第162話―我が家に帰る―
ギルドを出た後は、まっすぐ屋敷へと向かう。上街を抜けて花街へと入ると、既に古龍ワイバーン討伐のことが広まっていたのか、妓楼には灯がともり、道には多くの人間が歩いていた。
「まあ! 無事だったのですね!」
「当り前さ! 俺達の愛の前ではどんな困難も乗り越えられる!」
……さいですか。道を歩いていると、厳戒態勢が解けて、恋人同士で、あるいは客と妓女の喜び合う声が聞こえてくる。
この街は相変わらずだなと思いながら、俺は一人、花街を進んでいく。しかし、なんでここに恋人同士で来るのだろうと疑問に思っていたが、妓楼が多いということは、当然そういう宿も、飲み屋もある。普通の観光向けにと娯楽施設のようなものもあるようなので、ああいったところで、楽しんでいるのだろう。
で、花街を自由に出入りしているあたり、あいつらも冒険者かと思うと、本当に嫌になってくる。ツルギ達みたいな奴らがもっと増えてくれたらありがたいのにな……。
ふと、高天ヶ原の前を通ると、全ての部屋に灯りがともり、中から客たちの笑い声が聞こえてくる。こないだ宴会をした、大部屋にも灯がついていた。四天女も出てるのかな。中では恐らく緊張の糸が解けた貴族たちが、ゆっくりと羽を伸ばしているのだろう。呑気なものだな。ほとんど……というか、全て俺のおかげだろうに。
そういや、例のケリスとかいう神人が来るのってそろそろだよな。明日、ツバキたちに会ったら、確認しておこう。どこかで突然会って、目を付けられたらたまったものじゃない。
アヤメや、コモンの話を聞く限りでは、俺が気にいらなさそうな人種らしいからな。気を付けよう。
さて、花街の門に近づくと、いつものように闘宴会の奴らに止められる。俺はしばらく、門を抜けるための手続きをしている。流石にこのやり取りは飽きてきたな。すんなり通して欲しいものだ。
さんざん脅しをかけてきたので、何かちょっかい出されたり、絡まれたりすることは無いが、こういうところはマメなこいつらを見ていると、毎回ため息が出てしまうな。
しばらくすると、通っても良いと言われたので、門をくぐる。門を抜けるときも、下街へと向かう時も、怯えながらも、俺を殺す気でにらみつける、闘宴会の視線を感じていた。
まあ、俺から何かをする気は無いが、向こうからしてきたら、変わらず、やり返そう。死なない程度でな……。
下街へと着くと、ここも相変わらず、多くの飯屋や、酒場で人々が談笑しながら、飯を食っている様子が、見えてくる。花街と違うのは、家族連れが多いということ。
いろんな方向から、子供たちのはしゃぐ声や、大人たちの笑い声が聞こえてくる。
いいなあ……。こういうのを見たら、依頼をこなしていくこともつらい話ではないなと心底思う。クレナに問題ばかり積み重ねていく、冒険者共や、貴族たちよりも、こいつらのような弱い立場の人間の幸せな生活を護れていると感じられたので、俺の機嫌も良くなり、早く屋敷に帰りたいと思い、少し足早に、下街を歩いて行った。
そして、屋敷に着くと門をくぐり、玄関の戸を開けた。
「ただいま~!」
話し声が聞こえてくる居間の方に声をかけると、しばらくして、トトトトッと走ってくる音が、聞こえてくる。
「あ! おかえりなさい! おじちゃん!」
一週間ぶりに見るたまは当たり前のことだが、何も変わっていない。いつものように、ニコッと笑って、俺を出迎える。そして、たまの後ろから、ジゲンがのそっと現れた。
「おお、ムソウ殿、戻ったか」
「ああ、ジゲン、それにたま、ただいま」
俺は草履を脱いで、家へと上がった。出迎えてくれたたまの頭を撫でて、俺は自室へと向かい、荷物を置いた後は、着替えて居間へと向かった。
そこでは、依頼から帰ったであろう、冒険者の奴らとジゲンがのんびりと茶をすすりながら談笑している。
「あ、頭領だ」
「お疲れっす~」
俺に気付いた冒険者たちは労いの言葉をかけてくれた。見渡すと、皆、どこもけがをしていないみたいだった。無事に依頼をやり遂げることが出来て、何よりだが、全員いるというわけでは無いようだ。
「なあ、爺さん。他の奴らは?」
「他の者たちは、古龍ワイバーンの一件で、依頼から戻るとすぐに方々の町まで行った。もう厳戒態勢は解けたわけじゃし、明日にでも戻って来るじゃろう」
なるほど、ワイバーン出現で、クレナ内の各町々から応援要請があったというわけか。ここに居ない奴らは、それに応じたというわけか。
聞けば、多くはシンムの里に行ったらしい。なら、すぐに帰って来るなと一安心だ。
「そうか。何はともあれ、皆ご苦労だったな。また明日から、依頼に励んでいけよ」
「う~っす」
「了解で~す!」
俺が指示しなくても普通に依頼に取り組むのは良いことだと思い、これが続けばいいなと思っている。
「で、ここに居る奴らは何してたんだ?」
「ああ。儂の指示で屋敷の守護を担当してもらっていた。万一の時というものがあるからの。
コモン君もお主も居ないということじゃったが、勝手なことをしてすまんの」
