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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
クレナで生活する
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第201話―そのまま家に帰る―

 俺は花街を少し足早に歩いている。身なりを見てか、そこまで客引きには合わない。むしろ、どこかへ消えてくれというような目つきで睨まれる。いつもよりはマシだなと思いながら、大通りを進んでいく。

 上街の門はすんなりと通れたが、花街の門は分からない。今日はあそこを通っていないのだからな。ギルドの腕輪も無いし、面倒くさいだろう。押し通ればいいのだが、それだともっと面倒くさいことが起こりそうなので、止めた。

 だから、帰りも同じ道を通って帰ることにする。俺は、大通りを少しそれて、貧民街の方に向かう。今回は、何人かの夜鷹のような奴らに声をかけられたり、怪しい男たちに何かを売られそうになったりと忙しい。いちいち死神の鬼迫を使って、追い払わないといけないからな。

 だが、何度か続けるうちに、そう言った者達も姿を現さなくなってきた。分かってくれれば、良いんだ……。


 そして、花街を囲む塀へとたどり着き、辺りの様子を伺う。


「……ふむ。誰も居ないな。そろそろ日も陰るし、今が好機か」


 周りに誰も居ないことを確認した俺は、そのまま塀の屋根に上る。そして、下を見た。下の方に、俺の家が見える。あそこにこれから帰るのか。そう思い、俺は一歩踏み出した。


 そのまま真っ逆さまに、俺は落ちていく。神人化して飛ぶのは簡単だが、薄暗くなっている今は目立つからな。下で誰かに見られて大騒ぎになったら溜まったものじゃない。

 ……まあ、今日も庭で神人化したし、正直今更そういうのもどうでもいいのではないかと感じ始めている。

 だが、今日の所は鍛錬も兼ねて、このままでいこう。俺はそのまま地面へと凄い速さで落ちていく。

 剛掌波を下に向けて撃って、勢いを弱めようとしたが、今日はそういう鍛錬では無くて、俺自身の素の力を知るためのものだ。若い時には出来ていたが、今は出来るのかということを知るための、一日だ。この世界で得た便利なものは封印しておこう。


 そう考えた俺は、懐から鉤縄を取り出す、そして、空中で態勢を立て直し、大きな木の枝めがけて、鉤縄を放る。

 うまいこと枝に縄が巻き付いていったことを確認すると、落ちていた体は地面に激突する前に、縄が張られ、振り子のように、木に向かって行った。その勢いのまま、飛び出し、隣の木の枝へと着地する。


「っとと……危なかった……しかし、まだまだツバキの真似事くらいは出来るらしい」


 木の枝から枝へと飛び移ったり、こうやって、予測もしない方法で、窮地を脱したりするのが上手かったツバキ。

 小さな頃から(今でも小さいが)、軽業師をやっていたあいつならではの特技。教えて貰った当初は上手く出来ずに、傷を作っては、あいつを慌てさせるのが多かったが、今では、この通りだ。

 流石に、二年ほどじゃ、そんなに老けないよなと思いながら、地面へと降り立った。


 上を見上げると、暗くなってきた所為で、ぼんやりと、花街の白い壁が見える。あそこから落ちてきたのか。本当にあと少しためらっていたら、死んでいたかも知れないな。

 ……いや、その時は流石に飛ぶがな……。


 さて、今日は良い感じに、自分の力というものが確認できて良かった。その分疲れて、休日というには、どうもな、とは思ったが、そのおかげで、風呂も気持ちの良いものだろうし、たまの飯ももっと美味しいものになるかも知れん。


 俺は意気揚々と家に向けて帰っていった。


「ただいま~」


 家に着き、玄関から中に声をかける。すると、家の奥から、ツバキが顔を出してきた。ツバキは俺の姿を見るなり、目を丸くする。


「おかえりなさいませ……って、どうされました?泥だらけではありませんか……」


 昼からは崖上ったり、冒険者たちの挑戦を受けたり、で、先ほどは崖から落ちたりと、確かに俺の着物は汚れまくっている。

 しかし、皆には散歩と伝えているので、ツバキが驚くのも無理はないか。


「何でも無えよ。ちょっとギルドまで行って、依頼の受注をしていただけだ」

「そちらの格好で、ですか? よく闘宴会が通しましたね」

「そこは、まあ……何とかした」


 崖をよじ登って行ったとは、口が裂けても言えない。また、小言を言われそうだからな。おまけに、崖から落ちながら帰って来たとも言えない。

 これは心配よりも、本当に怒られそうな気がする……。


「それに、見慣れない刀を差していらっしゃるようですが、それはどなたかから……」

「んなわけねえだろ。これについてはまた、後で説明してやるよ」


 何とも失礼な疑いをかけてくるツバキ。この街に初めて来たときに遭遇した、スリの一件以来、俺という人物はどこか、手癖の悪い奴なのだという気になることが、しばしばあるらしい。

