第208話―スケルトンの軍勢を斬る―
雷雲山を飛び立ち、クレナの樹海に大急ぎで向かう俺と、雷帝龍カドル。今回はこいつのおかげか、魔物は近づいてこない。いつも以上に速く飛ぶことが出来てあっという間にクレナの樹海が見えてくる。
空から見ても分かるくらいにうっそうとした木々がどこまでも続いている光景は、以前と同じだ。
だが、その中に見える光景は全く違う……というか、よく見えない。俺はあまりの光景に唖然とする。
「ここまで……か?」
俺の目に飛び込んできたのは、クレナの樹海にひしめき合っている、おびただしい数の骸骨、つまりはスケルトンの軍勢だった。百や千どころの数ではない。万、十万? いや、それ以上だ。
そして、スケルトンをよく見てみると、普通の人間の骨だけでなく、異形の形をした骸骨も歩いている。トカゲのような形態をしているものもあれば、巨大な人型のものも歩いている。恐らく、魔物のものだろう。
スケルトンたちは、樹海の中を、ガチャガチャと音をたてながら、一つの方向に向けて進んでいく。樹海から出る気なのか? こいつら……。
こいつらがここを一気に出るとなると一大事だ。付近の集落に多大な被害が及ぶ。
というか、既に被害は起きているようだ。樹海から、スケルトン以外の魔物の気配がしない。やはり確実に生態系も狂っている。
隣に居るカドルも、目を細めスケルトンたちを見渡している。
「これほどの死霊軍は、長く生きている我も見たことが無い……」
「そうなのか?」
「ああ。ムソウ殿は、ああいった者たちがどうやって生み出されるか知っておるか?」
「いや……魔法を使って生み出されるとしか……」
「うむ……あれもまた、ただの死骸や骨に、別の魂を植え付けて動かされているという原理だ。
しかし、魂を操るというのは膨大な魔力を要する。死霊を操ることが得意なリッチのような魔物でもここまでは……」
カドルは上空から辺りを見渡す。このスケルトン達を生み出した者を探しているようだ。
カドルによると、スケルトンも、魔物や、人の骨という素材に別の魂を植え付けて違う存在にしているという点においては、九頭竜と同じということらしい。
だが、ここまでの軍勢だと、魂の操作には膨大な魔力を有するらしく、俺がマシロで戦ったミリアンという元人間だったリッチでも、1000体がやっと、普通の人間の魔法使いでは、100体も生み出すことは出来ないのだという。
カドルは、早速結界陣を発動させていく。結界が樹海を包み込むと、何体かのスケルトンはこちらに気付いたようで、顔を上げ、カタカタと震え出す。
それは段々と広がっていき、樹海中からけたたましい音が聞こえてきた。どうやら威嚇しているらしい。
だが、そんな中でも、カドルは落ち着いて、瞑想している。やがて、ゆっくりと目を開け、口を開いた。
「ふむ……結論から言えば、ムソウ殿の仲間はここにも居ないようだ。無論、死んだ形跡も無い」
「……そうか」
カドルの言葉に、安心しながらも、やはり不思議には思った。ここにも居ないとなると、奴らは一体どこに居るんだ?
無事だという可能性が高くなるのは良いことだが、ではどこに居るのだろうかと思ってしまう。
だが、まずはここに居るスケルトンたちをどうにかすることが先決だ。ひとまず闘鬼神のことは後回しにして、俺はカドルに尋ねた。
「で、こいつらを生み出した術者というのは分かったか?」
「ああ。ここにもそれなりの者が居るようだ……」
カドルはそう言って、樹海の中心に立つ大木を睨みつける。
木の上に居たのは、三つの影だ。そいつらは、樹海を見渡し、スケルトンの軍勢を操っているように見える。
そこに居た者達のうち二体は、背に翼を生やし、ヤギのようなねじ曲がった角を持つ、紫色の肌をした魔物。
あれはマシロで戦ったデーモンだな。やや人型の近いところを見ると、恐らくゼブルと同じ、デーモンロードってところだろう。一体は退屈そうに欠伸を掻き、もう一体は、辺りの様子を伺うような仕草をしている。
残った一人は見たことない様相をしている。
背中から黒い翼を生やした女だ。デーモンロードと同じく、大きな鎌を手にし、もう一方の手で、禍々しい気配を漂わせる魔石のようなものを手にしている。
「カドル、あの女は何だ?」
「あれは……リリスだな。サキュバス種の頂点に位置する、お主らの言葉で言うところの災害級の魔物だ。