「気にすんなって、良い判断だったと思う。引き続き、俺が居ないときの冒険者たちの統率は任せるぞ」
「ほっほ、ありがたいことじゃ。ところで……古龍ワイバーンの報せが来たのが昨日、厳戒態勢が解けたのが今日、いささか早すぎるような気がするんじゃが、何かあったのかの?」
ジゲンはいやらしい笑みを浮かべて、尋ねてくる。こいつ、絶対勘づいているだろう……。まあ、いい。俺はことの仔細を皆に話した。古龍ワイバーンを倒したのが俺だと知ると、皆は唖然とする。
「いやあ……頭領は化け物だと思っていたが、そこまで行くと、化け物という言葉すら生ぬるく感じるな……」
「強いて言うなら“死神”だな……」
「“規格外”だとは思っていたが……」
などと、口々に言ってくる。「死神」という単語が聞こえてきた瞬間、俺は頭を抱え、ジゲンはニコッと笑った。
「……まあ、そんなわけで、古龍ワイバーンはもういない。で、死骸はすでに天宝館に預けてある。その素材は全て俺のものということになっているから、金は入らねえが、お前たちの装備を一新することが出来るので、楽しみにしておけ」
複雑な表情をしている皆にそう言うと、だんだんと表情が明るくなっていき、俺に頭を下げてきた。
よしよし、俺は強いだけじゃなく、そして、怖いだけではなく、優しいということも示せたので、何よりだ。
そう言えば、ふと気づいたことがある。ダイアンが居ない。あいつもシンムの要請に応えているのかな……。
「そういや、ダイアンはどこだ? さっきから姿が見えないんだが……」
俺が皆に聞くと、皆は何か微妙な表情をする。隣に居るジゲンまでもがそんな顔だ。何だと思い、ジゲンの方を向いた。
「何かあったのか?」
「それはじゃの……」
「あ、頭領……私が説明するよ」
ジゲンが言いづらそうにしていると、冒険者たちの中から一人の女が前に出てくる。確か、ダイアンと一緒にハーピィの討伐に出ていた奴らの一人だな。女は俺の横に来て、口を開く。
「あ、頭領。説明する前に言っておきたいことがあるんだけど……」
「何だよ?」
「ダイアンは、私の中じゃ、頑張った方だと思うし、実際一番手柄を上げていたから、そこは褒めてね」
「ん? ああ」
何か妙なことをお願いしてくる女に頷くと、女はダイアン達が取り組んだ依頼について説明しだした。
◇◇◇
さて、ダイアン達が取り組んだのは、ここから東の方にはなれた所にある山にハーピィの巣があり、その付近の街から届いた依頼である。初日、その街に向かったダイアン達一行は、事情を聴き、山へと向かったらしい。
今回の依頼は、殲滅目的ではない。だから無理せずに帰ろうぜというダイアンの言葉に皆は頷き、山へと入っていった。
女の方も、俺から伝令魔法の魔道具を貰ったということで、万が一の時はそれを使って、救援を呼ぼうと思っていたという。
そして、しばらく進むとハーピィたちの住処が見えてきた。そこは大きな木で、太い枝のいたるところに鳥の巣のようなものがあり、そこには美しい女性のような見ためで、人間でいうところの腕の部分は羽、そして、足は鳥のような形の魔物が居た。
まさしく資料のままのハーピィであり、ダイアン達は物陰に隠れて様子を伺っていた。
だが、一人の冒険者が、目をうつろにし、フラフラと巣に近づいていく。ダイアンと女たちは止めようとしたが、他の男の冒険者たちも、そいつと同様、フラフラとハーピィの元へと進み出るようになった。
「お、おい! 何やってんだ! 戻ってこい!」
必死にそれを止めようとするダイアンだったが、男たちは全く止まる気配がなく、そのままハーピィに捕えれられ、巣に連れていかれようとされた。
たまらず、ダイアンと女たちは物陰から飛び出し、ハーピィたちと闘っていく。敵は飛ぶことができ、苦戦を強いられたが、女は円月輪を投げたり、他の者たちは弓矢や気で応戦し、ハーピィたちを次々と倒していく。
ハーピィ自体は下級の魔物。そのあたりは問題なかったという。しかし、ダイアンの方は、気を使ったりして対応していくが、やはり闘いづらいらしく、なかなか倒せないでいた。
しばらく闘っていたが、突如、他のハーピィたちとは違う、強い存在感を放つハーピィが、木の上から飛んできた。あまりの迫力に、女たちは手を止め、他のハーピィは平伏する。
女によると、それはそこのハーピィたちを統率していた、クインハーピィという上位個体だったらしい。女たちの様子をみて、ダイアンは疲労の体でありながらも、グッと刀を構え、クインハーピィを睨んでいた。だが、一方のクインハーピィは薄ら笑みを浮かべて、口を開いた。
「フフフ、男だっていうのに、アンタだけ情けないさまだねえ~」
「ぐっ、な、何だと!?」
「そうやって闘っていても、いずれ全滅するわよ? ……その前にさあ……私の所に来ない?」
クインハーピィはそう言った瞬間、ダイアンに何かしたという。手でこちらに来るように、と仕草をすると、ダイアンの力が抜けて、刀が下がる。
「う……くそ……」
「ほお~ら、力を抜いて……こっちに来なさい……」
