……」
ジゲンが声をかけたが、エンミからは返事が無かった。
しかし、ジゲンが自らの力で、体を支え、エンミの方に向き直ると、ボソッと口を開く。
「……ジロウ……ごめん……私……アンタを本気で……」
エンミは、二十年前、呪われたジロウをよく観察もせず、本気で殺意を以て、殺そうとしたことを謝った。
だが、ジゲンは、そんなエンミの謝罪に対して、首を横に振り、口を開く。
「……何故……お前が謝る……皆に頭を下げるのは……儂の方じゃ……」
ふと見ると、いつの間にか、牙の旅団の他の者たちも周りに集まってきていた。皆、何も言わず、ただただジゲンを眺めている。
皆に見つめられながら、ジゲンは更に口を開く。
「……呪われていたとは言え……儂は……皆を斬った……皆の過去も……未来も……全て……儂が奪った……」
ジゲンはそう言って、皆の前で頭を下げた。それだけで許してもらえるとは思ってはいない。このまま斬ってくれたってかまわない。今となってはただただそう思っていた。
しばらく何も言わない牙の旅団。黙ってジゲンを見つめている。闘っている最中と違って、どんどん沈んでいく空気に、サネマサが耐え切れなくなり、口を開こうとした瞬間、そっと、タツミがジゲンに近寄って、肩を叩いた。
「顔を上げてください、ジロウさん。僕たちは誰も、貴方を恨んでいませんよ」
死の瞬間まで、誰にも見せたことの無い剣幕で詰め寄っていたタツミは、ジゲンに、ニコッと笑った。思わず顔を上げるジゲン。すると、コウシとシズネが前に出てくる。
「ケリスに捕えられた後……タツミから聞いた……お前、あの時どうにかして、自分を止めようとしていたんだよな?」
「ジロウが苦しみながら、刀を握っていたこと……私達……もう、知っているんだからね」
二人は、ジゲンに優しく微笑んでいる。
タツミは、あの日、斬られる寸前、ジゲンに一瞬だけ自我が戻ったことを知っていた。
そして、ケリスに捕らえられた後、「魂の牢獄」の中で、悲しみ、悔やみ、ジゲンに対する憎悪に囚われていた牙の旅団の者達にそのことを報告した。
その時からすでに、ジゲンに対する憎しみ自体が牙の旅団からは消え、もしもここから出ることがあれば、ジゲンを助けたいと思っていた。
それが、ようやく果たされたと思った皆は満足げに、ジゲンを眺めている。
呆気にとられるジゲンと、あの時現場に居ることが出来ず、自身も長年あの一件を悔やんでいたサネマサの前で、他の者たちも口を開いていった。
「俺達の未来を奪ったか……だが、お前やサネマサは、次の世代の者達の未来を護って来たんだろう?
屋敷で聞いた。俺の「千手・千眼」をナズナちゃんに授けたりタツミの「風神」をショウブに授けたりと、いろんな奴に俺達の遺志を託していったそうじゃないか」
「俺達はそれだけで、満足だ。俺達がやろうとしたことを、お前ら二人がやってくれていたんだからな」
ミドラに続き、チョウエンもそう言って、ニカっと笑う。
「誰も恨んでないよ。恨む理由も……筋合いもないから……」
エンミはそう言って、ジゲンとサネマサを見つめた。ジゲンだけでなく、声をかけられたサネマサが目を見開く。
自分はあの時、「武王會館」設立という、ほとんど私的な理由で、皆と共に戦えず、牙の旅団壊滅という最悪の結果になってしまったことを、ずっと後悔していた。
しかし、増えていく弟子たち、十二星天と言う立場になってしまって増えていく仕事の数々の中に居る中で、皆の仇討のことなど考える暇も無かった。
ずっと皆のことを想い続けていたジゲンよりも、自分の方がよほど罪人だと思っていたサネマサは、ミドラとチョウエン、エンミから出た言葉に驚き、固まっていた。
すると、そんなサネマサの肩をガシッとサンチョが組んでくる。
「まあ、俺としては、何時まで経っても、前線に立って皆に心配ばかりかけるお前に対しては、いくつか言いたいことがあるがな~!」
そう言いながら、サネマサの頭に拳をぐりぐりとこすりつけるようにするサンチョ。
「痛ててててて!!!」
暴れるサネマサをサンチョは力を入れて、押さえつけながら軽く口を開く。
「まあ、ロウもジロウに何か言いたいみたいだけどなあ~!」
サンチョはロウにニヤつきながら、そう言った。
ジゲンとサネマサは、それでもロウだけはやはり怒ってるのかと思いながら、心配そうに、ロウに視線を向ける。
ロウは腕を組みながら、訝し気な顔をしていた。だが、はあ~と、一つため息をついて、口を開く。
「ああ、俺はジロウ……お前に言いたいことがある」
「……何じゃ?」
覚悟を決めたジゲンとサネマサの前に、ずかずかとロウが進み出て口を開いた。
「俺達が九頭竜になったとき、俺達は、てっきりお前らが助けてくれるんだと思ったんだぞ! そんなの出来るなんて、お前らくらいだからな!
