第212話―“刀鬼”の闘い―
自分に向かってくるケリスに与する冒険者たちを相手にするジゲン。刃を合わせ、冒険者たちを倒しながら、ジゲンは、こんなものかと感じている。
呪われているとは言え、ジゲンの一撃に白目をむき、倒れていく冒険者達。簡単な依頼にも応えずに、このトウショウの里で遊んでいたツケが、クレナの“刀鬼”により払わされていく。
「笑わせてくれる……お主らが何人居ようと、儂らには敵わん! 奥義・六道斬波ッ!!!」
ジゲンの刀から、六つの巨大な斬波が放たれ、冒険者たちを薙ぎ払っていく。斬波の衝撃で吹っ飛んでいく冒険者達。
そして、冒険者たちを退け、ジゲンはそのまま跳び、異形と化したバークに切り込む。バークは大刀を振り、ジゲンの攻撃を防いだ。
「死にゾこなイの爺イがッッッ!!!」
「むうっ!」
バークは有り余る力で刀を振り切り、ジゲンを吹っ飛ばす。
ジゲンは空中で、態勢を立て直し、そこから斬波を放とうとした。
しかし、地上からバークと同じく、黒い羽を生やした女が迫り、ジゲンの妨害をする。繰り出される矛からの攻撃をジゲンは防ぎながら、地面へと着地した。
すると、女が手を前に出し、そこから魔力の塊のようなものを放出する。
すんでの所で、躱すとジゲンの背後にあった建物が吹き飛んでいった。
「むう、このままだと、下街に被害が及ぶか……だが、それも仕方あるまい!」
崩壊していく下街の建物を横目に、ジゲンは刀を振り、女を斬ろうとする。しかし、女を護るように、バークが前へと飛び出し、ジゲンの刀を防いだ。
そのまま、ジゲンはバークと女の相手を同時にする態勢に入っていった。
それを見た、シロウは、周りに居た冒険者や闘宴会の者達を倒し、ジゲンの援護に加わろうとした。
「親父ッ!」
だが、ジゲンはシロウに向けて手を前に出し、動きを制する。
「儂のことは気にするな! シロウはそのまま住民たちの解呪に回れ!!!」
ジゲンは、上街と花街の住民たちを制圧しているジロウ一家の者たちを指さし、そのままバークたちを相手取る。
シロウは若干後ろ髪を引かれる思いをしつつも、ジゲンの言葉に頷き、いったんさがる。
そして、自警団の者たちを指揮し、住民たちを気絶させ、ムソウの屋敷へ運んだりし始めた。
ジゲンは刀を振り続け、バークと女の攻撃に耐えている。大ぶりなバークの攻撃には、そのまま力を返すように、女の素早い矛の攻撃は、いなしたり、躱したりして凌いでいる。
闘い自体は余裕だが、二人から感じる嫌な気配というのは未だに拭えない。さらに言えば、女の方は分からないが、バークの方は明らかに一度目に比べて強くなっている。
体が大きくなったというだけではここまでの強さにはならないはずだ。あれだけ怯えていたというのに、今では自らが大刀を振り、自分に迫ってくる。
呪いの影響で、こうなったのかとも考えた。しかし、それにしては、周りの人間と比べて異質な感じがする。何か別の影響で、体自体が強化されているのではとジゲンは考えていた。
強化された肉体、大きくなった魔力、背中の黒い羽……ジゲンは相手を観察しながら、持てる全ての知識を動員して、その要因を探る。
「死ネええええッッッ!!!」
しかし、そんな暇もなく、バークが刀を振り上げ、こちらに向かってくる。ハッとしたジゲンは、バークの攻撃を受け止めた。
鍔迫り合いの態勢になると、力の弱いジゲンの方が不利になる。このまま押し負けては、いけないと感じたジゲンは、手を握って、口の前に持っていきそこからフッと強い息を吐く。
