第159話―約束―
次の日、宿を出て買い物に行こうとしたが、道具や武器を買うならギルドのある街の方が良いというグレンの言葉に従い、買い物は辞めてそのまま街を出た。
今までは領境の山を越える旅だったが、今日から進む街道は草原の中にある道で見通しも良く、神人化の必要なしということで俺も馬車に乗ってのんびりと旅をしている。
……そう、本当にのんびりだ。辺りを見ると、放牧されている馬に干し草をやる領民たちや、せっせと仕事をする羊飼いたちが見える。
「ここらには魔物は出ないのか?」
「出るには出るが、マシロやクレナに比べると少ないはずだ。だから、ああやって家畜の放し飼いが出来るってもんだな」
「じゃあ、チャブラの冒険者は仕事なしか?」
「素材採集や食料調達もあるだろ。それに、牧場に隣接する山や森には魔物が居るからな。それをどうにかしてくれという依頼が多い。だから、この辺りは平和なんだよ」
グレンによると、俺達が来るときに通った山や、森などにはまだ魔物が居る。そいつらが、家畜を襲わないように、山や森で食い止めるというのがチャブラの冒険者の戦い方らしい。
他にもチャブラの冒険者ギルドでは、農地を経営している者から、人手不足だから手伝って欲しいという依頼もあるようだ。
そんな依頼が多いということは、討伐依頼も少ない。だから、俺達ものんびりと旅が出来るのかと納得した。ここの冒険者は本当に頑張ってんだなと実感する。
ぼーっと風景を眺めていると、横からグレンに小突かれる。
「ぼさっとして、そのまま寝るなよ」
「そう言われてもなあ。……何か面白い話でも聞かせてくれよ」
俺は欠伸をしながらそう答えた。今日は天気もいいからな。グレンの言うようにこのままぼーっとしていると、寝ちまいそうだ。横でグレンの話でも聞くことにしよう。
う~ん、と悩んだ挙句、グレンが話し出したのは、とある「冒険家」の話だ。「冒険者」じゃない。冒険家だ。
それはどう違うのかと聞くと、冒険者は旅をしながら依頼をこなし、金を稼ぐ。冒険家は旅をすること自体が金を稼ぐことといい、簡単に言えば、まだ、誰も見たことが無いものだったり、ギルドや騎士団、王都が把握していない場所や素材を探求することが目的だという。
ただ、数年前に十二星天の一人が、世界地図を完成させたので、前人未踏の地というものは無くなってしまったが、それでも世界にはまだ、未知なるものが多い。リンネみたいな妖狐などがいい例だ。
冒険家は更にその先の謎を明らかにする手掛かりを見つけるための職業だという。一応、そういった機関も王都に存在しており、代表は先ほど言った十二星天の“冒険王”ジーン・シルヴァスという者が務めている。
マシロで読んだ本に寄れば、少し先の未来が視えるとのことで、あらゆる災難を乗り越えるまでもなく、事前に察知し回避してきたと書いてあったな。シルヴァスは多くの冒険家たちを纏め、この世界の謎に挑んでいるようだが、グレンの話の冒険家とは彼のことではなかった。
その冒険家は今からおよそ300年前にこの人界に実在していたという。そいつもシルヴァスと同じく、この世界のあらゆる謎を追っては解決し、人々にそれを聞かせて民たちだけでなく、王都からも信頼の厚い男だった。
彼は更に深く謎を解明したいと言って、大昔、この世界で起こったと云われる100年戦争について調べ出した。
100年戦争については、なにぶん古すぎることなので、本当にあったものかどうか怪しいというのが、現状だ。
何せ、長命であるエルフや精霊人でさえも、事実までは分からないというくらい太古の昔にあった出来事だという。まさしくこの世界最大の謎に彼は挑んだ。
雲をもつかむような話だ。どこにも証拠や、痕跡すらないのだからな。唯一あるとすれば、王城。人界王シンラと閻魔の娘コウカの子孫である、その時代の人界王が手がかりだ。
何かないかと王城を調べようとするが、当然拒否される。いろんな秘密で溢れているからな、王城ってのは。そりゃ、まあ当然だが、冒険家は、ご先祖の謎が少しでも解けるかも知れません、と当時の人界王に食い下がる。少し、戸惑いの表情を見せる人界王だったが、断固として、彼に王城を調べさせようとはしなかった。
仕方なく、冒険家は世界各地を歩いて回った。どこかにあるはずだ。些細なものでも良いと、100年戦争の痕跡を探し始める。エルフの集落にも行ったし、マシロの精霊人の森にも何度も行って、痕跡を見つけようとしたが、結局、それらしいものがないまま、年月が過ぎていった。
そうしていると、冒険家の娘が、彼に頼みごとをする。話を聞くと、近々結婚するので、指輪が欲しい。希少な宝石を使ったものだけど、どこにも売っていないから、どうにかして欲しい、と。
男は100年戦争の調査を中断し、娘に頼まれた宝石を探す冒険に出る。ちょうど心当たりはあった。以前訪れた山に、その宝石の鉱脈があることを知っていた彼は、すぐさまその山に向かう。そして、山の洞窟の中で採掘作業をしていると……
「ん? ……な、なんだ!?」
岩を掘り進めて行くと、杭を打ったところからガラガラと大きな岩が崩れ始め、ぽっかりと大きな空間が広がった。
