第197話―リンネの成長を感じる―
風呂に入った後は、居間へと向かった。先ほどより、何人か増えているようだ。俺が中に入ると、皆は声をかけてくる。
「ウッス~、お疲れっす」
「おう、お前らもご苦労さん」
「聞きましたよ~。今日はギルドに行かなかったそうですね?」
「ああ。色々あって思ったよりも時間がかかったからな。明日行くよ」
「それが良いっすよ。ミオンちゃん、頭領が帰ってこないって心配してたんで……」
皆の話によると、いつも日帰りをしていた俺が、急に帰ってこない日が出てきたというわけで、こいつらが依頼達成の報告に行った夕方ごろまで、ずっと不安にしていたという。
闘鬼神の奴らが、俺がそう簡単には死なないということと、依頼に不測の事態でもあったのだろう、と言うと、何となく納得していたらしいが。
なるほど。では、明日は天宝館に寄ったあと、すぐに行って、安心させてやろう……。
「まあ、私たちがその前にギルドに行くから、事情は説明しておくけどね」
少しけだるそうにそう言ったのは、リアだ。気が利くなあと思い、俺が褒めると、顔を赤らめ、プイと顔を逸らす。意外と恥ずかしがり屋のようだ。
「にしても、今日も依頼から帰り、明日の朝にギルドか。何かの用事なのか?」
「ええ。先ほど、アヤメ様に言われたのですが、初めての調査依頼の仕事です」
カサネの言葉に頷く一同。ツバキが聞いたっていう雷雲山の件かと聞くと、皆は更に頷いた。動きが早いことで何よりだな。
そして、カサネによると、さらに、いくつかの調査依頼があるらしく、明日こいつらがその中のどれかに行き、ダイアン達が帰ってきたら、残りのそいつらが、他の調査を行うとのことだった。
「なるほど……では、屋敷に置いてある回復薬、いくつか持っていけ。万一のためにな」
調査隊の仕事は、どんな魔物が相手かわからない、だからこそ、調査をするという仕事だ。もしも想定を超える強い魔物が出現したら、大変なことになる。
依頼に出る奴らにそう言うと、皆はわかりましたと頷く。薬を管理しているジゲンにも了承を得る。が、ここの主は俺なのだから、俺の好きにすると良い、とジゲンは許してくれた。
そして、部隊を指揮するのは、やはりと言うか、皆からの頼みでリアがすることになったという。本人はあまり乗り気では無いようだが、昨日の闘いの様子から見て、この中では俺もリアが適任だと思った。
頑張れよ、と言うと、リアは、了解、とだけ言って、また視線を逸らした。
その後、リアは現地でどのように動いたらいいか、ジゲンに助言を求める。教えを乞われたジゲンは少し不思議そうに首を傾げている。
「何故、儂なのじゃ?」
「だって、ジゲンさん色々知っていそうだから……」
「ふむ……儂は冒険者じゃないからのう。勝手がわからん……傭兵時代の経験から、ということになるが、良いかの?」
ジゲンの言葉に、リアは頷く。まあ、冒険者も傭兵も似たようなものだからな。何の問題も無いだろう。
ならば、ということでジゲンは、傭兵時代の経験を生かした助言をリアに説明していく。一つ一つ聞きながら、リアは頷いていた。普段はけだるそうにしているリアは、時々ああやって、熱心に冒険者としての腕を磨こうと頑張っているところがある。
何故浮浪者になったのかと思うくらいだ。
少し気になり、二人が話に夢中になっている隙に、他の冒険者たちに聞いてみた。
皆曰く、詳しくはわからないが、花街に居る時にリアは、闘宴会と何らかの揉め事を起こしたらしい。何か気にくわないことをされ、仲間と共に闘宴会の一人をぶっ飛ばしたのは良いが、その日のうちに報復に遭い、仲間達は散り散りに、リア自身は、それから花街に閉じ込められたとのことらしい。
へえ、いつもは冷静なリアにそんなことがあったとは意外だな。よほどのことなのだろう。
