第218話―更なる朗報に沸く―
「闘鬼神の皆さんは、ご無事です」
「……は?」
「……へ?」
突然のジェシカの言葉に、口をあんぐりと開けるたまとアザミ。目を見開き、ジェシカの顔を見つめた。
すると、廊下へと続く襖と、隣の部屋へとつながる襖がガラッと開き、多くの女中たちが、なだれ込んでくる。
「「「「「今の話は本当ですか!?」」」」」
口々に話の真偽を伺う屋敷の女中達。ジェシカは皆を落ち着かせるのに必死だった。
武器も手に入り、そろそろ行こうかと外の様子が気になっていた牙の旅団の者達は、たまとアザミと同じく、そこに立ち尽くしているシロウに、外の様子を確認してもらった。
ジェシカの張った土の障壁と、水の障壁は未だ消えていない。今のところは大丈夫だということを確認すると、ジェシカと一緒に、女中たちを諫め、話を聞くことにした。
だが、女中たちは牙の旅団を見て、更に慌て始める。良いから下がっていてと言われて一歩引きさがる牙の旅団。
そして、ジェシカとシロウにより、女中たちは段々と落ち着いていき、話を聞く体勢になった。
「では、お話ししますね。実は……」
そう言って、ジェシカは、トウショウの里に来るまでのことを話し出した。
ジゲンに説明したように、サネマサとジェシカ、それにもう一人の十二星天の者の三人は、人界王がここを訪れる時期が、これ以上遅れないために、クレナにやってきた。
そして、チャブラとの領境から、樹海、雷雲山という順番で現在遅れが出ている調査の手伝いをしようと考えていた。
だが、チャブラとの領境については、何の問題も無かったが、調査隊の姿は無かった。入れ違いにでもなったかと感じたジェシカたちはそのままクレナの樹海へと向かった。
しかし、そこで目にしたものは、何やら争っている様子の冒険者同士の姿だ。争っている、というよりはけがをした冒険者の集団を、さらに多くの冒険者たちが襲っているという状況だった。
どういう経緯で、どちらが善悪か分からなかったが、けが人を襲うということ自体が許せなかったジェシカは、サネマサ達と共に、戦場の中に割り込んでいく。
「テメエら! 何してんだ!?」
「冒険者同士で死闘なんざ、許されねえぞ!」
「まして、怪我人を大勢で襲うなんて……恥を知りなさい!」
「な!? じ、十二星天!? 何でこんなところに!?」
「「「問答無用!」」」
三人は襲われていた冒険者達の前に立ち、襲っていた冒険者達に攻撃を仕掛ける。装備こそ強力なものをしているようだが、サネマサの一撃でその集団は二つに割れた。
数では圧倒的に有利なものの、相手は人界の最高峰の戦力である十二星天、それも三人。中には、壊蛇を倒した“武神”まで居る。
絶対に敵わないと思った冒険者達は散り散りに逃げていった。
サネマサ達は、逃げる者達を追いかけようとしたが、ジェシカは、襲われていた冒険者たちの傷を癒そうとする。こちらの方が優先するべきかと思ったサネマサともう一人の十二星天はジェシカを手伝おうとした。
しかし、その冒険者たちはジェシカ達の前に手を出して、息も絶え絶えに口を開いた。
「早く……雷雲山に……私達の……仲間が居るんです……!」
「あいつら……助けねえと……手遅れに!」
冒険者たちはよろよろと立ち上がり、雷雲山に向かおうとした。だが、力が入らないのか、その場でドサドサと倒れていく。慌ててジェシカとサネマサが駆け寄る。
「おい! そんな傷でどうしようってんだ!」
「皆さんは早く傷の手当てを!」
ジェシカは、すぐさま己のスキルを使い、冒険者たちの傷を癒す。すると、一人の女の魔法使いが、泣きながら口を開いた。
「ごめんなさい……皆……ごめんなさい……ムソウ……さん……」
魔法使いの言葉を聞いた、ジェシカ達三人はハッとする。女の口から、「ムソウ」という名前がはっきりと飛び出した。