よく見てみると、その岩は、そこらの岩とは質が全く違う別物だということが判明。恐らくこの先に何かあり、それを魔法か何かで、封じていたんだろうと、男は解釈した。
一体何があるんだろうと、灯を持って、その中に入った。すると、男の目に飛び込んできたのは……
「……それは、一枚の壁画だったのさ」
「壁画? どんなものなんだ?」
グレンはきょとんとする。俺、何か変なことを聞いたのかと眉を顰めていると、
「話の脈絡から分かるだろう。それは100年戦争について手掛かりになるような壁画だった……らしい」
「らしい? どういうことなんだ?」
妙に歯切れの悪いグレンの言葉に反応すると、グレンは咳ばらいを一つして、話を続ける。
男が見つけた壁画というのは確かに100年戦争のことを描いたものに感じたらしい。
……だが、男はそれを見た瞬間、100年戦争というものは実在した証拠を見つけたという嬉しさよりも、そこに描かれているもの、更には刻まれた文字を読んで、驚愕したという。
その後、王都に戻ると、人界王にこのことを説明、および、あそこに描かれているのは本当のことだったのか、と聞いたそうだ。すると……
「……ここで、話はおしまいだ」
「えっ! ここでかよ! 面白くなりそうなのに……」
突然、グレンは話を終わらせる。伝え聞いたものだと、男がどこで壁画を見つけ、何を人界王に確認したのか明らかになっていない。
「よほどのことなんだろうぜ。冒険家はその後、娘夫婦をも置いて、どこか、誰も知らない場所へと向かって余生を過ごしたらしい」
「王に口封じにされたってことは?」
「いや、無いだろうな。何せ、男が最後に目撃されたという情報はあったようだ。それは王城から遠く離れた、コクロという領だった。
それ以降、男が人の前に現れることはなく、真相はまたも、歴史の闇の中に封じられましたとさ。めでた――」
「いや、めでたくねえだろ。ずっともやもやしてるぞ……」
俺は頭を抱え、グレンはフッと笑った。凄く、気になる終わり方しやがって。男は何を見たんだよ。どんなものだったのだろうか。
……そして、その場所はどこなのだろうか。十二星天のシルヴァスって奴は知ってそうだな、とグレンに聞くと、首を横に振った。
「流石のシルヴァス様も、分からねえってよ。話自体が300年前の話だし、その間に王城がもう一度魔法で封印しなおしたってこともあるからな」
「え、じゃあ、この話自体は本当なのか?」
「ああ。当時から生きているエルフや、マシロの精霊人の長老が、その冒険家が訪ねてきたということは事実だと証言している」
あ、そう言えば、あの爺さん、700歳越えていたもんな。長老が間違いないというのなら、この話は事実なんだろう。ということは壁画もどこかにあるのか、とグレンに確認すると、それは分からないとのこと。
まあ、見たのがその冒険家だけだからな。その部分は本当かどうか怪しいものだ。ただ、その後の男の行動から察するに、何らかの手掛かりはあったのだろう。でなければ、一人秘密を抱えて、死ぬような真似はしないだろうからな。
「ちなみに、冒険家が追っていた100年戦争、それは本当にあったことなのか?」
最後に、この話の肝である部分を聞いてみた。どうせ、これもまだ明らかになっていないとでも言うかと思ったが、グレンはニカっと笑う。
「あ、それは本当らしい。龍族がそう証言したとエレナ様は言っていたな」
……おっと、冒険家の人生の大半を費やしても明らかにならなかった、根幹の部分。案外あっさり解決してんじゃねえか。
グレンの言うエレナというのは“龍心王”の異名を持つ、十二星天の女だ。人族と龍族の間に立ち、和解させた立役者のことだ。ミサキやコモンの話から察するに、龍族たちと仲が良いらしく、100年戦争という神話の時代の域から生きている龍に確認すると、そういう大きな争いというのは確かにあったと龍たちは語ったようだ。
何となく、天に向かって、冒険家の男に、どんまいと心の中で念じた。
ひとまず、100年戦争は事実らしい。ということはそれに付随してついてきた話も本当のことだろう。
じゃあ、この冒険家は無駄骨だったのか?
……いや、しかし、それならば壁画を見つけた後の行動は意味不明だ。わざわざ王城に行き、伝え聞いていたことと自分の見たものと同じか確認し、その後姿をくらませるというのはよく分からない。
何か違ったのだったら、話は早い。100年戦争の言い伝えはこの世界に根付いているからな。何か異なることが書いてあったのなら、文字通り、世界をひっくり返すという結果になるかもしれない。
当然、王政だって危なくなる可能性がある。それが怖くて、王都が冒険家の男を亡き者にしたという筋書きの方が、しっくりくるが……。
本当に一体何を見たのだろと、頭をひねっていると、グレンがニカっと笑う。
「どうだ? 目が覚めたか?」
「いや……醒めたけどよ。今度は逆に気になり過ぎて、仕事に集中できねえよ……」
「ハッハッハ、そうだろうな。まあ、あまり深く考えんなよ。俺達はこの話をガキの頃から、そういった意味合いで、教えられることが多いからな」
「そういった意味合いって?」
「だから、あまり深く考え込まないようにだ。100年戦争について、深く知ろうとした冒険家は結局、娘の結婚も祝われず、その後、不幸になっていったろ?