……デーモンロード二体にリリス一体……この状況も、ムソウ殿や、あの魂たちの言うところの、人界の災いと言って、間違いなさそうだ……」
災害級三体が、一同に会し、更には万を超えるスケルトンの軍勢……なるほど、これが二つ目の人界の災いか。
俺は深呼吸し、三体の魔物に急接近する。カドルも俺の後を追ってついてきた。
大樹に近づいていくと、カドルは三体の魔物に声を上げる。
「貴様ら! そこで何をしている!?」
すると、巨大な枝の上で、スケルトンを指揮していたリリスは、こちらを振り向き、目を見開く。
「な!? 雷帝龍!? 何でここに!?」
リリスは、鎌を構えながらこちらを睨みつける。すると、辺りを伺っていたデーモンロードも、リリスの横に立ち、鎌を構えた。
「ちぇっ! この様子だと九頭竜の方は失敗したみたいだな……」
一体のデーモンロードはそのまま臨戦態勢に入り、俺達を睨む。すると、退屈そうにしていたデーモンロードが立ち上がり、俺達に鎌を向けてきた。俺達というよりは、俺にだ。
「まあ、退屈しなさそうな展開になって文句はないけどな~。こないだの奴と同じ紋を背負っているみたいだし、少しは楽しめそうだ」
「またいつもの悪い癖が出ているぞ……油断するな。恐らくあの男は神人だろ。俺達を召喚した男と同じ……な。警戒を緩めるべきでは無いぞ」
「でも、あの男からは大きな魔力を感じない。大したことないのかも……。
問題は雷帝龍よ。私達三人でかかりましょ!」
リリスの言葉にデーモンロード達は頷き、カドルに鎌を向ける。カドルは軽く舌打ちをした後に、自らの体から雷を発生させ、それを纏った。
カドルも臨戦態勢をとったらしい。
……しかし、俺は、カドルの動きを制するように手を出した。
そして、軽口をたたいていた、一体のデーモンロードに視線を移す。
「……おい……テメエ。前に俺と同じ紋を背負った奴らと会ったって言ったな……詳しい話を聞かせてもらおうか?」
そう言うと、そのデーモンロードは、きょとんとした。
「あ? 何だよ? 闘いの前にそんなこと気にして……。
まあ、いいや。ああ、確かに会ったぜ。その変な紋を付けた服着た獣人をな」
「……そいつと……何があった?」
「さっきからうるせえぞ! テメエには用はねえんだよ! とっとと失せ――」
俺は、デーモンロード達に素早く近づき、そいつの顔を蹴った。そのまま樹海に吹っ飛んでいき、地面に激突していく軽口のデーモンロード。
そして、その場にいたデーモンロードと、リリスの鎌を叩き斬る。
「……え!?」
「……な!? 貴様――」
唖然とする二体だったが、デーモンロードの方は、すぐに俺に襲い掛かってきた。拳を向けられ、繰り出される瞬間、俺はデーモンロードの首を掴み、リリスを睨んだ。
「ガッ!?」
「……言え……この紋が入った……着物を着た……獣人……ダイアンに……何をしたか……皆に……何をしたか……」
死神の鬼迫をぶつけながら、無間を向けると、リリスは怯えた表情になっていき、その場に座り込む。
すると、俺に掴まれているデーモンロードが、苦しそうに口を開いた。
「な、何なんだ! お前は……!?」
「質問してんのは……こっちだ……テメエら……アイツ等に……何をした?」
「チッ! ちょっと遊んで……やっただけだろうが! こうやってな!」
デーモンロードは、手をかざし俺に向けてくる。そこから、魔力の塊を放出し、俺を攻撃してきた。
俺は、手に気を溜めて、魔力の塊を掴み、樹海へと逸らす。
魔力の塊が樹海へと突っ込んでいき、大きな音を立ててさく裂した。爆風が、俺の元まで届いてくるが、俺はデーモンロードを放さず、首を掴む手に力を込める。
「ガッ! ……グア! ……ガッ!」
「……で? そのまま……アイツ等を……どうした?」
じたばたするデーモンロードに再度質問を投げかける。
すると、下の方から声が聞こえてきた。
「ふざけんじゃねえぞ!!! 人間風情があああッッッ!!!」
振り返るとそこに居たのは、大きな黒い剣を持った、先ほど吹っ飛ばした、デーモンロード。怒りの形相で俺を睨みながら、剣を振り上げ、突っかかってくる。
俺は掴んでいたデーモンロードをそいつに向けて投げる。
「グアッ!」
「カハッ!」