 こいつは本当に、俺のことを好いてくれているのだろうかと、少しだけ心配になる。……なんで、心配なんだろう……?


 まあ、いいや。今日の行動について、あれこれ質問しては、眉を顰めていくツバキだったが、ふう、と息を吐き、ニコリと笑う。


「まあ、何はともあれ、お疲れ様です。あの、どうなさいますか?」

「ああ、そうだな。先に風呂に入るよ」


 そう言うと、ツバキはスッと、俺に寄ってくる。


「……ご一緒しても、よろしいですか?」

「駄目だ。たまとリンネと入ってやれ」


 ツバキの言葉に即答すると、ツバキはケロッと笑い、それもそうですね、と頷いた。何となくこのやり取りにも、変化が出てきて楽しくなってくる。


 さて、その後ツバキは、居間に居るジゲンの話し相手に向かう。今日の間にすっかり仲が良くなったようだ。

 俺は、自室へと戻り、乾かしていたさらしを無間の柄に巻いた。そして、着替えを持って、風呂場へと向かう。そういや、今日も一人で入るのか。まあ、いいや。一応はまだ、休日なので、ゆっくりとしよう。


 そう思いながら、着物を脱いで、一人には広すぎる風呂に浸かった。


「あ~……♨」


 やはり気持ちいいなあ。最近寒いのもあったし、久しぶりに、普通に体を動かしたし。休日と言えども、一日の締めはやはり、温かい風呂だな……。

 ふと、体のあちこちが、少ししみたように痛む。見ると、手の指だったり、膝だったりが少し赤くなっている。崖を上っていた時に、擦れてこうなってしまったようだ。

 まあ、大した傷ではないので、良いのだがな。それにしても良かった。これで、血なんぞ出ていたら、この世界で初めての流血を伴う怪我が、崖上りということになってしまう。

 ミサキやサネマサとの闘いの時ですら、流さなかったのに、そんな理由で、怪我をしてしまったとなったら、少し恥ずかしい。後で、回復薬でも飲んでおこうと思いながら、体をさすっていく。


 その後、髪と体を洗い、風呂を出た。今日から、半纏を着ることにしている。綿は入っていないが、丁度いいくらいだ。屋敷の中が温かいからな。そこまで必要ないが、無いよりはあった方が良いと感じているので着ている。


 広い居間に向かうと、ジゲンとツバキが談笑していた。


「よう」

「ああ、ムソウ殿。疲れはとれたかの?」

「ああ。良い一日だった」


 ジゲンとツバキは、それは何よりと頷いた。本当に疲れはとれた。明日からも、バンバン働いていくぞ、と言うと、二人とも微笑む。

 ツバキも、今日一日、ゆっくりとすることが出来て、良かったらしい。ジゲンとは、武王會館のこと、サネマサのことを多く話すことが出来て、嬉しかったと語る。それでも、ジゲンの正体には気付いていないところを見ると、流石はジゲンと思った。


 その後、俺も混ざって、三人で飯を待ちながら、談笑していた。すると、居間にリンネとたまがやってくる。飯の準備が出来たらしい。

 俺達は二人に続いて、食卓へと向かう。今晩の料理は、古龍ワイバーンの刺身らしい。肉の刺身とはまた、珍しいな。クーマ以外で食べたことが無い。

 だが、ツバキによると、ワイアームはまだしも、ワイバーンの肉は、臭みが無く、生でも大丈夫なものらしく、この世界ではよく食べられているものだという。それは、知らなかったな。ジゲンもとても美味しいものだと言うので、期待が高まる。

