第163話―変な展開になる―
「そう言えば、この旅の最中か、その前かは分からないが、誕生日を迎えたらしい……」
飯を食っている皆に言うと、皆はパッと動きを止めて、箸を置き、こちらを見てきた。やはり驚いているようだ。コモンまでも目を見開いて、俺の顔を見ている。すると、ジゲンが立ち上がり、こちらに来て、顔をまじまじと見てきた。
「……ふむ、確かに年齢が変わっておるのお」
どうやら鑑定スキルを使ったらしい。ジゲンはスッと背筋を伸ばし、微笑みながら手を叩く。すると、皆からもパラパラと手を叩く音が聞こえてきた。
「おめでとう、ムソウ殿」
「頭領、おめでとう!」
「おめでとうございます! 頭領」
「いや~、いくつになったんすか?」
「頭領、見た目若いからなあ~」
「おじちゃん、おめでとう~!」
「おめでとうございます、ムソウさん」
皆から祝いの言葉が、次々とあげられてくる。なんだか照れ臭くなるが、やはり嬉しいなと思い、皆の言葉に応えた。
「ありがとう、皆。俺としては、また一つ老けたんだなと思い、だんだんと“死神”の鎌に近づいているような気になってきたりして、若干複雑な思いだが、こうしてみると、嬉しいよ」
「“死神”はお主じゃろう、ムソウ殿。それに儂に比べれば、まだまだこれからじゃの」
ジゲンは皮肉交じりにそう言って、ニコッと笑う。チャブラの爺さんと婆さんに言われたこととほとんど同じだな。にしても、俺のことをいつまで“死神”と呼べば気が済むのだろうか……。
まあ、良い。ジゲンにありがとうと言っていると、たまが駆け寄ってくる。
「それでさ、おじちゃんいくつになったの!?」
「さてな。幾つだと思う?」
たまは、頭を抱えて俺の歳を考え出した。他の者たちも、頭をひねっているようだ。これは面白そうだなと思い、取りあえず、皆に俺の年齢を当てさせた。ジゲンとコモンは置いておいて、一応、鑑定スキル禁止ということにし、俺の年齢を当てさせる。
すると、たまが冒険者や女中たちの方に行って、ひそひそと話をし出した。
「おじちゃんて、見たかんじよりも若いと思うんだけど、どう思う?」
「ひげがあるからなあ。確かに老けては見えるが、ジゲンの爺さんよりはかなり下らしいからな」
「ええ、少なくとも五十台ということは無いでしょうね」
「下手すりゃもっと下だな。三十台か……」
「う~ん……頭領見たり、ここの領主見たりしていると、その辺りの感覚狂うよな……」
「え! りょうしゅさまもおじちゃんみたいなの?」
「ああ。若そうだが、実年齢はもっと上だった。ちなみに、ショウブって女も居るんだが、見た目は、たまちゃんよりも少しお姉さんという娘っ子なのだが、年齢は三十いってたな……」
「あれは驚いたな……だから頭領も見た目以上の歳だと思うが……」
「てことは三十台くらいだよな……」
……ほう、皆から見た俺はだいぶ若く見えていると考えられる。本当の年齢を知るジゲンとコモンは皆の話を聞きながらにやにやとしているようだ。本当の年齢を言おうかどうか悩むところだが、嘘をついても仕方ないと思っている。
そうやって、しばらく皆の会話を聞いていると、たまが皆に頷き、俺の顔を見る。
「えっとね、みんなと話したんだけど……おじちゃんは35歳!」
「惜しいな。正解は……今年で四十だ」
年齢を答えるとたまを始め、皆は目を丸くした。
「え!? 四十!? 見た目よりも若いとは思っていたが、四十とはな……」
「頭領、見た目老け過ぎだって! なんかもったいないなあ」
などと、冒険者たちから声が上がる。そうは言われてもなあと頭を掻いていると、ジゲンがニコッと笑って口を開く。