……と言っても、ここに居る奴らのほとんどの理由は、主に闘宴会との揉め事か、花街で遊び過ぎた者達だ。俺も闘宴会には、手間取らされているし、そんなに珍しいことではないか。
いずれ、本当に奴らに「お礼」しておかねえとな……。
さて、そのまま冒険者たちと色々と話をしていると、居間にツバキがやってきた。飯の準備が出来たらしい。俺達は頷き、ツバキについていった。
「リンネ、上手くやっていたか?」
「ええ。たまちゃんの教え方が上手ですからね。すぐに慣れたみたいですよ」
俺はリンネが、強くなるだけでなく、色々なことにも器用にこなしていっているということを知り、若干驚いたが、ツバキは平然としている。高天ヶ原でもこうだったらしい。一つ教えれば、何でもこなしていたらしく、預けられて、仕事を始めた当初から、コスケなどによく褒められていたらしい。
「じゃあ、たまの料理にどれだけ近づけているか、しっかりと味わって食わねえとな」
「はい。ちなみに、私が作ったものもありますので……」
「そうか。楽しみだ」
照れ臭そうにそう言ってくるツバキの頭を撫でると、ツバキはニコリと笑った。こいつの料理も美味いからな。飯を食うのが楽しみだ。
ふと、皆からの視線に気づく。皆、俺とツバキをニヤニヤしながら見ていた。ジゲンまでも目を細めながら、冒険者たちと俺に朗らかな笑顔を向けている。
「何笑ってんだよ」
「いやいや、いい光景じゃなと思ってのお」
ジゲンの言葉に、皆は頷く。昨晩感じたように、ジゲンはやはりこの状況を楽しんでいるようだった。何となく腹立つが、年寄りだからな。
老い先短い人生に、少しばかり面白いことがあっても、良いじゃないかと思い、俺は怒らなかった。
……今のは失言だったな。忘れてくれ。
さて、そうやって皆で食事の間へと入ると、珍しくすでに料理が全ての席に置かれ、飲み物も人数分注がれていた。いつもなら、もう少しで終わる頃と言う感じで女中たちが用意しているのだが、女たちは、既にそれぞれの場所に座って、俺達を迎えた。
なんだか、手際が良いなと思っていると、俺の目の前にたまとリンネがやってきて、たまが興奮気味に口を開く。
「リンネちゃん、すごい! かわいい! はやい! てぎわいい!」
「……!」
……うん。何を言っているのかわからない。俺とジゲンでそれぞれリンネとたまを落ち着かせてゆっくりと話を聞いてみた。
まあ、簡単に言うと、リンネが大体五人分くらいの仕事をこなしたらしく、料理など運ぶ時も、五本のしっぽの上に、器用に料理を乗せて運んだりしていたという。重いものを持つときなどにも、しっぽを使い、女たちはどちらかと言うとその補佐をして、いつもよりもだいぶ早く準備が整ったらしい。
「そいつは、よくやった。偉いぞ、リンネ」
「……!」
俺を見上げ、嬉しそうに、わーいと手を上げて喜ぶリンネ。ツバキもリンネに優しく微笑み、頭を撫でる。
そして、リンネは俺の手を引き、席につかせた。そのままリンネは俺の隣に座ると、俺の盃に酒を注いでくれた。
「おっと、ありがとよ。今日はたまの所じゃなくて良いのか?」
「……」
リンネは俺の言葉にハッとして、不安げにたまの方を見た。すると、たまは笑って口を開く。
「じゃあ、わたしはツバキお姉ちゃんと!」
そう言って、たまは、ツバキの手を引いて、席へと着いた。ツバキはたまの頭を撫でながら優しく微笑んでいる。
「フフッ、ではよろしくお願いしますね、たまちゃん」
「うん! いっぱいおはなししよ~」
たまはそう言って、ツバキの盃に酒を注いでいる。
まるで姉妹のようなやり取りをする二人を眺めていると、ジゲンが俺とリンネを挟むように座った。
「では、儂はリンネちゃんとお話ししようかの?」
「……!」
ジゲンの言葉にリンネはニコッと笑って頷く。そして、ジゲンの盃に酒を注いだ。こっちは親戚の子供と爺さんみたいなやり取りだ。
