第207話―“刀鬼”の帰還―
トウショウの里の下街では、ツバキから書状を受け取った、ジロウ一家頭領、シロウにより、住民たちの避難が行われていた。
何も起きていないのに、避難というのはおかしな話だと首を傾げる住民たちに、シロウやジロウ一家の面々は説得を続ける。更には、ムソウの世話になった、元花街の浮浪者たちだった住民も協力し、下街全域にムソウの屋敷に避難するようにと伝わっていく。
流石の住民たちも、皆のただならぬ気配に驚き、シロウ達の言葉に頷いた。
そして、下街中から住民たちが、ムソウの屋敷に集まってくる。
だが、いくら屋敷が大きくても、全ての人間は入らない。そこで、現在の仮の家主となっているジゲンは、屋敷の裏手にある崖に、魔法を使える者達で洞窟を作った。
そして、その中にムソウから預かった、「亜空間コア」を設置し、魔力を込める。
すると、洞窟の入り口の大きさはそのままに、中だけが広くなった。
ジゲンとシロウは、どういう仕組みなのだろうかと驚きつつも、たまやリンネ、女中たちと共に、下街の住民たちをその中に誘導していく。集まってきた住民たちも、洞窟に入って、不思議そうに首を傾げていたが、たまの、
「じゅうにせいてん様のお力だからあんしんして!」
の、一言で、何も考えなくなり、取りあえず、ここで過ごそうと納得した。
一応、今はまだ余裕がある広さだが、避難者が増えるごとに、亜空間コアに更に魔力を込めることで、広さを確保できることを確認し、快適に過ごせるようにと、蜂の巣のように、洞窟内の壁に穴を掘っていった。
ひとまず住民たちはそこで過ごすことになり、お互いに手を取り合って、街の様子を伺っていた。
その後、シロウは手勢を率いて街の巡回及び、逃げ遅れた者達の捜索で屋敷を離れていく。
ジゲンは洞窟を数人の女中と、残ったジロウ一家の者達に任せ、その場を後にする。
よく見ると、洞窟を任せたジロウ一家の者達の中に、かつて自分の副官として、補佐をしてくれていた初老の男が居ることに気付く。
自分の正体にはやはり気付いてはいないようだが、その男は、ジゲンが頭を下げると、あの頃と同じように、胸をドンと大きく叩き、任せてくれ! とニカっと笑っていた。
ジゲンはそれを見て、ひとまず、この場を任せて屋敷へと戻る。
たまやリンネも残そうと思っていたのだが、たまがどうしても屋敷でムソウを待ちたいと言い、リンネもたまの意志を尊重するように、頷き、たまを護る! という目でジゲンを見てきたので、二人の言葉に納得し、頷いた。
その後、二人はアザミと数人の女中たちと共に、避難してきた者達への炊き出しの準備を始めるため、炊事場へと向かった。
ジゲンの方は、愛刀「帝釈天」を持ち、未だ眠ったままのダイアン達の様子を伺った。
「ふむ……やはりまだ目は覚まさぬか……」
布団の中で穏やかに寝息を立てている三人を眺めながら、ジゲンは呟く。自身もかつて呪いにかかり、それから数日後に目が覚めた。
しかし、その時は闘い続けた後、それもサネマサに斬られた後で、相当疲労が溜まっていたということもあったからだ。
つまり、この様子を見る限り、三人にも相当の疲労があったのだろうと思い、取りあえず目を覚ますのはゆっくりと待つことにした。
しかし、リアだけは呪われていない。恐らくは、雷雲山に、ムソウが言うところの人界の大いなる災いとなる魔物が居たのだろう。それにやられて生き残ったリアだけが、ここに帰ってきた、あるいは、雷雲山からは下りられたが、ここに向かう途中にダイアンとカサネに襲われたのか……。
自分のことがあっただけに、仲間同士で戦い合ったという可能性も示唆して、思いを巡らせるジゲン。しかし、考えれば考えるほど、あの日のことが思い出され、ケリスに対しての殺意だけが強くなるのを感じ、ハッとする。
「いかんのう……冷静にならねばな……」