「ムソウ殿が老けて見えるのは、この髭の所為じゃろうな。何でも、剃れば、それ相応に見えるらしいとのことじゃし、下手をすれば、女にも見えるそうじゃ」
「あ! 私もその話、きいた! きちんとすれば、女の人に見えるって!」
たまも、ジゲンに続いて口を開く。皆はパッとこちらを見てきた。何を言いたいかわかっている。伊達に、いたずら好きな妻をもっていたわけじゃないからな。
「へえ~! 頭領、ひげ剃ったら、女にも見えるのか! じゃあ、誕生日も迎えたわけだし――」
「嫌だ!」
「そんなこと言わずにさ、新しく生まれ変わるって意味でも――」
「断る!」
「あ、ひげだけではなく、眉も整えてみましょうか。そうすれば、更に綺麗に――」
「ちょっと待て! てめえら、何考えてる!?」
「まあまあ、ムソウさん、そう気を荒立てなくてもいいじゃないですか。それよりも、そこから化粧なんてするのも――」
「おいこら、コモン! 何、企んでんだよ!?」
冒険者や女中たちに続いて、コモンまでも、俺に女装をさせたいと言ってきたので、ひとまず止めた。
コモンは、すみませんと笑いながら言ってきている。俺のことが分かっていないみたいだな。流石、ミサキと仲が良いだけのことはある。
ひとまず、俺を女装させようとしてくる皆に、俺はひげも剃る気はないと告げると、皆は、何か目的を達成できなかったという顔をして、一つため息をついて、俯く。
……いや、なんで、そんな反応なんだよと思い、微妙な空気になっていく、食事の間。すると、たまが俺を覗き込んできた。
「……だめなの?」
ゔ……そんな顔しなくてもいいじゃねえかという表情で、訴えかけてくるたま。目に涙を浮かべてくるたまに、頭を抱えていると、女中たちの視線に気づく。俺を、射殺すような目で見ている。「たまちゃんを悲しませるとはなにごとですか!」という目だ。
うるせえよ、と思い、女たちに睨み返すと、冒険者たちにも睨まれた。
……すげえな、たま。なんで、ここの頭領やってる俺よりも、闘鬼神の奴らに心配されているのだろうか。ふと見ると、ジゲンも、コモンも、俺をジトっと見ながらため息をついている。
……あれ? この状況だと、俺がおかしいのか?
いや、そんなことは無いはずだ。俺は別に女装したくない。それに、これは俺の年齢を当てるという話なわけだし、俺が見た目よりも若いということを証明するために、わざわざ女装まですることは無いはずだ。うん、大丈夫だ、俺は正常だ。
……と、何度も自分に言い聞かせていたが、皆は俺に冷たい視線を投げつける。これは……あれだな。俺が折れないといけないなと思い、深くため息をついた。
「はあ~~~……。分かったよ。一つ歳をとったってことで、髭を剃ってやる。ついでに、てめえらが望む格好になってやるから、勘弁してくれ」
俺は頭領なのに、と思いながらも、皆がやりたいことというものを許してやった。ことの発端であるたまは、ニパっと満面の笑みを浮かべる。
「やった~! じゃあ、この後、お風呂に入ったら、きちんと剃ってね!」
「……ああ、わかった」
渋々、たまの言葉を認めて、頭を撫でていると、周りに居た奴らが、ついでにと口を開く。
「頭領、明日も、高天ヶ原に行くんだろ? だったらさ、頭領のお仲間さんに、その姿を見て貰ったらいいんじゃねえか!?」
「はあ!?」
「あ、それいいかも。私達だけで、頭領の面白いところ、独占するわけにもいかないよね~」
「何で、そうなるんだ!というかお前、今俺の面白いところって――」
「なるほど、それはいい考えじゃの。しばらく会っておらんみたいじゃし、その方が、ツバキ殿達も面白みが出来て、喜ぶかも知れんのう」
俺の言葉をさえぎって、ジゲンがそう言った。俺は、思わず黙り込む。