皆に飲み物が回ったことを確認し、俺達は食事を始める。今日は魚の刺身が主だ。たまお得意の飾り料理が食卓に並び、皆は目と舌で料理を楽しんでいる。
……が、やはりたまは味だけにこだわっているらしく、見てばかりいる皆をジトっと見て、食べるのを急かしている。
流石にツバキも困っているようで、俺の方を見てきた。黙って頷くと、刺身を口に運んでは、目を見開き、
「お、美味しいです!」
と、喜んでいる。あまりの美味しさに喜ぶツバキは、嬉しそうに笑って、おかずを口に運んでいる。それを見て、たまは喜び、あちこちから料理が盛られた皿をツバキに運んでいく。
「はい、これも!」
「こ、これ以上は……」
たまがおかずを運んでくる度に、珍しくツバキが困っている。すると、リアが立ち上がり、ツバキに渡されていたおかずを取り上げる。
「こ~ら。私達も食べたいんだからね」
「あはは、ごめんなさ~い」
リアが大皿を自分たちの所に持って行き、そこに居た奴らとうまそうに食べると、たまは納得し、ツバキはリアに、頭を下げている。
一方、俺とジゲン、女中たちの前には、皆のものとは別の絵柄が描かれた飾り料理が置かれている。白身の刺身を主に使い、九尾の……狐だな、描かれているのは。てことは……
「これは、お前が作ったのか?」
「……!」
皿を指さしながら、リンネに聞くと、ニパっと笑って、頷く。大したものだとジゲンと共に笑っている。母親か何かかな。これこそ食べるのがもったいないよなあと思っていると、ジゲンたちとどうしようか悩んでいる。
だが突然、九尾の狐の顔の辺りに箸が突っ込まれる。唖然とした俺は、突っ込まれた箸の先を見る。
すると、リンネがにこにこ笑って刺身を掴み上げた。そして、そのまま俺の口元に持ってくる。
「……食えってか?」
「……!」
ニコッと笑うリンネの背後で、ジゲンや女中たちが静かに頷く。俺は頭を掻きながら良いのかなと思いながら、リンネから差し出された刺身を口に入れた。
どう? という顔をして、俺をジッと見てくるリンネ。正直、味はよく分からない。本当に感じない、いや、不味いというわけでは無くて、それどころじゃない……。
だが、そう言うと、確実に悲しみそうだと思い、俺はリンネの頭を撫でた。
「美味いぞ」
「……!」
リンネは、やったーと両手を上げて喜んでいる。リンネは更に、ジゲンや女中たちに食べるよう勧める、というか食べてくれるのを期待するような目で見ている。皆は仕方ないというような表情で、刺身に箸を伸ばし口に運ぶ。
最初は、気まずそうな顔で食べていた皆だったが、ほとんど九尾の狐の原型が無くなってきたころには本当に美味しそうに食べている。
なんで、こいつはこの飾り料理を作ったのだろうか。女中にこそっと聞いてみると、たまに影響された、とのこと。なるほど、と思い、リンネの頭を撫でた。
これはたぶんいい影響なんだよなと思い、ジゲンと顔を見合わせて笑い、飯を食っていた。
今日はダイアンやマルスたちが居ないので、いつもより静かな気がする。
……いや、そんなに静かではないか。いつもよりたまの楽しんでいる声が聞こえてくる。ツバキや皆と楽しそうに飯を食っている。
リンネの方は喋れないので、静かだが、仕草は大きく、存在感は大きい。料理を食っては美味しそうに頬に手を当ててうっとりとしている。そんなリンネを見て、女たちもうっとりとしている。
ジゲンも、まじまじとリンネを見ていた。
「ふむ……おおよそ、魔獣には見えんのう。どちらかと言えば、神獣といったところか」
「神獣って?」
ジゲンから聞き慣れない言葉が飛び出してきたので、尋ねてみる。すると、ジゲンは微笑みながら、リンネの頭を撫でた。
