第220話―牙の旅団―
……ここは……
……私は……
……そうだ……今朝、お屋敷を出て……シロウさんに書状を届けて……ギルドに……
そして……ギルドで……
……
……
……
……私はどうなったのでしょうか……? いえ……どうなっているのでしょうか……?
ケリス卿や、闘宴会の人達に捕まり、色々されていくうちに、意識を失くしたことまでは覚えております。その後のことが分かりません……。
ただ……もう……あそこには居たくないという気持ちだけが、頭の中を巡っていたことだけは覚えています……。
もう……ムソウ様に……会いたくない……会えないと……思ってしまったことだけは……覚えています……。
だとしたら、ここはどこなんでしょうか……?
少なくとも、ケリス卿の屋敷ではないことだけは確かです。周りから私を痛めつけていた人たちの気配がありません。ケリス卿の邪悪な気配もしません。
それどころか、周りから一切の人の気配を感じません。目を開けて、辺りの様子を伺おうとしましたが、瞼が重く、思うように動かないのでわかりません。
全身に力が入らず、私はその場に横たわったままです。
……ひょっとして、私は死んでしまったのでしょうか……。
斬られ、殴られ、血を流していくうちに、生きることに悲観し……愛する方のために何も出来ない自分に悲観し……私自身が死を選んでしまったのでしょうか……。
ならば、ここは噂に聞く、「魂の回廊」と呼ばれる場所なのかもしれません。私はここで、一人、次の輪廻を待つことになりそうです。
……一人……か……
―……ああ……最期に……もう一度……皆さんと……―
自分が死んだことを理解した、私は一人、今まで生きてきて、出会った人たちの姿を思い浮かべていました。
故郷に居る、父と母。急に武王會館に入りたいと言い出した私を、何も言わず応援してくださいました。
―……先に逝くことになってごめんね。短かったけど、幸せだったよ……―
そんな私と一緒に武王會館で学び、一緒に騎士団に入ったリュウガン君。一緒に技を競い合い、お互いに研鑽を高めていった戦友でした。
―……私の代わりに、師団長をお願いしますね。……ついでに師団長、リュウガン君たちと仲良くなさってください……―
そして、マシロで出会った、十二星天のミサキ様。普段は頼りになる、可愛らしい女の子なのですが、どこか抜けてるところがあったり、空気の読めないことをする方でしたね。
確かミサキ様は、マシロで三人の弟子を得ていましたね。ミサキ様を側で支えてくださる方が出来たのは嬉しいことですが、何となく不安です。
―……それでも、私はミサキ様のそういうところが好きでした。これからも、ずっと、明るいままで居てくださいね……。
……そして、ウィズさん、レイカさん、ハクビさん……ミサキ様の下でもっともっと強くなってくださいね。ハクビさんとは決着をつけることが出来ませんでしたね……勝ち逃げですみません……―
私はそれからも今まで出会ってきた方々の顔を思い出しました。今まで、本当に多くの方々と知り合うことが出来ました。マシロのギルドの皆さん、ロウガン支部長は仕事の出来る方ですが、ミサキ様と同じく、どこか残念なところがありました。取りあえず、酔って暴れるのはやめて欲しいものですね……。
領主のワイツ様はとてもお優しい方でした。奥様のシーロ様とも、ご息女のシロン様ともご家族そろって仲が良くて、周囲の方々から羨望の眼差しで見られていたことを覚えております。
……そう言えば、シーロ様が、未だ恋人も居ないという様子のリュウガン君に、独身の貴族の女性を紹介しようと仰っていましたが、どうしたのでしょうか……。
そして、マシロの皆さんを思い出した後は、クレナで出会った皆さんの顔を思い出しました。
アヤメ様、ナズナさん、ショウブさんには本当にお世話になりましたね。妓楼での生活というのも、最初は戸惑いましたが、本当に楽しかったです。
コスケさんや、四天女の皆さんにも良くしていただきましたし、私にとって、本当にかけがえのない、毎日を過ごすことが出来ました。
