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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
クレナの動乱を斬る
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第209話―シロウが頑張る―

 現在、トウショウの里、下街のムソウの屋敷では、大きく三つに分かれて闘いが行われている。


 まずはシロウ、リンネと、アヤメ、ショウブ、ナズナとの闘いだ。シロウの目的は二つ。一つは三人の呪いを解き、敵の兵力を大幅に削ぐこと。コモンを除けば、厄介なのはこの三人だ。ひとまずコモンはジロウに任せ、自分たちは三人を無力化することが主な目的である。


 そうなれば、二つ目の目的、ここを指揮しているバークに近づくことが出来る。先ほどから、シロウは何度か、敵方の対象であるバークを狙おうと近づくが、ことごとくアヤメたちに妨害されたり、闘宴会の兵力の前にそれが叶わないでいる。


 雑兵の方は、シロウが連れていたジロウ一家の者達が必死に対応しているが、やはり、バークには届かない。

 アヤメたちを倒し、自らも雑兵の相手をすることで、バークを討つことが出来ると考えている。


「……とは言っても、この三人をいっぺんに相手するのは、やはり辛いものがあるか……」


 シロウは肩で息をしながら、刀を構え、アヤメたちを見据える。


 ジロウの世話になりながら、この三人とは何度か模擬試合をしている。まだ小さかった頃は、後れをとることもあったが、ジロウの技を継ぎ、腕を磨いていくたびに、何度かに一本は、アヤメやショウブにも、白星をあげることはあった。


 だが、ナズナには、いつもの想いからか本気で戦うことなどできず、勝ったことなど一度もないままだ。

 そもそも、ナズナは二人やシロウと違い、牙の旅団の技を真似るのが上手かった。どんな強力な技でもすぐに真似し、自ら昇華させていく。

 現に、今でも強力な技を使い、シロウを手こずらせている要因の一つになっている。

 そう言った面で見ても、今のシロウにとっての、最大の障害は、ナズナであった。


 アヤメたちの攻撃をかいくぐり、反撃を行っていたリンネはいったん距離をとるために、シロウの横に立つ。シロウはリンネに目を向けた。


 自身と同じく、どこもけがをしていないどころか、大した疲労も無いようだった。

 流石とは思いつつ、その表情は険しく、どこか迷うような戦い方をしている。


 やはり、賢い子だなと思い、シロウはそっとリンネの頬を撫でる。


「ク~?」

「ハハッ、悪いな、突然。だが、やはりリンネちゃんは賢いようだな。ムソウのおっさんが大事にしてくれているおかげかな?」

「クワン!」


 ムソウの名前を出し、リンネを褒めると、顔いっぱいに笑顔をたたえ、喜ぶリンネ。

 一応、喜んでくれているなと思いながら、シロウはフッと笑い、更にリンネに語り掛ける。


「俺や、親父……それから、オッサンのこと思って、全力出せないのか?」

「ク~……」


 シロウの問いにリンネは悔しそうな顔で頷く。シロウは、やはりそうかと思った。リンネはこの闘いどこか遠慮しているようなそぶりを見せていた。


 向こうからの攻撃には、狐火や結界で全力で対応し、被害が無いようにしているのだが、リンネから攻撃するときにはそういった技を使うことなく、爪や牙で攻撃している。


 しかし、それもどこか中途半端で、アヤメたちに軽く受けられたり、躱されたりしている。


 リンネのことについては、ムソウから聞いていた。ギルドマシロ支部、支部長ロウガンとは、何本かに一本は勝てるほどの実力があると。 


 その割に動きが悪いなあと思っていたが、もう一つ聞いていた、幼い割には機転が利き、頭も良いということが、今回はリンネの動きを悪くさせたらしい。


 長く花街で世話をしてもらい、アヤメやショウブとも関わることが多かったリンネは、そこに恩を感じ、また、ジロウやシロウとは家族同然の関係を持っていることを知り、どこかで遠慮しながら闘っているのだろう。

