第169話―サキュバスを斬る―
今回のサキュバス討伐の場所は、やはりダイアン達がこないだ倒したハーピィの巣からほど近い場所にあるようだった。ルイの予想通り、先のハーピィたちもこれから倒す、サキュバスの一派だったのかも知れない。
ということは、ダイアン達の討ち損じにも気を付けないという可能性があるし、それ以外のサキュバス種との闘いもあるかも知れないから、その辺りは気を付けておこう。
そして、飛びながら、一応と思い、資料に目を通す。
……
サキュバス
生きた人間の精気を食らうデーモン種の魔物。獲物となる人間にとって最も好意的な姿で幻惑し、油断させて捕食する。過去、一匹のサキュバスに多くの冒険者たちが骨抜きにされ、戦闘不能という事態になった事件があり、それ以来、男性のみでサキュバス種の討伐依頼に臨むことは禁じられている。
戦闘力自体はそこまで高くないが、中には高度の魔法を行使する個体も居るので注意が必要。素材は武具には向かないが、体液は強力な媚薬、あるいは薬の材料として取引される。また、幻惑を防ぐ装飾品にも使われることが多い。
……
なるほど……。素材に関しては媚薬以外の使われ方もあるのか。頼むから装飾品を作る目的でこの依頼をしていてくれと願う。俺達の予想通り、ケリスの馬鹿が媚薬目当てでというのなら一気にやる気が失せるからな。
戦闘に関しては問題ないだろう。言うなれば本当に、クインデーモンのような存在みたいだからな。あれから俺も強くなっているし、そこは心配していない。
さて、敵のことは分かった。作戦としてはこのまま飛びながら奴らの本拠地に突っ込んでいくということで良いな。ハーピィも飛べるし、デーモンも同様だからな。それに天界の波動はデーモン種の苦手なものというのはすでに確認済みだ。今回はそれで一気に片を付けよう……。
作戦も決まり、空を飛んでいると、大きな木が見えてくる。あれが、こないだダイアン達がハーピィを倒した場所だなと思い、少し近づいてみた。ハーピィの姿は確認できない。ここにはすでに居ないのかと思い、再び飛んでいると、進む先に山が見えた。山の周りに何かが飛んでいる。
近づき、よく見ると、それは人間の女のような姿をした魔物だった。魔物は数種類いる。
肩から先が翼で、足の膝辺りから下が鳥の脚となっている魔物、ハーピィ、全体的には人族の女のようだが、背中には虫のような半透明の羽を生やし、蜂のような大きな尻から針をのぞかせている魔物、ハーニィ、そして、マシロで相手をしたデーモンに似た翼と尾を持っているが、少し小柄でどちらかと言うと、魔人のような様相で頭にヤギのような角を生やしている魔物、インプがそこかしこに居た。
やはり、サキュバスってのはこいつらの長か何かか? 俺が来て正解だったな。どれも下級とは言え、これだけ居たら闘鬼神の奴らには荷が重い。
さて、サキュバスが居そうなあの山を目指す以上はあいつらの中を突破しないといけない。俺は無間を抜き、山に近づいていく。
何匹かの魔物が俺に気付いたようで、それぞれ爪や、武器、ハーニィなんかは針を向けてきたり、そこから毒液を飛ばしてきたりして来た。
どうやら獲物としてではなく、敵と思われたらしい。向かってくるなら斬っていこうと無間を構える。毒液の方は神人化しているし問題ないと思っていると、どんどん魔物が近づいてくる……だが、
バシュッ!
「ギャッ!」
「ガッ!」
魔物たちは俺に近づくと、勝手に消滅していった。下級の魔物というのは本当らしい。グレムリンらと同じく、俺から出ている天界の波動に当てられると、死んでいくようだ。そこで、手に気を集め、そこらを飛んでいる魔物に向けて吹き散らす。
「光霊波ッッッ!!!」
天界の波動そのもので出来た剛掌波は、眼前に広がる魔物たちの群れを端からどんどん消し去っていく。
……弱いなあ。空を飛んでいる魔物を滅ぼしたら、一応山にも向けて撃とうと思い、手を向けようとした。だが、ここで気付く。
「あ、いっけね。素材が残らねえか……」
今回の依頼では素材は全て依頼主のものということになっている。以前取り組んだ、雷獣の依頼のような感じだ。素材が残らないのでは、依頼を達成したことにならない。サキュバスもこいつら同様に、消滅してしまったら意味がないと思い、技を止めた。
そして、神人化した俺に近づいて勝手に消えていくという可能性もあるので、山に降り立ち、神人化を解いた。飛びながら、一気に片を付けたいと思っていたのだが、これは長引きそうだな……。そう思いながら、歩いて山を探索する。
山の様子はいたって普通だ。強い魔物の気配もないし、魔獣の大山のように瘴気に溢れているというわけではない。普段からよく人が入るのか、道のようなものもある。
ハーピィの依頼は、巣の近くの集落からだったみたいだが、ここはあそこに近いし、その集落の者たちがここらの整備でもしてんだろう。
そこへサキュバスたちが住み着き、どうにかしてくれと。もしくはそれに目を付けたケリスの阿呆が、素材が欲しいということで、この依頼なのかなと色々と考えながら歩いて行くと、道の先に洞窟が見えてきた。
