第160話―目的地に到着する―
だんだんと日が昇ってくると、未だいびきをかいてグースか寝ているグレンを起こし、旅支度を整える。そして、飯を食った後、街を出た。
馬車の上で、地図を広げるグレン。今日はもう、ギルドのある街に行くってことで良いんだよなと、俺も地図を覗き込む。
「このまま行くと、予定通り、荷物の受け渡しは明日か?」
「だな。何もないとは言え、疲れるというのは分かったし。そんなに急ぐような荷物でもないからな。予定通りに行くとしよう」
俺達は当初の予定通り、今日はギルドのある町で宿泊し、明日の午前中にギルドへ荷物を届けることにした。何も無くても疲れは出てくる。実際、昨晩がそうだったからな。今日のところは早めに街に行って、ゆっくりと過ごそうということになった。俺も買い物が出来るから、それは賛成だった。
予定を決めた後は、馬車を走らせる。今日もグレンの横に座って、街道を眺めていた。
……今日も、平和そのものだった。初日の山越えで、あれだけの魔物の大群に出会ったということが嘘のようだ。
ゆっくりと、馬車を進めながら、昨晩見た夢の話をグレンに聞かせた。グレンは他人の魂の回廊に俺が行ったことについてやはり驚いているようだった。
「珍しいこともあるもんだな。魂の回廊自体、ほとんど噂の代物程度でしかないのに……」
「そうなのか?」
「ああ。俺もまだ見たことは無い。どんなだった?」
「別に。ただ、真っ白な空間が広がるだけだったよ」
「へえ。まあ、実際行った奴も多いが、どれも、そんな感じの風景だったと語っているからな。
アンタが行ったのは、間違いなく魂の回廊であっているかも知れんが、他人の……それも鬼族の夢とはな……」
「そういや、鬼族とか鬼人とかって、人界にまだいるものなのか?」
「いや……確認はされていない。どこかに居るのかも知れないが、一応は、オウエン様だけが、人界唯一の鬼人ということになっている」
グレンによると、人界に居る鬼人は、かつて100年戦争に置いて、戦争を終結に導いた、人界王シンラと、鬼族の長である閻魔の娘、コウカの子供、歴史上はじめての鬼人、ラセツの子孫である、今の人界王オウエンだけだということだ。
ただ、確認はされていないというだけで、この世界のどこかに他の鬼族の末裔が居るかも知れないらしい。
一応は、神人が居たわけだからな。どこかで姿を隠しながら、生きているということも考えられるというわけだ。このあたりも、ジーンの、冒険家としての目標でもあるという。
じゃあ、夢に出てきた女にも、いずれ実際に会えるかも知れないな。そして、あいつが会いたがっていた奴ってのにも。
そいつは死んだかも知れないが、そいつの生まれ変わりには会えるかも知れない。最悪の場合は、そいつと、あの女を引き合わせてやろう。
俺はそう考えるようになっていた。
「にしても、他人の魂の回廊に行けるとはな。……やっぱりアンタは――」
「“規格外”か?」
「何だよ、自分でもわかってんじゃねえか」
「流石に、こればかりはな……」
ニカっと笑うグレンに頭を抱えながら、そう答えた。いつもは何らかの強い魔物、今のところは災害級といったところか。それを倒すと言われる言葉だが、俺以外にも倒せる奴はいるだろうと思っている。
正直、破山大猿くらいなら、ロウガンや、アヤメでも倒せそうなものだからな。
まして、サネマサやミサキといった十二星天という奴らも居る。俺だけを“規格外”というのは、少々間違っているのではないかと思っていた。
ただ、今回のことに関しては伝承くらいにしか存在しない魂の回廊というところに、しかも、見たことも会ったことも無い他人の魂の回廊に行ったとなれば、流石に俺がおかしいのではないかと自分でも疑ってくる。
まして、そんな奴と、夢の中で大切な約束なんかして、そんなあやふやなものを真剣に考えている自分がなぜだか、可笑しくなっていた。
そう思っていると、グレンが俺の心を見透かしたようなことを聞いてくる。
