第164話―女装をして街を歩く―
さて、コモンと共に下街を歩いてくが、道行く人間は俺の方をチラチラと見てくる。こういう時、たいていはコモンの方だけだが、今日はコモンを見た後に、俺を見ているということに気付く。
そして、何やらヒソヒソと話している声が聞こえてきた。
「あれ、コモン様よね。十二星天の……」
「ええ。じゃあ、あの隣の綺麗な人は、誰なのかしら……」
「ひょっとして、コモン様の恋人とか?」
などと、あられもないことを言っては再度こちらを眺めている。勘弁してくれと思いながらコモンを見ると、何やらニコニコと笑っていた。
「すごい話になってますね~」
「笑ってる場合かよ……お前……やはりこの状況を楽しんでいるな?」
コモンはいまさら何を、というきょとんとした顔で俺を見上げる。一つため息をつき、歩いて行く。
「それで、調べものというのは?」
「ん? ああ、魂の回廊っていうのと、この世界に置いての鬼族、もしくは鬼人についてだ。何も分からなかったらそれまでだがな」
「魂の回廊? ……ああ、死んだ人の魂が行きつく先ってもので、偶に寝ていたら行けるんですよね。ムソウさんも行ったことが?」
「ああ。ただ、少し様子が違うみたいだからな。それについて調べる予定だ」
コモンはわかりましたと頷く。流石に十二星天と言えども、この世界でもそこまで広まっていない魂の回廊についてはコモンも、よく分からないようだ。ということは他人の魂の回廊に行ったなんて話しても分からないだろうな。
取りあえず、ギルドではどのようなものなのかということを中心に調べていこう。
そして、鬼族や鬼人については、あの女がそうであるようなので、本当に人界王しかいないのかというところと、過去に居たのか、居なかったのかという辺りを調べる。あの女の手がかりがあるかも知れない。見つかれば、会いたいと願う、大切な人という者の情報も分かるかも知れないからな。
一応、今日はその二点について調べる。正直、もう一度あそこに行って、女からすべて聞いた方が早いのだが、行き方が分からないからな。運よく、それも分かれば、言うことは無い。
さて、下街を抜けると、花街の門に着く。そういや、入れるのかなと思っていると、門番はコモンの姿を見て、ぎょっとする。コモンはササっと門番に近づき、話しかけていた。
「どうも、天宝館館長のコモンです。通してくれますよね?」
「て、てめえは、十二星天か!? 何でこんなところに!?」
「どうでもいいですよ、そんなこと。それより、僕と、あの人……通してくれますよね?」
コモンはそう言って、手を掲げる。すると、青く揺らめくものが掌に浮かんだ。凄い熱気を感じる。どうやらEXスキルを使って高温の炎を作り出したようだ。
門番たちは熱によってか、コモンの迫力に押されたかで、汗をだらだらとかきだし、コモンの言葉に従った。
「賢明な判断ですね」
コモンはフッと微笑み、炎を消した。その直後、ドサっとしりもちをつく門番を尻目に、門へと歩いて行く。俺はその後についていった。
「いつも、ああやっているのか?」
「いいえ、いつもはあそこまでしないのですが、今日はムソウさんが居ますからね。普段のムソウさんではなく、女装したムソウさんなので、長引きそうだなと思いまして、少し、強引に行きました」
あ、そう言えば、門番の奴ら俺を見ても特に動じていなかったよな。というか、コモンでいっぱいいっぱいだったような気がする。確かに、穏便にいって、あのまま俺のことを調べられて、俺に女装癖があると思われても、腹立つだけだからな。コモンのとった行動は正しいか。
にしても、こいつ、例のケリス卿が天宝館を乗っ取ろうとしたときの話同様、涼やかな顔をして、結構恐ろしいことをする奴なんだなと改めて思った。本当に味方で良かったとつくづく思う。
門を抜けて花街を歩いて行くが、下街同様、チラチラと見られるのは変わらない。さっきはまだ良いが、ここに居るのはほとんど妓女目当てに来た貴族や冒険者達の色ボケどもだ。
「どこの店のだ?」
「名前だけでも……」
などと聞こえてきて本当に鬱陶しいし、気持ち悪い。流石に十二星天が連れている女には手を出さないのか、奴らは遠くから眺めるだけで、近づこうとはしなかった。
「いやあ、僕が居て良かったですね」
「ことの発端が何言いやがる」
「発端は僕じゃないです。たまちゃんですよ」
よく言うぜ、と頭を掻く。テメエもノリノリだったじゃねえかと言いたい。やはりというべきか、ミサキと仲が良いだけのことはあるな。こういうところは本当にそっくりだ。