 それに、滋養強壮の効果も良いらしい。今日はたまと女中たちが、俺の為にとその料理を作ってくれたということだ。


「おじちゃん、疲れているから、ぴったりだとおもったの」

「そいつは、嬉しいな。ありがとう、たま」

「わ~い!」


 俺を気遣ってくれたたまの頭を撫でると、今回も、たまは両手を上げて喜んでいる。すると、横に居たリンネが、ずいっと俺の顔を見上げた。

 そして、羨まし気にたまと俺の顔を交互に見てくる。

 すると、たまはニコリと笑って、リンネの肩を掴む。


「リンネちゃんも頑張ったんだよ~」

「そうかそうか。リンネもありがとうな」

「……!」


 リンネの頭も撫でてやると、満足したのか、ニコリと笑って、たまと同様、両手を上げて喜んでいる。

 そして、俺の手を掴み、早く行こうと急かすリンネ。


 そのまま食事の間へと入っていくと、既に準備が終わり、女中たちが席についていた。


「あ、頭領。本日もお疲れさまでした。どうぞ、こちらに」

「ああ。ありがとう」


 アザミはそう言って、俺達を席に座らせる。古龍ワイバーンの肉の刺身は、鶏肉のような見た目で、薄く切られて更に盛られていた。どちらかというと、真っ赤な見た目のクーマの刺身とは対照的だなと思った。

 そのまま、料理を眺めていると、たまが、


「おじちゃん、はやく食べて?」


 と、急かしてくる。俺は頷き、皆との晩飯が始まる。


 早速刺身に手を付ける。クーマと同じく、これも生姜を溶いた醤油で食べるのが一般的だというが、今回たまは、生姜入りの醤油に、何か柑橘系の果汁を溶いているらしく、さっぱりとした味付けにしたという。それは楽しみだなと、刺身を口に運んだ。

 口の中に入れた瞬間、柑橘のさわやかな香りが鼻を抜けていく。刺身自体は、そこまでの味は強くないが、見た目の割に柔らかく、労せずに噛み切ることが出来る。淡白な味わいで、米が進むな。

 すると、冷たいものを食べているはずなのに、体がぽかぽかとしてくる感覚に気付く。生姜が強いのかと思って、あることに気付く。


「これは……火炎生姜か?」

「せいか~い! お店で売られていたから、試してみたんだけど、どう?」


 俺が採ってきたものかどうかは定かではないが、もしそうなら、今日の食卓も、ほとんど俺が用意してきたものと考えると、笑いがこみあげてくる。

 そして、やはり味の感想が気になって仕方がない様子のたまを見て、また笑った。


「とても、美味いよ。もう、疲れは吹っ飛んだな」

「ほんと!? よかったあ~」


 たまを褒めると、嬉しそうに笑った。


 その後もにぎやかに、晩飯は続く。俺はジゲン、ツバキと酒を呑みながら、明日のスライム討伐について、話したり、ここ最近のクレナ以外の領の情勢について、話したりしている。

 やはり、情報というのは知っておきたいからな。他では何があっているのかということはきちんと確認しておきたい。

 すると、ツバキが口を開く。


「そういえば、今日、ムソウ様が興味のありそうなお話を聞きました」

「ほう。どんな話だ?」

「え~と、ミサキ様が、オウキ領に入られたようです」


 お、それは確かに興味を持つな。オウキ領と言うと、確か、ハクビの故郷だったか?

