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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
クレナで生活する
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第166話―女装をしてツバキに会う―

 俺とコモンは上街を進んでいくが、辺りの様子を伺いながら、ゆっくりと進んでいる。ショウブに出会ったら面倒そうだからな。今朝のこともあるし、見つかったら斬りかかられそうなそんな気配がする。俺達は慎重に進んでいった。


「居ない……ですね」

「ああ。ただ、居たとして、向かってきたとしても不本意も良いところだ」


 そうですね、と頷くコモン。先ほどのケリスの一件から、流石にこの女装をさせたのはやり過ぎたと反省しているようだった。今では、ショウブと遭遇しないように細心の注意をはらってくれている。

 おかげで、ショウブに遭遇することなく、何事もなく、門にたどり着くことが出来た。


「ふう、ここまで来れば問題ないな」

「ですね。早いとこ花街に向かいましょう」


 そう言って、コモンと二人で門をくぐろうとした。


 ……だが、


「む? コモン殿に……ムソウ殿か……」


 そこには、ショウブが居た。今日に限って、門の警護はショウブのようだ。俺とコモンは一瞬固まり、深くため息をついた。


 しかし、予想に反して、ショウブは何やら申し訳なさそうな顔をして、俺に頭を下げる。


「先ほどは、少々取り乱してしまい、申し訳なかったの、ムソウ殿」


 俺は、ガラッと変わった態度に眉を顰めるも、先ほどの一件を謝ってくるショウブの言葉に頷いた。


「まあ、それは良いが、どういう心境の変化だよ……」

「うむ。まあ、考えてみれば、ムソウ殿がそのような格好をしているのには、何か特別な事情があるやも知れぬと思ってな。最初見たときは、あまりの美しさに思わず嫉妬してしまったが、ムソウ殿が女装をするということはよほどのことに違いないと思っての。本当に申し訳なかった……」


 ……いや、ただのいたずらなんだがな。俺を女装させるのにノリノリだったコモンも流石に黙って、しまったという顔をして俯く。笑う気も起きないらしい。

 ここまでくると、本当のことを言うのも忍びなかったので、ショウブの言葉にはそうかとだけ頷いた。


「まあ……そういうわけだからよ。ただし、この格好は今日限り辞めるよ。さっき面倒なことになったんでな」

「む? 面倒なこととは、なんじゃ?」


 俺はショウブに先ほどのケリスの一件を話した。全てを話し終えると、ショウブも苦い顔をして、そうかと頷く。


「本当に見境ないの、あの男は。最初のころはアヤメやナズナをも手籠めにしようとして、流石に困ったわい」

「アヤメもか……本当に嫌な奴なんだな……」


 ナズナはまだしも、アヤメにも言い寄るとは、すげえな。どうにか説得して、手を引かせたらしいが、それ以来、今度はアヤメに対して、嫌悪感をむき出すようになったという。ケリス卿は全ての女性は我が意のままという、全く以って面倒な考えを持っているらしい。

 それから、見境もない。俺にまで、言い寄ってくるくらいだからな。先ほどのやり取りを思い出し、またも、寒気がした。


「しかし、ムソウ殿にも言い寄るとはの……女装していて、美しいとは言え、男なのに……妾にも言い寄ってきてはいないというのにの……」


 ……あ、またショウブが訳の分からないことについて落ち込み始めた。これだと、また俺の方にとばっちりが来そうな雰囲気になる。俺とコモンは必死にショウブを励ました。


「まあ……お前は強いからな。見てくれがどうとか関係ないだろ」

「そ、そうですよ! 僕が鍛え直したその鉄扇、「風神」を使いこなせるのは世界広しと言えどもショウブさんだけです! 大したものだと思いますよ!」


 俺とコモンがそう言うと、ショウブは顔を上げて、フッと笑う。


「そうか……確かに見てくれがどうとか、ここではそこまで関係ない話じゃの。妾にも他の者にはない強みというものがある。これからも大事にしていこうかの!」


 ショウブは調子を取り戻し、ニコッと笑った。相変わらず感情の起伏というものが激しいなと思いつつ、俺とコモンは胸をなでおろした。


「それで、ムソウ殿はもう帰るのか?」

「ああ。花街に行って、ツバキとリンネに土産を渡しておかないとな」

「なるほどの。そういうことなら、もう通っても良いぞ」


 上機嫌になったショウブは花街の方向へと、俺達を促す。俺とコモンは頷き、ショウブに別れを告げた。


 ショウブがかかってこなくて本当に良かったと、一安心しながら、俺とコモンは笑いあい、高天ヶ原へと向かった。


 花街を進んでいくと、いつも通り、そこかしこで、妓女や道を通る女たちに殺し文句を言っている男どもや、接吻したり、抱き合ったりしている恋人同士の者たちが目につく。流石に慣れてきたが、やるならもう少し、人目がないところでやれよと思いながら、路地裏を覗いた。