風で出来た小さな針を飛ばす魔法、風針が、バークの眉間に当たり、一瞬、力が緩んだすきに、ジゲンは、バークの腹から肩にかけて斜めに切りつけた。
「グハあっ!」
腹から血が噴き出し、そのまま膝をつくバーク。
ジゲンはそのまま距離をとり、態勢を立て直す。刀を握る手に更に力を込めて、バークと女を睨んだ。
「親父! 加勢するぞ!」
ジゲンが刀を構えていると、突如その場に、シロウが加わった。ジゲンはバーク達を睨みつつ、シロウに口を開く。
「儂のことは気にするなと言ったはずじゃが?」
「向こうは大丈夫だ。リンネちゃんが加わった。幻覚を使い、住民たちの動きを封じている」
シロウに言われてジゲンが後方を見ると、魔獣化したリンネが、立ちはだかる呪われた者達の前で、瞑想している。
そして、屋敷に向かう者達の足が止まり、呆然とした様子でその場に佇んでいた。シロウの言うように、リンネが何らかの幻術を使い、住民たちの足止めを行っているようだ。ジロウ一家の者たちが、人数の多い所から、住民たちを縄で縛り、屋敷に運び込んでいるのが見える。
「ふむ……そのようじゃな。しかし、屋敷の守護は大丈夫なのか?」
「リンネちゃんが、問題ないと判断したんだ。それを信じよう」
シロウの言葉にジゲンは頷いた。リンネは賢い。状況判断能力についても、折り紙付きだ。それに、確かに敵は自分たちが今いる場所以外には居なさそうだ。
すなわち、ここで食い止めることが出来れば、屋敷には何の問題もない。いざとなれば、ミサキの結界もある。
「分かった。では共に戦おう、シロウ」
「おう! ……だが親父、残っているのはあの女だけだよな?」
シロウは、女を指さして、ジゲンに尋ねた。周りにはすでに冒険者や闘宴会の者達が、ジゲンとシロウにより倒されている。闘いに慣れていないような、住民たちを除けば、残る敵の戦力たりうる存在は、異形と化したバークと、謎の女だけだ。
しかも、そのバークも先ほどジゲンに斬られ、その場にうずくまっている。勇んで来たのは良いが、もうすでにやることは無いのではとシロウは思った。
しかし、ジゲンはシロウの言葉を否定する。
「いや……まだじゃぞ、シロウ……気を抜くでない……」
「何言って……あ? 何だ?」
頭を掻くシロウをジゲンは軽く小突く。すると、ジゲンは自分が向いている方向を見ろと、顎で指した。
シロウがそちらを見ると、そこにはうずくまるバークが居る。一体何のことだろうと思っていると、シロウの目の前で、バークはゆっくりと立ち上がった。
しかし、ジゲンが放った魔法により、頭からは血が流れ、肩から腰にかけて斜めに一本の傷が入り、そこから大量の血が流れている。
だが、バークはそれにも関わらず、大刀を振り上げ、こちらを威嚇してきた。
「な!? そんな状態で、まだやる気か!?」
「くクく……どンな状態だト……?」
慌てて刀を構え直すシロウに、バークは不敵に笑う。
すると、バークの傍らに居た女の方が、懐から黒い魔石のようなものを取り出す。それを高く掲げると、魔石から、何か光るものが飛び出してきた。
それは、そのままバークの体に纏わりついていく。何が起きているのかと、シロウとジゲンが眺めていると、バークの体に刻まれた傷の辺りの肉が、ボコボコと音を立てて盛り上がる。
「なっ……!」
「むう……」
そして、それは更に肥大化していき、傷のあった場所にかけて、肉体の一部が硬質化し、まるで鱗のようなもので補強された姿になった。
バークは体の調子を確かめると、ニヤッと笑い、呆然としていたシロウに向けて大刀を振るう。
「オラアアアッッッ!!!」
「ガハッ!」