 旅立つ前に、レイカから聞いた話だと、ハクビの修行のために、オウキに向かうとのことだったから、そのことだろうな。


「なるほど。なら、しばらくはミサキも、オウキに居るってわけだな」

「ですね。時間が出来ましたら、行ってみるのも悪くはないかもしれませんね」

「……!」


 ツバキの言葉にリンネが、強く反応し、頷いている。仲良かったからな。リンネはミサキに会いたいのだろう。ツバキの言葉に、そうだなと頷き、リンネの頭を撫でた。


 他には何かあるかと聞くと、今度はジゲンが口を開く。


「十二星天の話に興味があるというのなら、儂も面白い話を聞いたのう」

「何だ?」

「先日、“冒険王”ジーン・シルヴァス殿が、長く滞在していたマシロを発ったと聞いたが、そう言えば、ムソウ殿やツバキ殿の話では一切聞かなかったのお……」


 ジゲンの言葉に、俺とツバキは目を丸くし、顔を見合わせる。

 え、ミサキ以外の十二星天が、マシロに居たのか? 全く気付かなかった、と言うか、知らない。


「え、ジゲンさん、ジーン様は何時頃から、マシロにいらっしゃったのですか?」

「噂が本当なら、三か月ほど前かの。ちょうど、ムソウ殿が、マシロを発ったくらいじゃから、行き違いになったのかも知れんのお……」


 あ、なるほど。それなら、分かるが、何とも微妙な時期だな。ミサキも何も言わなかったし、本当に誰も知らない出来事のようだ。

 ツバキも、そんな話は聞いていないと語った。そもそもミサキが来ること自体も、知らされていないという。


「十二星天と言えども、冒険者として、登録されていらっしゃる方も居ますからね。誰が、どこに行こうと自由なものです」

「事前に言ったりはしないんだな」

「ええ。公的な事情で来られるときは、連絡があるのですが、個人的な理由で、訪れることに関しては、騎士団もギルドも把握できません」


 まあ、そうだよな。あいつらも一人の人間だ。そこまで、行動を抑制するというのはおかしな話なのかも知れない。サネマサのように、精霊人の集落での問題の解決というのは、やはり、公的なものだから、ロウガンや、ワイツ卿に連絡があったが、ミサキに関しては、俺に会いたかったという完全に私的な事情だったから、知らなかったというわけか。


「てことは、ジーンって奴は、私的な理由で、マシロに行ったってわけか。何しに来たんだろうか」

「何でしょうね。あの時期と言えば、マシロ領で、生態系の変化があったり、環境が変わったりしたところもあるので、お一人で独自に調査していたのでは?」


 主には、精霊人の森周辺の荒野だったり、白露の花が咲いている山にゴーレムが出てきたことだったり、リンネの故郷である、デーモンの山だったり……って、俺が行ったところばかりじゃねえか。

 そういったところは、それぞれ魔物の生態系が変わっており、そうなると、地形も変わってくる。世界地図を作り、地形や地理の調査をしている、ジーンは、地図の書き直しの為に、マシロに滞在していたのではないかと、ツバキは推測した。

 だが、ジゲンは違う意見を語った。俺の方をにこやかに見ている。


「単純に、ミサキちゃんと同じで、ムソウ殿を一目見ようと来たのではないか?」

「いや、それだったら、マシロに居たミサキに……って、そうか。ミサキがマシロに居るってことは知らなかったのか……なるほど」


 ジゲンの言葉に妙に納得してしまう。ただ、接点は無いよな……。まあ、ミサキやコモンたちとも元々接点は無かったのだがな。

 以前は、十二星天に会うと、碌なことが無いと頭を抱えていたが、今では、そんなこともない。会いに来てくれるのはうれしいことだと感じている。

 まして、この世界の全てを見てきたというジーンという男には、どちらかと言えば、会ってみたいものだ。色々と面白い話を聞いてみたいなと思っている。


「まあ、ムソウ様ですからね。そのうち、ここに他の十二星天の皆様も来られるのでは?」


 ツバキも笑ってそんなことを言っている。ただし、面倒ごとは御免だと、ツバキの言葉に頷いた。

 すると、たまが嬉しそうな顔で、話し出す。


「わぁ~、おじちゃんがここに居たら、じゅうにせいてんさまにお会いできるの?」

「分からねえけど、サネマサ辺りは来そうだな。後はミサキもクレナに寄ることがあれば、来るんじゃねえか? リンネも居るし」


 そう言うと、たまは更に笑顔になる。


「楽しみ~!」


 幼いたまは、やはり十二星天の奴らに強い憧れを持っているようだな。シンムの里に行った時も、サネマサの彫像を尊敬のまなざしで見ていたし、生家に行った時も、はしゃいでいたからな。

 サネマサの人となりを知っている、ツバキ、ジゲン、そして、俺は、そんな大した奴じゃねえぞと、たまを微笑みながら、眺めている。


「たまは、十二星天の誰かに会ったことは無いのか?」

「んーとね、覚えていないんだけど、サネマサさまと、ジェシカさま、あと、レオパルドさまには会ったことあるみたい」


 なんでも、たまがまだ赤ん坊だったころに、サネマサが他の二人を連れて、たまの宿に泊まりに来たらしい。温泉街のどこの宿もいっぱいで、唯一開いていた、たまの実家に訪れたということだ。