……と思ったら、来たのはムソウって若造だ! ほとんど知らねえ奴に助けられてもこっちは、何にも嬉しくねえんだよ!!!」
ロウの一言にぽかんと口を開けるジゲンとサネマサ。ロウは更に、その後すぐに、ムソウに危うく斬られそうになったこと、訳は分からないが、ものすごく怒られたことなどをぐちぐちとジロウとサネマサに伝えた。
他の牙の旅団の者達がクスクスと笑う中、ソウマが前に出てきて、キョトンとする二人の前に立った。
「まあ、ロウの言いたいことってのは、俺達を助ける奴がいるとすりゃ、お前らしかいないと俺達は思っていたんだ。
けど、それは出来なくて、仕方なくあのムソウって奴に頼んで、どうにかしてもらったってのが気にくわないらしい。こいつの言うことはそこまで気にすんな」
「おい! その言い方は無いだろう!」
やれやれという感じに笑うソウマに対し、ロウは苛立ち気味にそう言った。
すると、タツミが前に出てきて、二人にニコッと笑う。
「ともかく、僕たちは怒っていませんし、むしろムソウさんにこそ、僕らの事情に付き合わせてしまって申し訳ないと思っているくらいです。ですから、ジロウさんたちは何も気にすることないんですよ」
「……タツミ……」
「にしても、あの人も、ジロウさんの弟子か何かですか? あんな人見たことないですよ」
タツミの言葉に、ジゲンは一瞬戸惑ったが、フッと笑って、口を開いた。
「……いや……ムソウ殿はどちらかと言えば、儂の……そうじゃな……友人かのう……」
「へえ~、僕たちくらいしか友達がいないジロウさんが、その歳で友人が出来るとは、ずいぶんと友達作りが上手くなったのですね~!」
タツミの言葉に、牙の旅団の者達から、笑い声が起こった。ジゲンも思わず、フッと笑ってしまう。
長年抱いていた思いが、簡単にほぐれていき、心が軽くなっていく感覚がジゲンを包んだ。
そして、皆と一緒に、あの頃と同じようにジゲンも笑った。
ようやく、仲間達の元へと帰れたと思い、嬉しくなっていた。
「本当に……皆、ありがとう……ムソウ殿に、何か謝ることがあるのなら、儂も付き添おう」
「俺もだ。俺も一緒に、あいつに頭を下げてやるよ……」
ジゲンに続き、サネマサもそう言った。サネマサも、何か皆に許されていくという感覚が自分の中に芽生えているような感覚があり、心が軽くなっていく気がしていた。
ジゲンと共に、頭を下げると、皆は納得したように頷いた。
さて、ケリスとの闘いも終わり、昔のけじめも済み、ジゲンとサネマサが皆と笑い合っていると、ふと、疑問に思ったことがあり、サネマサが口を開いた。
「……そういや、タツミ。さっきお前、自分たちの事情にムソウを巻き込んだと言っていたな。どういうことなんだ?」
サネマサがそう言うと、タツミは頷いて口を開いた。
「あ、それはですね。僕たちや、クレナに住んでいた方々の魂を使って、ケリスが九頭龍やスケルトンを生み出す際に、一瞬だけ、魂の拘束が緩んだ瞬間があったんです。
その時、たまたま近くに居たムソウさんに、僕たちのことを助けてくださいと頼みまして……」
タツミの言葉に、ジゲンは驚いた。つまり、この一件が起こる間に、ムソウは牙の旅団に会っているということだ。そんな話、全然知らない。ムソウならば、真っ先に自分に伝えるはずだと思っていたのだが、とジゲンは考え込む。
すると、コウシが口を開く。
「まあ、その時は、俺達にも余裕が無くて、自分たちを牙の旅団と言えなかったからな。お前に連絡が行かないのも無理は無いだろう」
「ああ、そういうことか……」
