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古今無双の傭兵が異世界へと行っちゃった話  作者: やまだ和興
クレナで生活する
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第153話―“親”について語る―

 高天ヶ原に着くと、やはり昨日と同じく、人だかりがある。すると、コスケが俺に気付き、妓楼の中に入れてくれる。

 そして、人々の視線は俺に注がれる。……毎回こんな目に合うのか? もう少し、早めに来た方が良いのか、とコスケに聞くと、


「他の客は目当ての妓女に会えればそれで満足。ムソウ様は普通の客を相手にしないツバキちゃんとリンネちゃんだけに会うことになるので、問題は無いでしょう」


 とのこと。仮に、俺が奴らを押しのいて、四天女と遊ぶということになれば、あいつらに俺に対する敵意が生まれる。そうなれば面倒だが、ツバキとリンネは俺以外に客を取らない。

 だから、何の問題もないと、コスケは語る。それなら、いいやといつも通り、コスケに無間を渡すと、一人の禿が昨日と同じ部屋に案内する。こいつは昨日の禿とは違う者だ。一応と思い、聞いてみる。


「お前もリンネとは仲いいのか?」


 すると、その禿は静かに頷く。


「リンネちゃん、私が仕事で失敗して、コスケさんたちに怒られてるときにかばってくれた。

 その後、一緒に仕事を手伝ってくれた。……それからは、時々、遊んだりしている」


 禿は嬉しそうにそう言った。リンネは俺と違い、ここでも優しく他人に接しているようだと、安心する。


 そして、部屋の前に着くと、禿はどこかへと立ち去った。別れ際に昨日と同じく、お小遣いと称して、禿に銀貨をやった。


 その後、部屋の襖を叩き、名前を言うと、中から、どうぞとツバキの声が聞こえる。俺は襖を開けて、部屋の中へと入った。

 すると、昨日と同じく、獣人姿のリンネが駆け寄ってくるが、俺はサッとそれを躱す。


「……!」

「おっと……さすがにもう慣れてきたぞ」


 俺は後ろからリンネを抱き上げる。じたばたするリンネをそっと下した。すると、リンネはこちらを振り返る。俺はリンネの額をツンっとつつき、頭を撫でる。


「今日は俺の勝ち」

「……!」


 リンネはニコッと笑い、俺に抱き着いてくる。俺はそのまま抱き上げ、頭を撫でた。何に対しての勝ちなのか自分でもわからないが、何となく楽しかった。


「相変わらずのやり取りで、見てるこちらがほっこりしますね」


 ツバキが部屋の奥からそう言った。いつものようにきれいな着物を着て、俺が渡した簪を頭に差して、うっすらと化粧をしている。

 いじられるから絶対口にしないが、美人だよな、ホント……。

 うん、やはり、ツバキは客の前にあまり出ない方がいい。絶対、他の客に見初められる……。


 さて、リンネを抱えたまま、ツバキの横に座る。リンネは俺から下りて、俺に寄り添いながら座る。ツバキは俺の盃に酒を注いでいく。


「今日もお疲れ様です。ムソウ様」

「ああ、ツバキ……っと、その前に大事な話があるんだった」


 俺は早速、先ほどアヤメから聞かされた、グレンの護衛依頼について話をする。明日から、最低でも一週間は会えないという話だ。

 俺の話を聞きながら、ツバキとリンネの表情はだんだん曇っていく。ああ、これがあるから、話したくは無かったんだよなあ……。

 だが、グレンも俺にとっては大事な恩人だ。この話を断るわけにはいかないと、俺は二人にグレンの話をしてやった。

 すると、二人の表情は何故だか明るくなっていく。リンネはニコリと笑って、俺に抱き着いてきた。


「そういうことでしたら、私たちも無理には止めませんよ」


 ツバキは優しく微笑みながらそう言った。


「また、しばらく離れることになるのにか?」

「ええ。グレンさんという方はムソウ様にとって恩人ですよね。

 でしたら、その御恩を返すためならば、私達も無理には引き止めません。しっかりと、勤めを果たしてください」

「……!」


 ツバキの言葉にリンネも頷いている。良かった、二人がそう言ってくれて。ツバキ曰く、俺とツバキやリンネが出会えたのも、俺が冒険者だったから、とのこと。

 そのきっかけを作ってくれたグレンの為ならば、少々俺と会えなくても、むしろ、その人のためにしっかりと恩を果たすように、とのことだ。

 若干、その解釈は違うよなとは思いつつ、二人に感謝し、俺は酒を呑んだ。


 その後は、また、二人と話していた。屋敷での話をすると、リンネは特にたまと会いたいと嬉しそうにする。いずれ、あの広い庭で二人が遊んでいる様を眺めるようになるのだろうか。主に、俺と女中たちで、微笑まし気に二人を見る様が思い浮かべられる。