グレンとの旅は急に入ったことで、それにより、しばらくツバキたちには会えなかった。さらに、屋敷の修繕で会えなかったことを考えると、これに関して、俺はツバキたちに、これから積極的に会いに行ってやらねえととは、思っている。
心配させた分、何か面白いことをというわけで、俺が女装して行けばいいと言うジゲンを睨んでいると、たまとコモンがポンと手を叩く。
「あ! それいいかも! その方が、リンネちゃんとかも面白そう! 流石おじいちゃん!」
「ですね。化粧の方は取りあえず、アザミさんや皆さんにお任せしますか……」
いつの間にか、俺を抜きにして、皆で俺をどうしようかと盛り上がる食事の間。……もうどうにでもなれ。頭領というのは大変だな。
エンヤもこんな気持ちだったのか? 他の皆はまだしも、俺が居たからな。祝言の前の晩に聞かされたこともあったし、ああ見えて、色々と思うところはあったようだ。
同じような立場になってつくづく思うが、やはり、あいつはすげえ人間だったんだな……。
なおも盛り上がっていく皆を見ながら、俺は一つため息をついた。
その後、飯を食い終わって、皆で風呂に入る。流石にこの人数だと狭いかなと思ったが、充分余裕のある広さだった。そして、その広い浴場の隅で、鏡を前にしながら、俺は剃刀を手にして、皆に見守られながら、髭を剃っていく。
まあ、髭を剃ることに関してはどうでもいい。またすぐに生えてくるからな。問題はない。口の周り、あごの下と顔全体から生えている髭を剃り終えると、周りに居た奴らから歓声が上がる。
その後、髪と眉も少し整えた。これも、しばらくしたら伸びてくるから別に良いのだが、顔がすっきりとしていくたびに、周りから歓声が上がる。髪を切るのを手伝ってくれている、コモンとジゲンも口を開いた。
「本当に若々しく見えますね。今年、四十とは思えませんよ」
「うむ。これなら、アヤメ殿と二人並んでも、同い年に見えるのお」
ジゲンはアヤメを見たことがあるのか、と思ったが、アヤメも年齢よりは若く見える。俺もそうだと言ってくれるのは嬉しいが、この後のことを考えると、やはり素直には喜べなかった。俺は、ニヤニヤ顔で褒めてくる皆に、
「……ありがとよ」
と、ぶっきらぼうに言っておいた。
その後、風呂から上がり、着替える。ああ、やはり若干の違和感はあるな。まあ、そのうちすぐに慣れるだろう。髪の方はそこまで短くしていないからな。そこはまあ、良いのだが、鏡を見るたび、やはり髭が無くなり、どこか寂しくなった顔というものはやはり、慣れそうにもないなと思いながらさらにため息をつく。
そして、風呂場から出ると、涼みながら髪を乾かしている女中たちとたま、アザミの前に行く。
皆、パッと俺を見たときは、不思議そうに眺めていたが、ハッとした顔になった、アザミが口を開く。
「……え、頭領ですか?」
「……ああ。ダイアンの具合はどうだ?」
「いえ、そんなことよりも……何があったのですか?」
困惑するアザミに、周りの人間が今までの経緯を説明。一つ一つに頷きながら、にやけながら、皆の話を聞いているアザミ。いや、ダイアンの様子をそんなことって……。
さほど心配するような事態ではないことを知れたのは良かったが、何となく、微妙な感じだなと思っていると、たまが、俺に近づいてくる。
「おじちゃん、やっぱりそっちの方がかっこいいよ~」
「お前はそうかも知れんが、俺はこっちの方が気に入らないんだ」
「え~、もったいないよ~!」
たまはそう言いながら俺の髪を乾かしてくれる。何が、もったいないのか知らんが、もう、皆が何と言おうが、こういうことは二度としないと固く誓った。