皆さんは、お屋敷にジロウ様がいらっしゃるということに気付いていなかったようですね。まあ、私も気づかなかったのですから、しょうがないですが。
アヤメ様や、ナズナさんはジロウ様と再会することを夢見ていましたから、ジゲンさんが、正体を明かすとき、さぞ、驚かれるでしょうね……そのお顔が見られないのは残念です……。
こちらに来てからも、色々な方と出会うことが出来ました。本当に、楽しかったです……。
……そして……最後に……
私の瞼の裏に、肩にリンネちゃんを乗せて、首筋をくすぐりながら笑っているムソウ様の姿が思い浮かんできました。
リンネちゃんは、出会った時から今まで、まるで自分の妹のような存在でした。いつも明るく、ムソウ様を助けたり、高天ヶ原では、私を護ろうとしたりと、とても、頼りになる子でした。
そして、リンネちゃんは時々、仕事が上手く出来ると、私に、褒めてと言わんばかりに、顔を覗き込み、目を輝かせていました。
ああいったところはまだ、子供なんだなと思いながら、リンネちゃんを撫でると、私のことを抱きしめてくださっていました。
私にとって、親友であり……妹のようであり……娘のような……そんな、存在でした。
―リンネちゃん……あなたなら私が居なくても大丈夫……ムソウ様をよろしくね……―
……そして……ムソウ様……。
……
……
……
「……あっ」
……私はムソウ様にも、最後に何か伝えたいと思っていました。
しかし、ムソウ様のお姿を思い浮かべる度に、伝えたいことがあり過ぎて、何も思い浮かばなくなっていきます。
そして、私に心の奥底から、こみあげてきたものは、目から溢れ、頬を伝っていきました。
―……そうか……私は……まだ……―
「……い……きたい……」
私はこの時、まだ、自分が死んだことに納得していなかったことに気付きました。何もかも諦めたつもりでしたが、それでもやはり、生き続けたいと思っていました。
生きて、生きて、生き続けて、リンネちゃんと共に、ムソウ様を最後までお守りしたい……そう思うようになっていました。
―う……ごけ……! 動け! 動け! 動け! ……動いて!!!―
私は、立ち上がりこの場からすぐさま、元の世界へと行きたかった。
しかし、いくら念じても、どれだけ叫ぼうとしても、私の体はピクリとも動かなかった。
死んだ人間は生き返ることは無い。それがこの世の定説です。一度死んだ私には、もう生き返ることなど出来ない、諦めろということなのでしょうか。
そう思うたびに、私の目から出てくる涙は止まることなく流れていった。
「く……や……しいです……ムソ……ウ……さ……ま……」
私の声は、誰かに届くこともなく、そのまま辺りへと消えていき、私もこのままゆっくりと消えていくのかなと全てを諦めていた時でした。
ふいに、誰かが私の涙を拭う感覚がありました。
「ッ!」
私は目を開けて、辺りを確認しようとしましたが、もちろん未だ、体を動かすことなど出来ず、瞼を開くことなど出来ませんでした。
そうしている間にも、その何者かの手が私の涙を、拭っていく感覚が続きました。
この手は……誰でしょう。すごく小さいです。まるで子供のようで、指も細く、分かり切っていることですが、確実にムソウ様ではありません。さらに言えば、リンネちゃんでもないようです。
あの子の場合、指を使わずに舐めてきそうですからね。獣人の姿の時でも。
一体何者だろうかと思っていますと、今度は、その手は私の頭をゆっくりと起こし、地面と私の頭の間に、枕のようなものを入れて、寝かせました。
感触から、膝枕のようです。その人は、私をゆっくりとさせると、そのまま小さな手で、頭を撫でてきました。
……何でしょう……この状況。恐らく、私の今の状況、はたから見ればすごく恥ずかしいような光景なのではないでしょうか。
一刻も早くムソウ様の元に行きたいのになあ、と思っていました。
しかし、妙に体が、温かくなるような感覚もありました。自然と心が落ち着いていくような感覚です。以前にもこのような感覚になったことがあります。……いつ、どこで、でしたっけ……。
そう思いながらも、私の心はゆっくりと落ち着いていきました。