「そういや、何で夢で会っただけの女と、そんな約束したんだ? やはり、女の涙ってのに弱いのか?」
「そんなんじゃない。ただ……」
そう。何故だか、俺はあの女の願いは叶えてやりたいとあの時思っていた。それだけじゃない。あの女には俺の全てを話せた。皆に隠していたことも全て。
だが、その謎はもう解けていた。
「その女……妻に似ていたんだ。俺の死んだ妻にな。……あの女、俺に会いたいと願っている奴に対して、俺の妻が、俺に言ってきたことと似たようなことを言っていた。
それに、俺にも似ていた。離れてしまった者にもう一度会いたいと願う気持ちは、俺にもよく分かる。だから、あの女の願いを叶えてやろうと思ったのさ……」
サヤは、俺の手を「温かい」と言ってくれた。俺の手は、自分を救い出し、手を引いてくれた、綺麗な手と言ってくれた。
何となく、あの女が抱く、あの女の会いたい奴への思いってのに似ているなと感じた。だから、サヤに似ている女の願いくらいは聞いてやらねえとって、思った。聞かなかったから、サヤに説教されそうだしな……。
グレンは馬を引きながら、俺の顔をみて、そうか、と頷く。
「……惚れた女の面影を持つ奴の願いだったら、叶えてやらねえと男じゃねえもんな」
「何だ? お前にもそういう奴が居たのか?」
「よせやい! 俺は妻一筋さ!」
グレンは照れながら、そう言った。こいつにも妻が居たことに驚く。あれ? ツバキと結婚したいとか言っていなかったっけ、と疑いの目を向けながら、話を聞いてみると、今はモンクという領のこいつの家で、過ごしているという。
グレンはその領で道具屋を営んでいるが、偶にこうやって輸送依頼をこなしたり、行商をしたりしながら、金を稼いでいるという。
こいつの妻は出来た女らしく、たびたび家を開けるグレンをずっと信じて、帰りを優しく待っているという。
「だから、俺はいつまでもあいつを愛し続けられるのさ。アンタと違ってな!」
「この野郎……言うことにかいて、それは無いだろう!」
笑いながら俺を茶化すグレンを、俺も笑って小突いた。
しかし、妻を愛しているとはっきり言ってくるあたり、こいつは本当に妻のことを愛しているのだと実感した。良い仲だなと思う。グレンは俺とは違う、幸せな人生というものをいつまでも過ごして欲しいなと思った。
……だから酔った勢いで、冗談だったとしてもツバキと結婚したいと言ったことについてはもう絶対にしゃべらないと固く、強く、誓った。
さて、その後はグレンの嫁自慢を聞きながら、順調に旅は進んだ。昨日と違い、グレンは終始明るく、奥さんの話をしてくる。俺も眠くはならなかった。魔物も居ないし、平和だなと思っているうちに、昼が過ぎて、夕方前にはギルドのある街にたどり着いた。
「やはり、デけえな……」
「前にも言ったろ? ギルドのある街には冒険者が多く集まる。だから、店も宿も多く、その領の中では特に大きな街だって。領主もここに住んでいるしな」
グレンはそう言いながら、馬車を騎士団に預けていた。そして、噴滅龍と破山大猿の素材が入った異界の袋を手に持ち、俺の前に来る。
「さて、どうする?」
「そうだな……すまないが、買い物に付き合ってくれないか? リンネへのお土産も足りないと思うし、屋敷の奴らにも何か買っていきたいし……」
「おお、あの妖狐の嬢ちゃんにだな。それなら、俺も付き合ってやろう」
グレンは俺の肩をポンと叩き、歩き始める。グレンに感謝しつつ、俺も街の中へと入っていった。
街の、いわゆる商店街を進みながら、取りあえず目についたものが何なのか、店の奴に聞いたり、グレンに聞いたりしながら、色々と買っていく。
やはり、牛やヤギの乳から出来た、甘味や菓子が多い。これならリンネもツバキも喜ぶだろう。
そして、屋敷の奴らにはそれだけでなく、新鮮な肉や、クーマの刺身なども買っておいた。珍しいものなら、たまの料理の腕も上がるだろうなと思った。クーマの刺身などは、ジゲンと酒を呑むときのつまみにでもしたら喜びそうだしな。