 ナズナに関しては、世話になった直接の人間だ。先ほどから、ナズナには出来るだけ近づかないようにしている節もある。


 しかし、シロウはそれを咎めない。むしろ、本当にいい子だなと思い、更にリンネを撫でた。


 この時……リンネは初めて、褒められることをしたわけでもないのに、何故自分は撫でられているのだろうという気持ちになり、不思議そうな顔でシロウを見つめた。


「リンネちゃんは本当にいい子だな~……おっし、分かった!」


 シロウは突然、何か意を決したように、ニカっと笑う。流石に賢いリンネも、何故この状況で、笑顔を見せるのか分からなかった。

 少しきょとんとして、シロウを眺める。シロウはそのまま、アヤメ達、特にナズナを指さして、口を開いた。


「とりあえず、リンネちゃんは、アヤメとショウブの足止めをしていてくれ。俺はその間に、ナズナを片付ける。

 その後、アヤメとショウブの対処をする。それならリンネちゃんも、三人を傷つけなくて済むだろ?」

「ク~!? ク~、ク~!」


 シロウの言葉に驚いたリンネは首を横に振る。どうやらシロウ一人に、三人と闘わせるということに納得がいかないらしい。

 すると、シロウは、再びリンネの首筋に手を当てて、優しく口を開いた。


「心配すんなって! あの三人も俺の家族。なら、俺が戦って止めるというのは当たり前の話だろ?」

「ク~~~!」

「……それによ、闘いたくないってのに、闘わせたら、後で俺がムソウのおっさんにどやされてしまう。それは……勘弁だ」

「ク~……」


 リンネはシロウの言葉に、渋々ながら頷く。ここで、その話を出されると、自分としても返す言葉が見つからないという表情だ。

 リンネが観念したのを見たシロウは再びニカっと笑った。


「よしよし、いい子だ。じゃあ、あの二人は任せた!」

「クワンッ!」


 リンネの返事と共に、シロウはナズナに向けて駆け出す。その行く手をアヤメとショウブが阻み、邪魔をしてきた。

 しかし、後方からリンネが雷を打ち出し、アヤメとショウブの足元を撃つ。衝撃で二人がひるんだすきに、二人を飛び越え、ナズナに迫っていくシロウ。

 そして、刀を振り上げ、ナズナに迫っていく。


「ナズナ! いい加減、元に戻れ!」

「……!」


 勢いよく刀を振り下ろすシロウ。ナズナは二本の刀を交差させ、それを受け止める。そして、シロウの刀を軽く後ろに受け流すと、態勢を崩したシロウに斬りかかった。

 シロウはそのまましゃがみ、ナズナの一撃を躱す。ギリギリだったらしく、シロウの髪の毛が何本か斬れ、足元にはらはらと落ちていった。


「あっぶねえ……闘いが終わったころには禿げてなかったら良いんだが……」


 軽口をたたきながらも、シロウは刀を振るい、ナズナに隙を作る。そして、後方へと跳び、ナズナから距離をとると共に、刀に気を集める。


「斬波っ!」

「……!」


 シロウが斬波を放つと、ナズナは二本の刀を交差させ、十字斬波を放つ。ナズナの攻撃は、シロウの斬波をかき消し、勢いそのままに、シロウに迫っていった。

 シロウは更に力を込めて、再度刀を振るう。


「奥義・六道斬波ッッッ!!!」


 天翔龍から、六つの斬波が放出され、ナズナの攻撃に当たる。二つの攻撃はそのまま弾け、相殺された。

 何とかナズナの技を防ぐことが出来たが、技の反動で、一瞬ふらつくシロウ。そこに土煙を払いながら、ナズナが、突き技を繰り出すように、一気に迫ってくる。

 シロウはハッとし、気合を入れるとともに、ナズナの突き技を交わし、背中合わせになりながら、ナズナの腕を掴む。

 そして、ナズナを放り、またしてもいったん距離をとった。


「う~ん……やはりいつものナズナよりは弱く感じるな~……久しぶりに手合わせするけど、前よりも弱い感じがする……」


