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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
クレナの動乱を斬る
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第204話―事態が動き始める―

 その日、俺は自室で寝ていた。時刻は深夜だ。いつものように、隣でツバキが、間にリンネが寝ている。

 ある程度の準備が整った今、そろそろ雷雲山にでも向かおうと思い、今日の所は早々に寝ていた。


 だが、俺が寝ていると、ふとリンネが、俺のすぐ横で、唸っている声が耳に入り目が覚めた。


「キュウゥゥゥ……」

「どうした? リンネ」


 リンネの様子を伺うと、庭の方をジッと睨んでいる。

 すると、庭の方から、ドンッドンッと、大きな音が何度も聞こえてくる。どうやら誰かが、門をたたいているらしい。あまりの大きな音で、ツバキも目を覚ました。


「ん……あ、ムソウ様……」

「ああ、ツバキ、起きたか。何だろうな……」


 不審に思ったが、誰かのいたずらか何かかと思い、このままじゃ眠れないと、ツバキと、未だ唸ったままでいるリンネを連れて、庭へと出た。

 庭にはすでにジゲンとたま、更に数人の女中たちが居る。この音で、皆も目を覚まし、何事かと出てきたようだった。


「む? ムソウ殿も起きたか」

「ああ。誰なんだろうな、こんな時間に……」


 一応、女中たちやたまを少し下がらせて、俺とジゲンで門に近づいていく。門から聞こえてくる音は未だに途切れない。こんな夜中に誰だよ、と頭を掻きながら、門を開いた。


 そこに居たのは……


「と……うりょう……」

「「「!?」」」


 門が開くと現れたのは、全身に傷を負い、血を流しているリアの姿だった。着物のあちこちは裂け、焼けたような痕もあり、ボロボロだ。

 そして、古龍ワイバーンの素材で出来ているはずの鎧もところどころ壊れているようだ。


 息も絶え絶えに、立っているのもやっとという様相のリアは、俺達の顔を見ると、フッと力が抜けたのか、前のめりに倒れ始める。

 リアの姿を見て、戸惑っていた俺だったが、倒れ込むのが見えた瞬間、駆け出して、リアを抱えた。


「おい! しっかりしろ、リア!」


 俺はすぐさま、ジゲンとたまに薬を、ツバキと女中たちに、寝床の用意をさせる。あまりの事態に呆然としていた皆だったが、俺が命じると、ハッとして動き出す。

 おろおろとしていたたまも、ジゲンに連れられ、ハッとした様子で急いで薬庫に向かっていった。


 俺もリアを抱えて、屋敷の中に入ろうとする。だが、リンネは未だにそこを動かず、ただただ、門の外で、通りを見ながら唸っていた。


「キュウゥゥゥ……」

「リンネ! 何してる!? お前も……ん?」


 急いで、屋敷に向かいたいのにと思っていたが、リンネの唸る方向に意識を向けると、何か違和感に気付いた。真っ暗で、何も見えないが、何かが居る気がする……。なんだか、変な感じだ。敵意とか、殺意とかという感じでは無い。

 だが、明らかな嫌な気配が屋敷のそばまで近づいてきている気がする。

 リンネは先ほどからこの気配に反応していたのか。低く唸るリンネを制し、俺も道の上に立った。その気配は暗がりの向こう側から今も漂っている。


「……リンネ。俺が様子を見る。その間、リアを頼む」

「キュウ!」


 俺の頼みに、リンネは頷き、大きく変化する。そして、リアを地面に寝かせて、道と門の間に結界を張った。これなら万が一の時でも、屋敷は無事だ。


 そして、俺は神人化し、光葬針をいくつか出して、夜道を照らしながら、気配のする方へ向かって行く。あ、無間を忘れたな。闘う感じになったらどうしようか……。

 まあ、いい。その時は素手でやろう。こないだ、それでも何とかなるということは分かったからな。

 俺はそのまま、夜道を歩いていく。嫌な気配は段々と強まっていく。何だろうな、この気配。以前にも何となく感じたことがあるような気がする。何時だったっけ……。

 そんなことを思いながら、歩いていくと、ふと、その気配が強まった気がする。これは……


「殺気ッ! ……ッ!」


 強い殺意を感じた俺は、臨戦態勢に入る。すると、殺意が放たれている方向から、針のようなものが飛んでくる。

 俺はそれを躱し、飛んできた方向に駆け出そうとした。だが、暗がりから一つの影が飛び出し、刀を振り上げながら俺に襲い掛かってくる。


「ガアアアアッッッ!!!」

「ッ!!!」


 俺は攻撃を躱し、腕を掴んでそいつを地面に叩きつけた。そして、距離をとり、拳を構える。どうやら敵は二人いるらしい。刀を使ってきた奴だけなら何とかなるが、もう一人、暗がりから針を飛ばしてくる奴が厄介だ。