 すると、見てはいけないものを見てしまう。男と女が前後に並び、男の方は女の腰の辺りに手を置いている。女は恍惚とした表情で、男の頬を撫でて、そのまま口づけをする。


 そして、男は頷き、自ら袴を脱ぎ捨て……


 ……辞めよう、この話は……。


 気色悪いもの見たなと頭を抱えていると、コモンがぽつっと呟く。


「久しぶりに通りましたが、やはりこの街は好きになれませんね……」

「だな。しかも以前よりもひどくなっている気がする」


 一応、貧富の差についての問題は、俺がすでに解決したことになっている。路地裏に溢れていた奴らは今や、俺の屋敷で働いているくらいだからな。まあ、だからこそ、先ほどのような光景も見るようになるのだがな……。


 ただ、通りで男女が、まぐわっているというのは最近見だした光景だ。おかげで、ツバキたちに会いに行くのも、嫌な思いをしながら行くことになっている。

 そして、いつもはそこで終わりなのだが、今日の俺は女装をしている。コモンが隣に居るとは言え、関係ないと思ったのか、チラチラと欲にまみれた男どもの視線を感じることがしばしばあった。このままでは面倒だなと思い、外套をかぶる。


 だが、時すでに遅し。ある妓楼の前に立っていた妓夫のような男が、手を揉みながら、俺に近づいてくる。


「おぉ、お姉さん、別嬪さんだね~。どうだい? うちで働いていかないかい?」


 などと、俺の手を引きながら言ってくる。ああ、こういう絡まれ方もあるのかと思い、男の手を振りほどき、立ち去ろうとする。だが、男は更に強い力で俺の腕を掴んだ。


「まあまあ、ちょっとでいいからさ、中に入ってさ――」

「……」


 男の手を振りほどき、無視して、進もうとするが、今度は後ろから肩を掴まれた。


「ちょっとでいいから話だけでも聞いてくれないかなあ? アンタだったら他の女よりも五倍の給金は出すからよ」


 などと、言いながら俺の手を引き、店へと向かおうとする男。今ここでぶった斬ってやりたいが、そんなわけにもいかないと思い、どうしたものかと悩んでいると……


「すいません、彼女、嫌がっているじゃないですか……」


 と、コモンが俺と男の間に割って入った。男は、何だ、こいつというような目をしてコモンを睨む。どうやら、コモンのことを知らないみたいだ。


「なんだ、このクソガキ。ここはテメエみてえなガキが来るとこじゃねえんだよ! とっととおうちに帰りな! 今大事な話してんだよ!」

「大事って……嫌がる女性を店に引き込むことがそんなに大事なのですか?」


 食って掛かる男に冷静に口を開くコモン。そして、やれやれという感じに、ふう、とため息をついた。

 その瞬間、男の表情が怒りに燃える。


「テメエ! ガキのくせに調子の良いことをペラペラと抜かしてんじゃねえ!!!」


 男はそう言いながら、コモンに拳を向けた。


「……!」

「ッ! ……あ?」


 コモンの顔に男の拳が近づいた瞬間、俺は後ろから男の手を止める。そして、強く握りしてめると、男は苦悶の表情を浮かべ男は信じられないという目で、俺に視線を移す。


 正直、このやり取りにうんざりしていた俺は、さっさと片付けたいと思い、男を、殺意をもって睨みつけた。


 ―死神の鬼迫―


「ひ、ひぃ!」


 だんだんと青い表情になっていく男。俺がパっと手を放してやると、そのまま地面に座り込んだ。男を見下ろしながら、コモンは静かに口を開く。


「では、僕たちはもう行きますね……それから」


 コモンは指先に青い炎を生み出し、男に近づけた。やはりコモンの作る炎は尋常じゃなく熱い。ろうそくのような小さな火だが、俺にも熱気が伝わってくる。

 コモンはニコッと笑い、男にそれを近づける。男はガクガクと震えて、コモンを眺めた。


「次、こういうことがあったら……わかりますね?」


 コモンの言葉に、何度も頷く男。俺達はそのままその店を後にした。背後でガクッと俯く男を残して、高天ヶ原に向かうことを再開させた。


「……ふう、いつもは客引きに遭うのだが、こういうこともあるんだな。俺はそんなに美人なのか?」


 今日一日中、綺麗だ、美人だと言われ、妓楼にまで引き込まれそうになり、たまらずコモンに聞いてみた。すると、コモンは頷く。


「え、ええ。美人ですし、何かそういったものを凌駕するような妖艶な雰囲気も持っていますよ」


 コモンは何か困ったようにそう言った。妖しい雰囲気って……ナツメみたいなものか?ここまで来ると流石にコモンもどうしたら良いのか分からないという感じだ。何となく複雑だが、もう俺を女装させる気は無いだろうなと思い、少し安心した。


