第154話―今日も楽しく飯を食う―
屋敷に帰ると、今日もたまとアザミが出迎えてくれた。わざわざ出迎えなくても良いんだぞと言うと、アザミから、頭領ですから、と言われ、たまもうんうんと頷いている。
こいつらを纏める者として、俺もきちんとそれを自覚しないとなと思いながら、二人に頷いた。
その後、荷物を自室へと持っていき、長着に着替え、居間へと向かった。すると、やはりコモンとジゲンが談笑している。部屋に入ると、ジゲンとコモンは俺におかえり、と言って、俺はそれに頷き、座った。手を上げて、伸びをすると、ジゲンが微笑む。
「お疲れのようじゃの?」
「まあな……明日からまた、家を空けることになるしな……」
「む? どういうことじゃ?」
俺はジゲンに、明日から、チャブラへ素材の運搬に行くグレンの護衛依頼について話した。取りあえず、最低でも七日は家を空けることになるので、留守中は頼んだと言うと、ジゲンは頷く。
「分かった。闘鬼神の面々が帰ってもそのように伝えておこう」
「ああ、助かるよ」
ジゲンは本当に、俺の補佐として屋敷のことをよくやってくれている。そういえば、朝方、女中たちに薬草の種や苗を買いに行かせたということを思い出し、聞いてみると、冬に入ったら植えるという。
順調にいけば、春先には実を付けて、薬の材料として採集できるらしい。
「そうなったら、調合の練習にもなるじゃろう。薬をわざわざ買うことも無いしの……」
「だな。引き続き、そちらは頼む」
取りあえず、薬草のことはジゲンに任せた。ちなみに、ジゲンは、昼は、朝言っていたように、たまと下街に行って少し遊んでいたという。
買い物を一緒にしたりして、今日は少しだけ疲れたとジゲンも自らの肩を揉んだ。
「本当に疲れているみたいだな」
「まあの。たまに野菜の目利きの仕方を教えたり、買い物での値切り方を教えたりと面白かったがの……」
ジゲンはそう言って、微笑む。ジゲンによって、たまも生きていくうえでそういうことを身に着けてくれたら、俺も嬉しい。仕事が無い時などは、たまのことはジゲンに任せよう。
そして、出来れば俺もたまと一緒に買い物でもしようかな……。
なんてことを思っていると、コモンが口を開く。
「あ、ムソウさん。明日は僕も一緒にギルドに行きます。素材の運搬に立ち会うので……」
「そうか。聞いたところだと、噴滅龍と破山大猿だったよな?」
「はい。チャブラ以外の所にも送る予定ですので、数量確認ということで、僕が立ち会います」
コモンは天宝館の館長だからな。それに災害級の素材は珍しいものだ。コモン直々に荷の確認をしないといけないらしい。
俺はコモンの言葉に頷き、明日はコモンと共に、ギルドへ行くことを確認した。
「そう言えば、その前にアヤメさんとも一戦交えるそうですね。それにも立ち会いますよ」
「ん? 何でだ?」
「一応はアヤメさんの刀の試しということですから。ヴァルナさんの仕事がうまくいっているかどうかの確認です」
ああ、なるほど。それだけ、アヤメの刀である「花鳥風月」の強化は難しかったらしい。きちんと、仕事が出来ていたかの確認をしておきたいようだな。
流石はヴァルナの師だ。弟子のことをきちんと思っているようだ。そう思い、コモンに感心していると、
「まあ、それは建前で、正直なことを言うと、ムソウさんの力を間近で見たいというのが本音ですね。ムソウさんというか、無間のですが……」
そっちが本音か……。あまり、自分の手の内は見せたくないのだが、まあ、ミサキによって、コモンにはかなり知られているし、別にいいか。
それに無間のことを任せる以上は、無間で戦うところを見たいというのは賛成だ。
「分かった。アヤメの刀を折らねえ程度に、無間で思いっきり戦ってやるよ」
そう言って、コモンの頼みを受け入れる。すると、横からジゲンが、
「アヤメ殿を斬るなよ」