もちろん、後で、リンネと食うために肉などは多めに買っておく。大きな肉の塊を異界の袋の中に入れていると、店員やそこらに居た者たちが、こちらを見ていることに気付く。何だろうと思っていると、グレンがポンと俺の肩を叩く。
「アンタ……どれだけ金持ってんだよ……」
「さてな。取りあえず、ここのところ金貨ばかり貰っているな」
「財産も“規格外”だな……」
グレンは呆れながらそう言った。値段は特に聞いていないが、俺が手にしていた大きな肉塊の値段は相当なものだったようである。それにクーマの刺身も同じくらい買ったし。
それでも、金貨一枚もいかなかったから、大したことないと思っていたのだが、周囲の人間はさすがに驚いたようである。中には、どこの貴族かとヒソヒソ話しているような声まで聞こえてくる。いまいち、こちらの世界の金銭感覚が掴めない。
ただ、一人で食うわけではないので、良いかと思いつつ、買った品々を異界の袋に詰めていく俺。
……ふと、人ごみの中から、俺達に殺気を向けている奴に気付いた。若い人相の悪い、冒険者風の男で、横の大柄な男と何か話をしている。
面倒だなと思いながらも、荷物を入れ終えた後は店を出て、クナイなどの消耗する武器をそろえるために道具屋に向かった。
……む、先ほどの二人のうち、大柄な男だけが、ついてきているな。若い方はどこ行った? まあ、いいや。一応警戒しながらも、道具屋に入り、色々と見て回る。
そして、いくつかの炸裂弾と閃光弾、さらに癇癪玉と煙玉を買っておいた。
「ん? 炸裂弾と閃光弾はわかるが、その二つは何だ? 主に魔物から逃げるときのものだが、アンタには必要ないだろう」
煙玉を眺めていると、グレンが不思議そうな顔をしている。一応、グレンの方は買っているみたいだが、確かにこいつの言うように、普段の依頼の時には必要ない。だが、俺はグレンにニヤッと笑った。
「いや、多分、すぐに必要になる。……それよりも、気になるものがあるんだが」
取りあえず、グレンの言葉を上手く流した後、先ほどから店の中で気になっていた一角に向かう。そこは魔道具の棚だった。
流石に魔道具に関しては何も分からないのでグレンに色々と聞きながら、必要そうなものがあれば、買うことにする。
ここにあるのは、ミサキの結界魔法を封じていたような、魔石と呼ばれる石に、何らかの魔法が封じられたもので、魔力を込めると、その魔法を行使できるというものだった。魔法は使えないが、ギルドの伝令魔法の魔道具のように、魔力を流すことは出来る。
つまり、俺にも魔法が使えるということなので、一つ一つ手に取りながら、効果をグレンに聞いていく。
「これは?」
「どうだろうな……少なくとも大概の攻撃魔法よりも、アンタの斬波の方が上だと思うぞ。強いて言うなら……これかな……」
グレンはそう言って、一つの魔道具を手に取る。綺麗に緑色に輝く、魔石を翼を生やした天使が抱いているような形のものだった。
「こいつは?」
「結界魔法が封じられている。相手の攻撃を防ぐことが出来るというものだな。例えば、アンタが攻撃している最中に仲間に危機が及ぶようなら、これを持たせることで回避できるかも知れない」
なるほど、つまりはミサキの持っていたものと同じというわけか。あれよりは耐久性が弱いとは思うが、グレン曰く、その魔道具に封じられている結界も、ミサキの「城郭障壁」という魔法らしく、それなりに耐えることは出来るという。
ちなみに、この翼を生やした天使……よく見ると、俺との闘いで「覚醒」とかいう技を使ったミサキそっくりだった。……まあ、どうでも良いが。
さて、グレンがこの魔道具を勧めてきた理由として、例えば、屋敷に何かが攻め込んできたときに、こいつに魔力を込めることで、屋敷全体を護れることが出来るということらしい。
「あ、いいな、それ」
「だが……高いぞ? 金貨10枚ってところか?」
「問題ない。ついでに、アンタにも買ってやるよ。奥さんの所に安全に帰ってやらねえと」