慌てて刀を構えるシロウだったが、衝撃で吹っ飛んでしまう。幸い、斬られてはいないようだが、シロウはそのまま民家の壁を突き抜けて、体を強く打ってしまう。
「シロウッ!」
ジゲンが慌ててシロウの元に向かうが、背を向けた途端、背後からバークが斬りかかってくる。
「死ネええええっッッ!!!」
「むうっ! はあッ!」
ジゲンは鞘を掴み、そのまま先端を振り上げる。鞘は、バークの顎に当たり、一瞬動きが止まった。
しかし、効いていないのか、バークはニヤッと笑みをたたえると、そのまま振り上げた大刀を振り下ろしてくる。
「くっ……奥義・瞬華終刀ッッッ!!!」
ジゲンは刀をいったん納刀し、振り向きざまに刀を振り、バークの後ろに立った。
「何カ……しタか……?」
「……これで終わって欲しいものじゃ……」
「何言ッテ……グハッ!」
ジゲンの方に歩み寄ってくるバークの体中に突如無数の刀傷が浮かぶ。そして、そこから血が噴き出て、頭と、手足が胴体から離れ、バークはバラバラの肉塊になった。
それを確認したジゲンは、シロウの元に向かう。シロウは飛ばされた先の民家の中ですでに立ち上がり、回復薬を飲みながら傷を癒していた。
「無事のようじゃの? シロウ」
「ああ……だが、さっきので回復薬が全部割れちまった。けど……これで、終わり……だよな?」
「……そう願うばかりじゃ。もう、何も起きないと良いのじゃが……」
ジゲンは回復薬をシロウに渡しながら呟く。先ほど硬質化した場所は、確かに最初に比べて、頑強なものになっていた。ワイバーンの鱗くらいは固いと感じている。
そして、力も第一陣で来た時よりもけた違いに感じた。一体この間に何が起きたのだろうかと疑問は尽きない。
しかし、それでもジゲンとシロウにはバークと闘うという選択しか無かった。自分達以外で、あれと闘えるのは、現状、リンネくらいだ。屋敷の者たちを護るためにも、ここでバークを滅ぼさなくてはならない。
もうそろそろ、死んでいてくれと思いながら、ジゲンとシロウは残る女の方に刀を向ける。
「さて……次はお主の番じゃな……」
「別嬪さんだが、テメエからはやべえって気配が尋常じゃないくらい伝わってくる。さっさとケリ付けさせてもらうぞ!」
そう言って、シロウは女の背後に回り込み、正面に居るジゲンと合わせて、挟み撃ちにする陣形をとった。ここで一気に同時にかかれば、この闘いも終わる。ジゲンはそう思い、シロウに視線を送り、合図しようとした。
しかし、それとほぼ同時に、女が笑い出す。
「クフフ……一体、どこを見ているのですか? “刀鬼”さん……?」
「何の話じゃ?」
「言葉の通りですよ。貴方は一体どこを見ているの――」
「危ねえッ! 親父!」
突如、女の背後に居るシロウが叫ぶ。ジゲンはハッとし、後ろを振り返った。
直後、眼前には大きな手のような黒い塊が、自身に襲い掛かってきている。
「くっ!」
慌てて刀を振り、その手を斬ろうとしたのだが、刃が通らない。しかし、切断することは出来ずとも防ぐことは出来た。そう思った瞬間、更に上から大きな刃が振り下ろされる。
「死ネエエエッッッ!!!」
「むうっっッ!!!」
ジゲンは素早く刀を振り、その重たい一撃を防いだ。そして、急に襲い掛かってきた敵を見て、目を見開く。
それは先ほど、自分がバラバラにしたはずのバークだった。いつの間にか再生していたらしい。
そして、更に姿が変わっていた。全身を真っ黒な外殻が覆っており、もはや、人間の皮膚のようなものは見えない。口からは大きな牙、手には鋭く巨大な爪が生えていたりと、人間だった面影はみじんも感じられなかった。