「にしても、お前……怖いんだな。炎を出して脅すとか、やはりただものじゃねえな……」

「ムソウさんこそ、怖いですって。何度も見てますが、死神の鬼迫っていうんでしたっけ?

 僕には向けられていないということが分かっていても、背後からそんな気配を感じて僕も背筋が凍りましたよ……」


 俺とコモンはお互いに怖いと言い合う。聞けば、ケリスが闘宴会を連れて、天宝館を乗っ取ろうとして来たときも、同様の方法で脅したということらしい。

 あの時はもう少し大きな炎で、向こうの何人かが少しやけどを負うくらいに強くしたという。

 流石にそれをみたケリス卿も、普段の不遜な態度を顰め、暑さにやられたのか、恐怖からか大量に汗を流し始めて天宝館を諦めたという。


「お前……それだと俺よりも怖いと思うぞ。俺の場合は気絶だけで済んでいるんだからな」

「威圧だけで気絶させるなんて、ムソウさんが本気で怒ったときの方が恐ろしいですって」


 確かにそう言われれば、コモンよりも俺の方がひどい気がする。ことあるごとに俺を怒らせ、死神の鬼迫を最も多く体感していた、ハルマサなんかは、偶に、すごく怯える表情になり、妻であるツバキの小さな体の陰で、俺を見ることがあったからな。


「そうか? ……まあ、ということであれば、俺の屋敷も安泰だな。何かあれば、俺とコモンが本気を出せば良いってわけだ」


 そう言うと、コモンは笑って頷いた。


「そういうことで、良しとしましょうか。ムソウさんと一緒に居たら、どんな強敵にも対応することが出来そうですね」

「そりゃ、こっちの台詞だ。お前が居てくれたら、例えサネマサだろうと、天災級の魔物が攻め込もうと、皆を護れるという自信があるな」


 そのまま俺達は互いに笑った。流石にそこまではと言うコモン。だが、妙に自信がありそうな表情だ。

 強くて、誰に対しても優しい男と知り合えて、しかも俺の代わりに皆を守ってくれる存在が居ることに感謝しつつ、花街を進んでいく。


 ◇◇◇


 さて、取りあえず俺達が顔を出していると碌なことがないということを悟った、コモンは俺と同様に、異界の袋から羽織を取り出し、ついている頭巾をかぶった。羽織には闘鬼神の紋章がついている。

 なんで、お前も付けているんだと聞くと、僕もあの屋敷に住んでいますので、と笑って答えた。普通そこは天宝館か、十二星天のものにしておけよと言うと、


「今日は仕事では無いですし、十二星天の外套は別にありますので」


 と、語る。流石に仕事の時は自信が代表ということなので、天宝館の紋章が施された羽織を纏うが今日は、休みだから、俺の屋敷で世話になっている自分というのを演出したいらしい。そういったことにきちんとした区分を付けたいというコモンの言葉に頷き、闘鬼神の紋章をコモンも付けることを許した。


「十二星天の外套というのは、ミサキも持っていたやつか?」

「ええ、そうです。あれは王城に入るとき以外は、本当に大切な時くらいにしか身に着けないですからね。よほど、ミサキさんはムソウさんとの闘いを、大切なものと思っていたのでしょうね」