と、ツバキとリンネと同じようなことを口にした。何でこいつらは俺の心配をしてくれないんだろうと頭を抱えたが、わかってる、とジゲンに頷いた。
その後、晩飯の支度が整ったと、たまがやってくる。昨日よりは早いなと思いつつ、食事の間へと向かった。いつものようにすでに料理が並べられ、俺達は席に着く。
ふと、コモンの方を見ると、女たちが近づき、コモンの酌をしようとする。コモンは、僕は下戸ですからと言って、酒を断るが、それならと女たちは果実水を持ってきて、コモンの盃に注いだ。
昨日はおっかなびっくりで、コモンと接していたが、飯食って、一晩明けただけで、だいぶ慣れたらしい。
そして、元は妓女だった性分からか、コモンにぴったりとくっついている女も居る。コモンが半笑いながら困っていると、たまが、ムスッとして近づく。
「こらあ~! コモン様がこまってるでしょ~!」
たまが、女たちにそう言うと、周りの女たちはビクッとして、たまの方を見る。そして、怯えた表情で、
「ご、ごめんなさい!」
「許して! たまちゃん!」
などと言いながら、コモンから離れていく。微笑ましい光景だなと思っていると、たまはニコリと笑って、女たちの方を見る。
「わかればいいの!」
「たまちゃん……」
女たちはたまをうっとりした表情で見だした。ぽわ~んという音が聞こえそうなくらい、うっとりしている。これは……微笑ましくはないな。何か邪念のようなものを感じる。
しかし、たまもいつの間にやら、女中達の上司らしくなっているなとも感じられ、何となく嬉しく感じた。
ふと、隣で、アザミがクスクス笑っている声が聞こえた。アザミはすでに、そういうのは卒業したらしい。こちらは、皆のお姉さんという感じで、良いなと思う。他の女中たちも見習って欲しいものだ……。
さて、卓の上のおかずを眺めていると、やはりまだ、冒険者たちの分が無い。あいつら、まだ帰ってきてないのか、とジゲンに確認すると、
「まあ、依頼の場所も遠いようじゃし、討伐依頼の者はまだかかると思うが、雷雲山以外の採集依頼の者達は明日にでも帰って来るのではないか?」
「……まあ、そうだな。俺とは行き違いになるかもしれんが、よろしく頼む」
そう言うと、ジゲンは頷く。すると、アザミが、
「行き違いとは?」
と、聞いてきた。俺はアザミとたま含め、女中たちにも明日から、最低でも七日ほど家を空けることを伝えた。たまは、残念がったが、アザミがそれを諫め、お気を付けてと言いながら、俺に酒を注ぐ。
「まあ、危険な依頼じゃ無さそうだし、すぐに帰って来るからよ。心配すんな」
「……うん。おじちゃん、頑張って」
たまはそう言って、頷いた。家の方はジゲンも居るし、なんならコモンも居る。
そして、冒険者たちも帰って来るし、たまの安全は大丈夫だろう。それに、アヤメの言うように、依頼に出ている冒険者たちに何かあれば、コモンに行ってもらうということも、本人は承知していたので、取りあえず、俺が居ない間の屋敷のことは安心して良いだろうと思っている。
その後、皆で夕餉を取り始めた。俺達の食卓に席に関して、序列などは作っていない。だが、基本的に俺とジゲン、コモンはばらけて座っている。その方が違う一人一人と毎日飯を楽しめるからな。
だが、たまはジゲンか、コモンの横に座ることが多い。ジゲンはともかく、コモンのこともよほど信頼していると思われる。
まあ、コモンはたまにとって、歳の近いお兄さんに感じるのだろう。物腰は柔らかいし、たまだけでなく、他の人間もすぐに信頼感を感じるような人柄だからな。こうやって、屋敷に住む者たちの間に壁が無くなっていくのを感じるのはとてもいいことだと思った。
「そう言えば、頭領」
「ん? 何だ」
微笑まし気に皆の方を眺めていると、アザミが酌しながら口を開く。何か聞きたいことがあるらしい。
「頭領のお仲間の……ツバキさんと、リンネさんでしたっけ? お二人がこちらに来られるのはいつ頃でしたでしょうか?」