いかにもな、という感じがして怪しい。俺は木陰に隠れて、洞窟を探ろうとした。
だが、ここで背後から女の声が聞こえてくる。
「あらら? 男の冒険者一人? それもただの人間みたいだし、私ってついてるかも……」
振り返るとそこには、先ほど消し去ったハーニィたちによく似た女が枝の上に立って、俺を見下ろしていた。他の個体よりも大きく、尾についている毒針も巨大だ。女の方からは甘ったるく、くらくらするような匂いがしてくる。
上位個体っぽいな。俺は無間を抜き、構える。
「誰だ? テメエ……」
「フフッ、そんなもの向けても無駄よ。向けるなら、もっといいもの向けて欲しいわ……」
俺の質問を無視し、けらけらと笑う女。そして、視線を下に落とし、俺の股の辺りを見て、顔を紅潮させる……気持ち悪いな……何か、最近気分が悪くなることばかり続いている気がする。さっさと帰りたいな……。
「質問に答えろ。何もんだ?」
「あら? まだ効かないみたい……もう少し強めてみるかな……」
そう言って、女は体を震わせる。すると辺りに立ち込めていた甘い匂いが強くなり、俺の鼻を突いた。催淫薬みたいな匂いだな。
ひょっとして、あいつらってこうやって男を誘惑してんのか? まあ、俺にはスキルもあるし、こういうのは元々効かねえから意味がないがな。
ただまあ、さっきから質問になかなか答えてくれないし、ここはひとつ、こいつの策に溺れてみることにしよう。俺は力を抜き、無間を下して、膝をつき頭を抱えた。
「な、なんだ……? 力が……」
などと苦しむふりをする。すると、枝に居た女はフフッと笑い、俺の前まで下りてきた。
「やっと、効いてきたみたいね……クインハーニィである私の誘惑にはやはり耐えられないみたい……」
と、俺を見下ろしながら、けらけらと笑う女。なるほど、やはりハーニィの上位個体だったか。さしずめ、女王蜂ってところだな。
「さっき私の娘たちの気配が一瞬で消えたし、変な感覚もあって様子を見に来たんだけど、居たのは男の冒険者だけ。
それも一人……久しぶりに……ゆっくり愉しむことができるわ……」
クインハーニィは己の下腹部をさすりながら恍惚とした表情で俺に近づいてくる。俺がやったことはすでに敵方には知られているようだ。俺がやったということはバレていないみたいだが……。
なら、このまま油断させておいて、コイツを殺すことにしよう。俺はバレないように懐のクナイを握り、機をうかがう。
なおも息を荒くし、顔を真っ赤にして近づくクインハーニィ。そして、俺の前まで来ると跪き、手を俺の顔に当てて、目を見開く。
「さあ……私と遊び――」
「お断りだッ!」
体を近づけるクインハーニィの眉間に素早くクナイを突き刺す。
「え、キャアアァァァ~~~!!!」
クインハーニィは突然の出来事で何が起きたか分からなかったようだ。だが、すぐに状況を理解し、痛みに悶えながら俺の手を掴む。
「な、なんで!? なんでえええ~~~!?」
俺が誘惑にかかっていなかったことに気付き、声を上げるクインハーニィ。そして、じたばたとする奴の頭からクナイを抜き、臨戦態勢をとる。
「チッ……流石に魔物だな。これくらいじゃ死なねえか……」
「答えなさいッ! 何で私の誘惑が効いてないのよ~!?」
俺の質問はことごとく無視していたくせに、自分のことになると必死に俺に聞いてくる。答える義理は無いなと、クナイを放ると、ハッとしてそれをよけるクインハーニィ。
「答えないならもういいわ! さっさと死になさいッ!」
クインハーニィは忌々し気にそう言って、翅を使い、俺の上をとった。そして、尾の毒針を俺に向けて射出してくる。
俺はそれを躱しながら跳躍し、クインハーニィの眉間に再度、そして腹にクナイを突き刺して下へと叩きつけた。
「ギャああああッッッ!!!」
断末魔を上げてしばらくもがき苦しんだ後、クインハーニィはパタッと動かなくなった。それと同時に辺りを包んでいた芳香は消える。
「やれやれ、死骸を残しながら倒すというのもなかなか骨が折れるな……」
俺は死骸からクナイを抜き、クインハーニィを異界の袋に収める。上位個体と言えどもこの程度か。無間を抜くまでもないということは、やはり神人化の必要はない、というかしたら素材が残らなそうだ。このままでいこう。
そう思っていると、洞窟の方からおびただしい数のハーニィ、ハーピィ、インプが出てくる。先ほどのクインハーニィの断末魔を聞いて出てきたというわけか。
ハーニィの方は明らかな殺意の目を俺に向けている。
そして、敵の中で一匹のインプが号令を上げるとそこらに居た魔物たちは、一斉に俺に向かってきた。こいつらは知性が低いのか、人の言葉は話さない。また、怒りに燃えているのか、誘惑するような雰囲気でもない。
分かりやすくていいやと思い、無間を抜いて、振りかぶる。
「奥義・無尽ッッッ!!!」
俺は無間を何度も振り、大群に向けて斬波の連撃を食らわせる。向かってくるたびに、死んでいく敵の魔物たち。
