第211話―調査依頼の全容が明らかになる―
今回から屋敷編です。
時は少し遡り、ムソウがクレナの樹海でデーモンロード達と対峙していた頃、トウショウの里のムソウの屋敷では、闘宴会との闘いに一つの区切りをつけたジゲンたちが、しばし休息をとっている。
呪われたコモンたちは、ムソウの用意した呪殺封の薬、または黄金神薬を与えられ、別の部屋で眠りについている。
薬が与えられ、コモンたちの体の中から、黒いもやが出てくるのを確認し、ジゲンはフッと胸を撫でおろした。
その後、自らを含め、傷ついた体を癒す屋敷の者達。シロウもどこか骨折していたようだが、薬を飲むと治ったようで、今ではぴんぴんとしている。
だが、回復薬はあくまで、体の傷を治すだけだ。疲労まではとることが出来ない。少なからず、屋敷にもある活力剤にも限度はある。これは病人に回すとして、あまり無理はするなとシロウに注意し、ジゲンはシロウの前に座った。
「まだ、闘いは続くじゃろう。今のうちに休んでおくのじゃ」
「分かった。じゃあ、ついでに今後、どうするかも決めておいた方が良いよな?」
シロウの言葉にジゲンは頷く。一応、屋敷に来た者達は、殲滅することが出来た。未だ行方が分からないバークという不安要素はあるが、他の者たちは、あるいは倒し、あるいは意識を失っていたりしている。
取りあえず、息がある者は捕縛し、屋敷内の大部屋に閉じ込めてある。
敵の中心兵力である闘宴会が居ないのだから、もう安心では無いのかというジロウ一家の者達の言葉を、ジゲンは否定した。
「まだじゃ。向こうにはまだケリスの息がかかった冒険者達も居るじゃろう。それに、ショウブの所に行った者達もじゃ。
ショウブ達と同じく呪いをかけさえすれば、どうとでもなるからのお」
「ああ。それから上街、花街の住民たちに襲わせるということも、この状況から見て考えられることだ。むしろこれからが大変だと思った方が良いぜ」
ジゲンの言葉に、シロウも続いた。相手が闘宴会だけならまだしも、ショウブ一家の者達や、トウショウの里の上街、花街の住民たちということになれば、殺すわけにはいかなくなる。そうなると、闘いがやりづらくなる。
先ほどまでとは変わり、兵力も圧倒的に多くなるし、ギルド職員や天宝館の者達、更には、冒険者たちという戦闘に慣れた者達まで加わる。
第一陣のようにはいかないとジゲンとシロウは、自警団の者たちに気を引き締めろとくぎを刺した。
「それから気になるのは、ツバキ殿じゃの……」
「キュウ……」
ジゲンがそう言うと、膝の上で休んでいたリンネが顔を上げて、寂しそうな声を上げる。
花街と上街を未だに包んでいる黒いもやは、コモンたちから出てきた呪いの黒いもやにそっくりだった。
先ほども言ったように、あの中に居る者達は、全て呪いにかかっている可能性は高い。
そして、そんな状況の中から、未だに戻らないツバキのことを、屋敷に居た者達は心配していた。
「まさか……」
ジゲンが黙っていると不安そうにシロウが呟く。だが、リンネがハッとした顔でシロウを見て、黙り込んでしまった。
シロウの言いたいことはジゲンも分かっている。恐らくすでにツバキも呪われていて、現在はケリスの元に居るのだろうと。ツバキもナズナたちに匹敵する手練れだ。最後の手段として、既に手中に置いてある可能性が高い。
リンネもそれを感じたのか更に落ち込み、ジゲンの膝の上で項垂れる。
ジゲンはそっと撫でながら、リンネに語り掛けた。
「大丈夫じゃ。ツバキ殿は強い。そう簡単に呪いなんぞにはかからんじゃろう」
「キュウ……」
「それにもし仮にかかっていたとして、儂らやリンネちゃんと闘うことになっても、ツバキ殿を倒そうとするのではなく、救いたいと思えば良いだけじゃ。
ツバキ殿を救って、二人で笑って、ムソウ殿が帰るのを待つことが大切なのじゃよ」
ジゲンが優しく微笑むと、リンネはコクっと頷いた。詳しくは聞いていないが、やはり、リンネにとって、ムソウやツバキというのは、家族以上に想い合っている存在のようだ。自分にもそういう存在が、いつでも居た。
そんな存在が、どこかで危機にさらされ、不安な気持ちは分かるが、大切なのは、その者たちを信じ、待つことだとリンネに説いたジゲンはシロウ達に視線を向ける。
「まあ、この後も引き続き、皆の力を借りるというのは確実じゃ。いつも勝手で悪いが、今しばらく、儂に力を貸してくれ」
そう言って、頭を下げるジゲン。すると、目を見開き、きょとんとする自警団の者達。しばらく沈黙の時間が続いたが、自警団の者たちはニカっと笑い、口を開く。
最初に喋り出したのは、かつて自身の副官を務めていた男だった。
「何を今更……俺達は頭領……じゃねえや、ジロウさんに拾われ、ジロウさんに鍛えられたんだ。その力をジロウさんの為に使うのは当たり前っす」
「そうっすよ。正直、積もりに積もりまくって山になっちまった話もあるが、それはまた今度で良いっすよ。今は目の前のことに協力しましょう!」
「シロウの旦那じゃ頼りねえからな。俺達の方こそ、ジロウさん……いや、ジゲンの爺さん、改めてよろしくっす!」
自警団の者たちは、笑いながら、ジゲンに頭を下げる。シロウは頭を掻きながら、呆れたように、自警団の者たちを眺め、口を開いた。