すると、突然声が聞こえてきました。それは男女の声で、私のすぐそばから聞こえてきたものでした。
「……ん? この子、気づいていないか?」
「……うん」
「起こしてやれよ……」
「……ダメ……もう少し……楽しむ」
女性、と言うより、小さな女の声がそう言うと、男の声で、はあ~、というため息が聞こえてきた。
どうやら、私の周りには、二人の男女が居るようです。一人は、私を先ほどから撫でている少女。もう一人は少し離れた所に居る男性です。
少女の声は、か細く、小さくて、どこか恥ずかしがり屋というか、人見知りしそうな印象を受ける声です。
しかし、とても透き通っていて、この声の主の女の子はとても可愛らしいんだろうなと思ってしまいました。
男性の方は、私よりも年上で、二十代後半くらいの印象ですが、どこか貫禄のあるような感じで、優し気な印象です。
しかし、何故だか、少し抜けていそうな印象を持ちました。
私がそうやって、声の分析をしていると、二人は更に会話を始めました。
「んで? ……結局その子にしたのか?」
「……うん」
「へえ……決め手は何だったんだよ?」
「……あの人を……護りたいって……言ってた……だから……見極めてた……」
少女がそう言うと、しばらく辺りが静かになりました。そして、またしても、はあ~とため息をつく男の声が聞こえてきました。
「ずいぶんと時間、掛かってるなあと思っていたら、そんなことしていたのかよ。俺は、すぐに、この子が良いと思っていたのによ」
「……あなたは……昔から……短慮……あなたの考えは……大抵……碌なことにならない……」
「まだ言うのか、それ……ったく……。
けど、結局俺の直感とお前の深慮の結果が一緒になっちまったが良いのか?」
「……仕方がない」
「あーそうかい」
男はフンと鼻息を立てて笑いました。そして、ゆっくりとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきます。男が私達の側まで近づいてきたようでした。
私は、身を起こそうとしましたが、未だ、体に力が入らず、動けませんでした。と言うよりも、誰かに膝枕されて、優しく撫でられ、動きたくなかったというのが本音ですけど。
すると、男のフッという笑い声が聞こえてきました。
「あー、良いって、そのままで。そのまま、俺達の頼みを聞いてくれ」
男はそう言って、私の額に当てられていた、少女の手の上に、自分の手を重ねたようでした。更に体が温かくなる感覚があります。
そして、二人は私に、ゆっくりと語り掛けてきました。
「私の……力……あげる……だから……」
「俺達の分まで……アイツを助けてやってくれ……アイツ……無茶ばっか、しやがるからな」
二人の声が聞こえてきた瞬間、額に当てられた掌から、何か強い力の波動のようなものが私の中に流れ込むような感覚がありました。
それは、苦痛を伴うものでも、不快感を伴うものではありませんでした。
慈愛に満ちた、優しく、大きな波動。それはゆっくりと、私の中に入り、全身に駆け巡ってきます。
どうやら、私に、何かくださったようです。
……そして、何か託したようです。
何を託したか……考えるまでもないですね。この状況ですと……。
私は、力を振り絞って、口を開きました。
「……は……い……かな……らず……!」
再び、私の目から、涙が溢れてきました。そして、再び少女と、男のクスっという微笑が聞こえ、大きな手と、小さな手が、私の涙を拭ってくださいました。
その瞬間、私を包んでいたぬくもりが更に大きくなっていき、居心地の良さのあまり、私の意識は再び、深く落ちていきました……。
◇◇◇
全速で飛び続けるケリスの目には、結界で覆われた、ムソウの屋敷と、大量の魔物と闘っている牙の旅団の姿が映っている。
まず、先にそちらから魂を回収しようと、ケリスは戦場の中に突っ込んでいく。
そして、辺りに倒れている魔物たちの死骸から、魂と、魂と肉体をつなぎとめていた自身の羽を回収し、更に力を取り戻した。
魔物たちと闘っていた牙の旅団の者達は、突如現れたケリスの姿に驚く。
「なっ!?」