一度、頭の中を整理し、大きく深呼吸をして、自分を落ち着かせるジゲン。今はムソウにこの屋敷を預かった身。自分が取り乱しては駄目だ。
それに、牙の旅団に居た時は、常に自分が冷静に状況を判断し、仲間たちに指示を出していた。
こんなことで取り乱していては、あの世でミドラに笑われると思いながら、更に落ち着いていくジゲン。
取りあえず、他の闘鬼神の捜索はムソウに任せてある。今はこの屋敷を護ることにだけ集中しようと思い、立ち上がり部屋から出た。そして縁側に座り、この後はどうするべきかと考えを巡らす。
天災級の魔物の襲来というのは、ジゲンにとって初めてのことではない。三十年前の壊蛇襲来の折には、今のように、住民を一か所に集め、避難させ、腕に覚えのある者達で街の護りを固めていた。
自らが率いていた牙の旅団だけでなく、クレナ中の傭兵たちが集まり、領主と共に、壊蛇と、壊蛇にくっついてこの地に来た多くの魔物たちから街を護るために戦った。
結果的に、多くの戦死者を出したが、街を護ることには成功できた。
今回も似たようなことが起きかねない。天災級の魔物の出現により殺気立った魔物たちがここを襲ってこないとも限らないので、今の状況になったことには納得する。
しかし、こちらの兵力は、自分とツバキ、リンネ、シロウ達、下街の自警団。このままツバキがアヤメに書状を届け、ギルドの冒険者たちや、ショウブ一家が加わったとしても、果たして勝てるのだろうか……。
この作戦の肝は、やはりムソウにかかっている。天災級の魔物さえ倒してくれれば、後は露払いのようなものだ。自分たちでも何とかなるだろう。
だが、大きな懸念もある。恐らく裏で糸を引いているであろう、ケリスの存在だ。
未だ、ジゲンの元にはケリスが動いたという情報は入っていない。通常ならば、天災級の魔物が出現したとの情報があれば、各領地に居る貴族たちは、家族を連れて、転送魔法を使い、王都に行くという仕組みになっている。
ツバキの書状がアヤメの元に行き、天災級の魔物の存在が示唆された時点で、貴族たちは動くだろうと踏んでいたが、そのような話は届いていなかった。
ツバキがまだギルドにたどり着いていないという可能性も考えたが、それにしては時間が経ちすぎている。朝方に出て、現在の時刻は昼前だ。流石に何らかの動きがあってもおかしくないというのに、貴族どころか、花街、上街の動きはないとのこと。
この状況になってもケリスが動かないというのは、ムソウとの話の中で、何となく想像は出来ていた。天災級の魔物を操り、そのままクレナを掌握するというのなら、逃げる必要は無い。
しかし、ケリスだけではなく、アヤメたちにも動きが無いということで、ジゲンは何かがおかしいという違和感を抱いていた。
すると突然、庭の方から声が上がる。
「おじいちゃん! あれ、見て!」
ハッとし、顔を上げるジゲン。声の主はたまだった。隣にはリンネも居る
二人は屋敷の裏手にある山の上、つまり、花街、上街のある方向を指さしていた。庭へと出て、たまの指差す方向を見たジゲンは言葉を失った。
「何じゃ……あれは……!?」
ジゲンが見たものは、トウショウの里のある山の上部がすっぽりと黒いもやで覆われている光景だった。まるで黒い霧がかかったような不気味な気配を漂わせている。
たまの声に、闘鬼神の女中たちも、屋敷に残っていたジロウ一家の者達も、庭へと飛び出て、ジゲンと同じく花街の異変に絶句している。
何かが起こったらしい。ここからだと良くはわからないが、恐らく良くないことが起こったようだ。
ジゲンは、その場にいる者達に、すぐに守りを固めるように指示を出そうとした。
だが、それより早く、屋敷の門が勢いよく開き、そこから、慌てるシロウの叫び声が聞こえてくる。
「爺さん! 皆! 逃げ――」
ドオオオオオオンッッッ!!!
