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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
クレナで生活する
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第199話―リンネと散歩する―

 下街に着くと、街の大通りを進み飯屋が多く並ぶ通りに出る。丼物を出すところから、肉、魚、揚げ物、そば、うどんと様々だ。

 門を抜ける際に、何かと面倒そうなので、リンネはそこから獣の姿となり、俺の肩に乗っている。リンネも、きょろきょろと店を見渡し、どこが良いの探っているようだった。


「どこがいい?」

「……キュウッ!」


 しばらく悩んだ末に、リンネはあそこ! と前足で、店を差す。そこは魚料理の店のようだ。やはり、リンネの好物は魚介類らしい。

 俺も、魚は好きなので申し分ないと思い、リンネの差した店に入り、席に着く。


 品書きを見ると、ここの魚料理は多様なようだった。焼き魚や煮魚はもちろん、刺身、てんぷらまであるようだ。どれにしようかと悩んだが、俺は焼き魚とご飯ものを、リンネは煮魚を選んだ。


 その後、飯を待つ間、リンネは机の上から、辺りをキョロキョロと見渡している。こうして下街でゆっくりと過ごすというのはあまりないからな。いつもと違った感覚で、珍しいのだろうな。

 偶に、通りを見つめるリンネに手を振る街の衆。子供から大人、年寄りの婆さんまでも、リンネを見ると、怖がるどころか、ニコリと笑って手を振る。リンネは喜び、前足を上げて応えている。

 俺は、それを頬杖をついて眺めていた。なんともまあ、穏やかな風景だ。ふと、リンネの持つ、スキルの中に、誘惑というものがあることを思い出す。

 ……これか? とも思ったが、元々可愛いからな。きっと違うだろう……と、自分に言い聞かせている。今度、ジゲンにでも聞いてみよう。


 しばらくすると、俺達の前に飯が運ばれた。リンネの煮魚は普通だが、俺の焼き魚は、何やら色鮮やかで、気味が悪い見た目だ。本当に食えるのか?


「これは、何の魚だ?」

「はい? ニジイロニジマスですが……」


 俺の問いに、店員は不思議そうな顔をする。こいつは何を聞いてるんだ、という顔だ。ああ、この世界では一般的に食べられているものらしい。

 ちなみに、ニジマスとのことだが、生息地は海という。クレナのどこに海があるのだと聞くと、店員は説明し出した。


「こちらはリヨクから運ばれてきたものです。獲れたてなので新鮮ですよ」

「遠く離れた所から運ばれて、どうやって、新鮮なんだよ?」

「異界の袋に入れて運ばれますからね。獲ったばかりの、そのままの状態で提供できます」


 なるほど。異界の袋というのはやはり、便利なものだな。あれを作り出した、ミサキ達が改めてすごいと感じる。異界の袋があれば、前いた世界でも、安備で美味い海の幸が食えただろうにな。