ジゲンは納得した。この時、ムソウが知ったのは、近々クレナを中心として、人界に大いなる災いが起こるということだ。その話はジゲンも、ムソウから聞かされていた。
しかし、どうも曖昧なことで、うかつに口に出してはいけないだろうと、ギリギリまで、ムソウがは他の人間には言わなかったということも知っている。
タツミ達が、自分たちを牙の旅団と名乗らなかったのなら、ムソウも、自分にそのことを伝えるということも出来ないのだと思った。
そして、結果として、牙の旅団とケリスの因縁にムソウを付き合わせることになったということで、タツミは、ムソウに申し訳ないと思っているとサネマサも納得した。
「まあ、儂もムソウ殿を巻き込んだ者の一人じゃからのお……帰ってきたら、礼をせねばな……」
ジゲンも、ムソウを仇討に巻き込み、結果としてだが、天災級を一人で戦わせたり、その他多くの魔物を相手にさせ、そこに闘鬼神をも巻き込んでしまったという責任もある。
帰ってきたら、感謝と共に、深く謝罪をしようと心に決めた。
「まあ、あの男がいつでもここに帰ってきても良いように、とっとと、こいつらの死骸を片付けておこうか」
ミドラの提案に、ジゲンは頷いた。辺りには大量の魔物の死骸がある。このまま放っておくと、大地が汚され、瘴気を放つ可能性も高い。
せっかくムソウが帰ってきても、そんな有様になっていると、更に手間をかけさせることになってしまう。
闘いの後処理をするため、ジゲンは牙の旅団の者たちに指示を出そうとした。
「そうじゃの……ではまず……ん?」
ジゲン、それから牙の旅団は、魔物の死骸を眺めながら、口をつぐむ。死骸にとある変化が起こった。
突如、自分たちの周りに散らばっていた魔物たちの死骸が輝き始めた。そして、死骸の中から、大きな光がそれぞれ浮かび上がる。
ジゲンとサネマサは、それが、ケリスが埋め込んだ魂と推察。再び身構えて、刀の柄を握る。
「チッ! まだ何かする気なのか!?」
他の者たちも、武器を構えようとするが、ミドラが口を開く。
「いや……ケリスの死骸には何の変化も無い。それどころか、ケリスからも、魂が出ているようだ……」
そう言われて、牙の旅団は、バラバラになったケリスの死骸を眺める。ミドラの言うように、ケリスの死骸からも、強い輝きを放つ光の塊が宙へと浮かんでいた。まぎれもなくケリスは死んでいるという事実に、ジゲンとサネマサは安堵する。
しかし、今の状況は謎なことには変わりない。屋敷の前の大地一帯が、一つ一つの魂の輝きにより、強く輝いている。
異様な光景に息を呑む牙の旅団。するとサネマサが、刀を抜いて、一つの光に近づいていく。それは、ケリスの魂と思われる光だ。サネマサは刀を振り上げて、その光を斬ろうとした。
しかし、刀は光をすり抜けるだけで、斬れることなど出来なかった。
「むう……やはり斬れないか……」
魂は物質と言うわけではないので、斬ることも触れることさえ出来ない。斬れない以上はこの現象に対応することが出来ないということだ。
そもそも、対応しなければならないことなのか、と思い始めるジゲン。この世に留まり続けていた魂たちが、天に向かって行くのだろうとサネマサを説得し、一同はその状況を見守り続けた。
やがて、魂たちはそのまま天へと上がっていった。よく見ると、万以上は居るかと思うくらいだ。人間だけでなく、魔物たちの魂も居たみたいだが、どれだけ昔から、ケリスは魂を回収し続けていたのかと、ジゲンやサネマサは、頭を抱えた。