 よく見えないうえに、そいつは気配を隠すのが上手いようだ。なかなか敵の状態が分からないでいる。

 クナイでも持って来ればよかったかと思っていると、俺に投げられた奴が、起き上がり、そのまま襲い掛かってくる。俺は光葬針を操り、攻撃してきた奴に纏わせ、意識を俺から外すことにするとともに、敵の正体を確認する。


 だが、敵の顔を見た瞬間、俺は絶句した。そいつは、全身から血を流し、ボロボロの衣をまとった男だった。

 しかし、身に着けている防具は豪奢な印象で、それなりの力を感じる。そして、その男の肘から下は、人のようなものではないことに気付く。まるで、鳥の足のように鋭い爪が伸び、俺の光葬針を刀と共に払ったりしていた。


「お前……ダイアンか?」

「……!」


 俺が声をかけると、ダイアンは、パッと俺の方に顔を向けて、爪を振りかざしてきた。俺は腕を掴み、ダイアンの爪撃を防ぐ。

 だが、ダイアンはそのままもう一方の手で、刀を振ってきた。更に俺は、そちらの腕を掴み、刀での攻撃を防ぐ。


「ダイアン! しっかりしろ! 何があった!?」

「グルルルル……」


 ダイアンは、まるで獣のように慟哭の声を上げる。狂気スキルかと思ったのだが、完全に獣化されていないところを見るとそれでも無いらしい。

 何か別件で、こうなっているようだ。


 どうしたものかと考えていると、背後から空を切る音が聞こえてくる。針を飛ばしていたもう一人の敵が、後ろへ回ったらしい。ダイアンの腕を掴みながら光葬針を背後に展開し、針の攻撃を防ぐ。


 俺はそのまま、そいつにも意識を集中させた。どうやら魔法か何かで姿を消しているらしい。それか、隠蔽のスキルか。強く意識を集中させないと、感じられない気配、これはジゲンのおかげで分かってる。だが、そこでもう一人の敵の正体にも気づいた。


 目の前にはダイアン、機をてらった上手い攻撃、隠蔽スキル……。


「お前は……カサネか?」


 俺が呟くと、何も見えないところからカサネが現れる。もはや、スキルは意味の無いものと判断したらしい。こんな状態になっても、冷静なのは変わらないようだ。

 だが、カサネもダイアンと同様、全身ボロボロの様相だった。そんな状態で、カサネは深く腰を落とし、逆手に持った小刀を構える。

 コイツも俺を攻撃したいらしい。


 俺は、二人の様子を観察しながら、あることに気付いていた。二人とも目が赤い。爛々と赤く輝かせた瞳で、俺のことを睨みつけている。

 この視線は、見覚えがある。あれは、マシロでミリアンと闘った際、ロウガンや、ウィズたちから向けられた目だ。


 ……それは呪いにかかった者の目の輝きだった……。


 今の状況を何となく理解した俺は、ため息をつく。不思議と、感情は落ち着いていた。何も分からなかった先ほどとは違い、少しでも状況を理解できたおかげだろうな。

 そんな俺を、カサネはジッと睨んでいる。だが、機を狙っているようではない。全身に力を入れて、何かに耐えているようだった。

 すると、二人は、ゆっくりと口を開く。


「頭……領……俺……ヲ……斬……」

「僕……ヲ……殺……シテ……クダ……サ……」


 二人は目から血の涙を流しながら、俺に殺してくれと、懇願してくる。ロウガン達と違い、呪われていても、わずかばかりの自我があるようだ。

 こんな状況でも、呪われながらも、俺のことを信頼し、自らを殺してくれと頼む二人を見て、不謹慎ではあるが、何となく嬉しくなった。

 そして、俺は二人に笑いかける。


「……斬らねえよ。お前らは俺の……大事な家族だからな……」


 目を見開くダイアンとカサネ。そして、フッと笑うと同時に、ダイアンは更に力を入れて、俺の拘束を解こうとし、カサネは俺に向かって飛び出してきた。再び意識が遠のいたようだ。