 店員の話に納得し、俺は焼き魚を食った。身がほろほろと口の中でほどけていき、脂身はそこまで無く、淡白な味だ。結構美味いな、これ。

 リンネの方も美味そうに煮魚を食っている。少しだけ、お互いの料理を交換した。煮魚の方も、味がよく染みついていて美味い。米が進むな。


 そして、飯を平らげ、大満足に俺達は店を出た。このまま屋敷に帰ろうかとも思ったが、もう少しだけ、リンネと遊びたい。下街で行ったことが無い所に行こうと思う。

 だが、屋敷では、今日どうすれば良いのかわからないでいるツバキが待っている。いったん、帰るべきなのだが、面倒だ。どうしたものか……。


 そう思っていると、後ろから声をかけられた。


「あ、頭領だ~」

「リンネちゃんも居る~」

「ん? ああ、お前たちか……」


 声をかけてきたのは、屋敷の女中達だ。三人ほどで買い物をしているみたいだな。女中たちは、俺の方に駆け寄り、肩に居るリンネの頭を撫でた。


「はあ~……癒されますね~」

「何時も一緒に居る頭領が羨ましいです~」


 などと言いながら、ほっこりしている。

 ふと、女たちが着ている着物に描かれた、闘鬼神の紋章が目に入る。刀を咥えた鬼という絵柄だ。よくよく考えれば、若い女が着るような着物に描くのもどうかと思うな……。


「なあ、その紋章、気に入っているか?」


 もしも、嫌だというのなら、女中たちのものだけでも変えようと思い、意見を聞いてみた。すると、女たちは、きょとんとして、口を開く。


「え? ……ええ、気に入ってますよ。カッコいいですし、皆おそろいで一体感が出ますし」

「そうそう! どことなく頭領っぽいしね」

「変なこと聞きますね~! たまちゃんだって気に入っているのですよ~!」


 ……なるほど。この紋章は皆に好評のようだ。たまは最初は渋っていた感じだと思ったが、いつの間にか気に入っているようだな。

 どことなく、俺っぽいというのは心外だが、それならば、何も言うまいかと思い、俺は皆の言葉に頷いた。


「ところで、頭領、今日はもうお帰りに?」

「あ、いや。もう少しこの辺りを歩こうと思って……っと、そうだ」


 俺は、女中たちに、屋敷に居るツバキに、伝言を頼んでおいた。今日はどこにも行かないから、屋敷で待機しておくように、と。女たちは、俺の頼みを聞き、かしこまりました、と頷く。


 ついでに、先ほどアヤメから聞いたコモンの件についても、皆に伝えておくようにと言っておいた。少しでもたまの不安を取り除けるならそうした方が良い。女たちは再度、頷く。


「かしこまりました。しっかりとお伝えしておきます」

「頭領も、早く帰ってあげてくださいね~」

「今度はツバキさんが寂しがりますよ~」

「ああ、分かってるよ」


 意地悪そうに言ってくる女たちの言葉に、頷くと、女中たちは、屋敷に向けて帰っていった。


「さて、それじゃあ俺達も行くかな」

「キュウッ!」


 リンネとともに、下街で時間を潰すことは決まったが、何をしようか……。取りあえず、歩いていけば何かあるだろう。

 この街は広い。というのも、トウショウの里は、一つの山にそって作っているので、花街、上街と上に行くほど、狭くなる。山のすそ野に沿って、ぐるっと作られている下街は広い……今更言うことでもないのだがな。


「そういや、刀精の祠ってどこにあるんだろうな」

「キュウ?」


 花街にも、上街にも無かったな。ということは、下街か? 俺の行ったことの無いところ……と言えば、いつも居るこの辺りの丁度、山の裏側かな……。


「よし。今日はその辺りに行ってみるかな」

「キュウッ!」


 リンネは俺の言葉に頷く。今日祠に入る気は全くないが、どんなところかというのは気になる。確認の意味も込めて、祠を探してみよう。


 そう思い、街の反対側を目指して歩く。この街は道がいくつもあるが、下街をぐるっと一周するように一本の大きな道が通っている。そして、辺りの建物は、同じような建物が固まっては、少し民家が並び、また同じような建物が、並んでいたりする。