「ああ、言ってなかったっけな。え~と……一月後だ」
「一月……長いですね。何かあるのですか?」
「ああ。なんでも、ツバキに代わる四天女の補佐をする新造の教育があるみたいだ」
「へえ~……ツバキさんて素晴らしいお方なんですね~」
アザミは花街の元妓女ということもあり、高天ヶ原の四天女の身の回りを一手に引き受けているツバキがいかに大変かというのを理解しているらしく、感嘆の声を上げる。
俺にはよく分からないが、アザミや他の女たちによると、それはすごく大変なことらしい。
というのも、四天女付きの新造ということは、次期四天女の候補だということ。並大抵の女では務まらないという。一応、俺が身の安全を守ることを条件に預けていると話したが、それでも上客ばかり相手をしている四天女の補佐を務めあげるツバキに、早くお会いしたいとアザミは語った。
「あ、それと一週間後に、一番の上客ってのが来るらしく、それもあって、ツバキは戻れないんだとよ」
ツバキがどんな、素晴らしい女なのだろうかと、予想しているアザミ達にそう言うと、アザミはキョトンとした顔になり、目を丸くする。
「誰ですか? その一番の上客って。高天ヶ原に来るのは腕のいい冒険者か、貴族くらいの者でしょう?」
「え~っと……闘宴会を管理する、神人の貴族らしい」
そう言うと、アザミの目が見開かれ、すごく嫌そうな顔をして、
「ああ……」
と呟いた。アザミはその貴族のことを知っているらしい。主に悪い意味で。どんな奴なのかと聞くと、アザミは口を開いた。
「そうですね……神人ということもあって、頭領と同じく、金目の優男ですよ。
顔は良いのですが、性癖は最悪。自分にとって魅力的だと思った女を次々と、無理やり側室に迎えるような最低男です」
……うん。アヤメに聞いた通り、まさしく女性の敵というような男らしい。アザミによれば、側室に迎えられた女たちも、屋敷で妻のように扱われるのではなく、「奉仕」されているのだという。
そして、そいつは大変飽き性な男らしく、女に飽きると、闘宴会の管轄する妓楼で働かせ、更に金儲けをしているのだという。
「……クズだな、そいつ」
「ええ、クズです」
きっぱりと言い放つアザミとそれに頷く、他の女中達。聞けば、アザミ含め、この場に居る女中達も、そういう経緯を持っていたという。
特にアザミは側室にならないかと持ち掛けられたが、それを断った所為で、闘宴会に目を付けられ、客を取り上げられて、夜鷹にまで落ちぶれたという。
忌々し気に神人の貴族のことを語るアザミと女中達。段々と空気が重たくなっていくことに気付いた俺は、一つ咳ばらいをした。
「……まあ、そのおかげで、俺はお前らに出会えたわけだからな……。
しかし、お前らみたいないい女を捨てるなんざ、その男は、審美眼もクズみたいだな……」
ほとんど、ご機嫌取りの為に放った一言。それを聞いたアザミ達はパッとこちらを見てきて、笑みを浮かべた。
「頭領……ありがとうございます!」
「一生、ついて行きます!」
などと、言いながら喜び合う女達。よし、何とかなったなと思いながら、更にその男の詳細なことを聞いていく。
「神人ってことは、本当に見た目は神人化した俺みたいな感じか?」
「そうですね……ただ、今考えると、ですが、神人なのに、頭領のような綺麗な波動は感じませんでしたしね……」
「え、そうなのか?」
アザミの言葉に驚いた。アザミの言う綺麗な波動というのは、天界の波動のことだろう。
神族というのは天界に住んでいる。
だから、神人化すると俺は天界の波動が使える。今のところ、他の神人に会ったことが無いから、神人というのはそういうものだと思っていたが、どうやら違うらしい。
ということは、俺の神人化は根本的なところで何かが違うのだろう。それが何なのかは今のところは知らないがな。