 当時、たまの両親は、十二星天が三人も訪れたことに驚いていたそうだが、三人を大層もてなして、満足してもらったと嬉しそうに語った。

 すると、ジゲンがきょとんとした表情で、たまを見つめる。


「ふむ……その話は初めて聞くのう。サネマサもあそこに行ったのかの?」

「みたいだよ! わたし、サネマサさまとジェシカさまに撫でてもらったって。あと、レオパルドさまがつれてきた、どうぶつさんたちを見て、ないちゃっていたって、お母さん、言ってた」


 動物と言うか、恐らく魔獣だったんだろうな。そりゃ泣くだろうよ……。

 だが、そこまでされたのなら、サネマサに対する憧憬も分かる気がした。

 そう思っていると、ジゲンは感慨深げに、口を開く。


「それは、なんとも……因果なものじゃのお……」


 あそこにサネマサが行って、なおかつたまとも話したことがあることを知ったジゲンは、不思議な縁のめぐりあわせというものが面白いという表情で、頷いている。

 今となっては、そんなたまの親代わりだからな、ジゲンは。思うところもあるらしい。


「サネマサがここに来たら、精いっぱいもてなさんといけないのう」

「うん! 私も頑張る!」


 たまの頭を撫でる、ジゲンの言葉に、たまは大きく頷く。もてなしの意味合いは変わってくるが、ジゲンも、サネマサがここに来ることを望んでいるようだな……。


 俺は、他の奴らにも、十二星天に会ったことがある奴は居るかと聞く。流石に女中たちは直接ではないにしろ、何人か見たことはあるというものがほとんどだった。

 ただ一人、アザミは、直接会ったことがある人が居ると語る。


「“聖母”ジェシカ様にはお会いしたことがあります。小さいときに、大けがをして、その時に、私の故郷に偶然いらしていたジェシカ様に傷を治してくださいました」

「ほう、それはまた、幸運だったな」

「ええ。あともう少し、処置が遅かったら死んでいたかも知れないと、ジェシカ様は私の頭を撫でてくださいました」


 アザミはそう言って、下腹部をさする。昔、魔物に襲われ、腹の辺りを爪で裂かれたという。内臓はズタボロになり、出血多量で、もう少しで死ぬかもしれないと絶望していたところに、偶然ジェシカが通りかかり、傷を癒してくれたらしい。

 ジゲンの昔話を聞いてからも思っていたのだが、ジェシカというのは本当に慈悲深い奴みたいだ。昼間も思ったが、ジェシカにも会ってみたいと強く思った。


 さて、そうやって、皆と話しながら、飯を食べていくと、皿がどんどんと空いていく。空になった皿を女中たちが炊事場へと持っていき、今は、酒を呑みながら、何人かで落ち着いている。

 ジゲンとツバキと話しながら、酒を呑み、リンネとたまがじゃれ合っているのを眺めていると、アザミが俺達の所に来た。


「あの、ツバキさん。一つ教えていただきたいことがあるのですが……」

「はい、何でしょうか?」

「ギルドの、調査というのは大体どれくらいの期間で行われるのですか?」


 アザミは、ダイアン達が、何時頃帰って来るのか、気になるようだ。いざ帰ってきたときに、飯が出来ていなかったりするのは悪いとのことらしい。

 が、本心では、ダイアンが心配なのではと、俺とジゲンは静かに笑う。

 アザミの言葉を聞いたツバキは、頷き、俺に地図を出すように言ってきた。ツバキの言葉に従い、俺は地図を持ってきて、皆の前に広げる。ツバキは、地図を差しながら、調査について、説明し出した。


「そうですね……はっきりとしたことは言えませんが、大体、現地に着いての調査期間は、大体三日といったところでしょうか。ですが、皆さんが向かわれた、こちらの樹海でしたり、雷雲山など、険しい場所では長くて十日くらいですね」

「結構かかるんだな。そんなにか?」

「いえ、普通の魔物の生態の調査でしたり、素材の調査ですと、三日で充分、早くて、二日ほどで終わるのですが、樹海の方に向かわれた方々は、スケルトンの規模でしたよね? これだけ広い樹海の、魔物の大群の調査となると、それくらいはかかります。

 そして、雷雲山のように、原因がはっきりしていない事象の原因究明に関しては、答えが分かるまで、という調査になりますので、もっと期間が必要になると思います」


 さらに言えば、ダイアン達が調査隊として、取り組むのは初めてだ。一応、後続部隊として、シンムの里から騎士団による調査隊も送られるらしいのだが、そもそもここから樹海、雷雲山まで距離がある。