そんなことを思いながら歩いて行くと、高天ヶ原の前で掃除をしているリンネが目に入ってきて、立ち止まる。
やはり、居るのか……このまま会ったら驚くよな……。
ただ、今日も妓楼に行くということで、手紙を渡さないといけない。どうしたものかと思っていると、コモンがリンネに近づいていく。
「あ、リンネちゃん。昨日ぶりですね」
「……!」
コモンが声をかけると、リンネは振り返って、タタッとかけてきた。そういや、昨日天宝館で二人一緒だったもんな。すでにツバキとも顔見知りらしい。
リンネはコモンに近づくと、深く一礼する。挨拶をしているらしい。俺の知らないところで、リンネは成長しているなと感慨深く思っていると、ふと、リンネはコモンの後ろに居た俺と目が合った。
「……?」
リンネは不思議そうな顔をして、近づいてくる。そして、俺の顔をジーっと見てきた。何だろうと思っていると、スンスンと俺の体を嗅ぐ。
「……!?」
すると、目を見開いて、パッと俺の顔を見てきた。どういうことなのだ、という顔をして、固まっている。
どうやら、俺だと気づいたらしい。俺はしゃがんで、リンネの頭を撫でた。
「……まあ、お前の気持ちはわかる」
「……!」
俺の声を聴くと、更にリンネは驚いて、不思議なものを見るような目で俺を見てきた。だが、慣れたのかどうかは知らないが、すぐに俺の手を自分の頬に当てて、ニコッと笑うリンネ。
こいつの中でどういう葛藤があったのか知らないが、取りあえず落ち着いたようで何よりだ。
「今日も、昼過ぎに来るからよ。こいつを渡しておいてくれ」
そう言って、懐から手紙を渡すと、リンネは大事そうに受け取り、何度も頷いた。
「土産もってきたからな。楽しみにしてろよ」
「……!」
異界の袋を持って、そう言うと、リンネは更に表情を明るくさせて、俺に抱き着いてくる。そっとリンネの頭を撫でて、高天ヶ原を後にした。
「すごいですね、リンネちゃん。ムソウさんがそうなってもすぐにわかるんですから」
「まあ……それでも悩んでいたみたいだがな」
「でも、本当にムソウさんのことを信頼しているんだなって僕にも伝わってきて、何かほっこりしましたよ」
コモンの言葉に、まあなと頷く。俺も正直、見てくれが変わってもああやって、普段と同じように、俺に会うことを心待ちにし、懐いてくるリンネがとても嬉しかった。
しばらく会っていなかったこともあるし、今日はたくさん、遊んでやろうと思いながら、花街を抜けていった。
上街に着くと、ここでは何事もなく門を抜けられるので、安心していたが、今日に限って、門にはショウブが居た。ショウブは自警団の者の指揮を執っているようだ。俺達が近づいてくと、ショウブはコモンに気付く。
「む? コモン殿か。今日は休みと聞いたのじゃが……」
「あ、はい。そうなのですが、少しギルドに用事がありまして……この方と」
と、コモンは俺を差す。俺はなるべく顔が見られないように、袖で顔を隠した。ショウブは誰だか分からないような顔をして、きょとんと、俺を見てくる。
「見ない顔じゃの。コモン殿の恋人か何かか?」
「いえ、そんなことはないです。ショウブさんも会ったことある方ですよ」
「妾も? はて……どなたかの……」
そう言って、ショウブは俺の顔をまじまじと見ながら、俺が誰かを必死に思い出そうとしている。
やめてくれ、と心の中でコモンに何度も訴えたが、俺の思いは届くことも無く、コモンはニヤニヤしながらその光景を眺めていた。
だが、しばらくすると、ショウブは観念したのか、コモンの元に向かう。
「だめじゃ! 思い出せん! このような綺麗なおなごは見たら忘れるはずないんじゃがの。四天女でもないし、誰なのじゃ?」
自分に詰めよってくるショウブに、コモンはフッと笑う。
「わかりませんか? 以前戦ったと聞いたのですが……」
「妾が? この者とか?」
「はい。追い詰められ、空から億の刃を浴びせたが、ことごとく切り伏せられたと楽しそうに語っていた覚えがあるのですが……」
コモンがそう言うと、ショウブは再度パッと俺の顔を見て、ササっと近寄って、ジーっと俺を眺め出す。そして震える指で、俺を指さした。
「お、お主……ムソウ殿……か?」
驚いた表情をする、ショウブの言葉に、静かに頷く。すると、ショウブと、周りに居たショウブ一家の者たちが、固まり、皆俺の方を見た。