「お前らなあ……もう少し、頭領の俺を信用してくれても良いんじゃねえか? ……まあ、いいや」
シロウの言葉に、にやつく自警団の者達。それを見たシロウは何か諦めた表情になり、ジゲンの方を向いた。
「まあ、この通り、こいつら……というか、俺達は「ジロウ一家」だ。
たとえ、頭領が俺になっていても、俺達は親父についていくと決めてある。だから、その辺りは心配しないでくれ」
「シロウ……」
「それに、言ったろ? 俺はジロウ一家の頭領としてムソウのおっさんや親父も、ここの奴らも護るって。だから大船に乗ったつもりで任せてくれ!」
ドンと胸を叩き、ニカっと笑うシロウ。何度、「頭領」という言葉を強調したのか分からないが、そんなこと気にせず、シロウは恥ずかしげもなく胸を張っている。
ジゲンは何やら嬉しい気持ちになり、シロウの態度に頷いた。
「……では引き続きよろしくの、皆」
「「「ウッス!」」」
ジゲンの言葉に一斉に返事をする自警団の者達。そして、各々、今のうちにと思い思いに休息をとり始める。
ある者は次なる闘いに向けて武器を手入れし、ある者は女中たちが運んでくる料理を食べて英気を養っていた。
料理の方は、たまやアザミの指揮の下、女中達だけではなく、下街の住民たちも一部参加し、この場に居る全員に回るように、作られ、運ばれている。
この闘いから自分たちを護ってくれているジゲンや、シロウ達、ジロウ一家の者達への感謝として下街の住民たちは動いている。
また、長く留守をしていたにも関わらず、この街に再び戻り、自分たち弱者を護るべく闘う“大侠客”の為にと、老若男女関わらず進んで、屋敷内の作業を手伝っている。
ある者は女中たちの手伝いをし、ある者はけが人の手当てを行い、ジゲンたちを助けていた。
何人かに声をかけられ、頭を下げられる度に、ジゲンは、自分のしてきたことは本当に無駄ではなかったということを感じ、住民たちに頷いていた。
そうやって、ジゲンも飯を食べながら、今後のことについて、シロウと確認を取り合っていると、突然、
「おじいちゃん!」
と、慌てた様子で、たまが部屋に入って来た。何事かとたまの方を振り向くと、確かに慌ててはいるみたいだが、何か悪いことが起こったという雰囲気ではなかった。
「何かあったのかの?」
ジゲンが近づいていくと、リンネがたまの胸へと飛び込む。たまがリンネを抱え、撫でているうちに段々とたまの様子は落ち着いていった。
そして、部屋の外を指さしながら口を開く。
「リアおねーちゃん、起きたよ!」
たまの言葉にジゲンは目を見開く。
どうやら、今日の未明に傷だらけで屋敷に帰ってきたリアが、目を覚ましたらしい。
目を覚ましたリアは、屋敷の様子、それに隣で眠るダイアンやカサネの姿を見て、動揺した様子だったが、アザミに諭され、取りあえずは二人とも生きているということと、屋敷自体は無事だということ、他の闘鬼神を探すためにムソウは出ているということを説明されると、安心したようで落ち着きを取り戻していった。
今では、アザミがそばに着いて、ご飯を食べているとのことだった。
ジゲンはたまの報告に頷き、その場はシロウに任せて、たまとリンネと一緒に、リアの元へと向かう。
目を覚ましたのなら、何が起こったのかを確認するためだ。未だ、ムソウは戻らないし、闘鬼神の情報は入ってこない。
街もこのような状態になり、これ以上の被害を出さないためにも、ジゲンには多くの情報が必要だ。リアからは多くのことを聞きたいと思っている。
ジゲンはたまに案内されて、怪我を負った者達が集められた部屋へと入った。
そして、起き上がり、おぼつかない手つきではあるが、さじを使い、ゆっくりとかゆを口にしている、リアの元へと近づいていく。
「無事じゃったか、リア殿」
「え……ジゲン……さん?」
ジゲンは跪き、リアの肩を叩いた。一瞬驚いた様子のリアは、ジゲンの姿を見て、食事の手を止めた。
ジゲンはリアの様子をじっくりと見ている。回復薬により、目立った傷はもうない。しかしながら、顔の表情から凄まじい疲労の跡はうかがえた。多くの血を失ったからか、肌は青白く、いつもに比べて痩せているようにも見える。
それでも、リアは自分を見て、きちんと応対がとれていることを確認すると、ジゲンは安心したようにため息をついた。
「ふむ……確かに無事なようじゃの。安心したわい」
ジゲンは、ふう、と息を吐き、リアの横に座る。
しかし、リアは見たこともないものを見るような不思議そうな目でジゲンをただただ見続けていた。
「む? どうかしたかの? まだ、どこか痛むところがあるのか?」
リアの様子を不審に思ったジゲンは若干慌てる。すると横で、クスっという笑い声がし、アザミが口を開く。
「リアは、ジゲンさんのその眼を見て、驚いているようですね。私も皆から聞いていたけど、今初めて間近で見て、少々驚いています」
ジゲンは普段、この屋敷の中では顔を隠すように、前髪を垂らしていた。そうすることで、正体をバレにくくするためである。
しかし、シロウ達に正体を明かし、もうその必要は無いと思い、今では前髪を上げて、後ろで結っている。
あらわになったジゲンの顔を初めて見て、リアは少々戸惑っているようだ。だが、アザミの言葉を聞き、ハッとする。
「あ、やっぱり、ジゲンさんなんだ……意外な顔……」