そう言って、グレンから魔道具を受け取り、更に棚にあった数個を手に取って、先ほど籠の中に入れたクナイなどと共に、店の者の所に行き、会計を済ませた。
グレンは呆気に取られていたが、俺が二つほど、魔道具を渡すと、やれやれと言って、頷いた。
家に帰るまでが旅だからな。安全に奥さんの所に帰って欲しいからこのくらいのことはしてやろうと思っていた。ここ数日間の楽しい旅のお礼も兼ねてな……。
……さて、俺達が道具屋をでて、宿に向かっていると、店の前で状況を伺っていたのか、俺達を尾行していた大柄の男が、再び動き出す。そのまま俺達について歩き出した。
俺もそろそろ片を付けたいと思い、グレンに、もう少し色々と見て回りたいと言って、道を外れる。日が沈んでは来ていたが、まだ時間はあるかとグレンは渋々俺に着いてきた。
そして、大きな道から外れ、街の路地裏へと入り、進んでいくと、行き止まりへと突き当たる。
「ったく、行き止まりだったな。確かにこういうところに珍しい店があるかも知れないというのはわかるが、残念だったな。……さて、もうそろそろ宿に帰るか?」
頭を掻きながら近づくグレンの前に出て、俺は口を開く。
「……いや、その前に……仕事だッ!」
俺はそう言って、グレンを突き飛ばした。グレンは背後の壁にぶつかり、しりもちをつく。
「ってッッ! 何すん――」
グレンが怒って俺の顔を見上げるが、たった今まで、グレンが立っていたところに矢が飛んできて地面に刺さった。
「……へ?」
呆気に取られているグレンの前で、俺はクナイを構える。すると、上から何人かの男たちが降ってきた。
「ッ!」
「おらッ!」
「でやっ!」
ある者は刀を、ある者は槍を振り回し、俺を攻撃してくる。俺は身をかがめて、それらをよけると同時に、奴らの得物をクナイで斬った。すべてをきるものを発動させているし、剣術スキルのおかげで、楽に切ることが出来る。
「は!?」
「フンッ!!!」
地面に落ちる、自らの得物を見ながら、男たちは驚いている。そいつらの腹にクナイの柄をぶつけて、気絶させていった。
すると、今度は、より多くの男たちが四方から現れた。
「金よこせッッッ!」
「おらおら、てめえらっ! 身ぐるみ剥いでいけ~ッッッ!!!」
などと、叫びながら俺に攻撃を仕掛けていく。中には食べ物を買ったときに居た若い男も、先ほどから俺をつけていた大柄な男も居る。
やはり、追剥かなんかだったかと思いながら、俺は奴らの攻撃をかわし、腰を抜かしているグレンを抱えた。
「うおっと!? ムソウ!?」
「すこし、揺れるぜッ!舌噛むなよ!」
そう言って、俺は壁伝いに跳躍する。そして、敵の上をとると同時に地面に煙玉を叩きつけた。
「おわっ!」
「く、くそっ!」
辺りは袋小路になっている。狭いところで煙玉を使うと、しばらく晴れることは無い。そのまま、俺は跳び続け、建物の屋根に上がった。
そして、なおも混乱する奴らに向けて癇癪玉を投げつける。
地面に当たり、パンッパンッと音を立てていくたびに、下からは叫び声と、もうやめてくれという嘆願が聞こえてくる。
俺はそのまま、建物から、大通りへと降り立った。ぎょっとする通行人に、何でも無いからと説明して、グレンを下す。グレンは深く息を吐いて、息を整えていた。
「大丈夫か?」
「はあ、はあ、はあ……大丈夫……だけどよ……いつから気付いていたんだよ……」
「買い物の時だよ。あいつら俺を殺す気満々で見ていたからな」
「だったら……その時にでも……言ってくれって……」
「まあ、そう言うなって。命もあるんだし、何も取られていないんだからよ」
俺はそう言って、グレンを立たせる。グレンはそうだけどよ~と言いながら尻に着いていた泥を落としていく。
「しかし、まあこれであいつらも捲けて、一安心だな」
グレンはほっとした表情になり、そう言ったが、俺は首を横に振る。
「いや? まだ、終わってねえぞ……」
「へ?」