シロウが最後まで言い終わらないうちに、屋敷の外で強い爆発が起こった。爆発の衝撃に、シロウの体は宙を舞い、庭へと転がり込む。
「シロウッ!」
慌ててシロウに駆け出すジゲン。体中から血を流し倒れているシロウに近づき、体を起こした。どうやら息はあるようだ。
「アザミ殿! シロウの治療を頼む! 自警団の者たち、特に魔法を使える者は、結界の魔道具を起動させよ! リンネちゃんは、たまを頼む!」
ジゲンは庭に出ていた者達に指示を出す。だが、皆あまりの出来事に、目を見開き、動けないでいた。
「さっさとせんか!!!」
ジゲンは普段のなりを潜ませ、皆に檄を飛ばした。ハッとしたアザミたちはジゲンの言葉に頷き、それぞれ行動する。
アザミはすぐさま、屋敷から回復薬を持ってきて、シロウに与えた。シロウの体が輝き、傷を癒し出す。そして、シロウを連れて、後方へと下がった。
自警団の者たちは、屋敷に設置してあるミサキの結界が封じられた魔道具に魔力を込めて起動させる。屋敷全体に結界が展開されると、各々武器を持って、庭へと出てきた。
リンネは震えているたまの前で獣の姿となる。そして、たまを咥えて、後方へと移動し、全ての女中が屋敷に入ったことを確認すると、そのまま、門の方向に構え、臨戦態勢をとる。
それぞれの行動が完了したことを確認したジゲンは刀を抜き、屋敷の外に目を向けた。先ほどの爆発で、辺りは土煙で何も見えない。
だが、土煙の向こう側からは、斬波や、魔法、気での攻撃などがこちらに撃ち込まれてきている。結界に阻まれ、屋敷自体は無事だが、一体この攻撃は誰がしているのかとジゲンは疑問に思っている。
すると後方で、傷が癒えたシロウの、悲しみに満ちた声が聞こえてきた。
「なんで……なんでだよ……なんで……あいつらが……」
シロウは今の状況を受け入れられないという状況だ。一体何が起こったのか、シロウに確認しようとするが、その時、屋敷の外から、一人の男の声が聞こえてきた。
「チッ、結界か……小癪な真似しやがって……オラッ! とっとと行けや!」
イラつくような、乱暴な言葉遣いの男の声がした直後、外から、圧倒的に強い威圧感を感じた。
それは、災害級以上の魔物のような、何か途轍もない強さを持つ強者の気配。親友であるサネマサにも負けずとも劣らない気配を感じ、ジゲンは、刀を持つ手に力を込める。
すると、土煙の奥から何かが飛び出し、そのまま屋敷を覆う結界へとぶつかった。
バチバチと音を立てながらも結界はその一撃を耐える。
……しかし、突然ピシッと音を立てて、その一撃の周りにひびが入り始めた。
「いかん! 皆の者! 伏せるのじゃ!」
ジゲンが皆にそう言うと、リンネは張っていた結界を強くし、自警団の者たちは武器を自らの前で構え、ジゲンも同様の行動をとる。
その直後、パリン! と大きな音を立てて、結界魔法が砕かれた。そして、結界を砕いた一撃はそのまま地面に強い衝撃を与える。
「むうっ! 何者じゃ!?」
ジゲンは衝撃を回避しながら、その攻撃を放った者、さらには土煙の中に居る者達を暴こうと、斬波を放つ。
ジゲンの斬波によって、晴れていく土煙。態勢を立て直し、自分を襲ってきた正体を確認したジゲンや、屋敷に居た者達は、絶句した。
……そこに居たのは、大きな槌を構え、自分たちを睨みつける、十二星天、“鍛冶神”コモン・ロンド、さらにその後ろには、クレナ領主アヤメ・クレナ、自警団ショウブ一家の長ショウブ、高天ヶ原の管理人ナズナがそれぞれ武器を構えながら、多くの人間の先頭に立ち、こちらに敵意を向けて立っていた。
「……コモン……さま……?」
長い沈黙の後、最初に口を開いたのは、たまだった。たまは自分の目が信じられないかのような表情で、コモンを見つめる。
コモンの方は、地面に打ち込んだ自らの大槌、神具「火具槌」を肩に担ぎ、ジゲンの方を虚ろな顔で睨んでいる。
そして、その後方に居るアヤメたちもまた、生気を感じさせない表情で、武器を構え、屋敷に居る者達を睨んでいた。
「コモン様……なんで!? ……りょうしゅ様も! ……なんで!? どうして!?」
訳が分からず、たまは皆の方に駆け出そうとした。だが、近づいては危険だと、他の女中たちや、リンネに止められ、その場で泣きじゃくる。