「意外とはどういう意味なのかの?」
「まあ、何というか……うん、似合っているわ」
リアは薄く微笑みながらそう言った。だいぶ容態も落ち着いているらしい。だが、やはり色々と聞くのは、もう少し待ってからにしておこうと思い、しばらくその場で落ち着いた。
リアは食事を続けながら、あれこれとジゲンに話しかけていく。
「それにしても、豪華な羽織ね……」
「まあの。恐らく領主のものよりも高いのではないか? 値段も、耐久力も」
「ちなみに、いくらしたの?」
「さての……仲間から貰ったものじゃから分からん」
ジゲンは羽織をなぞりながら笑った。
ジゲンが着ているその羽織は、前にも言ったように、昔、この屋敷でジゲンが花街に居た浮浪者や、孤児たちを保護し、養っていくことを決意した際に、その祝いとして、牙の旅団の者達が金を出し合い、コモンを始め、ゴルドの職人も加わって作った逸品である。
出来上がった品を見て、牙の旅団の皆は、
「あいつが着るためだけにあるのは少しもったいなくないか」
と、少しばかりもめたそうである。まあ、代金の大半はサネマサに出させたから良しとして、微妙な顔をするサネマサをよそに、羽織を渡してきた。
願わくば、この羽織を着て闘うような強大な魔物が出ないようにと思いながら、受け取ったのだが、今こうして、羽織に袖を通し、直後に闘った相手が、サネマサと同じく十二星天で、これを作ったコモンになるとはとジゲンは苦笑いする。
皆からのありがたい贈り物に、ジゲンが感謝していると、リアはフッと微笑む。
「ジゲンさんにとって、良い仲間だったんだね」
「ああ。最高の仲間じゃったな。
……じゃが、お主らも儂の……いや、ムソウ殿の最高の仲間であることに変わりない。これからも頼むぞ、リア殿」
ジゲンがそう言うと、目を見開くリア。そして、かゆの入った皿を置き、自分を囲むアザミとたまの方を向く。二人とも、穏やかな表情でリアを見て、頷いた。
途端に目頭が熱くなるリア。そして、手の甲を自らの目に当てて、頷いた。
「うん……ありがとう……ジゲンさん……」
そう言って、目をガシガシとこすり、顔を上げて、ニコッと笑うリア。そして、再びかゆを口に運び始めた。
その後、昼飯を平らげたリアに、ジゲンは今の状況を説明しなおした。今日の夜明け前から、今まで起こったことを一つ一つ説明していくジゲンの言葉にリアはうんうんと頷いている。
その際に、ジゲンは自身の正体が、かつてこのクレナで“刀鬼”と呼ばれていたジロウで、ケリスへの復讐についての話もした。
ジゲンの正体については、多少驚くリアだったが、復讐の相手にケリスの名前が出たときは、どこか納得したように、頷いた。
「そう……やっぱり……あいつの仕業なのね……」
リアは歯を食いしばり、拳を握った。やはり、何かあったかと思い、ジゲンはリアを落ち着かせ、話を聞いてみることにした。
そして、リアの口からは今より十日ほど前、雷雲山で天災級の魔龍、九頭龍と遭遇した話が語られる。
◇◇◇
一か月前、雷雲山に向かったリアたちだったが、やはり地震の原因を突き止めるという調査は困難だった。一応、以前にも雷雲山で雷光鉱石を採集するという依頼に取り組んだ者達も加わってはいるが、前来た時に比べても特に変わったところはないとのこと。
ただ、少しだけ道が崩れていたり、山が崩れていたり、ふもとの森にある何本かの木々が折れていたりしているくらいだ。
まあ、常時雷が鳴り、いつもどこかで落雷が発生しているくらいだから、それくらいはあるだろうとリアも他の者達も思っていたという。
ただ、そうなると、調査した場所の様子も、著しく変化を続けているということになる。このままだと二度手間だ。リアは、調査開始から、一週間が経ち、自身や皆が、たまの料理を恋しいと思い始めた頃、トウショウの里に、調査隊の増援を申請するために魔道具を使った。
それが受理されたのか、四日後くらいに拠点としている村に、シンムの里から主に騎士団で構成された増援がやってきて、リアたちの調査隊に加わった。
そして、三倍近い人数となった部隊で、雷雲山の調査を再開させる。人数が増えて、道具も補給されたということで、この日からさらに山の上まで調査範囲を広げることにした。
リアたちは、コモンの作った避雷塔を頼りに、どんどん山へと上っていく。雷雲山という環境のおかげで魔物は殆ど居ない。稀に雷獣が居るくらいだ。今は討伐の必要もないので、数だけを記録し、一行は山頂を目指す。
しかし、この時調査隊の、特に感覚が鋭い者達は、妙な圧迫感と、吐き気を催すほどの違和感を感じていた。
リアもその一人である。山の下の方では感じなかった、どこか感覚が狂っていく感覚があり、冷や汗が止まらなかった。
だが、恐らくそれは高山病か、あるいは強い電磁波を帯びる雷雲山の地質の所為かと思い、特に気にしていなかった。
そして、山頂付近にたどり着いたリアたちは、目の前に現れたものを見て、絶句する。
「何……あれ……?」
それは今まで見たこともない大きく、濃い雷雲だった。灰色ではない、正真正銘真っ黒な色をした雷雲が雷雲山の山頂から見える。時折、雲のあちらこちらが光り、そこに稲妻が走っている。
その場にいる者達は、息を呑み、呆然とその雷雲を眺めている。
その時、
ドオオオンッッッ!!!