余計なこと考えているから、そんなことになったという戒めだよ。だから、アンタも頭ひねるくらいだったら、俺の護衛の仕事、しっかり頼んだぜ」
そう言って、グレンは俺に手綱を握らせて、地図を広げて落ち着き始めた。昨日買ったバタークッキーを食いながら、茶を飲んでいる。
俺は渋々手綱を握ったが、グレンの言葉を聞いて、
―余計なこと考えんなって……さらに怪しいじゃねえか……何見たんだよ……―
と、更に頭をひねらせるようになっていった。
◇◇◇
馬を引きながら、ぼんやりと馬車を進ませる。相変わらず、先ほどの100年戦争のことについてずっと考えていた。グレンはというと、俺の魔法の地図をあれこれと操作しながら、便利だなあと感心している。
俺が今考えていることの言い出しっぺの男が、横で違うことで楽しそうにしているというのは何とも言えない腹立たしさというものがあるな。
偶に、道は合っているのか、と確認しても、グレンは、
「一本道だろ? 迷わねえだろうよ」
と、言ってくる。確かにその通りだ。分岐が無いので迷うことは無い。本当にぼーっとしててもギルドの街に着きそうな感じだ。
魔物も居ないし、退屈だなと思っている。いやまあ、良いことなのだがな。
時折、他の旅人や、冒険者、領民とすれ違うこともあった。すれ違いざまに荷台に乗っている子供が手を振ってくることもある。俺とグレンで手を振り返すと、子供のはしゃぐ声が、遠ざかっていくのを聞きながら、本当にここは平和なんだと実感する。
「のどかだな、本当に……」
「ああ。ここの領主たちは反乱分子を黙らせるからこれが欲しいと言っているが、そんな心配も無さそうだ。無駄な買い物だったかも知れないな」
と、グレンはニカっと笑った。今の仕事の依頼主は、チャブラ領主を権威ある領主に見せようと、噴滅龍と破山大猿の素材を欲していると聞いた。それにより、領民たちからも信用を得ようとしている。
正直、そんなことしなくても、ここの領民たちは平和に暮らしそうだなと思っている。領主の手腕問わず、皆、仕事をしながら豊かに暮らしているように思えた。上が駄目でもその下が、きちんとしていれば、何とかなるものだと実感していた。
その後、昼になると馬車を止めて昼飯を食べた。果物の盛り合わせに乳を発酵させて作ったといわれるものをかけて食べる。程よい酸味が果物を包み込んでいて、とても美味かった。
疲れもとれるし、眠気も醒めるなと口の中にかきこんでいるとグレンが俺を指さして笑っている。
「ハハハッ! ムソウ、それじゃあ爺さんみたいだぞ!」
何の事かと首を傾げながらも、鏡を見てみた。すると、俺のひげに果物にかけていた白いものが付いていて、まるで白髭のじいさんのようになっている。
この野郎、と腹を抱えているグレンを見ているとグレンも口の周りを白く汚していた。
「お前もじゃねえか」
そう言って、グレンに鏡を見せると、ホントだ! とか言いながら、笑って口を拭った。どちらかと言えば、まるで子供みてえだなと思いながら、俺達は食事を楽しんだ。
飯を食った後は、またのんびりと旅を再開させる。午前中は俺がグレンの話を聞いていたが、今度は俺がグレンに話をしていた。こないだから話している、俺の冒険者生活について、詳しく聞かせて欲しいとのことだった。
と言っても、既にほとんど話したからなあ。初めての依頼でオオイナゴの大群を討伐したことよりも同行したハクビの処理の方が大変だったとか、精霊人の森でワイアームとヒュドラを倒したという話もしたし、ミサキとデーモンを倒したことも伝えた。あらかた、話し終えたと思うんだがな……。
「何を聞きたいんだ?」
「そうだな……マシロで起こった呪いの事件について、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」
ああ、その話かと頷き、グレンにマシロでの一件について話した。
最初は、ギルドの奴らが、マリーに敵意をあらわにし、そうこうしていると、副支部長であるリンスにまで怒りの矛先が向かれた。どうしようかと悩むが、こういうことはミサキに聞くのが一番ということで、ミサキに力を借りた。
すでに町中が可笑しくなっていることに気付いた俺達は、ミサキと、後で合流した騎士団の三人と共に、おかしくなったきっかけと思われる、ミリアンという貴族の屋敷へ向かった。
ミリアンたちは俺達の芝居に騙され、本性をあらわにし、自らを「転界教」と名乗り、俺達に戦いを仕掛けてくる。……あ、仕掛けたのは俺達か。
どうでもいいや。それで、俺の神人化によって使えるようになった解呪術で、町中の呪われた奴らを元に戻し、ミリアンを倒して、めでたしめでたし……ってところだな。
呪いの一件での話を終えて、グレンを見ると、グレンは顎に手を置いて、何か考え事をしていた。
そして、何か思い当たったことでもあったのだろうか、ハッとして、頭を抱えている。どうしたんだろうと思っていると、グレンはしばらくして口を開いた。
「……悪ぃ、ムソウ」
「何がだよ?」
何故だか、グレンは俺に謝ってくる。正直、何のことか分からない。すると、グレンは何か確認するように口を開いた。
「呪いの一件の首謀者は、マシロでワイツ様の次に権力を持っていた、ミリアン卿なんだよな?」
「ああ。さっき言った通りな」
「で、本性は「転界教」って得体の知れない何かに属した奴だったんだよな?」
「ああ、そうだ」
「それで、そいつらって……魔刀級の武器や強力な魔道具を持っていたんだよな?」
……あれ、その話はしたっけ? 確かに俺が戦ったカリヴ、リンスが戦った男に、ツバキが戦った女魔法使いもそれぞれそういったものを持っていて、俺以外の奴らはすごく苦戦したって聞いたな。後から聞いた話じゃ、ミサキが一瞬にして蹴散らせた屋敷に残っていた残りの奴らも持っていたらしい。
ミサキはそういった強力な力を持つものを多く所持していることから、「転界教」というのはすごく危険な存在だから王都に報告に行くと言っていたが、余計な混乱を招くとして、あまりこのことは言っていないのだが、グレンにも話していたっけ?