 俺はダイアンに頭突きを食らわせ、腹を蹴る。


 そして、カサネの攻撃を飛んで回避した。そのまま二人に向けて手をかざし、気を溜める。


「解呪術・光霊波ッッッ!!!」


 手から天界の波動を放ち、二人を包み込んでいく。ダイアンとカサネはぴくッと硬直し、そのまま地面に倒れた。

 すると、二人の体から黒いもやのようなものが立ち上り、天界の波動を受けると同時に消えていった。


 マシロの時には見なかったが、一応解呪は完了したらしい。下へと降りて、二人の首筋に手を当てる。……うん。少しばかり弱いが、生きてはいるようだ。

 俺は光葬針を武者の形にして、二人を背負わせると、屋敷に帰っていった。


 何が何だかわからないが、調査に出ていた奴らが帰ってきたわけだ。取りあえず、リアも居ることだし、三人の傷を癒してから話を聞いてみよう。

 今動いても、危険なだけだからな。まずは、状況の確認からだ……。


 その後、急いで家に帰り、ダイアンとカサネを寝かせた。リアに続き、二人の姿を見た女中たちは驚くが、いち早く冷静さを取り戻したアザミと、ジゲンのもと、二人の布団を用意し、介抱する。

 そして、ジゲンとたま、それにツバキで屋敷にあった回復薬を処方する。すると、体中にあった三人の傷は癒え、段々と呼吸が落ち着いてきたことを確認すると、全員胸を撫でおろした。


 その後、俺は三人をジゲンたちに任せ、これ以上何かあったらいけないと思い、無間を持って外で見張りをした。リンネも一緒である。呪われたダイアン達にいち早く気付いたのは、リンネだったからな。

 家を囲む塀の屋根の上に上り、辺りを注意深く警戒していた。


 だが、結局、日が上って朝になってもそれ以上のことは起こらず、街に日差しが差してくると共に、俺達は警戒を辞めて、屋敷の中に戻った。

 中では、引き続き、ダイアン達のそばにジゲンとツバキが居て、三人の手当てをしていた。


「どうだ? 様子は……」

「一応、傷の手当は済んでおる。呼吸も落ち着いておるようじゃから、直に目を覚ますであろうな」

「そうか……話を聞くことは出来るだろうか?」

「さて……儂としては、あまり勧めることは出来んの」


 ジゲンはダイアン達の様子を見ながらそう言った。今のところ落ち着いてはいるが、ダイアン達の様子を見る限り、心身共に疲れ切っているようだった。

 起きたら、話を聞こうと思ったのだが、ジゲンの言うように、それはやめた方が良いだろう。

 そしてジゲンは、やるなら呪いの後遺症である、無気力感や、後悔、罪悪感を取り除くことが先だと言った。

 やはり、一度呪われたことがあるジゲンの言葉の説得力は違う。俺としても、このまま三人が元気にならないというのは我慢できない。俺は、ジゲンの言葉に頷いた。


 ただ、リアに関しては、呪われたというような感じでは無かった。俺も後で、解呪術を試みたが、特に何も起こらなかった。

 二人と違いリアは、何かに襲われたか、何かあって、あれだけの傷を負ったのだろうと思う。リアからは何か聞けるかもしれないと、ジゲンとツバキと相談し、目を覚ましたら話を聞こうということになった。


 ふと、ジゲンを見ると、神妙な面持ちで、ダイアン達を見ている。普段はあまり見せることが無い、何か戸惑いながらも怒りに燃えているような目だ。


「どうした? 爺さん……」

「……ツバキ殿、悪いが席を外してはくれんかのお」


 俺の問いかけに、ジゲンは少し黙り込み、ツバキにそう言った。ツバキはきょとんとしながらも、俺が頷くと、そのまま部屋を出ていった。

 俺はジゲンの前に座り、話を伺う。


「で、何だ? 爺さん」

「……ムソウ殿。お主はこの状況をどう見ている?」


 ジゲンは俺の目を見ながら、そう聞いてきた。


 ジゲンはこの状況を見て、何か思い当たることがあるようだ。その確認のために聞いているというような雰囲気である。

 俺も、何となく察しがついている。ジゲンの言葉に頷くように、俺は答えた。


「多分、爺さんと同じことを考えている」

「そうか……じゃが……」

「ああ。証拠は無い。正直に言えば、このまま奴を問いただし、ぶった斬ってやりたいところだが、そういうわけにもいかない」


 ジゲンは俺の言葉を聞き、深く頷く。


 正直なところ、こうなった原因はすでに分かっている。先ほども言ったように、証拠というものは無いが、クレナで呪いを使われた事件が発生した。そうなると、首謀者は十中八九、かつて同じく呪いを使い、牙の旅団を壊滅させたケリス卿だろう。

 俺は今すぐにでも、上街へと行き、ケリス卿を斬り捨てたい。だが、それはいい提案とは言えない。証拠も無しに、貴族を斬れば、俺だけならまだしも、屋敷の奴らを再び路頭に迷わせることになると、ジゲンと話していたからな。