 ナズナの様子を眺めながら、不審に思うシロウ。確かにとっさに使う技や、体の動きはナズナの戦い方らしいなと思う。

 だが、それにしてはキレがいまいちだ。ナズナはまるで、舞うように刀を振るい、美しい型で無駄がない動きをする。

 正直、あれに魅了されて上手く力が出なかったんだよなあと、シロウは昔のことを思い出し、苦笑いする。

 今回のナズナは、少し力が入り過ぎているような気がする。もちろん一撃一撃はいつもよりも強いが、無駄な動きも多く、大ぶりな攻撃なので、シロウでも容易にかわすことが出来るし、受けることが出来ている。


「やはり、三人をばらけさせて良かったみたいだ。いっぺんに相手するより一人一人に対応していった方が良い……ッし!」


 シロウはそのまま飛び出し、今度はナズナに刀による連撃を放っていく。ナズナは二本の刀を器用に使い、シロウの攻撃全てに対応していく。しかし、いなされ、受けられ、流されても、シロウは攻撃の手を辞めない。

 このままナズナの体力が果てるのを待っている。アヤメとショウブを引き離し、誰かに邪魔をされることもないので、この闘い方が出来る。

 そう思い、連撃を繰り出していくシロウ。


 しかし、この方法だと、シロウの方も疲労が大きくなっているのは確かだ。これは先ほどリンネも体感していたことだが、相手を殺さないように力を抜き、なおかつ自身が死なないように闘うには、絶妙な力加減が必要になってくる。

 本気を出し過ぎれば、ナズナを斬ってしまうかも知れないし、かと言って本気にならないと、自分が斬られる。

 先ほどは平然としていたが、リンネと同じく、シロウも苦しい思いで戦っていた。


「はあ、はあ……さっさと……倒れろ! ナズナあああッッッ!!!」


 息が切れてきて、手に力が入らなくなった頃、攻撃を続けながら、ナズナに呼びかけるシロウ。

 すると、ナズナは、一瞬目を見開く反応をする。それを見た、シロウは一瞬だけ動揺してしまい、攻撃を続ける手を緩めてしまった。

 その隙を突き、ナズナの刀が翻り、シロウの刀を弾く。


「……ッ!」

「グハッ!」


 がら空きとなったシロウの腹に、ナズナは気を込めた掌底を打ち込む。そして、そのまま気を放出させ、シロウの体を吹っ飛ばした。


 牙の旅団の拳闘士、ソウマが得意としていた技である。五体に気を溜めて、拳打と共にゼロ距離から気を放ち追撃を与える。

 それをもろに食らってしまったシロウは少し離れた所で、腹を抑えながらよろよろと立ち上がる。刀を持ちなおそうとしたが、胸の辺りに激痛が走り、そのまま少し吐血してしまった。


「ぐぅ……何本かいったか……それに……内臓も少しばかり……やっちまった……にしても……流石ナズナ……だな……どんだけ多才なんだよ……」

「クワ~ン!」


 遠くの離れた所で、アヤメとショウブの相手をしていたリンネは、シロウの様子に気付き、声をかけて駆け寄ろうとする。シロウはニカっと笑い、リンネを制した。


「大丈夫だ~! 心配すんな! 薬もあるからよ~!」


 そう言って、シロウは懐から回復薬をリンネにちらつかせた。一瞬迷ったようなリンネだったが、シロウの言葉に頷き、アヤメとショウブに向き直る。


「……とは言ったものの……これじゃあな……」


 シロウは懐から取り出した回復薬の瓶を見ながら頭を掻く。先ほどの攻撃を受けて、回復薬の瓶が割れて、中身がほとんど出ている。

 中に少しだけ残っていた回復薬を飲んでは見たが、少し痛みが治まったくらいだ。内臓の方は何とかなったようだが、骨折の方は治らないらしい。

 ただ、痛みは幾分か癒され、これで良いかと、刀を構え直す。


 だが、ナズナの方は、すでに次の攻撃の準備が出来ている。ナズナの背後には、幾本の腕を持った巨大な女の幻影が姿を現し、シロウに向けて手にしている多くの武器を構えていた。