外殻の奥から、赤い瞳で、ジゲンを睨み、大刀に力を入れる。
「グッ……これは……少しばかり……しんどいか……」
地面を砕くほどの力を浴びてなお、ジゲンは大刀を防いでいる。力を抜くわけにはいかない。ほんの少しでも、気を緩めたら間違いなく斬られると感じている。
そして、一歩も動けないジゲンに向けて、後ろから女が矛を手にし、突っ込んでくる。
「もう一度、お尋ねしますね。どこを見ているのですか!」
矛の先端をジゲンに向けて、突き刺そうとしてくる。これはまずいとジゲンが思った時だった。
「親父ッ!」
シロウは女の背後から跳躍し、体を横に回転させながら、そのままの勢いで、女の矛を払う。そして、着地と同時に、バークに向けて斬波を放った。
「グゥッ……チョコザイナッ!!!」
バークの顔にシロウの斬波が命中し、仰け反らせることに成功。ジゲンはそのままバークに向けて突っ込み、腹に一撃を加える。斬ることは出来なかったものの、バークから距離をとることには成功した。
「む、助かったぞ、シロウ!」
「オウッ! 次はあいつだ!」
そして、地面へと着地したシロウと共に、女に向けて十字斬波を放つ。
「チッ……」
女は軽く舌打ちをした後、矛を構えて結界を作る。二人が放った斬波はその結界に阻まれ、女に届くことは無かった。
そして、シロウは女を、ジゲンはバークを見て、背中合わせに立つ。
「さて、どうしようか……」
シロウは刀を構えながら不安げに呟く。相手は二人。女の方は、大したことは無さそうだが、問題は斬っても強くなって再生されるバークの方だ。
これ以上強くなれば、流石に手に負えなくなる。傷はつけずに、なおかつ自分たちも死なないように闘わないといけない。
そして、バークの再生の理由は、どうやら女の持つ魔石のようだ。あれを破壊しなければ、この闘いが終わることは無い。
しかし、女は更に、結界を生み出す魔道具も持っている。先ほどの斬波を防ぐとなると、軽い攻撃は出来ない。重く、強力な攻撃をするには、ある程度の「溜め」が必要になってくる。それには少しばかり時間が必要だ。
ジゲンにはそのような時間はあまり必要なく、強力な技を放てるが、それを行うと、体力が一気に減る。先ほど、とっさに出した、奥義・瞬華終刀、さらには冒険者達との闘いからの連戦で、ジゲンの体力は残り少なくなってきている。
この状況、どうしたものかとシロウが思っていると、ジゲンが息を整えながら口を開いた。
「ふむ……やはり歳はとりたくないものじゃの。昔ほどの力が出ん……が、やるしかないということは変わらん。シロウ、気合入れていくとしよう」
「ああ、それは良いが、どうしようか」
「まずはあの女の持つ魔道具を壊したいが、それをすると、確実にバークの方が来るからのお……
奴らを一撃で倒せれば良いのじゃが、今の儂では少しばかり時間がかかりそうじゃ……」
深く深呼吸するジゲンの言葉に、シロウは一瞬驚いた。そして、きょとんとした様子で口を開く。
「え……親父は、あの二人纏めて一撃で倒せる技が使えるのか?」
「む? シロウは知らんか……まあ、倒せるかどうかは分からないが、儂が持つ最大の技じゃ。無論、威力も申し分ない。深手は負わられるじゃろう……」
「すげえな……ちなみにだが……街に被害はいかねえのか?」
「そこは……まあ……後で皆に謝るとしよう」
とぼけたことを言うジゲンに、シロウはつい吹き出してしまう。だが、まあこの状況だと仕方がないことだ。全て終わったら、街の皆に親子で謝りに回ろうと言って、シロウはジゲンの提案に賛成した。
「では、頼むぞ、シロウ」