「神獣……他の呼び方だと聖獣といったところか。その名の通り、魔物の中でも、人の味方をする者達のことじゃ。どういう経緯でそうなったのかは知らんが、魔物特有の人族に向けての敵意が皆無なものじゃの。
例を挙げるとすれば、十二星天のミサキちゃんが召喚する四神、レオパルド殿が使役する天災級の魔物たちなどじゃな」
四神という言葉が出てきたとき、リンネは嬉しそうな顔をして、ジゲンをパッと見る。あいつらのこと、大好きだからな、リンネは。
にしても、そういう魔物の種類もあるんだな。人族に敵意を向けない魔物、確かにリンネはそれに分類されるのかも知れない。ひょっとしたら、妖狐自体がそうなのか、とジゲンに聞くと、ジゲンは首を傾げる。
「どうじゃろうの……妖狐自体があまり確認されておらん魔物じゃからの」
「ただ、名称は知れ渡っているということは、過去には居たってことだよな?」
「それも、神話や伝説に登場するだけで、個体自体はあまり確認されておらん。それだけ、リンネちゃんは本当に珍しい存在じゃということじゃな」
そう言えば、ロウガンも言っていたよな。俺のおかげでリンネ、もとい、妖狐の情報が集まっていると。それだけ妖狐自体が、この世界では珍しい存在だということらしい。
正直な話、俺もリンネのことはよく分からない。いつの間にか成長していたりするからな。しかも、この時点で、災害級くらいの強さを持っているときている。凄いガキを託されたものだと思っている。
だが、俺達の会話を聞き、嬉しそうに、そして、誇らしそうにするリンネを見て、どうでも良いかとも思っている。
「“獣皇”レオパルドが設立した、魔獣宴に連れて行けば、何かわかるかも知れんが……」
「それは嫌だな。リンネを実験動物扱いしそうだ」
ジゲンの提案に即答してやる。リンネも俺の家族だ。ゆっくり経過を眺められればそれでいい。ジゲンは俺の言葉を聞き、じゃろうなと納得し、頷いている。
ミサキとは仲が良いみたいだし、会ったこともないが、レオパルドって奴が、リンネを譲ってくれと言ってきても、断固として断ろうと誓った。
その後、飯を食い終えた俺は、先に風呂に入っていたので、そのまま部屋へと向かった。そして、明日行うことを確認した後、すぐに布団をかぶった。
今日もコモンは帰らなかった。明日、今日の依頼のことが片付いて、特に依頼も無かったら、手がかりを探してみよう。何か掴めるかもしれない。
というわけで、明日も忙しくなりそうだ。今日は早く寝よう……ツバキが居ないうちにな。
そのまま目を瞑り、俺の意識は深い所に落ちていった……。
◇◇◇
……体を誰かに揺さぶられる感覚がある。誰だろう……。そして、何だろう?
まだ少し眠たいから、もう少し寝たい。目を開こうと思ったのだが、止めた。このまま二度寝しよう。そう思って特に反応しなかった。
すると、今度は俺の顔をペチペチと叩きだした。ここまでされると、次は何をされるかわからない。俺はゆっくりと、目を開ける。
「……」
「……ああ、リンネか……」
そこに居たのは、ニコリと微笑みながら俺の顔を覗き込んでいたリンネだった。話すことが出来ないとは言え、この起こし方も勘弁だな。
ただ、以前は通常の子狐の状態で、俺の顔を舐めて起こしていた。それに、昨日に関してはいきなり布団を引っぺがされていた。あれに比べればマシかと思い、起き上がる。
すると、リンネは俺に抱き着いてきた。魔物だからか、以前感じたように、リンネの体温は温かい。今日は寒さに震えることなく、気持ちの良い朝を迎えることが出来た。
俺はリンネの頭を優しく撫でる。窓の外を見るとすでに日が出ているようだった。
「ツバキは?」
「……」
部屋にツバキが居ないことを不思議に思い、リンネに聞いた。すると、リンネは炊事場の方を指さす。
朝めしでも作っているようだ。そうか、と頷くと、リンネはまた、ニコリと笑って、部屋を出ていった。
