第200話―休日を過ごす―
しばらくして、目を覚ますと、既に日が昇っていた。体感的にだが、ダイアン達を見送ってかなり時間が経っているような気がする。隣を見ると、ツバキとリンネもすでにいない。俺も布団を片付けて、部屋の外に出てみた。
「……」
「ああ、リンネ。おはよう」
襖を開けるとリンネが笑って立っている。獣人の姿ってことは、何か手伝いしていたな?
リンネを褒めて、頭を撫でる。そのままリンネは俺の手を引いて、いつも飯を食う部屋へと案内してくれた。
やはり、既にほかの皆の食事は終わったらしく、皿を洗ったりする音や、掃除をしている女中も居た。
「あら、頭領。おはようございます。ずいぶんと遅かったですね」
「ああ、すまねえな。飯、残ってるか?」
「フフッ、大丈夫ですよ。ツバキさんとリンネちゃんが残してくださっております」
女の言葉に、リンネは得意そうな顔をした。そのまま手を引いて、部屋の隅へと座らせる。
そして、炊事場へと向かい、一人分の料理を盆にのせて、持ってきてくれた。
「ありがとよ」
「……!」
リンネを褒めると、また、ニコリと笑った。そして、飯を食う。野菜の酢の物と、みそ汁、そして、焼き魚に白飯。掃除をしていた女によると、焼き魚の方はリンネが、酢の物はツバキが作ってくれたらしい。ああ、だから早く食べて欲しくて、呼びに来たってわけか。
しかし、この二人の飯も美味いものだな。昨日店で食ったものに引けをとってはいない。朝から元気が出るようだ……今日は依頼には行かないけどな。
リンネに美味いぞと、言うと、またしてもニコリと笑う。飯が美味いということに納得したのか、そのまま俺に一礼して、どこかへと向かった。
「……リンネはどこに行ったんだ?」
女中の一人に尋ねると、リンネが向かった方向を眺めて、口を開く。
「恐らく……洗濯でしょうね。今はツバキさんもされていますので、お手伝いに行ったのでしょう」
「そういや、お前らって一日、何してるんだ? 俺が聞くのも変だが……」
ここの主なのにな……。一日のほとんどは外に出ているから、留守を預かるこいつらのことはよく分からない。本当に今更だよなあと思いつつ、聞いてみると、女はニコッと笑う。
「変ではありませんよ。頭領は普段、外に出ておりますからね。
……一応、頭領不在の時は、ジゲンさんが皆を統率しております。冒険者の皆さんはお休みの時は道具の買い出しに出かけたり、武具の手入れと、思い思いに過ごされております。
私達女中は、たまちゃんや、アザミさんの指示の下、主に掃除や洗濯、後は買い物をしております」
「一日中、掃除か?」
「広いですもの」
「まあ……そうだよな。てことは、飯の準備も大変だろ?」
「そうですね。いつも大人数ですから……。ですが、たまちゃんたちと一緒に料理を作るというのは、楽しいものですよ」
なるほど。やはり大人数で住んでいるこの屋敷の仕事というのは大変らしい。
だが、女の表情からは、辛いという感じはみられない。むしろ楽しんでいるみたいだ。何となく、安心した。
さて、飯を食い終えた後は、洗濯をしているというツバキたちの元へと向かう。そういや、ジゲンとたまはどこだろうか、と辺りを見渡してみた。
あ、居た。二人で、畑で作業をしていた。何かを植えているようだ。俺は近づき、声をかける。
「よう、精が出るな」
「む? おお、ムソウ殿か。おはよう」
「おじちゃん、おはよ~!」
「ああ。二人で何してるんだ?」
「儂は薬草じゃ」
「わたしはおはな~!」
ああ、この畑を作る時に、そんな話をしていたな。しかし、こんな時期に植えるのかと、確認すると、ジゲンの方の薬草は、むしろ過酷な環境に植え、根を強く張らせることで、育つ薬草なのだという。
たまの花も同様な性質があり、きちんと世話をしておけば、どちらも春先には綺麗な花を咲かせるということだ。こんなところでも、前の世界と色々と違うんだなあ、と頭を掻いてしまう。
「ムソウ殿は野菜を、とのことじゃったが、どのあたりに植える気かの?」
「あ~……それも二人に任せようかな。この世界の野菜にはそこまで詳しいわけではないからな」
「このせかい?」
「あ、たま、何でもない。というわけで、頼むよ、爺さん」
「了解じゃ、ムソウ殿」
結局、野菜のこともジゲンに任せることにする。暇な時にでも、手伝えるならそうしよう。俺には草むしりくらいしかできないからな。
その後、今日の所は本当に何もしないということを伝えると、ジゲンとたまは頷く。そして、ジゲンの提案で、薬の調合でもして時間を潰そうということになった。
一応、予備は間に合っているとのことだったが、多すぎて困るということは無い。それに、調合、調理スキルを鍛えるということで、今日はしっかりと作っておこう。
