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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
クレナで生活する
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第165話―女装のまま調べものをする―

 さて、資料室に着くと、さっそくと調べものを始める。コモンがこれとか良いですよ、と持ってきたのは、この世界に生きる種族のことについて書かれた本だった。神族のことも、神人のことも、鬼族のことも書いてある。

 一応、マシロのギルドの本のこともあるので、嘘は書いていないだろうなとコモンに確認すると、嘘かどうか確認しながら聞くということだったので、安心し、本を読んでいった。


 ……


 鬼族

 天界に住む神族が罪を犯し、冥界へと堕ちた者たち、あるいはその一族。

 再び天へと上ることを禁じられた証として、翼をもがれている。だが、それでもあきらめきれないという思いからか、頭には天へと向かう角が生えているのが特徴。

 角は鬼族の力の象徴であり、ある程度の長さになると、成人の証として、それを折り、固有の武器にするというしきたりがある。

 鬼族は聖なる天界の波動とは逆に、邪悪な冥界の波動を操り、神族でさえも葬る圧倒的な力を持つことが出来る。


 100年戦争の折には大地に現れた魂の結晶を求め、神族と争い、戦争のもととなった。

 その後、鬼族の長である冥界王エンマの娘、コウカと人界王シンラが結ばれたことにより、人界と同盟を締結、二種族で神族を退け、大地に平和を取り戻す。

 その後、人界とは一切の接触を禁じたうえで、お互い不干渉条約を締結した。


 大地に居る魔物は鬼族が、世界の魂の管理に置いて、魂を減らすために生み出された者達のことである。


 現在は冥界王エンマが冥界の主となり、配下である鬼神シンキが鬼たちの統率を行っているという。


 鬼人

 鬼族と人間の間に生まれた種族。

 だが、種族という言葉は正しくない。なぜなら、歴史上鬼人に当たるのは、人界王シンラと鬼族のコウカとの間に生まれたラセツとその子孫たち、つまり、王族のみをさすからである。鬼族の持つ強大な力を操ることができ、頭には角が生えている。

 稀に冥界の波動を纏う王が存在するが、鬼族の長であるエンマの力を隔世遺伝したと考えられる。冥界の波動は天界の波動同様、唯人には耐えられない強大な力であり、その力を操れる王こそ、真の冥界王として覚醒を遂げたということになるだろう。


 ……


 本を読みながら、一つ一つ、コモンに確認していくと、本当かどうかはまだしも、伝え聞いていることと変わりはないとのことだったので、取りあえずは、この本は信用できるということが分かった。


「これ見た限りでは、やはり鬼族はこの世界にはもういないみたいだな」

「ですね。仮に居たとしても、把握できているはずですよ」


 まあ、そうだよな。強い力を持っているらしいからな。俺みたいに、何かあれば、すぐに目立つ。隠れて生きることなんてできないだろう。


「じゃあ、俺が夢の中であった奴は何だったんだろうか」

「さあ……そうは言っても夢ですからね。実在しないのでは?」


 一応、コモンには俺が見た夢の話をしている。俺が鬼族の女に会ったことも、他人の魂の回廊に行ったということにも、大層驚いていたが、コモンの言葉を聞いて、確かにとは思った。何度も見ていようが、夢は夢だからな。本当にいるとは限らない。だが……


「それにしても、何度も見るというのが気になるんだよな。コモンはこういうこと無いか?」

「いや、流石にそれは無いですね。まして、魂の回廊なんて行ったことも無いですし……」


 と、コモンは魂の回廊について書かれた本を読みながら、そう答えた。俺も読んでおこうと思い、コモンから本を受け取る。なになに?


 ……


 魂の回廊

 大地で死んだ者たちの魂が行きつく場所とされている。

 稀に、眠っているときに不思議な空間に立つことがあるだろう。そこが魂の回廊であり、空間の風景は 人それぞれ違うようだが、代表的なものはただ白く、何もない光景だという。

 魂の回廊にはその者自身の魂か、その者と強い絆で結ばれた者同士の魂しか入ることが出来ない。

 死した者たちはそこで、次なる輪廻の輪を、幸せに待っているという。


 ……


「なるほど……まあ、あの女から聞いた話そのものだな」

「事例自体が少ないですからね」


 コモンに寄れば、魂の回廊というものが存在するというのは、人界各地から稀にそういった報告が届くからだという。多くは死にかけの老人や、魔物に襲われた者達と言った、今にも死にそうだった者たちと、俺のように寝ていたら、何度も夢で見ていたという者達からである。