少し背を伸ばした後、着替える。今日は朝から天宝館に行く。そして、ギルドに行って、コモンのことをもう一度尋ねてみる。何か分かれば、それで良しとして、今日も依頼をこなそう。
何も進展が無かったら、俺だけでもこの街を調べてみよう。何かわかるかも知れない。コモンの居ない生活に、たまが慣れていくのは実感できているが、ここまでくると、俺も心配になってくるからな。
さて、服を着替えた後は、そのまま飯を食う部屋に移動する。襖を開けると、既に冒険者たち、そしてジゲンが居た。皆は俺に気付くと、頭を下げてくる。
「ムソウ殿、おはよう」
「ああ、おはよう」
「昨日はずいぶん早かったっすね」
「頭領でも、疲れるという感覚はあるのね」
「そりゃまあ、人並みにはな……」
そう言いながら、肩を揉む。正直な話、意外と疲れている感覚がある。ここのところ、働きっぱなしだからな。休みたいなあと思うところはある。一つあくびをかくと、皆は口を開く。
「その様子だと一日くらい休んだ方が良いんじゃないっすか?」
「珍しいな。俺のことを気遣うなんて」
「私達の頭領ですからね。少しは気遣いますよ」
「うむ。今日くらいはゆっくりしても、良いのではないかの?」
「いや、今日は少しやることがある……だが、皆が言うなら、明日は休もうかな……」
珍しくジゲンまでも、俺に休みを提案してくる。
何となく嬉しかった俺は、明日は一日中休むことにした。しっかり休んでおかないと、いざって時に辛いからな。それに、普段は気にしていなかったが、屋敷での皆の一日と言うのも見ておきたいし……うん、そうしよう。
その後、飯を食い、冒険者たちと一緒にギルドへ行く。昨日話したように、ツバキはお留守番だ。リンネの方は俺と一緒に行く。たまが、寂しがるかなと思ったが、出かける際に、
「きをつけてね!」
と、リンネの頭を撫でていたので、安心した。いつものように、獣の姿になったリンネは俺の肩へと上り、後ろ足で首を掻いている。
下街の奴らは、慣れたのかどうか知らないが、俺の肩にリンネが乗っていても、特に何も言わない。そればかりか、手を振ったりする子供まで居る。そんな子供たちに、リンネが前足を振ると、子供たちは大層喜んでいた。
だが、花街に続く門が近づいていて来ると、リンネには隠れて貰った。闘宴会の奴らに何を言われるかわからないからな。いつも通り、険悪な感じだったが、気づかれないように、手続きは終わった。
門をくぐり、花街を歩いてしばらくすると、俺の懐からリンネは顔をひょこっと出し、辺りを見ている。
そして、高天ヶ原の前を通り、一人の禿が掃除をしている光景を見ると、リンネの視線は止まった。
「友達か?」
「キュウ」
俺の質問にリンネはコクっと頷く。高天ヶ原で働いていた時の同僚らしい。そう言えば俺も見たことがある気がする。
リンネは、その禿をなおも見つめていた。
「少女の姿でだったら、会いに行っても良いぞ」
そう言うと、リンネはパッと俺の顔を見て、表情を輝かせる。俺がリンネを地面に下すと、リンネは、高天ヶ原で働いていた時と同様の、普通の少女の姿になった。
リンネが妖狐だということは、高天ヶ原の皆は知らないからな。急に獣の姿で会いに行っても驚かれるだけだろう。一応、魔物だし、会う時はこっちの方で良いと考えている。
変化したリンネは、そのまま高天ヶ原の方へと駆けていった。
「あ、リンネちゃん!」
「……!」
リンネに気付いた禿は、手を止めて、リンネと手を叩き合っている。そして、何か話しているようだった。友達同士が久しぶりに会って、再会を喜んでいるような光景だ。まだ、二日なのにな……。
ふと、リンネは俺達の方を指さす。禿は俺達に気付き、ペコっと頭を下げた。気にするなと手を振ると、二人は会話を再開させる。