苦しそうに頭を抱えるダイアンに、甘い口調で、クインハーピィは誘惑する。女はその時、ダイアンの身に何が起きているのか、分かった。
恐らく、ハーピィなど、サキュバスの特性である、男性を魅了する幻惑の能力にかかりそうなのではないかと。最初の男たちはそれにかかり、巣へと近づき、今まさに、ダイアンも目の前でクインハーピィのとりこになりそうなのではないかと。
女はハッとし、ダイアンに声をかける。
「ダイアン! しっかりして! そんなのに屈しちゃだめよ!」
「……うるさい子……お前たち!」
クインハーピィはそこらの平伏しているハーピィたちに指示を出す。ハーピィは頷き、女たちに攻撃を仕掛けてきた。何度もダイアンに呼びかけていた女たちであったが、無数のハーピィに襲われ、それどころではなくなる。
応戦している間にも、ダイアンの目はうつろになっていく。
「く……くそ……俺は……」
「……さあ、疲れたでしょう? こっちに来て……愉しいこと……しましょ……」
ついに、膝からガクッと地面に落ちたダイアンは頭から手をだらんと下し、誘惑するクインハーピィについていこうする。ダイアンを見て、高笑いするクインハーピィ。女たちがもう駄目かと思った時、
「う……おおおお~~~~ッッッ!!!」
突然ダイアンが、叫び、腰から短刀を抜く。そして、そのまま足に突き立てた。
「ぐっ!!!」
「ダイアン!!!」
突然の出来事に驚く女とクインハーピィ。皆が視線を向けるなか、ダイアンはニヤッと笑う。
「はぁ、はぁ、はぁ……なめんなよ、くそったれ。俺はな、花街の妓女たちじゃねえと満足できねえ体になってんだよっ!」
「なっ!? 私の誘惑を解いたですって!? そんなこと……」
ダイアンは刀を杖に立ち上がる。女たちはそれを見て、ダイアンは痛みによってクインハーピィの誘惑から逃れたということを理解した。そして、ダイアンは刀を構える。
「それにな! サキュバス共との闘いで、ダイアンは魅了されて役に立ちませんでしたって、アイツらが頭領に言ってみろ! もっとやばいことになるんだよ!」
ダイアンは女たちを指さしながら、そう叫ぶ。女は、ダイアンの中で、誘惑にかかるということよりも、俺に対する恐怖感で理性を取り戻したことに、呆れながらもどこか納得したのだった。……何でだ……。
まあ、良い。訳の分からないことを言うダイアンにクインハーピィは苦々しい表情になり、後ずさる。
「くっ……けど、そこからどうするのかしら? これだけのハーピィの数、それに私を相手にその負傷した脚で何かできるの?」
女は血がぽたぽたと落ちるダイアンの脚を差してそう言った。回復薬を飲めば治るほどのものだったが、そうすると、痛みが無くなり、また誘惑にかかる可能性がある。
だから、ダイアンは回復薬を飲もうとしなかった。だが、ダイアンは不敵な笑みを辞めず、口を開く。
「へっ! テメエらは誘惑さえなければ、せいぜい下級から中級までの魔物だ! 俺でも何とかなる。それにな……おいっ! テメエらっ! なるべく俺から離れてろッッッ!!!」
ダイアンはそう言って、刀を構え瞑想を始める。すると、ダイアンの体が輝き始めた。その光景を呆気に取られてみている女たちや、何が起こっているのか分からないという表情のハーピィたちの前で、ダイアンの体が変化していく。
「う……うおオオオオオッッッ!!!」
ダイアンが雄たけびを上げると、服の背中の部分が裂けてそこから大きな翼が生える。手足は、ハーピィたちと同じく鳥の脚のようになり、鋭い爪が伸び、体中の体毛が伸びていく。
そして、目は金色に輝き、口の中には犬歯のようなものが生えてきた。
怯えるクインハーピィの目の前で、変化を遂げたダイアンはそのまま、翼をはばたかせ、そこらに居たハーピィを蹂躙する。
「ラアッッッ!!!」
脚の爪で引き裂いたり、素早く近づき、刀で斬ったりと、圧倒的な強さを見せるダイアン。その姿を見た女たちは訳が分からなかったが、そんなダイアンを見て、奮起し、他のハーピィたちを倒しながら、先に誘惑にかかった、他の冒険者たちの救出を始める。
一通り、ハーピィを狩り尽くしたダイアンに女が声をかける。
「ダイアン! 皆は、救出できたよ!」
「オウッ! んじゃあ……あいつで終わりだな!!!」
ダイアンは女に頷き、いつの間にか、パタパタと遠くの方に逃げているクインハーピィを見据える。
そして、力をためるとすごい速さで、クインハーピィを追いかけていく。
「オオオオオッッッ!!! 鷲爪斬ッッッ!!!」
「キ、キャアアアアァァァ~~~ッッッ!!!」
ダイアンが足の爪を振り上げ、一気に下すとクインハーピィはそのまま切り裂かれていった。
そして、亡骸を抱えながら、ゆっくりと地面に下りるダイアン。女たちはそれを迎えた。
「見直したよ……ダイアン」
「まあな。これでもお前たちの統率を頭領に任されてるんだ。これ……くらい……」
「え? ……ダ、ダイアン!?」
「あ……もうか……」