 そして、今回の調査は今までおろそかにしていたということもあり、綿密に行わなければならない。

 よって、闘鬼神の奴らは、早くて四、五日、遅くて二十日ほど、ここに帰ってこない可能性があるとツバキは語る。


「安全に依頼をこなす冒険者の為、何より、付近に住む民たちの為にきちんとした調査は必須ですからね」

「まあ、そうだよな……」

「ただ、話を聞く限り、危険度は大きくなさそうですし、闘鬼神の皆様がお強いということは、私も確認しております。きっと大丈夫だと、信じております」


 ツバキは闘鬼神と共に俺と闘った時に、個々人の強さを把握した。それによれば、並みの冒険者や騎士たちと比べても、そこそこ強いらしく、更に、集団戦においての連携力にいたっては、騎士団よりも上かも知れないと語る。


「なるほど。そういうことなら、ひとまずは心配ないか」

「ですね。ありがとうございます、ツバキさん。安心しました」


 ツバキの話を聞いて、一抹の不安というものが取り除かれたらしいアザミは、ツバキに頭を下げた。やはり、口ではああ言っていても、冒険者たち、特にダイアンのことは心配らしい。


 俺としても、実は少しだけ心配だった。だが、ツバキが言うなら、特にこれといって、俺のすることは無いなと安心した。

 帰ってきたら、盛大に宴を開こうと思った。

 ……ああ、それは毎日やっているのか……なら、普通に「おかえり~」って言うだけで良いな。


 その後アザミは、安心しきった顔で、炊事場へと向かう。残った俺達は、改めて、調査依頼について、話し始める。


「結局のところ、正直に言うと、二人はどの調査が難しいと思う?」

「「雷雲山です(じゃの)」」


 俺の質問に二人は、同時に即答する。答えが合ったというのに、それも納得というように、すました顔で二人は落ち着いていた。

 何故、雷雲山なのかと聞くと、それぞれ、理由を述べる。


「雷雲山の調査は、地震の謎を突き止めるといったもので、先ほども申し上げたように、正解が分かりません。どのように調査をすれば良いのかわからないので、難しいと思います」

「それに、雷雲山自体が、危険な場所じゃ。常に雷が降り注いでおるからのお。

 となれば、調査に影響があるということも考えると、あそこに行った者たちが一番、しんどい思いをすると思うぞ」


 二人の話を聞きながら、俺はおかしいなと思った。アヤメはそこまでの危険はないと言っていたはずだ。そこの所はどうなのかと聞くと、ジゲンが口を開く。


「それは単純に、魔物たちが少ないからという理由だからじゃろうな。樹海にしても、チャブラとの境の山にしても、魔物の数は多い。その二つに比べると、確かに雷雲山の方が安全じゃろう」

「雷の所為で、魔物もほとんどいませんからね」

「なるほど……てことは、雷にさえ気を付ければ、割と楽と言えば楽なのか?」


 そう尋ねると、二人は、調査の目指すところが、明確なものという条件ならば、そうだという。

 雷雲山の調査が困難なのは、やはり、原因が分からないことへの解明だからとのことだ。とすれば、難しいというだけで、危険は無いのかと聞くと、二人はツバキは頷くが、ジゲンは微妙そうな顔をする。


「地震の原因が、魔物の出現だとしたら、その限りではないのお。あのあたりじゃと、雷帝獣だとすれば、危険じゃの……」


 雷帝獣と言えば、以前もジゲンが危惧していた、雷獣の王のような魔物で、超級だったか。確かに、そんな奴が居たら、命の危険は大きくなる。

 ただ、ツバキの方は、索敵、状況把握に優れたリアが居るから、少なくとも、命に係わる事態にはならないのでは、と提案する。

 まあ、確かにあいつが居れば、どんな魔物が出たとしても、皆を率いてその場から離脱するという判断を下せそうだしな。ジゲンも、その考えには納得しているようだ。


 では、魔物の強さに関して、困難な依頼は、と二人に聞くと、またしても、二人は同じ答えを出した。


「スケルトンの軍勢ですね」

「それは、どうしてだ? ワイバーンや、ワイアームの方が強いと思うのだが……」

「その通りじゃ。魔物自体の強さの関係では、そういうことになっておるが、スケルトンが現れた場所は、クレナの樹海。太古の昔から魔物が棲みつき、立ち入った冒険者や、傭兵の多くが犠牲となっている場所じゃ。