 先ほど、俺達が居た場所は、飲食街と言ったところか。今は日用品や道具を売っている店が多く並んでいるようだ。

 偶に、ジロウ一家の奴らと顔を合わせる。あまりこの辺りには来たことないので、自警団の奴らは、驚いていた。


「こんなところで、おっさんに会うとはな……買い出しか何かか?」

「あ、いや。ちょっと刀精の祠に行きたくてな。場所、分かるか?」


 自警団の奴らに尋ねると、道の先を指さす。話を聞くと、しばらく進んでいくと、看板があるからすぐにわかるとのことだった。


「なるほど。ありがとう。助かったよ」

「いやいや。オッサンにはうちのシロウの旦那が世話になっているからな。これくらいは、当たり前だ」

「そりゃ、どうも。シロウにナズナへの手紙、早く書けよと伝えておいてくれ」


 俺の言葉に、了解っす! と笑って答える自警団の者達。俺はそいつらと別れ、道を歩いていった。


 しばらく進んでいくと、建物の数が減って、木々が多くなる。下街にもこんなところあったんだなと周りの景色を楽しみつつ、更に歩いていった。すると、


「←刀精の祠」


 という看板が見えてくる。俺はその案内に従って、道を曲がった。しばらく進むと、大勢の人の声が聞こえてくる。

 そして、木々の間を抜けていくと、何やら人だかりができている。


 群衆をよく見ると、皆、武器や鎧を身に着けている者が多かった。そして、腕にはギルドの腕輪を付けている。どうやら、冒険者のようだ。

 冒険者たちの先には、一つの洞窟があり、冒険者たちは入り口に居るジロウ一家の者達に金を払って、中へと入っている。


「ふむ……どうやら着いたようだな」


 ここが刀精の祠かと辺りを見渡した。観光地らしく、屋台も出ているようだ。俺は串焼きを買い、そこらにあった長椅子に腰かけて、しばし、一息つく。リンネに串焼きを渡すと、美味しそうに食べていた。


「キュウッ♪」

「こらこら、またそんなに汚して……それにしても、何ら、普通の洞窟みたいだな……」


 リンネの口元を拭きながら、洞窟の様子をうかがう。入り口の所には、クレナの紋章が書かれた旗が立っており、入り口の脇には勇ましい武人の彫像が彫られている。誰だろうな、あれ。誰でもなく、コモンが想像のままに作ったのだとしたら笑えるな。


 洞窟から出ていく冒険者の顔は様々だ。何か安心したように笑っている者、そして、ムスッとしている者などが居る。刀精と喧嘩でもしたかな、などと考えながら、そんな者達を眺めていた。


「……さて、そろそろ帰るかな」

「キュウ?」


 俺は立ち上がり、来た道を帰ろうとする。場所が分かれば、ここにもう用はないからな。だが、リンネは、洞窟の方を差しながら、首を傾げて、俺を見上げる。行かないの? とでも言いたげだ。


「今日は入らねえよ。ツバキに黙って入るわけにもいかねえだろ?」

「キュウッ!」


 俺はリンネに、ここに来るときは三人揃って、と伝えると、リンネは納得したように頷く。あと、コモンにも居て欲しいからな。だから、無間の刀精と会うのは、また今度だ。


 そして、リンネを連れて、帰り道を歩いていく。ついでにこのまま、来た道を帰るのもつまらない。どうせなら一周してみようと思い、森の中の分岐を、そのまま来た道とは逆の方向に進んでいった。


 森の中は木漏れ日が差して、何とも綺麗な光景だった。やはり冬だからか、それとも人里に近いからか、獣たちはあまり見ない。所々で、小鳥が囀り、とても静かで、落ち着く雰囲気だ。

 そうやって、のんびりと歩いていくと、思わず欠伸が出てくる。少し休憩でもしようかと、そこらにあった木の根元に腰を落ち着かせる。

 リンネを膝の上に乗せて、しばらく頭を撫でたり、毛並みを整えたりしていた。


 やがて、リンネも大きな欠伸をして、俺の股ぐらで丸くなり、そのまますやすやと眠り出した。


「……やれやれ……そうなると、俺も動けないじゃねえか……まあ、いいや……俺も……眠い……」


 リンネの寝顔を見ていると、こちらの睡魔も強くなってくる。そのまま木にもたれかかるようにして、俺は眠り始めた……。


 ◇◇◇


 気が付くと、そこは真っ白な空間だった。どこまでも続くその光景の中には何もない。何度も来たことがある場所だ。

 いつもよりは、落ち着いている。ここがどこで、どういう場所かを知っているので、取り乱すこともない。


「……ふむ、何のきっかけがあってここに来れるか本当に分からないな……」


 この魂の回廊という場所には自分の想いとは裏腹に行けたり、行けなかったりする。行き方さえわかれば、いつでも行けるのにな……。そう思っていると、


「……本当だね」


 と、突然背後から声が聞こえる。驚き、振り返ってみると、そこにはいつものように、桃色の髪をした、鬼族の女が立っていた。


「うおっと……驚かすなよ……」

「驚いたのはこっちだよ。急に現れるんだから」


 女は相変わらず、俺にクスクスと笑っている。ああ、やはりここは、コイツの魂の回廊かと確信した俺は、その場に座り、自分が目を覚ますのを待つことにした。

 女の方も、俺の隣に腰を下ろす。俺はぼんやりと辺りを見渡した。

 ……やはり、何もないな。どこをどう見ても、真っ白な空間だ。一応、地面というものはある。だがそれも、恐らく、といった感じだ。はたから見れば、浮いているように見えるかも知れない。真っ白だからな……。