 それに、ここにはダイアン、カサネ、リアしかいない。調査に向かった他の闘鬼神の奴らの動向も分からずに、そんなことは出来ない。

 いったん皆の安否を確認したうえで、ことに当たらないと大変なことになると思っている。

 ……いや、もうすでに大変な状況か。


「……それで、ムソウ殿はどうするつもりなのじゃ?」


 俺は、ジゲンの質問に少々戸惑いを見せている。一応、このままリアたちが目を覚まさないとして、今後俺が、どうするかというのは、考えてきた。

 だが、どれも不安な要素が残るものだ。不用意に動くべきではないと思っている。

 しかし、ここで戸惑っていては、何も進まないと思い、俺の考えをジゲンに打ち明けた。


「……当初の予定通り、こいつらが調査していた場所を巡ってみる。何かわかるかもしれないからな」

「何か、とは?」

「……こいつらが、こうなった理由、およびケリスの痕跡だ。それさえあれば、あいつを斬ることができる……と、思っている」


 二つ目に関しては、恐らくという感じだ。ケリスは用意周到な男。そう簡単に自分の痕跡は残さないだろう。運が良ければ、あれば良いと思っている。

 ダイアン達が呪われた理由についてはそんな感じに思っているが、ここまでこいつらが傷を負っている理由はよく分からない。こいつらが調査に赴いた場所に行けば、何かしらの手がかりがあると踏んでいる。


 それは、以前から言われている、人界に降りかかる災いの正体かもしれない。天災級の魔物か、それ以上のものかはわからないが、仮にそんな奴がいれば、このまま手をこまねいているわけにもいかないからな。

 今の状況よりも、もっとひどい状況になるのだけは避けなくてはならない。魔物が居れば、俺はそいつと闘おうと思っている。


 だが、そうすると、ここの守りが手薄になる。この街にはケリスが居る。ダイアン達を呪うくらいだから、俺不在の間を狙って、この屋敷を襲うとも考えられる。そうなったときのことを考えると、俺もここに残った方が良いのかと悩んでいた。


 正直に、ジゲンにそう打ち明けると、ジゲンはそのまましばらく考え込む。だが、フッと微笑み、俺の方を向いてきた。


「なるほどの。ムソウ殿が心配していることが分かった……じゃが、此度はお主の思っていることにはならん。いや……させんよ」


 ジゲンは俺の気持ちを見抜いているようなことを言う。


 俺は、どうしても皆から離れて闘うということが嫌だった。昔のように、俺の居ないところで、全てを喪うことがあるかもしれないという可能性があるからだ。


 この世界でも、俺は「家族」というものに出会うことが出来た。前と同じように、というわけではないが、それでも楽しく、幸せな満ち足りた生活というものを送っている。

 それが、また一瞬にして崩れていくということを考えるだけで、吐き気がしてくるほど、嫌だった。


 ジゲンはそんな俺を見て、ニコリと笑い、俺の代わりに自分が皆を護ると言ってくれている。それはとてもありがたいことに感じた。


 しかし、あの時も同じようなことを言ってくれた、生涯の友とも呼べるべき奴も、親と呼ぶべき奴も、死んでいった。

 ジゲンの言葉を聞いても、俺は何も言えず、どうしたら良いのかわからないでいた。


 しかし……


「私も居ますよ」


 ふいに声が聞こえてくる。声のする方を見ると、いつの間にか、俺の前にはツバキが立っていた。ツバキは肩にリンネを乗せて、微笑みながら俺を見ている。


「お前……いつからそこに居たんだ?」

「ジゲンさんと二人だけになられた時からです。少し気になったので、隠蔽スキルを使い、ずっとお話を聞いておりました」


 ツバキはそう言って、俺の前に座る。ああ、コイツも隠蔽スキルを持っていたな、確か。極めているかはどうか別として、確かにここまで気配を感じることは出来なかった。

 ジゲンを見ると、にこやかに笑って、頷いている。どうやら、気づかなかったのは俺だけだったらしい。


 そして、ツバキは俺達の話を聞きながらジゲンの正体にも気づいたようだ。最初は驚いたが、今から考えると、なるほどと思うようなこともあったらしく、何となく、落ち着いたそうだ。