突如、その雷雲から凄まじい威力の雷が放出され、近くの大岩を砕いた。衝撃がこちらまで飛んできて、リアたちは身構える。
砕かれた大岩の一部はなおも帯電し、バチバチと音を立てていた。
直撃したらやばいと感じたリアたちはその場から離れようとする。しかし、
「グルルルオオオオオ~~~ッッッ!!!」
「何だ!?」
「何!?」
突如、耳をつんざく絶叫のようなものが聞こえてくる。リアたちはその場で立ち止まり、困惑しながらも、耳をふさいだ。凄まじい音量で放たれた絶叫は、足元を揺らし、そこらの崖から、ゴロゴロと岩を転がしている。リアたちは散会し、岩を避けながら、音が止むのを待っていた。
そして、リアは、意識を集中させて、音のする方を見る。それは先ほどの黒い雷雲だった。
何かは分からないが、あの中に確実にやばいものがいる。恐らくはそれが地震の正体だろうと思い、その姿を確認するまで、その場所を動かなかった。
しばらくすると、絶叫の声は止む。落ち着きだした調査隊の者達は、互いに協力し合い、その場から去る準備をした。だが、リアはその正体を見極めようと動かない。
すると、雷雲に変化が起こる。上部の雲がうごめきだし、あちこちで光っていた稲妻が、雲の上部に移動しだす。
そして……
「な……何……あれ……は……」
リアは雷雲から出てきたものを見て、言葉を失った。
それは巨大な龍の首のようなもの。胴体は長く、そこらの山の高さほどはある。目は赤く輝き、口からは鋭く大きな牙が見えていた。
更にその首は一つだけではない。雲の上部から次々と現れ、合計九本の首が雷雲山を睨みつけていた。
あまりの光景にリアはその場で震え、硬直してしまう。あれほどの魔物など見たことが無い。実物は見ていないが、ついこないだムソウが倒したという古龍ワイバーンでさえ可愛く見える。
何せ、その魔物から感じられる圧迫感と恐怖は、古龍ワイバーンの鎧を身に着けていても、確実に死んでしまうと思えるほど大きかった。
何も出来ず、ただその場で立ち尽くいているリア。すると、リアの体を、誰かが抱え、その場から動かした。
「リア殿! しっかりしろ! 退却するぞ!」
それは一人の騎士だった。リアの後方に控えて、同じくその魔物を確認し、皆と共にこの場から退却、急いでトウショウの里に伝えるために動こうとしたのだが、目の前で、固まったリアが目に入り、慌てて戻ってきたようだ。
騎士の言葉にリアはハッとする。
「あ、うん! 皆、撤退! 全力で山を下り――」
態勢を立て直し、リアは調査隊に撤退の指示を出そうとした。
しかし、突然大きな雷が、自分たちの近くに落ちる。衝撃で足元が崩れ、リアは騎士の手から離れ、中空へと投げ出される。
「リア殿!」
「クッ!」
リアは、落ちながら懐から鉤縄を取り出し、崖から生えていた木に向かって投げる。鉤縄は、ぐるぐると、木に巻き付き、リアはそこからぶら下がる形で止まった。
調査隊の者達は、リアの様子に安堵し、声をかけた。
「リアさん! 大丈夫ですか!?」
「私は平気よ! 皆は先に行ってて! 私も後から必ず行くから!」
「そんな!? リアさんを放っては行けませんよ!」
「大丈夫よ、レイミ。それよりも、このことをギルドに……そして、頭領に伝えることが大切なの。雷も収まっているし、今のうちに下山して!」
闘鬼神の女冒険者レイミは、泣きそうな顔でリアを見る。しかし、他の冒険者たちに手を引かれ、リアに、絶対ですよ! と叫んだ後、調査隊は下山していった。
「さて、と……」
皆が去ったことを確認したリアは、縄を伝い木に登った。そして、迷彩トカゲの外套を被り、雲から現れた魔龍を鑑定眼で視てみる。少しでも多くの情報を持ち帰りたいと思っていた。
鑑定スキルを使って視えた、魔物の正体は九頭龍。どうやら龍族を核にして、様々な魔物が寄せ集められて生まれた魔物らしい。
視えてきた情報をもとに、リアは冷静に分析を始める。龍族を核にしている、そして、雷雲の中に生息し、雷雲山に居ることから、恐らく核となっているのは、ジゲンから聞いた、雷帝龍と確信した。
太古より生きている伝説の存在が核になっている……。
何とも荒唐無稽な話で、リアは自分の推理に苦笑いした。
しかし、この世にはあり得ないと思っていた話が実際に存在したりする。というか、最近そんな話を聞いたり、実際見たりしている。
「……頭領がまさにそれよね……」
と、リアは静かに笑い、自分の分析に納得した。
意外と落ち着いているなと、自分でも驚きながら、調査を進める。九頭龍は今の所、主な力を見せてはいない。どんな生態があるのか、どういった能力を持つのか知りたかったが、それは危険と判断した。
一応、動きは遅く、自分を見失ったのか、雷を当ててきたときから動かず、首も雲の中にひっこめた。足場を崩した雷は自然による偶然のもの?
……いや、あの魔物の核は雷を操ると云われる雷帝龍だ。離れた所からも巨大な雷を撃つことが出来るのかも知れない。一応、そのことも報告に上げておこう。
その後、一通りの観察を終えたリアは、急いで山道を下山する。背後から九頭龍が追ってきている気配はない。天災級の魔物にとって、自分のような小さな存在など、どうでも良いということなのか……。
だが、それがかえって今回はありがたいと思い、山道を駆け下りた。
しかし、なかなか先に引き返した調査隊の者達に追い付けない。後に残した自分を置いて、命を優先し、迅速に行動しているのは良いことだったが、それにしては速すぎるとリアは思っていた。自分が進む道の先を見ても、後ろ姿さえ見えない。
……いや、正確には道の先が見えなかった。リアは立ち止まり、言葉を失う。
「嘘……でしょ……?」
リアの目の前には、今まで続いていた道がそこで途切れ、崩れているという光景だった。恐らく大岩か何かが九頭龍の咆哮の衝撃で落ちたのだろう。何かが崖の上から表面を削りながら下へと続いている痕が見える。
リアは、そこから下を見る。森の木々がずいぶんと小さく見える。かなり高い場所にいるようだ。
そして、道の先に視線を移した。よほどの大岩だったのだろう。自分が居る場所から、かなり離れた所に道の続きが見える。だが、大きく雷が鳴る度に、バラバラと道が少しずつ崩れていくのが見えた。やはり脆くなっているらしい。鉤縄を引っ掛けることなど無理そうだ。
リアはその場に座り込み、項垂れる。ここで自分は終わりなのかと思い、いつもは冷静なリアだったが、この時ばかりは泣きそうになった。
しかし、何もかも諦めて目を閉じると、先ほど逃げていった闘鬼神の皆、更に他の調査にカサネや、ダイアン達、屋敷に居るアザミやジゲン、たま、そして、闘鬼神頭領、ムソウの顔が思い浮かぶ。
「……駄目ね……まだ……諦める時じゃないもんね……頭領なら……きっと来てくれるよね」
自らにそう言い聞かせて、立ち上がるリア。そして、先に退いていった調査隊の報告により、ムソウがここに来ることを信じ、それまで、生きるための準備を始める。
まずは、食料の確認。調査隊の報告がトウショウの里に送られるのは、早くて今日だ。しかし、その報告の検証などに時間をとられる可能性もある。ムソウが来るのは早くて明日、遅くて明後日だ。食料に関しては今朝補充したばかりなので充分である。
そして、次はそれまでに過ごす場所に確保だ。幸いこの辺りまで下りてくると、九頭龍の気配はない。そちらは大丈夫そうだ。
しかし、ここは雷雲山。雷がどのタイミングで、どの場所に落ちるか分からない。正直ここに居たら危険だ。リアは少し引き返し、避雷塔のそばまで戻ってきた。
稲光が起こり、大きな音を立てて、塔に雷が落ちる。少しきしむ音が聞こえ、僅かに揺れているが大丈夫だと感じたリアは、ひとまずここに天幕を張り、拠点として、助けが来るのを待つことにした。
……
……
……
……だが、そのまま一日が過ぎ、二日目が過ぎ、三日目が過ぎても、誰も雷雲山には来なかった。
絶えず止まない雷の音の所為で、睡眠もなかなかとることが出来ず、更に大きな音がする度に、九頭龍が迫って来たのではないかと不安が続く日々。
食事も喉を通らず、リアの精神状態も限界に近付きつつあった。
「……何で? ……何でよ……頭領……」
リアは待ち望んでいた男の姿を思い浮かべては涙を流す。何故、ここに来ないのか? 伝令は届いていないのか?