きょとんとするグレンの肩を叩き、俺は路地裏の方に歩み寄る。すると、遠くから怒号と共に、ドタドタと大勢の人間が走ってくる音が聞こえた。
「くそったれッ! やりやがって!」
「目にもの見せてくれる~!」
「野郎どもっ! 次は本気でかかれッッッ!」
「「「おうッッッ!!!」」」
などと、気合を入れながらこちらに来る人相の悪い奴らに、道行く人たちからは悲鳴が上がり、蜘蛛の子を散らすように、その場から離れていった。グレンも俺の横で、呆然としている。
俺はなおも向かってくる奴らを睨みつけた。
―死神の鬼迫―
「「「ゔッ……」」」
ピタッと止まる追剥の一団。結構いるなあ、十人は超えているようだが、俺には何の障害でもなかったなと、更に殺気を強める。
すると、追剥の奴らの表情がますます青ざめていき、次々と白目をむいて、泡を吹きながら、気絶していった。
そして、全員が倒れたことを確認すると、俺はグレンに振り返る。
「ほら、行くぞ」
「……ハッ! お、おう!」
声をかけると、慌てたように返事をして、グレンは宿へと向かう。俺はそれについていった。背後からチラチラと俺達の方に視線を投げてくる者たちが居たが、気にせず、俺は宿を目指す。
最後の最後で、トンだ目に合ったなとグレンに言うと、そうだな、と淡々と頷いた。
だが、そのうち、古龍ワイバーンを倒した俺がそばに居るのに、追剥ごときにビビっていた俺が情けないと、元気になっていくのを見て、安心しながら宿へと向かった。
奴らをそのまま放置するということに、グレンは若干不安そうにしていたが、あれだけ人が多かったら、誰かが騎士団にでも、伝えるだろうと、グレンを納得させる。
俺が行っても良かったのだが、買い物で少々疲れた。早いとこ宿を抑えた方が良いと考え、グレンを急かしている。
「そういや、ギルドに泊まるという手もあるが、どうする?」
「風呂が無いだろ。ここまで来て風呂無しというのは嫌だぞ」
「アンタ……意外とそういうのは気にするんだな……」
確かに少し前まではあまり気にしていなかったが、ここ最近、旅を終えたら風呂に入って疲れを落とすことに、至福の瞬間というのを感じている。
明日、ギルドで荷物を渡すということを考えるのであれば、確かにギルドに泊まる方が都合が良いのかも知れないが、今日は長かった輸送依頼の締めの日。最後も湯に浸かって疲れを落としたいと考えている。
どうせ、費用はここの領主持ちなんだろ、とグレンを説得してこの街の宿に向かった。そして、グレンが案内してくれた宿はこの街で一番大きな宿だった。若干、流石にここまではとも思ったが、良いから入ろうぜというグレンに促されるまま、宿へと入る。
部屋に入ると、荷物を置いて、すぐさま風呂へと向かう。この宿は町の中にあるというのに、露天風呂もついていた。どうなっているのだろうと外に出ると、高い塀で囲まれている。これで、のぞき見される心配はないなと安心して、湯に浸かった。
「あ~~~……♨」
今日も平和な道中だったが、街に入って少し慌ただしかったから、やはり疲れが抜けていく感覚はあるな。
「毎日毎日、風呂入る度にそれだよな~。若いのか歳なのか分からねえよ」
「いや歳だな。昔ならもう少しうまく動けていたはずだが……」
「俺抱えて、建物を駆け回っておいて、歳と言われても信じられねえよ……」
グレンの言葉に笑った。だが、実際に衰えというものは感じている。ミリアンと闘った時にミサキに若返らせて貰ったが、その時の体の軽さというものを思い出すたびに、やはり老けたなあと度々感じている。
この世界にある、身体能力を高める魔道具というものには本当に助かっているなと常々実感していた。
「そういや、ムソウって魔物と人間、闘うのならどちらがやりづらい?」
「そりゃ、人間だな。魔物の攻撃は単純だ。本気で殺しにかかってくる分、攻撃が読みやすい。人間の方は、殺すために色々と小細工してくるからなあ。まあ、この世界に来てからは、本気で人間と殺す気で戦ったことなどほとんど無いから分からないが……」