そのままダイアンは倒れてしまった。体が輝き、人の姿に戻るダイアン。足からドクドクと血を流しているのを見て、女たちは急いで、回復薬を与える。すると傷はふさがったが、ダイアンは目を覚まさない。一応、息はしているので、死んではいないようだった。
訳が分からなかったが、取りあえずは安心し、女たちは気絶している他の冒険者とダイアンを連れて、山を下りた。
異界の袋が無かったから、ハーピィたちの素材は、持てるだけ持って、後は焼いたという。もったいないなあと後ろ髪を引かれる思いだったが、早く帰ろうと思い、女たちは帰ってきたという。
◇◇◇
「……というわけ」
俺は女の話を聞きながら、何度も首を傾げるが、取りあえずは依頼が達成されたということに安心した。
「大変だったな。で、ダイアンはどこに居るんだ?」
「しばらく気を失っていたけど、一昨日目を覚まして、今は部屋で療養中だよ」
ふむ、どうやらダイアンは無事らしい。皆が言いづらそうにしていたから、てっきりそのまま死んだのかと思ったじゃねえか。
しかし、ダイアンには変な技というか、体そのものに謎があるようだ。それについては分かったのかな。
「結局、ダイアンの体については?」
「うむ、コモン君が診たところ、強い疲労ということじゃった。当面はゆっくり休ませるのが良いと思うのじゃが、それで良いのかの?」
「ん? 別にいいが、何か問題か?」
サラッとダイアンがしばらく休養することを許すと、ジゲンはきょとんとする。ん?何か変なことを言ったかと思っていると、女が肩を叩く。
「え、頭領、怒らないの?」
「何がだ?」
「いや、ダイアンが、「やっちまった……初めての依頼でヘマやった……頭領に怒られる」って言っていたけど……」
ああ……なるほど。皆がこの一件を言いづらそうにしていた理由が分かった。結局はクレナまで帰るのに迷惑をかけ、この後も、依頼に当分取り組めそうにないダイアンを俺が怒ると思っていたようだ。
まあ、確かに、ハーピィに骨抜きにされてやられたということだったら説教の一つでもしてやろうかと思っていたのだが、これに関しては俺も仕方ないと思っているし、無事に依頼を遂行、それも殲滅という形でやり遂げたダイアンを怒る気などさらさらなかった。
「今回は別に良いって。結果的にお前らも無事なら、俺から言うことは何もねえよ」
むしろ、ダイアンに関しては褒めてやりたいと思っている。よくぞ、皆を護りぬいたものだ。ギルドから渡される報酬とは別に、俺からも何か贈ってやりたいものだな。自分で言っていたように、一応は、闘鬼神の冒険者達の統率者だからな。そんなことを思っていると、報告をしていた女は、俺に頭を下げる。
「ありがとう、頭領」
どこか、安堵の表情を浮かべ、女は俺に礼を言った。礼を言われるまでのことをしているわけではないのだがと頭を掻いている。ジゲンも横でにこやかな表情をしていた。
「で、結局ダイアンの能力については何か分かったのか?」
「ふむ、儂も聞いて驚いたが、狂気スキルのようじゃの」
狂気スキル……それはハクビたちのような獣人や魔人が多く持つスキルのことで、効果は、親となった魔物の力を行使できるというものだった。まあ、未熟なうちは魔物の血に人の体が耐え切れず、ハクビのようにただの獣のように成り果てるというものだったな。
「あ? てことは、ダイアンは魔人か何かなのか?」
「うむ。話を聞いただけでは、何の魔物かは分からないが、そうじゃろうの。
そして、ダイアン殿は狂気スキルの熟練者というわけじゃの」
ほう……それはすごいな。ハクビほどの者でも使いこなせないスキルを使えるとは。ただ、まあ欠点はあるようだがな。話を聞く限りでは、肉体そのものが変化を遂げている。恐らくそれに耐えきれず、すごい疲労感に襲われるようだ。
俺のひとごろしと似たようなものだな。極めれば、疲労を感じずに魔物の力を操れるかもしれないとジゲンは語る。
しかし、ダイアンが獣人だったとはな。全く気付かなかった。他の奴らも知らなくて、話を聞いたときは大層驚いたという。ダイアンはそのスキルの効果なのか、人の親の方の血が強いのか、普段は人間の姿で居ることが出来るという。
俺の中で、ダイアンへの評価が更に大きく上がった。
「ダイアンのことは分かった。そして、他の奴らも無事に依頼に取り組めたということも分かった。これからも、しっかりと励んでいけよ」
報告に満足した俺は、皆にそう言った。冒険者たちは笑って頷く。一応、アヤメから調査団についての話が来るかも知れないということもこの際に伝えておいた。クインハーピィという上位個体が出たということもあり、クレナの依頼にはそう言った情報の食い違いがるということを知った、ハーピィの依頼に取り組んだ者たちは、強く頷いている。
他の者たちは、特に問題なかったようだが、自分の力を役立てられるのであればとやる気の者が多かった。これについては安心だなと思い、俺は茶をすすりながら、ジゲンと談笑していた。
◇◇◇
その後、女中の一人が、飯が出来たと呼びに来る。俺や冒険者たちは頷き、女中に着いていく。部屋に着くと、卓の上には料理が盛られた皿が、人数分置かれている。今日は魚料理が主らしい。