と、その前に、ツバキたちの様子を見に行こう。ジゲンたちと別れて、屋敷の裏手へと向かう。そこでは、アザミの指揮の下、多くの女中たちが、洗濯物を干している。その中にはツバキとリンネもせっせと皆の着物をはたき、水気を切っては、物干しざお代わりの長い棒に引っ掛けている。
ああ、やっぱり多いな。この人数のものをいっぺんに綺麗にするというのはやはり大変な作業だ。ホント、女たちには頭が上がらないな……。
ぼんやりと眺めていると、忙しく作業をする、アザミと目が合った。邪魔しては悪いよな、と思い、その場を離れようとする。
だが、アザミはニヤッと笑った。
「あ、頭領! 手伝いに来て下さったのですね!」
「……え」
アザミが大きな声でそう言うと、女中たちはパッと顔を上げて、こちらを明るい笑顔で見てくる。ツバキとリンネもそうだった。こちらを見て、駆け寄ってくる。
「では、ムソウ様、こちらをお願いします」
「いや、あの、ツバキ? 俺は別に――」
「こちらはもう一回洗ってくださいね。ムソウ様を始め、冒険者の皆さんや、私の衣服にこびりついた血というのは、なかなか落ちませんので……」
ツバキはすこしばかり汚れがひどい、着物をドサっと渡してくる。ツバキの言葉に、リンネや他の女たちも、うんうんと頷いている。
なるほど……血というのは確かに落ちづらいよな。俺の着物は暗い色だから、そこまで気にならないが、ここの……というか、前の世界には居なかった、魔物の体液というのは、匂いがきついというものも多い。ここ最近で最後に狩ったトロルがいい例だ。
確かに、渡された着物を少し嗅いでみると、一度洗ったにしては臭かった。
「……ふむ。分かった。まあ、自分らで汚したものだからな。自分で綺麗にするというのは道理だろうな」
俺はツバキたちの言葉に頷き、着物を一枚ずつ広げて、むしろの上に置いた。
……っと、これはロロのだな。焼け焦げた跡などが目立つ。新しいのを買ってやったというのに、まだ、着ていたのか。
花街で浮浪者をやっていた頃の貧乏性というやつか? まったく……。他の者達のも同様だな。着られるギリギリまで、着たいみたいだ。まあ、俺も昔はそんな感じだったからな。
ただ、人並みの生活を送るのであれば、そのあたりはきちんとしておかなくては。
俺は、他の者たちが持っていた、特に汚れた着物をすべて、むしろの上に置き終えて、前に立った。
「……あ、無間……いや……試してみよう……」
俺は、そのまま、瞑想する。
―おにごろし発動―
普段は無間から発せられる輝きによって、俺は神人化する。だが、グレンとの旅の際に、迷彩トカゲを倒したときに、無間を持たなくても、神人化することが出来た。
だから、今回はその実験も兼ねて、神人化してみた。スキルを発動させると、俺の胸の辺りが熱くなり、輝きだす。
そして、その光は俺を包んでいき、俺の髪は伸び、背中には翼が現れる。
……神人化、出来たようだな。やはり、無間を持たなくても出来るようだ。ホント、俺は何なんだろうな……まあ、いいや。
「さて、始めるか……光葬雨!」
手を開き、光葬針を球の形にする。そして、そのまま無数の光の粒にして、着物に浴びせる。すると、汚れていた着物の、血の染み、泥の汚れ、焦げ跡などが消えていく。光が収まると、着物は綺麗な状態になる。
「ふう……こんなもので良いか?」
一通り綺麗になったことを確認した俺は、アザミに尋ねてみる。神人化した姿というのは、何度か見たことあるはずなのに、皆、口を開けて頷いている。
「だ、大丈夫です。頭領」
「そうか。じゃあ、ついでにもう少し手伝おう」
俺は更に光葬針を出現させる。俺が今、操れる光葬針の数は、二十程になっている。その光葬針を武者の姿にした。
そして、先ほど綺麗にした着物や、洗い終わった着物をどんどん干していく。この武者たちは天界の波動の塊のようなものだ。わずかに残っていた汚れも武者が触れた所から綺麗になっていっている。
これはあまり見せたことが無いので、女中たちも、ツバキもリンネも驚いている。何となく、武者の姿をした光の塊が、洗濯物を持っているという光景は滑稽なものに見える。
「ムソウ様……こちらは一体……」
「ん? お前は何回か見たことあるだろう。俺の技だよ」
「はあ……こちらは、生物なのですか?」
「さてな。その質問にはうまく答えられないが、俺の力であることには変わりねえよ」
俺が笑うと、何となく諦めたような表情になり、そうですか、と頷くツバキ。
正直、俺も、自分の分からないことを気にすることに関しては、もう、諦めがついている部分が多い。この技についてもそうだ。ただまあ、今のところ害はない。むしろいいことずくめなので、気にしないでいる。色々考えるのは面倒だからな。
さて、しばらく力を使い、女中たちと共に、洗濯物を片付ける。最初は恐る恐るだった様子の女たちも、武者たちと協力して、作業を続ける。