……そもそも仲間たちは無事なのか?
様々な疑問が頭に浮かんでは、その度に、良くないことを思うようになり、涙が頬を伝う。
最初は調査依頼に応えて、ここに来ただけだった。地震の要因を知るためだけに来ただけだった。
そして、その要因かも知れない存在を突き止め、後は報告というだけだった。
あの時、自分も皆と一緒に逃げていれば、あの時、九頭龍の詳細を調べようと思わなかったら……。
自分の判断が……間違っていたのか……?
幾つもの後悔が浮かんでは消え、リアはガクッと項垂れる。もう、このまま誰も来ないで、私は一人、死んでしまうかも知れない。
最後に、皆でたまちゃんの料理、食べたかったなあと思っていたその時、リアの耳に、雷の音ではない違う音が聞こえてきた。
ザッザッザ……
それは何かが歩いてくる足音。誰かが、近くを歩いてこちらに向かってくる。
道が崩れていたのに、何故?
そう思ったが、リアはハッとした。ムソウには神人化という能力がある。その状態になれば、空を飛ぶことが出来る。
リアは、その時、きっとムソウが助けに来てくれたのだ、と思い、天幕の外に出た。
しかし、そこに居たのは、ムソウではなかった。
「よお……リア……無事か?」
「だ、ダイアン!?」
リアの目の前にいたのは、背中から羽を生やし、鳥の足、長く伸びた爪が生えた腕、全身を深く体毛が覆っている獣人姿のダイアンだった。
ダイアンは体のあちこちに傷を負い、全身から血を流しながら、その場に立っている。リアはふらつくダイアンに駆け寄り、そっと肩を貸した。
「ちょ、ちょっと!? 大丈夫なの!?」
「はあ……はあ……大丈夫だ……問題ない……それより……助けに来た……今すぐ……ここを下りて……家に帰るぞ」
ダイアンは気合を入れ、そのままリアを肩に担ぐ。そして、背中の羽をばたつかせながら空を飛ぶ体制に入った。
「ま、待ってよ! まだ皆が無事かどうか確認してない! それに、ここに何が居るか――」
「説明は後……だ……ひとまず……お前だけでも!」
ダイアンはリアの言葉を無視し、そのまま崖へと走る。そして、そこから地上へと向かって羽ばたいた。
飛んでいるというよりは、羽で風を上手く掴み、滑空しているという状態だ。そのままフラフラと飛んでいき、訳が分からない様子のリアを連れて、雷雲山の入り口まで、降りていく。
すると、山の入り口の所に、誰かが座っているのが見える。目を凝らすと、その正体が分かった。
「カサネ!?」
ダイアンに担がれながら、リアは叫ぶ。リアの声に気付いたのか、座っていた人物、カサネは小さくこちらに顔を向けて手を振った。
そして、ダイアンと共に、リアも地上へと降りると、カサネの元へ近づく。
カサネの方も、ダイアンと同じく、体の至るところに傷を負っている。ひとまず、リアは二人に回復薬を渡して、傷を癒そうとする。
しかし、ダイアンとカサネは手を前に出して、それを拒んだ。
「やめろ! 俺達を……治すな!」
「リアさんは……このまま帰って……皆に……!」
二人はリアを強く押して、自分たちから距離をとらせる。リアは、何故ここに二人だけが居るのか、九頭龍のことはトウショウの里に届いたのか、一緒にいた仲間たちのことは知らないか、と二人に尋ねたいと思っていた。
だが、突然二人は頭を強く抑えて、苦しみだす。
「ぐ! ……また……か! ウウウゥゥゥッッッ……!」
「がっ! ……あああぁぁぁッッッ!!!」
「え……ちょ、ちょっと! ダイアン! カサネ! どうしたの!?」
頭を押さえながらもがく二人にリアは必死に声をかける。だが、二人からは返答がない。
リアも流石に焦り、二人に何が起きているのか思案を巡らせる。しかし、何も分からない。一体何が……。
混乱していると、二人の苦しみは、限界に達したのか、辺りに気をまき散らしながら、天へと咆哮の声を上げる。
「ウウゥゥゥッッッ!!! ウオアアアアアッッッ!!!」
「ガアアアアッッッ!!!」
「ダイアンッ! カサネッ!」
衝撃で吹っ飛ばされるリア。その場で座り込み、二人をただただ見ていた。
すると、二人の懐から何か黒いもやのようなものが出てくる。そのもやは二人を包み込んでいき、段々とダイアン達の様子が、静まっていった。
そして、もやが晴れ、姿をあらわにしたダイアンとカサネ。リアが二人をよく見てみると、とある変化が起こっていた。
瞳の色が、怪しく赤く輝きだしている。そして、自分に向けられる強い殺気。二人は、リアを睨みながらゆっくりと近づいてくる。
「ダイアン! カサネ! どうしたの!? 返事してよ!? 皆はどこにいるの!? 何が……何が起きてるのよ!?」
「……」
「……」
リアの声に、二人は反応しない。そのままリアの目の前に来て、手にしていた得物を振り上げた。
「……その後は……襲い掛かってくるダイアンとカサネから逃げるように、ここを目指した。道中、ずっと二人の相手をしながら……」
リアは、俯き、拳を強く握りながら、ジゲンたちに一部始終を話している。
雷雲山を去った後は、襲い掛かってくる二人の相手をしながらトウショウの里を目指したのだという。
それまでずっと闘っていたのかというジゲンの質問に、リアは首を横に振る。
なんでも、ダイアンとカサネは数時間に一度、ほんの少しだけ、正常に戻ることがあったそうだ。その度に、二人はひどく傷ついたような様相で、その場に倒れる。