「ケリスかッ!? 何でここにッ!?」
姿も変わり、昔よりも強大な力を手にしているケリスを目の当たりにし、一瞬、体が硬直した。
だが、誰よりも早くケリスを迎撃しようと動き出した者が居た。
「ケリスッッッ!!!」
それはエンミだった。エンミはケリスの姿が現れた瞬間、弓を引き、怒号と共に、自らの気で出来た矢を放った。
大きな気で形成された流星のような矢は、一直線にケリスに向かって飛んでいく。
しかし、ケリスはそれに反応し、魔剣で、矢を斬った。
「フンッ! 死にぞこないの人間が……まずは貴様からだッッッ!!!」
ケリスは身を翻し、最初にエンミの魂を奪おうと、エンミに向かって行った。近づけさせまいと矢を放っていくが、どれも躱されたり、防がれていく。
「エンミ! 逃げろッ!」
コウシ達が、エンミに逃げるように指示するが、エンミは決してそこを動かず、ただただ、矢を放っていた。
ジロウを呪い、自分たちを殺させるという非道なことをしたケリス。自分は、ジロウが呪われていたということに気付かず、ジロウを恨んだまま死んでいった。皆とは違って、自分はジロウを本気で殺そうと最期まで思ってしまっていた。
エンミはそれを後で悔やんだ。悔やみ続け、何時かもう一度、ジロウに会うことがあったら、本気で謝りたいと感じていた。
そして、出来ることなら、自分の手で、ケリスを殺そうと思っていた。
今まで貯めていた、悔しさ、悲しさ、怒り……それらを発散させるように、エンミは矢を放ち続けた。
しかし、エンミの攻撃がケリスに届くことは無く、ケリスはエンミに手を伸ばす。
「終わりだ。今一度、我の力の一部となるが良い……」
「くっ……!」
エンミは覚悟を決めて、俯いた。
次の瞬間、エンミのすぐ近くで、バチバチという電気が走るような音が聞こえた。ハッとして顔を上げると……
「ハアッ!!!」
「グハッ!」
赤い羽織を着た男が、自分とケリスの間に割って入り、ケリスを斬った。ケリスの腹から血が噴き出る。だが、傷は浅かったのか、ケリスは態勢を立て直し、後方へと下がった。
ケリスを攻撃し、エンミを助けたのは、ジゲンだった。エンミが迎撃している間に、ケリスに追い付き、俊足の攻撃を以て、エンミを助けることが出来た。
「ウラアッ!!!」
「チィッッッ!!!」
サネマサもジゲンたちに追い付き、ケリスに横から蹴りを入れる。ケリスはそのまま吹っ飛んでいき、皆から距離をとらせることに成功した。
エンミは、ただ茫然と、ジゲンの背中を眺めていた。纏っている羽織は、昔のままだが、ずいぶんと小さな背中になったんだ、というのが、最初の感想。
そして、体から発する闘気も、昔のように荒々しく力強い滝を思わせるようなものではなく、雄大な大河を思わせるような、強くて、大きく、心地の良いものになっていることに気付いた。
そうやって、エンミがジゲンを見ていると、少しだけこちらを振り返り、エンミと目を合わせた。
「……無事かの?」
「……う、うん」
ジゲンの言葉に、素直に頷くエンミ。突然現れたケリスには動じなかったが、ジゲンとなると、話は別だ。妙に気まずい感覚がある。
ただ、それはジゲンも同じだった。内心、何を話そうか、何から言おうかと、年甲斐も無く、久しぶりな感覚で、困っていた。
しばらく二人の間に沈黙の時が流れる。
すると、突然ジゲンは誰かに肩を組まれた。
「よお~! ジロウ、久しぶりだなあ! 元気そうで何よりだ!」
「コウシ……」
それは、牙の旅団で、サネマサやジロウと一番付き合いの長いコウシだった。昔と変わらない様子で、調子のいい口調で、ジロウにニカっと笑う。
すると、他の者たちもジゲンの周りに集まり始めて、口を開いていく。
「そんなに変わったところは無さそうね~、安心したわ」
エンミに気力回復薬を渡しながら、シズネはジゲンをジロジロと見ながら、笑っていた。
「お前はどこかケガしてないか? 歳なんだから無理すんなよ」
そう言って、ジゲンに回復薬を渡すのは、ミドラだ。ぼーっとしているジゲンを見ると、無理やり回復薬を手に持たせる。そして、フッと微笑んだ。