一人、そんなことを思っていると、アザミたちの方から声が聞こえる。
「なるほど……そんな経緯があったのですね……」
「ええ。ですから明日、ムソウさんの化粧をお願いしたいのですが……。僕でも流石に女性の化粧は出来ないです」
「かしこまりました。お任せください、コモン様」
「アザミ殿、遊び心は無くし、真剣にしてくれんかの。遊びでやっていないということが伝われば伝わるほど、愉快なことになりそうじゃからのお」
「ええ、当然ですよ、ジゲンさん。頭領を誰が見ても美人だと言えるようにしてみせますわ」
コモンとジゲンとアザミ、そして周りの人間たちは悪だくみをするように、嫌な笑顔を作って、そんなことを話している。もうジゲンの言葉で、完全に遊ぶ気だなと思いながらも、ここまで来たら辞めるわけにはいかないなと思い、俺は黙っていた。
「おじちゃん、どうしてだまってるの?」
「いや……何でもない」
そう言いながら、ため息をついているとしばらくして、髪を乾かし終えたたまを撫でてやった。たまは嬉しそうな顔をして、ニコッと笑った。
その後、皆も俺についてどうするかということが決まったみたいで、頷き合いながら、それぞれの部屋へと帰っていく。にやにやとするアザミに、土産をどうするか聞いたら、明日改めて受け取るということだったので、それまでは俺が預かるという話になった。
たまもジゲンとコモンに手を引かれて、部屋へと向かう。別れ際に、二人に、明日は楽しみだねと満面の笑みを浮かべて話しているたまを見て、なんだかんだ言いつつも、まあ、良いかという気になり、頭を掻いて、俺も部屋へと向かい、そのまま寝た。
さて、どうなることやら……。
◇◇◇
翌朝、朝飯を食い終えると、皆は俺の女装の準備を始める。俺を化粧台の前に連れて行き、アザミが横に座って、道具を取り出し始めた。
「本当に……やるんだな……?」
「ええ、もちろん。さ、頭領、ジッとしていてくださいね」
上機嫌におしろいをなじませた筆を手に取りながら、ニコッと笑うアザミ。そして、俺の化粧が始まった。
まず顔全体におしろいをなじませる。そこまで白いというものではない。薄く、どちらかというと、しわなどを見えづらくするもののようだ。全体にまんべんなく塗り終えたら、次は紅と筆をとって、俺の唇や、目じりに差していく。
「本当に整っていますね」
「何がだよ」
「顔ですって。黙っていれば、男か女か分からないですよ」
「……あっそ」
紅を差しながら、顔のことを褒めてくるアザミに適当に返している。他の女たちは、髪を整えたりしている。艶を出すため、油を塗り、くしで丁寧にとかしたりしている。
「髪も、まだまだ健康的ですよ。抜ける心配は無さそうです」
「そっか。それは気にしていたことだったからな。そういうことを言われると、やはり嬉しいものだな」
「まだわかりませんけどね……」
女たちは俺の頭を眺めながら、最後に余計なことを言ってきた。正直、禿げることが唯一心配だからな。今のところは、心配ないようだが、確かにこの先、急に禿げだすことだってある。髪が無くなれば、威厳も何も無いからな。
これからも、出来るだけ美味いもの食って、髪にも栄養が行き届くようにしておこう。
さて、化粧の作業が進んでいくと、ガララと襖の開く音が聞こえる。
「アザミ姉さん、着物持ってきたよ」
「あら、ありがとうね、リア。そこに置いておいて」
「は~い」
どうやら、俺が着るための着物を持ってきたらしい。鏡越しに見た女は、ダイアン達とハーピィ討伐に行った女だ。あいつ、リアっていうのか。
リアは、鏡に映った俺と目が合ったとたん、目を見開いて、固まり、そのまま部屋を出ていった。どっちの反応なんだよ……。