リアは二人を癒そうとするのだが、回復してしまっては、お前が不利になるばかりと言って、決してリアからの回復薬を受け取らなかった。
その代わりに自身に起きている現象について、話をしたという。
「ダイアンが言っていたのは、クレナの樹海で、大量のスケルトンを見たこと、そして、それを操っていたのは、二体のデーモンロードと、一体のリリスだって言っていた」
「デーモンロード二体に、リリスじゃと? それは確かなのか!?」
ジゲンの言葉に、リアはコクっと頷く。デーモンロードなどめったに現れない災害級の魔物が二体、ましてや、クレナには報告例が無かったリリスまで居たとは。
リアの……というか、ダイアンの言葉が本当なら、大変なことだ。
いや……リアが見た九頭龍が居る時点で、クレナはすでに自分の思っていたよりも遥かに異常事態となっていることをジゲンは理解した。
一応は、ムソウが言った、人界の大いなる災い、そして、ケリスの目的に関して、天災級の魔物は出るだろうとの予測は立てていたが、純粋な龍族である雷帝龍を核とする魔物の存在など前代未聞だ。
それが本当なら、壊蛇よりも強力な魔物かも知れないとジゲンは思った。
それと合わせて、デーモンロード二体に、スケルトンの軍勢……果たして、ムソウは今大丈夫なのかと不安になる。
そう思っていると、リアは更に続けた。
「ダイアン達は、樹海でデーモンロードに見つかったらしいわ。そして、襲い掛かってきたそいつらから、他の皆を逃がすために、時間稼ぎをするために残ったらしいの」
「一人で、その三体に挑んだのか!? なんと……」
「ううん。時間を稼ぐだけで、闘いはしないつもりだったみたいよ。それに……闘いにすら……・ならなかった……って……」
リアはそう言って、横で眠るダイアンに視線を映し、項垂れる。
話を聞いていたアザミはスッと立ち上がり、ダイアンの横に座った。そして、ダイアンの手を取りながら震え出す。
まあ、そうだろうな、とジゲンも、ダイアンを見ながらそう思った。一介の冒険者が、災害級の魔物三体に敵うわけがない。恐らく、今の自分でも手こずる。
しかし、ダイアンは逃げず、一人でそれに立ち向かい、皆を逃がした。ジゲンは心の中で、ダイアンに向けて、よくやったと褒めていた。
「……その時だった。魔物たちにズタボロにされていたら、空から一人の男が降りて来たって……。
その男の背には白い翼が生えていて、だけど、自分とは同じ獣人の感じではなかったって、ダイアンは言っていた……」
「……そうか」
リアの言葉を聞き、ジゲンは拳を固める。
その男というのはすぐにリアが口にしなくてもすぐに分かった。そんな男、一人しかいない。
そして、リアによると、ダイアンはその時、その男に何かされて、そこで意識を失ったという。
ジゲンは、その時ダイアンは、その神人、ケリスに呪いをかけられたと確信した。
よりによって、自分にとっても因縁のあるクレナの樹海で、同じようにダイアンに呪いをかけるとは。
ジゲンの心の中に、抑えていたケリスへの強い怒りと、殺意がふつふつと燃え始めた。
だが、何かが袖を引っ張る感覚がある。ふと、下を見ると、心配そうな顔で、たまがジゲンの顔を覗き込んでいた。
「……だいじょうぶ?」
たまの顔を見たジゲンはハッとする。
そうだ……ここで、自分が冷静さを欠いてはいけない。また、怒りに任せた行動をしていたら、取り返しのつかないことになる。
ジゲンは深呼吸し、たまの頭を撫でて、ニコリと笑った。
「大丈夫じゃ……ありがとう、たま」
ジゲンがそう言うと、たまはコクっと頷く。
更にリアは、ジゲンに二人から聞いた話を聞かせる。
「次はカサネの番。カサネたちは依頼の方は順調に終わったみたい。けど、帰りの道中、樹海に居ると思っていたダイアン達の手伝いをしようと思って、樹海に近づいて……後は、似たような感じって言っていた。
スケルトンに襲われて、皆散り散りに逃げて行って……そして、ケリスが現れて……」
「……そうか。それで、何故二人は雷雲山に?」
ジゲンの質問にリアは頷いて、話を続けた。
先ほども言ったように、二人は呪われたといっても日に何度か、ほんの少しだけ、自分の意識を取り戻すことがあった。
カサネが最初に意識を取り戻したとき、そこは樹海から離れた街道の上で倒れていたという。何故ここに倒れているのだろうかと、立ち上がろうとしたが、全身に激痛が走り、上手く立ち上がれなかった。スケルトンに襲われていた時にしては、傷が深く感じると思い、自分に何が起きたのかゆっくりと思い出していく。
多くのスケルトンの軍勢、散り散りに逃げていく魔物たち、そして……トウショウの里に居た時に、何度も恨めし気に見た、神人の貴族。
カサネはハッとし、自らの体を眺めた。
「あの男……僕に何を……?」
意識を失っている間に何かされたのではないかと思い始めたカサネは、自らの体を見回す。だが、何も分からなかった。取りあえず、薬を飲み、傷を癒した後、立ち上がり、辺りを見渡した。
地形の形や山の位置などから、ここはクレナの樹海から、雷雲山にかけての街道であることを確認する。
すると、自分の後ろから、低く呻くような声が聞こえた。パッと振り返ると、そこに居たのは、獣人状態のダイアンだった。