 ツバキはやはりと言うべきか、前々からジゲンに興味を示している。具体的に戦っているところを見たわけではないが、ジゲンも武芸が達者みたいだからな。それに知識も深い。若いツバキにはいい刺激になるかもしれない。

 ちなみに、屋敷にはコモンも入ることになったというと、目を見開き、大層驚いている。やはり、こういう反応になるのか。時々、ミサキにしろ、コモンにしろ、俺は奴らが、人界最高峰と呼ばれる十二星天の一人だということを忘れるからな。

 こういう反応をされると、当たり前のように普通に過ごしている自分が、何となくとんでもないことをしているのではないかと、疑ってくる。


 ……まあ、実際その通りなんだろうという実感もあるがな。コモンが俺の屋敷に来る際に周囲には内緒にしていることに若干感謝しながら、あいつも人の子なんだから、そんなに畏まるなとツバキに言うと、ツバキは、はあ、と頷いている。

 そうは言っても、女中たちのようにすぐに慣れるだろうと思い、特には何も気にしなかった。


 さて、話題は明日から行動を共にする、グレンの話になっていく。最初に言ったように、グレンは俺がこの世界に来て初めて出会った人間であり、俺に色々と教えてくれた恩人だ、と言うと、ツバキは、口を開く。


「ムソウ様ほどの方が、恩人と仰るとは、やはりすごい方なのですか?」

「いやあ……それが、商人をやっているということ以外はほとんど知らないんだ。出会って、そのままマシロの町まで行って、そのまま別れたからな」


 そう、俺はグレンという男についてはほとんど知らない。本人は鑑定スキルと、生まれ持った口のうまさを生かして、商人をやっているということしか言っていなかったがな。

 まあ、それ以上でもそれ以下でもないだろう、とツバキに言うと、そうですね、とグレンのことについては納得している。


「そう言えば、ムソウ様が恩人だと感じたお方と言うのはどれだけいるのですか?」

「う~ん……そうだなあ……」


 ツバキの質問に少々戸惑った。俺にとっては出会った奴皆、恩人みたいなものだからな。強い強いと言われても、俺は色々な部分でまだまだ弱い。そんな時に皆が助けてくれたからこそ、俺は強く生きてこれたし、今も生きているから。

 こいつこそ、俺の恩人だという人間は……あ。


「……一人、確かに思い浮かぶ奴は居る……恩人と言って良いのか悩むが……」

「それは……ひょっとして……」


 俺の考える恩人というのがツバキにも何となくわかったようだ。ツバキは、まさか、という顔をしている。

 俺もそう思っているが、あいつと出会わなかったら、そもそも、俺はあの山奥で死んでいたかもしれないし、サヤと過ごすまではなんだかんだ育ててくれた奴だし……それに、最期まで俺のことを思ってくれたし……。


 ……うん……あいつは大恩人だな。俺は一人納得して、笑い、あいつのように酒を呑んだ。ツバキはそんな俺を見て、フフッと笑う。


「何だ?」

「いえ、ムソウ様の中で、そのお方が恩人だということになった瞬間というのを見られたのが面白くて……」

「まだ、認めたわけじゃないぞ。だが、まあ……あいつにはいろいろ託されたからな……」

「へえ……例えばどのような?」


 俺はいつも通り、昔の仲間のことを聞いてくるツバキにフッと笑い、盃を手にし、話し始める。先代闘鬼神頭領であり、俺の……“親”である、エンヤについての話を……。


 ◇◇◇


 あれは、俺とサヤの祝言の前夜でのことだ。祝言の準備で、疲れていた俺とサヤは、明日に備えてと早めに布団に入った。サヤはあっという間に寝られたみたいだが、俺は夜中にパッと目が覚めた。


「……あぁ……やっぱり落ち着かねえな……」


 明日には、正式にサヤと夫婦になる。いろんな思いがごちゃ混ぜになって、俺の頭の中を駆け巡っている。

 少し、落ち着こうと思い、寝室を出た。縁側を歩きながら、タカナリ邸の庭に目を向ける。そこはすでに祝言の準備がされており、赤い大きな敷布の上に、太鼓などが置かれている。