そして、全ての着物を干し終えた後、光葬針を解く。何か、残念そうな顔をする女中たち。
気にせず、俺は伸びをして、神人化を解いた。
「こんなもので良かったか?」
「充分です。お疲れさまでした、頭領」
「はいよ。この後は掃除か?」
「ええ。頭領はこの後は、どうなさるので?」
「薬を調合しながら過ごす。また、飯が出来たら呼んでくれ」
「かしこまりました」
アザミたち女中の者達は皆、俺に深く頭を下げて、それぞれの仕事へと移った。
「あ、ムソウ様。私は、どうしましょう?」
「そうだな……たまとジゲンの手伝いをしていてくれ。リンネもその方が良いだろ?」
「……!」
リンネは俺の言葉に元気よく頷く。ツバキは、やれやれという感じにリンネの頭を撫でた。
「私としては、ムソウ様のお手伝いも良かったのですが、リンネちゃんがそうしたいのであれば、仕方ないですね」
ツバキとリンネはこのまま、今日一日は、たまとジゲンにつくことになった。騎士だからな。警護の為という意味合いも強く、ツバキにはぴったりだろう。
リンネもたまと接する時間が多く、息抜きになるだろうし。
ジゲンとたまにとっても、良いことだろうと思っている。たまはもちろんのこと、ジゲンもサネマサの弟子だったツバキと関わるのは良いことだろう。
俺達はそのまま二人と別れ、自室へと戻った。そして、道具を取り出し、薬草を取り出し、ワイバーンの肝を取り出して、薬を作り始める。
ゴリゴリゴリゴリ……
呪いを解き、予防できる呪殺封の薬、結局ミサキはジェシカって奴に渡したみたいだが、やはり出来ないものなのか?
店で売っていたり、ギルドではあまり見ないよな。やはり、天界の波動が無いと出来ないものなのか? 毒やけがなどを治すついでに、呪いとかも普通に治せるのであれば、安心だな……。
ゴリゴリゴリゴリ……
そういや、ジゲンの話では、ジェシカって奴は、「治癒院」とかいうものを王都につくろうとしていたな。名前からして、怪我や病気を治したりするような所かも知れん。
前の世界のナツメのようなことをしているのだったら嬉しいな。平民も貴族も、分け隔てなく治療を受けられるようにする、高い薬も平等に渡るようにすることをあいつは目的にしていたからな。
それに、新しい薬の研究もしていたし。「治癒院」もそんなのだったら、良いなあ……。
ゴリゴリゴリゴリ……
……あ、それでも、薬の効き目を俺で試すのだけは本当に辞めて欲しい。もっとも、薬は俺に効果がないからな。しかも、体質じゃなくてスキルの効果だ。ここまで何も効かないとなると、若干不安になる……。
ゴリゴリゴリゴリ……
さて、そろそろ良いか。ある程度の量が出来た。俺は大きめの鍋を持ってきて、その中に、水を入れ、ハーニィの蜜を精製して出来た黄金薬を入れて、薬草と肝を粉にしたものを入れて、火をくべる。
呪いを解くということに重きをおいた黄金神薬と回復薬の効果を一緒にしたいのだが、上手くいくかな……。
そのまま、薬が煮立つのを待っている。その間、窓から外の様子を見ていた。木枯らしが吹いていて、枯れ葉が落ちてくる。それを一つつまみ、再び窓の外を見た。
「……あいつら……俺が居なくなっても、大丈夫だよな……」
ふと、前の世界の皆のことを思い出す。一応、俺は死んだということになっているのだろうか。それか、行方不明か……。
俺がこっちに来て、もう三か月くらい経つ。
あの時、玄李の残党は完全に倒したはずだ。もう、天栄にこれといった脅威は残っていない。俺が居なくなっても、大丈夫だろうとは思っている。
ただ、唯一心残りとなっているのは、俺が居なくなった後の皆の状態だ。ツバキあたりは……泣いてそうだな……。
急だったもんな。今のコモンが居なくなって、俺達が思っているようなことを、皆も俺に対して思っているのかも知れない。
そう思うと、捨てていたはずの、前の世界への未練ってものがふつふつと沸きあがってくるのを感じる。
「何かの拍子で帰れたら……いや……もう、そういうわけにはいかないよな……」
前の世界のことを思いつつも、すぐに、その考えは捨てる。こちらに来てからも、俺には大切なものが出来た。
……もう、帰るわけにはいかない……
再度そう思った俺は、枯れ葉を外に飛ばし、窓を閉めた。
……さて、そろそろ煮立った頃かなと、鍋の様子を見る。薬の方は沸騰し、甘い香りが上ってくる。匙で少しすくって、舐めてみた。
いつも飲む、回復薬の苦い薬草のような味ではなく、甘めの漢方薬のような味が口に広がる。これなら飲みやすいな。
たまや、リンネでも喜んで飲みそうだ。恐らく黄金神薬が影響しているのだろう。
俺は神人化し、天界の波動を流しながら、薬をかき混ぜていく。すると、薬はかき回されながら、徐々に光を放つようになってきた。
「出来たのか?」