「おう! 時間稼ぎは任せとけッ!」
ジゲンの言葉に頷いたシロウは、気を溜めていく。すると、バークと女が口を開いた。
「あら……何を考えているのか知らないけど……」
「通用スルト、思ウナヨッ!」
女の方は手に魔法を溜め始め、バークはこちらにすごい勢いで駆けてくる。シロウは、溜めていた気を、刀を伝って、体全体に纏っていった。
そして、ナズナと闘った時のように、纏った気が、龍の頭の形になると、目を開き、地面を蹴った。
「ウオオオオッッッ!!!」
そのまま、バークに向けて駆けていく。バークは持っていた大刀を大きく振り上げ、シロウを真っ二つにしようと振り下ろした。シロウは体を回転させて、それを躱すと同時に、バークの背後に回り込み、背中から斬りかかる。
「龍牙斬ッッッ!!!」
「ぐうッ!」
気を纏い、巨大な刃となったシロウの一撃が、バークの背中に与えられる。やはり、傷を負わせることは出来ないようだが、バークは苦しそうにしている。
どうやら、衝撃は伝わっているようだ。
ならばと思い、シロウはバークの膝裏に重たい一撃を加える。ガクッと膝が折れ、その場に跪くバーク。シロウは跳躍し、刀を振り上げた。
「龍拳撃ッッッ!」
刀に纏っている気が、今度は太く、斬るというよりは叩き潰すような形になると、シロウはそれを思いっきり、バークの後頭部に振り下ろす。
「がフッ!」
「へっ! そのまま地べた舐めてな!」
バークの頭を思いっきり踏んづけ、そのまま今度は女の方に向けて、駆け出すシロウ。女は手に溜めていた魔力をジゲンに向けて放とうとしている。
ジゲンは力を溜めることを辞めて、女に対処しようとしたが、視界に一匹の龍が入った瞬間、足を止める。
先ほど、バークの所に居たシロウが既に戻ってきて、女とジゲンの間に割って入ったのだ。ジゲンはシロウを横目に見ながら、速いなと感じていた。
どうやら、今のシロウは気によるものか、刀によるものか分からないが、身体能力が爆発的に上がっているようだ。そういった技の場合、効果が解けた途端に強い疲労感と、倦怠感が襲ってくるのだが、シロウは次のジゲンの技とやらに賭けているようだ。
シロウの思いに応えるべく、ジゲンは落ち着いて、気を溜めていく。
シロウの方は、女に迫り刀を振り上げた。すると女は手にしていた魔力を、ジゲンから、シロウに狙いを変えて放つ。
しかし、魔力の塊は、シロウが纏う龍の形をした気が、口を開けて、大きく閉じられると共に、その場で炸裂し、消えていった。
噴きあがる土煙を払いながら、ジゲンは女のすぐそばまで来る。
「無駄よ……」
女は薄く笑うと、手にしていた矛を構えて結界を作りだす。またも攻撃を防ぐつもりの女だったが、そのままシロウは突っ込んできた。そして、結界に向けて、連撃を放つ。
「ウオオオオッッッ!!! 龍爪連斬ッッッ!!!」
刀を纏っていた気は、今度は鋭く薄く、研ぎ澄まされたような形になり、結界を斬りつけていく。刃が結界に触れる度に、バチバチと音を立てて、ぐらつく。今までの余裕の表情を崩さなかった女も、少しは慌てたのか、矛を握る手に力を込める。
「ただの人間のくせにッッッ!」
「化け物如きがッッッ!!!」
シロウは更に強くなったと思われる結界に屈することなく、刀を振り続ける。すると、刃を当てていた個所が、突如ぐらつく。結界が弱まったと思ったシロウは更に力を入れて、刀を振った。
「ウオオオオオオッッッラアアアアアッッッ!!!」
そして、ピキッと音を立てて、結界にひびが入る。慌てる女の前で、シロウが大きく刀を振ると、女を包んでいた結界が大きな音を立てて割れた。