ちなみに、コモンとジゲン、それからたまは外で待機している。ついでに、チャブラからの土産を食糧庫に入れるように指示を出しておいた。大きな肉の塊がいくつもあるからな。男手が必要だろう。コモンに、仕事は良いのかと言ったところ、今日は休みですと帰ってきたので、そこは心配ない。
後で、今のうちに厩の作業をしておけと言うと、急ぐものではないからと、たま達の手伝いを始め出した。コモンに懐いているたまはすごくうれしそうだったので、俺はもう、何も言わなかった。
何も言わず、アザミに女装させられている……。
そして、筆を俺の顔から離し、ふう、と一息つくアザミ。そして、髪を纏めていた、女たちが手を放すと、パサッと俺の顔に髪が下りてきた。
「出来ました、頭領。いかがですか?」
ニコッと笑う、皆に促され、鏡を見る。
……うん、まあいいんじゃねえか? 迫力とか男としての威厳とかは無いし、本人だから、すごく微妙な感じはするが、少なくともぱっと見は、男か女かは分からない感じだ。
髪も綺麗にまとめられているが、ツバキやサヤのような可愛らしさは感じられない。かと言って、エンヤやアヤメみたいな男みたいな女にも見えない。
何と言うか、自尊心が高そうな女になったなと思う。こういう奴は人との交友とかが苦手で、自分の好きなことに没頭してそうだなという印象を抱くだろう。
そうだな……今まで会ってきた女の誰に一番雰囲気が近いかと言われたら、高天ヶ原のトウリンだな。
「……よくわからんが、お前らから見たら、どんな感じに見える?」
……あ、声はそのままか。何となく不気味だ。かと言って、裏声なんぞする気もならない。取りあえず、自分ではよく分からなかったから、元妓女である女たちにそう尋ねてみた。
「ええ、お綺麗だと思いますよ、ねえ、皆」
アザミはニコッと笑って、そう言ってくる。やはり、いたずら心でいっぱいですという顔だ。一つため息をつくが、他の女たちからの返答はない。アザミもそんな女たちを見て、きょとんとしている。
「ん? どうした、お前たち」
「……あ、い、いえ……はい……あの……何でもありません……」
女たちは俺の顔を見ながら、少し顔を赤らめただけで何も言わなかった。……うわ、この反応は嫌だな。まだ、指さされて笑われた方がましだ。せめてなんか言ってくれと思い頭を抱えた。
ぽーっとしている女たちを見て、アザミも困ったような表情をする。ただ、このままだと先に進めないので、アザミは、先ほどリアが持ってきた着物を手に取る。開くとそれは振袖だった。
紫色を基調とし、鮮やかな花が描かれた、とてもきれいなものだった。どこで、何時用意したんだよと思うくらいに、綺麗な着物だった。
流石に着方が分からなかったので、アザミに着せてもらう。そして、帯まできちんと締めた後、羽織を持ってきて、かけてくれた。
「はい、終わりましたよ」
「ああ、すまないな」
そして、未だにぽーっとする女たちを横目に外へと出た。出る際に、女たちの方から、
「……きれい」
という小さな声が聞こえた気がしたが、聞き間違いか何かだろうと思い、そのまま外に出ると、冒険者たちや、コモン、ジゲンとたまが、庭で俺を待ち構えていた。
「あ、頭領が出てき――」
一人の冒険者が俺に気付く。が、俺の姿を見た途端に黙り込んだ。他の奴らも同様、俺の姿を確認すると、目を見開き、静かに俺の姿を眺め始める。俺の女装について、終始ご機嫌だった、たまも、コモンも、ジゲンもそんな顔をしている。
「……何か言え」
しばらく固まっているジゲンとコモンに向けてそう言うと、二人は一つ咳ばらいをして、近寄ってきた。
「あの……ムソウさんでよろしいんですよね?」