取りあえず、グレンの質問に頷いた。
「ああ、持っていたぞ。まあ、俺にかかれば何のことは無かったがな。……で、それが何だ?」
グレンにそう言うと、一つ大きなため息をつき、ガクッと頭を下げた。そして、ポツリと喋り出す。
「……その魔道具……ミリアン卿に渡したの……俺かも」
「……は?」
グレンの言ったことの意味が分からず、きょとんとした。え、あの魔道具をミリアンに渡らせたのってグレンなのか!?
なら、こいつも転界教……いや、それは無い……とも言い切れない。そのことについては調べようがないから分からないからな。
取りあえず、グレンの顔を起こし、事情を聴いた。
「どういうことなんだ?」
「ああ。お前と初めて会った時、実は俺、今回みたいな輸送依頼に取り組んでいたんだ……」
「ということは今回みたいに、何かを運んでいたってわけか」
「ああ。送り先はまあ、ギルドだったんだけど、受け取り主はミリアン卿だったんだ」
「なるほど……で、その運んでいた商品というのが……」
「いや……それが分からなかったんだよ……」
違うんかい。てっきり、それが魔道具の類のものかと思ったが……。
じゃあ、なんで自分が魔刀やらを運んだと思ったのか聞いてみると、その荷物には隠蔽スキルがかかっていたらしく、どうしても内容が分からなかったという。
グレンはその時、珍しいことをするもんだと思ったらしいのだが、輸送依頼では案外こういうことをする者も多く、中身を知られたくないときや、すごく大事なものを運んでもらう時にはそういったことをするらしい。
まして、受け取り主は、貴族。見られたくないものなんだろうな、と、その時のグレンはたいして、荷物の内容については気にならなかったそうだ。
「むしろ、気にしたらやばそうだしな……」
「まあ、その気持ちはわかる……」
グレンのつぶやきに、納得する。貴族が荷物の内容を隠すということは、よほどのものだ。それも一介の冒険者や商人などが知っていいものではないのかも知れない。その時に荷物を確認しなかったグレンの行動は正しいだろう。
それで、輸送依頼をしているときに俺と出会い、無事マシロまで着いて、俺と別れたあとはギルドを通さずにそのままミリアンの屋敷に直行。荷物を無事に渡し終えたとグレンは話した。
「荷物を受け取ったミリアン卿の顔……忘れねえ……ニタっと笑って、「これで、私は更に……」とか、なんとか言っていたよ……」
グレンは気分を悪そうな表情になってそう言った。そんなミリアンを見て、グレンは何か嫌な気配を感じたそうだが、自分はこれ以上首突っ込むのも危ないと思い、早々に退散したという。
恐らく、ミリアンのその時の台詞から、中身は魔道具で間違いないだろう。さらにその中に、ミリアンがリッチに至る為の、貴重な魔道具でもあったのだろうかと思う。
俺がこの世界に来て、グレンと出会ったあの時。あの時からすでに計画は始まっていたのか……。
まあ、あれだけの時間があれば、色々用意できるだろうし、計画を一気に表面化させたのも頷けるな。あの時は何で、そこまで焦っているのかと思っていたが、実は綿密な準備もし、更には俺やミサキさえも手中に収めたと思ったミリアンは一気に行動を開始したというわけだな。
そして、俺の目の前には、まんまとあいつらに計画の一端を担わされた……というか、簡単に利用されたグレンが、当事者である俺に頭を下げていた。
まあ、確かに手伝わされたのは間違いないが、グレンは荷物を運んだだけだ、悪くない。そう思って、俺は泣きそうなグレンの肩に手を置いて、笑った。
「まあ、お前が気にすることでもないだろう。お前はあいつらに良いように利用されただけ。俺は特に何も思ってねえよ」
「いや……でも、あの時俺が何かに気付いて、すぐにギルドか騎士団に行ってれば……」
「無理だろうな。貴族が何か企んでいると言っても、すぐには信じちゃくれない。むしろお前がミリアンの権力によって、騎士団に捕縛という可能性もあったからな」
そう言うと、グレンはぞおっとしているようで、更に顔色を悪くした。ふむ……元気づけようと思ったのだが、逆効果だったらしい。俺は肩をポンと叩き、
「まあ……もう済んだことだから良しとしようじゃねえか」
と、グレンを元気づける。すると、グレンは徐々に表情を明るくさせていった。
「……まあ、そうだな。アンタの強さの前じゃ、俺の悩みもかき消されるくらい小さいことだよな。
……うん、アンタを味方にしていれば、俺も大丈夫だよな!」
グレンはニカっと笑って、俺の肩を叩く。理由はともかく、グレンが元気になって良かったと思った。
「その意気だ。それに、もしも転界教がお前に手を出しそうなら、クレナの俺の家に来いって。すぐさま奴らを殲滅してやる」
「そ、そうか。分かった! その時はよろしく頼むぜ、ムソウ」
グレンはそのまま俺と握手をする。「転界教を殲滅」という文言に若干戸惑っているようだが、なんだかんだ言ってもこいつには世話になりっぱなしだ。こいつに危険が及ぶようなら全力で何とかしよう。