 それらの話を統合し、死んだ魂の行きつく先ということになったのらしいが、詳しいことはわかっていない。

 では、何故、あの女ははっきりとそう言えたのかという問題だが、思い当たることはある。


「まあ、仮にあの女が、本物の鬼族なら、魂の管理を担っているとのことだから、魂の回廊に詳しいのも頷けるよな」

「まあ、そうですね。ただ、本物の鬼族というのも怪しいと言えば、怪しいですけどね」

「そうだな……。例えば、あの女、人界に居るのではなく、冥界に居るんじゃないか?」

「なるほど……僕たちのように、一度冥界を通って、この人界に来る魂だってありますからね。どこかで世界はつながっているのかも知れません」


 十二星天の奴らは、神族が召喚した、召喚者と、鬼族によって転生された転生者の二通りに分かれる。そのうち、転生者は別の世界で死んだ者の魂がエンマによって、この世界の者として生まれ変わらされた者たちのことである。

 そして、エンマは冥界に居て、コモンたちはエンマに一度会っていることから、転生者は、この世界に生まれる前に一度、魂の状態で冥界に行っているという話になる。そのことから、魂の世界では、人界も、冥界もつながっているのではないかという話だ。それだと、あの女は実在し、それは冥界に居るということで納得できる。


「ただ、問題はどうやって冥界に行くかなんだよな」

「行きたいんですか? 冥界に」

「そりゃ、そうだろ。実際その女に会って、会いたい奴ってのがどんな奴か聞かねえと、どうしようもできないからな」


 本当に、ややこしい依頼を引き受けたものだと思う。ただ、ここまでで取りあえず女は冥界に居るかも知れないということが分かった以上は、冥界に行ってみようと思った。実際に会って話を聞くだけでも違うからな。だが、コモンは苦々しい表情をして口を開く。


「先ほどの本のように、冥界と人界が接触を禁じて、もう数えきれないほどの時が経っていますが、未だに冥界の入り口というのがどこにあるのか分からないですからね……流石にムソウさんでも難しいかも知れませんよ」

「だよな。俺でも難しいというか、普通に無理だろ……」

「いえ、わかりませんよ。ムソウさんは冥界の波動を纏うことが出来るみたいですしね。ひょっとしたら、何かの拍子に冥界に行けるかも知れませんよ」


 コモンは先ほどの鬼族について書かれた本を差しながらニコニコしている。この本に寄れば、天界の波動も、冥界の波動も、常人には耐えられないものらしい。それほどの強さを持っているとのことだった。

 だが、冥界の波動は知らないが、天界の波動はすでに使いこなしている。

 つまり、俺は、やはりこの世界においては普通の人間ではないということだ。そんな俺だったら冥界にも行けるのではないかとコモンは言っているようだ。


「ムソウさんのスキルは神人化というよりも本当の神族そのものに近い存在になっていますからね。鬼人化も、鬼族そのものに近い存在になるのではないかと考えられます。

 その状態になることが出来れば、冥界に行ける何らかの手掛かりもあるかも知れませんよ」

「そうは言ってもな、そういう機会そうそうあるものじゃねえだろ。龍族にも神族にも、それに近しいものにも遭わねえんだからよ」


 コモンの言うことはもっともだが、俺がかみごろしのEXスキルを使うことは今まで無かった。強いて言えば、ミサキの召喚獣、ジンランと手合わせした時くらいだ。あの時は少しだけ、反応した程度のものと考えている。

 鬼人化までには至らなかったし、そういった機会も今後、ほとんどないと思われる。正直、こんなスキル、あって意味あるのかと思うようになってきた。


「敵対する神族、もしくは神人族ですか。確かに居そうにないですね」

「ああ。居たとしたら人界の危機だろ。そうそうそんな奴……あ……」


 神族と闘うことは無いだろうと考えていると、ふとそういった機会、というか、本気で神人に殺意を向けそうな気がすることが思い浮かぶ。コモンも同じことを思ったようで、ハッとしていた。


「……ダメですよ」

「何も言ってねえだろうが……」


 相手は貴族だ。しかもめんどくさい感じの、アヤメ曰く、俺がむかつきそうな。今まで、貴族を斬ってきたことはあるが、これについては本気で頑張ろうと思っているので、コモンの忠告にはそうは言いつつ頷く俺。