「ああ。俺はムソウだ。何なら、鑑定スキルでも使え」
「本当にムソウ殿じゃの?」
「くどいぞ、爺さん。俺じゃなかったら誰なんだよ」
「おじちゃん? お姉さん? え……おじちゃん?」
たまは何やら頭の中がぐちゃぐちゃになっているらしい。疑わしいような目でコモンとジゲン、更には他の冒険者たちは俺をまじまじと見て、
「……頭領だ」
と、ポツリと呟く。皆、俺が言うように鑑定スキルを使ったらしい。はあ、本当にこういう反応というのは困る。今ではむしろ笑ってくれという気になり、頭を抱えた。すると、俺を気遣ってか、コモンが口を開く。
「ま、まあ、もともと整った顔をされていますからね! ある程度女装してもすてきなんだろうなと思ってはいましたが、よ、予想どおりでした!」
「う……む。そうじゃの……し、しかし、ムソウ殿も多芸なものじゃの……」
「だ、だよね~! やってよかったよね~!」
コモンに続き、ジゲンもたまも慌てて、そんなことを言っている。あまり嬉しくはないんだがな……。
「……まあ、何となく皆の反応も見れたし、取りあえず今日はこの格好のままでいることにするよ」
せっかく、化粧もしてくれたし、着物まで用意してくれたのに、このまま、化粧を落とすのは流石に忍びないと思って、今日はこのままでいることにした。
ただ、俺が女装しているということをあまり知られたくないので、無間は異界の袋に収め、代わりにそこらにあるような普通の刀を腰に差す。
「ふむ……そうしていると普通の女の冒険者に見えるのお」
「そうか。少なくとも俺だとは分からないよな?」
化粧をし、女の格好をして、無間をなくすと、少なくとも俺が、「冒険者ムソウ」には見えないというジゲン。周りの奴らもうんうんと頷いている。
ただ、一応声はそのままなので、今日は殆ど喋らないようにする。まあ、ツバキとリンネ以外には、知り合いに会うことも無いので、それで良いやと、屋敷を出ようとした。すると、コモンが後からついてくる。
「あ、僕もお供します。調べごとというのもお手伝いしますし、ツバキさんにも用がありますので」
「ん? 用事というのは?」
「古龍ワイバーンの素材を使って装備を作るのですが、その際に、色々とありますので……」
「ああ、なるほど。分かった、ついてこい」
コモンは頷き、俺の後をついてくる。皆の行ってらっしゃいという言葉に頷き、俺とコモンが屋敷を出た。
◇◇◇
ムソウとコモンが屋敷を出た後、庭に残った闘鬼神の面々と、たま、ジゲンはムソウの姿が見えなくなった瞬間、顔を見合わせて、先ほど見た、女装したムソウの姿の感想を言い合う。
「あそこまで美人になるとは思わなかったなあ」
「ああ。ぱっと見は、美女冒険者だからな」
「絶対、普段の頭領、損してるよな……」
「たまちゃんのおかげで良いもの見れたぜ」
冒険者たちはたまを見て、ニコッと笑い、頭を撫で始めた。
「うん。でもおじちゃん、怒ってないかな……」
「あれしきのことで怒ったりはせんよ。ムソウ殿は優しいからのお」
「そうだよね。どんなになってもおじちゃんは優しいままだもんね!」
たまはジゲンの言葉を聞いて、ニコッと笑う。勢いで言ってしまったが、本当の所、ムソウがどう思っているのか、やはり気になっていたらしい。
だが、本当に辞めて欲しかったのなら、昨日の時点で、ムソウも本気で怒ってきただろう。
案外、この状況を楽しんでいたのではないかと言う、ジゲンの言葉に、たまだけでなく、他の者たちも安堵する。
「しかし、あの状態になっても、ムソウ殿から伝わる迫力というのは感じられたのう」
「そうだな。いつもの頭領は、圧倒的な強さで、叩っ斬るという感じだが、今日の頭領からは、落ち着いて、冷静にことに当たるという感じだな。あれなら、声をかけられることもあるまい……」