 俺達のそばに腰を下ろし、ツバキは改めてジゲンの方を向く。


「しかし、ジゲンさんがジロウ様だったとは……やはり、ムソウ様の周りは面白いことばかりですね」

「ほっほ、そうじゃのう。しかし、流石はツバキ殿じゃ。サネマサの弟子にしておくにはもったいないのう」

「ふふっ、そう言っていただけるとありがたいです」


 二人して、サネマサのことをバカにし出すジゲンとツバキの会話を、俺は横で聞いていた。

 すると、リンネがツバキの方から飛び降りて、獣人の姿になる。

 そして、「私も」と言わんばかりに、ニコリと頷いて、俺の顔を覗き込んだ。


 俺は、そんなリンネやツバキを見て、そのままうつむいてしまう。

 こいつらの強さは俺も知っている。分かっている。だが、実際にこういうことになると話は別になってくる。

 任せたくても、俺の頭の中には、あの日の、カンナの誕生日の出来事が思い出されてくる。


 玄李の奴らの足止めを受け、その後タカナリの屋敷に向かった時には、既に多くの仲間達が倒れていた。

 そして、俺はその日、最愛の妻までも目の前で……。


 やはり、ここを離れて闘うことなど出来ない。今回は俺もここに残って皆と待機した方が良いと思い始めていた。

 だが、その瞬間、突然俺の頬にツバキが手を当ててくる。ハッとして、顔を上げた俺の目に、ツバキが優しく微笑む姿が映った。


「……ムソウ様。ムソウ様の不安は理解しております。

 ですが、そんなに悲観しないでください。ここにはジロウ様も居ます。リンネちゃんも居ます。シロウさんも居ます。

 ……そして、私も居ます。

 ムソウ様の大切なもの、全てを護る準備、そして、覚悟は出来ております」

「だが……」

「それにムソウ様、大切なことを忘れていませんか?

 私も、この方と同じ意志を持っているのですよ」


 ツバキはそう言って、懐に手を伸ばす。そして、出してきたのは、俺が渡した前の世界のツバキの彫像だった。

 クナイを構え、敵へと駆け出しそうなツバキの姿。凛とした目は眼前の敵を倒そうとしている勇ましい様相だ。

 俺は、あの時のツバキの姿が妙に綺麗に思い、この彫像を作る時に、この表情にした。


 俺はツバキの彫像を受け取った。


 ……ああ、そうだな。こうやって俺のことをいつも助けてくれていたよな……。


 前の世界のツバキは、俺を護るためにと言って、いつでも俺のそばで戦ってくれていた。最初は、俺がまだ馬鹿だった時で、邪魔くさい存在と思っていたが、そんな時でも俺の補佐をしてくれるツバキを見て、いつしか、信頼へと変わり、どんな戦の時でも、俺はツバキや、ハルマサたちを信頼していった。


 彫像を眺めながら、こちらの世界のツバキに、リンネに、ジゲンに視線を移す。皆、あの時のツバキや、ハルマサたちのように、お前は安心して闘っていろというような顔で、笑っていた。


 皆の顔を見て、何となく安心した俺は、フッと笑ってしまう。

 そして、彫像をツバキに返し、皆の方に向き直る。


「……分かった。皆のことを信じる。ここは任せたぞ、“刀鬼”ジロウ、ツバキ、リンネ」


 何も迷うことは無かった。あの時と同じように、俺の背中を護ってくれる奴らが居る。

 俺の大切なものは、俺の大切なものを護ってくれる。


 俺の言葉に頷く三人の顔を見て、ここはこいつらに任せ、人界を襲う大災害とやらに立ち向かっていく決意を固めた。


 さて、取りあえず屋敷はジゲンたちに任せ、俺はこれからダイアン達がそれぞれ調査したところに赴くということは決まった。

 だが、状況は未だ分からないことだらけだ。なので、三人で作戦会議を始める。議題は、これらからなすべきこと、俺のやるべきことなどだ。


「で、どう動いた方が良いのだろうか」


 俺は最初にジゲンに伺いをたてる。敵は恐らくケリスだということはすでに共通の認識だ。つまり、以前から決めていた、牙の旅団の仇討ちも並行して行うことになる。

 それはジゲンが長年心待ちにしていた瞬間だ。なので、ケリスのことはジゲンの方に任せるとして、俺は何をすれば良いのか確認を取りたい。


「ふむ……そう言われても、情報が少ないからのお。ひとまずムソウ殿には、ダイアン殿やリア殿以外の闘鬼神の皆の安否も確認したいじゃろう?」

「ああ、当然だ。こいつらが目を覚まして、話を聞くのが一番手っ取り早いのだが、うかうかしてられない状況みたいだからな」

「うむ。ならばムソウ殿は、この後すぐに発った方が良いじゃろう。どこから行くのじゃ?」

「そこなんだよな……どこから行けばいいのだろうか」


 本来ならば、この問いに関しては、一応の敵が判明している樹海に行った方が良いのだろう。スケルトンを倒し、樹海周辺を飛びながら、以前ジゲンから貰った魔力に反応する石で、術者を探し出して倒すという明確な目的があるからな。