 ゆえに、スケルトンなど、死霊軍を生み出す場所としてはうってつけの環境じゃな。更には、それだけの軍勢を生み出す者も居ることを考慮すると、こちらの方が、断然危険じゃの」


 あ、そうか。こういったスケルトンの軍勢、いわゆる死霊軍には、それらを召喚した者というのも居るんだっけか。確かに調査の内容にも、そいつの把握というのがあったが、そこまでなのか、と聞くと、ツバキが口を開く。


「軍勢の規模によっては、ムソウ様が退治なされた女の魔法使いのような方から、ミリアンのような強力な魔法使いまで居ます。前者ならまだしも、後者のような魔法使いが居た場合、難易度は上がりますね」


 なるほど。ツバキの言うように、俺が捕まえた女の魔法使いは大したことなかった。しかし、ミリアンは別だ。ミサキ曰く、人でありながら、超級以上の魔物と同等と言っていたからな。

 仮にそんな奴が居るとするなら、確かに、難しい依頼となる。そこまでの腕を持つ魔法使いならば、姿をくらますことだって可能だろうしな。

 そして、クレナの樹海……俺が行った時にも、超級の魔物が居たわけだし、ジゲン達、牙の旅団の最後の土地でもある。色々な憎悪や、死んでいった者達の怨念が渦巻くあの場所は、死霊軍を生み出す環境としては、絶好の場所なのだろう。

 更には、昆虫型の魔物は、繁殖力が強い。俺は大鎌カマキリを殲滅したわけだが、今はもう、復活しているという可能性もある。調査依頼と言えども一筋縄ではいかないだろう……。


 ……よく考えると、意外とどの調査も大変そうだな。あいつら、本当に大丈夫だよなあと思っていると、ツバキとジゲンは、俺を安心させるように、口を開いた。


「まあ、先ほども申し上げましたように、闘鬼神の皆さんはお強いですからね。大丈夫だと私は思いますよ」

「うむ。それに、強力な魔物などが現れていたとすれば、何らかの異変はあるはずじゃ。それが無いということは、これらの心配は杞憂かも知れんのお……」


 ジゲンはそう言って、俺の肩をポンと叩く。何となく安心した俺は、二人の言葉に頷いた。


「……そうだな。気長に待っていようか」


 皆を信じて、今朝方送り出したばかりだというのは俺だ。そして、皆も、笑って出ていった。こういう時くらいは、皆を信じようと思い、俺はもう何も言わず調査結果を待つことにした。


 その後、洗い物を終えた女中たちがやってくる。すると、遊び疲れていたリンネとたまを連れて、風呂場へと向かった。ツバキもそれについていく。ジゲンは一人で風呂場へと向かって行った。

 そこで、俺は部屋に戻り、酒を呑みながら、装備品の手入れを行う。と言っても、小手や、鎧などを拭くだけだ。

 あと、ピクシーの首飾りもな。武具はまだしも、これは常に人の見えるところに付けているからな。恰好だけでも良くしておかないと……。

 この首飾りは、流石ピクシーが作っただけあって、細工が細かい。蔓に葉がついているという細工の中に、綺麗に研磨された赤い宝石が収まっているというものだ。

 そして、蔓の部分をよく見てみると、何か文字のような模様が刻まれている。本当に、よく見てみないとわからないくらいだ。人の手で描くのは無理だろうな。天宝館にピクシーのような小さな生き物が居れば、ヴァルナの苦労も若干収まるかも知れないな。

 さて、次に取り出したのは、髪飾りだ。これは今日のうちに洗濯をしておいた。そのおかげで、特に汚れはない。ただ、毛の一本一本が、絡まり合っていて、何とも不格好なものになってしまった。

 その部分を抜き、乾かしながら、毛先をそろえていく。


「ふう~……良いお湯でしたね~……♨」

「キュウ~……♨」


 装備の手入れをしていると、ツバキとリンネの声が聞こえてきた。風呂から上がったらしい。リンネは獣の姿で入ったようだな。俺は、魔道具に魔力を込めて、そこから温風を出した。