「それ飲んだら、とっとと魔物たちを倒そうぜ~」
「俺らがやりゃあ、あっという間だろ? ジロウ」
ロウとソウマは、ジゲンの胸を打ちながら、ニカっと笑った。そして、魔物たちに向けて身構える。
「おーおー、サネマサの奴も頑張ってんなあ~。さっさと行ってやろうぜ」
チョウエンは、周りの魔物たちを相手にしながら、ケリスの足止めを行っているサネマサを眺めながら笑っていた。
「あの野郎……また、突っ走りやがって……後で苦労する俺の身に……あ、今日はジェシカさんが居るから、良いか。
……お~い! ガンガンいけよ! そのままやっちまえ、サネマサ~!」
サネマサに向けて、良い顔で笑っているサンチョ。声が聞こえたのか、サネマサは一瞬だけジゲン達を見ながら、早く来い! と必死そうな形相をした。
それを見て、牙の旅団の者達は大笑いする。
ジゲンは、コウシに肩を組まれたまま、何も言えないでいた。皆に対しての申し訳なさと、皆に再び会えたことへの嬉しさの間に挟まれ、どうすれば良いのか分からず、何を言えば良いのかも分からず、ただ、呆然とその場に立ちすくんでいた。
すると、集まった者達の中から、タツミがフッと笑い、エンミにコソコソと何かを耳打ちした。
エンミはパッとタツミの顔を見て、恥ずかしがっている。だが、タツミがニヤニヤとしながら頷くと、エンミは、はあ~とため息をついた。
そして、二人で、ジゲンの前に立ち、タツミから口を開いた。
「色々、積もる話もありますが、今は魔物たちとケリスをどうにかしましょう、ジロウさん」
「……お、終わったら……か、甘味奢ってよ……花街の……「みつや」……まだ、あるよね……?」
エンミはそう言って、顔を真っ赤に染めながら、ジゲンの顔を覗き込んだ。
ジゲンは、エンミの言葉にキョトンとした。急に何を言っているのだろうと思った。
しかし、エンミが甘いもの好きだということを思い出し、よく、皆に黙って、その店にこそっと行っていたということも思い出し、心がほぐれたような気がした。
思わず、フッと笑みを浮かべるジゲン。そして、ゆっくりと口を開いた。
「……たまも……一緒に連れて行っても良いかの?」
ジゲンがそう言うと、エンミはハッとした顔になり、コクっと頷く。
「うん……皆で、行こう」
そう言って、エンミはジゲンに笑った。
その様子を見ていた他の牙の旅団の者達は何かに安心したように、口々にジゲンに話しかけていく。
「俺も行くぜ! 花街に行くんなら、妓楼にも行かねえとな!」
「ああ、そうだな! 久しぶりに、良い女の癪で良い酒を飲みてえ!」
「ナズナちゃんも居るんなら、高天ヶ原だな!」
「まだ、コチョウも居るよな!? 俺はあいつのじゃねえと飲まねえぞ!」
などと、コウシ、チョウエン、ロウ、ソウマが花街に行くのなら、高天ヶ原に行きたいと言い出す。昔からこの四人とサネマサは妓楼によく通っては、他の者たちに呆れられていた。
当時と同じく、皆がジトっと四人を眺めていると、ジゲンは笑いながら口を開く。
「駄目じゃ。たまを妓楼に連れていくわけには、いかんじゃろ? 行くのなら、お主らだけで行くが良い。
じゃが、ロウ、ナズナは駄目じゃ。ナズナにはまず儂に酌するように言っておるからの。抜け駆けはさせん。
……それから、ソウマ。コチョウは何年か前に貴族の身請けを受けて、もう居らん」
ジゲンがそう言うと、コウシ、チョウエンはたまが居るのなら、仕方ないなと、ジゲンに頭を下げる。
そして、ロウはジゲンを恨めし気に見つめ、ソウマは、まるでこの世の終わりだという顔をして、項垂れている。ジゲンとしては、そういや、そんな名前の妓女居たなあというのが本音だが、ソウマにとっては色々と忘れられない存在のようだ。そっとしておこう。
「じゃあ、コウシ達とは「みつや」で分かれるとして、その後は、私と二人でお酒飲む?」
シズネはジロウに近寄り、腕を回しながら、そう言ってきた。屋敷で話していたように、ことごとくわかりやすい行動に、牙の旅団の者達は、頭を抱える。
ジゲンは、シズネの方を向いて、にこやかに笑った。
「……どうせなら、たまとシズネの料理を食べたいものじゃの。あの子は味にうるさいが、お前の料理なら大丈夫じゃろう」