女中たちや、自警団の者たちも同様に、コモンたちを信じられないという表情で見ている。
一方、ジゲンは何か、納得したような顔で、コモンたちを見ていた。
そして、頭の中ですべての符号が合わさったような感覚を覚えている。黒いもやに覆われた花街と上街、屋敷を攻撃してきたコモンや、アヤメ達……。
……皆の怪しく赤く輝く瞳。
ジゲンは、頷き、コモンに問いかけた。
「……呪いかの?」
「……」
ジゲンの問いかけに、コモンは無言のままだ。
その時、アヤメたちの背後で、先ほどの男の笑い声が聞こえてくる。
「ハーハッハ!!! その通りだ! こいつらは我が主の力で操り人形と化している! つまりは俺の思いのままだ!!!」
声の主は、大きな刀を背中に背負った大男だった。男の手には、怪しげな魔石のようなものがあり黒いもやをゆらゆらと放出している。
以前花街で見かけた闘宴会の長の男だ。確か名前はバーク。バークの周りには、多くの闘宴会の者達が集まっている。
「ここがあのボケ冒険者の家か! 今までの恨みたっぷりと晴らしてやる!」
「ついでに女もいただいていくか! 結構な上玉がそろっているようだしな~!」
闘宴会の者達は、下卑た目で、舌なめずりをしながら、アザミたちを眺めている。
なるほど、ムソウが不在となった今、襲ってきたというわけか。
まあ、こいつらの言う、「我が主」がクレナを掌握するついでに、といったところだろう、とジゲンは思っていた。
だが、今はそんなことどうでも良い。ジゲンはバークたちの言葉を無視し、更にコモンに問いかける。
「ふむ……あの馬鹿のおかげで大体わかったが……コモン君たちを呪ったのは……ケリスかの?」
「……」
コモンは相変わらず、黙ったままだった。そして、そのまま大槌を振り上げ、自らのスキルで生み出した炎を纏わせる。すると、背後でアヤメたちも武器を振り上げ、今にも飛びかかろうと、準備を整えた。
仕方ないかと思い、ジゲンは臨戦態勢をとる。
……だが、ここでコモンの体が震え出した。全身に力を入れ、自らの体を動けなくしているようだった。
「ジ……ゲン……さん……皆……さん……」
かすれるような声が、コモンの口から聞こえてくる。ハッとする屋敷の者達、そして、ジゲンの目の中には、血の涙を流すコモンの顔が映っていた。
「僕ヲ……止めて……殺シテ……くだ……サイ……」
コモンは必死に、絞り出すように、ジゲンに懇願する。たまや女中たちからは、泣き声と共に、コモンの名を呼びかける声が出てくるが、コモンに変化はなかった。
ジゲンは深くため息をつき、コモンにニコリと笑った。
「……死なせんよ。皆でまた……たまの美味しい料理を食べるとムソウ殿と約束したからのう。そして、儂も……もう、何も失わないと誓ったのでな……」
ジゲンはコモンにそう言って、背後に居る項垂れるシロウ、そして、アヤメたちに目を向けた。
アヤメたちもまた、血の涙を流しながら、何かに耐えているように、ジッと立っていた。
またしても、ケリスの思惑で、大切なものを殺すわけにはいかない。かつての仲間達、かけがえのない親友たちと一緒に護って来たものを自分の手で、斬るわけにはいかないと、ジゲンは刀を握る手に力を込める。
コモンは更に、涙を流し、口を開く。
「……すみ……ません……」
「謝るのなら、ムソウ殿にな。それに……たまにもじゃ。あの子を悲しませることは、流石の儂も許さんぞ?」
「……はい……」
「さて……ムソウ殿と約束はしたが……少々手荒になるが……良いかの?」
「……」
ジゲンの最後の問いに、無言で頷くコモン。その口元は、わずかながら微笑をたたえているようだった。
……サネマサよ……お前は……こんな気持ちだったのか?……
心の中で、ふと、自分が斬られたことを思い出していた。
そして更に、ここには居ない親友と、かつて、自らが葬ってしまった戦友たちの顔を一人一人思い出す。
……皆……長い間……待たせてしまったのう……
ジゲンは決意を固め、ジッとその場に佇んだ。
……やがて、コモンの力が抜けていく気配がする。
すると、後方で控えていたアヤメたちが飛び出し、バークの号令と共に、闘宴会の者達が屋敷になだれ込んでくる。