そして、威力を増していく斬波をなおも浴びさせていくと、今までの威勢はどこへやらと、魔物たちの表情が青くなっていく。中には地面に座り込む個体まで居るが、構いやしない。俺はそいつらをもまとめて葬っていく。これでとどめと、最後に特大の斬波を放つとわずかに残っていた魔物たちは全滅していった。
神人化していないので、天界の波動を纏っているわけではないのだが、それでも死骸は先ほどの大群に比べて残っていない。
あ、これだったら普通の連撃の方がよかったかと思い、頭を掻く。
すると、洞窟の中から、またしても魔物の大群が現れた。今回は、ハーニィは居ない。だが、代わりにインプとハーピィの先頭にそれぞれの魔物が成長したような個体が居る。鑑定スキルを使うと、ハーピィの先頭に居るはクインハーピィ、そして、インプの先頭に居るのは、今回の討伐対象となっているサキュバスと分かった。
二体の上位個体は俺を見下ろしながら、薄く笑っている。
「へぇ……ハーニィさんを殺るから強いとは思っていたけど、ここまでとはね……これなら魂のほうも美味しそう……」
「ええ。でもその前に愉しまなくっちゃね……」
などと言いながら、サキュバスは指を鳴らす。すると、魔法陣が俺の足元に浮かび上がり、光が俺を包んでいった。
そして、光が収まると……特に何も起きていない。何がしたかったのだろうと、呆然としていると、サキュバスの方はのどを鳴らす。
「クフフ……これであの男は幻術にかかっているわ。そして、私たちの姿も、あの男が最も魅力的だと感じる女の姿に視えているはずよ」
サキュバスはそう言って、クインハーピィと笑いあっている。……あ、これ幻術魔法の陣魔法なのか。ハクビから聞いては居たが、特に何も見えないということはこの状況、奴の魔法は失敗したと考えても良いんだな。
そして、俺は自分たちに誘惑されていると思っているようだが、それも違う。二体の個体の姿は先ほどと何も変わっていない。スキルの効果だろうが、危なかったな。仮にサヤの姿にでもなったら動揺していたかも知れない。
……まあ、中身は違うとはっきりしているので、即座に切り捨てるが……。
取りあえず、俺は正常だ。だが、それではやはり面白くないなと思い、先ほどのようにこいつらの術中にかかったふりをすることにしよう……。
「あ……あ……」
こんな感じで良いよなと自分に言い聞かせながら、目を虚ろにして、二匹の魔物を仰ぐように手を前に出して、歩み寄っていく。すると、サキュバスとクインハーピィはけらけらと嗤った。
「クフフ、本当に効いているみたいだねえ。私たちを最愛の女と勘違いして……。本当にみじめね」
「にしても流石、姐さんだね。ハーニィさんの場合は蜜の薬だけど、それよりも強い誘惑をしてしまうんだから」
「あら? 貴女もそれはできるでしょう? だから、クインハーピィになれたのでは?」
「まーねー……ただそれよりも、私は男の精気が好きだから……特に苦しみながら搾りだす、あの味だけは病みつきになるわ……」
「相変わらずね。でも今回の獲物は強いみたいだからね。もっとおいしくなるかも……」
「最近、妹が殺されてむしゃくしゃしていたし……うっぷんを晴らすのは愉しみだわ……」
などと話しながら、ゆっくりと地上に降りて、俺に近づく。なんともまあ、趣味の悪い趣味をお持ちのようだ……。
ハーピィの方は恐らくダイアン達の件だなと思うが……仇討かあ。あまり気が乗らないな。
ただ、奴らの言葉を聞いて、所詮は畜生だということに気付き、これでひと思いに殺しても何の後悔もし無さそうで安心した。俺は近づいてくる魔物たちにさらに歩み寄っていく。
俺達の距離が狭くなっていくと、サキュバスとクインハーピィは俺の体にすり寄ってきた。そして、俺の体をまさぐり、襟に手を伸ばしてきた。
「あ……あ……」
「さあ、こんなの脱いで……」
「私たちと愉しみましょ……」
呆然とする俺の服を脱がす魔物たち。俺もそいつらの手をとり、着物をはだけさせる。すると、懐から球のようなものがいくつか転がり落ちる……というか、俺が落とした。俺は目を瞑り、対応する。
「あら? これは何かし――キャッ!」
「うあっ!」
球は強烈な光を放ち、魔物たちの目を眩ませる。俺が懐から落としたのは、閃光玉だ。近距離で強い光をもろに浴びたサキュバスとクインハーピィは目を抑えてのけぞる。
俺は素早く懐から両手にそれぞれクナイを取り出し、もがいているクインハーピィの喉元と胸にそれぞれクナイを突き刺した。
「ガッ! ギャアアアァァァ~~~!!!」
「な、何ッッッ!? 何が起きてるの!?」
クインハーピィの断末魔を聞いたサキュバスが、慌てふためく声が聞こえる。その後、光が収まり、目を開けたサキュバスは周りの光景を見て絶句する。
血を流し、横たわるクインハーピィの死骸からクナイを抜き取る俺。サキュバスはそれを見ながら何が起きているのか分からないという表情を浮かべる。
「な、な、何故、私の誘惑も、ハーピィの誘惑も効いてないのよ!」
「……さてな。テメエらに魅力が無えからじゃねえのか?」