 ナズナの刀、「千手・千眼」の刀精、「千手極楽」である。


「……あ……これはやばいかも……」


 ナズナは次で決めるらしいと判断したシロウは、刀を下段に構え、体中に気を纏っていく。

 すると、ナズナは、刀を高々と上げて、攻撃の態勢に入る。千手の刀精もナズナの動きに連動するように、腕を上げ、武器の切っ先を、シロウに向けた。


 ……そして、しばらくすると、ナズナが刀を振り下ろそうと力を入れて、踏み込む。それを見たシロウは、最後の攻撃だとして、駆け出そうとした。

 だが、直後、シロウは異変に気付き、立ち止まる。ナズナの体が、動かない。刀は振り下ろされることなくそこで止まり、刀精も動きは止めたままだ。


「一体!? ……あ……」


 何が起こったのかと、ナズナの方に目を向けるシロウ。そして、ナズナの姿を見た瞬間、絶句した。


 この闘いが始まる前に、コモンやアヤメがジゲンに見せたように、血の涙を流しながら、全身に力を入れて、動きを止めているナズナ。

 歯を食いしばり、苦悶の表情で、シロウを見つめていた。そして、微かにナズナの口元が動き始める。


「シ……ロウ……逃げて……!」


 絞り出すように放たれたナズナの言葉に、シロウは一瞬きょとんとし、力が抜けて、ずりこけそうになる。わずかに意識を取り戻し、喋った一言がそれかと、頭を掻きながら、口を開いた。


「えぇ……ナズナは……俺が死ぬとでも思ってんのか? 久しぶりに会ったのに……少し……傷ついた……」

「シ……ロウ……?」


 確かに、ナズナは幼い時から、シロウのことを何かにつけて心配し、いつも一緒に行動していた。ショウブにいじめられたり、ジロウの技に失敗し、泣きじゃくるシロウを庇ったり、慰めたりするごとにシロウもナズナに甘えてきた。

 今だって、お姉さんである自分がそう言ったら、シロウはきっと逃げてくれると思っていた。しかし、シロウはナズナの言葉に反し、その場を離れてようとしない。

 薄れる意識の中で、困惑するナズナに、シロウはニカっと笑い、更に気を溜めていく。

 すると、シロウの刀が輝き出し、シロウが纏っていた気が形を変えていく。それは龍の咢をかたどり、全身を包み込んでいった。


「……死なねえって……お前らを親父に任されたからな……それに……逃げねえよ……俺はジロウ一家、二代目頭領だ。俺だけ……皆を……この街を置いて逃げるわけにはいかないだろ!!!」