良い感じに、淡い黄金色の液体となり、光を放つ薬に対して、早速鑑定スキルを使う。
……
光霊薬
天界の波動を帯びた、聖なる霊薬。大きなけがを治癒させる。また、呪いを解くことが可能、それと同時に、活力を大幅に回復させる。
……
ふむ、成功したみたいだな。一応、効果だけを見てみると、傷を治すことに関しては、現在、屋敷にある薬の中では、上級の回復薬に次ぐくらいの効果はあるらしい。恐らくは、俺が作れる薬の中でも、最高峰のものだろう。
作り方は分かったので、それからも、薬を作ることに没頭する。
そして、瓶二十本ほどの量を作ったところで、襖が開かれる。
「ムソウ様。お食事の用意が整いました」
「ん? そうか」
「ずいぶんとおつくりになりましたね……」
「ああ。これだけあれば、誰がケガしても大丈夫だろ?」
「ええ。それは、もちろんです」
ツバキはニコリと笑って、そう言った。正直なところ、この屋敷の中で一番怪我しそうなのは、最近はだいぶおさまっているようだが、無茶な戦い方をするツバキくらいだと思っている。後は、獣人化の影響がひどい、ダイアンくらいか。
薬が多くあるからと言って、大けがを負うようなことをするなと心で念じた。
さて、俺はツバキに案内されて、昼飯の場へと向かう。昼飯は、鍋物らしく皆でつつきながら食べるという。部屋に入ると、土なべが置かれて、大体五、六人くらいに分かれて、飯を食っていた。
俺は、ジゲンとたま、そして、リンネが居るところに座る。
「ああ、ムソウ殿。薬の方は、進んだかの?」
「ばっちりだ。また、倉庫の方に置いておくからよ」
屋敷内の薬の管理をしているジゲンはよろしく頼むと、頷いた。
ジゲンと話していると、リンネが小皿に鍋の具をよそってくれる。どうも汁が赤い。辛みそで作ったもののようだった。野菜や、魚などの具が、ごろごろと入っている。
「ありがとよ、リンネ。しかし、お前は辛いものは大丈夫なのか?」
「……!」
俺の問いにリンネはニコリと笑って、頷く。そして、鍋の具を一つ箸でつまむと、美味しそうに口へ運んだ。特に心配は無いようだ。
「確か、辛いものを提案していたのは、たまだったな。体も温まるってもんだ。ありがとよ」
「おじちゃんになでてもらえた! わ~い!」
俺が褒めると、たまは両手を上げて喜んでいる。しかし、今日の飯も美味いな。毎日こんなに美味い飯が食えるとは、やはり、幸せだなと感じる。
さて、飯を食い終えた後は、女中たちは、再び屋敷内の掃除、たまとジゲン、それにリンネとツバキはそのまま買い物に出かけた。
俺も行こうとしたのだが、ツバキに、今日はお休みですよね、と止められた。別に、休みだからと言って、屋敷から一歩も出ないことは無いのにな。
仕方無く部屋へと戻り、少し薬作りの続きを行い、その後は、無間の手入れを行う。当分やってなかった気がする。というのも、神人化して戦った時などは、その時、斬った者達の血がつかないことが多いからだ。ついたとしてもすぐに浄化されていくからな。刀身自体は綺麗だ。
だが、そうでないときももちろんある。稀に少し力を入れないと、浄化できない時があるからな。無間を手元に置き、よく見てみると、やはり、少し脂で汚れているようだ。それに、昆虫型の魔物によるものなのか、体液、体の破片などもこびりついている。
「まずは、拭いていくかな……」
俺は手ぬぐいを取り出し、無間を磨いていく。固まった体液というのは、やはり落ちにくいな。少し力を入れつつ、お湯をかけてみたりして、汚れを拭きとる。解けた体液は、ねとねとしていて気持ち悪い。
ついでに、柄についているさらしをほどき、その下も磨いた。こちらは、そこまで汚れていない。さらしも大丈夫だ。このまま使っていこう。血の塊などが少しある程度だから、湯につけておけば、大丈夫だろう……。
相変わらず、元々ついているエンヤの血はとれない……怖い。
さて、全体的に無間を磨いた後は、打ち粉を刀身にまぶしていく。そして、紙を持って無間の上を滑らせると、刃の汚れは落ちて、綺麗になった。
その後、新しい油を塗ると、日の光を浴びた刃は更に輝きを増す。そのために使っているわけではないのだがな。
「よし、これで終わりだな。後はさらしを……って、まだ乾いていないか」
作業も終わり、さらしを巻こうとしたのだが、触ってみると、まだ湿っている。このまま巻くわけにはいかない。もう少し時間が経つのを待とう。
ふと、部屋に飾っているだけのものという感じになっている、「斬鬼」が目に映る。強力な刀ということは分かっているのだが、使いづらいんだよな……。
ただ、今後、無間が使えない時があるかも知れない。その時はこの刀を使うことになるのだが……。
「……仕方ない、やるか」
しばらく考え込んだ後、俺は「斬鬼」を手に取って、外へ出た。珍しく、本当にガキの頃を思い出して、鍛錬というものをしてみることにしよう。