異界の袋に死骸を片付けなら笑っていると、歯ぎしりしながら、サキュバスがこちらに向かってくる。空中の何もないところから大きな鎌を取り出し、直接俺に斬りかかってきた。
俺は無間を抜き、刃を受け止める。
「……っと、小細工なしに直接来たか。そっちの方が分かりやすくて助かる」
「うるさいわね! こうなったらアンタの魂、直接刈ってやるわ! お前たちッ!」
サキュバスは俺から離れ、手を掲げる。すると周りに居た下級の魔物たちが一斉に俺に向かってきた。俺は一つため息をつき駆けだす。
そして、魔物たちの攻撃をかわしながら、サキュバスへと一気に近づいた。
「なっ!?」
「フンッ!」
俺はサキュバスの懐に入り込み、眉間とのどにクナイを突き刺す。
「カッ……ガッ!!!」
喉を刺され言葉も話せず、呼吸もできなくなったサキュバスは、そのままもがき続け、その後、力尽き、地面へと堕ちていった。
俺はサキュバスの死骸に近づき、クナイを抜きとって異界の袋に収める。魔物たちはサキュバスが倒されたとたん、統率が乱れたかのように、バラバラに俺を襲ってくるようになる。
俺は神人化し、天界の波動を辺り一面に放出した。すると、光が当たった魔物たちは消滅していき、何匹かは山から離れていくのが見える。そして、俺の近くに魔物の姿が確認できなくなると、神人化を解いた。
「さてと。これで依頼達成か。後は帰るだけだが……」
俺はサキュバスたちが根城にしていた洞窟を見上げる。これから帰ってもまだ時間はあるし、少し寄り道していこう。面白いものがあるかも知れないからな。そう思いながら、洞窟の中へと入っていった。
洞窟内は結構広い。人型の魔物が住処にしていたくらいだからな。普通に入っていける。そして、壁のあちこちにはたいまつが灯されており、明るい。なかなか快適な場所だが、中は催淫剤のような独特な甘い匂いで充満している。
サキュバス種の住処だからな。奴らの体臭が染みついているのだろう。後で浄化しておこっと。
壁にはその他にも横穴のようなものがいくつも見える。中に入っていくと、藁が敷かれていたり、人間が使う布団などが置かれている。
傍らには人骨が置かれていたりもした。恐らくここで、さらって来た男どもだったり、ここに迷い込んだ奴らを捕まえて、食料にしていたのだろう。
なんともむごい光景だなと思い、骨を拾っては地面に埋めていく。
そのまま洞窟内を進んでいくと、大きな部屋へと行き当たった。ここには玉座のような椅子があり、絨毯も敷かれている。
そして、インプたちが持っていた槍のような武器なども壁に立てかけられていた。ここは恐らく玉座のようなものだろう。あそこにはサキュバスが鎮座し、魔物どもの統率をとっていたと考えられる。
ゼブルにしても、デーモン種というものは人間と似たようなことするんだなと思いながら、金目になりそうなものを異界の袋に詰めていった。
玉座の間の両端には、鳥の巣のような席と、蜂の巣のようなところもある。あっちはハーピィたちの住処で、こちらはハーニィの住処だろうなと思い、そこからも色々と異界の袋に入れていく。
……なんだか、盗賊みたいなことしてんな、俺。まあ、育ての親が山賊上がりだったからいいやと気にせず、金目の物を詰めていく。
ふと、ハーニィの住処にいくつもの瓶が置かれていることに気付いた。蓋を開けると、中には黄金色の液体が入っている。蜂っぽい魔物だったし、蜜かなと思い、鑑定スキルを使った。
……
ハーニィの黄金蜜
ハーニィの体内で生成された蜂蜜。精力剤としても使わるが、ハーニィの体液と混ざっており、強力な媚薬にもなる。毒気をとることで高品質の薬となる。
……
……なるほど。クインハーニィはこれを使って俺を誘惑してきたというわけか。あの時のような強い甘い匂いが瓶の中で充満し、すこしクラっとする。ハーニィの体液……つまり、俺に飛ばしてきた毒とかも入っているのだろうな。
だが、それらをとると強力な薬にもなるらしい。
俺は神人化し、天界の波動を瓶の中に流し込んだ。すると、呪殺封の薬のように、蜜自体が輝く。金色の蜜が輝くと、それはとてもきれいなものだった。早速鑑定スキルで視てみると……
……
黄金神薬
ハーニィの黄金蜜から毒気を抜いた黄金薬、更にそれを天界の波動で浄化した薬で、強力な活力剤となる。わずかに催淫効果があるが、状態異常、呪いが治り、気力や疲労感を回復することが出来る。また、梅毒などの性感染症を完治することが出来る。
……
……思った以上にいい薬が出来てしまった。天界の波動を浴びているということで、状態異常だけでなく呪いにも応用が効くみたいだし、気力と疲労感を回復するということで、俺にとってもひとごろしのスキルを使った反動を何とか出来るかもしれない。
それに目を引くのは、何故か梅毒などを完治出来るという点だ。闘鬼神の女中たちの症状は今のところ大丈夫そうだが、完治したかどうかは怪しい。これは持って帰ってあいつらに飲ませるとしよう……わずかに媚薬の効果があるというのが一つ心配だがな。
思いがけずに良いものを手に入れた俺は、目についた蜂蜜を薬に変えて、異界の袋に全て入れていく。