そう言うと、シズネはニコッと笑う。
「まっかせといて! 久しぶりに腕を振るっちゃうわ~!」
シズネは、元気にその場を飛び跳ねる。何となく子供らしい行動をするシズネにジゲンも少し困惑しながらも、優しく微笑んでいた。
「ジロウ……喋り方変えたんだね」
エンミはジゲンの口を指さしながら笑った。ジゲンは何となく照れ臭い気持ちになり、頭を掻く。
「むう……サネマサにも言われたのい。たまが怖がると思ったから、こちらにしたのじゃが……変かの?」
そう言えば、向こうで闘っている間に、昔の口調が戻った気がすると思ったジゲン。改めて考えると、あれは、たまには見せられないなと頭を掻く。
しかし、やはり、こちらの口調は変なのかと自分に自信が持てなくなっていたところ、エンミはニコッと笑った。
「全ッ然! むしろ、そっちの方が良いと思うわ」
先ほどまでの気まずさはもう、感じていなかった。昔と同じようになっていて、エンミも、ジゲンも安心していた。
すると、タツミが近づいてきて、口を開く。
「ジロウさんもすっかり、お爺ちゃんですね。先ほど、シロウさんたちとも会ってきましたが、皆さんも立派になっていて、感慨深かったですよ」
と言って、手にした鉄扇を眺めるタツミ。ジゲンは笑ってタツミの言葉に頷いた。
「まあの。じゃが、皆、昔から変わらん。ナズナは優しいし、シロウは泣き虫のままじゃし、ショウブは大きくなったかどうか、分からんし……。
唯一変わったのは、アヤメくらいじゃの。もっとも、根本のところは変わってないようじゃがの」
「フフッ、そのようですね……皆さんが目を覚ますのが楽しみです」
タツミの言葉に、ジゲンや、牙の旅団の者達は頷いた。
そして、ジゲンは皆の顔を見ながら、ゆっくりと口を開く。
「変わらぬは皆一緒か……ならば、作戦も立てやすい。サンチョ、サネマサの様子はどうじゃ?」
ジゲンは先ほどからサネマサの様子を見ている、サンチョの方を向いた。サンチョはサネマサを眺めながら、現状を伝える。
「サネマサだから、余裕で魔物たちの相手は出来ている。だが、隙をついて、ケリスが動こうとしている。サネマサはそれを止めて、何度か刀を合わせるが、ケリスを倒すまでに、魔物が周りを囲み、更にそれを相手にする、という状況が続いているな」
流石のサネマサでも、大量の魂を取り込んだケリスを魔物の相手をしながら倒しきるということは出来ないようだ。
「ミドラ、正直なところを言ってくれ。体の調子はどうかの?」
この中では最も冷静な判断が出来るミドラに、ジゲンは今の状態の確認を行った。ミドラは頷き、口を開く。
「ああ、正直なことを言うと……生きていた時以上だ。気も魔力も大きくなっている気がする。前以上に戦えるぞ」
ミドラの言葉を聞き、ジゲンは他の者達の顔色をうかがう。皆は自信満々に頷く。どうやら本当らしい。
ただ、気になることと言えば、これは仮の肉体だということ。どこかで限りが来るのではないかと心配だという。
「そうか……」
少しだけ顔色を悪くするジゲン。すると、ミドラがフッと笑い、ジゲンの肩を叩いた。
「大丈夫だ。これは雷帝龍の鱗だからな。しばらくは持つだろう」
ミドラの言葉にジゲンは驚いた。パッと顔を上げ、ミドラ達の方を向いた。
「雷帝龍!? 会ったのか!?」
「ん? ああ、やはりこちらに報告は届いていないのか。俺達は雷帝龍を核とした九頭龍を動かすための魂として利用されていたんだ。それをムソウって奴が倒して、俺達を解放して、雷帝龍に鱗を貰って――」
「待つんじゃ! もう少し整理して話してくれんか?」
急に情報が入り込んできて、混乱したジゲンは一つ一つ確認しながら、話を聞いていった。
牙の旅団は、サネマサ頑張れと思いつつ、整理しながら、ここに来るまでの経緯を話していく。
ムソウが雷雲山で九頭龍を倒したこと、ケリスの術によって、九頭龍の死骸から離れられなかったところを同じくムソウに助けられ、解放され、その後、同じく九頭龍にされていたという縁で、雷帝龍に魂の仮の肉体となるという龍族の鱗を貰ったということを話した。