「やれ! あの爺い諸共、シロウのガキどもを殺し、屋敷を落とせ!!!」
「ウオオオオッッッ!!!」
雄たけびを上げながら、門壁を破壊し、自らに向かってくる敵の軍勢。そして、正面に居るコモンからは、燃え盛る大槌の一撃が、ジゲンに向けて、振り下ろされてくる。
「おじいちゃん!」
「爺さん! 逃げろオオオッッッ!!!」
たまとシロウは必死になって叫ぶが、周りの雄たけびでかき消されていく。だが、ジゲンには、二人の「家族」の思いは充分伝わっていた。
フッと笑い、敵陣に向けて、刀を振った。
「……奥義……六道斬波ッッッ!!!」
ジゲンが刀を振るうと、刀身から六つの巨大な斬波が飛び出てくる。そのうち二つの斬波は交差しながら、コモンへと向かい、攻撃を弾くと共に、コモンの体を屋敷外へと弾き飛ばす。
そして、アヤメ、ナズナ、ショウブに斬波が向かうと、三人ともハッとし、防御態勢をとる。だが、威力が強すぎるのか、そのまま、三人も屋敷の外へと吹き飛ばされた。
残りの斬波は、闘宴会の者達を薙ぎ払っていき、ある者は斬られ、また、ある者はコモンたちと同様に、外へと吹き飛ばされていく。
突然屋敷から放たれた、大きな衝撃と、宙を舞う闘宴会の者達や、コモン達。あり得ない光景に、バークは一瞬ぽかんとし、狼狽える。
「な……何だ!? 何が起こったああああ!?」
あまりの状況に、理解が追い付かないバークは、目を白黒させて、死屍累々となった自らの闘宴会を眺めていた。
庭に居る者達は目を見開き、口を大きく開けて、ジゲンの背中を見ている。とりわけ、一番動揺しているのはシロウだった。シロウは、ジゲンを指さしながら、口を開く。
「じ、爺さん……それ……」
先ほど、ジゲンが繰り出した技を見て、呆然とし、何が何だか分からなくなっているシロウ。
だが、ジゲンは、そんなシロウを構うことなく、たまに目をやった。
他の者達とは違い、涙目で自分を見つめるたまに、ジゲンはニコリと微笑む。心配するなと頷くと、たまも頷き、リンネの陰に隠れた。
そうしていると、先ほどの攻撃で生き残った闘宴会の者達、更にはコモンたちも立ち上がり、武器を構える。
そして、息を吹き返したかのように、バークがジゲンに大刀を向けながら怒鳴り散らしてきた。
「テメエ、くそ爺いが!!! 何もんだ!? この野郎!!!」
「ふむ……儂も有名じゃと自分では思っておったが、やはりひよっこは知らぬか……」
「し、質問に答えろってんだ! 何で、こんなことできる奴が、ここに居るんだよ!!!???」
ジゲンの軽い挑発に顔を真っ赤にしたバークは更に喚き散らす。ジゲンはそれ鼻で笑い、懐から古びた異界の袋を取り出した。
そして、その中から一枚の羽織を取り出す。昔、親友達からこの屋敷で住むことになった祝いと言って貰ったものだ。壊蛇の素材と多くの災害級の魔物たちの素材で出来ており、見た目と違って、そこらの鎧よりも強力な防御力と、多くの属性攻撃による耐性を備えている。
主に、コモンからの攻撃に対してのつもりだったが、それを見た、シロウ達自警団の者たちは更に目を見開いた。
羽織の背中には、布切れを身に纏った骸骨が刀を構えている紋章と、交差させた刀の両脇に、二頭の向かい合う獅子のようなものが描かれた紋章の刺繍があった。
ジロウ一家と、牙の旅団、自らが設立した、二つの家族の紋章が描かれた羽織に袖を通し、長く垂れていた前髪を掻き上げ、後ろで結った。
あらわになった、緑眼と紅眼の中にバークを映し、そして、屋敷に向かって駆け出してくるコモンやアヤメたちを見据え、刀を構える。
「……では、行くかの」
呆気にとられるシロウ達の前から、ジゲンは駆け出し、敵陣へと突っ込んでいく。
そして、燃え盛る炎を纏ったコモンの大槌と刀を会わせてぶつかり合った。
「うむ……長く使ってなかったが、この羽織の効果は健在じゃの。先ほども言ったが、儂はサネマサほどお人好しではない。手荒にゆくぞ!」
羽織の調子を確かめたジゲンはそのままコモンと武器を打ち合う。そして大槌を弾くと共に、十字斬波を放ち、コモンのとの距離をとった。
その直後、遠くからナズナが、刀に気を集中させ、巨大な突き技を放ってくる。