そう思いながら、グレンと固く握手をした。
◇◇◇
さて、グレンから転界教のことを聞いた後は、やはり何事もなく馬車を進めていき、目的としていた街に着くことが出来た。
そこは、昨日訪れた街よりはだいぶ小さな町だったが、静かで落ち着いた場所だった。馬車を騎士団に預けると、さっそく宿に向かう。宿は小さく、年老いた夫婦で切り盛りしているようなところだった。
「はい、いらっしゃい」
入り口を入ると、柔らかな表情をした婆さんが、俺達を迎えてくれる。
「今日泊まりたいんだが、部屋はあるか?」
「ええ、大丈夫ですよ。一部屋でいいかい?」
「充分だ」
そんなやり取りをして、婆さんは俺達を部屋へと案内する。寝具が二つ置かれただけの粗末な部屋だったが、本当に充分だと思った。取りあえず、飯の時間を聞いた後は、グレンとしばらく、旅の疲れをとっていた。
「いやあ~、何も起こらないっていうのも気が滅入ってくるなあ……」
「何かあっても、俺が大変なだけだろ。お前は腰抜かすことくらいしかすることが無いと思うが」
「ハハハッ! まあ、そうだな。ただ、それがお前の仕事だってことを忘れるなよ」
グレンは寝具に横たわりながらそう言った。
何もないことは確かに退屈だったが、二日目のように古龍ワイバーンが出てきたことを考えると、こういった輸送依頼の時には何も起こらないということがどれだけありがたいことなのかということに気付く。
そして、それに対処するのは、俺の仕事だ。これまで、討伐依頼も、採集依頼もこなしてきたが、どの依頼にも必ず何かしら、やりづらいということはあるのだなということを実感していた。
さて、部屋で過ごした後は、二人で風呂に入った。特に疲れてはいないが、やはり風呂に入ると落ち着く。昨日のように牛乳風呂でもないし、温泉が湧いているわけでもないが、それでも、疲れというものがじんわりと解けていくようなそんな感じがした。
「あ~~~♨ やはり、普通の風呂ってのも良いもんだな……」
「本当に爺さんみたいだな。何歳だっけ?」
「あ? まだ、39のはずだが……」
グレンに年齢を聞かれて、少し考えた。そういや、今が冬に近い秋ということは俺の誕生日もそろそろのはずだ。この世界に来る直前の前の世界は夏だったからな。時間の進み方が、同じようだとすれば、恐らく……。
まあ、誕生日というか、俺がエンヤに拾われた日なんだけどな。実際のところは分からないが、どうなんだろう。
俺は、自らに鑑定スキルを使って視てみた。
……
名前:ムソウ
年齢:40
出身:異世界(安備の国)
職業:冒険者、傭兵
種族:人族(迷い人)、神人族(要制限)
所持武器:神刀「無間」
スキル:剣術、武術、気功、調理、調合、鑑定
EXスキル:すべてをきるもの、かみごろし、おにごろし(極)、ひとごろし(極)、状態異常完全耐性(極)、言語理解、言語変換、星の加護
技:斬波
大斬波
螺旋斬波
龍落とし
剛神突
廻旋刀
砦崩し
剛掌波
内臓殺し
死神の鬼迫
防御術・仁王
奥義「無斬」
奥義「無尽」
奥義「飛刃撃」
奥義「浄炎破斬」
奥義「大螺旋大斬波」
奥義「破界」
神人化時のみ
光葬針
光霊波
封印術
解呪術
奥義「光葬烈刃撃」
奥義「光葬嵐雨」
奥義「光極烈破斬」
特筆事項
一切の魔法適正無し
……
……おっと、一応の情報が全て視えるようになっている。知らず知らずに鑑定スキルの熟練度も上がっているようだ。取りあえず、登竜門は越えたというところかな。
まあ、これで大体のことはわかるので、もうこれ以上鍛える必要もないか。採集依頼用に、もう少し鍛えても良いのかも知れないが……。
まあ、その話はどうでもいい。
……40になってるな、年齢。やはり、いつの間にか誕生日を迎えていたらしい。俺はついに三十代を越えたことをなんとなく、残念に思いながら、宙を見上げた。
「ん? どうした?」
俺の行動が気になったのか、グレンが不思議そうにこちらを覗いてきた。
「……とうとう40になった」
「お! そうか! 40超えると急に老け始めるからなあ~!」
グレンは、俺が落ち込んでいるのとは裏腹に何かうきうきした様子で、笑う。
「お前……何でそんなに喜んでんだよ……」
「いや、また一つ老けたってのは喜ばしいことじゃないのかも知れないが、友人の誕生日は喜ばしいものだろ?」
「……う~ん、まあ、そうかも知れないが……」
グレンの答えに苦笑いする。俺のことを友人と言ってくれるのはありがたい。それに確かに、また一つ多くの歳を生きることが出来たということは良いことだとは思った。
「で? 40になった感想は? 目標とかねえのか?」
相変わらず、グレンはニカっと笑いながらそう聞いてきた。
目標か……考えたことないな。これまではどうだっただろうか……というか、30代の俺って、結構忙しいというか、殺伐としていた10年だったなと思う。
仲間を喪い、家族を喪い、大陸各地を放浪する毎日。追ってくる玄李の奴らを倒していき、傭兵として、各戦場で暴れて……その途上で、ハルマサたちに出会い、共に戦い、大陸を統一した。