それを聞いたジゲンは驚きつつも、今まで、不安に思っていたムソウの無事ということを確認して、胸を撫でおろす。そして、ケリスが突然ここに現れ、自らムソウの屋敷を襲ってきた理由も分かった。
恐らくはムソウが無事ということを知っているケリスは、戻って態勢を立て直される前にケリをつけたいと思ってのことだろう。
長く密かに行動していたにも関わらず、急な行動をとったことに違和感があったのだが、謎が解けたとジゲンは思った。
ならば、このまま時間を稼ぎ、ムソウが帰って来るのを待つという戦いも出来るなと思い始めたジゲン。
すると、更に驚くことをコウシが口にした。
「あ、そういや、ここの屋敷の……何だっけ? 闘鬼神だっけか。そいつらも生きてここに向かってきているらしいぞ」
「む!? どういうことじゃ!?」
更なる思いがけない報告に、流石のジゲンも取り乱しがちに驚いた。牙の旅団の者達は、ジゲンを落ち着かせながら、先ほど屋敷でジェシカから聞いた話を聞かせた。
ジゲンはリアや、ダイアン、カサネのみならず、ロロ達も無事に、誰一人欠けることなくこの屋敷に帰ってきているということを知り、大きく息を吐いた。
「そうか……ならば、皆が戻ってくるためにも、屋敷を守り通さんとのう」
先ほどまでと違い、希望に満ちた表情をするジゲンに、牙の旅団の者達は、任せろ、と頷いた。
「……ところで、この一報はサネマサも知っておるよな?」
ふと放った、ジゲンの一言に牙の旅団の者達は、ある者はやっぱり、という顔をし、ある者は、気まずそうな顔をして、ジゲンを眺めた。
皆の顔を一通り眺めると、ジゲンはニコリと笑って、頷いた。
「なるほどのう……覚えておれよ……サネマサ……いや、馬鹿じゃから、もうそれすらも忘れておるか……」
ジゲンの言葉に、何となく安心したという顔になる牙の旅団。ああ、良かったと胸を撫でおろす者も居れば、まだ、安心できないという顔をした者も居る。
サネマサの様子を見続けているサンチョは、サネマサに、「どんまい」と口を動かしていた。
冷静なミドラは、ふう、と息を吐き、ジゲンに口を開く。
「で、俺達の調子が良いということはわかっただろ。これからどうする?」
ジゲンはミドラの言葉に、しばらく考え込み、にやりと笑った。
「肉体も力も得物もあの時のまま、そして、儂らの敵は大量の魔物たちと、ケリス……。
ならば、アレでいこうかの……」
ジゲンは腰に差した刀を抜きながら、皆の顔を眺める。牙の旅団は、ジゲンが何を考えているのかが分かり、それぞれニカっと笑った。
そして、シズネがゆっくりと前に出て、鞭を構える。
「じゃあ、私からね! 奥義・万蛇羅ッッッ!」
シズネは手にした鞭「龍尾鞭」に気を溜めて偶像術を発動させた。すると、鞭の刀精がシズネの背後に出現する。
それは、包帯を纏った、女怪の姿をしている。女怪はゆっくりと目を開けると、両手を前に出した。そこから、幾本もの包帯が飛び出していき、魔物たちに巻き付いていく。
ぐるぐると包帯が巻き付き、魔物たちは身動きが取れなくなった。
すると、前線でケリスと闘っていたサネマサがハッとした様子で、ジゲンたちの前に大急ぎで戻ってきた。
「うお~いっ! それやるなら言えよ! 巻き込まれるところだったじゃねえか!」
焦った様子のサネマサは、ジゲンたちを見ながら、怒鳴り散らしている。
技を発動させているシズネはサネマサにニコッと笑った。
「サネマサだから大丈夫かと思ってね~」
「お前のは良いんだよ! その後が問題なんだ! おい、ジロウ! 俺を殺す気か!?」
シズネの一言に、サネマサはそう言って、ジゲンに視線を移した。ジゲンはプイっと顔を逸らし、魔物たちの方を見つめた。
「うむ、上出来じゃの、シズネ」
「おい、ジロウ、話を――」
「じゃあ、次は俺達だな! 行くぞ! 皆ッ!」
「「「「「おうっ!」」」」」
サネマサの言葉を無視し、牙の旅団の者達はそれぞれ、武器を構えて、偶像術を発動させる。