にしても、その神人の貴族は思っていたよりも、最低な男らしい。少し、ツバキたちが心配になるが、ここは、ナズナやアヤメを信じよう……。
「で、その貴族ってなんて、名前なんだ?」
「えっと……ケリス・ゴウン卿といいます……」
ゴトッ
アザミが、その貴族の名前を口にした瞬間、何かが落ちる音が聞こえた。驚き、音のする方を見ると、ジゲンの目の前で机の上に茶碗が落ちている。
どうやら、ジゲンが手を滑らせたかで、茶碗を落としたらしい。ジゲンは何か、ぼーっとしていた。
「爺さん?」
「……」
呼びかけてみるが反応は無い。少し、距離があるのか聞こえないのかなと思うと、コモンが頷き、立ち上がり、ジゲンの肩を叩く。
「ジゲンさん? 大丈夫ですか?」
「……ああ……コモン君。
大丈夫じゃよ。少し力が抜けてしまっての……」
「本当に大丈夫かよ。飯、食ってる最中に死神の迎えが来たのかと思ったぞ」
「ホッホッホ、“死神”はお主じゃろ? ムソウ殿」
……うん、安心した。心配して損した。ジゲンは大丈夫だ。健康そのものだな。幸い、茶碗の中は空だったので、そこらにおかずが飛び散ることは無かった。
ジゲンは皆に頭を下げる。皆は気にしないでと笑った。すると、ジゲンがこちらを向く。
「本当にすまなかったの。ムソウ殿」
「いや良いって。それより、爺さんもこの貴族のこと知ってるか?」
「いや、儂は知らんが、コモン君なら何か知っておるのではないか?」
ジゲンがそう言って、コモンの方を見ると、コモンは頷いた。
「ええ、ケリス卿のことは知っていますよ。神人というのは本当です。
ですが、確かにムソウさんのように天界の波動は出していませんね。初めてムソウさんの神人化を見たときは驚きましたよ。
……それで、性格などもアザミさん達のおっしゃる通りですね。僕から見ても最低な人種だと思います」
おっと……人当たりの良い、コモンまでもが、そいつについては難色を示している。よほどの男らしい。
コモンによれば、人界でも数少ない神人として、我が物顔で居たという。人族よりはやはりそれなりに強いらしい。
そして、その強さをもって、たびたび問題を起こしていたが、アヤメの言うように、王都もまた戦争のきっかけになるとケリス卿をどう扱って良いのかわからず、それなりに地位を与え、まだ若いアヤメの補佐として、このクレナ領に土地を与え、住まわせたという。
「その結果は、皆さんご存じの通りとなりましたがね。けれど、一応は、人界最強の男であるサネマサさんの牽制で、この街、そして、クレナには大きなことはできないみたいですけど……」
コモンによれば、ここクレナでアヤメを押しのけ、勝手なことをしようものなら、十二星天であり、このクレナ出身のサネマサが黙っていないという。流石にケリスもサネマサを敵に回すほど愚かではないらしく、あまり目立ったことはしていないみたいだ。
「しかし、それならばコモン君にも何かしてほしいものじゃがの……」
と、話を聞いていたジゲンがそう言った。こう見えて同じ十二星天であり、強者であるコモンも、ケリス卿に牽制してほしいと。
それを聞いて、アザミも、ホントよ~と、ジゲンの言葉に同意している。すると、コモンは、笑って口を開く。
「すみません、僕は天宝館を護ることで精いっぱいでした」
「ん? 護るってことは、何かあったのか?」
はみかみながら言うコモンの言葉が気になり、聞いてみた。天宝館を護ることで精いっぱいでした、てことは、何かされたということかなと思っただけだが、コモンは俺に頷く。
「ええ。優れた職人によって優れたものを作っていく天宝館を、自分の管理下に置きたいと言ってきたことがありまして、闘宴会の方々と無理やり、天宝館に入りこんできたことがあったんですね……」
なるほど、サネマサではなく、コモン管轄の天宝館ならば、どうにか出来ると思ったらしい。
そして、天宝館を管理下に置けば、ますます金も入って来るからな。つくづく最低な野郎だ……。