「なっ!?」
「これで……とどめッ!!!」
結界が割れたことに対し、驚愕し動揺する、女をすれ違いざまに切りつける。
「くうっ!!!」
女は腰から肩にかけて切り上げられた。よろめく女の背後で、シロウは龍の気を払い、元の状態に戻る。途端に強い疲労感に襲われ、体中が軋み、ガクッと跪いた。
そして、自らの刀を見て、項垂れる。
実は、シロウの刀は、何か固いものに阻まれたかのように、女自体には届かなかった。
ゆっくりと振り返り、女は苦しそうながらも、薄ら笑みを浮かべ、シロウを見下ろす。
そして、シロウに斬られ、はだけた着物の懐から、バークに何かを飛ばした黒い魔石を取り出す。
「はあ、はあ、……これが無かったら危なかったわ……惜しかったわね」
「チッ……」
あわよくば、あれを斬られれば良かったのにと思いながら、シロウは舌打ちをする。そして、よろよろと立ち上がり、女に刀を向けた。
「何なんだよ……お前ら……何なんだ、それはッ! ここを……この街をどうするつもりなんだッ!」
シロウは今まで貯めていた思いを女にぶつける。ジロウが守り、牙の旅団が守り、アヤメ達が守り、自分達が守ってきた、トウショウの里。
しかし今は、ケリス達により、どこもかしこもボロボロの状態となっている。
更には住民たちにまで手を出し、自分たちと同士討ちさせるかのように、ムソウの屋敷へと攻め込んできている。
そんな卑劣なことをする、目の前の女たちのことが、シロウには理解できず、したくもなかった。
女はシロウの怒号に委縮するどころか、怪しく口角を上げ、笑い始める。
「クフフフ……この街をどうするか、ですって? 愚問ね……。我が主……いいえ、主人の目的はこの街だけじゃない……ここ、クレナの掌握よ……
そして、クレナを手にした後は……人界に打って出るのよ!」
女……ケリスの正室、レティはそう言って、手を大きく広げ、高笑いする。すると、再び魔石が輝きだし、そこから光が飛び出て、地面に伏しているバーク、それにレティ自らを包み込んでいった。
「グッ……ウオオオオオオ~~~ッッッ!!!」
バークが雄たけびを上げると、更に体に変化が起こる。元々も大きかったからだが更に大きくなり、同時に纏っている外殻も大きく分厚くなっていく。
そして、バークの口からは巨大な牙が生え、手足は太く、そこから伸びる爪も大きく生え変わり、まさしく、「怪物」と言われる様相になっていく。
「クフフフ……力が……溢れてくるわッッッ!!!」
「ッ!」
バークの変化に驚いていると、目の前でレティの姿も変わっていく。元からある翼の下、腰のあたりから新たに二枚の羽が生えてくる。それは鳥のようなものではなく、蝙蝠のような翼膜のあるものだった。
さらに、腰から尾が生え、頭の上にはヤギのようなねじ曲がった角が生えてくる。
それはまるでデーモン種のような様相だった。先ほどまでとは比べ物にならない魔力を体中から放っている。
「これが……サキュバスの力……すごいわ……これなら……」
「ゔ……!」
呆然とする隙を突き、レティはシロウに対して、手を向ける。すると、何かに縛られたような感覚が遅い、シロウは動けなくなった。
そして、レティはシロウにふう、と息を吹きかけるような仕草をする。強烈な甘ったるい匂いが鼻を突き、シロウはめまいを起こした。
「このまま……アンタの魂も……回収……」
などと言いながら、レティは近づいてくる。奥の方からは、完全な化け物となった、バークもゆっくりと近づいていた。