ついでに、小手も脚絆も、その他身体能力を向上させる装飾品を付けずに、俺は素の状態でどこまで動けるのかということを確かめておこう。歳を取って、どこまで動けるか、それは興味がある。
庭を掃除していた女中の一人に一言言って、俺は門を出て、こないだジゲンと手合わせをした、空地へと立つ。いわゆる荒れ地で、岩がごろごろとしている場所だ。鍛錬にはうってつけだろう。
もう一人、誰かいてくれればいいのだが、今回は仕方ない。一人でやろう。
さて、無間ではない普通の大きさの刀を振るというのは久しぶりだな。エンヤに貰って以来、ずっと無間を振っていたと考えると、十年以上振りだな。勘を取り戻すためにも、真面目にやっておこう。
まずは、身体能力の確認だ。俺は大きな木の前に立ち、腰を深く落とす。
「……ッ!」
そのまま、拳、手刀、蹴りを木に放った。装備を整えた状態に比べると、やはり威力は無いが、それでも、木の表面をへこませるくらいは出来た。その分、打ち込んだ拳や、足にはそれなりの衝撃が走っているがな。
「痛てて……まあ、これは仕方ないか。まだまだゴウキには及ばないみたいだな……」
ちなみにゴウキは、手刀一振りで、この程度の太さの木ならば、完全に折っていた。あいつは、馬鹿力にものを言わせて闘うような奴だからな。腕っぷしであれに叶う者などおるまい。
俺もその力で散々殴られたからよく分かる。その代わり、俺は木刀でだが、ゴウキを泣くまで、ぼこぼこにしていた……。
「さて……次は……オラアッ!」
俺は木を思いっきり蹴り、わずかに残っていた枯れ葉を地面に落としていく。葉が俺の顔の前を通り過ぎようとした瞬間、腰を落とし、「斬鬼」を抜いた。
そして、葉っぱ一枚一枚を斬っていく。やはり無間よりは軽い。攻撃の速度は上がっている。無駄なく、慌てることなく、葉の中心を斬ることが出来るようだ。
……だが、葉が全て落ち切って、地面を見てみると、そのままの形の葉も数枚落ちていた。
「あ~……残ったか。ツバキやジゲンに上からものを言うことは出来ないな……」
やはり、抜刀術、刀を振る速さは、あの二人には勝てないということを理解する。ただまあ、見よう見まねにしては上手いこと出来たなと思った。
にしても、先ほどから体を動かしているが、やはり、体力というのは落ちているようだ。昔と比べて、そこまで動いていないにも関わらず、今では息も荒い。
木を殴ったところは痛むし、少し動いただけで疲れも出てくるのが早い。やはり歳かな、と頭を掻く。
だが、回復薬を飲むまでもない。俺は次の鍛錬に移る。今いる空き地から、山の方に向けて、駆けていく。俺は跳躍し、木の枝に飛び移った。
ふむ、やはり体の動きに使う筋肉自体は衰えてはいないようだ。問題は、持久力が落ちたということくらいか。まあ、いいや。俺は、そのまま枝から枝へと飛び移り、山……というか、崖の前まで来る。
「さ~て……行くかな」
俺はクナイを取り出し、崖に刺して、わずかに出っ張っているところに足をかけて、崖を上り始めた。よく敵の屋敷や、砦に侵入するときにしていたことだ。あの時は、ちっこい方のツバキに先に行ってもらって、上から、縄を垂らしてもらっていたりしていたが、今回は、一人で行けるかどうか試してみる。
出来れば、このまま花街に行ければと思っている。そのままギルドに行ければ、明日から取り組む依頼を受注することが出来るからな。
ほとんど、部屋着だが……まあ、良いだろう。さて、そのまま崖を這うように上っていくが、やはりクナイはしんどいな。小手くらいは持ってくるべきだったか。疲れはそこまで無い。
ただ、休憩というのがほとんどとることが出来ない。改めて、神人化で飛ぶということがどれだけ俺に恩恵をもたらしているのかということがよく分かった。
すると、上っていく先に、少しだけ、岩が出っ張っている個所が見つかる。少し休憩がとれそうだと、そこに向かって行き、足をかけた。座ることは出来ないが、片足で立つことは出来る。クナイを何本か追加して体を落ち着かせ、少しだけ休憩した。
足元を見てみると、結構な高さまで上っていることに気付く。上を見上げると、花街を囲む、白い塀まで、もう少しだなと思った。
しかし、今日は休む予定が、意外と体力を使うことになったとはな。やはり俺は、体を休ませるよりは、動かした方が性に合っているらしい。
少し、苦笑いしつつ、休憩を終えて、再度崖を上り始める。
そして、崖が途切れ、塀に行き当たると、鉤縄を懐から取り出し、塀の狭間なのか、のぞき窓なのか分からないが、そこに引っ掛け、具合を確かめる。力を入れてみたが、大丈夫なようだ。
その後しばらく様子を見る。誰かが居たら、ここから飛び降りて、無かったことにしよう。