「そうか。あれもお前が作ったのか?」

「いえいえ。あれは王様から賜ったものですよ」


 コモンによると、ミサキが纏っていた、十二星天のろーぶや外套、羽織などは、王城にある宝物の一つであるという。

 古より伝わっており、纏う者の能力を上げるというのが最大の特徴なのだが、EXスキルの効果を高めたりすることが出来るという仕組みはコモンすらも分かっていないらしい。


「へえ、すげえな。お前にも分からないなんてな」

「他にもいろいろなものが伝わっているみたいですからね。王城は僕にとっては興味をそそるもので溢れています」


 コモンは嬉しそうにそう言った。こういう話をするときのコモンは本当に子供らしくて、良いなと思いながら、王城に伝わる色々な宝具、神具について、聞いていた。


 そして、しばらくすると、高天ヶ原に到着した。今日は少し時間がずれている所為か、人はそんなに居ない。ちょうどいいやと思いつつ、店に入って、コスケに声をかける。


「よお、来たぜ」

「はい! ムソウさん……あれ?」


 何か読んでいたコスケはパッと顔を上げて、俺の方を見る。だが、きょろきょろとして、不思議そうな顔をした。


「おかしいな……ムソウさんの声が聞こえたと思ったが、空耳か……?」


 などと、言っている。あ、この姿だから、気づいていないみたいだ。すると、後ろからコモンが前に出ていく。


「こんにちは、コスケさん」

「ん? ……あっ、コモン様ではありませんか! 如何されましたか?」


 コスケはスッと立ち上がり、コモンに深々と礼をする。コモンは慌ててコスケの頭を上げさせた。やはりこいつも人々から崇められるのは苦手らしい。


「顔を上げてくださいって。え~っと……ツバキさんにムソウさんを連れてきたとお伝えしていただきたいのですが……」


 コモンがそう言うと、コスケはまたしても不思議そうな顔をする。


「え、ええ。今日もリンネちゃんに手紙をもらっていたので、既に用意をしておりますが、そのムソウさんはどこに? ……そちらの女性は?」


 コモンはようやく、俺と目が合って、コモンに誰なのか尋ねている。どうしようかと思ったが、俺は異界の袋から、無間を取り出した。あっと驚くコスケに何となく謝りながら口を開く。


「……ムソウだ。何も言わず、ツバキたちに会わせてくれ」

「む、ムソウさん!? 一体どうなされたので!?」

「す、すまない……何も聞かんでくれ……」


 そう言って、無間と、腰に差していた刀をコスケに渡す俺。コスケは、何がなんだかという顔だが、俺の頼みに、はあ、と頷き、刀を受け取ると、禿を呼んだ。

 そして、コモンと俺を、禿に案内させるようにと指示する。


 俺達はそのまま、禿の後についていった。コスケは未だ、首を傾げて驚いていたりしている。何もかも、面倒になりっぱなしなのに、すまないなと思いながら、コスケを置いて、ツバキたちの部屋に向かった。

 案内している禿も不思議そうな目で、時々俺の方をチラチラと見ている。途中、コモンがその禿に対して、ニコッと笑うと、顔を赤くした禿はパッと前を向いて、スタスタと歩いて行く。屋敷でもつくづく思うが、コモンは本当に大した男だなと思った。


 そして、いつもの部屋の前に来ると、禿は俺達に一礼して、立ち去ろうとする。俺は禿を呼び止めた。


「……このことは内緒で頼む」


 そう言って、銀貨を手渡す。すると禿は、少し困った表情を浮かべながらも、真剣なまなざしで俺を見て、コクっと頷いた。高天ヶ原中で、俺に女装癖があるという噂になったら面倒だ。今日は、女にモテるコモンに付いて高天ヶ原に遊びに来た、謎の女ということにしてもらおう。


 俺は一人頷き、襖を叩いた。


「居るか? ムソウだ」

「あ、あと僕も居ますよ、ツバキさん」

「あ、はい! ムソウ様、コモン様、どうぞ……」


 ツバキが居ることを確認した俺は襖を開けて部屋へと入る。ツバキは畳の上で頭を下げて、俺を出迎えてくれていた。そして、ゆっくりと顔を上げる。


「今日もお疲れさまでした、ムソウさ――」


 顔を上げて、俺と目が合ったとたん、ツバキが黙り込む。そして、変なものを見るような目で、俺を見てきた。


 正直、今日一日の対応の中で一番傷ついた感覚がある。そりゃそうだとも言えるが、ツバキにはこんな顔をされたくなかった……。


 どうしたものかと、気まずそうにツバキを眺めていると、横から、何かが目の前に飛び出してくる。


「……!」


 それは両手を開いて、俺を驚かそうとしているリンネだった。前来たときに、いつものように、入るとすぐに俺に駆け寄って、飛びついてきたときに、流石にもう慣れたということを気にしていたらしい。リンネの突然の行動に、少々驚いてしまった。