ジゲンも刀に気を集め、ナズナの攻撃を迎え撃った。二人の攻撃は相殺され、衝撃で近くに居た闘宴会の者達は吹っ飛んでいく。
「ほう……ロウの技をそこまで昇華させたか。じゃが、その技はやはり隙が多いのお……」
ジゲンが呟くと、ハッとした様子のナズナ。いったん距離をとり、刀に気を集め出す。
すると、今度はいつの間にか上空に居たショウブが鉄扇を広げる。そこから炎や、冷気を纏った風の刃が、いくつも飛び出し、辺りをヒュンヒュンと音をたてながら飛び始めた。
「……!」
ショウブが、鉄扇をジゲンに向けると、凄い数の風刃がジゲンに襲い掛かってくる。
ジゲンはショウブと同じく、手から風刃を放ち、それぞれの刃に対処していく。
「ふむ……風刃に属性付与か。厄介じゃが、タツミのようにそれ以上の数の風の刃を作り出せば、何のことはないのう……」
ショウブが出した風刃よりも多くの風刃を放ち、ショウブの技をかき消したジゲン。
そこに、ナズナから、十字斬波が放たれてくる。
「む! 十字斬波ッッッ!」
ジゲンも同じく十字斬波を放ち、ナズナの攻撃を相殺させた。
ジゲンは宙に浮くショウブ、そして、ナズナを見ながら微笑む。
「いやはや、相変わらず息の合った攻撃じゃのう。儂も歳じゃし、シズの拘束も無い、エンミによる補助も無いのじゃから、もう少し手加減して欲しいものじゃが……ん?」
二人に話しかけていると、今度は背後から空気を切る音が聞こえてくる。振り返りながらそれを防ぐと、攻撃を仕掛けてきたのがアヤメと確認する。
そのまま鍔迫り合いをしながら、ジゲンはアヤメに話しかける。
「前にも言ったじゃろう? 遅い、と。……儂は、お前には厳しめにゆくぞ」
「……叔父……貴……?」
ジゲンの問いかけに、アヤメは反応する。どうやら、二人と違い、意識はあるようだ。今なお血の涙を流し、歯を食いしばりながら、体に力を入れているようだ。
アヤメの反応に、目を見開くジゲン。そして、穏やかに微笑んだ。
「……やはりお前は強く……そして、良い子に育ったのう……。
今しばらく待っておれ。すぐに楽にするからの」
ジゲンの言葉に、アヤメはわずかながら頷く。ジゲンはアヤメの腹を蹴り、距離をとろうと跳んだ。
だが、そこにコモンからの一撃が襲ってくる。
ハッとしたジゲンは空中で刀を構え、コモンの一撃を防いだ。
「むう!」
だが、コモンの攻撃は強く、重い。そのまま吹っ飛ばされてしまう。
地面へと落ち、態勢を整えようとすると、コモンは追撃を加えようと、迫ってくる。
刀を持ち上げ、攻撃を防ごうとすると、自分の後方から、巨大な影が躍り出た。
「クワンッッッ!!!」
それはリンネだった。リンネは、ジゲンとコモンの間に割って入り、尾を重ねてコモンの一撃を弾く。
そして、そのままコモンに体当たりをして、吹っ飛ばすとともに、ジゲンを咥えて、いったん屋敷の方へ下がった。
「危ないところじゃった……感謝するぞ、リンネちゃん」
「ク~~~」
助けて貰った礼にと、リンネを撫でるジゲン。それに喜んだリンネは、アヤメたちを見据え、構える。
どうやらこのまま共に戦ってくれるらしい。だが、たまの方は大丈夫なのかと思っていると、リンネは小さな狐火を浮かばせ、ジゲンの方に飛ばした。
狐火はジゲンを纏うように燃えて、消えていった。それを確認したジゲンは、ああ、と納得する。
「なるほど……これがムソウ殿の言っていた、一度だけ攻撃を受けても大丈夫というものか?」
「クワン!」
「それで、これをたまにも?」
「ク~!」
ジゲンの言葉にリンネは尻尾を振って頷く。なるほど、それなら安全だと思い、再度リンネを褒め、顔を撫でると、リンネは嬉しそうな顔で笑った。
一応、たまの近くに居た女中たちに、たまの髪飾りに魔力を込めるように指示を出す。言われた通り、アザミがたまの頭に手をかざし、念じると、髪飾りが輝き、周囲を小さな結界が覆った。
コモンから貰った髪飾りの効果だ。ミサキのものとまではいかないが、ある程度の攻撃なら防ぐことが出来る。
ムソウも自分も離れているという時に、たまの身に危険が降りかかりそうならと言うことで貰ったのだが、こんな展開で役に立つとはと、ジゲンは頭を掻く。
そして、たまの安全を確認したジゲンは、敵の方に目を向ける。