そして、薬と金目の物をすべて回収した後は神人化して、洞窟内の空気を浄化させた。
その後、光葬針を武者の姿にし、洞窟内でまだ放置されている亡骸を地面に埋めて、墓を作ってやった。サキュバスたちはデーモンと同様、魂を直接食らう魔物のようだ。もうすでに意味のない行動かも知れないが、それでもここに置きっぱなしというのは良くないと思っている。
全ての人骨を埋めて、祈りをささげた後、俺はトウショウの里に向けて、飛び立った。
◇◇◇
トウショウの里に着くと、そのまま天宝館に直行した。天宝館で手続きを済ませるとヴァルナが出てくる。相変わらず眠そうな顔だった。
「ふあ~あ……おはよう、ムソウ……」
「もう昼過ぎだ。何してたんだよ」
ヴァルナは欠伸をしながら、説明し出す。こないだ俺が古龍ワイバーンと共に渡したワイバーンとその亜種たちの解体をしていたという。
今日からコモンも加わり、だいぶ進んだらしいのだが、今朝までは寝ずに作業をしていると、コモンから少し強めに休めと言われて先ほどまで寝ていたらしい。
ヴァルナは眠そうに目をこすってまた欠伸をした。
「で、今日は何だって? サキュバスだっけか? 早くしようか……」
「お前な……まあ、いいや。行こうか」
眠そうに素材を受け取ろうとするヴァルナに、もう少し寝てろと言おうとしたのだが、ここまで来たんなら良いやと思い、ヴァルナと倉庫に行く。倉庫に着くとヴァルナは依頼の書かれた紙を見ている。
「素材は、依頼主のものか。依頼主は……げ、ケリス卿かよ……」
「あ、やはりそうなのか?」
ヴァルナの言葉に反応すると、頷き、書類を俺にも見せてきた。俺達の予想通り、明後日の宴会で使うほか、自宅でも媚薬が大量に必要とのことで、サキュバス一体分の素材を欲しているということらしい。
「はあ……あの野郎のためにこれから仕事だって考えると嫌になってくるな……」
「だな……まあ、仕方ないと俺は諦めているよ」
「何だ、やけに潔いな」
まあな、とがっくりと肩を落とすヴァルナの言葉に頷く。俺は洞窟で便利そうな薬を手に入れたからな。行きがけの駄賃だと思えば、悪い仕事じゃなかったと思っている。
ケリスが媚薬を求めようが、俺には直接関係ないわけだし、どうでもいいことと割り切っているので、今回の依頼はどちらかと言えば満足だ。
満足げな俺の様子を不思議そうに眺めるヴァルナだったがしばらくするとまあいいやと頷き、取りあえず死骸を出してくれと言った。指示に従い、異界の袋からサキュバス、それについでに討伐したクインハーニィとクインハーピィを取り出した。
「お、今回はハーピィとハーニィの上位個体付きか……」
「ああ。俺の仲間が狩った奴の仲間らしくてな。ついでに討伐しておいた」
「なるほどな……ゔ、やはり匂いがキツイな……」
立ち込める甘い匂いにヴァルナはそう漏らす。そして、懐から手ぬぐいを取り出し、口元を覆った。催淫成分も入っているからな。女のヴァルナには少々堪えるもののようだ。
「これで良いか……ほう、相変わらず状態は良いみたいだな。その分人間を解体していく感じがして複雑な気分だが……」
そう言いつつ、小刀を取り出し、目の前で死骸の解体を始めるヴァルナ。流石に俺も顔を顰めてしまう。
ただ、ヴァルナ曰く、人間も自然界では素材になりうると言って、その辺りの倫理観は割り切っているらしい。
魔物たちが人間を襲い、それを食い止めるために俺達も魔物を倒す。だからお相子だと言うことで、ヴァルナは次々に魔物たちを解体していく。
「……げ、このハーニィ、腹に卵持ってやがる。危ないところだったな……」
「何かまずいのか?」
「ああ、それなりに多い数の卵だ。一気に孵化したら大変なことになっていた」
ハーニィは大鎌カマキリらと同じく昆虫型の魔物に近い。ゆえに繁殖力はサキュバス種の中でも群を抜いている。俺が倒すのが遅かったら一気に卵を産み、そこからまた多くのハーニィが生まれていただろうとヴァルナは語った。危ないところだったと胸を撫でおろす。
そして、解体作業が終わり、素材の詳細を書類に書き込んで俺に渡してくる。
「あ゛~……やはりサキュバス共の解体は疲れるなあ。体洗おっと」
少しだけ顔を赤らめ、汗をかきだすヴァルナは少し気分悪そうにそう言った。俺は特に何も感じないが、やはり媚薬としての効果はかなり強力らしい。
なんとも、ナツメが喜びそうな素材だなと思いながら、書類を受け取る。ただ、今回は売却金が得られないので、目を通す必要はない。査定受け取り票を受け取り、ヴァルナに礼を言う。
「ありがとう、ヴァルナ。ついでにと言っては何だが……」
「あ? 何だよ」
不思議そうに顔を上げるヴァルナの前で、俺は神人化する。そして、光葬雨を降らして、ヴァルナの体を浄化した。体に付着した魔物たちの血が無くなっていることに気付いたヴァルナは目を丸くさせる。
「一応、浄化しておいた。気分はどうだ?」
「……問題ないみたいだ。こちらこそありがとう、ムソウ」
ヴァルナはいつもの調子になり、ニカっと笑った。ただ、徹夜明けなわけだし、風呂には入って後はゆっくり休んでくれと伝えると、ヴァルナはわかってる、と頷いた。