 シロウは気を纏ったまま駆け出す。さながら巨大な龍が、ナズナに向けて突っ込んでいくという様相だ。

 ナズナはシロウが駆け出すのを見て、目を見開く。自分の言うことを聞かないシロウに動揺してしまい、その瞬間、再び意識を失くしてしまった。


「……!」


 そして、ナズナは刀を振り下ろす。連動し、刀精も全ての腕を振り下ろした。手にした槍や、剣、鉈、矛などの巨大な刃が、シロウに迫っていく。


「ウオオオオオッッッ!!! 龍牙斬ッッッ!!!」


 シロウは刀を振り上げ、ナズナの攻撃に対応する。纏っていた、気で出来た龍が口を開け、大きな牙が、千手の刃にぶつかる。


「ぐうぅぅぅ~~~ッッッ!!! ウオアアアアアア~~~ッッッ!!!」


 全身の骨がきしむ感覚があり、先ほど折れた肋骨が、悲鳴を上げる。更には、何本かの攻撃がシロウの体に届き、体中に細かい傷を入れていく。

 だが、シロウはそれに耐え、更に力を入れた。


「親父のしごきに比べりゃ、この程度、屁でも無えよッ! そうだろッ!? ナズナああああああッッッ!!!」


 そして、ある程度拮抗していた両者の攻撃に変化が訪れる。ナズナの刀精が持つ武器にひびが入り始めた。シロウは好機と、更に力を込めて、前へと進む。


「砕けろッッッ!!!」


 自分に向けられていた攻撃の、そのひびの部分を狙って刀を振るうと、刀精の得物は完全に砕ける。そして、シロウの龍はがら空きとなった、極楽千手の胴体を貫く。


 そこで、シロウの纏っていた気は相殺され、シロウは無防備の状態になる。だが、それはナズナも同じだ。偶像術が切れて、そのままの姿でナズナは、刀を構え、シロウに向けて駆け出した。

 シロウは、納刀しナズナに向かって行く。


「行くぞ! ナズナッ! 抜刀術・瞬華ッッッ!!!」


 ナズナとのすれ違いざま、シロウは抜刀術で、ナズナを斬ろうとする。だが、ナズナも刀を振るい、シロウの攻撃に対応しようとした。


 ガキンッ! と大きな音を立てて二人はすれ違い、お互い背を向けながら反対側に立った。


 肩で息をしながら刀を収めるシロウ。すると、その背後で、ドサっとナズナが地に伏した。


「はあ、はあ、はあ……ギリギリだった……危ねえ……」


 息も絶え絶えに、ナズナに近づくシロウ。顔を覗き込んでみると、穏やかな表情で眠っている様子だった。

 寝ても、覚めても美人だなと、頭を掻くシロウ。落ち着いたようで何よりと、その場に腰を落とした。


 ナズナの刀による攻撃が届く刹那、シロウの刀はナズナの腹を捉えていた。だが、そのまま斬るわけにはいかない。峰打ちにするのはやはり困難だったなあと、シロウは感じている。

 そして、ナズナの攻撃もまたわずかながらシロウに届いていた。二振りの刀は、シロウの着物を切り裂き、腹をかすめるように通り抜けた。

 しかし、シロウは無事だ。その理由は……


「にしても……これは……お前も返事は直接って言いたいってことなのか?」


 斬られた着物の切り口からドサっと分厚い封筒がいくつも落ちてくる。


 それは、シロウがナズナの手紙の返事として書いたものだった。あの封筒は一つだけでは無かった。書きたいことがあり過ぎて、ナズナに手紙を貰ってから、毎日シロウが筆をしたためた結果である。


 しかし、その封筒も、ナズナの刀によって切り裂かれ、今ではもう読むことが出来ない。自分の苦労は何だったんだろうと落ち込みながらも、シロウはナズナの顔に視線を移した。


「起きたら、聞かせてやるよ……約束だ」


 そう言って、次はリンネの救援に行こうとし、ナズナを安全な場所まで連れて行こうと、立ち上がろうとする。

 だが、激しい戦いの直後で、足元がふらつき、そのまま倒れそうになった。


 ……しかし、そのシロウの肩を持ち、支える者が居る。


「……よくやったのう、シロウ」

「親父ッ!?」


 それはジゲンだった。所々焼け焦げたような痕が見られるが、特に大きなけがをしているわけではないジゲンは、そのままシロウに笑顔を向ける。


「な、なにやってんだ!? こ、コモン様は?」

「コモン君なら先ほど倒した。やはり呪いの影響下に置かれているおかげで、何とも戦いやすかったのう……」


 そう言って、ジゲンは背後を指さす。そこにはぐったりとして、リンネの背中に乗せられているコモン、そして、アヤメとショウブの姿があった。


 シロウとリンネに三人の相手を任せ、コモンと闘いを始めたジゲンだったが、アヤメたちの奇襲も無く、更には呪いの影響でほとんど暴走状態のコモンの攻撃は、やはり大振りで躱しやすく、また、スキルによる炎熱攻撃も、羽織のおかげで、そこまで大した脅威では無かった。