 ただ、今となっては、比較的安全だと思われていた、チャブラとの領境も危険な状態というのは、カサネを見れば明らかだ。

 そして、雷雲山も、リアは呪われてはいないようだが、傷はひどかった。元々危険だっただけに、未だ残っているであろう他の闘鬼神の皆が心配になってくる。

 こういう状況になってくると、本当にどこから行けば良いのかわからない。

 ジゲンと共に、どこから行こうかと話していると、おずおずとツバキが手を上げる。


「あの……ジゲン……いえ、ジロウ様……」

「ほっほ、いつも通りジゲンで良いぞ。それで、どうしたのじゃ?」

「あ、はい。えっと……ジゲンさん、ムソウ様が戦うべき、人界の大いなる災いたる魔物というものに見当は付きますでしょうか?」


 なるほど、俺が最初に向かう場所というのを、そうやって決めるというのは悪くないな。倒すべき相手が何なのか分かれば、真っ先にそれを倒すというのは道理だ。

 流石、ツバキ。やはり頼りになるな。


 ジゲンはしばらく考え込み、俺達の前に広げられた地図の一点を指さす。そこは雷雲山だった。


「……ここに、気になる存在というのは居る……可能性がある」

「ほう……それは何だ? 爺さん」

「……雷帝龍じゃ」


 ジゲンの言葉に、ツバキはハッとする。

 雷帝龍というと以前にも聞いた、雷雲の中に棲み、雷を操る龍族の一体だったな。かつて、この世界で起こった100年戦争の頃より生き続け、壊蛇襲来の折には、十二星天のエレナって奴と共に、人族の味方をした伝説の龍だ。


「龍族が、人族に危害を? 流石にそれは……」


 ツバキは、普段は温厚で、人族を襲わないと云われる龍族が、災いと呼ばれるということに納得がいかない様子だ。

 だが、ジゲンはそんなツバキの言葉に対して、首を横に振る。


「確かにその通りじゃの。じゃが、今の状況ではそのような曖昧な考え方は捨てたほうが良いじゃろう」


 ジゲンがそう言うと、俺もツバキも、横たわるダイアン達を見て、頷く。曖昧なものよりも、事実として、ダイアン達は呪われ傷を負い、ここで寝ている。少しでも可能性があるものなら最悪の状況も含めて色々と意見を出し合った方が良い。

 ここはあらゆる可能性を考えて、行動した方が良いだろう。


「まあ、仮に敵が雷帝龍だとして、何で襲ってくるんだろうか。やはり呪いか?」

「う~む……今までのことを考えると、その可能性は高くなるのお。それか、別の何かか……」


 雷帝龍に呪いをかけるというのも、難しい話だが、ジゲンも昔呪われたのだ。使われている呪いが、「七つの大罪の呪い」だとすれば、それも頷けるというものだ。

 ただ、ジゲンはそれ以外の方法で雷帝龍を操っていると考えている。だが、どれだけ考えても、答えは出ない。

 取りあえず、雷帝龍が雷雲山に居るとして、それが人界に牙をむいているという考えで俺が動くということは確定した。

 俺は最初に、雷雲山に赴き、実態を調査するということになった。

 その後は、樹海に赴き、スケルトンの軍勢を殲滅し、術者を倒す。

 そして、最後にカサネたちが行ったチャブラとの領境に行って、何か居れば倒すということで、話は纏まった。

 無論、同時に闘鬼神の生き残りを探し、安否の確認、および保護も目的とする。


 さて、次に決めるのは、ジゲンたち、屋敷に待機する者達についてだ。

 取りあえずはこのままダイアン達の介抱が最優先の目的だ。だが、万が一ケリスが攻めてきたら、応戦、もしくは、ミサキの結界魔法の魔道具や、リンネの結界を使い、屋敷を守護してもらう。

 要は、俺が帰ってくるまでの時間稼ぎということになるが、この際、正体を隠す必要も無いので、ジゲンも本来の力を存分に払い、俺が帰ったときには全てを終わらせると、言ってくれた。

 普段なら恐ろしい爺さんだと感じるところだが、今は、これほど心強い言葉はない。ツバキやシロウと連携し、街のことは任せろと言うジゲンの言葉に、俺は頷いた。


 その他の動きについては、この後ツバキにギルドへ行ってもらい、アヤメに事の仔細を報告してもらう。

 上手くすれば、ギルドや自警団と連携し、この街を守護する形にすることが出来る。

 シロウにはすでに話を通しているし、ここが避難場所になっても構わない。出来るだけ多くの人間の命を守りたいと思っている。


 ただ、ケリスのことは伏せる。余計な混乱を生みたくないし、アヤメは牙の旅団の皆に懐いていた。ケリスがそんな奴らの仇と知ると、気が気でなくなるだろう。最悪、そのままケリスを斬るかもしれない。