「どう? 私の依頼……進んでるかな?」


 ふと、女は俺の方を向いて、そう聞いてきた。何か期待するような、心配するような目で、こちらを覗きこむ女を見ながら、少し申し訳なくなり、口を開く。


「すまねえな。正直に話すと、そこまで進んでいない。あの後気付いたんだが、俺はお前のこと知らないし、会いてえって奴のことも知らない。知らない者同士を会わせるというのは何とも難しいものだ」


 あまり、この女を悲しませたくないのだが、嘘を言ってごまかしても仕方ないと思い、正直に今の様子を話した。悪いなあと思いつつも、女の様子を伺うと、女は口元に手を置いて、クスクスと笑っていた。


「フフッ、そうだよね。私……ちゃんと自己紹介してないよね……それじゃあ、困る……よね?」


 女はそこまで落ち込んだわけではないらしい。ひとまず安心した。俺も元気を取り戻し、ニカっと笑う。


「ああ。そういうわけだ。で、改めて、お前の名と、お前が会いたい奴の名を把握しておきたいのだが……」


 この際に全てを確認しようと思う。こいつの正体と、会いたい奴の正体、それからこういう状況になった経緯くらいまで分かれば良いと思っている。それだけで、現実の世界で出来ることの幅が広がるからな。

 だが、女は俺の問いかけに、少し表情を暗くさせる。


「ごめん……今は……言えないの」


 はあ~……何となく想像していた答えだっただけに、そこまで驚かないが、頭を抱える。


「だが、言えないのでは、こちらも何も出来なくなるぞ?」

「違うの……今は、言えないってだけ……時期が来れば、全部、話せると思う」

「時期って?」

「その……ほら、今は貴方だって他の依頼とかあるでしょ? 別に私の依頼を優先させる必要は無いし……あのね、私たちのこと言ったら、きっと貴方、困ると思う」


 ……言っている意味がよく分からない。確かに俺は今、色々と抱えているが、だからと言って、この女の頼みを無下には出来ない。しかも、こいつらの正体を知ると、俺が困るという理屈もよく分からない。寧ろ、依頼の詳細が分かるので、助かるんだがなあと、俺は更に頭を抱える。


「意味が分からないんだが……」


 困り果てた俺がそう言うと、女は、ふう、と息を吐き、俺の前に座った。そして、俺の胸に手を伸ばしてくる。ああ、やはりこの女の手は冷たいな。それに、どこか震えている様子だ。