 それでも、流石十二星天といったところなのか、時折コモンの生み出した炎が、羽織の耐久力を越えて、ジゲンに怪我を負わせることもあった。サネマサと互角の力を持つという話は本当らしいと感じたジゲンは、少しだけ、本気を出す。

 偶像術を使い、常人ならば死んでしまうほどの威力の技をコモンに使った。コモンも、EXスキルを使って応戦し、両者の攻撃は相殺され、辺りを吹き飛ばした。


 その隙を突き、ジゲンは一気にコモンに間合いを詰め、自身の奥義である「瞬華終刀」を、コモンの持つ大槌に放ち、コモンの得物を破壊することに成功。

 そのまま、腹に一撃入れて、気絶させたというわけだった。


 そして、リンネたちの救援に戻ると、リンネがアヤメとショウブ二人の相手をしていることに気付き、二人をあっという間に無力化させ、現在に至るというわけだ。


「え~……俺がナズナの相手をしている間に三人を退けるなんて……親父どれだけ強いんだよ……」


 まるで駄々っ子のように声を上げるシロウ。ふと、ジゲンが闘った痕を見ると、地面が砕かれ、真っ黒に焦げた後や、斬撃の後が凄惨に残っていた。

 呆気にとられるシロウの前で、ジゲンはニコッと笑みを浮かべる。


「すぐに追いつくはずじゃ。お前ならな」


 ジゲンを見て、底が知れねえ、と項垂れるシロウ。俺はどれだけ頑張ったら、親父の跡を継げるのだろうかと呆然とした。


 そこへ、周りで戦っていたジロウ一家の者達が集まってくる。シロウとジゲンの傍らで倒れるナズナ、そして、リンネの背中でぐったりとしているコモン、アヤメ、ショウブの姿を見て、驚きつつも、現在の戦況を説明し出した。


「え~と……シロウの旦那、それから……」

「いつも通りで構わん」

「ウッス、ジゲンのダンナ。一応、残っていた闘宴会は全て倒せた……が、バークの野郎がまだ残ってるっす」

「ん? 倒せなかったのか?」

「いや、途中から姿が見えなくなった。戦況が悪くなって退いたのかどうかは定かじゃねえが、少なくとも近くには居ないようだ」


 ジロウ一家の者達の言葉を聞き、辺りを伺うシロウとジゲン。確かにその姿を確認することは出来なかった。

 リンネも鼻をスンスンと動かし、バークの臭いを探る。少し、残念そうな顔をして、ジゲンに首を横に振った。


「リンネちゃんも見つけられんか……ここは、皆の言うように、いったん退いて、態勢を立て直していると考えても良いじゃろう」

「だな。……で、親父、俺達はどうする?」

「儂らもいったん態勢を立て直そう。コモン君たちを屋敷へと運び、呪いを治す薬を与える。それから儂らも傷を癒し、体力を回復させておこう」


 ジゲンの言葉に、その場にいた者達は頷き、行動を開始させる。戦場にいる負傷したジロウ一家の者達を集め、戸板で担架を作り、屋敷の中へと運び込んでいく。


 シロウも、そのままリンネの背にでも乗って、屋敷に向かおうとした。だが、リンネはシロウを決して背中には乗せず、ジゲンだけを背に乗せて屋敷の方へと歩き出す。


「ちょ! リンネちゃん! 俺も乗せてくれって!」

「クワンッ!」


 リンネはプイっと視線を逸らし、屋敷へと歩いていく。すると背中の上で、ジゲンがシロウを朗らかに見つめていた。


「こっちはいっぱいじゃ。お前とナズナは二人で来るが良い」


 懐から回復薬を取り出し、シロウに放るジゲン。そのまま、ホッホッホ、と笑いながら、離れていくジゲン。かあっと顔が赤くなるのを感じるシロウに、残っていた自警団の者たちはニヤニヤとしている。