ああ、最近は旅ということもあって肉しか食っていなかったからな。久しぶりに刺身やら、焼き魚を見ると、本当に帰ってきたんだという気になる。
俺達が、飯の前に座ると、たまや女たちが、それぞれに酒や果実水を注いでいく。だが、何故だかたまは、水差しを持ってきょろきょろと辺りを伺っているようだった。
「ねえ、おじちゃん。コモン様は?」
「ん? ああ、そう言えば姿が見えないな。……まだ仕事中かな……」
たまが探していたのは、コモンだったらしい。たまはコモンに懐いているみたいだからな。仕事から帰ってくるコモンを労おうとしたのだが、姿が見えず、不思議に思っていたようだ。たまに、俺が古龍ワイバーンを倒し、死骸を天宝館に持っていったことを説明した。
「古龍ワイバーンはデカいからな。解体に時間がかかっているかも知れない」
「どのくらい大きいの?」
「この屋敷よりもデカいぞ。まあ、コモンだったらすぐに終わらせると思うからよ。もう少し待ってみようぜ」
たまは、俺の言葉にコクっと頷いた。いきなり持っていったからな。コモンに急な仕事を増やしたようで悪い気がした。後で謝っておこっと。
ふと見ると、アザミの姿が見えない。いつもなら即座に俺の所に来て、酒を注ぐんだがな。
「なあ、たま。アザミは?」
「おねえちゃん? おねえちゃんは、ダイアンにいちゃんの所に、ご飯持っていったよ」
たまによると、狂気スキルの影響で療養中のダイアンの面倒はほとんどアザミが行っているらしい。
そう言えば、依頼に取り組む前に、帰ってきたら酌してあげるってアザミがダイアンに言っていたな。やはり、あの二人、意外と仲が良いのか……。
それなら、アザミのことは良いかと思い、たま達が飲み物を注ぎ終わり、思い思いの場所へ座ると、俺達は夕餉を始めた。久しぶりに食べる魚料理はやはり美味いと思いながら、かきこんでいく。
飯を食いながら、他の冒険者たちが行った依頼について聞いていった。
「ゴブリンの討伐は問題なかったのか?」
「ええ。普通のゴブリンが二十数匹の小さな集団を形成しているだけでしたからね。問題なく終わりました」
ゴブリン討伐に行った男は、隣り合わせて座っていた何人かと顔を合わせて笑っていた。一緒に行った奴らだな。
なんでも、こちらはハーピィの依頼と違って、情報よりも数が少ないとのことで、問題なく終わったらしい。上位個体も居なかったようなので、楽にこなすことが出来たと、皆は笑っていた。
「そういえば、雷光鉱石採集に行った者たちからも面白い話が聞けたのお」
飯を食べていたジゲンが箸を止めてそう切り出す。依頼に行った奴らは、あ~と、言ってニヤニヤしながら、一人の冒険者に目を向ける。
「いや、ジゲンさん。その話はもういいじゃねえかよ……」
そいつは、困ったような表情で、ジゲンを見た。
「何だ? 何かあったのか?」
気になったので、依頼に行った奴らの方を見ると、何人かが、依頼の様子を語り出す。
「頭領聞いてくれよ。こいつがケッサクでな、雷雲山に行って、依頼の石を探していたのは良いんだが、なかなか見つからなくて、俺達も疲れが溜まっていたんだよ」
「んで、疲れが最高潮になったこいつが、もう帰ろう! って言い出して、道具とか放り出した途端に、それめがけて雷が落ちてきてな」
「それで、こいつにも当たって、感電したのさ」
冒険者たちは笑いながら、ばつの悪そうな男の肩をポンポンと叩いている。一応は、装備のおかげで大ごとにはならなかったのだが、下手すれば死んでいたかも知れない状況に、男は絶句し、それ以来雷が苦手になったという。
「そりゃ、災難だったな。で、結局石は見つかったのか?」
「ああ。これもケッサクでな、突然大きな稲光がしたかと思うと、こいつが、慌てて走り出してな。
そしたら、小さな崖から落ちてしまったんだ。で、俺達が大丈夫かと下をのぞきこんだら、バリバリと音を立てて放電している大きな岩の上に、こいつが白目向いて倒れていたんだよ」
冒険者の奴らから、更に大きな笑い声が起こる。男の落ちた先にあったのは大きな雷光鉱塊だったという。
感電しながらもなんとか生きていた男を起こし、岩から離して一部を持ち帰ることが出来たという。異界の袋があれば、それごと持って帰れてのかも知れないが、流石にあきらめたということらしい。
にしても、あいつ、本当に災難だったな。雷に打たれ、崖から落ち、更に感電し……。よくもまあ、生きて帰れたもんだな。
「ま、まあ、辛かったのはわかるが、お前のおかげで依頼が達成できたんだ。そこは胸を張れって」
「……ああ、頭領は優しいっすね……」
俺が元気づけると、ガクッと俯くそいつ。すると、たまがこそ~っとその男に近寄った。何をしているのだろうかと思っていると、後ろからそいつの背中を思いっきり押す。
「ど~ん!!!」
「ひぃ!!!」