どうにか体を動かそうとするのだが、レティから発せられる匂いの所為で、体に力が入らない。恐らく魔法によるものであろう束縛も段々と強くなっていく。
「シロウッ! しっかりするんじゃっ! シロウッ!」
遠くの方から、自分の名を何度も呼ぶジゲンの声が聞こえてくる。
しかし、段々とシロウの意識も遠のいてくる。レティが近づき、もう駄目だと諦めそうになっていた。
「……じゃあね……二代目頭領さん」
「……ちく……しょう……」
完全なるサキュバスと化したレティは、矛を振り上げ、シロウを刺そうとする。結局のところ、目の前の敵に何も出来なかったと嘆きながらシロウはゆっくりと目を閉じた。
その時だった。ガキンという音がして、レティの矛が止まる。シロウが目を開けると、そこには、大きな爪で、矛を受け止め、シロウを護っているリンネの姿があった。
「クワアアアンッッッ!!!」
「何ッ!? キャアっ!!!」
リンネはそのまま口を大きく開く。すると、リンネの尾が輝き、その光が胴体を通り、口の所まで来ると、大きく開かれた口から、高密度の狐火が、射出された。
レティは、矛を構え結界を出して、狐火を防ぐ。だが、リンネの攻撃はすさまじく、そのままレティをバークの元まで吹っ飛ばした。
「チョコザイな、獣フゼいがッッッ!!!」
「クワンッ!」
レティを止めたバークが、リンネに斬りかかる。バークの持つ大刀が、リンネに迫った瞬間、ガキンと、大刀が弾かれ、リンネの体から、狐火が噴き出した。
「グアッ! 舐めた真似ヲッッッ!」
「クウッ!!!」
狐火を払うバークを、リンネは尾を使い、後方へと吹っ飛ばす。
そして、リンネはシロウの襟を咥えて、自らの背中に乗せると共に、屋敷側に居るジロウ一家の者たちの所まで、シロウを運んだ。
レティが離れたことにより、シロウへの束縛も解けていたようである。意識も回復し、シロウはリンネに咥えられながら、自分への危機は去ったと安堵した。
「シロウ! 無事かよ!?」
「バークがやべえことになっているのが見えて、リンネちゃんとここに来てみりゃ……大丈夫だったか? シロウ」
リンネがシロウを下すと、ジロウ一家の者たちは、シロウに駆け寄り、心配する声をかけてくる。バークの変化に何かを察したジロウ一家の者達が、ここまで来たようだった。
幸い、住民たちの保護はすでに終了しているようで、リンネも万全の態勢だ。
呆気にとられるシロウの前にリンネは躍り出る。そして、再び狐火を纏い、自身と周りの者達を護るように、結界を張った。
そして、力を溜めているジゲンに向かって吠える。
「準備できたよ!」と……。
「クワンッ!」
「うむ……すまないな……リンネちゃん。お主の働き、ムソウ殿にきちんと伝えよう。
……そして……シロウ。本当によくやってくれた。我が“息子”ながら、あっぱれじゃ」
「親父……」
ジゲンにそう言われたシロウはジロウ一家の者達に支えられながら、目に涙を浮かべた。
「……さて」
ジゲンは態勢を立て直し始めているバークとレティを見据え、刀を構えた。そして、天に向けて掲げる。
「偶像術・死神鬼ッッッ!!!」
ジゲンの刀が輝き、背後に大きな四本腕の鬼神が現れる。いつものように、ぼろきれを纏った骸骨ではなく、最初から肉体があり、鎧兜を身に纏っていた。力を溜めて発動したことで、それだけの時間が短縮できたからである。
そして、ジゲンの刀精は四本の腕で二本の大きな刀を持ち、天へと掲げた。すると、トウショウの街の上空に黒い大きな雲が集まってきて、そこから雨と強風を振らす。中には強い雷もあり、そこらの建物を穿ち、吹き飛ばしていく。