「ふむ……やはり、アヤメ達だけならまだしも、コモン君まで居るとなると、少々辛いものがあるのう……。
リンネちゃんも入ったとしても、その他にも、雑兵がおるみたいじゃし……」
「ク~~~……」
「そうじゃの……やはり、もう一人くらいは戦力が欲しいのう……」
ジゲンは一つため息をつき、屋敷の方へ振り返り、未だ呆然としているシロウに目を向けた。
「……シロウ……手伝ってくれんか?」
ジゲンはニコリと笑って、シロウにそう言った。するとシロウはハッとし、ジゲンに近寄っていく。
「……えっと……その……親父なのか?」
シロウは何か気まずそうな顔で、ジゲンにそう尋ねた。ジゲンはフッと笑い、シロウに頷く。
「うむ……そうじゃよ」
「本当に……親父か?」
「そうじゃと言っておるじゃろう」
「本ッ当に! ……親父か!?」
シロウは瞳に涙を浮かべ、何度もジゲンに、親父か? と聞いてくる。そして、ジゲンが頷く度、目からは涙があふれ、シロウは、自らの腕を目に当てて泣き崩れた。
ジゲンは穏やかな表情のまま、シロウの肩に手を置く。
「治ったかと思ったのじゃが……泣き虫は相変わらずじゃの……」
「だっで……だっで……」
「これこれ……いい歳をした大の男がそんな簡単に泣くものじゃないぞ」
ジゲンはまるで子供をあやすかのように優しい言葉を投げかけながら、シロウの胸を軽く小突く。シロウは頷き、ガシガシと目をこすり、涙を拭ってジゲンの顔を見つめた。
そして、ニッと笑い、ゆっくりと口を開く。
「……おかえり……親父」
「ああ……じゃが、その台詞はまだじゃぞ? 出来ることなら、皆で迎えて欲しいものじゃ」
ジゲンはそう言って、アヤメたちの方を見る。
先ほどまで、動揺をあらわにし、動けずにいたシロウは、ジゲンの言葉に頷き、腰に差していた、魔刀、零の刀「天翔龍」を抜いた。
ジゲンはそんなシロウの姿に頷き、自らも刀を構えて、シロウとリンネ、二人と打ち合わせを始める。
「では、儂はコモン君の相手をしよう。流石に二人では荷が重かろう?」
「ああ。すまないが、任せたぜ、親父」
「クワン!」
ジゲンの言葉にシロウとリンネは頷く。やはり強くなったと言っても、二人ではまだまだ十二星天には及ばない。
だが、それを自分で分かっている分、二人もまた成長しているのだとジゲンは感じた。リンネの方は分からないが、シロウの方は幼い時から見ている。
自分の力と相手の力を比べ、どう動くかという判断が出来るようになったということに、ジゲンは喜んだ。
「それで、リンネちゃんはシロウの補佐をしつつ、三人と闘って欲しいのじゃが、いけるかの?」
「クワン!」
大きく返事をするリンネを、まじまじと横からシロウが眺める。
「嬢ちゃんのこの姿、初めて見た時は驚いたが、近くで見るとやっぱりすげえな……」
「ク~……!」
ふわふわとした毛並みを見ながら、撫でたくなったシロウは、リンネの首を撫でる。リンネは、うっとりとして、笑った。
「……さらに、この姿でも可愛いなんて、ムソウのおっさんが羨ましいな」
「まったくじゃの。ところで、シロウはアヤメたちの相手ということじゃが、大丈夫なのか?」
「何言ってんだよ。あいつらとの稽古も、何回かに何回かは……勝てて……いた……よな?」
リンネの毛並みに喜んでいたシロウも、ジゲンの質問に、段々と表情を曇らせていく。先ほどまで、成長を感じていたのに、そんな調子になっていくシロウの様子にジゲンも段々と不安になっていった。
「……リンネちゃん……シロウをよろしくの」
「クワン!」
ジゲンの頼みにリンネが大きく返事をする。すると、慌て始めるシロウが口を開いた。
「だ、大丈夫だって! 親父は安心して、コモン様と闘っていてくれ! 三人は任せろ!」
「まあ、ムソウ殿と共に戦ってきたリンネちゃんが居れば安心じゃ。シロウも安心して、アヤメたちを正気に戻すんじゃぞ……そして、ナズナに手紙の返事をしてやれ」
「なっ! え、え~っと……わ、わかった!」
「ク~~~?」
ジゲンの言葉に、何かハッとした様子のシロウが慌てて頷くと、いたずらっ子のような顔でリンネがシロウを覗き込む。
シロウは慌てて、懐から、ナズナへの返事であろう、何か分厚いものを入れた封筒のようなものを取り出して、リンネに見せた。