「ま、まあ、神人化は出来るのですから天界にもいずれ、行けるのかも知れませんね」

「そうだな。ただ、そちらに関しては、封印が……あ……」


 天界は100年戦争の折に、人族と鬼族によって封じられたということであり、こちらからも、もちろん天界からも出入りすることはできない。

 だが、これに関しても何となく思い当たることがある。先ほどと同様、コモンも何か、思い当たったらしく、俺の方、特に、無間ではないが今日持ってきた俺の刀を凝視する。


「……ダメですよ」

「だから何も言ってねえだろうが。切れ目が無かったら斬れねえんだから、そこは心配ねえだろ。というか、斬る気ねえよ」


 仮にだが、天界とこちらを隔てるものが何かしらの強力な結界だったとすると、俺のEXスキル、すべてをきるもので斬れるかもしれないという可能性がある。

 ただ、人と鬼が力を合わせ、強力な神々を封じ込めるほどの力を持つ結界、あるいは封印には切れ目なんてないのではと思っている。

 流石にコモンもそうは思っているらしいが、なんせ俺だから、ということで心配らしい。まあ、封印を解く気はないし、天界に行きたいとも特に思ってないから、する気はないがな。


「しかし、聖なる天界の波動を持つ神族が、人に忌み嫌われ、邪悪な冥界の波動を持つ鬼族がどちらかというと慕われているというのもなんだか、面白い話だな」

「そうですね。まあ、ほとんど、人界王の影響が大きいですけどね」

「だな。っと、そう言えば聞きたいことがあるんだった。聖杯って道具があるだろ? あれ、何なんだ?

 天界の波動を帯びているわけでもないが、浄化する効果があるなんてどういう仕組みなんだ?」


 ふと、気になったことがあったので聞いてみた。ゼブル討伐の折に使った聖杯。使うと、聖なる水か炎を出すことが出来、下級のミニデーモンなら一掃できる。

 また、グリドリの森のように汚された土壌も清めることが出来るといわれる。大変貴重らしいが、俺には神人化があるので代用は可能だ。しかし、どういう仕組みなのかずっと気になっていた。

 俺の言葉にコモンは頷き、説明する。


「聖杯は龍族の素材を使って作られています。龍族は聖なる生き物ですので、浄化する力を持っているというわけです」

「え、龍族ってめったにいないんだろ? どうやってそんな素材手に入れるんだよ」

「それはエレナさんのおかげですね。龍族と親交の深いエレナさんが時々持ってきてくださるので、それを使って作っています」


 エレナというのは、十二星天の一人だったな。召喚者である彼女は100年戦争で仲たがいした龍族と人族を和解させた立役者である。


 コモンによれば、龍族と特に親交の深いエレナが、時々、龍の素材を貰い、それをウィニアに持ち帰ることがあるという。神族によって生み出された龍族は、同じく聖なる波動、天界の波動を少し纏っている者も多いということで、聖杯という魔道具が生まれたとのことだった。


「龍族の素材はめったに手に入らないですからね。持ってきたときは本当に創作意欲がわいて楽しいものです」

「俺が持ってきた古龍ワイバーンは? あれも龍族だろ?」

「ワイバーンなどに代表される魔龍という種族はどちらかというと魔物の血の方が強いですからね。聖なる気配などみじんも感じません」

「龍族の血よりも強いって、どれだけ強い魔物なんだよ……」

「そうですね……今のところだと、壊蛇もその一つと言われています」


 30年ほど前に人界を襲った壊蛇というのは、龍族に匹敵、あるいはそれ以上の強さを持った魔物だったらしい。実際に、エレナも龍族達と共に立ち向かっていったそうだが、全くというわけではないが、刃が立たなかったらしい。

 恐らく、ああいった魔物の祖先と龍族の間に生まれたのが、魔龍ではないかとされている。

 ジゲンの言うように、人間も当時は強かったのだが、魔物たちもやはり今よりも強いものだったのではないかと感じる。


「なるほど。それにしても、エレナって奴のことを話すときのお前はずいぶんと嬉しそうだな。好きなのか?」


 と、何となく思ったことを聞いてみた。すると、コモンはかあっと顔を赤くさせる。


「い、いえ、そういうわけではありませんって! え、エレナさんの持ってくる素材は本当にめ、珍しいものばかりで、作る方としても楽しいなと感じているだけでして……」


 何やら慌てるようにそう言うコモン。俺は女装させられている恨みが晴れていくように、ニヤッと笑う。


「何慌ててんだ? やっぱり好きなんだろ?」

「ち、違いますって! 確かにエレナさんはお綺麗ですけど、そんなんじゃないですから!」

「別にそんなことは聞いてないって。いや、しかし、コモンにもやはり普通の人らしいところもあって何となく安心するなあ~。ミサキやサネマサと同じで親近感湧くぜ」

「そ、そう思われるのは嬉しいですが、違いますからね!」

「そこまで否定されると、エレナって奴に同情してしまうな……」

「ゔ……ムソウさんって……意外と意地悪なんですね」

「お前に言われたくねえよ。まあ、この話はまた今度ということで……」


 このまま続けると、コモンが本気で怒りそうだし、ある程度楽しめたから、もうやめた。だが、コモンの様子を見る限り、これは当たりかなと思っている。ミサキの時といい、本当にわかりやすいなと思いながら、未だ顔を真っ赤にして本を読んでいるコモンを眺めた。