雷は時々、バークと女を襲うように振り注ぎ、巨大なバークが女を護るように手をかざし、雷を防いでいた。しかし、雷の威力が強いらしく、バークの装甲がどんどん砕かれていく。
「グウッ! クソッタレメぇぇぇ~~~ッッッ!!!」
再生する度に、砕かれ、血を吹き出す腕の痛みにバークは苦悶の表情を見せる。
「ふむ……では、行くぞッ! 奥義・天叢雲ッッッ!!!」
ジゲンは、バークの砕かれている腕を狙って、刀を振る。すると、空から降り注いでいた幾本の雷が、ピタッと止んだ。
いや、止んだのではない。空に浮かぶ巨大な雲に吸い込まれていく。そして、ありったけの電気を帯びた、その雲から二本の巨大な雷の柱が、刀精の刀にそれぞれ降り注ぐ。
纏わりつく強大な電流だけで近くにある建物が破壊されていき、その余波は、花街の一部にも届いている。
そして、ジゲンの刀精はありったけの力を込めて、刀を振り下ろした。呆気にとられるバークの腕に、正確に打ち込まれる二本の刀は、既に弱っていた、バークの外殻をいともたやすく砕き、肉を裂いていく。
「グギッッッ! ギャアアアアア~~~ッッッ!!!」
「キッ! ギャアアアア~~~ッッッ!!!」
バークを切り裂いた刀の一撃はそのまま女にも伝わる。なまじ耐久力があるだけに、二人は強力な電流を、再生を繰り返しながら、浴び続けた。
そして、ジゲンによる攻撃は、更に振り下ろされ続け、女の体も引き裂いていく。手にしていた矛を向けるが、それさえも斬られ、結界も発動できない。
身を焦がされ、内臓が灼ける痛みに悶絶しながら、ただただジゲンの攻撃を受けていた。
その後、刀精の刀が、二人を貫き、地面へと接地する。その直後、凄まじい音と共に、更に大きな落雷が、二人の元へと落ち、その場は大爆発を起こし、衝撃波が周囲の建物を薙ぎ払い、シロウ達に迫る。
リンネの結界により無事だが、シロウはこの時、本気で下街の人間に謝らないといけないと覚悟した。
リンネも、耐えきれるか心配になり、必死で結界を張り続けた。ムソウ以外に、こんなに強い人間が居るなんてと、驚きつつ……。
……そして、巻き上がった大量の土煙が晴れていくと、バークと女が立っていた場所を中心とした辺りには何も残らず、更地となった。
ジゲンは深く息を吐き、刀を鞘に納めた。久しぶりに使った大技で、もう体力は殆ど残っていない。もう再生してくれるなよ、と思いながら、バークたちが居た所に目を向ける。
しかし、しばらく待っても、何も起きなかった。それを確認すると、ジゲンはその場に座り、呆気にとられるシロウ達に手を振った。
「ふう……ひとまず、終わったようじゃ……」
その瞬間、シロウ達の方から歓声が上がる。巨大化したバークたちを退け、敵の第二陣を撃破した喜びの声がジゲンにも聞こえていた。
これで、後は上街に居るケリス一人を討つだけと思いながら、立ち上がり、シロウ達の方に向かおうとした。
……しかし
「……よくも……」
不意にジゲンの背後から声が聞こえる。そして、溢れんばかりの殺気を背中に感じた。
慌てて振り返ると、そこには一人の男が宙に浮かんでいる。男はプルプルと震えながら、こちらを睨んでいた。
「ッ! 貴様はッッッ!」
「よくも……我が計画を~~~ッッッ!!!」
男は、急降下し、上空からジゲンの胸を蹴った。防御が間に合わず、男の攻撃をもろに食らうジゲン。
「ガハッ!」
ジゲンはそのまま吹っ飛んでいき、シロウ達の前に横たわった。
「親父ッ!」
勝利に喜んでいたシロウ達は、突然の出来事に驚く。倒れているジゲンを起こし、何が起こったのか、声のした方を見つめ、言葉を失った。