「ダイアンさん!? 何でここに!?」
カサネはダイアンに近づき、薬を飲ませようとした。しかし、ダイアンはそれを拒む。そして、自らに起こったことをカサネに話した。
ダイアンの話を聞いたカサネは、愕然として、項垂れる。そして、恐らく自らも、ケリスの呪いを受けているのだろうということを悟った。
「……では、僕たちがケガをしているのは……」
「ああ……多分……殺し合ったんじゃねえか……?」
意識を失っているときに、カサネとダイアンは出くわし、お互いに、殺意を向け合い、そのまま戦闘に入ったのだろうと、推測し、互いに頭を下げ合った。
そして、樹海で聞いた、デーモンロード達とケリスの会話の中から、雷雲山の九頭龍のことを聞いたダイアンは、そのことをカサネに伝える。
その後、二人は少なくとも、雷雲山に居るリアたちだけにでも、このことをトウショウの里に伝えてもらうためにと二人で雷雲山を目指したそうだ。
「……これは推測だけど、その間も、二人は闘っていたんだと思う……でも、私達にこのことを伝えたくて……お互いが……お互いに……生きてほしくて……」
そう言って、話を締めくくり、リアは涙を流す。ジゲンはそっとリアの肩に手を置き、たまは手を握った。
三人に何があったのかは何となく、リアの話で掴むことが出来た。ダイアンとカサネがケリスに呪われ、リアを襲ったということは想像ついていたが、スケルトンの軍勢と、デーモンロード達に関しては本当に予想以上だった。
そして結局、話の中では闘鬼神の皆についての情報は分からなかった。
しかし、最後に見たときは確かに生きていたということを聞き、そこは良かったと、安堵するジゲン。もし、死んだところを見たと言ったら、どうしたものかと思っていた。
だが、カサネとダイアンがリアに託したことは、リアを通じて、ここに届いた。
そして、無事に生きて、ここに帰ってきたということは、本当に良かったと、リアは涙を流した。
泣き崩れるリアに、ジゲンとたまはフッと微笑み、励ますように口を開く。
「本当に……三人ともようやった。今頃九頭龍もスケルトンもデーモンロードも倒したムソウ殿が、ここへ向かっておることじゃろう。
ムソウ殿が戻ってきたら、散り散りになった皆を一緒に迎えに行こうではないか」
「おじちゃんだもん。きっと大丈夫だよ!」
二人の言葉に、身を震わせながら頷くリア。すると、アザミがそっとリアを抱きしめる。
「本当に……おかえりなさい、リア」
リアは、アザミを抱きしめながら、三人に、ごめんなさいと何度もつぶやいていた。
◇◇◇
話を終えたリアは、再び眠りについた。ジゲンはたまとアザミに、リアの面倒を頼み、庭へと出る。すると、たまのそばから、リンネが飛び出し、ジゲンについてきた。
たまは驚くも、ジゲンの背中を見て、リンネに頷く。
縁側に座り、庭を見つめるジゲンの隣にリンネが座った。
二人で、屋敷の庭から外の様子を眺めながら、リンネは時々、ジゲンの顔色をうかがう。何か、考え事をするように、ジゲンは少し視線を落としている。
そっとしておこうと思ったのだが、ジゲンは視線に気づき、顔をリンネに向けた。そして、フッと微笑む。
「……大丈夫じゃよ。儂も、ムソウ殿も……そして、もちろん、ツバキ殿もな。そんなに心配するでない」
「キュウ……」
優しく撫でられながら、リンネは、ジゲンにコクっと頷く。
リアの話を纏めると、雷雲山には、雷帝龍を核にした、天災級の魔物である、九頭龍が居る。
更に、クレナの樹海には多くのスケルトンと、それを操るデーモンロードが居る。
デーモンロードの恐ろしさは、リンネもよく知っている。今朝ここを出ていったムソウが、故郷の山で死んだ、自らの親と重なり、リンネはひどく落ち込んだ。
そして、もう一つの心配事……同じく今朝、屋敷を出ていった、ツバキが未だに帰らない。リンネも、ムソウとツバキが強いということは分かっている。
しかし、傷ついたリアやダイアン達を見て、敵を知って、リンネは更に不安になり、二人のことを心配していた。
だが、心配すると同時に不思議に思ったこともあった。
それは隣にいる、ジゲンのことだ。
こうして、今が凄く危ない状況にも関わらず、ジゲンから感じられる雰囲気は穏やかで温かいものだ。隣に居て、自分が震えていても、そっと撫でてくれる。温かい手に包まれ、リンネの不安は和らぎ、心が落ち着いていく。
こんな時、あの人はどうだったかなと、リンネはここには居ないムソウのことを思い出していた。
ああ、そう言えば、ムソウもこういう状況でも、不敵に笑いながら、冷静に敵を見て、自分たちに指示を出してくれる。
そして、いつものように、自分を撫でてくれる。やはり、ジゲンも、ムソウも同じ人間だ。似たようなところがあるのだろうと、リンネは思っていた。
すると、リンネを撫でていた、ジゲンがポツリと呟く。
「リンネちゃんも居るからのお……」
ぴくっと体を震わせて、固まるリンネの顔をジゲンが覗き込む。
それと同時に、リンネの考えていた謎が解けた。ムソウも、今のジゲンも、自分のことを頼りに思ってくれているから、いつも冷静で、穏やかなのだと。
不意に、自分が頼られているということを知り、リンネはうれしくなり、ジゲンの膝に頬ずりをする。
「キュウ~……」