その後は、また大陸を回りながら、また闘って……そして、極めつけは、気づいたら、この世界に来ていた。世界が変わっても俺は闘い続け、そうしていると、また、家族が増えて……。
思い返すと、一度どん底に叩き落されて、這い上がってきたような、そんな10年だったな。なら、まあこれからの人生の目的というのは決まって来るか……。
「そうだな……これからは少なくとも満足して逝けるようにしていこうかな……」
「悔いのない人生を歩む」と、いろんな奴が言っていたが、なるほど、この歳になると、やはりそういった思いというのはすごく大事なことなんだということが身に染みて分かる。
住む世界も変わったことだし、これからは何時までも幸せに暮らしていけるように、生きていこう。そして、どんな困難な目にも対応できるようにもっと強くなろう。グレンにそう言うと、
「そのままでも十分強いだろうが……まあ、良いや。取りあえず、おめでとう、ムソウ」
と、呆れながらも俺の誕生日を祝ってくれた。
その後、風呂から上がり、部屋に戻ると、飯の用意がされていた。昨晩に比べると、そこまで豪勢というわけではなかったが、味は美味かった。宿の婆さんの話によると、一緒に居る爺さんと共に腕を振るったという。
「粗末なものばかりで悪いねえ」
何か申し訳なさそうにそう言ってくる婆さんに、俺とグレンは首を横に振る。
「いや、すごく美味いよ。旅の疲れがとれるというものだ」
「ああ、ムソウの言うとおりだ。これだけのものを食べられたのであれば、この宿に泊まった甲斐があったってもんだ!」
婆さんにそう言うと、ありがとうと言って、俺に酒を注いでくれた。そして、仕事がひと段落したという爺さんも加わって、俺達は四人で飯を食った。
俺は二人に歳をとったことを話すと、老夫婦は、まだまだこれからと微笑む。なるほど、老人にそう言われると説得力が違うな。屋敷に帰ったら、ジゲンにも伝えておこう。まあ、同じことを言われそうだがな……。
そうやって、皆で楽しく飯を食った後、食器の片づけを手伝い、俺達は布団をかぶった。
「さて……明日はギルドの町まで行く。今日はゆっくり休んでおけよ」
「ああ」
グレンの一言に短く返して、俺達は部屋の明かりを消した。何もない一日だったが、最後に美味い飯を食えば、眠たくなるというもの。明かりを消すと、グレンはすぐに寝息を立て始める。
そして、俺もそのまま目を瞑り、意識が深い所へと落ちていった……。
◇◇◇
……ふと、気が付くと俺は真っ白な空間の中に居た。前にもここに来た気がする。
……いや、牛乳風呂じゃない。
あ……そうだ。マシロに居た時に度々見ていた夢でだ。最後に見たのは、リンネの親に会った時だよな? そう考えると当分見ていなかったわけか。
俺はその空間を歩いてみた。いつも通りなら、ここには桃色の髪をした女が居るはずだ。女はいつも跪いて、何かを祈っている。俺はどうすることもできずに、ただそれを眺めるだけ。女は俺に気付かず、俺はただただ、女の願いを聞いているだけの状態になる。
……確か、そんな夢だったよな。今回もそうかと、思って女を探してみたが、一向に現れない。声も聞こえない。
「う~ん……違うのか……?」
今までとは全く違う別物なのか? と思いながら、しばらく腕を組んで、この世界は何なんだろうとか、考えていた。夢なのは分かっているが、こう何度も見てしまうと、ただの夢ではないことくらいわかってる。
それに、この世界は不思議なもので満ち溢れている。だとしたらこういった不思議な現象が起こるのも理解できる。流石に、もう慣れたがな……。
「……あ」
ふと突然、背後から声が聞こえる。俺は驚いて、パッと振り返った。
そこには、いつものように桃色の髪をした巫女装束の女が立っている。いつもと違って、祈ってはいない。ただただ、俺の顔をジッと見ていた。この状況はさすがに初めてだったので、少し、慌てながらも、息を整えて、言葉を紡ぎ出す。
「アンタ……俺が見える……か?」
「? ……うん」
俺の質問に女は不思議そうな顔をして、頷く。やはり見えているようだ。
そして、もう一つ気付いたことがある。今までこいつの声は頭の中から直接聞こえてきただけだったが、今回はちゃんと耳から聞こえる。また、俺の声も向こうに届いているようだ。きちんと受け答えが出来ている。
ならばと思い、俺は聞きたいことを聞いていこうと思った。
「ここは……どこなんだ……?」
「ここ? ここはね……私の……魂の回廊……」
女の口から聞きなれない言葉が飛び出してきた。聞くと、「魂の回廊」というのはこの世界の死んだ奴らの魂が行きつくところだという。
え、じゃあ、俺って死んだのか? と聞くと、女は首を横に振る。ごくまれに、俺のように夜寝ていると、ここに来る経験をする者が居るという。
夜寝ている時というのは、肉体の意識が無い状態のときであり、魂が抜けやすいとのこと。何かのはずみでここを訪れるこことはまあ、あるというが……。
「なら、良いが、「私の」ってのはどういうことだ?」