 ふと空を見上げると、大きな月が出ている。タカナリの家の大きな桜は月光に照らされており、きれいな夜桜が俺の目の中に入っていた。


 まさか、俺が家族を持つなんてな、と感慨深くなり、縁側に座り、桜を見ていた。すると……


「ん? ……ザンキか?」


 ふと、声が聞こえる。声のする方を見ると、酒の入った徳利を持つ、寝間着姿のエンヤが立っていた。


「……(カシラ)か。何だ? こんな夜中に」

「お前こそ、どうしたんだよ。明日は晴れ舞台だろ? さっさと寝ろ」

「いや……それが寝れなくてな……色々、考えてしまってな……」


 エンヤにそう言うと、フッと笑い、エンヤは俺の隣に座った。


「……俺もだ。いよいよ明日なんだって思うと、寝れなくてな。

 ……どうだ? 付き合うか?」


 そう言って、エンヤは盃を俺に渡す。俺がうなずくと、エンヤは俺に酒を注ぎ、本人は徳利にそのまま口を付けた。


 二人とも何もしゃべらず、そのまま黙って夜桜を見ながら、酒を呑んでいた。しばらくそうしていると、ふと、エンヤが口を開く。


「なあ、ザンキ……」

「あ? 何だよ」

「お前、今までの人生幸せだったか?」


 エンヤは俺の顔をジッと見てきて、そんなことを聞いてきた。俺はしばらく考えた。親に捨てられ、その後、闘鬼神に入り、そこからは闘い三昧。

 一週間前、俺が抜けると分かったときの皆の反応を見るまでは、そこまで思っていなかったとわかったが、仲間からも敬遠され、周囲には、“死神”と呼ばれ、恐れられてきた。

 とてもじゃないが、幸せとは言い難い人生だったと思っている。俺がそんな顔をし出すと、エンヤは俺から視線を外し、フッと笑って、酒を呑んだ。


「……やはり、幸せだったとは言いづらいか……」

「幸せと言うのが、どういうものか知らねえからな……」


 皮肉交じりにそう言うと、エンヤは、そうかと頷く。


「何で、そんなこと聞くんだよ……?」


 急な質問の意味が分からなかったので聞くと、エンヤは酒を呑みながら、自らの思いを語った。


「お前を拾った時……最初は、ただ、面白そうってだけだったんだ。ガキのくせに俺に逆らう態度を見せてくるのはお前が初めてだったからな。何となく、そのまま野垂れ死にさせるのは惜しいと思った。

 そして、お前はどんどん強くなっていった。だから、これからはこいつを強くしていこうってその時、思ったんだ。俺達が死んでも一人で強く生きて行けるように……ってな……」

「毒食わせたり、真冬の川に突き落としたのも、その思いからか?」


 エンヤの話を聞きながら、何となく思ったことをそのまま聞いてみた。神妙な面持ちだったエンヤは、ニカっと笑い、バレたか、などと抜かしている。

 本心は未だに分からないが、とにかく、俺を強くしたかったらしいということをこの時理解した。それにしたってやり方が、と項垂れると、エンヤは俺の方を叩きながら、すまんすまんと謝ってくる。

 そして、また酒を一口飲んで、話を再開させた。


「まあ……そんなこともあり、お前はガキの時分からそこらの大人でも負けないくらい強くなっていったよな。

 ……だが、お前はいつも暗く、いつも周りに殺意をばら撒いていた。お前が本物の鬼になっていくような気がして、俺がやってきたのはやはり、違っていたのかと、考えるようになっていった」


 へえ……それは意外だな。コイツが俺に対してそんなことを思っていたというのは、本当に考えたことも無かった。

 鬼も殺しそうなエンヤが、俺が鬼になるのは嫌だったのかと、少し新鮮な気持ちになっていく。ある意味、今まで知らなかったエンヤを知ることが出来て、思わず感心していると、エンヤは少し嬉しそうな顔になって話を続けた。