「さて、と。話が若干逸れたが、やはり俺が出会った女に会うにはやはりもう一度魂の回廊というのに行かねえと今のところはそれしかないみたいだな」


 最初の疑問に立ち返って呟いた。すると、コモンは本を置き、コクっと頷く。


「ええ。ですが、行き方が分からないですよね。色々見てきましたが、行ったことがあるという話はありますが、行き方自体は載っていませんし……」

「俺が死にそうになるというのは? 一応はそれで行けそうだし」

「ムソウさんが死にそうになる状況ってどんな状況ですか? そんなの世界が滅ぶ時くらいしか想像できませんよ」


 何てこと言ってんだとコモンを見る。だがまあ、確かに俺がやばそうな時ってそれくらいしかねえよな。

 前の世界では何度も臨死体験というのはしたが、この世界に来て、俺はまた、更に強くなっている。

 そう言えば、サネマサと闘った時も、ミサキと闘った時も、流血というものもしなかったなと今にして思い返した。

 確かに、俺が死ぬようなことってそんなにないよな。というか、下手打って本当に死んでしまったら、依頼どころではなくなるからな。この案はない。


「まあ、他にも何か載っているかも知れねえから、調べていくか」

「ですね……それからムソウさん」

「んあ? 何だよ」

「……僕はエレナさんに特別な感情はありませんからね」


 椅子を立ち、更に本を取りに行こうとする俺に、コモンがそう言った。俺は、ハイハイと頷く。そこまで言うから、疑わしくなるものだと、コモンに言ってやりたい。


 ひとまず、今は仲たがいしているんだろうが、とりあえず、頑張れと心の中で念じ、俺は本棚に向かっていった。


 ◇◇◇


 その後も、コモンと二人で、冥界、あるいは魂の回廊のことについて調べていたが、結局ためになりそうな情報は無かった。

 大地と冥界が関係を絶っている以上は、情報さえ少なっているということ。仕方のないことだと二人で諦めた。

 そして、窓の外を見ると日が中天を過ぎていることに気付く。


「お、もうこんな時間か。そろそろ切り上げて、高天ヶ原にでも行くか。腹も減ったし」

「高天ヶ原を食堂のように扱うのはムソウさんくらいですね……」


 と言いつつも、コモンは頷き、立ち上がる。調べ物はここまでとして、二人で資料室を出た。

 そして、ギルドを出ようとしたところで、コモンが、あ、と何かを思い出したかのように声を上げる。


「ムソウさん、すみません。少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか」

「ん? 何だよ」

「天宝館の方々から、いくつかギルドに依頼を頼まれていまして、手続きに行ってきます」


 コモンによると、天宝館で扱う武具の強化などに、いくつかの鉱石が必要な時は、こうやって冒険者ギルドに頼んでいるということらしい。俺はコモンの言葉に頷く。すると、コモンはミオンの受付へと向かい、書類を取り出して、依頼の手続きをしていた。


 俺は取りあえず、入り口近くの酒場の開いた席に座り、コモンの用事が終わるのを待つことにした。

 店員が、注文を取ろうと近寄ってきたが、手で払って、追い返す。喋ったら、また面倒そうだなと思っているからな。俺は無言を貫くことにした。取りあえず、水だけ貰うと、持ってきた給仕の女が、うっとりと俺を見てくることに気付く。


 本当にその反応はやめてくれと思いながら、水を飲んでいた。


 すると、階段の上の方から声が聞こえてくる。


「領主殿にも困ったものだな。急に厳戒態勢を敷いたかと思うと、翌日に解くとはな」

「本当ですわ! こちらも大変でしたのよ!」


 若い男女の声だ。男の方は何か上から目線で誰かにそう言って、続いて、女の方がまくしたてるように、そんなことを言っている。それに対して、アヤメの声が聞こえてきた。


「そいつはスミマセンネ。こちらとしても、急なことでしたので、対応に追われていたのでね」


 アヤメはうんざりするようにそう言っている。ただ、言葉遣いが妙にへりくだっていることに違和感を覚えた。アヤメはどんな人間に対しても、対等な感じで喋っているのに、その者たちに関しては、そうではない。