「え、マシロのロウガンさんや、クレナのアヤメ様、それに十二星天のお二人と闘ったときとかは?」
「どれも手合わせだろ? 殺す気が無い戦いだ。どうにも体がついていかないことが多い。まあ、ミサキと闘った時は本当にやばいと思って、すこしだけ本気になったがな」
これまで闘ってきた相手というのはあくまで手合わせ。本気の命の取り合いとは違う。いわば、遊びみたいなものだとグレンに言った。
魔物との闘いでは、負けるということは、死ぬということ。だから俺も全力で相手をする。
一方、ロウガンやアヤメ、サネマサやミサキとの闘いは、あくまで仲間同士の戯れと思っている。だから、どれだけ本気でやろうとしても、頭のどこかで手加減してしまう。
それによって、俺の身がやばいと感じたことは多々ある。この部分は直した方が良いとも考えているが、本気を出したら、うっかり殺してしまいそうだから、力を抑えているつもりだ。
「え、じゃあ手加減してミサキ様や、サネマサ様と互角以上ってことか?」
「いや……その時の状態では本気だったというだけの話さ。そして、命の取り合いということになれば、話は変わってくると言っているんだ」
「つまり……じゃあ、ミサキ様や、サネマサ様、他の十二星天の方々が、お前を敵視し、歯向かってきたらどうする気だ?」
面白い質問だな。普通の人間は悩みそうなものだろうが、俺の中ではすでに結論は出ている。グレンの質問に即答した。
「その時は本気で斬る。俺も死にたくないからな。また、護るものも出来たし。そいつらを護る為なら、俺は喜んで本物の“死神”になってやれる」
グレンは、まっすぐと俺を見て、そうかと頷く。まあ、ミサキやサネマサが俺と敵対することなんてありえないと思うがな。まして、ミサキがリンネを襲うなんてあり得ないだろう。
ただ、仮定としてそうなった場合は、ミサキには悪いが、俺はリンネにつくだろう。リンネを護る為なら、ミサキを斬ることも辞さないと思っている。
まあ、ミサキもサネマサも俺にとっては大切な仲間で、護り護られるような関係だ。
仮に、あいつらを殺そうという奴らが、現れたら、本気でぶった斬ってやると思っている。そのためなら、“鬼”と呼ばれようと、“死神”と呼ばれようと構わない。
「まあ、もちろんアンタも同じだ。前にも言ったように、アンタやアンタの家族に危害を加えるような奴が居たら、俺が飛んで行って、ぶちのめしてやるからよ、安心していてくれ」
何やら、落ち込んでいるような様子のグレンにそう言うと、グレンはフッと笑って、俺の顔を見た。そして、肩をポンと叩く。
「へっ、ありがとうよ。やっぱりアンタ、まだまだ若いな。良い意味で」
「おうよ」
グレンの言葉に頷き、しばらく湯に浸かっていた。
そして、風呂から上がり、部屋で飯を食いながら、明日のことについて話す。
明日は午前中にギルドへと行き、荷物を渡す。そこで、グレンの輸送依頼は達成ということになる。その時に、俺も護衛依頼達成ということになり、達成の証書が貰える。それをクレナのギルドに持って帰ると、報酬が貰えるとのことだ。
そして、グレンはその後領主に荷物を届けに行くことまでするそうだ。普通はギルドに渡したらそれで、終わりとのことだが、ここの領主と、依頼をしてきた役人に顔を覚えてもらうためとグレンはニカっと笑う。
「俺の顔を覚えて貰ったら、次にここに来たときに商売が楽だし、販路も広がるからな」
「なるほどな。ここには他の領には見られない珍しい菓子などが多いからな。それは良いかも知れない」
ここチャブラは、乳製品だけでなく、肉なども豊富だ。さらに羊毛などの繊維もある。商人にとっては、都合がいい場所なのかも知れない。出来るときにここを仕切っている奴らに顔を覚えてもらうというのはいい案かも知れない。
「俺も行くか? 噴滅龍討伐の冒険者である俺が行ったら何かと都合がいいかも知れないだろ?」