たまに大声を出された男は、ビクッとして、頭を抱える。たまと冒険者たちから笑いが起こった。なんでも、屋敷に帰ってきてからも、雷に対する恐怖感というものが抜けてないらしく、時折大きな音にびくつくようになっているという。
それを聞いたたまはことあるごことに男に近づき、耳元で手を叩いたり、先ほどのように背中を押しながら驚かせたりして、遊んでいるという。
食卓が笑いに包まれる中、俺も面白くて笑いそうになるが、グッとこらえた。何となく、あの男がかわいそうに見えてくると同時に、いたずらされて、笑われているという姿が、昔の俺と重なった気がしたからだった。
「たま、やめてやれって」
俺がたまを注意すると、たまは、え~、と不機嫌そうな顔をする。
「だって、おじいちゃんもこうした方が良いって言うから~」
「は? どういうことだ、爺さん」
「いや、こうやって慣らしていけばいつかは治るもんじゃろ?」
ジゲンは飯を食いながら、ニコッと微笑む。そんなジゲンを男は、勘弁してくれという目で、ジトっと見た後に、俺に救いを求める目を向けた。もう半分泣きそうだな……。
「まあ、そうかも知れんが……わかった。驚かすのは許すから、ほどほどにな」
「は~い!」
たまは両手を上げて喜ぶ。男は目を見開き、ガクッと俯いた。それを見た皆は更に笑う。まあ、このままだと例えば、小さな爆発とかにも委縮してしまいそうだからな。これから、もっと多くの依頼に取り組んでもらうにも、早めに治した方が良いと思う。俺は心の中で、そいつに、頑張れ! と言っておいた。
「お、そうだ! 頭領の依頼はどうだったんだよ?」
「あ、そうですね。チャブラへの旅はどうでしたか?」
さて、話は俺が行っていたグレンの護衛依頼の話になった。俺は頷き、依頼のことを話す。二日目に古龍ワイバーンが襲ってきて、倒したことから、野営したことなどだ。
そして、チャブラに入ったとたん平和な状態が続き、色々と話しながら、ギルドへ着いて、依頼を達成したことを言うと、皆はそうか、と頷く。
「何はともあれ、お疲れさんっす、頭領」
「ああ、ありがとう。チャブラは美味いものだらけだったからな。皆にももちろん、土産を買ってきてある。ちゃんと分け合って食えよ」
俺を労ってくれる皆にそう言うと、冒険者の奴らも、女たちもニコッと笑って頷いた。「美味いもの」と聞いたたまは、またしても両手を上げて、わーい!と言っている。
皆の喜ぶ顔が見れて嬉しかった。買い物に付き合ってくれたグレンにも感謝だな……。
さて、そうやって飯を食っていると、突然襖が開かれた。
「ふう~……ただいまです……」
そこに居たのはコモンだった。コモンは疲れた表情をして、皆に一礼する。俺がおう、と返事をすると、たまが目を輝かせて、コモンに飛びついた。
「おかえりなさい!」
「わっ! っと、たまちゃん、ただいま」
コモンはたまを受け止めて、頭を撫でた。そして、手を引かれて開いていた席に座る。
「いやあ~、大変でしたが、一応古龍ワイバーンの解体は終わりましたので、先に上がらせていただきました」
「そうか。急に仕事を持ってきてすまなかったな」
「全くですよ。ただ、状態が良かったですし、何よりまた珍しい魔物を解体できたので良しとしますね」
コモンに謝ると、ニコッと笑って許してくれた。そして、コモンはたまが注いだ果実水を呑むと、手を合わせて料理にありつく。
「うん、今日も美味しいですよ、たまちゃん」
「ほんと!? ありがとう!」
たまは目を輝かせてコモンに礼を言う。そして、ここからコモンも交ってさらに食事の場が騒がしくなった。
「コモン様、頭領から聞いたんだが、俺達に古龍ワイバーンの装備を作ってくださるってホントっすか?」
「ええ、本当です。流石に武器だと、扱いが高度なものになってしまうので、もう少し、皆さんの腕が上がったらお渡ししますが、防具の方はすぐに渡すことが出来ますよ」
「そいつは、ありがてえ! よろしく頼んます!」
「あ、私も! お願いしますね!」
「もちろんですって。皆さんに平等にいきわたるようにしますので」
「……雷も弾き返せるやつを頼むっす……」
雷嫌いになった男がそう言うと、コモンは困ったような笑みを浮かべ、努力しますと頷いた。
「それで、今はどんな話をされていたのですか?」
「ムソウ殿の依頼の話じゃよ。土産もあるそうじゃから、コモン君も楽しみにしていると良いじゃろう」
「本当ですか!? チャブラのお菓子は美味しいですからね~。楽しみにしておきます」
コモンは目を輝かせて、俺を見てきた。お菓子に喜ぶとは、やはり子供らしいなと思った。
しかし、先ほどから、コモンが中に入っても、冒険者たちも普通通りに接している。やはり、共に屋敷の作業をしてきた分、他の奴らと違ってコモンに畏れているような感じではないな。
ジゲンも居るし、コモンも皆の中に入って自然に飯を食っているという光景はやはり良いものだなと思っていた。
「それにしても、ムソウさんが取り組む依頼って、本当に面白いというか、大変なことが起きますよね。今回の古龍ワイバーンにしたってそうですし……。他には何かありましたか?」