空中で絡み合った二体に近づき、無間を振り上げた。
「……もういい……死ね」
そのまま無間を振り下ろすが、デーモンロードは、剣を向けて、俺の攻撃を防ぐ。しかし、衝撃でそのまま樹海の方へと落ちていった。
「レプト! アドラ!」
落ちていったデーモンロードを追って、リリスは樹海の方へ向かって行く。俺も奴らを完全に殺そうと思い、リリスの後を追おうとした。
だがそこで、カドルが口を開く。
「待て! ムソウ殿! お主一人では危険すぎる! 我も行こう!」
「来るな……アイツ等は……俺が、直々にぶっ殺してやる!」
ダイアンを……闘鬼神の奴らを襲ったと思われた時点で、俺の怒りは頂点だ。アイツ等だけは許しておくわけにはいかない。
必ず俺の手で、この世から消し去りたいと思っている。
誰にもやらせない。もちろん、カドルにもだ。
俺に着いてこようとするカドルをしばらく睨み続け、動きを制する。
すると、カドルはゆっくりと口を開いた。
「……分かった……ムソウ殿に従う。それで、我はどうすれば良いのだ?」
どうやら、納得してくれたらしい。カドルは、仕方ないという表情で、俺を見ていた。
「お前は……スケルトンの駆除を頼む。アイツ等を樹海から出せば、大ごとだからな」
「承知した、ムソウ殿。我はお主の露払いをしておこう……だが」
カドルは俺に近づき、まっすぐと見据えてくる。
「怒りで自分を見失わないようにな。先ほども言ったが、ムソウ殿の仲間が、ここで死んだという可能性はない。
……何があろうとどこかで必ず生きているということだけを信じろ……良いな?」
俺を諭すような目で、言われたカドルの言葉に、一瞬言葉を失った。
確かに、デーモンロード達は、ダイアンを襲ったと言った。だが、カドルの言うように、アイツ等が死んだという形跡はない。それに、ダイアンは生きているということを俺は確認している。
アイツ等を襲ったとばかり聞いて、少し頭に血が上り過ぎていたようだ。
冷静さを失っては駄目だ。一度、深呼吸をすると、頭の中が、スーッと軽くなっていく感覚が、俺を包み込んだ。
「……ああ……すまない……カドル」
頭を下げると、カドルはフッと笑った。
「それでいい。だが、仲間を想っての怒りは忘れるな。必ずあの者達を滅ぼすのだ。我はその手伝いをしておこう」
そう言って、カドルは樹海の中へと突っ込んでいった。
しばらくすると、樹海の中が一瞬光ったかと思うと、辺りに爆発音と雷が落ちる音が轟く。カドルの方が、スケルトンたちと交戦し始めたらしい。
本当に、カドルが来てくれて良かったと思い、無間を握り直し、リリスが向かった先へ降りていった。
すると、俺が向かう先から、魔力弾の塊が無数に飛んでくる。ゼブルも使っていた技だ。下でアイツ等が息を吹き返したらしい。俺は向かってくる攻撃を斬り、躱しながら、なおも下降を続けていく。
そして、地面へと近づくと、木の陰から、鎌を振り上げた軽口のデーモンロードが襲い掛かってきた。
「死ねよ! 人間!」
「ッ!」
俺は無間を振り、大鎌ごと、そいつの首を叩き斬る、空中で、胴体から離れた首は、俺のことを驚愕の目で見ていた。
「ば……かな……」
軽口を叩いていただけのデーモンロードは、そのままこと切れ、地面へと落ちていく。
そして、下で待ち構えていたデーモンロードとリリスの目の前に、そいつの死骸が落ち、続いて、俺も降り立った。
「あ、アドラ!?」
「何が起きったってんだ!?」
二体の魔物は、落ちてきた死骸と俺を交互に見ながら、何か慌てていた。
俺は、すぐさま、もう一体のデーモンロードを斬ろうと、駆け出す。
慌てて大鎌を構えるデーモンロード。しかし、それも間に合わず、そのまま俺は、残ったデーモンロードの首を斬り、先に死んだ奴と、そいつの残った死骸に向けて光極波を放ち、死骸を完全に滅した。
こうしておけば、万が一にも、再生して、復活ということは無くなるからな。
俺がその作業をしていると、更に慌てふためくリリス。
「れ、レプトまで! アンタあああ~~~!!!」
リリスは俺に怒気をまき散らしながら、手にしていた魔石を掲げる。すると、辺りにひしめき合っていたスケルトンたちが、俺達を囲むように集まってきた。
ふむ……やはりあの魔石でスケルトンたちを操っているらしい。
夥しい数のスケルトンが集まってきた頃、リリスは俺を指さし、吠える。