「そうじゃの。仮に声をかける者がおったとしても、ひと睨みすれば、逃げていきそうじゃの」
ジゲンの言葉に、皆一様に頷く。普段は剥き身の無間そのものの威圧感を出しているムソウ。
だが、今日は、そんな刃を鞘にしっかりと納めながらも、何かあれば、一閃の下斬り伏せるという静かな恐ろしさを感じたようだ。
ただ、女中たちは少し違ったものを感じたらしい。化粧を終えたあたりから、ムソウの醸し出す、色気というものに当てられたようだ。
「頭領……素敵だったな~。高天ヶ原の四天女にも引けを取らない美しさというのを感じましたわ……」
「ええ、元が良いのか、アザミさんの化粧が良いのか……」
「両方ね。頭領、顔立ちがそこまで男らしいという感じではないからね。化粧をするのもやりやすかったわ」
アザミは女たちの言葉に頷きながら、そう答える。花街で妓女をやっていたころから姐さん女郎の化粧を手伝っていたこともあって、アザミの腕は本物だ。
だが、それだけではあそこまで綺麗に化粧を出来ない。元々のムソウの顔立ちが整っていたから出来たこと、とアザミは語った。
「普段、髭を伸ばしたりしているのは本当にもったいないと感じたわね」
「まあ、ムソウ殿曰く、皆の先頭に立つ者としての威厳が欲しいと語っておったの」
「はははっ! そんなことしなくても、頭領には迫力というものがすでにあるからな。必要ないんじゃねえか!?」
ジゲンの言葉に一人の冒険者がそう言うと、確かにと皆大笑いする。どうやら、本人が気にするほどのことではないらしい。ムソウにはそんなことしなくても、他人がついてくるような魅力というのがすでに備わっているようだ。
「じゃあさ、またこういうことやっちゃう?」
「それは……だな……」
たまが、皆に目を輝かせて、聞いた。すると、皆は少しだけ苦い顔をしながら、ほどほどにしておこうと、たまの頭を撫でた。流石に何度もやると、今度は本気で怒られると悟ったらしい。それに、誕生日を迎えた男に無理強いしたというちょっとした罪悪感というものをやはり感じていた。
今後、こういうことをお願いするのはもう少し先にしようと、皆とたまは約束した。
「……さて、ではそろそろ仕事を始めるかの。アザミ殿やたま達はいつもの通り、屋敷内の掃除や、飯の支度を頼む。
古龍ワイバーンの一件で要請に応じた冒険者たちもそろそろ帰って来るからの。いつも以上に多めに食事を用意しておいてくれ」
「かしこまりました、ジゲンさん」
「おじちゃんのお土産もあるし、私、頑張る!」
「うむ、頼むぞ、たま。それで、冒険者の皆は今日はどうする?」
「あ~……今日は休むよ。ここ最近色々あって疲れたからな。代わりに女たちの手伝いでもするかな」
「俺はジゲンさんの手伝いをしようと思う」
「あ、私も~。畑仕事はよくやっていたから、大丈夫だよ~」
「ふむ、頼りにしておる。では、今日は皆、どこにも行かないということで良いんじゃな?」
「おう。まあ、何かあったら出れるようにはしておくし、何なら鍛錬でもしようかな」
「分かった。では、今日も皆よろしく頼む」
ジゲンの言葉に皆は頷き、各々行動を始める。ジゲンも、畑仕事の道具を取りに倉庫へと向かった。もうそろそろ冬が来る。薬草の種や苗を植えるのもそろそろだなと、思いながら、ふと闘鬼神の面々を眺めた。
最初は寄せ集めの者たちに過ぎなかったが、たまやジゲン、そして、頭領であるムソウを中心として、今では皆、笑顔でやっている。本物の家族ではないが、それに近いものを感じ、やはり、いいものじゃなと空を見上げ、ジゲンも仕事を始めていった。