……誰も、居ないようだな。俺は足元と膝のあたりにクナイを差し、簡単な足場を作った。そして、その二本のクナイから、塀の下のわずかに残った花街の地面、鉤縄をひっかけたのぞき窓の順番に足をかけていき、屋根に上り、そのままの勢いで、花街の地面に降り立つ。そして、辺りの気配を探った。
「……ふむ、誰も居ないか……居たとしても……浮浪者か? それか住民か……。いずれにしても、ここからそんなに近い距離には居ない……よっし!」
誰にも気づかれることなく、花街に「侵入」できたことに対して、凄く達成感を覚える。塀にかけてあった鉤縄を回収し、下を見てみた。遥か下の方に、俺の家の屋根が見える。あそこから、上って来たのかと思うと、やはり嬉しいものだ。
俺もまだまだ若いなあと上機嫌になっていた。
さて、そのまま俺は花街の大通りに向かう。ここは、中心部から離れた、貧民街、もしくは、普通に花街で生活している者達の長屋などがある区域のようだ。しばらく歩いていくと、そこかしこの建物の前で、怪し気に商売していたり、道行く俺を睨む爺いや、婆あが居る。
そして、表の通りと違って人が少ないのか、ここでは普通に、路地裏で、裸同然の男と女が抱き合ったり、まぐわったりしている。
ここは本当にひどいな。中心部もいずれはこうなるのかと思うと、少し寒気がする。顔を顰めつつも、なるべくそいつらと顔を合わせないようにして、貧民街を抜けていった。
その後、大通りを出た俺は、そのまま上街へと続く門に向かった。近づいていくと、門番をしているショウブ一家の者達は、いつもとは違い、警戒する表情で、俺に声をかけてきた。
「止まれ。ここから先は、貴族たちの住む上街だ。一体何の用だ?」
いつも通りすんなり通してくれるものだと思っていた俺は、少々戸惑いつつも、口を開く。
「あ? 何言ってんだ? 俺がここを通るのは、大概ギルドに用事があるからだろうが」
「ん? お前は何を……って……あれ? あんた……ムソウの旦那っすか?」
門番は目を丸くして、俺の顔をまじまじと見てくる。
ああ、そうか。いつもと違って、普通に長着だけ着ているし、無間も背負っていないから、分からなかったのか。一人、納得して笑いながら、門番の言葉に頷く。
「ああ、そうだ」
「へ~! そうやって普通の格好してると、本当にわからないっすね! よくその恰好で、しかもギルドの腕輪も無しに花街に入れたっすね!」
「まあ、やろうと思えば、誰だって花街と下街を行き来出来るってわけだな」
「は、はあ……そうっすか」
門番は訳が分からないという顔をしつつも、俺のことが分かったみたいで、上街へと通してくれた。
さて、と……このままギルドに向かうか……。
そのまま上街を進んでいき、ギルドへと到着した俺は、貼り出されている依頼票の確認に向かった。そこまで遠くないものが良いな。それなら、早めに帰ることが出来るし。オウガの討伐とかないかな。上級の魔物は小銭稼ぎにちょうどいいし、リンネやツバキの練習相手としてもちょうどいいからなあ。
などと、思っていたのだが、そんなにうまくいくこともなく、せいぜいが、下級から中級くらいの魔物の討伐、もしくは素材調達の依頼ばかりだった。これは、明日も休みになるかもな。体がなまらないようにしておこう……。
めぼしい依頼も無いことだし、今日はこのまま帰ろう。そう思い、出口の方に向かおうとした。が、背後から、俺を呼び止める声が聞こえる。
「あ……ムソウさん!」
「ん? ……ああ、ミオンか」
振り返ると、そこにはミオンが立っている。何やら、不思議そうな顔で、俺のことをジロジロと見ていた。
「何だ?」
「あ、本当にムソウさんですね。今日はどうされました? いつもとは様子が、違うようですが」
「ああ。それでか。気にすんな。散歩ついでに少し寄っただけだ」
「は、はあ……」
袴履いているわけでもないし、羽織を纏っているわけでもない。更には無間も無いし、やはりぱっと見では俺には気づかないようだな。一応腰には刀を差しているのだがな。
ミオンが困惑するのも分かる気がする。
「で、何か用だったか?」
「はい……ですが、今日のところは……」
ミオンは再び、俺の格好を眺める。特に刀や手元、首元を見てはため息をついている。
「何だよ。ジロジロ見やがって……」
「す、すみません。あの……今日も特別依頼に挑まれる方々が居まして、ムソウさんがお越しになられたら、お伝えしようと思っていたのですが……」
ミオンはそう言って、酒場の方を差す。そこには、武器の手入れをしている、二十人ほどの冒険者たちが居る。あまり見ない顔だ。
ミオンに寄れば、前に絡んできた奴らよりは、多少真面目に依頼に取り組んでいるらしい。
だが、ここ最近は依頼の不達成が積み重なり、所持金が減っているという連中らしい。更には、花街のいろんな店に、借金やツケをしているという。