「これでおしまいよ! 二人の仇、うたせてもらうわ! やっちゃ――」
リリスが、合図するように、魔石を輝かせると、周りに居たスケルトンたちが俺に向かって襲い掛かってきた。
俺は光葬針を自分の周りに展開させ、刃の形にする。そして、辺りに居たスケルトン達を出来るだけ視界に入れて、切れ目を確認し、無間を掲げた。
「……奥義・光葬烈刃撃ッッッ!!!」
無間を振ると、天界の波動を纏った刃が、視界の切れ目の数だけ飛び出し、スケルトンを斬っていく。
そして、光葬針も飛び出していき、魔龍やトロールのような、大きな骨で出来たスケルトンまでも、一瞬で蹂躙していった。
その後も近くに集まってきていたスケルトンを斬り尽くすと、刃は無間に戻ってきて、刀身を纏っていく。
呆気にとられるリリスの前で、無間をふるうと、凄まじく巨大な刃の奔流が飛び出し、リリスのすぐ横を通って、樹海を突き進んでいく。
俺の攻撃の直線状にあった木々、そしてスケルトンを薙ぎ払いながら進んでいき、俺の攻撃は収まった。
俺達の目の前は一瞬にして、開けた景色になる。
その光景を眼前で目の当たりにしたリリスはその場に座り込み、怯える表情で俺を見ている。
俺はスッと近づき、リリスの眼前に無間を突き付けた。
「ひぃっ! や、やめて! 殺さないで~!」
リリスは、俺の足にしがみつき、必死に助命を求めてくる。サキュバス種だからか、自らの胸を俺の足に擦り付けるようにし、体から、強い媚薬の臭いを流し始める。俺を誘惑するつもりのようだ。
そして、嘘くさい泣き顔を浮かべながら俺を見上げていた。
鬱陶しいと思い、足を振った。リリスはそのまま飛んでいき、後ろにあった巨木に激突する。俺は逃げられないようにと、リリスの手首に光葬針を打ち込み、木に打ち付けた。
「ぐっ! きゃあああ~~~!!! 痛い痛い痛い痛い痛い!!!」
痛みに悶えるリリスの首筋に、無間を突き付ける。
カドルのおかげで、いくらかマシになったが、やはり俺の怒りは収まらない。
コイツらがダイアン達に一体何をしたのか、尋問することにした……いや、拷問か。あまりしたことないんだが……まあ……いい。
「……先ほどの質問に答えろ。答えたら楽にしてやる……」
「ひぃっ! な、何でも話す! 話しますからあああッッッ!!!」
死神の鬼迫をぶつけると、震えながら何度も頷くリリス。俺は一つ一つのことを聞いていくことにした。
「まずは……あのカスの言っていたことだ。俺のと同じ紋章が描かれた着物を着た人間たちを襲ったというのは本当か?」
「は、はい! 本当です! で、でも、真っ先に襲ったのはアドラよっ!」
アドラっつうと、先ほどまで軽口叩いていたデーモンロードか。好戦的な見た目だったし、リリスの言うことは正しいだろう。
本来、闘鬼神がやっていたのは調査依頼だ。スケルトンの規模を把握し、術者であるこいつらを見つけることが出来たのなら、帰れば良いだけの話だった。
だが、アドラって奴が、逆に闘鬼神の皆を感知し、襲ってきたというのが、今回のあらましだろうな。
だから、リリスは自分に責はないと言いたいらしい。俺の無間を握る手に力がこもる。
「だが……一緒に襲ったのは確かなんだろ?」
更に無間を近寄せながら詰問すると、リリスは更に怯え、その場で失禁する。
「こ、こっちも死にたくないんだから、当たり前じゃない! で、でで、でも! 殺してないわ! 最後に獣人が残って、他の人間たちは逃げていったもの!」
……なるほど……こいつらに敵わないと悟った闘鬼神の皆は、逃げることを選んだってわけか。
そして、皆を確実に逃がすために、ダイアンが残ったと……。
……ああ、アイツなら、そういう行動をとりそうだ。自分が死んでも、他の奴らが生き残るのなら、その選択をするだろう。なんだかんだ、皆の中心にいる奴だからな。
俺の気持ちも知らねえで、無茶ばかりやりやがって……。
「で……その獣人は……どうしたんだ?」
俺は、なおもリリスを睨みながら、質問を続ける。今度は、何故ダイアンが呪われていたのかを確かめるためだ。
リリスは、命惜しさに、必死になって口を開く。
「わ、私たちはどうもしてないわよ! しばらくあいつをいじめ……いえ! 闘っていたら、私達を召喚した男が現れて、獣人に何かしたのよ!