 何者だろうと思っていると、また別の声が聞こえてくる。


「アヤメ殿がそういった態度だから、冒険者たちも腑抜けているのではないか? 我が闘宴会の者たちが対応しておればこういう事態にはなるまい」

「どうでしょうかね~。冒険者が腑抜けってことには納得できますが、かと言って闘宴会の皆様が、今回の一件を収めることが出来たとも思えませんな。何しろ相手は災害級上位の魔龍、古龍ワイバーンでしたからね~」


 挑発するようなことを言ってくるその男の言葉をさらに挑発するように、アヤメがそう言い返すと、男はフンッ! と言って、黙り込んだ。


 会話を聞いた限りだと、アヤメの話相手の中には、闘宴会の長が居るようだ。我が闘宴会と言っているくらいだからな。分からないのは、もう二つの声の主だ。アヤメすらもへりくだる相手、更には闘宴会の長の者と共に居る男女……。

 一体誰だろうと思っていると、階段の陰から、姿が見えてきた。


 案の定、アヤメと、若そうな男と女、更に大柄なおっさんが俺の目に映る。おっさんの方は、髭を蓄え、俺よりも少し大きいくらいの体格だ。

 よく見る、「闘」という文字を炎が囲んでいる闘宴会の文様が入った外套を身に着け、背中には無間よりも大きな刀を二振り背負っていた。


 若い男の方は、金髪で金目、肌は白く、少しやせ気味と言ったところか。歳はそこまでには見えない。25、6といったところかな。白い衣を身に纏っている。

 女の方は黒髪で、男と同い年くらいだ。こちらは妓女のような恰好をしている。


 先ほどまで、何者だろうかと思っていたが、男のいで立ちを見て、すぐに分かった。背中に羽が生えている。俺の神人化の時と同様に……。


 ……つまり、あの男は神人だ。ということは、ケリスとかいう面倒くさいと言われている貴族のことだなと思い、俺はため息をついた。まさかこんなところで遭うとはな……。

 闘宴会の長のような男も居るし、まず間違いないだろう。横の女は側室か? いや、側室が、主と共にここまでは来ないか。ということは正室だろうな。


 三人とも、アヤメに何か色々と文句を言っているようだが、アヤメはそのことごとくを受け流していく。慣れたものだなと感心しながらも、闘宴会と何かともめていることだし、ケリス卿という男に関わりたくないと思っていた俺は、奴らに気付かれないように、視線を逸らしていた。


 やがて、ギルドを出るのか、ケリス卿は戸に手をかけた。


「まあ、何にせよ、これからはもう少し、細心の注意をはらってことに当たるように。私もこの街の住民ということを忘れないようにな」


 なおも、上から目線でアヤメにそう言うケリス卿。アヤメは引きつった笑顔で頷く。


「ええ、もちろんですよ。何かあったら大変ですからね~」

「うむ、王都から正式にここを任されている私の身に何かあれば、主殿の責任問題にも響くからな。気を付けた方が良いぞ」

「はい、肝に銘じておきま~す」


 アヤメから伝わってくる気配は、噴火しそうな火山そのものだ。何かのきっかけで、大爆発しそうなそんな雰囲気である。

 だが、アヤメは拳を強く握りしめ、怒りを押し殺し、必死に作り笑いを浮かべている。よくやるなと思い、俺もこの状況から解放されると、ケリス卿が早く出ていけと、心の中で念じていた。


「では、我々はそろそろ……ん?」


 ……だが、ここで予期していなかった事態になる。ケリス卿が俺に気付いた。サッと視線を外すが、もう遅い。

 ケリス卿は戸から手を放し、こちらに近づいてくる。それに続き、しょうがないなという顔をする女と、ニヤニヤする闘宴会の長の男と、不思議そうに眉を顰めるアヤメも近づいてきた。

 そして、俺の目の前まで来るとケリス卿は口を開く。


「そなた、見ない顔だな。冒険者か?」

「……」


 話すわけにもいかないし、ひとまず無言でうなずき、異界の袋を取り出して見せた。ケリス卿はそれを見て、なるほどと頷いている。何故だかその顔は、少し紅潮し、口はうっすら笑みを浮かべていた。