「いや、特には。チャブラに入ってからは平和だったからな。グレンと色々話しながら馬車を走らせるだけだったよ」
「ちなみに、どんな話を?」
と、コモンが俺とグレンが何の話を聞いてきたので、俺は100年戦争の謎に挑んだ冒険家の話をした。やはり、気になってしょうがなかったからな。コモンやジゲン、更には皆の意見も聞きたいと思った。
流石に、この世界に生きているだけあって、皆はこの話を知っている。なんと、たままで知っていた。ジゲンによると、やはりグレンの言っていたように、この世界の人間は、100年戦争の話に付随して、色々なそれに関するおとぎ話や、昔話を聞かされるという。
冒険家の話は、その中でも、特に有名な話の一つで、この話を聞いて、壁画を求めるために旅をしようと、冒険者や、冒険家になる者も多いという。
また、冒険家の男が何を見たのか、についてもあちらこちらで議論が続いており、学者なんてものもいるらしいとのことだ。
「一応今のところは、人界王についての真実派の者と、壁画など元々無かったという嘘派閥に分かれておるのお。まあ、それ以外の考えを持っている者も多いが……儂は後者の考えを持っておるのお」
「何故だ?」
「男が壁画を見つけて300年、未だに見つかっていないというのはおかしい。そして、この20年で、セイン殿の創設した冒険者ギルドや、ジーン殿の冒険家組合によって、多くの人間が旅をしているというのに発見できておらん。
ジーン殿でさえも見つけられなかったというのに、本当にあるのかというのが疑わしくなってきておるのお……」
ジゲンの考えはもっともだ。この話は多くの人間に語り継がれている。そして、壁画の謎は、この世界の大きな謎の一つと言っても良い。壁画の謎の解明に多くの者たちが取り組んでいるというのに、未だに見つかっていないというのはおかしな話だよな。
そう思っていると、冒険者の中から声が上がる。
「でもよ、その後に王城が魔法で隠したっていう説もあるぜ?」
「ああ。王様のことについて何かまずいことが書いてあったから、隠したということが考えられているが、そこのところはどうなんだよ」
ああ、これもグレンが言っていたよな。正直、俺もその考え寄りだ。人界王というのは、100年戦争に置いて活躍したシンラの一族である。壁画に何か、それすらも覆すようなことが書かれていたら、人界王の立場が危うくなる。
そこで、男から壁画の話を聞いた当時の人界王が壁画を隠し、民衆の目をごまかしたということも考えられるが。
冒険者からの意見にジゲンは反論する。
「魔法で隠したと言っても、鑑定スキルがあれば何の問題もない。怪しいことがあれば反応するはずじゃ。
そして、ジーン殿だけではなく、サネマサや、コモン君といった、他の十二星天の皆ももちろん探したんじゃろ? 極めた鑑定スキルをもった者たちが、懸命に探したのに見つからないとはおかしな話とは思わんかの?」
ジゲンはそう言って、コモンを見た。コモンは頷き、口を開く。
「ですね。確かに僕たちも一時、誰が先に見つけられるかという勝負というか遊びを何度かしましたが、そういったものは見つかりませんでした。
ただ、僕個人としては、壁画はあり、そこにはこの世界の常識をひっくり返す何かが書かれていると思っていますよ」
「それは何故だ?」
「その遊びの時に、オウエン様に城の中を調べさせて欲しいとみんなで頼んだことがあるのですよ。ですが、普段は気さくでお優しい王様も、その時ばかりは、駄目だの一点張りで、調べさせてくださりませんでした。
あれは絶対何かを隠していると思いましたね」
おお、流石十二星天。王城までも調べることが出来るのは、世界広しと言えども、こいつらだけだろう。そんな奴の言うことは、やはり説得力が違うな。他の奴らも、何となく、何も言えず、ただただコモンの言葉に頷いている。
「一応、100年戦争は実際にあったことなのか?」
「それは間違いないと思いますよ。ケリス卿のような神人も居ますから、神族が居るというのは事実ですし、オウエン様のように鬼人もいるというわけで、鬼族が居るというのも事実みたいですからね。……ムソウさんもそうですし……」
……まあ、俺の場合はスキルを使った状態で、そうなれるだけだがな。ただまあ、神人、鬼人が居るのなら、その二つの種族が居てもおかしくはない。なのに、人界で姿が確認されていないということは、100年戦争の伝承が事実だということの証拠になるというわけで、例の戦争は事実だと、コモンは語る。
「なるほどな。ジゲンは、これについてどう思う?」
「100年戦争については儂も本当にあった出来事じゃと思っておるよ。精霊族もおるしの。ただ、当時生きていた者たちは儂らの何倍も強かったのではないかと思っておる」
「ん? 何でだ?」
「これは……まあ、お主を見ていたら実感するのじゃが、神人化したお主は強い。ということは、神族というのは強大な力を持っておる。