そしたら、あの獣人、目を虚ろにして、そのまま飛んでいったの! 本当よっ!」
リリスの言葉に嘘は感じられなかった。感じた瞬間、斬るつもりだったが、まあ、これで良いだろう。
さて、その話が本当だとすると、恐らくダイアンはその時に呪われたのだろう。
そして、どこかでカサネやリアと合流し、トウショウの里に来たか。
あるいは、カサネと合流した後、雷雲山にでも行って、リアたちを襲ったか。リアが呪われていないにも関わらずボロボロだったというのが気になっていたが、あれは、ダイアン達にやられたものなのかもしれない。
呪いにより、自らの思うままにして、仲間同士の相打ちを狙うというやり方には、思い当たる節があるからな。
となれば、ダイアン達を呪ったのは……
「では……最後の質問だ……テメエらを召喚し、獣人を呪ったのはどんな奴だった?」
確認の意味も込め、リリスにそう尋ねた。泣きじゃくりながら、俺にそいつの正体を話すリリス。
「し、神人よ! 私達を召喚し、雷帝龍を核にして九頭竜を作り出し、さらにそこの「魂の牢獄」の魔石をくれたのはアンタと同じ、神人の男よ!」
……そうか。
俺はここで確信する。神人と言われると一人しか思い浮かばない。ここがクレナということもあるし、何より九頭竜という天災級の魔物を生み出し、更には呪いまで使うような神人の男。
俺とジゲンの予想通り、一連の出来事を仕組んだのはケリスで間違いないようだ。
……俺の中で、強い怒りが生まれてくる……いや……もう、生まれているか……
予想はしていたことなので、人界に大いなる災いを呼んだということに関しては正直、そこまで何も感じない。
ただ、その中で、俺の闘鬼神を巻き込み、危険な状態に追い込み、今も行方不明という状態にさせ、果ては、ダイアン達を呪ったことに関しては、納得できないという怒りが、ふつふつと燃えていた。
「ね、ねえ! ぜぜ、全部話したんだから、もう良いでしょ!? た、助けてよおおお!!!」
ふと、俺が怒りに燃えながら立ち尽くしていると、女の助命を乞う声が聞こえてくる。
俺は無間を女から放し、口を開いた。
「ああ……今……楽にしてやる」
「えっ――」
そのまま無間を大上段から振り下ろす。断末魔も無くリリスは大樹と共に縦に裂け、そのまま消滅していった。
俺はその場で、立ち尽くし、目を閉じた。頭の中で、闘鬼神の奴らの顔や、トウショウの里に残している、ジゲンやたまたちの顔が浮かんでいく。
……俺達の……楽しい毎日を邪魔しやがって……
「ッ! ウオオオオオッッッ!!!」
俺は空に向けて叫ぶ。頭の中でいっぱいになっていく怒りを発散させるように、叫び続けた。
そして、辺りから大量の気を集め、無間に集中させていく。そのまま頭上で回転させ、巨大な竜巻を作った。その中に集めた気を変換させた天界の波動を流し、更には光葬雨を流していく。
今までよりも大きな竜巻となったそれを、地面に叩きつけた。
周りの木々を薙ぎ払い、竜巻は爆ぜる。すると、天界の波動が爆発したように、凄い勢いで、樹海中を駆け抜け、覆っていく。
そして、天界の波動の浄化する効果により、カタカタとあちこちから聞こえていたスケルトンの動く音が段々と静かになってくる。
何も聞こえなくなったことを確認した俺は、無間を背中に収めた。
今ので、怒りが収まったかと言われれば、そんなことはない。今でも、さっきのデーモンロードにも、リリスにも憎悪の気持ちしかない。
だが、ここで怒りを発散させるように暴れても意味はない。まあ、スケルトンの軍勢を消滅させたかったのは確かなのでこれで良いと思っている。
……そういや、牙の旅団の終焉の地も、ここだったな。ジゲンもここで一連の出来事の黒幕に気付いた。まさか、俺もここで敵の正体を確信するとは思わなかったな……。
そして、しばらくそこで立ち尽くしていると、上空からカドルが舞い降りてきた。
「ムソウ殿……大丈夫か?」
その場でぼーっとしている俺を心配してか、カドルは声をかけてくる。俺は、振り向き、カドルに頷いた。
「……ああ……問題ない。デーモンロードは倒せた。そっちはどうだ?」
そう言うと、カドルは何か、安心したように、フッと笑い、頷いた。
「ああ、こちらも全て倒すことが出来たようだ。樹海からスケルトンの気配は完全に消えた。もっとも、ほとんどムソウ殿のおかげのようだがな」