 すごく、嫌な予感がするなと思っていると、俺のことをジッと見ていたアヤメが、三人の後ろで、何かに気付いたようにハッとし、目を見開く。

 そして、何してんだ!? という顔になり、俺の方を見てきた。どうやら鑑定スキルを使ったらしい。俺は、自分はムソウだということを知らせるために、アヤメに視線を送り、小さく頷く。

 すると、アヤメは頭を抱えて深くため息をついた。


 そんなアヤメに気付いた、闘宴会の長の男が、振り返り、口を開く。


「む? どうしたのかな? アヤメ殿。こちらの冒険者が何か?」

「……いえ、何でもありませんが……ケリス卿、こちらの者に何か?」


 アヤメは何とかごまかし、ケリス卿にそう聞いている。俺だと気づいたのに、正体までは黙っているアヤメに何となく感謝した。


 ケリス卿の方はというと、アヤメの言葉を無視し、ジーっと俺の方を見てくる。

 ……辞めてくれ。リンネに見られるのと、てめえに見られるのとはわけが違う。女でもそんなに思わないが、野郎に見られても、ただただむかつくだけだ。

 頼むから、そんな目で見ないでくれ。そして、俺が予想している行動だけは起こさないでくれ……。


 心の中で静かにそう思っていると、ケリス卿はフッと微笑み、俺の下で跪き、手を握ってきた。体中にゾクっと鳥肌が立つのを感じる。

 恐怖からではない。……いや、ある意味恐怖なのだが、それとは違う、怒りと、それから何となく、後悔という微妙な心境だ。

 ケリス卿は俺を見上げ、ニコッと笑う。


「そなたのような美しい女性は初めてだ……私はレインから来たケリス・ゴウンという。見ての通り、神族の血を受け継いだ者だ」


 聞いても居ないのに勝手に自己紹介を始めるケリス卿。背後で女が仕方ないわね、という顔をし、闘宴会の男は、俺を値踏みするかのように、嫌らしい笑みを浮かべて、じろじろと見てくる。


 そして、その後ろに居るアヤメを見ると、俺に対して、仕草で怒りを抑えるように手を上下させている。俺も面倒なことを起こしたくないので、渋々それに従い、黙ってケリスの言葉を聞いていた。


 すると、自己紹介を終えたケリスは俺の手を握る力を強くして、顔を近づけてくる。……気持ち悪い……。


「私は美しいものが好きだ。美しいものを愛し、そばに置くことを何よりとしている。だから、そなた……私の側室にならぬか?」

「……」


 ……ああ、やっぱりだ……俺はふざけたことを抜かしてくるこいつを斬り捨ててやりたいと思いながらも、グッとこらえ、首を横に振った。すると、後ろの女と男が声を上げる。


「ケリス様の求婚を断るなんて、信じられないですわ! 子をなせば、その子も神族の末裔、そして、貴女はその母親になれるという名誉があるというのに!」

「それに、冒険者をやっていても、手に入らないような大金を手にすることが出来る。一生遊んで暮らせるというのになあ」


 などと、言いながらケリスの求婚に応じようと色々と説得というか、ヤジを飛ばしてくる。

 正直なところ、なろうと思えば今すぐにだって神人になれるし、金にも困っていないから、そんなこと言われても何の魅力もない……そもそも、こいつに魅力というものを感じないから、例え俺が本物の女でもこの話は断るだろうなと思い、あーだこーだと言う二人の言葉を無視していく。


 どうしたものかと思っていると、コモンが、手続きを済ませたのか、こちらに近づいてくるのが見える。コモンは俺達の様子に気付くと、ハッとして、少し急ぎ気味でこちらに来た。


「え~っと……皆さんお揃いでどうされました?」


 コモンが近づき声をかけると、ケリス卿はじめ、アヤメもパッとコモンの方を向いた。


「あ、アンタは、十二星天の――」

「コモンか! ちょうどいいッ! 聞きたいことがある!」


 闘宴会の長の男の言葉を遮り、アヤメがそう叫ぶと、コモンを連れて少し離れる。そして、二人でコソコソと何かを話しだした。時折、俺の方をチラチラと見たり、指さしたりしている。どうやら今の俺について、色々と聞いているようだった。


 しばらくして、またもガクッと頭を抱えて、深くため息をつくアヤメ。コモンも何か困ったような顔をしている。そして、皆に気付かれないように俺に視線を向けて、小さく頭を下げた。