コウシは、三面六臂の鬼神、ミドラは、数えきれないほどの腕を持つ女、ロウは、大きな槍を手にした戦士風の男、タツミは、大きな袋を抱えた鬼神、ソウマは、筋骨隆々の大男、エンミは大きな布で顔を隠し、外套を被った弓を持つ男を、チョウエンは、全身を厚い鎧で覆い、両肩に大砲を備え、手には大きな刀と、盾を持つ巨大な人型の何かをそれぞれ、現していく。
「……ほれ、サネマサも準備せんか」
「このッ……まあ、良いや。この話は後でだ! 奥義・天地創生!」
皆に続き、ジゲンも刀に気を込め、黒い布を纏った骸骨「死神鬼」を生み出し、更にそこから四本腕の鬼神を出現させ、サネマサも先ほどと同じ、甲冑を纏った武神と、更にもう一体、真っ黒な衣を着て、薄い羽衣を身に纏った、天女のような女を出現させた。
「一度に二体とは……腕を上げたな、サネマサ」
サネマサと同じく二刀流のミドラは、サネマサが出現させた二体の刀精に感嘆の声を上げる。通常は一体がやっと、それもサネマサの刀は、強力な神刀である。
使う力も、大きくなってくるのに、サネマサは汗一つかいていなかった。
「これくらいはなあ。“武神”を舐めてもらっては困るぜ」
サネマサがニカっと笑うと、ミドラは、そうかと頷き、他の者たちも頷いた。サネマサだけは昔よりも更に強くなっているということを感じることが出来ている。
少なくとも二十年前には出来ていなかった刀精を二体出現させるという技を見て、牙の旅団の者達は、なんだかんだ、やはり頼りになる男だなと感じた。
牙の旅団が、揃って刀精を出現させると、流石のケリスも慌てだす。
「クッ……ここはいったん退くか……我が……我がこのような死にぞこないの者達に……ッ!」
一度は、壊滅状態にまで追い込み、魂を奪っていた相手だった。それなのに、今自分は、追い込まれている。
こうなってしまった以上は、クレナの掌握は諦め、いったん退いて、仲間を集めて再度ここに攻め込んだ方が良いと判断したケリスは、空へと飛び立とうとした。
だが、それを許すほど、ジゲン……いや、牙の旅団は甘くない。
「シズネ! あ奴を逃がすな!」
「了解!」
ジゲンの言葉にシズネはすぐに反応し、刀精から包帯を飛ばす。ハッとして躱そうとしたケリスだったが、翼に包帯が巻き付き、次いで、四肢、胴体へと巻き付いていき、完全に動きを封じられた。
「ようやくじゃ……では行くぞッッッ!!!」
ジゲンの号令と共に、牙の旅団の一斉攻撃が始まった。
コウシ、ミドラ、ロウ、ソウマ、チョウエン、そして、サネマサの刀精による攻撃は、苛烈にして、強大なものだ。地上に居る魔物たちはなすすべもなく、ことごとく蹂躙されていく。
空を飛んでいる魔物たちも、エンミとタツミの刀精により、射抜かれたり、刃を纏った巨大な竜巻により、切り裂かれていく。
そして、それは魔物たちと一緒に居るケリスも例外ではない。
シズネにより、拘束されているケリスは、声を上げることも許されず、牙の旅団の攻撃をただただ、受けていた。
「~~~~~~ッッッ!!!」
斬られ、焼かれ、再生したかと思うと、また斬られ、と体を治していくたびに、更なる苦痛に悶え、苦しんでいる。
そして、辺りの魔物たちを掃討し終わった頃、サネマサが、攻撃を止めて、吠えた。
「今だ! ジロウッッッ!!!」
ボロボロのケリスに向かって、駆け出しているジゲンは、サネマサの言葉に無言でうなずく。
刀にありったけの気を送り、高く跳躍して、刀を大きく振り上げると、ジゲンはケリスに向かって、口を開いた。
「終わりじゃ……長きにわたる因縁……皆の仇……今ここで晴らさせてもらうッッッ! 奥義・天叢雲ッッッ!!!」
「ウゥッッッ! “刀鬼”ィィィ~~~~~ッッッ!!!」
全身傷だらけになりながらも、最後のあがきなのか、ケリスは怒号と共に、ジゲンに向けて、手を前に出し、魔力を込める。
だが、既にジゲンは刀を振り下ろし、刀精による巨大な雷の一撃がケリスを襲った。
「クソオオオオオッッッ!!!」
「いい加減諦めよッッッ!!! 奥義・瞬華終刀ッッッ!!!」
ジゲンの攻撃を浴び、なおも苦しみ藻掻くケリスに、ジゲンは持てる力を全て使い、刀を振るった。
シズネの拘束ごと斬られたケリスはそのまま地面へと落ちていった。