カドルの言葉にそうかと頷く。そして、カドルにこれまでの出来事が、一人の神人によって仕組まれていたことなどを説明する。
一人の神人がこれほどのことをしでかしたということについて、カドルも信じられないようだったが、ふと、足元に転がっている魔石を見て、目を見開き、頷く。
「これは……「魂の牢獄」の宝珠か。確かにこれを手にしていたのなら、リリスの言葉もあながち嘘では無いようだな……」
「何なんだよ。その魂の牢獄って」
「言葉の通り、死んだ生き物の魂を封じ込めることが出来る神具だ。そして、その力を自由に使うことが出来る。
先ほどのように大量のスケルトンを生み出すことも出来るし、操ることも出来る。更には、人間数十人がかりで行わなければ、絶対不可能な、災害級の魔物の召喚も、閉じ込めた魂を利用すれば出来るだろうな……」
つまりは、疑似的なものではあるが、100年戦争のきっかけとなった、魂の結晶に近い効果を持つらしい。
この世界の生き物の魂には、その生き物の、スキルだったり、魔力だったりが集約されている。
だから、魂を集めれば、それらの魔力をも大量に集めることが出来るということで、誰でもこれまでのようなことを起こせるとカドルは語った。
その話を聞いて、俺は思い出したことがある。牙の旅団がこの地で全滅した際に、ケリスはその死骸から何かを抜き取り、魔石のようなものに封じ込めた。
あれは、ひょっとしてこれのことだったのか?ジゲンも、恐らく魂を抜き取ったと推察していたしな。
だとすれば、この中には牙の旅団の皆の魂もあるのかもしれない。俺は魔石を手に取った。
だが、しばらく眺めていたり、魔力を込めてみても特に反応はない。それどころか、先ほどまで禍々しい気配を漂わせていたのだが、俺が手にした途端、その気配はすっかりなくなり、ただの水晶玉のようなものになってしまった。
不思議に思いながら、玉を眺めていると、カドルも覗き込み、口を開く。
「む? ムソウ殿が触れた途端に何も感じなくなってしまったな。天界の波動により浄化されたか?」
「ああ……なるほど。浄化されるとどうなるんだ?」
「普通なら、封じ込められていた魂が解放されるのだが……これにはすでに魂など入っていなかったのかも知れないな……」
あれだけのスケルトンや、九頭竜を生み出したのだ。この中にはすでに魂が無いのでは、とカドルは語る。
確かに、手にした宝珠からもそんな気配はない。恐らくは、スケルトンを操作する力くらいは残っていたのだろうな。
そして、俺が神人化したまま触れたものだから、そういった邪悪な効果も浄化され、ただの石に近いものになったと考えた方が良いか……。
「なら、これはもう要らねえな」
また誰かが拾って、今回みたいなことを引き起こさせるわけにはいかない。俺は、魔石を高く投げ、落ちてきたところで切れ目を狙って、斬った。地面に落ちると、魔石は縦に割れ、音もなく崩れていく。
これで、ひとまずは安心だと思い、カドルを見ると、何やら俯き考え事をしているようだ。魔石があった場所を見つめ、ぶつぶつと呟いている。
「何してんだ?」
「……む、すまない。何でもない、ムソウ殿。それよりこれからどうするのだ?」
声をかけると、カドルはハッとし、こちらを振り向く。一体何だったのだろうかと気になったが、話を聞いている時間は無い。次なる目的地に向かう準備を進める。
だが、その前に確認したいことがあった。
「ちなみに、スケルトンの軍勢に居た魂はどうなった?」
奴らに使われた魂は恐らく、魂の牢獄に囚われて、貯められていた魂だからな。長く天へと上ることも出来ずに辛かっただろう。無事に、スケルトンから解放されたか気になり、聞いてみると、カドルは辺りに意識を向けた。だが、ここで眉を顰め、首を傾げた。
「……む? おかしいぞ。いくつかの魂がまだその辺りに居るようだ」
「いくつかって……どれほどだ?」
「100……いや、1000といったところか……」
「は? そんなに居るのか?」
カドルの言葉に出発準備を止めた。ある程度の大量の魂はすでに気配すらなくなっているらしい。
だが、僅か……と言っても、あの数のスケルトンに比べるとわずかだが、まだ1000程の魂がこの地に残り続けているとのことだ。
ちなみに、他の魂はそのままスーッと消えていったという。恐らくは、魂の回廊にでも行ったのだろう。
中には魔物の魂なんてものもあったが、滅する必要も無いとして、カドルはそれらを見送ったらしい。