 そして、襖が開き、二人が部屋に入ってくる。


「あら、ムソウ様、何をされているのですか?」

「いや、お前の髪と、リンネの毛を整えてやろうと思ってな」


 そう言うと、二人は顔を見合わせて、ニコリと笑った。


「では、お願いしますね」

「キュウッ!」


 二人はそう言って、俺の前に座る。俺は最初に、リンネの毛を乾かし、毛づくろいをした。


「キュウ~……♪」

「気持ちいいか?」

「キュウッ!」


 リンネはゆったりとしながら、俺の毛づくろいを受けている。前の世界では、アキラが飼っていた動物たち、特にトウガによくしていたからな。こういうことは慣れている。あいつは、剛毛だったが、リンネの毛は柔らかい。幾分かやりやすいなあと思う。

 そして、リンネの毛並みを整えた後は、ツバキの髪をといてやった。ツバキは、膝にリンネを乗せて、撫でながら気持ちよさそうにしている。


「まさか、ムソウ様に髪をといていただけるとは思ってもみませんでした」

「そうか? まあ、いつも世話になっているし、明日も討伐だからな」


 それもスライムの討伐だ。また、体液まみれになるからな。これもほとんど無駄かもしれないが、ツバキも女だ。やっておこう。


「ずいぶん慣れていらっしゃるようですね」

「まあな。サヤにもやっていたし、前の世界のツバキにも、やっていたからな……」


 サヤの時は、時々髪が櫛に絡まったりして、ずいぶんと怒られたものだ。それで、サヤが俺の髪をとく番になると、お返しと言って、思いっきり櫛を下し、俺の髪をブチブチと抜いた時は、本当に痛かった。

 そんなこともあり、長年やっていなかったが、ツバキの髪をとくようになると、どうしてもその時のことを思い出し、段々と上達していった。


 昔のことを思い出しながら、髪をとき終えると、こちらのツバキはありがとうございますと笑った。


 その後は二人で、道具の手入れと明日の準備を進める。道具の確認をしたり、リンネも混じって、作戦を立てたりだ。

 相手がスライムと言うこともあり、そこまで警戒はしていないが、合体される前に個々で、倒していくというよりも、リンネの幻術で、スライムを惑わし、一つになったところを各個撃破した方が良いのでは、というツバキの提案に乗った。

 リンネに、責任重大だなと言うと、リンネは胸を張り、任せて! と言わんばかりに頷く。規模が分からないから現状は何とも言えないが、ビッグスライム辺りになったら、俺が、それまではリンネも狐火などで戦いながら、スライムを惑わせることにする。


「正直、スライムにここまでの戦略は必要ないと思うがな……」

「油断は大敵ですよ、ムソウ様」

「だな。というわけで、そんな感じにいこうと思うのだが、二人とも、問題ないか?」

「はい!」

「キュウッ!」


 二人は俺の問いに、大きく返事をした。素材の方はすでに諦めているが、ツバキくらいなら、残るかもしれない。そういったことも気にしながら闘ってくれと言うと、二人は頷く。


 その後、寝る準備をするために、布団を敷く。いつも通り、俺とツバキは少し離れて……と、思ったのだが、今日は布団をくっつけることになった。

 何故なら、リンネが、俺の布団に入ると、ツバキの方をじっと見つめ、ツバキと寝たいのかなと、そちらにリンネをやると、今度は俺の顔をジッと見つめてきた。どうやら、二人と寝たいらしい。


 一応、そういうのはやめるという約束だったのだが、違う布団なら良いかと納得し、ツバキは喜び、リンネと共に、俺の布団とツバキの布団をくっつけた。

 ダイアン達が、居なくて本当に良かったと思いながら、俺達は布団をかぶった。リンネは獣の姿ではあるが、俺とツバキのちょうど間で寝る体勢をとり、ご満悦だ。


「では、消しますね」

「ああ」

「キュウ……」


 ツバキは灯を消すと、自らの布団に入り、リンネを撫でる。そして、フッと笑い、俺の顔を覗き込んだ。


「では、おやすみなさい。リンネちゃん、ムソウ様」

「ああ。おやすみ、リンネ、ツバキ……」

「キュウ~……」


 俺も、リンネの頭を撫でて、布団をかぶった。すると、すぐに、二人が寝息を立て始め、部屋の中は静かになっていく。先ほどまで楽しく話していたのに、急にこうなると、なんだか寂しくなってくるな。


 ……俺も寝よう……


 その後、俺も段々と眠気が強くなっていき、目を閉じるとすぐに、俺の意識は深い所に落ちていった。


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