「な、な、な、なにがあったのじゃ? あれか!? 依頼か!? 依頼なのか!?」
「……俺にも分からない」
「うわっ! 声だけは太いぞ! やるならもう少し本気でせんか!」
ショウブの声色はいつしか、怒号のようなものになっていく。何故、俺が怒られなければいけないのかと理解できなかった。
「何怒ってんだよ……良いだろ、別に」
「良くない! 何故男なのに女の妾よりも、その、う、う、美しいのじゃあ~~~!!!」
そう言って、ショウブは半泣きの状態で、俺の腹をぽかぽかと殴ってくる。駄々をこねる子供みたいだなと思っていると、われに返った、固まっていたショウブ一家の者たちが、ショウブを引きはがす。
「お嬢! 落ち着いてくだせえ! いくら美女に見えても、中身はムソウの旦那だって!お嬢には敵わねえって!」
「放せ! 中身がどうだろうと、美しいのには変わりないじゃろうが!」
「そんなことありませんって! お嬢も美しいですよ!」
「嘘を言うでない! それなら聞くが、妾みたいな者と、今のムソウ殿のような女人、街であったら口説くのはどっちじゃ! 答えてみよ!」
「「「「「それは……」」」」」」
「そらみろ~~~~!!!」
自警団の答えが、気に入らなかったのか、ショウブは更に力を入れて、男たちを引きはがさそうとする。おい、もう少し頑張れよ、ショウブ一家。
今の回答、俺だって少し嫌だぞ。そこは根っからの女であるショウブだってはっきり言ってくれよ。
「くっ……お嬢の力半端ないな! ムソウの旦那……いや、姐さん! ここは俺らに任せて行ってくだせえ!」
「おい待て、誰が姐さんだ!」
「お嬢は何とか抑えてなだめておきますので、ここは離れてください、姐さん!」
全く、俺の話を聞いてない。俺は仕方ないなと思い、腹を抱えて笑っているコモンと共に、その場を立ち去っていく。後ろから、ショウブの
「は~な~せ~~~~!!!」
という悲痛な叫び声が聞こえてくるが、気にしなかった。
あんなショウブ、初めて会っとき以来だなと思いながら頭を抱える。帰る時までには落ち着いてくれと思いながら、俺は未だに笑っているコモンと共にギルドを目指していった。
◇◇◇
ギルドに着くと、目に入って来たのは多くの冒険者達だった。珍しいなと思いつつ、よく見てみると、闘鬼神の奴らも居る。
昨日の要請から、もう戻ってきたようだった。近づいていくと、ミオンが金を渡しているのが目に入る。
「はい、こちらが要請に応じた方々への報酬となっております」
「ああ、ミオンちゃん、ありがとな」
「いえいえ、こちらこそ、お忙しい中、ありがとうございました」
「まあ、要請があったのに行かなかったじゃ、頭領にどやされるからな」
などと、会話が聞こえてくる。昨日感じたことに引き続き、理由はともかくも、俺が不在でもきちんと冒険者の仕事をしているのは何よりだと感じた。
「それに、頭領の知り合いってのにも、会えたからな。行って良かったぜ」
と言って、闘鬼神の冒険者は横に居た大柄な男を先頭にした、冒険者の集団を指さす。デカい男は大きな斧を持っているようだ。俺の知り合いとのことだが、誰だっけと思っていると、男が口を開く。
「ふむ。ムソウ殿が、この街で冒険者を囲っているのはツルギ達から聞いたが、その一団に会うとはな。全く以って不思議な縁だ」
「だな。スライムの時には世話になったが、今後もムソウさんや、アンタらと一緒に戦えたらいいなと思っている。そん時はよろしく頼むぜ」
男と、そばに居た冒険者たちは闘鬼神の面々にそう言って、固く握手をしている。
あ、思い出した。デカい斧を持ったこの冒険者は、シンムの里で一緒にスライムを殲滅したフゲンだ。他の冒険者も見覚えがある。あの時一緒に戦った奴らか。
なるほど、シンムの要請に応じたのは闘鬼神だけではなかったのか。ツルギ達同様、こいつらも真面目に依頼に取り組んでいるようで、安心しつつ、元気そうで良かったと思った。
そして、俺の部隊の奴らとも意気投合しているみたいだし、これからも良い関係が築ければと思う。
さて、冒険者たちがミオンとのやり取りを終えると、振り返る。すると、俺達に気付いた。先頭に居た闘鬼神の男はコモンに寄ってくる。
「お、コモン様、お疲れっす」
「どうも、お疲れ様です。依頼の帰りですか?」
「そうっす。昨日、連絡を受けて、夕方ごろにシンムを出て、さっき帰ったばかりなので、今日はもう家に帰って休みます」
「ゆっくりされても良かったのに」