 そうなると、今までジゲンが危惧していたように、アヤメの立場がかなり危うくなってくる。証拠も無しに、貴族を斬ることになるのだからな。

 それも、レインに「保護」されている貴族だ。何を言っても、アヤメが危なくなるというのは目に見えている。

 俺とジゲンの頼みに、ツバキは強く頷き、分かりましたと言った。


「……さて、取りあえずはこんなところだが、問題ないか?」


 そう聞くと、三人とも強く頷いた。いわゆる籠城戦になるかもしれないのだが、それでも問題は無いようだ。


 ひとまず、これからの動きを確認し合った俺達は、作戦会議を終了。そのまま飯を食いに行き、たまや女中たちに会議で決まったことを説明。

 女中たちも、ここが避難場所になったら、けが人の介抱などに加わってもらう。アザミたち大人の女たちはすぐに頷くが、やはりたまは不安そうだ。

 だが、リンネがそっとたまの前に立ち、たまの頬に手を当てて、ニコッと笑う。

「私が居るから、安心して」という顔だ。言葉が無くても、それくらいはわかる。

 たまにも、リンネの気持ちが伝わったのか、コクっと頷き、俺の方を向いた。


「私、がんばる!」

「ああ。しっかり頼むぞ」


 たまの頭を撫でながら、そう言うと、たまは再度強く頷いた。


 その後、飯を食い終えた俺達は、それぞれ準備に取り掛かる。女中たちは、屋敷内の整理と、ダイアン達の介抱を始める。

 流石のアザミも、再びボロボロになったダイアンを見て、思いつめた顔をしていたが、今では率先して、女中たちの指揮を執っている。

 ジゲンは魔道具を屋敷の至るところに設置し、いつでも結界を張れるように準備していく。傍らには、リンネとたまが居た。こうすることで、ジゲンの視界には常にたまが居て、何が起こってもリンネと連携し、たまを護ったり、安全な場所へ避難させることが出来るためだ。

 たまとリンネはそんなジゲンの手伝いをしっかりと行っていた。


 そして、ツバキは、俺がしたためた書状を、シロウとアヤメに届けるために屋敷を出ていく。今となっては本当に忌々しいとさえ思っているが、これが無いと門を抜けることが出来ないのでケリスの羽も渡しておいた。