そして、この状況からここの冒険者たちが、アヤメの報告にあった、ムソウが率いている「闘鬼神」という冒険者で構成された部隊の者達で、樹海の調査に来ていた者達だということに気が付いた。
ジェシカは、女の魔法使いの手を取って、優しく微笑んだ。
「大丈夫です。私達にお任せください」
「ムソウの仲間ってんなら、俺も手を貸すぜ」
サネマサもジェシカの言葉にニカっと笑った。
そしてひとまず、この場の冒険者たちは、もう一人の十二星天の者に任せ、サネマサとジェシカは雷雲山へと転送魔法を使って向かった。
雷雲山に着くと、先ほどと同じように、怪我をした闘鬼神を多くの冒険者たちが襲っている。
サネマサは飛び出し、急に現れた十二星天に浮足立つ冒険者たちを薙ぎ払い、追い返した。力が抜けたかのように、バタバタと倒れる闘鬼神の面々。中には騎士団のような者達も居る。
「……こいつらも調査隊ってことで間違いなさそうだな」
「ええ。騎士の皆さんまで襲うなんて、あの冒険者達、何を考えているのでしょうか」
「さてな。まあ、アイツらは後できちんと処分してもらうとして……何だろうな、この感じ」
「ええ……」
二人は闘鬼神の傷を癒しながら、雷雲山の山頂を見つめる。あそこから、何か不吉で、圧倒的な存在感を持つ何かの気配がする。
まるで、強大な力を持つ何かがそこに居るような感覚、それはかつて自分たちが相対した壊蛇に匹敵するものだった。
サネマサは立ち上がり、刀を握りしめて山に向かおうとする。だが、それをジェシカが止めた。
「……サネマサさん、今はこの方々を……」
「……ああ、そうだな」
この感覚の主はどんな存在なのかと、確認したかったが、今は闘鬼神の傷を癒し、ムソウの元に送り届けることが先だと感じたサネマサは、ジェシカと冒険者たちを癒し、その場で寝かせたあと、結界の魔道具を設置した。
後で、樹海に置いてきたもう一人の十二星天が、ここに来て闘鬼神を回収してもらうまでの措置だ。
その後、ムソウやアヤメに現状を報告するために、急いでトウショウの里に向かったという。
「ここに着いてからは、説明する必要は無いですね……」
そう言って、ジェシカは話を締めくくった。
女中たちは、それぞれジェシカの話を聞き、安堵の声を漏らした。長く消息不明だった仲間達の安否がわかり、更には十二星天の一人がそばについているということもあり、安心した。中には涙を流している者達まで居る。
たまも、良かったと言いながら、他の女中たちと抱き合って、喜び合っていた。
そして、シロウも、女中たちと同様、安堵し、胸を撫で下ろしている。
だが、アザミはうつむいたままだった。プルプルと震えながら、微動だにしない。
「あ、あの……アザミ……さん?」
アザミの様子に、ジェシカが不安そうに近寄ろうとした瞬間、アザミはパッと顔を上げて、ジェシカに詰め寄ってきた。
「どうして……もう少し! 早く! 教えてくださらなかったのですか!?」
「え、え~と、こちらに着いてから忙しくて……」
「私達が! どれだけ心配したか! 分かっているのですか!?」
「で、ですが、皆さんの傷も……」
「傷よりも、精神状態が悪いと仰っていましたよね!?
ルイやロロ、マルスたちが無事だということを知ったらそれも解消すると思いますけど!?」
「そ、それは……」
ジェシカは困った顔で目を泳がせる。確かにアザミの言うとおりだ。たまも女中たちも闘鬼神の者達への心配で、更に疲労の色が濃いように思えた。
ここに来たときに伝えておけば、もっと早くに、安心させることが出来ると感じた。
どう言ったら、納得してもらえるかと思っていると、さらにアザミは詰め寄ってくる。
「百歩譲って、私達に伝え忘れていたということは分かりますが、今なお前線で戦っているジゲンさんにはこのこと伝えているのですよね!?