しかし、まだ残っている魂もあるとはな……。念のため、カドルと共に、魂が集まっている場所に行ってみた。何か理由があって残っているのなら聞くし、消え方が分からないというのなら、カドルが何とかするらしい。流石龍族、頼りになる。
さて、樹海を進んでいくと、そこらに光の粒が浮かんでいる一帯に行き当たる。光は、倒れたスケルトンのなれの果て……まあ、つまり骸骨の上で、ふよふよと浮かんでいる。
こいつらか……なんで浮いたままなんだろうと近づいていく。
「おい、なんで動かねえんだよ」
「早く行かねばまた、同じような目に遭うぞ」
―……―
俺とカドルが魂たちに語り掛けるが、何も語らない。ただ、その場でふよふよと浮かんでいるだけだ。
やはり埒が明かないと思い、先ほど言っていたように、カドルにどうにかしてくれと頼む。だが、カドルは、首を傾げながら、魂たちの様子を見ていた。
「どうした?」
「う~む……ムソウ殿、これは雷雲山と時と同じではないか?」
雷雲山の時って……ああ、あの時九頭竜から出てきた魂は、死骸と何かが結ばれていて、自由が利かなかったんだよな。話すことも出来ずに、今のこいつらのように、死骸の周りを浮かぶだけだった。
カドルの言葉に頷き、俺は無間を抜き、スキルを発動させる。俺の視界のあちらこちらに、赤い切れ目が現れる。
そして、魂の方を見てみると、俺達の予想通り、スケルトンの残骸と、その上の魂との間に、ひものようなものが見え、そこに切れ目があった。
「どうだ? ムソウ殿」
「ああ、視えるな……これも斬った方が良いだろう」
俺は、目についた魂から順にそのひもを斬っていく。ひもを斬っていく。すると、俺の頭の中には、感謝と、解放された喜びに満ちた声が聞こえてくる。
―やった! 自由に動けるよ!―
―ああ、こんな日が来るなんて、夢にも思わなかった!―
―ありがとう……お若いの……―
―おじちゃん! ありがとう!―
聞こえてくる声からして、年の程は様々だ。子供から年寄りまで、老若男女問わず、様々な声が聞こえてくる。
俺はなおも、解放されていない魂のひもを斬っていく。
そして、全てのひもを斬り終えると、辺りで喜びの声を上げる魂たちは、そのまま俺の方に近づいてきた。俺の周りを光の粒が覆い、それは何とも幻想的な光景だった。
「自由になれたか?」
―はい!貴方のおかげで、私達も救われました。本当にありがとうございます……―
「気にすんな。ところで、聞きたいことがあるのだが……」
俺は魂たちに何故、魂の牢獄に囚われることになったのか、何故スケルトンになっていたのか確かめることにした。
魂たちの話では、魂の牢獄に囚われたということに関しては、よく分からないという。
確かに自分たちが死んだということは覚えているのだが、気づいたら、ここに居る連中と共に、辺りが真っ暗なところに居たらしい。
そのまま不安な気持ちで辺りを漂っていると、何日か……いや、何年かに数人、自分たちと同じく、命を失い、魂だけの存在となった者達が、その空間に新たに入ってきたりしていたという。
そうやって、来る日も何かに怯えるように過ごしていると、突然意識を失い、気づいたら、自分がスケルトンになっていて、この樹海を歩いていたというのが、大体の奴らがしていた話だった。
意識は元のままなんだな。やはり、冥界なり、天界なりに行かなければ、新たな生物として生まれるということにはならないらしい。
「なるほど……では誰が、自分たちをそういう目に遭わせたかというのは分からないわけだな?」
―はい……そして、スケルトンから抜け出ることも敵わず、貴方様に解放させていただくまで、私たちは、必死にもがいていました……―
なんでも、魂の状態になると、別の肉体にそれを定着させられた場合、自分の力だけではどうにもできないらしい。だからこそ、カドルも九頭竜から解放されることが無く、最終的に俺に切ってくれと頼んできたというわけか。
「しかし、普通なら、肉体が滅べば、魂も勝手に出てくると思ったのだが、お主たちは何か違うようだったな?」
カドルは魂たちに近づき、口を開く。すると、カドルの周りを浮かんでいた魂たちは、口を開いていく。
―ええ、この姿になるまでは分からなかったのですが、雷帝龍様の仰る通り、私達もそうなるものだと思っておりました―
―俺達以外の奴らは解放されていたからな……俺も、すぐに魂の回廊ってやつに行けたんだと思ったが……―