さて、査定受け取り票も貰ったことだし、ギルドに行って報酬を貰おうかと思い、その場から離れようとする。すると、ヴァルナが止めた。
「おっと、忘れるところだった。ムソウ、そのまま少し待ってくれ」
そう言って、ヴァルナはどこかへと行く。何の用だろと思い、しばらくそこで待っていると、ヴァルナは手に何かを抱えて持ってきた。
「こいつを渡したかったんだ。良ければ受け取って欲しい」
ヴァルナは手に持っていたものを置いていく。それは靴のようなものと、脚絆だった。コモンから靴は蒸れるから断ったという話を聞いたヴァルナは、それならと思い作ってくれたみたいだ。
それは、雪駄のようなものだが、全体的に皮で出来ているようなものだった。そして、雪駄と違い、足首の部分を囲み、底の部分と固定するようなものもついている。言うなれば、普通の靴のつま先、かかと、足の甲の部分を取り除いたようなものであった。
おもむろに履いてみると、そこまで密閉されているような感覚はしない。むしろ、隙間がある分、通気性も良いもののようだった。
「いいな、これ」
履きながらその場で足踏みしたりして、調子を確かめているとヴァルナがニカっと笑う。
「そいつはサンダルってものだ。草履のように足の指に力を入れていなくても脱げずに歩くことが出来る。で、素材は破山大猿の皮と、オウガロードの皮を使ってあるからな。身体能力向上の効果が付いているし、危険な場所にも近づくことが出来る」
なるほど、確かにこいつを履くと、若干だが、今までよりも体が、特に足回りが軽くなっているような感覚がある。
そして、素材自体が強力な魔物のものなので、ちょっとやそっとのことじゃ壊れないらしい。俺は平気だが、草履が駄目なところは多いからな。雪山だったり、火山だったり。実は行くたびにどこかが破損して直していたのだが面倒に感じては来ていた。これは良いものを貰ったなと思い、満足する。
「これは気に入った。……で、こっちは?」
「まあ、見ての通り脚絆だな。これには破山大猿の皮と噴滅龍の皮が使われている。防具としても使えるし、固いものや、とげを持つ魔物だって蹴ることが出来る。……そうだな、剣山甲くらいなら問題ないはずだ」
ほう、それはまた良いものを貰ったな。恐らくは大丈夫だろうが、蹴った拍子に足に負傷を負ったら笑えないからな。
そして、これにも身体能力向上の効果と、魔法耐性効果がついてあるらしい。
「つまり、魔法を蹴り返すこともできるってことか?」
「うん? ……まあ、やる奴はめったに見ねえが、ムソウなら出来るかも知れないな」
俺の質問に少し驚きつつもヴァルナはそう答えた。今までは手で防いできたが、足でも防げるとなると、無間を振り回しながら、そう言ったこともできるようになるのかと思い、これにも満足して、足に付けてみた。
「ん? 何か温かいような……」
「ああ、噴滅龍の素材を使っているからな。もうそろそろ寒い季節だからちょうどいいかと思ってな。ただ、そうなると夏には使えないかも知れない。まあ、その時はまた違うのを作ってやるよ」
そう言って、ヴァルナはニカっと笑う。闘い以外の所でも役に立つようなものを作ってくるところは、多くの着物を作ってくれたギリアンそっくりだなと笑った。
今回も良いものを貰ったと思い、ヴァルナに礼を言う。
「ありがとよ、ヴァルナ。これからもよろしく頼む」
「はいよ」
そう言って、握手を交わし天宝館を後にした。道を歩いて行くが、確かに草履に比べると、道の影響をさほど感じない。荒れた道でも疲れることなく歩けそうだなと思い、上機嫌になり、ギルドへ歩いて行った。
そして、ギルドに着くと、まっすぐミオンの所に向かう。相変わらず、ミオンは何か作業をしているようだが、俺に気付くとニコリと笑った。今回は別段驚いていないようだった。
「ムソウさん、おかえりなさいませ」
「おう。天宝館からこれ、預かって来たぜ」
そう言って、査定受け取り票を提示すると、ミオンは受け取り、書類を確認する。
「はい、確かに。では、少々お待ちくださいませ」
ミオンは確認を終えると部屋の奥へと向かい、すぐに戻ってきた。
「では、ムソウさん。こちらがサキュバス討伐の達成報酬の銀貨1000枚です」
「ああ、確かに」
俺はミオンから報酬を受け取った。いや、今日の依頼は良かったな。久しぶりに良く体も動かせたし、黄金神薬という希少な薬も手に入ったし。
それに先ほどヴァルナから良いものを貰ったし、誕生日を迎えて初めて充実した一日だったと思う。
今日はもう帰ってゆっくり休みながらたまの美味い飯を食べようかな。そう思い、ミオンに別れを言って、その場を立ち去ろうとする。
しかし、ここで思いもよらなかった奴に肩を叩かれた。
「そこの冒険者……少し、良いか?」
……嫌な声だ。そういや、すっかり忘れていたな。ここにこいつが居るってことを。
……ああ、俺越しに声の主を見たミオンが何とも心配そうな顔をして、俺の顔を見ている。俺はミオンを安心させるように笑って頷き、振り返る。