「で、どうしたんだよ?」
「ええ。無理やり入って来るので、僕の許可なしにそんなこと許しませんって言って、EXスキルで……」
コモンがそこまで言うと、ジゲンは目を見開き、俺もとっさに、全身に気を纏おうと身構える。コモンから強い殺気と、気迫が感じられた。
顔は笑っているが、正直、恐ろしさではミサキやサネマサ以上だ。大体何をしたのか分かってくる……。
「分かった。言わなくていい……」
「コモン君……もうよい……」
「あ、そうですか。……というわけで、苦労して説得し、天宝館だけは僕の管轄ということで話は纏まり、クレナについては、僕は口を挟まないってことで落ち着いたんですね」
コモンは放出していた気迫を抑えて、申し訳なさそうにそう言った。何があったのか、という顔をする女中たちやたま、アザミの視線をよそに、俺は絶対にコモンを敵に回さないし、怒らせないと誓った。俺はまだしも、大変なことになりそうだ……。
さて、貴族の話はこれまで、ということにし、それからは皆で楽しく飯を食った。今日もたまの飯は美味しいと喜んでいると、またしてもアザミが、
「頭領のは私が作りました」
と言って、いじわるそうに笑ってくる。何で、俺だけ、お前が作ってるんだよ、毎回……。
そう思ったが、たまはアザミが自分と同じくらい美味しい料理を作れてきていることに喜んでいた。最近では飾り料理の練習もしているのだという。俺は次こそ、見抜けるように頑張ろうと思った。
そして、飯を食い終えると、風呂に入った。今日はコモンとジゲンも一緒だ。コモンはジゲンと風呂に入るのが初めてらしく、ジゲンの体中についた傷痕に驚いていた。俺も初だよな、と思っていたが、
「ムソウさんは、何となくですが、予想通りで、大した驚きはありません」
とのことだった。あっそ、と思い、俺は髪を洗った。すると、コモンは俺の髪の長さに驚いているようだった。まるで女みたいだと。
……説明するのももう、面倒だったので、ジゲンに任せると、コモンは腹を抱えて笑った。何となくイラっとしたので、コモンの顔にお湯をかけてやった。コモンを怒らせたら怖いとは思うが、俺が怒っても大変なんだぞと、思い知らせることが出来て良かった。
相変わらず、ジゲンも髪が長い。風呂に入ってもだらんと前髪を下ろしている。そういえば、こいつの素顔、あまり見たことないなと思い、目を見せてくれと言うと、見せるほどのものじゃないと言って、片目だけ見せてくれた。
……うん。予想通り、優し気な目だった。少し、緑がかった綺麗な目をしている。穏やかな人柄が、目に出ているな。ジゲンにそう言うと、
「ムソウ殿も普段は優しげなんじゃがの……もったいないのお……」
と、言ってくる。俺は自分が思っている以上に優しい目をしているということを知り、以前、ミサキに若返らせてもらった際に感じたことを思い出し、何となく大人になったなと年甲斐もなく実感した。
そして、風呂から上がると、髪を乾かす。普段は扇いで乾かしていたが、今日はコモンが魔法で温風を出してくれたおかげで、早く乾いた。時々、
「少し力を入れると、背中にかけて焼けただれるんですよね~」
「……それだけはやめてくれ」
先ほどの飯の時のこともあり、冗談なのか、本当なのか分からないことを言ってくるので、全力で否定しておいた。
女中たちやたまが出てくると、コモンはそいつらの髪も乾かす。一人一人に、綺麗な髪ですね、と言うと、女たちは喜んだ。
こいつはあれだ。意識せずにモテる人間だなと直感的に思った。
だから、こんな見た目でも多くの弟子が集まるんだな……。
ふと、同じく人当たりが良い、ミサキとの関係について聞いてみた。すると、コモンは苦い顔をしながら笑った。
「ミサキさんて時々、すごく大雑把なこと言ってくるんですよ。素材を持ってきては、これで可愛いもの作って! とか。どうしたらいいのかわからずに、僕が思う可愛いものを作ると、ちょっと違う! とか言ってきたりして、大変なんですよ」