コウシ達は、自分たちと同じく、魂の牢獄に囚われていた魂達を見ながら、自分たちもいずれはああやって、天へと昇っていくのだろうかと、自身の体を眺めていた。今の体は仮の肉体。こうやって、ジゲンやサネマサと語り合うのも、僅かなのかも知れない。
あともう少し……せめて、アヤメたちが目を覚ますまではこのままでいてくれと念じていた。
そうやって、それぞれ思い思いに魂を眺めていた。すると、トウショウの里の真上に魂たちが向かい、そのまま強く輝きだした。いよいよ消滅するのかと思い、眺め続けていた。しかし、魂の輝きにより、目を開けられなくなった牙の旅団の者達は、思わず目を閉じてしまった。
そして、瞼の裏で、ゆっくりと光が収まってくるのを感じたジゲンたちは、そっと目を開けた。
だが、その瞬間、信じられない光景が目に飛んできた。
「あれは……!」
それは、空に描かれた巨大な魔法陣だった。よく見ると、魂たちが、魔法陣の周りに並んで輪を描いているようだった。
ジゲンたちが呆気に取られていると、魔法陣はそのまま形を変える。すると、陣全体に眼球のようなものが浮かび上がった。
百以上あるその眼球はぎょろぎょろと気味悪く動き、真下にあるトウショウの里一点に視点を集中させた。
そして、眼球に光が集まっていく。何か力を溜めているようだった。
「マズイッッッ!」
ハッとしたサネマサは飛び出し、トウショウの里の上空へと向かう。そして、刀を構えて大きく振りかぶった。
次の瞬間、一つの眼球から、光線がトウショウの里に向けて射出される。先ほど屋敷を襲おうとしたケリスの攻撃のようだった。
サネマサは、刀を振り下ろし、その攻撃を受け止めた。
「グッッッ!!! 何て……力だ……!!!」
サネマサは刀を持つ手にありったけの力を込める。しかし、光線は留まることを知らずに、サネマサごと、トウショウの里に落ちていった。
そして、激しい衝撃と轟音と共に、光線は上街へと到達し、大きく炸裂した。
「サネマサあああああああッッッ!!!」
上から降ってくる瓦礫を避けながら、サネマサがやられたと思ったジゲンたちは叫ぶ。その直後、シュンッと音を立てて、転送魔法により、サネマサがジゲンたちの目の前に現れた。
「無事だったの!?」
「あ、ああ。無理だと分かって、とっさに転送魔法を使って回避した」
「お前が無理って……どれだけ強力なんだよ!?」
サネマサの言葉に驚愕する牙の旅団の者達。仮にも人界最強と呼ばれるサネマサが、対処できない攻撃なんてものがあるのかと絶句する。
そんなことを思っていると、タツミが皆に声を上げる。
「大変です、皆さん! あれを!!!」
タツミは空を指さして、叫んだ。その方向を見ると、魔法陣に浮かんでいる全ての眼球がそれぞれ、先ほどのように、力を溜めている。
「まさか……連発できるのか!?」
一発限りと思っていた強力な光線が更に襲い掛かってくる。そんなこと、あり得るわけがないと思い、戸惑いを隠せない牙の旅団の目の前で、眼球から幾本も光線が射出し、トウショウの里を襲っていった。一撃一撃が強力な光線はトウショウの里の上街、そして、花街に降り注いでいき、多くの瓦礫を辺りに飛ばしていった。
そんな状況をただただ眺めている牙の旅団。先の戦いで、力も使い果たしてしまっている。現状、一番力を温存しているのは、サネマサだけだった。
しかし、そのサネマサですら、あの攻撃一本をどうにかするのに、全力に近い力を使うことになる。何も出来ずに、ただただトウショウの里の崩壊を眺めていた。
すると、ジゲンが皆に向かって口を開く。