「あ~……それはそうなんだが……場合によってはお前の持っている古龍ワイバーンの素材を何とかしてくれないかと言われたらいやだろ? それに迷彩トカゲも居るし……。辞めた方が良いかも知れないぞ」
「……確かにな……じゃあ、本当にギルドでお別れってことで良いんだな?」
「ああ。少し寂しいがな。だが、お前にも帰りを待つ人たちが居るんだろ? それに花街に居たリンネちゃんも、アンタの帰りとお土産を今や遅しと待っているかも知れないからな。だから、早く帰ってやれって」
「すまないな」
グレンは気にすんなと笑った。長い旅だったが、明日で終わりだ。
だから、俺達は飯を食いながらその後も色々と話をしながら楽しんでいた。
グレンはリンネと俺とのやり取りを見て、子供が生まれたら娘が欲しいと言ってくる。きっと嫁に似て、すごく可愛いんだろうなと言うグレンに、子供というのは男の子でも女の子でも可愛いものだと話した。グレンはそうだな、と言って笑った。
「嫁さんに似た女の子だったら大変かもしれないぞ? 美人になることが分かっているから、ある時突然、変な男を連れてくるかもな」
「それは……そうだな。だが、本当に変な男だったら、たとえアンタみたいに強くても、殴り飛ばしてやると思っているぞ」
グレンはグッと拳を握って、そう言った。父親というのは、どの世界でも家族に危機が迫れば、全力になるというのは同じらしい。
俺はサヤや、カンナを護ることはできなかったが、こっちではリンネやツバキにちょっかい出すような男が出てきたら、クレナに初めて行ったときにツバキに言ったように、あいつらの代わりに、そいつを思いっきりぶん殴ってやろう。
そして、屋敷の連中にも危害を加えようという者が現れたなら、無間を振り回して暴れてやろうと、固く誓った。
その後は旅の間、話題になった100年戦争の話に移る。この世界のどこにそんな壁画があるのかと、方々を旅しているグレンと共に色々と意見を出し合っていた。
「やはり、マシロじゃねえかな。広いし、山ばかりだしな。何となくありそうな気はするんだが……」
「いや、そもそもその冒険家の娘が欲していた宝石が何かを解明することが先だろ。それによって鉱脈があるところを探ったらいいんじゃないか?」
「それはすでにやっている。調べた結果、どこにでもある宝石だったみたいだ。300年前は知らないが、今ではどこからでも出てくる」
「あ? 何でだよ。普通は掘り尽くされて、出てこねえだろう」
「壊蛇襲来の際の世界の復興に置いて、ミサキ様が、破壊された山々を蘇らせると同時に、素材を含んだ地層をいじくったからだよ」
山を蘇らせるという、途轍もないことをしてのけた、ミサキに驚く。何でも、巨大な魔獣壊蛇によって破壊されたり、汚染された森や山などは、ミサキの時間魔法や、精霊人の魔法によって復活されたという。
ミサキはその際に、枯渇した資源を蘇らせようとして、この世界に元々あった宝石や鉱石などと共に、新しい宝石などをEXスキルで生み出し、それらを復活させた山々の地層にばら撒いていったという。
おかげで、付近の鉱山や、宝石職人などは喜んだが、どこの山に何の素材があるかは分からなくなり、大規模な調査が行われた。その結果、くだんの宝石はどこからも産出されることが判明し、一層壁画の場所というのが分からなくなったらしい。
「……あいつは立派なのか、馬鹿なのか時々分からなくなるな……」
俺は頭を抱えながらミサキを語った。マシロの呪いの一件を後世に語り継ぐとして、リンゴという果物の生る木をうみだしたときもそうだった。
やることは立派だし、良いことだと思うが、その後の一言で、俺達は微妙な思いをすることになったな。
「俺はミサキ様のやっていることは立派だとは思うぜ。流石十二星天様だな」
グレンはニカっと笑ってそう言った。それにしたって、冒険家の謎が深まっただけじゃねえかと言いたいが、そもそもこの世界に置いて、100年戦争について深く考えるのは余計な事。