―あのねー、何かがぼくをしばってて、なかなかでられなかったのー!―
「ん? やはりあれが原因か……。何かあるのか?」
肉体が機能を失ったのに、魂たちは解放されなかった。やはり原因は先ほどのひもだと思い、スケルトンの死骸を探ってみた。
すると……
「……ん? 何かあるなあ……」
俺は骨の残骸の中から何かを見つけた。それは薄汚れた羽のようなものだ。何でこんなところにあるのだろう……。
手の中の羽には何も感じない。周りの魂たちに心当たりはあるかと尋ねると、皆、知らないと答える。
やはり何も関係ないのかと思っていると、カドルがずいっと身を寄せて、目を見開く。
「それは……神族……いや……そんなわけない。ということは神人の羽か……」
「む!? 分かるのか!?」
パッと見ただけでは何の羽か分かることは出来ないその羽を、カドルは見抜いているようだ。何が違うのか尋ねてみると、カドルは神人、もしくは神族の羽について説明する。
「神族の羽にはそれが例え、体から離れていても、持ち主の魔力を宿し流れ続けるという特徴がある。羽の中に魔力が流れている以上、それは神族ないし、神人のものと見て間違いないだろう」
俺達には見えないし、感じることが出来ないのだが、カドルには、葉の葉脈が栄養を行き渡らせているように、羽全体に魔力が流れているのが見えるそうだ。
そこから、この羽が、神人のものということが分かったらしい。
そして、俺はこの羽が神人のものということで、とある考えに行きつき、カドルに確認してみた。
「なあ。例えばこの羽を使って、遠くからでも自分の力を使うことって出来るか?」
「う~む……神族のことは分からんが、出来ると思うぞ。我の場合は鱗だが、似たようなことが出来るからな。
龍族を生み出した神族、そして、神族の血を持つ神人も出来てもおかしくは無いだろう」
「……そうか」
カドルの言葉を聞き、俺の考えは恐らく正しいだろう。
多分、この羽はケリスのもので、恐らくは植え付けた魂が離れないように何かしらの力を使うための触媒として使っていたのだと考えられる。
これは……証拠になりそうだな。ケリスを斬って良いという大義名分の証拠に。これだけのスケルトンを生み出したのだ。ケリスの罪というのを、王都も重いと受け取ってくれるだろう。
まあ、現時点で、俺があいつを殺す理由は足りているがな……。
俺は、そこらにあったスケルトンの残骸の中から、あるだけの羽を回収していく。
そして、今出来る、ある細工を施し、異界の袋に入れていった。これをしておけば、何かあっても大丈夫だろう。
そうやって作業を続けていくと、浮かんでいた魂が俺に語り掛けてくる。
―本当に……ありがとうございました―
―おじちゃんのおかげで、僕たちも自由になれたよ!―
「気にすんな。お前らをあるべき姿に戻しただけだ。もう、誰かに利用されないように、そろそろ行けよ」
なおも感謝の言葉を述べる魂たちにそう言うと、魂たちは、俺の言葉に呼応するように、一瞬だけ、輝きを強め、フッと消えていった。
それぞれの魂は、それぞれの還る場所というところに帰っていったらしい。
俺は跪き、奴らのこれからの旅の無事を祈った。また、どこかで会えたら良いなと思っている。
「……さて、では次の場所に向かうとする。出来れば、今回も一緒に来て欲しいのだが……」
作業を終え、準備を済ませた俺は、カドルに振り向いた。これから行く、チャブラとの領境にある山岳地帯でも、コイツの力を使いたいと思っている。
すると、カドルは頷き、口を開く。
「無論だ。この程度の働きで、恩を返せたとは思っていない。ムソウ殿の気のすむまで供を続けよう」
「……感謝する。代わりに俺からは天界の波動を与え続けよう」
「それだと我ばかりが貰う形になるが……」
「別に良いだろ……では、行くぞ!」
多くのスケルトンを殲滅し、闘鬼神の捜索も手伝ってくれている。俺としてはもう、十分すぎる働きなのだが、カドルにとっては物足りないらしい。
この後も、俺に着いてくるという道を選んだカドルに頭を下げて、俺達は樹海を飛び立つ。
しかし……このままだと、領境でも何か起こる可能性がある。
まあ、カドルも居るし、少なくとも、雷雲山や、この樹海に行った奴らは死んではいないという可能性が確認された。きっと、次の場所でも大丈夫だと思い、俺は領境の山岳地帯を目指していった。