「いやあ~、緊張が一気に解けたら、皆でたまちゃんの飯食いたいなって即、帰ることにしたんで……」
「なるほど、分かりました。では、また夜に会いましょう」
男は、ウッスと言って、コモンに笑って頷く。すると、コモンは次に、フゲンたちの方を向いた。ツルギ達と同様、コモンを見ながら、驚いているような表情のフゲンたちに、コモンはニコッと笑う。
「え~っと、貴方たちも、ツルギさんと同じく、ムソウさんの知り合いの冒険者の方々ということでよろしいのですか?」
「え、知り合いというか、一緒に戦ったっていうか……」
「でしたら、こちらを。ツルギさんたちにも渡しているので」
そう言って、コモンは懐から天宝館の紹介状を取り出し、フゲンたちに渡した。おずおずと受け取ったフゲンが書面を見てますます驚いている。
「い、良いんすか!? こんなもん、受け取れねえって! というか、コモン様とムソウ殿の関係って……」
「仲間ですよ。だから、ムソウさんがお世話になっている方々に、礼を尽くすのは当然ですから。何か素材が入ったら、ご指名待っております」
コモンはそう言って、ニコリと笑う。フゲンは未だに信じられないながらも、十二星天にここまで丁寧な対応をとられると、断るに断れないと言って、分かりましたと頷いた。他の冒険者たちも同様の対応をとっている。
俺は少し心配になり、コモンに近づき、肩を叩いた。
「良いのか? こんなこと皆にやっていたら、お前の仕事が増えるだけだろ?」
「良いんです。前にも言いましたように、こういう仕事の方が楽しいですから」
コモンは、貴族や王城の仕事や、会ったことも無い実力者の装備を鍛えるよりは、俺や、俺の知り合いたちの役に立つ仕事をしている方が、よほどやりがいがあるとのことらしい。俺はコモンの言葉に頷いた。
「分かった。俺からはもう、何も言わねえよ」
そう言って、コモンから離れる。すると、闘鬼神の男が、俺を指さした。
「ところでコモン様。先ほどから気になっていたのですが、そちらの綺麗な方はどこのどなたで?」
あ、しまった。俺は今女装しているんだった。こんなところで、俺がムソウだと気付かれるのは絶対にマズイ。屋敷の奴らは帰ったらわかることだから良いが、フゲンたちは共に戦い、信頼しあう仲間たちだ。そんな相手に、変態だと思われたくない。どうしようかとこちらを振り向く、コモンに対して、首を横に振った。
「え~っと……こちらの方は、ちょっとした知り合いでして、今、この辺りを案内しているのですよ」
コモンは何とか俺のことをごまかした。よくやったとコモンを心の中で褒めると、冒険者たちは納得しているようだった。
「なるほど、そうっすか。ではお気をつけて」
「ええ、皆さんもごゆっくりとお休みくださいね」
コモンがそう言うと、闘鬼神の奴らとフゲンたちは離れていく。俺だとバレなくて良かったと胸をなでおろし、奴らがギルドを出たことを確認すると、口を開く。
「ふう~、すまないな、コモン」
「良いですって。流石にここじゃ、貴女がムソウさんということを話すわけにはいきませんよ」
と、コモンはニコッと笑う。ここはギルドだからな。下手をすれば、冒険者ムソウは女装の趣味があると広まりそうで怖い。
コモンの機転の良さに安堵し、改めてミオンの方に向かった。俺が話しかけるわけにもいかなかったので、コモンが声をかける。
「ミオンさん。ちょっといいですか?」
「はい。あ! コモン様、いらっしゃいませ!」
「どうも。資料室ってどこにあります?」
「え~っと、あちらですが、何かお調べに?」
「ええ、ちょっと。あっちですね、分かりました」
コモンはミオンに頭を下げて、ミオンの差した方向へと向かう。そして、俺も後をついていった。すると、後ろからミオンに声をかけられる。
「あ、ムソウさん、少し待ってください」
「ん? 何だ?」
何かあったのかと振り返ると、ミオンはクスクスと笑っている。
……あ、しまった。つい名前を呼ばれたので振り返ってしまった。コモンも口をあんぐりと開けて、呆然としている。
ミオンは改めて俺の正体を確認すると、ニコッと笑って口を開いた。
「やっぱりムソウさんだったんですね」
「あ、ああ。よく分かったな……」
「コモン様とあのようにお話しされるのは、この街でアヤメ様かムソウさんくらいですから」
ミオンはどうやら、俺とコモンの会話を聞いて違和感を抱いていたらしい。十二星天に砕けた感じで接するのは、俺かアヤメくらいのこと。