「な、何だよ、リンネちゃん。一応書けてるから安心しろって!」
「……」
それを見て、無言になるリンネ。ジゲンはリンネを撫でながら、微笑む。
「リンネちゃんは恐らく、「そんなに伝えたいことがあるのなら、直接言った方が良い」と言いたいみたいじゃの」
「クワン!」
ジゲンの言葉にリンネも頷く。ジゲンもその考えには賛成だ。何か時間がかかっているなと思っていたら、こんなにも書いていたのかとジゲンも少し呆れている。
「早く行動せんと、ナズナにも嫁の……というか、身請けが来そうじゃがのう? そして、シロウも意外とモテるようじゃし、二人がくっつくことはないのかのお……」
ジゲンはわざとらしく、落ち込むふりをして、項垂れる。リンネもジゲンの真似をして、項垂れた。もちろん、振りである。お互いの気持ちを知り、お互いがそれを知らないということを知っている二人は、面白がって、そんな行動をとっている。
闘いの前だというのに、何をしているのかと、シロウは慌てて口を開く。
「わ、わかったって! 親父たちの言うように、直接ナズナに返事するって! だから、この話はもう終わりだ! 良いな!?」
シロウの言葉を聞き、言質はとったと心で思いながら、ゆっくりと顔を上げるジゲン。
「うむ。じゃあ、あ奴らは頼むぞ、シロウ、リンネちゃん。もしも気絶させることが出来れば、屋敷にあるムソウ殿の薬を飲ませるのじゃ。呪いを解くことが出来る」
「すげえ、薬だな。分かった、そうするよ……っと、リンネちゃん、どうした?」
ジゲンの言葉に頷き、そろそろ行くかと思っていると、リンネが横で不思議そうな、というか、困った顔をして、敵陣を見ていることに気付くシロウ。
ジゲンもリンネの様子を見てみた。リンネは鼻をならしながら、辺りのにおいを探っている。そして、目は何かを探すようにきょろきょろと動かしていた。
その行動にジゲンはハッとし、自分も敵陣の様子を伺う。しかし、眼力スキルも使い、敵陣を隈なく見ても、目的の人物はいなかった。
「ふむ……リンネちゃんは、ツバキ殿を探しておるのか?」
「ク~……」
「ツバキって……ああ、あの綺麗な女騎士か。そういや、ギルドに行ったと聞いたが、確かにあの中には居ないようだな……」
シロウも、二人の会話を聞き、敵陣を探るが、ツバキの姿は見えなかった。一体どこに居るのだと三人は気になったが、ジゲンはリンネを安心させるように、口を開く。
「まあ、ここが片付いたら、花街、上街には行くことになるからのう。その時に一緒に探そう。必ず元気でいるはずじゃ」
「……クウッ!」
ジゲンの言葉に、リンネは強く頷く。ジゲンも確証をもって言っているわけではない。だが、リンネを不安にさせるよりは、嘘の一つも大事だと思っている。
そして、ジゲンは後ろでぽかんとした表情の自警団の者達、かつて、この屋敷でシロウ達と共に過ごしていたジロウ一家の者達に視線を送る。
「さて、お主たちには周りの雑兵共の相手を頼む。皆、腕は鈍っておらんよな?」
「……ハッ! 忘れられていると思っていたが、流石、元頭領、ちゃんと俺らのことも覚えていた!」
「シロウとばかり懐かしい感じに接していたから、ついつい言葉を挟むのを忘れていたぜ……」
などと言いながら、はにかむジロウ一家の者達。ジゲンは、はあ、とため息をつき、再度、口を開く。
「忘れるものか。ここで、過ごした楽しかった日々は、今でも忘れられん。……というか、たかだか五年前の話じゃ。まだ、そこまでぼけてはおらん」
「ちげえねえ!」
「で、儂の頼みは聞いてくれるのかの?」
大笑いするジロウ一家の者達は、ジゲンの言葉に強く頷き、武器を構える。数は少ないが、実力はこちらの方が上だと、安心したジゲンは、敵の軍勢に視線を向け、高らかな号令を出す。
「では……行くぞ!」
「おうっ!」
「クワンッ!」
「「「うおおおおおっっっ!!!」」」
ジゲンの合図とともに、三人は駆け出した。それと同時に、背後からもジロウ一家の者達が、駆け出す。
それめがけて、息を吹き返した闘宴会と、コモンやアヤメたちが突っ込んでくる。
ムソウの屋敷を護る為に集まった戦士たちは更に雄たけびを上げながら、それぞれの敵に切り込んでいった。