 女はそのまま俺の胸に手を当てながら、瞑想を始めた。そして、ゆっくりと目を開けて、口を開く。


「……うん。やっぱり、まだ時期じゃない……今、貴方を困らせるわけにはいかない」

「何が、分かったんだ?」


 女は俺の胸から手を放し、真剣な眼差しで、俺を見つめた。


「……間もなく、人界に大いなる災いが発生する。貴方は、その中心に立つことになる」


 ……心でも読んだか? なんで、この女、そのことを知っているのだろうか。


 人界の大いなる災いって、あれだよな。こないだ、早朝に変な奴らから頼まれた、変な依頼。この女まで言ってくるということは、やはり事実らしい。


「ああ。そんな話は前にも聞いたな……で? それとお前の願いと何の関係があるんだ?」

「人界の災い……これは何としても食い止めないといけない……それだけ、大きなこと……貴方には、余計な負担を背負わせたくない……」


 おおう……コイツ等の言う人界の災いというのは、それほどのものらしい。この女が長く夢見ていた、大切な人との再会を少しばかり遅らせても良いと、言っているみたいだ。

 前、聞いた話だと、強大な魔物とのことだったが、どれだけ強いんだよと少し身震いする。

 その魔物に対する懸念と、女のまっすぐな眼差しを見て、俺はもう、何も言えなくなっていた。


「はあ……分かったよ。取りあえず、その依頼をこなしてからまた考えるよ」

「お願い……ザンキ……私たちが愛した人界を……世界を……護って」

「任せろ」


 女の頼みに即答する俺。そして、優しく頭を撫でる……癖になってんな。

 まあ、いいや。どうせ、人界を護るということは、住処を護るということ。自分の身を守るということならば、話は早い。

 それまでは、こいつの問題は後回しだ。依頼主がそうしてくれというのなら、俺もそうするだけだ。何も考えず、魔物を斬ろう。


「……と言っても、何か悪い気がするな」


 ……うん。正直、女の願いが後回しとなっているということにはだいぶ罪悪感を覚えている。あれだけ、涙ながらに頼まれたのに、俺は何をしているのだろうか。

 すると、女は、クスっと笑い、俺の頬に手を当てる。


「大丈夫。人界を護ってもらうのも、私のお願いだから」

「そうか。そう言ってもらえると助かるよ」


 女の一言に救われる。これで、気にかかることは無くなったな。安心して、過ごしておこっと。


 すると、ここで女の体がぼんやり輝きだす。この感覚は、何となくわかる。


「お、もうお別れなのか……」

「みたい……だね。また会えなくなるのは少し寂しいかな」

「なあに、すぐにまた来てやるから、楽しみにしておけ」


 来る方法は分からないけど。次は依頼達成の報告の時期にでも来られたら、良いな。俺の言葉に、女はコクっと頷き、手を振る。

 そして、女の輝きが強まると俺の目には何も映らなくなり、強烈な光の眩しさに、俺は目を瞑った……。


 ◇◇◇


 目を開けると、目の前にはすやすやと気持ちよさそうに、俺の股ぐらで眠るリンネの姿が映る。元の場所に帰ってきたようだ。少し、背伸びをして、空を見上げる。まだ明るいが、もうそろそろで日が傾くだろう。


「おい、リンネ。起きろ」

「……」

「ったく……しょうがねえな……」


 俺は寝ているリンネをそのまま懐に入れて、立ち上がる。そして、遅くならないように少し早歩きで、屋敷へと帰っていった。


 その後、歩き続けていくと、屋敷のある地区までは、ほとんど何も無かったと言ってもいい。木々を抜けると、民家や畑、広場などが、あった。


 目を覚ましたリンネと広場で少し運動をして、再び家路を歩いていった。

 そして、屋敷について、門をくぐる。掃除をしている女中たちが頭を下げる中、適当にそいつらの対応をした後、玄関に入った。


「ただいま~」

「キュウ~!」


 家の中に声をかけると、いつものようにトトトトッと小さな足音と、ゆっくりとした足音が聞こえてくる。すると、廊下の方からぴょこっと、たまが顔を出した。


「おかえり! おじちゃん! リンネちゃん!」


 たまは俺に駆け寄り、ニパっと笑う。そのまま、たまの頭を撫でていると、リンネも俺の手を伝い、たまの頭を撫でた。たまは、俺の腕からリンネを抱えて、抱きしめている。


「ふわあ……気持ちいい~……」

「キュウ~……」


 互いにうっとりとしている二人を見ながら、履物を脱いでいる。リンネを撫でるとやはり癒しの効果があるらしいなと思っていると、たまが出てきたところから、ジゲンとツバキが顔を出す。


「おかえりなさいませ、ムソウ様」

「ああ、ツバキ。すまないな、予定をころころと変えてしまって」

「いえいえ。有意義な一日を過ごされたようで、何よりです」


 何も言わずに一日をゆっくりと過ごした俺をツバキは許してくれた。

 そして、ジゲンもにこやかに俺に寄ってくる。


「ムソウ殿。コモン君の話は聞いたぞ。ゴルドに居るそうじゃが……?」

「らしいな。まあ、取りあえず居場所と無事だということが分かって、何よりだ」

「そうじゃのう。たまも安心したみたいじゃ」

「うん! しんぱいだったけど、ちゃんとおしごとして、げんきにしてるみたいで、よかった~!」


 何とも、母親のようなことを言ってくるたま。だが、良かった。少しでもたまが元気になってホッとする。俺はたまの頭を撫でて、


「手紙を寄越したのは良いが、今度から気を付けろとちゃんと叱っておくんだぞ」

「は~い!」


 と、たまは俺の言葉に手を上げて返事をする。


 さて、その後いつものようにツバキとリンネはたまに着いていき、俺は着替えて、居間へと向かう。ジゲンによると、ダイアン達や他の依頼に出ていた冒険者たちも戻ってきて、大賑わいだそうだ。