一応、ミオンも、色々な依頼を紹介しているのだが、どちらかと言えば、一攫千金の依頼しか受けないらしく、最低でも、銀貨500枚の報酬が得られる依頼にしか目を向けないという。
う~ん……何となく耳が痛くなる話だな。俺も似たようなものだからな……。
うん。やはり後で、下級の依頼でも良いから受注しよっと。
さて、状況は分かった。ここで俺が普段通りなら、ミオンも気兼ねなく、俺とあの冒険者たちを戦わせることが出来たのだろうが、今日の俺は軽装だ。いつもの装備もしていない。いわば、準備不足な状態である。
ここは、また別の日ということで、奴らには納得してもらうことにすると、ミオンは、酒場の方に向けて歩き出そうとした。
俺は、ミオンの肩を掴み、それを止める。
「いや、良いぜ。案内してやれよ」
「え!? だ、大丈夫なのですか?」
「武器はあるからな。問題ないと思う。それに、これくらい手を抜いたほうがいいだろ?」
口をあんぐりと開けるミオンに、先に行って、待ってると伝えて、闘技場に降りていく。実戦での「斬鬼」の試しにはちょうどいい。ただ、今日の相手は苦労しているようだ。こないだの奴らとは違って、きちんと手を抜いてやろう。
「……壊すのは、防具くらいで良いよな。最悪、武器さえ残っていれば、ゴブリンくらいは倒せるだろうし……」
などと、考えながら、階段を下りていく。そして、闘技場に着くと、立ち位置に座り、ミオン達を待っていた。
しばらくすると、集団の足音が階段の方から聞こえてくる。顔を向けると、先ほどの冒険者たちを連れたミオンがそこに立っていた。冒険者の奴らは、俺のことを指さしながら、ミオンと何か話しているようだ。
「あいつが、冒険者のムソウ? 貧相ななりだが、本当に金貨をくれるんだろうな?」
「討伐……つまり、勝てたらですが……」
「へえ、ギルドも随分と気前のいいことをするんだねえ。あんなのに勝つだけで大金を払うなんてね」
「だな。秒で、片を付けてやる。……で、生死問わずで良いんだよな?」
「ええ。問題ありません。ただ、それは皆さまにも言えることです。なお、依頼票に書かれている通り、今回の討伐戦で貴方たちが、仮に何かを失っても、当ギルドは責任を一切持ちませんので」
「けッ! 要らねえ心配だな……」
などと、俺の見てくれを見て、嘲笑する声が聞こえてくる。いつの間にか、生死問わず俺が負けを認めたら、討伐達成ということになっているらしい。少しだけ、気を引き締めておこう。
にしても、秒で終わらせる、か……よし、そうしよう……。
そして、冒険者たちは、俺の正面にぞろぞろと歩き出し、それぞれ武器を抜いた。そこでも、俺に向けて侮蔑の言葉を吐いているようだった。
「へっ! 刀を抜く素振りさえ見せねえな!」
「私達にビビっているのかしら! 可愛いところあるじゃない」
「これは本当に余裕だな。これで借金が返せる!」
と、余裕しゃくしゃくな様子で、武器を構えながら、嘲笑う声が聞こえてきた。別にぼさっと突っ立っているわけではない。気配を探りながら、鑑定スキルを使いながら、普通に冒険者たちを観察していただけだ。
そして、俺はあることに気付く。一つため息をつき、頭を掻いた。
「……これは困ったな……まさか、これほどとは……」
今となっては本当にどうしようかと思うくらいの、事実に気付き、呆れてしまう。まあ、どうにもならないから、良いや……。
「ムソウさん、よろしいですか?」
「……ああ……とっとと始めてくれ。っと、今日は結界魔法、使わなくて良いぞ」
魔道具を用意していたミオンにそう言うと、首を傾げながらも、ミオンは俺の言葉に従い、魔道具を片付けて、手を上げる。
「それでは、冒険者ムソウ討伐戦、始め!」
ミオンがそう言って、手を下すと共に、先頭に居た、五人ほどの男女の冒険者が駆け出し、それぞれ、剣、槍、矛、小刀、円月輪を振りかざし、俺に迫ってくる。後ろの奴らは、魔法を唱えていたり、気を手元に集めたりしていた。
「秒で、終わらせないといけないからな……俺も行くか!」
俺はそのまま、駆け出し、武器をかざしている者達に近づいていく。
「くたばれえええっ!!!」
剣を持っていた、男は我先にと、俺に斬りかかってきた。
俺は男の攻撃を、体をひねって躱し、そのまま、回転しながら、男の側頭部に、裏拳を当てる。
「オラアッ!!!」
「ぐえっ!?」
情けない悲鳴と共に、男は吹っ飛んでいき、そのまま泡を吹きながら、ドサっと、地面に倒れ、気絶した。
「……ッ!!!」
「ひいっ!」
「うがっ!」
「ゲホっ!」
「ガハッ!」
続けて、二振りの小刀を持っていた、軽装の女の顔を蹴飛ばし、槍を持っていた男の顔と矛を持っていた男の顔を、ぶん殴り、円月輪を持っていた女の腹に、膝を入れた後、前かがみになった、女の後頭部に肘鉄を食らわせた。