「うおっと~! 驚かすなって、リンネ」

「……!」


 しゃがんで、リンネの鼻をつつくと、リンネは得意そうな顔をする。今日は私の勝ちと言わんばかりの顔だ。俺はリンネの頭を撫でて、異界の袋を取り出す。


「ほら、約束通り、お土産だ。いっぱいあるぞ~」


 リンネにそう言って、異界の袋から色々と取り出していく。チャブラで買ったキャラメル、バタークッキーなどの菓子類を出すと、リンネの顔はぱあっと輝く。

 そんなリンネにキャラメルを渡すと、リンネはニコッと笑って、俺に抱き着いてきた。喜んでもらえて何よりだと、リンネの頭を撫でる。


 するとここで、今まで黙っていたツバキがようやく口を開いた。


「……このほっこりとする光景……貴女がムソウ様ということで……よろしいのですね?」


 ツバキはおずおずとそう聞いてきた。まあ、そうなるよなと思いつつ、ツバキの言葉に頷く。


「あ、ああ。昨日ぶりだな」

「その恰好は……何ですか? 何かの依頼ですか?」

「……コモン、説明してやれ」


 と、コモンの方を見ると、コモンは目を丸くして、自分を指さす。僕がですか!? という表情だ。

 お前以外に誰が適任なんだと言うと、コモンは渋々頷いて、俺が女装させられるに至った経緯をツバキに説明した。俺は横でバタークッキーを頬張っているリンネを膝に座らせ、頭を撫でながら、その光景を見ていた。

 コモンの言葉に、ツバキは頷いたりしながら、聞いている。


「なるほど……そんなことが……」


 話を終えたツバキはこちらに視線を移す。そしてじろじろと俺を観察するように見だした。


「な、何だよ」

「いえ……よくぞこれだけの美女になるものだと感心しております……」


 ツバキは真顔でそう答える。本当にやめてくれ、ツバキ。もう俺の心はボロボロだ。

 勘弁してほしいなとリンネの頭を撫でる。リンネは、ん? と俺の顔を見上げるが、すぐにまた、バタークッキーを食べ始めた。よほど気に入ったらしいな。


 すると、スッとツバキが立ち上がり、リンネのそばまで来る。


「こら、リンネちゃん。食べ過ぎですよ。私の分も残してください」


 リンネの手からバタークッキーを取り上げて、サクッと口に入れるツバキ。リンネは恨めしそうにツバキを見つめる。


「そんな顔しないでください。それともあなたは、私の分を残してくださらないような、悪い子ですか?」

「……!」


 ツバキの問いかけに、リンネはハッとし、ブンブンと首を横に振る。すると、ツバキはリンネの頬に手を当てて、優しく微笑んだ。


「そうですね。リンネちゃんは良い子です。ですから、これは後で、皆さんと分けながら頂くとしましょうね」

「……!」


 リンネはコクっと頷き、俺から離れて、ツバキを抱きしめる。ツバキはリンネの頭を優しく撫でた。

 そして、俺もリンネの頭を撫でていると、ツバキがクスっと笑う。


「ですが、そうしていると、まるでリンネちゃんのお母さんのようですね……」

「何言ってんだよ。どちらかと言えば、母親はお前だろうが……」


 先ほどまでのツバキとリンネのやり取りはいたずらをする子供を諭す、母親のそれだった。

 女装している俺よりもツバキの方がよほど母親らしいと言うと、ツバキは、そうでしょうかとニコッと笑う。ようやく、いつもの調子に戻ってきたようだ。

 そう思っていると、俺達のやり取りを見ていたコモンが口を開く。


「やれやれ、こうしてみると、どちらも、リンネちゃんの親に見えますよ」


 コモンがそう言うと、ハッとして互いに顔を見合わせる俺とツバキ。それが何だか可笑しくて、二人で笑った。

 すると、リンネが立ち上がり、俺とツバキの手を取って、自分の両頬に当ててニコッと笑った。

 俺とツバキはきょとんとしたが、コモンはフフッと微笑み、リンネの頭を撫でる。


「リンネちゃんもそう思っているのですね」

「……!」


 コモンの問いかけに、リンネは更に笑顔になり、コクっと頷いた。俺は少し恥ずかしかったが、リンネに悪いなと思い、そのままツバキと共に、リンネの頬を撫でていた。


 その後、リンネとツバキが俺に酒を、コモンに果実水を注ぐ。そして、飯を食いながら、いつものように色々と話をした。


 女装に関してはもう良いという俺の言葉を受け流し、ツバキは皆の様子はどうでしたかとか、色々と聞いてくる。あまり話したくないので俺が黙っていると、コモンが、それに答えていく。屋敷の皆のみならず、街の男や女でさえも見惚れていたなどと言うと、ツバキは楽しそうに笑った。