そこにはケリスと、昨日の女、そして闘宴会の長の大男が立っていた。昨日も見たが、俺とこいつらは本来なら初対面。俺はそれを装い、不思議そうな目で三人を見つめる。
「え~と……誰だ?」
とぼけたふりしてそう聞くと、ケリスの方は目を見開くが、すぐに表情を戻し、自己紹介を始めた。
「私はケリス・ゴウン。ここクレナの管理をレインより任されている者だ」
任されてるのはアヤメだろ……。てめえは遊んでいるだけだろうが。若干ケリスの言葉に反感を覚えたが、ここで争うのはいい手じゃない。その場で跪き、俺は頭を下げる。
「これは失礼した。俺は冒険者のムソウという。それで、どういったご用件か?」
これで大丈夫だよなという感じに、やってみた。昔から領主などの偉い奴に対しての接し方など分からん。そうしていると、闘宴会の大男が近づいてくる。
そして、ギリッと歯ぎしりと共に、いきなり俺に大きな刀を振り下ろしてきた。
俺はその刀を掴み、自分の前で止めた。あっぶねえな……もう少しで斬られるところだったぞ。
男は怒りの形相で俺を睨みつけている。何か俺に恨みがあるらしいが、初対面なので分からない。ふと、ケリスの表情を伺うと、目を見開き、驚いている様子だった。
……ふむ、ケリスの指示でやったわけではないのか。横の女もただただ叫ぶだけだからな。
こいつに何かしたかなあと思っていると、男は俺を睨みつけたまま口を開く。
「てめえが……冒険者のムソウか?」
「あ? ……誰だ、てめえ」
掴んでいた刀を放すと、男は一歩下がり、俺から距離をとったところで、刀を構えた。
「俺は闘宴会の大親分、バークだッ! 最近、部下から報告があってな、花街の門でうちのもんにたてついたりしている冒険者が居るという。
そいつは花街で浮浪者を集め、徒党を組み、今なお、このトウショウの里に住み着いているらしい」
「……で? それが何だってんだ?」
「何しらばっくれてんだ! 冒険者の名前はムソウ! 特徴は大刀を背負い、鬼神の紋章を掲げる鬼のような男! つまり、てめえのことだろうがッ!」
バークは怒鳴り散らしながら、刀を振り上げて突っ込んでくる。何かと思ったら、そういうことか。闘宴会の者たちが俺に歯向かってくるたびに、俺がやり返している件についてだ。やはり報告というものはしていたのか。もう少し、金をはずめばよかったかな……。
まあ、いいや。さて、この状況はどうするかな。受けきって、力の差を見せつけるというのも良いが、ケリスも居るし手の内を知られたくない。ここは避けた方が良いかな。
……いや、俺の後ろにはミオンが居る。ミオンはとっさの出来事にうまく反応できず、そのまま椅子に座り込んでいる。避けたら、あの刀はミオンに当たりそうになるわけか。
ならば、と思い、手に気を集めた。そして、腕全体に纏わせて構えておく。
「俺の闘宴会に歯向かった罰だ! 思い知れッッッ!!!」
バークは叫びながら、俺に刀を思いっきり振り下ろした。
俺は避けるまでもなく、刀を掴みそれを制する。そのまま力を入れて、その刃を放さなかった。呆気にとられながらも、ピクリとも動かない刀を両手で引っ張ったりしながら、何とか刀を俺から放そうとする男。
「てっめ、この野郎!放せコラァッッッ!」
「おっと、あまりにもゆっくりだったんでつい掴んでしまった。悪いな」
俺は掴んでいる刀を放した。急に放したものだから、よろよろ後ろへ下がり、その場でしりもちをつくバーク。正直、俺も怒ってはいるが、穏便に行こうと思い表情は変えない。アヤメを見習い、すました顔で立っている。そんな俺にバークは座りながらも刀を突き付けてくる
「何するんだ!この野郎!」
「いや、放せと言われたから。……そうか、アンタが闘宴会の長か。まあ、アンタの言い分も分かるが、俺は絡まれるから対処しているだけだ。その分、迷惑料も払っているから、そちらから何か言われる筋合いはないはずだぞ?」
これは本当のことだ。闘宴会の者達に喧嘩を売られるたびに、それに対処し、黙らせるという意味で金を渡している。
後で文句を言われる筋合いはないと思うんだが、バークはサッと立ち上がり、更に刀を向けたまま、詰め寄ってくる。
「何だとッ! あの程度の金子で許せると思っているのか!? 調子に乗るのもたいがいにしろッ! てめえ、俺の背後に誰が居るのかわかっているのか!」
「はて、誰だろうな……」
眼前に刀を突き付けられながらもとぼけた感じに、そう答えた。ぐぬっと黙るバーク。そして、俺への怒りが頂点となったときに、横からケリスがバークに手を出す。
「まあ、待てバーク。ここでこの冒険者を斬っても仕方ないだろう」
急にケリスが止めに入ったものだから、バークはハッとして、刀を引っ込める。
「で、ですが、この男は……」
「闘宴会がメンツのために冒険者を斬ったともなればことだ。やめておいた方が良いだろう。……それに、迷惑料とやらも払っているみたいだからな……」
そう言って、ケリスはバークを少し睨む。バークは少し慌てている様子だ。こいつ、ひょっとして俺の迷惑料は自分の懐に入れているのか?