ジゲンさんも皆のことを思いながら闘っているのですよ!」
「そ、それは、大丈夫です! サネマサさんがきっと……」
ジェシカの言葉に反応するように、今まで黙って話を聞いていた牙の旅団の者達から声が上がった。
「いや、あいつは馬鹿だから、忘れてると思うぞ」
「だな。久しぶりにジロウと再会できて、感極まった勢いでそのまま闘っているんじゃねえか?」
「ええ。そっちの光景の方が思い浮かぶわね~」
牙の旅団の者達はうんうんと頷いている。キッと睨んでくるアザミにジェシカは声も出なかった。
失礼な話だが、サネマサは自分よりもだいぶ頭が悪いと思っている。そんなサネマサが、自分でも出来なかったことが出来ているわけないと思った。
そう言われると、ジロウには確かに申し訳ないことをしたなとジェシカは反省する。
そして、アザミの様子が心配になったたまが、ちょいちょいとアザミの袖を引っ張り、不安そうに顔を覗き込んだ。
アザミはたまの顔を見て、怒る気も失せて、ため息をつき、頭を抱える。
「まったく……コモン様といい……ジェシカ様といい、十二星天の方々はどこか抜けてるところがあるわね……」
「す、すみません……」
「……もういいです。取りあえず、皆が無事ということが分かりましたから、それで良しとします。頭領にも、良い報告ができますから……」
ふう、とため息をつきながら微笑をこぼし、アザミはジェシカを許した。
ひとまず場の空気が落ち着いたことを確認した、皆は胸を撫でおろす。
そして、しばらくすると、コウシが、手をパンと叩いて、口を開いた。
「さ~て、面白いもん見れたし、そろそろ行くか!」
「そうね。じゃあ、ジェシカさん、それから、シロウ君。ここは任せたわよ」
「あ、はい。皆さんもお気をつけて」
「必ず、親父と一緒に帰ってきてください」
「おうよ。今度こそ、皆で一緒に帰って来るさ」
それぞれニカっと笑う牙の旅団の者達。ぞろぞろと出ていく背中に、たまは手を振った。
「おいしいご飯、つくって待ってるから~!」
たまの言葉を聞き、牙の旅団は背中越しに手を振った。
そして、魔物たちの軍勢の前に立つ牙の旅団。ジェシカの作った障壁魔法は壊されたばかりのようで、土で出来たがれきを押しのけながら、屋敷へと魔物が迫ってきていた。
眼前の大群を見据え、深呼吸する牙の旅団。
「……で、作戦はどうする? ミドラ」
コウシは、牙の旅団の参謀、ミドラに伺いを立てる。ミドラは頷き、魔物たちを眺めた。
「……見たところ、強くて、オウガとトロール、後は雑魚ばかりだな。いつも通り、殲滅特化で大丈夫だろうよ。
俺とコウシ、チョウエンが特攻、漏らした魔物をシズネが拘束、それをロウとソウマが一蹴だな。エンミとタツミは空の敵を頼む」
「了解だ」
「俺は?」
「サンチョはいつも通り、隠蔽スキルを使いながら、敵の力を削いだり、怪我してる奴が出たら薬を配って回ってくれ。あまり、広範囲に毒をまき散らすなよ。
お前の薬だと、龍の鱗だろうと、俺たちもやばいかも知れんし、風に流されてこの屋敷まで来たら大ごとだからな」
「はいよ。任せとけ」
「そういや、この体でスキルって使えるのか?」
「ああ、問題ない。先ほど屋敷で鑑定スキルを使ったら出来たからな。他のスキルも出来るだろう」
「へえ、やっぱり便利だな、龍の鱗」
「雷帝龍様にも感謝しないとな。あと、あの若造にも……」
「怒らせると怖そうだったからね~。あの人の部下ということなら、さっきのアザミちゃんの様子も納得だね~」
「だな。しっかりと謝っておこう……」
牙の旅団の者達は笑った。これから闘いだというのに、恐怖も悲壮感も無い。ただただ、数年ぶりに、また仲間達と闘えるということが嬉しかった。
そして、ジロウやサネマサとまた会えると思うと、闘いに関しての恐怖などみじんも感じなかった。
その後、牙の旅団はそれぞれ武器を抜いて、気を溜める。
「じゃあ……行くぞ! お前ぇらっ!!!」
コウシの号令に、ミドラたちは雄たけびを上げ、それぞれ武器を構えて走り出していった。
◇◇◇
ケリスの放った攻撃が弾かれ、魔物たちの動きが緩まった瞬間、ジゲンとサネマサは、前線から屋敷へと戻ろうとした。
しかし、息を吹き返し、拘束を解いた神将と神兵、さらにケリス本人の猛攻に遭い、その場を動けず、闘い続けた。