 だが、ケリスの話になると、表情を悪くする。今度ここに来る奴だからな。俺が先ほどのことを愚痴っていると、ツバキはため息をついた。


「この街の貴族の皆さんは度が過ぎているとは感じていましたが、ケリス卿は更にひどいようですね」

「ああ。お前も気を付けろよ。そういや、もうそろそろだよな? あいつがここに来るのって」

「ええ。三日後になりますね……何事も無ければ良いのですが……」


 ツバキは心配そうにつぶやく。一応、ここ高天ヶ原は、クレナ領主であるアヤメのものだ。妓女から、禿、男衆まで全てな。

 流石にケリスも領主のものに手を出すほど馬鹿ではないはずだ。そうやって、ここまで来ている。心配は無いと思うが、一応念のためにと、ツバキには再度、出来るだけ表に出ないようにしろ、と忠告しておいた。


「前にも言ったが、お前は美人だからな。ケリスがお前に言い寄ってくる可能性は高い。面倒なことにならないように、気を付けておけよ」


 そう言ってツバキの顔を見ると、ツバキは目を丸くして、俺を見た。少し顔を赤らめている。


「何だ? 変なことを言ったか?」

「……いえ、ムソウ様に美人だと言われるとやはり嬉しいな、と……」


 ツバキは両手で頬を抑えながら照れているようだった。何だろうな。一緒に旅をしていた時は良く揶揄われていたものだが、最近はこういう反応になっていることに違和感を覚える。まあ、俺は疲れないから良いけどな。

 取りあえず、ケリスには気を付けろとツバキには釘を刺しておく。家に住む前から面倒な縁談とかが持ち上がったら鬱陶しいことこの上ないからな。俺の言葉に、ツバキは分かりましたと頷く。


 すると、コモンが口を開いた。リンネと共にニヤニヤしながらこちらを見ている。


「いやあ……実はムソウさんて意外とモテるでしょ?」

「急に何言ってんだよ」

「ツバキさんを美人だと言うのが自然すぎて、見事なものだと思いまして……」

「何だよ、それ……まあいいや。それはそうと、お前の用事を済ませておけよ」


 コモンはそうでしたね、と言って、ツバキのそばに行く。きょとんとするツバキに、ことの仔細を説明した。古龍ワイバーンの素材を使って、ツバキの装備も一新するということ。ツバキは目を輝かせて、お願いします! と頷く。

 やはり、人界一の工房、天宝館の、総元締めが自分の装備を仕立ててくれるというのは、騎士であるツバキにとってはかなり嬉しいことのようだ。

 嬉しそうにするツバキに戸惑いながらもコモンは色々と尋ねていく……。


「え~っと……では、まずこの前の壊蛇の鎧はどうですか? 着けた感覚などを教えていただきたいのですが……」

「はい、私の体にはちょうどいいですよ。ただ、もう少し細くした方が抜刀しやすい感覚です」

「あ、ツバキさんは居合を使いますもんね。分かりました。調整しておきましょう。あと、ギリアンさんの薄刃刀はいかがでしょうか?」

「そうですね……軽くて使いやすいのですが、もう少し強度が欲しいところです」

「わかりました。では、古龍ワイバーンの……」


 などと、装備について楽しそうに語るコモンとツバキ。俺は再びリンネの膝の上に座らせて、リンネの頬をいじりながら、それを聞いていた。武具のことになると楽しそうになるツバキ。コモンも相まって、年相応の女の子らしい光景だなと思った。

 ……内容は武骨だがな。


「……!」


 リンネは俺が頬をつつくと、嬉しそうにはしゃぐ。そして、俺の両手を持って、叩き合わせたり、自分の頬に当てたりと楽しそうに遊んでいた。

 いつもは俺でも驚くくらいのしっかり者で、何時の間にか大きく成長してるリンネだが、こういうところはまだまだ、可愛らしい子供だな、とリンネの頭を撫でた。


 そうやっているうちに、ぼんやりと前の世界の時のことを思い出す。それは今のように、カンナを膝の上に乗せて一緒に遊びながら、サヤとエイシンが何か話しているのを眺めているという記憶だ。