しばらく、その光景を皆で眺めていると、二人は手を振り合って、別れた。再会の時間は終わったらしい。リンネは嬉しそうな顔で、こちらに戻ってきた。
「楽しめたか?」
「……!」
「そうか、それは何よりだ」
嬉しそうに頷くリンネの頭を撫でてやる。禿が今も、こちらを見ているので、このまま獣の姿に戻すわけにはいかない。少し離れて、高天ヶ原が見えなくなった辺りで、変化を解き、再びリンネを肩に乗せた。
そして、花街を後にすると上街の門が見えてくる。門にはショウブ一家の者達と、今日はショウブが居た。ショウブは俺達に気付くと、声をかけてくる。
「おお、ムソウ殿。それに闘鬼神の者達まで……ギルドに用事か?」
「ああ。俺はその前に天宝館に行くけどな。で、こいつらは調査隊初任務だ」
「なるほどの、そういうことなら通っても良いぞ」
と、すんなり門を通すショウブ。顔見知りと言うことと、滞在目的がすでに分かっているから良いとのことだ。ありがたいことだなと感謝しつつ、門を抜けようとすると、ショウブは俺の耳元で、
「シロウとナズナの件、聞いたぞ。続報を待っておるからの」
と言って、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。俺も任せろと頷き、門を離れた。
上街に来たというわけで、ここで冒険者の奴らとは別れる。何日か会えないということもあり、皆リンネと名残惜しそうに戯れていた。
撫でられ、くすぐられ、皆にもみくちゃにされながらもリンネは嬉しそうに笑っていた。そんな光景を見ていると、リアが俺の方に寄ってくる。
「じゃあ、頭領。しっかり働いてくるからね」
「おう。危ない奴が居ても手を出すなよ。俺が叩ッ斬るんだからな」
「元々そのつもりよ。もしくは、私達と一緒にね」
別れ際まで、リアらしい態度で安心するな。初めてだが、こいつが皆を纏めるのなら、何とかなるだろう。
その後、冒険者たちはリアに連れられて、ギルドの方を目指していった。俺の方は天宝館に向けて、歩き出す。
さて、天宝館についた後は、いつも通り受付にヴァルナを通してもらう。少し時間がかかると言われ、しばらく待っていると、奥からヴァルナがやってきた。ここ最近はあまり見なかったが、何やら疲れた顔をしている。
「お~……待たせたな、ムソウ」
「おう……って、ずいぶんな様相だな」
「ああ。ちょっと、細かい作業をしててな。肩と目が痛い……」
ヴァルナは目と肩に手を置いて、宙を見上げている。しばらくかかりそうだ。俺の仕事に支障をきたすわけにはいかないから、休ませるついでに、どんな作業をしているのか聞いてみる。
ざっくり言うと、武具に魔法陣を描くという作業だ。武具に魔法付与を行う場合、魔力の流れを潤滑化したり、魔力の大きさに武具が耐えられるようになるらしい。
それで、ただでさえ細かい文様の魔法陣を、小さな個所に寸分たがわず描くというのは相当骨が折れる作業らしい。
俺も話を聞いただけで、絶対やりたくないと思うほどだ。ヴァルナの苦労が分かる気がする。しばらく、ヴァルナを労ってやった。
取りあえず、リンネに任せると、リンネは頷き、ヴァルナの肩に飛び乗る。そして、いつものように、頬を叩くと思いきや、少しばかり後ろ足で踏ん張るように立ち、ヴァルナの目の横の辺りを叩き始めた。
「お・・・気が利くなあ~・・・気持ちいいよ・・・」
「キュウ~♪」
ヴァルナに褒められて、ニコリと笑うリンネ。
しばらくすると、ヴァルナはありがとうと言って、リンネの頭を撫でた。嬉しそうにするリンネが俺の肩に戻ったところで、ヴァルナは背伸びをして、よし、と俺に頷く。
「……さて、そろそろ行くかあ」
ひとまず落ち着いた様子のヴァルナは立ち上がり、俺をいつもの倉庫へと案内した。ヴァルナは、受付から渡されたと思われる、俺の依頼票を見ながら苦い顔をしている。
「げ、トロルかよ……また、臭いがきつそうだな……」