「それは……何となく想像できるな」
「でも、気兼ねなく僕に頼んでくるのは嬉しいですけどね。新素材で何か作るときなんかは、一緒に失敗とかして、笑いあったりするのは楽しいことです。
あ、そうそう。ムソウさんって、マシロの精霊人の森のワイアーム問題を解決したんですよね? 精霊人の森の長老さんに杖と冠を作ったのも僕なんですよ」
ああ、そういえば、精霊人の長老が手にしていた、「精霊王の杖」と、ホリーに渡すことになった、「精霊女王の冠」は壊蛇襲来の折に荒廃した人界の修復に尽力した長老のためにコモンが作ったとサネマサが言っていたなあ。
「ただ、あれも、僕だけでなく、ミサキさんや、ジェシカさん、そしてセインさんなど、他の十二星天の皆さんと失敗しながら楽しく作ったものなんです。
ミサキさんと精霊人の魔法で出来た世界樹をどうにかして杖にするために、ミサキさんと色々考えるたびに失敗して、何とかしようとしたり、ジェシカさんの力を組み込んで、命を守るという効果を与えるにはどうすればいいのか考えたり……それで、僕たちが悩んでいると、セインさんがスキルを使って、僕の技術では追い付かないことをやってくれたり……そうやって、出来たのが、精霊王の杖と精霊女王の冠なんです」
コモンは嬉しそうに、杖と冠を作ったときのことを話す。そして、そうやって、皆と協力しながら作った神具や神刀が他にもたくさんあり、コモンは皆でやってきたからこそ、楽しかったと笑って語った。
コモンは以前、俺の仲間は、面白そうな奴らばかりと言っていたが、十二星天だって同じじゃねえか、と笑った。
十二星天内で現在起こっている問題。ふと、考えてやろうかなと心のどこかで思い始めてきた。
その後、コモンが皆の髪を乾かし終えると、皆それぞれの寝室に向かう。いつも通り、コモンとジゲンはたまと手をつないでいる。三人の背中を見送り、俺も自室へと向かった。
そして、明日からの依頼に備えて、早めに布団をかぶった。
明日は久しぶりにグレンと会う。旅の間はあの時のように、グレンの話を長々と聞くことになるのだろうが、俺だって、あの時の感謝と共に、グレンに話したいことがたくさんある。
明日から続く旅を楽しみにしながら、俺は眠りについた。
◇◇◇
「う……うん……?」
深夜、ムソウの屋敷で寝ていた、コモンはふと目が覚めた。隣では、たまがすやすやと気持ちよさそうに寝ているが、布団を蹴飛ばしている。秋と言えども、やはり夜が更けると肌寒い。
風邪を引かないように、とコモンは布団をたまに被せる。そして、優しく頭を撫でた。
「……おじいちゃん……ありがと……」
夢の中で、ジゲンに頭を撫でられているのだろうか、たまは寝言を言っている。撫でたのは僕なんだけど、とコモンは笑った。
ふと、見てみると、ジゲンが居ない。どこに行ったのだろうかと思い、たまを起こさないようにそっと部屋を出た。
すると、庭の方で、何か物音が聞こえた。すぐさま、縁側に立つと、庭にジゲンが刀を腰に差し、構えている光景が見える。
稽古かな、と思い、コモンはジッとジゲンを見ていた。ジゲンは静かに刀を抜く。
「……奥義・六道斬波」
ジゲンが刀を抜き、思いっきり振ると、六つの斬波が空へと放出される。一つ一つが強力な力を持つ斬波は空に向かい、浮かんでいる雲を七つに分けた。
その光景にコモンが唖然としていると、ジゲンは石を上に投げ、更に刀を振るった。
「……ッ!」
刀を横に振り、そのまま止まるジゲン。ふと見ると、刃の上に先ほどジゲンが投げた石が音も無く乗っている。
そして、ジゲンは素早く、刀を鞘に納めたかと思うと、すぐさま抜いて、空中にある石を真っ二つに斬った。ジゲンは刀を払い、鞘に納める。
その光景をすべて見ていたコモンは、思わず拍手をした。
「……む? ……ああ、コモン君か……」