 散々面白がっていたが、ようやく反省してくれたか。だが、もう遅いぞ、とコモンをジトっと睨む。コモンは再度俺に頭を下げて、近づいてきた。


「え~っと、ケリスさん……少しよろしいですか?」

「……ほう、“鍛冶神”殿。何か私に用かな?」

「話は聞かせていただきました。ですが、そちらのムイさんは近く、レインの方に戻られる予定ですので、すぐに返事というのは難しいですよ?」


 コモンは俺の偽名まで用意し、嘘をついて、何とか俺からケリス卿を遠ざけようとしている。コモンの言葉にケリスはハッとし、パッと俺の方を向いた。


「それは……まことか?」

「……」


 俺は何度も頷く。早いこと、あきらめてどこかへ行ってくれと念じながら、強く頷いた。すると、ケリス卿はそうかと頷いた。ようやく諦めてくれたかと思っていると、何やら思いついたように顔を上げる。


「では、そなたが振り向くまで、私は毎日、ここに通うとしよう。そなたが私を受け入れてくれるまで、何度も、何度も……。

 だから、その間だけでも待ってはくれないか?」


 うわあ……気持ち悪い! なんで、好きでもない奴に毎日会わねえといけないんだよ!

 ……と、女は思うだろうな。こいつはそれが何故分からないのだろうか……。ちなみに俺は、ただただ、この場でぶっ飛ばしたら早い話なのに、と思いながらも、むかつきを我慢する。

 そして、毎日ここに来られても、迷惑な話だよなあと、どう返事をして良いのか分からず、アヤメの方をちらっと見た。すると、アヤメとコモンは、頷いている。……え、受け入れろってか?


 少し、疑問に思ったが、二人に従い、俺はケリス卿の言葉に頷いた。すると、ニコッと笑うケリス卿。 そして、背中の翼から、羽を一枚取り出し、俺に手渡してくる。


「ありがとう、ムイ。これは感謝の気持ちだ。私とそなたの愛の証だ。受け取ってくれ」


 ケリス卿は強引に俺にその羽を掴ませた。叩き返すわけにもいかないので、ケリス卿に頷き、羽を受け取る。すると、フッと笑って、俺の手に口づけをするケリス卿。


 またも全身が総毛立つ感覚が襲ってくる。今度こそこいつを本気でぶっ殺してやりてえと思いながら殺気をふりまこうとするも、遠くからアヤメとコモンが、抑えてと仕草をする。俺は深呼吸して、怒りを鎮めていった。


 ケリス卿……いや、この馬鹿面は、立ち上がり、俺の顔を見て、口を開く。


「では……また明日ここで会おうぞ」


 そう言い残し、俺を見て何かイラついたようにフンと鼻息を荒くする女と、未だニヤニヤしている闘宴会の長の男を連れて、ギルドを出ていった。


 残されたのは、気まずそうな顔でこちらを見てくるコモンとアヤメ。そして、馬鹿に口づけされ、汚れた指を見つめる俺。


 俺は奴らがギルドから離れていったことを窓を覗き、辺りの気配を探って確認する。近くにはもうすでにいないということを確認すると、異界の袋から無間を取り出して、構える。


 ―おにごろし発動―


 俺は神人化し、光葬雨を自分に……特に奴に口づけされた手に重点的に降らせる。一刻も早く浄化したかった。綺麗にしたかった。

 せっかく、サヤやカンナに「綺麗な、そして温かい手」と言われたのに、汚しやがって!と光葬雨を浴び続ける俺。


 そして、もう良いだろうと思い、神人化を解き、無間を収めた。椅子に座り、コモンをジロッと睨む。


「……何か言いたいことは?」


 コモンにそう言うと、ばつが悪そうに、俺に近づき、頭を下げた。


「本当に……すみませんでした。……今回ばかりは……反省しています」

「ったく……」


 俺はコモンの頭を軽く小突く。コモンは再度、すみませんと頭を下げた。ここで、こいつに八つ当たりをしてもしょうがないと言って、お仕置きはそれだけということにしておいた。


「いや……すまなかったな、ムソウ」


 すると、こちらもばつが悪そうに近づくアヤメ。こいつに関しては、今日ここにこんな格好して来た俺の方に問題があるだろうなと思っているからそこまで怒ってはいない。

 むしろ、俺のことを言わなかっただけ、感謝こそしている。俺は気にするなとアヤメに伝えておいた。


「しかし、良かったのか? あのくそ野郎、明日から来るってよ……」

「ああ、それは問題ないと思う。ムソウがその恰好を辞めればいいだけの話だからな。どこへ行ったのかと言われても、知らんと言えば良いだけの話だ。

 冒険者は自由なものだからな」


 あ、なるほど。本来、ケリスの屑の、節穴となった目に映った、ムイという女は存在しない。俺が女装しているだけだからな。俺が女装を解けば、何の問題もなかったというわけか。あの短い間によくもまあ、そこまで考えられたものだ。