先ほどの言葉の中には「あの程度の金子」という文言は入っていた。つまり、俺の金については知っているはずだ。それをケリスに上納することなく、自身の懐にしまっているのだとしたら、今の状況は頷ける。
何も言えず、黙っているバークに、ケリスの妻が近づいていく。
「ケリス様のおっしゃる通りですわ、バーク。むしろあなたと互角に張り合うこの男、我が家に連れてきても良いと私は考えますが」
「お、お言葉ですが、レティ様。この男は……」
「お黙り。元々あなたの部下が弱いからこうなっているのでしょう?自業自得という者ですわ」
ケリスの妻、レティの言葉にバークは更に黙る。その考えはわかる。元はと言えば、闘宴会の奴らが、俺に喧嘩を売ってきたのが悪い。すんなり、門なり、道なり通してくれればよかったものを、いちいち歯向かってくるから俺も対応するんだ。ケリスの妻にしてはなかなかいいことを言うな。
まあ、この大男と、俺が互角と言うように見られているのは、若干腹立つが……。
そう思っていると、レティは俺の方に寄ってくる。
「それで、ムソウ殿。我が家で働いてみませんか?」
レティは愛想よく笑って、そう言ってきた。ああ、さっきもちらっと言っていたな、そんなこと。ただ、面倒くさいし、こいつの家は御免だなと思いながらも、それを面に出さないように笑いながら首を横に振る。
「いえいえ、レティ殿。俺のような者が高貴なケリス殿の屋敷に入るわけにもいかない。それに、俺は冒険者稼業の方が性に合っているし、今は少し忙しいのでな。
せっかくの申し出だが、断らさせて頂きたい」
「まあ、謙虚な方ですわね。ですが、気が向いたら、ぜひともおいでくださいまし」
レティはそう言って俺に一礼し、引いていく。
絶対行かねえよ、こいつの屋敷なんぞ。気なんて向くわけない。それに冒険者稼業が忙しい理由をこの場で言ってやろうか? ほとんどお前らの所為だよ。
俺は湧き上がる怒りと、呆れを押し殺し、笑顔を作る……これは疲れるな。
そうしていると、ケリスがフッと微笑みながら近づいてきた。
「ふむ、まあ、ムソウ殿がおらずとも、神人たる私を討てる者などそうはおるまいな」
「ほう、ケリス殿は神人だったか。通りで何か不思議な感覚があるわけだな……」
「そう、かしこまらずともよい。大したことではないのだからな」
と、心にもないように謙遜するような言葉を吐くケリス。確かに普通の奴よりは幾分か強い感じは伝わってくる。その辺りは流石神族の末裔といったところのようだ。
だが、少なくとも俺よりは弱い。そんな男が尊大な態度をとっているというのはなかなか滑稽だ。先ほどまでは怒りでいっぱいだったが、少し笑いそうになってくるのを我慢した。
俺はケリスの言葉に少し微笑み、頷く。
「それで、聞きたいことというのは、結局何なんだ?」
早くこのやり取りを終わらせたいと考えていた俺は、ケリスにそう尋ねた。すると頷き、ケリスは口を開く。……まあ、大体何を聞きたいかはわかっているがな。
「ムソウ殿、ムイという女性の冒険者のことはご存じではないか?」
……そら見ろ。やっぱりか。ケリスに寄れば、今朝からずっとギルドで待機しながらさがしているのだそうだが、見つからず、そこらの冒険者に聞いて回っているという。
俺です! とは流石に言わない。面白いかも知れないが、面倒くさいからな。もうその女には絶対会えないんだよなと思いつつ、どう答えてしまおうか悩む。だが、まあここは無難にしておこうかな。
「ムイ? すまないが、分からない。特徴はあるか?」
「とても美しいおなごであった。腰に刀を差し、綺麗な着物を着たそれはそれは、美しく整った顔立ちの娘だった」
うわぁ……こいつ、女装した俺をそんな目で見ていたのか。やはり気持ち悪い。
そして、こいつの目はやはり曇り切っているな。その後雨でも降らせばいいのに……。俺はしばらく考えるふりをした後、首を横に振った。
「……すまないが、本当に分からないな」
「そうか……では、今日の所は諦めるとしよう。世話になったな、ムソウ殿」
愛想よく笑みを浮かべながら俺に一礼し、ケリスは離れていく。続いて、レティがニコッと笑い、会釈をしながらケリスに続いた。俺を屋敷で働かせるという話はまだあきらめていないらしい。また、誘われるかも知れないから、そこは気を付けておこっと。
そして最後に、バークがそれに続く。未だに俺に対して殺気満々の目で睨みつけている。俺は気付かないふりをして、あさっての方向を向いていた。その後、三人は出ていく。俺は窓からケリス一行が、上街の貴族がすむ区域へと向かっていくのを見て、ほっと胸を撫でおろす。
「はあ……驚いたな……」
「ですね……」
俺が安心していると、横に居たミオンも胸を撫でおろしていた。相変わらず騒ぎが大きくならないように黙ってくれていたのはありがたかった。俺がミオンに礼を言うと、ミオンはニコッと笑う。
「ムソウさんもお見事でしたよ。あのような対応もできるのですね」
「それでもやはり疲れたな。アヤメの苦労がよく分かったよ……」
「それはそれは……取りあえず、今日のことはアヤメ様に報告しておきますね」
「ああ、頼む」
俺とケリスが接触したが、特に何も起きなかったということが分かれば、あいつも少しは安心するだろう。ミオンにそう頼んで、俺はギルドを出て家路についた。まだ時間は昼過ぎだ。今日は高天ヶ原に行けないからな。家帰って、ゆっくりしていよっと……。