コモンの手を叩く音に反応し、ジゲンはコモンの方を振り向いた。
「……あ、すみません。お邪魔しました……」
「構わんよ。こちらこそ、起こしてしまったようじゃの……」
頭を下げるコモンにジゲンもそう言って、頭を下げた。お互いに頭を下げるのを見て、コモンもジゲンも笑った。
「いえいえ……それにしてもジゲンさん、すごい腕前ですね」
「ほっほ、お主や、サネマサ、そして、ムソウ殿に比べれば、儂なんぞまだまだじゃ」
ジゲンは謙遜するが、コモンは、それは無い、と思っている。二本の刀を交差させ、放つ十字斬波のように、ひと呼吸で複数の斬波を放つという技は確かにある。
だが、一本の刀から、六つの斬波を放つというのはコモンも見たことが無かった。それに、落ちてくる石を刀で受け止め、それを上げることなく、鞘に納めた状態からの居合で斬るという繊細かつ素早い動きが出来るということは、達人の中の達人と感じていた。
ジゲンは相変わらず、優しく微笑んでいるが、なぜ、ジゲンはムソウや、たま達に自分の力のことを出さないのか、コモンは不思議に思っていた。
……いや、それ以前に、コモンがジゲンに対して、疑問に思っていたことがあった。周りには誰もいない。ムソウだって、今は熟睡中のようだ。コモンは意を決して、ジゲンに聞いてみた。
「ジゲンさん……何故、皆さんに嘘をついているのですか?」
コモンがそう尋ねると、ジゲンはハッとする。そして、あごに手を置いて、考え込んだ。また、はぐらかされるのかな、とコモンが思っていると、ジゲンはフッと微笑む。
「流石じゃの……極めた鑑定眼でも使ったのかの?」
「ええ。申し訳ありません……」
「気にするでない。流石は、サネマサと同じ十二星天じゃの……」
深く謝罪するコモンにジゲンは優しく微笑んだ。
ジゲンは自身の刀だけでは無く、自分にも隠蔽スキルを使っている。鑑定スキルや心眼スキルで自分のことを隠すためだ。
だが、極めた鑑定スキルを持っているコモンにはそれが効かなかったらしく、コモンはジゲンの正体を知っていた。コモンにとってはそれを隠すのかずっと疑問だった。一体、何故というコモンの問いに、ジゲンは、
「……すまんの。コモン君にも話すわけにはいかないのでな」
と言った。コモンはそうですか、と頷く。少し、落ち込んだ態度になったようなコモンに向けて、ジゲンは再度口を開く。
「じゃが、儂の秘密を知ったとしても、ムソウ殿も、たまも変わらずに接してくれるじゃろうな。
たまは、儂を本当の祖父のように接してくれておるし、ムソウ殿も、長年の友人のようじゃからの。
二人には本当のことを話してもいいかもしれんが……それはまた、今度じゃの……」
「……今度というのはいつ頃ですか?」
「ホッホッホ、それも、秘密じゃ……」
コモンの問いかけに、ジゲンはそう言って、ニコリと笑った。そうですか、と笑い返し、頷くコモン。
そして、もうこのことは何も考えまいと思った。どんな事情があるにせよ、ジゲンが今、幸せなら、もう良いやと思い、フッと笑う。
「わかりました。僕からはもう、何も聞きませんよ」
「ありがたいの。じゃが、まあ気が向いたら皆に話すかの……」
「その時は彼にも話すのですか? ……今の貴方を」
「どうかの……? あ奴は思い込みが激しいわりに短慮なところがあるからの……ややこしくなりそうで、困るわい……」
「確かに……」
コモンがそう言うと、ジゲンは、ニコリと笑う。コモンも笑った。共通の知り合いについて、語り合うのはやはり楽しいなと感じる両者。しばらく笑いあっていたが、コモンは少し肌寒くなり、部屋へと戻った。
コモンが部屋へと向かったことを確認し、誰も居なくなった庭で、ジゲンは腰に差していた刀を抜いた。
「……もうすぐじゃ……皆……」
一人、何かに誓うようにつぶやくと、ジゲンも寝室へと戻り、可愛い顔して、寝ているたまの頬を撫でて、眠りについた。