「皆……屋敷だけでも守るのじゃ……街は壊れても、また作り直せば良いだけの話じゃ。人が生きてさえいれば、後はどうとでもなる」
ジゲンの言葉に、牙の旅団の者達はうつむく。それは、ジゲンにとっても苦渋の選択だった。皆と過ごしたトウショウの里、思い出が詰まった街が破壊されるというのは、嫌だった。
しかし、何より大切なのは、街があろうと、無かろうと、クレナの住民が生きているということだ。幸い、トウショウの里に居るほとんどの住民たちは、屋敷や、裏の洞穴で眠っている。屋敷さえ守れば、また街を再興することが出来るとジゲンは思っていた。
すると、牙の旅団の者達は顔を上げて、ジゲンの言葉に頷く。
「……ああ、分かった」
「それが一番……良いよね」
「出来る限りのことはするか!」
口々にジゲンの提案に賛同する牙の旅団。そして、それぞれの作戦を確認し始める。
闘いの影響で、ほとんど力を使い果たしてしまったジゲンは、サンチョ、シズネ、エンミ、タツミを連れて、屋敷へと向かう。一人でも多くのけが人を治療し、避難の手伝いをするつもりだ。
具体的には、亜空間コアに更なる魔力を込めて、広くなった洞穴に、トウショウの里の住民たちを全員収納し、ミサキの結界の魔道具にも多くの魔力を込めて、結界を頑丈なものに作り替えていく。
それ以外の者達は、外に残り、上から降り注ぐ瓦礫から、屋敷を護るという作業をすることになった。幸いムソウの屋敷は山の陰になっていて、直接光線が当たることは無い。だが、多くの瓦礫は降ってくる。
いずれ、山が崩れ、むき出しの状態になる可能性もある。そのままにしておくのは危険なので、サネマサ達でそれに対応するという話に決まった。
「では……皆頼む! 決して、誰も死なせるでないぞ!」
「「「「「オウッ!」」」」」
ジゲンの言葉に大きく頷く牙の旅団。そして、それぞれ行動を開始させようとした。
だが……
「ジロウさん! 上からの攻撃はこちらに届くようです! 伏せて!」
「むうッッッ!!!」
屋敷にはいかなくても、上からの攻撃は、自分たちが今いる場所には届くようだった。すぐそばで光線が炸裂し、衝撃でジゲンたちは吹っ飛んでしまう。
そして、光線はなおも、雨のように降り注いでくる。態勢を立て直し、屋敷へと向かおうとするのだが、なかなか近づけず、ジゲンはその場で歯ぎしりをした。
「クッ……せめて、一瞬……一瞬だけ攻撃が緩めば……」
しかし、ジゲンの思いとは裏腹に、幾本もの光線は止まることを知らずにトウショウの里に降り注いでいった。
成す術もなくその場に呆然と立ち尽くす、牙の旅団の者達。せっかくケリスを倒したのに、街が、住民たちが護られなかったのでは意味がない。
しかし、どうすることも出来ない状況に、全員歯を食いしばり、俯いた。
すると……
「む!? 何じゃ!?」
ジゲンはその時起こった出来事に驚き、顔を上げる。
先ほどまで続いていた光線と、上から聞こえていた爆発音、更には瓦礫の雨が止まっていた。
他の者たちも、この状況に驚き、顔を上げて、上空を見つめる。
魔法陣はまだ、存在しているようだった。光線も止んでいない。
だが、ジゲンたちの頭上に、何か障壁のようなものがあり、降り注いでくる光線や、瓦礫の雨を止めていた。
一体何が起きているのかと、ジゲンが思った次の瞬間、ムソウの屋敷から声が聞こえてきた。
「……ジゲンさん! ……大師範! ……皆さん! 今のうちに……!!!」
聞き覚えのある声に、ジゲンはハッとして、屋敷に視線を向ける。
そこに居たのは、屋敷の屋根の上で、必死な形相で、両手を上げるツバキの姿だった。