そして、元神族である鬼族も同様じゃ。それに対し、スキルや魔法を持ったとしても、今の人族が立ち向かい、打ち勝ったというのは信じられないからのお。恐らく、ムソウ殿と同等、それ以上の者たちが、世界にあふれておったと思っておる」
ジゲンはきちんとその考えに至る筋道を説明してくれるので理解しやすく、また、こちらも説得力がある。
神族の一応の末裔であるケリス卿というのも同じく、他の者たちよりは強いらしい。それの源流ともなるとやはり、今の時代の奴らの何倍も強いということになる。100年戦争が事実ならば、そんな奴らと100年も拮抗した状態で戦い続けた人族が今を生きる者達よりも強いということになるな。長い年月の間に、弱体化したのか……。
まあ、取りあえずは、ここに居る奴らは、100年戦争自体は本当の話ということは信じているらしい。
で、コモンを始め、ここに居る多くの人間は、それについて何かしら書かれた壁画というのも実在し、そこに人界王についてよからぬことが書いてあり、王政が崩壊していくと考えた当時の人界王が男と何らかの取引をして、壁画のことを黙っていれば、身の安全を保障すると交渉した結果、自分の近くに居る家族に危険が及ばぬように、一人誰にも知られないところで余生を過ごし、王城は壁画を隠し、今の王政を続けていると考えているようだ。
「なるほどな。で、ちなみに爺さんの考えだと、壁画は無かったとのことだが、結局、男は何を見つけたと思う?」
「そうじゃの……見つけたというよりは気付いたのではないか? 何かに」
「何にだ?」
「あれだけ100年戦争について調べていたのだ。恐らく世界各地のどこかに痕跡というのはあったはずじゃ。
実際に戦争はあったと証言をする龍が居たくらいじゃからの。もしくは、何の関係もない、人やモノじゃが、組み合わせると、100年戦争があったということの証明足りうる何かがあったのではないか?
そして、それらを統合した結果、100年戦争のあることに気付いたと考えておる。それは、皆の言うような、人界王にとってまずいものかも知れないし、儂らが聞いておる伝承の内容自体が少々違うものだったのかも知れないが……やはり、この歳になってもしっくりくるものは浮かばんのお」
ジゲンに寄れば、その時代にも古くから生きているエルフや精霊人というのも居たし、古代の遺跡のようなものもこの世界にはあるようだ。それらから得られた情報の中に、組み合わせると、100年戦争のことについて語り継がれているものもあったのではないかという考えだ。
そして、違和感に気付いた男は王にそれを確認し……というところからは、コモンたちの考えと同じとジゲンは語った。
なるほど、王に何かあるのではなく、内容に問題があったというのは新しい着眼点だな。100年戦争の伝承はこの世界に生きる者達の考え方の基盤となっているものも多い。
悪い例だが、「人族絶対主義」の考え方もそうだし、魔法や、スキルについての考え方もそうだからな。
もしも、100年戦争の内容に誤りがあるのだとすれば、それこそ、この世界をひっくり返すということになる。男はそれを恐れて、自ら人の前から消した……。
う~ん、やはり考えれば考えるほど、そして、他人の意見を聞けば聞くほど、難しくなってくるな。胸の内のもやもやは強くなっていくばかりだ。
……ふと、皆が議論したり、頭をひねっていたりしている中で、う~んと頭を抱えているたまが目に入った。一応、子供の意見というのも聞いておこう。子供というのは型にはまらない自由な発想を持っており、時折、あ、と気づくことを言ってくれるからな。参考にしてみよう。
「たまは、どう思う?」
「う~ん……私はね~……」
「おう、何だ?」
「あしたのご飯はどうしよっかなって考えてる。おじちゃん、なにが良い?」
……うん。全く関係なかった。たまの回答に、俺も皆もきょとんとする。すると、ジゲンとコモンが笑い出した。
「ほっほっほ、なるほどの。“余計なことは考えるな”か。こんなこと考えておってもしかたないのお」
「ええ。たまちゃんのように、大昔のことを考えながら悩むよりも、僕も古龍ワイバーンをどうするかに悩んだ方が良いですね……」
そう言って、コモンはたまの頭を撫でる。たまは、ん? という顔をしながらも、頭を撫でられ、嬉しそうに笑った。
他の皆は、確かにという顔をして、頷き、飯を食うのを再開させた。
皆を見ながら、俺も何となく気が抜けてしまい、もう、このことについて考えるのは辞めようと思った。コモンの言うように、目の前で抱えていることについて、全力で当たるためにも、その方が良いと思っている。
そして、これから何をしていこうかと考えていると、一つ思い浮かぶものがあった。
それは、例の魂の回廊で出会った鬼人の女との約束。そうだ、あれから進展はない。しばらくはあれについて考えるというのも悪くはない。ひとまず、ギルドの資料室から当たってみるか……。
取りあえず、明日の予定を決めた後、飯を食うのを再開させた。すると、コモンが、他の話が聞きたいと言ってきたので、取りあえず報告がてら、あの話をしようと思い、口を開く。