急に甘えてきて、何故だろうと思いつつも、ジゲンはリンネの首筋を撫でる。
「ジロウさ~ん!!!」
その時、屋敷の外から、ジロウ一家の男が慌てた様子で駆け込んできた。偵察に出ていた者だ。縁側に居るジゲンを見つけると、そのままそばまで来た。膝に手をつき、息を整えている男に、ジゲンは水をやった。
「大丈夫か?」
「はあ、はあ……すみません、ジロウさん」
「ああ。で、何かあったのかの?」
「ウッス! 敵の第二陣、下街に乗り込んできました!」
男がそう言うと、ジゲンとリンネは顔を見合わせ、頷き合う。言葉は通じなくとも、リンネはジゲンの言いたいことを理解し、その場で大きく変化する。
そして、たまやアザミ、怪我をしている者達が休んでいる部屋を護るように身構える。
「ここは任せたぞ、リンネちゃん!」
「クワンッ!」
ジゲンは屋敷を出て、街のある方角に目を向けた。奥の方から、ザッザっと多くの人間が歩く足音が聞こえてくる。
やはり、残っていた上街、花街の住民たち全員を加えているらしい。全員をなるべく傷つけずに戦うというのはやはり骨が折れそうだとジゲンは思った。
敵の様子を伺っていると、支度を終えたシロウとジロウ一家の者たちが出てきた。先ほどの戦いで傷を負っていたが、大丈夫なのかとジゲンは心配になる。
「親父、待たせた!」
「む、傷の方は大丈夫かの?」
「ああ、ばっちりだ。ここの薬はよく効くなあ」
と言って、シロウは肩を回し、自分は元気だということを示す。ムソウが作ったのも合わせて、屋敷に置いてある回復薬の品質は良い。安心したジゲンは戦列にシロウが加わることを許した。
そして、各々回復薬を持っているか確認し、ジゲンたちは刀を抜く。
やはりこちらの手勢は少ない。それに敵といっても、相手は上街、花街の住民もいる。なるべく傷つけないように闘うようにと皆に伝えると、ジロウ一家の者たちは頷く。
「バークや、闘宴会の者達は儂とシロウで相手をしよう。皆は、住民たちの制圧を頼む」
「了解っす!」
「殴るくらいは大丈夫っすよね?」
「うむ。じゃが、あ奴らのことじゃ。女子供も居るかも知れん。そういう者達は出来るだけ傷つけないように頼むの」
「分かってるっすよ。ジロウさんの“大侠客”の名に傷つける真似はしねえっす」
ジロウ一家の者たちは、ジゲンの言葉にニカっと笑って頷いた。一応ということだが、無いとは言い切れない。先の戦いで、あそこまで追い込めば、バークも、ケリスも手段を択ばないと思っている。
本当の意味で、街の総戦力になるだろうとジゲンは考えていた。
やがて、街の方から聞こえてきた足音が大きくなり、ジゲンたちの前に、敵が現れた。こちらに溢れんばかりの殺意を込めた赤い目をした大勢の者達。それぞれ武器を手にして、こちらに向かってくる。
やはり、数が多い。パっと見ただけでも、1000は居る。圧倒的に不利な状態というのが一瞬にして理解できた。
だが、見たところ冒険者の姿はそこまで見えない。ムソウから聞いた話だと、ケリスの息がかかった冒険者たちは、100人以上は居るということだが、20人ほどくらいしか、ここには居ない。
何故だろうと思ったのだが、それならば、さほど苦労はしないと安心した。
だが、ジゲンたちは、敵の後方に居た者を見て、絶句する。
「何だ……あれは……?」
そこに居たのは、そこらの民家よりも大きな体格の男だった。手にしている得物から、それは闘宴会の長、バークというのは分かった。
だが、先ほどまでと違いすぎる見た目に、ジゲンたちは驚いている。
肥大した筋肉、浮き上がる太い血管、鋭い眼光、そして、目を引くのは、背中から生えた黒い羽。もはや、「人間」という姿ではなく、「魔物」と言っても、差し違えないものだ。
そして、傍らには妖艶な雰囲気を醸し出す、一人の女の姿があった。黒い衣を身に纏い、矛を持っている。長い黒髪をだらんと下し、端正な顔立ちで、ジゲンたちの居る屋敷を睨んでいた。
その女の背にも、真っ黒な羽が生えていて、明らかに人間ではないということがすぐに分かった。
その二人から発せられる、どす黒い気配に、シロウたちは冷や汗を垂らす。
「親父……あれは……何なんだ?」
「分からん……が、もう一度、気を引き締めなおした方が良いじゃろうな……」
ジゲンはそう言って、刀を握り直し、深呼吸をする。歴戦の猛者であるジゲンが、そんな行動をとり、シロウ達は驚く。
そして、各々も冷や汗を拭い、気を落ち着かせて、武器を構え直した。
すると、敵勢の後方に居たバークが手にしていた巨大な武器を高く掲げる。
「行ケッ! 奴らヲ皆殺シだッッッ!!!」
バークが大音声で叫ぶと、敵軍は、武器を掲げ、こちらに向かってきた。
それと同時に、ジゲンも地面を蹴る。
「迎え撃つ! 行くぞッ、皆ッ!」
「オウッ!」
「「「ウッスッッッ!!!」」」
ジゲンの後を追うように、シロウ達も大地を蹴り、敵陣へと突っ込んでいった。
未だ、バークたちに何が起きているのか、ジゲンには分からなかった。しかし、たまを護るため、屋敷に居る者達を護るため、ムソウを笑って出迎えるため、そして、自らの過去の清算をつけるため、ジゲンは眼前の軍勢へと駆けて行った。
一応、過去の話の時は、「ジロウ」、現在の話の時は、「ジゲン」と使い分けています。「ムソウ」と「ザンキ」と似たような感じと、思ってください。