 ただ、明日から皆はまた、それぞれの調査依頼に出かけるということなので、その前に依頼に向かう編成と、道具の準備を行っているという。


「ふむ……では、邪魔したら悪いな。風呂でも入るか」


 居間に行って、飯を待っていようと思ったのだが、それだと邪魔になるかも知れない。調査依頼のことについては、俺もよく分からないので、いない方が良いかも。

 俺は先に風呂に入ることにした。


「では、儂もそうしようか。一人で茶を飲んでいてもつまらんしの……」


 と言って、ジゲンは俺についてくる。


 そして、一緒に風呂に浸かった。誰かと風呂に入るのは何となく久しぶりな感覚だなと思ってしまう。


「あ~……気持ちいいな~……♨」

「うむ……♨」


 大の男二人が、浴槽に浸かりながら、まったりとする光景というのは何とも可笑しなものだった。


「お……そういや、高天ヶ原から牙の旅団の武具を回収してきたぞ」

「む? そうか……また後で預かろう……」


 結局、牙の旅団の武具は、ジゲンが預かることになった。俺もその方が良いと思っている。俺が勝手にいろんな奴に配るわけにはいかないからな。武具の特性とかもわからないし。

 そのことを充分理解しているジゲンに、いわゆる継承者を選んでもらう方が良いだろう。


「にしても、誰にどの武器を渡すか、悩むところだよな……」

「そうじゃの……まあ、最悪の場合、全てをムソウ殿に渡すかの」

「勘弁してくれ。俺には無間がある。それで充分だ」


 もっと言うと、俺には使いこなせそうにない気がする。実際見たわけではないのだが、牙の旅団は強いらしい。そんな者達が使っていた武具など、俺には合わない気がする。まあ、俺に合わないということは、他の者たちにも言えることだがな。

 俺の手元には無間さえあれば良い。俺はそう思っている。無間とは苦楽を共にしてきた仲だからな。今更、他の武器に頼ることなどしたくない。


「なるほどの……まあ、儂にも死神鬼、もとい「帝釈天」があるからのお……」


 ジゲンの方も、牙の旅団の他の者たちの武具を使う気にはなれないようだ。やはり、俺達は似た者同士、器用な者ではなく、一つの武器しか使わない、不器用者のようだと二人で笑った。


 その後、しばらく語り合い、俺達は風呂を出た。そして、居間へと向かうと、ダイアン達が団欒としている。調査依頼の打ち合わせとやらは終わったらしい。


「あ、頭領。お疲れっす!」

「おう。お前らもご苦労さん」

「あら、もうお風呂に入られたのね。今日は依頼には?」

「行ってねえ。昼からリンネと遊んでいた」

「俺達が必死で依頼をこなしているというのに、頭領は一人で、リンネちゃんと……」

「あ? いいだろ別に。それとも俺の代わりに、お前が災害級と闘うか?」

「滅相もないっす! 無理っす! 諦めます! 頭領、お疲れ様です!」


 俺がリンネと遊んだことについてグダグダと言ってきた奴は、仰々しく、俺に座布団を敷いてくる。皆が笑う中、それなら良い、と言って、俺は腰を下ろした。

 そして、ダイアンを呼ぶ。調査依頼について話を聞こうと思っていた。


「で、準備の方は大丈夫か?」

「うっす、何の心配も無いっす。闘わないということが前提にありますからね。俺らも無理しないということだけ、心がけているっす!」

「そいつは、いい考えだ。しっかりと頼むぞ」


 ダイアンはウッスと元気のいい返事をして、俺の指示に従った。こいつの言うように何も闘うわけじゃない。こいつらもその気で居るようだから、俺はのんびりとしながら、こいつらの調査を待つことにしよう。面白そうな相手なら、俺が叩き斬ってやる……。