 ◇◇◇


 その日は、外は大雪で、仕事どころではないという天気だったので、今日はもう、家で暖まろうということで、珍しく仕事を休んでゆっくりしていた時だった。

 囲炉裏に火を入れて、カンナと遊びながら、サヤとエイシンが、冬越えについて話をしていた。


「秋の間に色々と用意したけど、足りるかなあ」

「大丈夫だろ。薪も大量にあるし、炭だってあれだけあればもつと思うぜ」

「う~ん……でも、今年はいつもより冷えるみたいだよ? やっぱり火鉢とか買う?」

「火鉢な……あったところで、この家の部屋から部屋へと置いていくとなれば、相当な金額になるぜ。それに炬燵も……欲しいと言えば、欲しいよな……」


 そう言って、二人はカンナと遊んでいる俺の方をちらっと見る。俺はなんだ、と顔を向けると、サヤが口を開いた。


「あなた、やっぱり、うちも火鉢とか暖をとるものがあっても良いと思うんだけど……」

「ん? そうか……俺は別に寒くないけどな……」

「テメエと俺らを一緒にするなよ。テメエが良くても、俺やサヤちゃん、カンナは寒いんだよ」


 エイシンは呆れながらそう言った。小さい時から、俺がそういった面でもエンヤに鍛えられていることを知っているエイシンはこの時も俺が普通の人間ではないと、頭を抱えた。


「頭領さん、ザンキ君のことになるとすごかったもんね。川に投げ入れたときは私もひやひやしたよ……」

「あの時なあ。アイツもああ見えてどこかしら馬鹿だからな」

「そういうお前も結局無事だったんだからな。頭領もぶっ飛んでいるが、お前も相当だぞ」


 俺達は、俺がエンヤに真冬の川に突き落とされたことを懐かし気に話す。俺は死にたくないと思い、必死になって岸まで泳いだ。満身創痍で、岸に着き、上出来だとにこにこしているエンヤの顔をぶん殴ろうとしたところで、俺は倒れる。


 気が付けば、温かい焚火の前で、サヤに診られながら横になっていた。

 その時、エイシンはどこに居たのかは知らないが、闘鬼神の仲間たちと一緒に、その日の俺の必死さを肴に酒を呑んでいたという。


 ……この野郎……覚えておけよ。


 まあ、こいつは置いておいて、サヤとカンナが寒いというなら、買ってやっても良いなとは思う。ただ、このデカい屋敷全ての部屋全部に火鉢を置くというのは少し、考えようだった。

 どうしたものかと、思っていると、カンナが膝の上で元気に遊んでいるのが目に入る。俺は、可愛くて仕方がないカンナの頭を撫でた。


「なあ、カンナ」

「なんですか? ちちうえ!」

「最近寒くなってきたが、大丈夫か?」


 ここで、カンナが寒いと言ったら、迷うことなく、部屋分の火鉢を買おうと決めていた俺は、どうしようか、カンナの回答で決めることにした。

 だが、カンナは、これまた可愛い返事をする。


「さむくないです! ちちうえがあったかいです!」


 カンナはそう言って、俺をギュッと抱きしめる。俺は一瞬驚いたが、本当に可愛い奴だなと、俺もカンナを抱きしめた。すると、俺の方も温かくなり、二人で笑った。


 そうやってると、きょとんとしたサヤとエイシンだったが、サヤはフッと微笑み、俺の正面から、カンナを挟むように、優しく抱きしめる。


「ほんとだね……二人とも、暖かいよ」

「ははうえも~!」


 俺達に挟まれたカンナはそう言って、キャッキャと笑った。そんなカンナの頭を俺とサヤは優しく撫でる。


 そして、この時俺とサヤは、カンナを寒がらせないためにも、何らかの暖を取るものは買おうと決心する。どうせ、財布のひもはお前が握っているんだと、サヤを見ると、任せて! という顔をして、頷いた。


 そうしていると、一部始終を見ていたエイシンが立ち上がり、俺達一家に近づいてくる。


「ほう、そうすると温かいのか。んじゃあ、俺も――」

「……あ゛?」

「……だめ」


 俺の背中とサヤの背中に手を伸ばしていたエイシンは、俺達が睨むと、固まり、シュンとして囲炉裏の火にあたり始めた。ひでえよ、と言って落ち込むエイシンを放っておいて、きょとんとするカンナを俺とサヤで再び、抱きしめた。


 ◇◇◇


 あの時のことを思い出しながら、俺はリンネをギュッと抱きしめる。ああ、やはり温かいな。ここ最近寒くなってきたが、こうしているとそんなの気にならないな。

 リンネは不思議そうに俺の顔を見上げる。俺がフッと笑うと、リンネもニコッと笑い、更に体を寄せてきた。


「どうされました? ムソウ様」


 ツバキとコモンは不思議そうに俺達の方を眺めている。まあ、急に黙ってそうしていたら驚くよなと思いつつ、何でもないと言って、二人に目を向けた。話は終わったらしい。ついでにと思い、コモンにこれからの屋敷の防寒対策について聞いてみた。