ふと、サネマサは、眼力スキルを使い、屋敷の方の様子を伺った。すると、サネマサの目に信じられないものが映った。
それは、かつての仲間達が、魔物たちの軍勢の中で戦っているという光景だ。何が起きたのか分からなかったが、自分に見えたのは確かに、あの頃、共に戦った、仲間達の姿だった。
サネマサはすぐさまジゲンにもそれを伝えようと、口を開く。
「ジロウ! 屋敷の方に――」
「闘いに集中しろ!」
ジゲンは、サネマサの言葉を無視し、並み居る神兵達、そして、ケリスと刃を交わせる。ケリスは今まで以上に嫌悪感をむき出しにした表情でジロウを睨んだ。
「……何が……一体何が起きているというのだ!?」
「知らんッ!」
ジゲンはそのまま刀を振りぬき、ケリスを吹っ飛ばす。続けて六道斬波を放ち、追撃を仕掛けようとした。
しかし、神兵がケリスを護るように立ちふさがり、その身に斬波を受けて散っていった。
そして、ジゲンの周りを取り囲んでいく神兵達。またしてもケリスから放されてしまったとジゲンは舌打ちして、刀を構えた。
するとそこへ、慌てた様子のサネマサが来る。
「お、おい、ジロウ! 屋敷の方は大丈夫だって! あいつらが――」
「黙れと言って……おるのじゃ……サネマサ」
肩を掴むサネマサの手を払うと、ジゲンは静かに口を開いた。一体、何を慌てているのかと思ったサネマサは疑問に思った。
そして、ジゲンは敵を見据えながら、ゆっくりと口を開く。
「儂を……動揺させるな……今日……お前と再会し……シロウの成長を見て……そして……更に……」
ジゲンは刀を下ろし、サネマサの方に振り返る。サネマサはハッとした。ジゲンの両目から涙がこぼれている。
「今は……闘いの際中じゃ……最後まで……気を抜いては……」
そう言って、ジゲンは涙を拭い、再び神兵を見据え、ケリスを睨んだ。
ジゲンも、牙の旅団の者達が屋敷の前で戦っていることに気付いていた。かつて、自らが葬ってしまった仲間たちが、再びここに居る。
そう思うだけで、ジゲンの中でこみあげてくるものがある。
今すぐにでも屋敷の前に行きたかった。行って、皆に謝りたかった。
だが、眼前には元凶のケリスが居る。ここで倒さないと、逃げられるかも知れない。隙をついて、またしても、仲間達を喪う結果になるかも知れない。
そう考えたジロウは、ここに踏みとどまり、ただ闘うことを決めた。
サネマサは、ジロウの覚悟を知り、フッと笑って、背中合わせに立つ。
「ふう……じゃあ、早いとこ片付けようぜ、ジロウ!」
「行くぞ! サネマサ!」
二人は刀を構えて、体から闘気を解放させた。サネマサからは赤い気が、ジロウからは緑色の気が放出され、天に向かって伸びていった。
◇◇◇
クレナの上空を飛びながら、俺は、目指すトウショウの里の方角から、強い気配を感じた。災害級の魔物から感じる気配よりも大きい。俺は飛ぶのをやめ、止まった。
後ろをついて来ていたカドルも同時にその場で止まる。
「どうした? ムソウ殿」
「いや……何だ? この気配……」
俺が向かっている先を指さすと、カドルは目を閉じて瞑想を始める。そして、ゆっくりと目を開けると口を開いた。
「ふむ……どうやら、何者かが強力な力を解放させたようだな。だが……これは……」
「何だ?」
「この気配は問題ない。ムソウ殿の言うところの、大いなる災害に立ち向かっているような感じだ」
そう言って、安心しろと言うカドル。
……いや、安心できねえ。むしろ、これだけの力を解放させないと対処できない状況になっているということだろ。
数刻前、カドルは、トウショウの里から巨大な雷を使った気配があったと話した。恐らく、それはジゲンが刀精の力を使ったのだろう。
そう思った俺は、屋敷に帰ることを急いでいる。
そして、状況から察するに、今感じている力もジゲンのものだろう。あともう一つデカい力を感じるが、それがジゲンの味方かどうか分からない。
一刻も早く屋敷へ帰ろうとし、再び行動を開始させる。
「お前の言うことは分かった。しかし、状況が分からない以上は、まだ安心できない。引き続き行くぞ、カドル」
「相分かった、ムソウ殿。そこに着く頃には我の力も戻るだろう。その時はもっと役に立ってみせるぞ」
正直なところ、もう充分なんだけどなあ、と段々デカくなっていくカドルの言葉に頷き、トウショウの里を目指していった。