前はハーニィやサキュバスのきつい匂いで、今日はトロルの汚物の臭いでということで、ヴァルナは心底嫌そうな顔をする。
「一応、神人化して浄化はしたんだが……」
「そうか。それは助かるな。ただ、あいつらは肉自体が臭いからな。一度浄化したところで、分からんが、取りあえず出してみろ」
ヴァルナは若干表情を和らげつつも、懐から手ぬぐいを出し、口の周りを覆った。俺もヴァルナの言葉を聞き、一応口周りを手ぬぐいで覆う。
そして、異界の袋から、トロルとトロルキングの死骸を出していった。トロル48体、トロルキング1体の死骸だ。
だが、やはりこの倉庫は大きい。それでも余白はあるくらいだ。
ヴァルナはトロルの死骸の前に立ち、手ぬぐいをとった。そして、鼻をすんすんと立てている。
「……ふむ。確かに匂いはしないな。トロルの死骸とは思えない。これだったら防具に使えるかもな」
「生態を知っているから、俺は使いたくないが……」
俺も手ぬぐいをとりながら、そう返す。ヴァルナは少し苦笑いして、だよな、と頷いた。一応浄化というのは完全にできているようだ。本当に全く匂いはしない。食べることも出来そうだが、何となく嫌だ。
ただ、ヴァルナはいわゆるゲテモノ好きな奴らなら食うかも知れないと、笑っていた。旅をしていることが多かった俺も、前の世界では色々食ったが、流石に勘弁だというと、更にヴァルナはニカっと笑う。
「さてと、それじゃあ始めるか。皮は剥いで防具の下地、肉はまあ、考えようか。核があれば……」
などと言いながら、トロルの解体を何人かの職人を呼んで、行なっている。呼ばれた奴らも匂いが無いことに驚いているようだった。
俺の方はいつも通り、倉庫の隅に腰かけて、皆の作業を眺めている。コモンが居なくても、手際が良いな。トロルの死骸があっという間に切り分けられ、それぞれの部位に分かれていく。
……お、トロルキングの死骸から何か光るものが出てきた。ヴァルナはそれを手に取り、何やら笑って頷いている。
あれは……核っぽいな。また、何か面白い武具が出来るのなら、良いことだなと思った。俺はそれでも使いたくない。
しばらく皆の作業を眺めていると、トロルの死骸は無くなり、職人たちはそれぞれ、一息つくようになった。作業は終わったらしい。
ヴァルナはいつものように、書類を纏めて俺に手渡してくる。
「はいよ、査定受け取り票だ。今回も凄い額になったぜ」
「大体どれくらいだ?」
「皮、肉、爪、牙、骨、それぞれの部位は銀貨500枚、トロルキングは銀貨600枚だ。というわけで、トロル一匹当たり、金貨2枚と銀貨500枚という売却金になるな」
それは大したものだ。単純に計算しても、金貨100枚近くは行くというわけだな。俺は満足し、ヴァルナに頭を下げる。
「何時も世話になるな」
「気にすんなって。また、依頼をこなしたら、言ってくれ」
「了解だ」
ヴァルナと固く握手をして、その場を去ろうとする。この後はギルドかと思っていると、後ろからヴァルナが声をかけてくる。
「っと、そうだ、ムソウ。この後ギルドに行くのなら、アヤメに会ってくれ」
「ん? ああ、元々そのつもりだが、何かあったか?」
「館長から手紙が届いたんだとよ。私はまだ確認していないが、心配することではないらしい」
お……待ちに待った、コモンからの手紙か。それは確認する必要があるな。何でも届いたのは昨日の夕方ごろらしい。作業をしていた天宝館の者達は、アヤメに確認することが出来なかったため、どんな内容か確認したいようだ。
「わかった。また後で、ここに来るよ」
「お~う」
俺はいったんギルドへ行って、再びここに来るということを伝えると、ヴァルナは頷いた。
コモンからの手紙というのがどんな内容か、早く知りたかった俺は、少し足早に、ギルドへと向かった。