確かに、この話を知らなかったとしたら、ミサキのやったことは大いに立派なことだろうなとは思う。世界の復興と、100年戦争の真実の二つを天秤にかけるとしたら、選ぶのはやはり前者だろう。
過去など忘れて、未来を見据えるべきだと納得して、素直にミサキを称えることにした。
さて、話を戻そう。冒険家の見た壁画についてだ。グレンは領地が広く、まだ、人の調査があまりされていないところが多い、マシロや、ここチャブラ、更には現在ミサキたちが居るであろう、オウキという領が怪しいと語る。
だが、俺は違う見方をしている。灯台下暗しという言葉もあるように、実は王族がすでに回収して、それはウィニアにでもあるのではとか、どこかの領には一族秘伝として、領主の家に伝わっているのではと考えている。グレンは俺の話を聞き、ぽかんとしている。
「王族が持っていることは無いだろう。なんで、公表しないんだよ」
「それは前にも言ったように、見られたらまずいものでも書いてあるのではないか? 王政に関わる重要なこととか」
「あ~……なるほどな」
「それに、魔法でわざわざ隠すくらいなら、俺だったらその場で破壊するか、持ち帰るかするけどな。
それか、誰かに預け、内緒にする代わりに絶対的な地位と、多くの金を渡すか、だな……」
正直、後者は無いと思っている。仮に王族にとって不利になるような代物だとしたら、王政にとって代わろうとする輩が出るかも知れないからな。その線は無いだろう。むしろ、前者はかなりありうる話だ。冒険家は、実際に目にした壁画のことを王に確認している。ということは、王族もどこに壁画があるかということは確定しているはずだ。
もしも、俺の思っている内容が、壁画書いてあったとしたら、俺ならその場で破壊するな。その方が、確実に後の世に広まらないからな。
「アンタ、その考え方は危ねえかも知れないぞ。王族に不審な動向アリと言っているようなものだからな……。
それに100年戦争自体を否定するかも知れないなんて、それは考え過ぎじゃないのか?」
「俺は元々この世界の人間じゃないからな。王族にも大した忠誠を持っているわけでもないし、100年戦争に関しては、昔々にあったデカい戦としか思ってないからな。何でも言うことが出来る」
「あ……それは迷い人ならでは、だな。ただまあ、確かに壁画がすでに無くなっていると考えた方が良いかも知れない。その方が、気が幾分か楽になる」
「ん? 何で無くなったのかは気にならないのか?」
「ああ。最初も言ったように、気にすれば、冒険家と同様な結果になりそうだからな。俺は家族を置いてまで、その秘密を他言しようとは思わない。だから秘密を知ろうとは思わないな」
まあ、そうなるのがこの世界の人間からしたら普通だよな。俺に関しては、王政も、神話もどうなろうと知ったことではないと思っているだけに、壁画についてはやはり気になる。
ただまあ、グレンの言うように、家族を置いてまで、その謎を解くというのは馬鹿らしく感じる。
この、100年戦争の真実を追った冒険家の謎問題については、同じく冒険家で、十二星天のジーンって奴と、その愉快な仲間たちである、ミサキやコモンらに任せるとして、今日の所は終わった。
それからは、グレンと飯を食いながら色々と話を続け、気づけば、夜中となっていた。明日のこともあるし、俺はクレナまで一気に帰ることになるので、今日はもう寝ようと言って、布団をかぶった。
「じゃあ、最後までよろしくな、ムソウ」
「ああ。こちらこそ、な」
グレンと短く言葉を交わし、目を閉じた。流石に、あれだけ話をしたすぐあとだ。なかなか寝れねえなと思っていたのだが、グレンの方から、寝息が聞こえてくる。あいつ、もう寝たのか。やれやれ、最後の夜だというのに、寂しくなるじゃねえか……。
まあ、いいや。俺も寝よう。
明日にはクレナに帰る。七日ぶりにツバキやリンネと会う。そして、屋敷の奴らにも。ダイアン達、帰っているかなと期待しながら、俺もそのまま眠りに落ちていった。