「なあ、コモン。これから冬が来るということだが、屋敷の方は大丈夫か?」

「暖をとるものについてですね? それについては問題ないですよ。いくつか魔道具を設置しておりますので」


 そう言って、コモンは屋敷の設備について説明する。


 まず床には、床暖房というものを設置しているらしい。畳や床板の下に、熱を通す管を張り巡らせ、その管の先には火炎鉱石から熱をとる魔道具が設置してあるという。魔力を込めると、屋敷の足元全体に、熱が行き届くようになっているそうだ。

 そして、もう一つ、すべての部屋に、ある魔道具を置いてある。見た目は黒い箱のようなものだが、中に火炎鉱石を入れて魔力を込めると、そこから暖かな空気が出るというものだ。込める魔力の量により、強弱を調整できるらしい。いうなれば、魔法を使う、火鉢のようなものだった。

 ちなみに、夏はその箱の中に氷冷鉱石を入れることで、今度は冷気が出るようになるという。

 流石、異世界。やはり魔法やスキルで何とかなるものなんだな……そう感心していると、コモンが口を開く。


「まあ、他にも色々と設置していますので、それはまた使う時にでも説明いたします」

「そうか……しかし、流石はコモンだな。色々と用意してくれていて助かるよ」

「いえいえ。ムソウさんの豊富な財力のおかげですからね」


 俺が褒めると、そう言ってニコリと笑うコモン。聞けば、やはりそれだけのものをそろえるというのはかなり金を使ったらしい。

 勝手に使ってしまって申し訳ないとコモンは頭を下げた。だが、一応ジゲンに了解をとっていたらしいし、俺の家のために手を尽くしてくれたことが嬉しく思い、コモンを許した。


「あの……ムソウ様」


 と、ここで、ツバキが不安そうに口を開いた。


「なんだ? ツバキ」

「いえ……ムソウ様の家に私が行っても良いのかと……どんな豪邸なのですか?」


 ツバキは俺が、莫大な金を使い、コモンが建てた屋敷がどんなものなのかと驚いているようだ。若干変な質問をするツバキに、俺は笑った。


「別に大したことねえって。冒険者や女中たちも居るし、そこそこ広いくらいで、後は普通だ」

「いえ、話を聞く限りでは、そこらの貴族の方々よりも立派なように聞こえますよ?」

「まあ、確かに立派ですよね。僕も住んでますし……。でも、皆さんもツバキさんにお会いするのをすごく楽しみにしてましたよ」

「そうだな。妓女やってた奴らなんかは、ここで四天女の新造やってるツバキが素晴らしいお方なんですねと褒めていたくらいだぞ」


 なおも不安そうにするツバキに、俺とコモンで安心させている。それでも、ツバキは表情を明るくさせない。


「それでも……それだけの人数の方が居て、私のお部屋はあるのでしょうか……」

「もちろん用意しているって。なあ、コモン?」

「当然ですよ。ムソウさんと同じ部屋に住んでいただくように広くしてありますから、大丈夫です!」


 ……


 ……


 ……


 ……何だって? コモンが何かおかしなことを言ったような気がして、俺は黙ってコモンの方を向いた。コモンはニコッと笑い頷く。すると、ツバキの表情は一気に明るくなった。


「それは楽しみですね! 私もここのお勤めをしっかりと終わらせて、リンネちゃんと共にお屋敷に向かいたいと思います!」


 ツバキはすっかりと元気を取り戻して、そう言った。俺の膝の上で、リンネも両手を上げて喜んでいる。

 だが、俺は困惑したままだ。俺はコモンに先ほどの件について聞いてみた。


「なあおい、俺の部屋がなんだって?」

「え、ですから今申し上げましたように、ツバキさんとムソウさんの部屋は一緒ですよ?」

「は? そんなに広くないだろう……」

「いえいえ、ムソウさんの部屋の隣にもう一つ部屋がありまして、壁ではなく襖を開けるとすぐに入れるようになっていますよ」


 ……あ、確かにあるな、そんな場所。開けると、確かに六畳くらいの部屋がある。物置か何かなんだろうなと思い、今は来ていない着物や使わない道具、更には薬などを置いてあるが、あれはツバキたちの部屋だったのかと頭を抱えた。


 なんで、すぐ隣に作ってんだよ。俺の寝込みを襲ってくるだろうが……。てっきり女中達の部屋の近くかと思っていたんだが。


 俺が顔を上げると、嬉しそうにニコリと笑うツバキの顔と、同じく笑顔のリンネの顔が映る。


 まあ、良いかと思い、部屋に関しては何も言わないことにした。言っても論破されそうな気がするしな。

 ……それに、朝起きてから、寝る寸前まで、この二人と一日のことを話すというのは悪くないかも知れないと感じた俺は静かに笑って、酒を呑んだ。


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