 ジロウ一家の者達も、もちろん自分やナズナを屋敷に運ぼうとはしない。ただその場に立っているだけだ。


 一応、自分もまだ大けがを負っているのだが、と思いながらも、ジゲンから渡された回復薬を飲み、シロウはしゃがみ、ナズナを抱えた。

 あれだけ動いていた割には軽いなと思い、顔を見ると、気持ちよさそうな顔で、すやすやと眠るナズナ。

 それを見て、またしても顔を赤くしたシロウは、視線を外し、ムソウの屋敷へと帰っていった。


 ◇◇◇


「クソがッッッ!!!」


 未だ黒いもやに覆われた、トウショウの里、上街にある屋敷の一室から、怒号と共に、何かが割られる音が聞こえる。


 声の主は、この街に住む貴族、ケリス・ゴウン卿だ。彼は、床に叩きつけた魔石の破片を眺めながら、荒く息をしている。


 雷雲山の九頭竜の一件、クレナの樹海でのスケルトン、およびデーモンロード殲滅、そして、下街での戦いの一部始終を、自らの羽を通し、ここから経過を眺めていた。


 その強さについて、噂には聞いていたが、いくら何でも、たった一人で天災級の魔物を下すことなど不可能だと思っていた。

 しかし、ムソウが九頭竜を倒した時点で、ケリスはようやく嫌な予感というのを感じた。


 更には、かつて亡き者にしたはずの、牙の旅団団長、“刀鬼”ジロウの生存を確認し、呪いにより、操っていた者達を奪還されたことは大きな影響である。

 特に十二星天のコモンを奪われたのは痛い。残る兵力で、ムソウの屋敷を落とすということがだいぶ困難になってくる。


 焦りと怒りと共に、手にしていた呪いの魔石を床に叩きつけていくケリス。大きな音が響くたびに、傍らにいた女、ケリスの正室、レティは身を震わす。


「け、ケリス様、少し落ち着きになられては? ま、まだこちらには冒険者の方々もおりますし、あ、あの冒険者の男も深手を負っておりますし――」

「黙れッ!」


 ケリスを心配し、駆け寄るレティの頬を強く打つケリス。レティはその場でひれ伏し、痛みに悶えていた。

 そのレティの髪を掴み、顔を起こさせるケリスは荒々しく口を開く。


「では……貴様が第二陣を連れてあの屋敷に向かえ! そして、我に嬉しい報告をするのだ!」

「わた、私が……? む、無茶です! 私には闘う術など……」

「安心しろ……貴様はすでに我の眷属だ。そこらの者達よりも強い力を持っておる。その力さえあれば、奴らを全滅とまではいかなくても、あそこを落とすことくらいは容易だろう……?」

「で、ですが!!!」


 ケリスの言葉を必死になって否定していくレティ。彼女もまた、魔石を通し、ムソウの動向、屋敷での戦いを眺めていた。

 結果、天災級の魔物をも、単騎で倒すムソウの実力と、リリスをも拷問にかける残虐性を目の当たりにし、すっかり怖気づいてしまった。

 ここで、自分が出て行っても、恐らく待つのは死だけと思い、必死になって、ケリスに懇願する。


 しかし、ケリスは、レティの言葉に一切耳を貸さなかった。喚き散らすレティの顔を掴み、自らの顔の前に近寄せる。


「……では、もう少し強くしてやろう……」


 ケリスは厭らしい笑みを浮かべ、レティと口づけをする。そのまま、体内に溜めた自身の力を注ぎこんでいった。


 ケリスの力が体内に入り込んでくる度に、レティは激しい激痛と燃えるような体温の上昇を感じる。

 急な魔力と力の上昇に、体がついていけていないのだ。激しく悶えながらレティは抵抗する。


「ん゛ッ! ん゛~~~ッッッ!!!」


 だが、ケリスが顔を掴む力は強く、ついに手を振り払うことは出来なかった。


 そして、レティの背中から黒い羽が生え、全身を邪悪な気が覆い始める。すると、今まで抵抗していたレティの手が、ケリスの腕からだらんと下され、段々と静かになっていった。