現在、アヤメは上で仕事中だということらしいので、この女が俺なのではないかとかまをかけたらしい。流石、アヤメの部下だ。抜かりないな。
「それにしても、その恰好は何なんですか? 潜入依頼か何かありましたっけ?」
「そんなのあるのか?」
「はい、潜入依頼というのは、変装、もしくは擬態スキルを使用し、敵を欺いて、巣の中から魔物を一網打尽にするというものです」
ミオンによれば、人族の女の中から慰み者として襲う魔物も居る。代表的なのは、オークやゴブリンといった、人型に近いような魔物だ。
そういった奴らを一気に殲滅するべく、綺麗な女に見えるように化粧をするか、擬態というスキルを使って、女の体に擬態する冒険者たちも多くいるという。
敵の中に単身で向かうことになるので、よほどの熟練者でなければ、やらないが、その分、敵を多く倒せるということと、近くに被害が出づらくなるということから、こういった依頼は多くあるらしい。
へえ、見たことは無いが、そんなのもあるのかと感心していると、背後でコモンが口を開く。
「あ、だったら、次に女装してもらう時は、そういった依頼を持って来ればいいですね」
「何でだよ。俺だったら今のところ必要ねえだろ」
ばかばかしい提案をしてくるコモンにそう言うと、あ、という顔をして、そうですね、と頷く。俺に関しては別に変装なんてしなくても、充分、殲滅という形で群れ討伐の依頼をこなしているからな。
なら、どうしてそんな恰好を、という顔のミオンに、ことの仔細を話す。全て話し終えると、ミオンはそうですか、と頷いた。
「ムソウさんて、お優しいのですね。それに、その恰好も充分お似合いですよ」
「馬鹿言うなって、もう二度としねえよ」
「あら、それは残念です。まあ、何はともあれ、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとよ。……で、話って?」
「はい、アヤメ様からの伝言というか、頼みなのですが、古龍ワイバーンの素材、少しで良いから分けてくれないか、とのことでして……」
そう言って、ミオンは何か書類を渡してきた。そこには古龍ワイバーンの各素材名と、必要な個数、そして値段が書いてある。コモンに確認すると、相場の倍以上の金額を提示しているようだ。
昨日、断ったはずだが、そんなに欲しいのかと頭を抱える。一応は俺達の装備の為なんだが……。
そう思いながらも、ちらっとミオンの方を見る。ミオンは、どうにかなりませんか、という目で、俺を見ていた。ミオンはアヤメのことをすごく大切な主として見ているからな。
そんな目で見るなと思いながら、コモンと話し合う。
「昨日頼んだ分だけの装備を作るとして、この書面のものは足りそうか?」
「え~っと……はい、大丈夫です。問題ありません」
「そうか。……はあ~、どうしたものかなあ……」
「僕としては、お渡しした方が良いと思っていますよ」
「あ? 何でだよ」
「今回の取引は、ギルドを介したものではなく、ムソウさんとアヤメさん個人同士で行われるものです。アヤメさんに借りを作るという意味でお渡しした方が、後々何かあったときに良いかも知れませんよ」
ほう、顔に似合わず、面白い考えをするな、コモンは。確かに今回の一件は依頼でない以上、古龍ワイバーンの素材は倒した俺だけのものだ。ギルドも何も関係ない。
だから、この素材をどうしようと、俺の思いのままだ。そんな素材をアヤメ個人が欲しいと言ってきている。なら、渡すかどうかも俺の勝手だ。アヤメに渡さずに他の奴に渡すか、最悪捨てたっていい。
だから、ここでアヤメに渡せば、それはアヤメに対して俺からの借りということになる。それなら、今後面倒なことが起こったときに、何かと融通が利きそうだな。俺はコモンに頷いて、書類を渡した。
「じゃあ、コモン。ここに書いてある素材、アヤメに渡してやれ。金は普通の相場でいい」
無理に高く払われても仕方ないからな。それでは貸しにならない。コモンはコクっと頷く。
「かしこまりました。では近いうちに素材を持って伺います。よろしいですか、ミオンさん」
「はい! ありがとうございます! やっぱりムソウさんって、お優しい方ですね!」
俺とコモンの少し汚い考えを知るわけもなく、ミオンはニパっと笑って、俺達に礼をする。俺は気にするなと言って、コモンと共に資料室に向かった。うっすら笑みを浮かべながら。
……後になって、アヤメではなく、ミオンを騙した気になってきて、コモンと共に少しだけ悪いことしたなと後悔した。