「うん……普通、魂の回廊にはその人の魂か、あるいは家族、友人など生前その人と強い絆で結ばれた者しか入れないの……だから……」
女はそう言って、気まずそうな顔をする。理由はわかる。恐らくこの女は死んでいるか、もしくは眠っていて、ここに来ている。
そして、俺も眠っていて、ここに来ている。だが、俺とこいつに面識もなければ、そこまで強い絆というものも、もちろんない。じゃあ、何で俺はここに居るのだろうかと、疑問に思っているようだ。
ああ、またこの話を皆にすると、“規格外”とかって言われそうだな……。まあ、取りあえず、今まで一方通行だった、やり取りも無事に出来るということと、一応はここがどこか分かったこと、さらには俺が死んでないということに、安堵した。
40になったとたんに死にました、じゃあさすがにサヤとカンナにどんな顔をして会えば良いのか分からなくなるからな。そして、取りあえず目の前で、色々と考え込んでしまっている女を落ちつかせる。
「ま、まあ、何かの拍子で来てしまったという可能性もあるわけだし、そんなに深く考えんなって」
俺はそう言いながら、女の頭を撫でた。女はピクッとして固まり、俺の手をジッと見てくる。すると、頭に乗せている俺の手を手に取って、自分の頬に当てた。
「……温かい」
女はニコリと笑ってそう言った。それはとても可愛らしい笑顔だった。いつも真剣な表情で祈っているだけの女だったからな。いつもと違う表情を見せられると、やはり、すごく可愛らしいと思ってしまう。
まあ、いきなり何すんだとは思ったが、取りあえず女が落ち着いたことを確認して、安心する。
だが、女の頬はすごく冷たいものだった。……やはり、この女は死んでいるのか? まあ、そもそも肉体があるわけでもないので、冷たいのは当然かと考えることにした。
そして、こいつからしたら、俺の手が温かいというのは、単純に、女よりも俺の方が、熱いか、俺は魂からすでに熱く燃えていると、思うようにした。……うん、恥ずかしいが、こいつを死人だと思うよりはマシだと思いながら頷いていた。
「……どうかしたの?」
「あ、いや……何でもない」
一人頷いている俺を不思議に思ったのか、女は手を離してこちらを覗きこんでくる。
……あ、やはり額の所に角があるな。
「アンタは……鬼族なのか?」
「うん、そうだよ……あなたもそうじゃないの?」
俺の予想通り、女は鬼族のようだった。だが、妙なことを聞く女だな。角も生えていないし、何故俺のことを鬼だと思ったのか。見てくれが、やはりそんな感じなのかな。
鬼族や鬼人というのにはまだ会ったことも無いが、何となく、俺みたいな荒々しい風貌だと予想している。……これも自分で言ってて恥ずかしくなるがな。
「いや、違う。俺は人族だ」
「そう……少しだけど、私たちと同じ雰囲気を感じたから、そう思っちゃった」
「それは……見てくれがか?」
「ううん。なんて言うか……空気……かな」
どうやら見てくれは関係なかったようだ。しかし、空気というのはまた曖昧な……。
ひょっとして、俺のEXスキル、かみごろしのことかな。まだ使ったことは無いが、あれは鬼人化するスキルだからな。そして冥界の波動を身に纏うことが出来る。恐らく、それをこの女は感じたたのかも知れないな……。
「まあ、確かに前の世界では、“鬼”だの“死神”だの呼ばれていたからな……」
「前の世界?」
「ああ。俺は違う世界から来た。いわゆる迷い人ってやつだ。前の世界では“斬鬼”と呼ばれていたよ」
自嘲交じりに自己紹介をすると、女は一瞬驚いたような表情をする。しばらく、何か考え込んでいる様子だったが、俺が顔を覗き込むとハッとして、ニコッと笑った。
「……私の友達もね、違う世界の人たちだった」
「へえ……それはまた奇縁というやつだな……」
そう言うと、女はコクっと頷く。まあ、迷い人というのは、ミサキ曰く、30年前の壊蛇襲来の時に増えたらしいからな。恐らくそいつらのことだろう。ということは、こいつはレインの者かな。
だが、100年戦争以来、鬼族と人族は協定関係という間ながらも、接触は絶っている。恐らくはその時に冥界に帰れなかった鬼族の末裔なんだろうと思った。
「そして……私の大事な人も、違う世界から来たって言っていたの」
「大事な人?」
女の顔を見ると、表面上は笑っているが、少し寂しそうな表情だ。「大事な人」と言われると、大体想像できるが、一体どんな人物だったのだろうと気になってくるな。
「どんな奴だったんだ?」
「うん。強大な敵に怯えていた私に、手を差し伸べてくれた人。そして、多くの友人たちを紹介してくれて、私の人生を楽しくしてくれた人。
……私の手を引っ張ってくれた人」
「そうか……」
「それでね、一緒に皆と闘って、私たちは強大な敵を退けることが出来た。その後、私とその人は一緒になったの……でも」
女はそこまで言って、口をつぐむ。……ああ、死んだのか、そいつ、と直感的に思った。
そして、いつも誰に会いたくて祈っているのかもわかった。しばらく無言の状態が続いたが、女に確認するように聞いてみた。