俺に特攻を仕掛けてきた、男女はその場で、血反吐やら、鼻血やらだしながら、ばたっと倒れた。
呆気にとられる、こいつらの後方部隊。ミオンも目を見開き、俺の方を見ている。
特攻部隊の気絶、戦闘不能状態を確認した後は、ありったけの殺意を後方部隊に送った。
―死神の鬼迫―
「ひぃ……」
「ゔ……」
「あっ……」
冒険者たちは、魔法、あるいは気を溜めるのを止めて、冷や汗をかきだし、震え出す者まで居た。何人かはその場に座り込み、失禁したりしている。汚えな……。
俺は更に、殺意を強め、奴らを睨む。そして、バタバタと気絶し、地面に倒れていく冒険者たちを眺めながら、俺は再度、頭を掻いた。
……そう。こいつら、弱すぎる。奴らから感じる、俺への殺意、敵意もそこまで大きなものではなかった。依頼を舐めていた証拠だろうな。
ただ、それにしては、身に着けているものからも、それぞれの魔力、気の大きさからも大した危機感は抱かなかった。
正直に言うと、こないだ絡んできた奴らの方がまだ、強かった気がする。本当にこいつら、依頼を真面目にこなしてきたのかとミオンの言葉を疑ったくらいだ。
ひょっとして、依頼を達成してきたのは事実だが、少し、こずるいやり方でやって来たのではないのか? そこまで自分の手を汚さずに、とか……。
以前俺が、浄化して何とかなった、デスニアの依頼。こいつらじゃないよな、と疑いたくなる……。
まあ、何はともあれ、俺はこいつらに勝った。しかも、そこまで疲れていない。正直、崖を上っていた時よりも、負担は無い。斬鬼を抜くまでも無かったなと、柄に触れた。
「すまねえな。暴れられるところだったのに……」
何となく、刀に謝った後、倒れている冒険者たちの、財布から、それぞれ銀貨100枚ほどを抜き取っていく。だが、それにも満たない冒険者もちらほら居た。
なので、こいつらの装備品は、ここまでくると盗らないことにした。いくら何でも可哀そうすぎる。地道に少しずつでいいから、依頼をこなして、金を稼いでいけよ、と思いながら、全員の金を盗んだ後、ミオンの前に立った。
ミオンは怯える表情で俺に話しかけてくる。
「む、ムソウさんは、そのままでもお強いのですね……」
「そんなに怖がるなよ。それに、今日の場合は、あいつらが弱すぎだ。本当に、依頼をこなしていたのか?」
「え、ええ。それは確かですよ。下級から中級の依頼をこなすことが多かったのですが、一度だけ上級の依頼に挑み、達成された頃から、変わっていったというか……」
なるほど。一度大きな報酬を得て、そこで味を締めたというわけか。ミオンによれば、冒険者として活動を始めた頃は、下級の依頼でも真面目にこなし、報酬を得ては仲間達と喜んでいたそうである。
最初の頃には確かにあった真面目な部分。今回のことを通して、思い出して欲しかったとミオンは語った。
「……と言っても、彼らはクレナの冒険者ではないですけどね」
「何だよ。何か思い入れがあるのかと思ったじゃねえか」
「思い入れは無いですが、これでもギルド職員ですからね。全ての冒険者さん達には、やはり、活躍してほしいものです」
ミオンはニコリと笑って、そう言った。おお、俺の目の前に天使が居る……なんてな。
弱かったし、俺のことを舐めていたという部分は気にくわなかったが、ミオンとしてはあんな奴らでも、少しでも真面目に依頼をこなしてくれていたあたり、やはりきちんと対応はしておきたいらしい。
そう言えば、依頼に関することについて、闘う前にこいつらが質問していたことについても、きちんと説明していたしな。
これで、こいつらの素行が改善されなかったら、今度こそ、見放されるんだろうなと思うと、気絶している奴らに心の中で、頑張れ、と念じておいた。
しばらくして、俺とミオンは、一階へと上る。ミオンは他の職員たちに指示を出し、未だ下で倒れている冒険者たちを搬送する準備を整える。
俺は、先ほど言ったように、依頼票を見て、明日行く依頼を決めていた。ちょうど、スライムの群れ討伐依頼がある。
あいつらは一匹当たりはそこまで強くないが、それでも、一般人には危険な存在だ。それに、シンムの里の時のようなことも起こりうるし、早めに退治しておこうと思った。
ミオンが受付に戻るのを見計らい、依頼票を持っていく。
「こいつを受注したいんだが」
「はい、ムソウさん。えっと……スライムの群れ、ですね。かしこまりました。支給品はどうしましょうか?」
「そうだな……俺だけじゃないからな。一応貰っておこう」
「かしこまりました。では、ムソウさん。お気をつけて」
支給品である、回復薬、活力剤、干し肉、それから、散らばるスライムを固めるのに効果的だという疑似餌兼凝固剤を貰い、俺はギルドを出た。
空を見ると、夕焼けが出始めている。早く帰らないとツバキ辺りに怒られそうだ。
俺は少し駆け足で、家路を急いだ。