 その後、ツバキに出る前の最後の忠告をしておいた。


「動きは今のところ無いようだが、ギルドにはケリスも居るかもしれない。最悪、ミオンに渡して、必ず届けるようにしろ。

 そして、万が一ここに戻ってこられそうになかったら、高天ヶ原のナズナを頼れ。分かったな?」

「承知しました……ですが必ず、私もここに戻ってきます……ですから、ムソウ様も……」

「ああ。分かってる……必ず、ここに帰る……皆でな」


 決めたこととは言え、俺が天災級の魔物と闘うことになり、ツバキは最後の最後まで、俺のことを心配してくれた。嬉しくなった俺は、ツバキの頭を撫でる。

 そして、ツバキの髪を纏めてそこに、例の簪を差した。


 ……頼むぜ……


 簪に手を当てながら、そう思っていると、ツバキは不思議そうな顔になる。何でもないとごまかすと、ツバキは、そうですか、と頷いた。


 そして、準備が整ったツバキは、屋敷を出てシロウの家へと走って行った。


「……さて。俺もそろそろ行くか」


 俺はツバキを見送った後、いつもの依頼に出る時のいで立ちになる。そして、部屋に置かれた無間を手に取った。

 ふと窓際に置かれた、神刀・斬鬼が目に入る。こっちを持っていた方が良いのだろうが、まだ完全には扱いきれていない。やはり使い慣れている無間を持っていこう。


「今日も留守番……いや、俺の代わりにここを護っていてくれ……」


 斬鬼を手に取って、思いを託すと、庭へと出た。


 庭には俺を見送るためか、屋敷に居る全員が立っている。


 皆も、ツバキと同様、今日ばかりは俺のことを心配しているような目で見ていた。作戦会議に居たにも関わらず、リンネやジゲンも神妙な面持ちで俺を見ている。

 俺はそんな皆に、ニカっと笑う。


「何だ? 頭領が出陣だってのに、しけてんな。いつも通りにしていろよ」


 そう言っても、皆の表情は晴れなかった。すると、たまとリンネが俺に駆け寄ってきて、そのまま俺に抱き着いてくる。二人は少し震えている。どうやら泣いているらしい。

 俺はしゃがんで、二人の頭を撫でた。

 すると、泣きながら、静かにたまが話しかけてきた。


「ぜったい……帰ってきてね……おじちゃん」

「ああ。だから、お前はきちんと旨い飯を作っていてくれよ。今回は確実に腹を減らす仕事になるって分かってるからな」

「うん……」


 たまは震えながらも、俺の言葉に頷いて、涙を拭いた。

 ……ああ、やはりこの子は強いな。こんな時くらいは大声で泣いても良いのに。こんな小さな子が頑張ってくれているんだ。

 たまの後ろで、女中達とジゲンがそれぞれ、俺に頷いている。たまのことは任せてくれと。こんなにも強い子に、こんなにも多くの大人たちがついているんだ。

 たまを残していくことに、何の躊躇いも無いと感じた。


 だが、リンネは未だに震えながら、俺に抱き着いている。


 コイツの場合、似たような状況で親を失ったからな。その時のことでも覚えているのだろう。

 俺はリンネの頭を撫でながら、口を開いた。


「大丈夫だ。俺はもう……大切ものを護り通すまで死なない。

 ……だから、安心して、ここを護っていてくれ」

「……!」

「心配すんな。俺はお前を託されたんだ。お前を大切にし、お前が大切にしていた奴らからな。約束を果たすまで、俺は絶対に死なん」


 そう言うと、リンネはゆっくりと顔を上げて、静かにコクっと頷いた。

 リンネも、小さいのに強い子だと思っている。色々な経験をし、多くの辛い目に遭ってきても、強く生きている。リンネになら、ここでたまや皆を護ってくれると信じている。

 俺は笑って、リンネの頭を撫でてやった。


 そして、俺は立ち上がり、ジゲンとアザミの方を向いた。


「……では、ここのことは任せるぜ、爺さん。それにアザミも……それから、お前たちもな」

「うむ。気を付けての……ムソウ殿」

「我ら闘鬼神一同、頭領のお帰りをお待ちしております」

「必ず、帰ってきてくださいね」

「そして、また皆さんで、一緒にご飯、食べましょう」


 決意のこもった皆の言葉に、頷き、俺は神人化した。


 そして、気を使い、そのまま上空へと飛ぶと、雷雲山の方に全速力で向かった。


 頼むから、皆生きていてくれ。絶対に助けてやると、心に誓いながら、俺はまっすぐ飛んでいく。


 ◇◇◇


 上街の貴族街、そこで一番大きな建物のベランダに人影が二つ。 

 そのうち、一つの人影は、下街の方を見ながら、口元を緩ませた。


「ククク……行ったようだな」


 下街から飛び立つ一つの光を確認した男は、部屋へと戻る。もう一つの人影もそれについていった。


 部屋へと戻った男は、台の上に置かれた魔石を手に取る。魔石は怪しく黒く輝き、禍々しい気配を漂わせていた。


 すると、男に近づいてくる人影が二つ。一人は男に近寄り、体を摺り寄せてきた。


「いよいよ……ですわね」

「ああ。我らが大願、間もなく成就される……」


 女の言葉に、男はフッと笑い、手にした魔石に目を落とした。

 男が力を入れると魔石の中に、あるものが見え始める。


 それは、トウショウの里各地の風景。ギルドでアヤメや他の職員たちが仕事をしている光景、上街の門の前でショウブが自警団の朝礼を行っている光景、朝から多くの人が練り歩き、活気に満ちている花街、そこで、高天ヶ原の前を掃除しているコスケに挨拶をしているナズナ。

 そして、最後にその花街を神妙な面持ちで進んでいく、一人の女の騎士を魔石は映した。


 男は女騎士を見ながら、薄く笑っている。男にすり寄っていた女は魔石を指さしながら、男の顔を覗き込んだ。


「この娘が今回の切り札というわけですの?」

「……まあ、そんなところだ……そして、終わった際には……」


 男は更に口元を緩ませた。女はそんな男の顔を覗きながら呆れるようにため息をつく。


 すると、部屋に居たもう一人の大柄な男が、ニイっと笑い、口を開く。


「旦那も飽きねえな……まあいいや。それで、俺達はどこで動けばいい?」

「ああ。この娘がギルドに着いて、領主と接触した時だ。その後、我が力を使い、手勢と……それから、これを連れて、あの男の屋敷に行け……」


 男はそう言って、先ほどから黙ったままの小柄な人影を差す。


 その者は、大きな槌のようなものを手にし、まるで生気を感じさせない表情で立っていた。

 大柄な男はその者を見て、更にニヤッと笑う。


「ククク、コイツが出りゃあ、一瞬で片が付くな。あの男も居ないし、楽勝だ……」


 大男はその者を連れて部屋を出ていった。


 女と二人になった男は再度外に出て、トウショウの里全体を見渡す。


「さあ……どこまで抗えるか見ものだな……ムソウ殿……」


 男は女を抱きながら、今まで以上に顔を歪めて笑っていた。


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