 ……いや、よく考えれば俺だって思いつくことだな。いっぱいいっぱいで気が付かなかった。


「……にしても、噂以上のボケだったな、ケリス卿」

「ああ。やはりお前はそう言うと思ったよ……本当にすまなかったな」


 再び頭を下げるアヤメ。俺とケリス卿が接触しないようにと便宜を図ってくれていたのに、それさえも不意になってしまった。明日からギルドを訪れるということは、会う可能性が増えたということだからな。俺にとって面倒なことが増えるとアヤメは反省しているらしい。

 だが、今回は本当にどちらかと言えば、俺が悪い。こんな格好で、ここに居たのが間違いだった。声が聞こえてきた時点で、ケリス卿というのは察しがついていたはずだ。その時点で、ここを離れればよかったのにと俺も反省した。


「いや……アンタは気にすんなって。今回は俺にも非がある。

 ……だから、詫びと言っては何だが、古龍ワイバーンの素材、お前が相場の倍で買い取るという話だったが、タダで渡すことにする。好きに使ってくれ」


 アヤメにも負担をかけてしまった、せめてもの償いにと、素材の件はそうすることにした。すると、アヤメは頭を上げる。


「良いのか?」

「ああ。問題ない」

「……ありがとう、ムソウ」


 アヤメはそう言って、俺と握手をする。ひとまずこれで、今回の一件はチャラだなと思い、皆で笑った。そして、景気づけにと、ケリスのボケから受け取らされた羽をコモンに渡した。


「コモン、これを燃やせ。派手にな」

「え、神人の素材って珍しいのに……」


 ……こいつ、全ての元凶はお前だと言っても過言ではないというのに、そんなことを言いやがって……。思わず言葉が出なくなったじゃねえか。気持ちはわかるが、こんな気持ちの悪いものをずっと持っておきたくないと言って、コモンに詰め寄った。


「良いから燃やせ。気色悪い……」

「はあ……わかりました……青焔華」


 コモンは羽を宙に投げると、手のひらから青い炎を出した。羽が、炎に包まれると、シュッと音を立てて、燃え尽きていく。

 これで、何もかもすっきりしたなと伸びをする。にしても、神人の羽というのは、俺のと違って、抜けるんだな。背中から直接生えているみたいだったし、やはり、俺の神人化は何か違うんだなとぼんやり思っていた。


 すると、アヤメが俺の格好を改めて眺めながら口を開く。


「にしても、コモンから話は聞いたが、ずいぶんと変わるものだな。実年齢よりもだいぶ若く見えるし、今なら本当に女にも見えるぞ」

「テメエだって似たようなものだろうが。俺とそんなに歳が変わらないなんて思えねえよ」

「ハハハ! そう言ってくれるのはありがたい。何だかんだ俺も女だからな。ただ、髭を剃ると変わるのはお前もジロウも同じだな」

「へえ。ジロウもそうだったのか」

「ああ。ジロウの叔父貴は強面だったからな。まだ小さかったナズナとかが怯えるから、剃ればと言って剃らせたら、急に若返ったような顔になったよ。

 ただ、あいつはひげだけでなく、目の色も普通の人とは違うからな。それでも迫力というものはあったが……」

「どう違うんだ?」

「片目ずつ瞳の色が違ったんだよ。右目は相手を威圧する赤い目、左目は皆を優しく包み込むような緑色をしていてな。ジロウの人間性を表しているようで、俺は好きだったよ」


 アヤメは懐かし気にジロウを語る。珍しい感じの顔をしているんだな。緑色の目というのは、精霊人のものと似たようなものかな。あの目は確かに優しく、安心感を覚えるから良いなと思っている。“大侠客”とか、“刀鬼”と謳われたジロウを表すというのは良いなと思った。


 そして、アヤメは俺のこの女装については特に何も思っていないらしい。面白いなとは思うが、ミオンの言った、潜入依頼もあるし、こういったものはよく見るという。俺よりも女に見える冒険者も居ることだし、今更、俺を見ても何も思わないと笑った。


 ああ、こういう反応だと、嬉しくなるな。特にイラつかないし、困りもしない。この反応が正解なんだなと思い、アヤメにそうかと頷く。


 ……さて、アホ貴族の所為で、色々とあったが古龍ワイバーンの素材のことも全て丸く収まったことだし、時間も少々経っている。コモンと共に、アヤメに別れを言って、俺はツバキたちの待つ高天ヶ原に向かった。


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