 レティが落ち着きを取り戻したことを確認したケリスは唇を放した。


 そこに居たのは、虚ろな目で呆然とする、サキュバス種に似た、悪魔のような女の姿だった。


「眷属化……成功だな。……レティ……我が分かるか?」

「……」


 レティはそのままケリスの言葉に黙って頷いた。すでに意識も、自分のコントロール下にあることを確認したケリスは、懐から、独鈷のような形をした魔道具をレティに渡す。


「……お前は先ほど言ったように、残る冒険者達、それから呪った自警団の者たちを率い、冒険者ムソウの屋敷を襲え。

 その際に、この魔道具をバークに埋め込め。これにも我の力が凝縮されている。バークも強化させ、必ず下街のシロウ、領主……そして……“刀鬼”の息の根を今度こそ止めろ……出来るな?」

「……」


 ケリスの眷属として、覚醒を果たしたレティは、頷き、窓から外へと出ていった。


 レティが出ていったことを確認したケリスは、一息つき、更に先ほどの魔道具を取り出した。

 そして、部屋の奥にある小部屋へと移動する。


 そこには、壁に鎖でつながれた、ボロボロの女が居る。体中に打撲や切り傷などを負い、綺麗な着物のところどころは裂け、そこからはポタポタと血が垂れている。

 意識はすでに無い。女は弱い呼吸をして、その場に跪いていた。


 それは、今朝方、ムソウの屋敷を出て、街の危機を知らせるためにギルドへと向かったツバキの姿だった。


 ツバキは、下街でシロウに書状を渡した後、すぐにギルドのアヤメの元へと向かった。

 だが、その後、花街の門にて、バークにより捕らえられ、その後ケリスや闘宴会の者達による、暴行や拷問を受けていた。

 拷問と言っても、それは、諜報の為ではなく、今までのムソウへの憂さ晴らしと、自らの欲望のはけ口のためにとケリスや闘宴会の者達が行ったものである。

 斬られ、殴られ、犯され……必死に抵抗していたツバキもその場で取り押さえられたまま、意識を失ってしまった。


 そして、ケリスはツバキをも眷属化させようとする。先ほどのレティよりも、元の力が強い者を眷属にした方が、こちらの兵力が増すと考えていた。それに、ツバキが相手なら、ムソウも屋敷に居る者達も手が出しづらくなる。


 愛する者たち同士討ちを狙って精神的にも追い詰めていくという卑劣な作戦だったのだが、一つだけ、大きな誤算があった。それは……


 バシッ!

「クッ! またかッ! どうなっているッ!?」


 ケリスが魔道具を使って、あるいは直接力を流し込もうとしても、ツバキに弾かれてしまう。

 魔道具が体を貫くことは出来るのだが、自身の魔力が流れる前に、ツバキの体から離れてしまう。普通なら考えられない現象にケリスは忌々し気に魔道具を見る。

 すると、独鈷の形をした魔道具にひびが入り、ケリスの手の中で割れて、足元に落ちる。魔道具の残骸は、既に二十を超え、ツバキの足元に転がっていた。


「クソがッ! 今しばらく待っておれ!」


 ツバキの顔を、怒りを発散させるように蹴り飛ばし、ケリスは部屋を出ていく。もう一度、あの作業を行うには、魔道具に魔力を込める必要があるからだ。


 魔力回復薬を飲み、魔道具に魔力を込めながら、再び魔石で、それぞれの戦況や状態を確認することを再開させたケリスだった。


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