「また会いたいってのは……そいつか?」
女はハッとして、俺の顔を見てくる。
「どうして……?」
「何時も見てたからだよ」
俺は、今までここには何度も来たことがあるということを女に話した。来る度に誰かに会おうと必死に祈っている姿をに何も出来ずに、何度も見てきたことを。すると、女は目を見開き、俺の顔をジッと見てきた。
必死に祈っている様子を見ながら何もしなかった俺に怒りでも芽生えたかな、と覚悟していたが、女はフッと笑った。
「……恥ずかしいところ、見せちゃったね」
「……いや、もう二度と会えないと納得していても、また会いたいと思うことは決して、恥ずかしいことじゃない」
俺は女にも、自分にも言い聞かせるようにそう言った。女は、そう、と言って、笑った。
……そして、俺は静かに自分のことを話し始めた。普段なら会ったことのない奴に自分の過去のことは話さない。だが、その女には何故だか自然と……正直にあの時の思いを話していた。
「俺も……愛していた二人を……妻と息子をなくした……目の前で、死んでいったのに……いつか会えると信じて、二人を探し回っていた。
……でも、本当に死んだということを実感してからは……そう……周りを全て恨むだけの悪鬼になっていた……。
そして、全てを斬り、葬り、あいつらの手向けとした後は……そのまま死のうと……そう、思っていた。
生きていても、楽しくなかったし……やはり、俺は“死神”……俺の手は血まみれになっていくだけだったから……」
サヤとカンナに、そして、エンヤたち闘鬼神にもう二度と会えないという怒り、悲しみ、それらは、ただただ、周囲に対する恨みとなり、俺は大陸全土を回りながら、敵を斬り尽くしていた。
多分、死に場所を求めていたんじゃない。単純に……そして、簡単に言えば、俺はただただ、それらを忘れたかっただけだったんだと思う。
「だが……アンタは違う。そいつのことを忘れず、どんなことがあっても、また会いたいと願い、祈り続けることは、俺からすれば、よほど高尚なことだ。
そして、願い続ければ、いつかきっとまた巡り合えると思っている」
「そう……かな」
「そうさ。きっと会える。魂ってのは輪廻転生、何度もやり直せて、滅びることは無い。だから、きっと……いつかアンタの大事な人の魂に会えると思っている」
……俺は自らもそう願うように、女にそう言った。俺の場合は、世界が違うからな。また、サヤやカンナの魂に再会するということは難しいかも知れんが、こいつの場合はきっと大丈夫だと、そう思いたいと感じた。
女は俺の言葉を聞いて、目から涙を流し始める。そして、微笑みながら、口を開いた。
「会える……かな……」
「ああ、きっとだ。……良かったら俺が会わせてやったっていい」
「貴方が? ……フフッ、私のことも、私の大事な人のことも知らないのに?」
女は涙を拭いながら、そう言って、俺の顔を覗き込んできた。こればかりは流石に、信じられないようだが、俺は自分の胸をドンと叩く。
「任せろ。俺は“古今無双の傭兵”と謳われた、“死神斬鬼”だ。アンタの願いくらい聞き届けてやる」
柄にもなく、異名と、納得していないあだ名を自分で言った。女は、更に笑顔になって、強く頷き、俺の手を握った。
「……わかった。信じてみる……お願い……あの人に会わせて……」
「任せろ」
何度も聞いてきた、女の願いにようやく、頷くことが出来た。俺は女の頭を撫でる。女は嬉しそうに笑った。
やれやれ、我ながら、人生で一番難しい依頼を引き受けたような気がする。まあ、これもこれからの目標……というか、人生の目的として、生きていこう。
そう思いながら、女の頭を撫でていると、突然、女の体がほのかに輝き始めた。
「ん? どうした……?」
「あ……そろそろ、お別れみたい」
女は俺から離れながらそう言った。ああ、そうか。毎回この夢の終わりってこんな感じだったよな。一瞬慌てた俺が馬鹿みたいだと、頭を掻く。
「やれやれ……こんなことで驚くとはやはり、俺も歳だな……」
「……ねえ、ザンキ……また会えるかな……」
「もちろんだ。アンタが寂しくならねえように、また、何度も来てやるさ」
「フフッ……待ってる」
まあ、行き方は知らないがな……。何度も来ているし、またすぐに来られると思い、俺は手を振る女に頷いた。その瞬間、女から出てくる輝きが強くなる。
「ッ!」
―忘れないでね……ザンキ……―
頭の中に女の声が響くと同時に、俺の意識はそこで途絶えていった……。
◇◇◇
……目を開けると、そこは俺達が泊まった宿の、小さな部屋だった。グレンはいびきをかいているが、窓の外からは日の光が優しく降り注いでいる。
もう、朝かと思い、窓の外を見てみた。どこからか鶏の鳴く声が聞こえてくる。
俺は自分の掌を見た。あの女の感触、まだ残っている。交わした約束ももちろん覚えている。俺は手を握って、改めて誓った。
「必ず……会わせてやる……」
俺の手を「温かい」と言ってくれた、女の望みは、必ず叶えてやると思いながら、しばらくそこで外の景色を眺めていた。