 さて、そうやって、皆と待っていると、いつものように、たまとリンネが俺達に飯が出来たとやってくる。俺達は頷き、食卓へと向かった。


 今日は珍しく、隣にツバキが座ってきた。料理を指しては、これは自分が作っただとか、俺の口周りが汚れていると、手ぬぐいで綺麗にしようとしてきたりと忙しい。俺は恥ずかしいからやめろと言っても、ツバキは辞めようとしなかった。


 何やら、ジゲン、アザミたち女中、そしてたまとリンネがニヤニヤとこちらを見ていることに気付く。何か仕掛けやがったな、こいつら……。

 お前らはこの光景を見られて良いだろうよ。周りのダイアン達を見てみろ。なんとも言えない微妙な表情で俺を睨んでいるぞ。

 あれは嫉妬に満ちた表情だ。よく、ハルマサやゴウキに向けられていたからよく分かる。


 そんな奴らの視線の中で、俺は飯を食っていった。なんとも、仲が良いことで、安心するな。


 そして、飯を食い終えた後、全員で、片付けを行う。冒険者たちも手伝うとは珍しいなと思ったのだが、明日からしばらく屋敷には居ないから、何か手伝うとのこと。

 少し訳の分からないような理屈だが、アザミに叱られながら、食器を洗ったり、掃除をしたりしているダイアンを皆と眺めながら、まあ、良いかと笑っていた。


 その後、俺は部屋へと戻り、そのまま寝た。調合スキル使って、色々と作業をしようと思ったのだが、布団をかぶると、そんな気も失せた。まあ、明日は一日、休むと決めたからな。ゆっくりやっていけばいいや。


 そう思いながら、俺の意識はそのまま、深い所へと落ちていった。


 ◇◇◇


 次の日、目が覚めた俺は、未だ寝ているツバキとリンネを起こさないように、そっと庭へと出た。まだ日が昇っていないようで真っ暗だ。そして、寒い。

 だが、今日からダイアン達が、調査依頼に出かける。頭領として、皆を見送ろうと思っていた。しかし、なかなか来ないな、あいつら。


 白い息を吐きながら、しばらく皆を待っていた。

 すると、玄関の方からガチャガチャと鎧のこすれる音が聞こえてくる。音のする方を見ると、皆が支度を終えて、屋敷から出てきているところだった。


「……ん? 頭領じゃないっすか! おはようございまっす!」


 ダイアン始め、冒険者の者達は、俺の姿を見るなり、目を丸くした。


「なんで、こんな時間に居るんすか!?」

「ああ? 今日くらいは、テメエらを見送ろうと思ってな」


 そう言うと、皆は更にきょとんとする。だが、すぐに表情を明るくして、喜んでいた。


「頭領に見送られるとは、縁起がいいっすね。今回も、みんな無事に帰ってきまっす!」

「その時はまた、皆でご飯を食べましょうね!」

「あいよ。気を付けてな」


 皆の言葉に頷くと、ダイアン達は、手を振りながら、屋敷を発っていった。何とも、頼もしい背中だなと感慨に更けてしまう。

 俺との闘いのことを考えると、アイツらもまだまだなんだけどな……。


 ……まだまだ……強くなる。今後を更に楽しみにしておこう。


 さて、見送りが済んだから、もう少し寝るかな。まだ日が昇るまでに時間がかかるようだしな。


 俺はそのまま、そっと部屋へと戻り、布団をかぶる。ふと見ると、リンネとツバキが横になっている布団がはだけている。これじゃあ、寒いだろ、と布団を直した。すると……


「ありがとう……ございます……」

「キュウ……」


 ……寝言……だよな。なんとも、今の状況に合いすぎる一言を放つ二人。俺は恐る恐る、二人の頭を撫でてみる。


「んぅ……すー……すー……」

「……zzz」


 ……ふむ。ツバキが少し反応したように見えたが、本当に寝ているようだ。何故だか少しだけ安心した俺は、自分の布団をかぶり、再び、眠りについた。


  ……さて、今日は何しようかな……。


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