「……だが、そんなときに、お前がサヤを連れてきた。

 ……他人を殺すだけだったお前が他人を助けたんだ。

 それだけじゃない。お前に食って掛かったあの男を許し、俺の罰から庇い、自分の部下にした。

 ……俺はあの時のお前の行動が信じられなかったよ。そして、その時思ったんだ。お前の中にもそういう面がまだ、残っていたんだなって」

「そういう面って?」

「何と言うか、他人を助けるような、他人を想うようなそんな心だ。無慈悲に敵だけを斬っていくだけだったお前にも、そんな心が芽生えたんだなって、実感した」


 そういうものかねえと、首を傾げた。あの時、サヤや、オッサンを助けたのは本当にただの気まぐれだったから。他人に向ける慈悲なんて、そんなの何も考えていなかった。だが、エンヤは話を続ける。


「そして、お前が連れてきたサヤは、俺でも出来なかったお前の口を開かせることをやってのけた。お前の心を変え、動かすことを、簡単にやっていった。

 それを見たときにな、やはり、俺のやってきたことは駄目だったって気づいたんだ」


 またしても、そういうものなのか、と頭を抱える。あの時は、助けてやったにも関わらず、生意気なことを言ってくるサヤに、ただただ怒っただけなんだがな……。

 コイツは頭が悪そうに見えて、時々、簡単なことを難しく考えるから、対処に困る……。


「……それで、それからは、基本的にお前の相手はサヤに任せるようにしていった。

 ……その結果、お前には人を愛するという心が芽生え……そして、明日にはお前たちは夫婦になる。

 ……だからこそ、思ったんだ。お前が、俺と出会えてよかったのか、と。サヤと出会うまでの人生含め、お前はこれまで、幸せだったのかとな……」


 エンヤはそう言って、再度俺の目をまっすぐ見てくる。エンヤがそこまで他人の人生がどうかとか、気にするとは、本当に珍しいなと思った。

 人を斬るということはそいつの人生を奪うということ。そいつの過去も今も、未来さえも奪うということ。目の前の女は、俺の知る限り、最も多くそれをやってきた奴だ。

 そんな奴が、俺の人生がどうだったかを聞いてくるとは……。


 さて、俺はじっくりと考えてみた。最初に言ったように、俺の今までの人生が幸せだったのかと聞かれると、そうは言いづらかった。

 だが、確かにサヤと出会ってからは、楽しいなと感じるようにはなった。

 しかし、それが、今までエンヤがやってきたことが楽しくなかったともいうのはおかしな話だと思っている。

 なんだかんだで、この頃は、俺も楽しかったと思っていた。というか、エンヤがあの時、俺を拾ってくれたから、俺は強くなれたし、サヤにも出会えたと思っている。


 だから……


「……幸せだったかどうかはわからない。けど、頭が居たから、俺は生きている。

 ……一応……それには感謝している」


 俺は正直に思っていることをエンヤに話した。俺を強くしてくれるために、無茶苦茶したというのは取りあえず、忘れ、俺は自分が今生きていることへの感謝をエンヤにした。エンヤは目を見開き、俺の顔を見る。

 そして、顔を逸らし、自分の顔が俺に見えないようにした。袖で、目を拭っているような仕草をする。


「あ? ……どうした?」

「何でも無えよ!」


 エンヤはそう言って、酒を勢いよく飲んだ。こいつこそ、見ていて面白いなと思い、俺はフッと笑い、酒を呑んだ。

 今までが幸せかと言うと、確かに分からない。だが、生きているのだから、これから先を幸せにすれば良いだけ。俺はそう思っていた。

 そして、確実にこの先は幸せになれるという確信があった。数時間後には世界で一番好きな奴と結婚して、二人だけで家に住んで、生きていく。不幸になるわけがないと、俺は酒を呑んだ。


「……なあ、ザンキ」

「……ん?」

「お前、これからはちゃんと幸せになれよ」

「……わかってる」


 いちいち、言われなくても分かってることを、何度もエンヤは言ってくる。正直、うるさいなあと感じ、そろそろ寝室に戻ろうかと思った。

 しかし、エンヤは、相変わらず俺をまっすぐと見てきて、口を開く。


「そして……これからは、他人の幸せをも護っていけよ。サヤだけじゃない。ここ、安備の者達、全ての人生をお前が護っていくんだ」

「国境の警備のことか? ……俺に出来るのは敵を斬ることだけだ。そこまで大それたことなど、出来ねえよ」


 そう言うと、エンヤは俺の肩に手を置く。そして、今まで見たことも無いような優しい表情で、微笑んだ。


「……いや。敵をただ、斬るんじゃない。護るために敵を斬るんだ。

 ……大事なのは何のために敵を斬るのかということ。ただただ、他人の命を奪うのでは今までと一緒だ。

 ……これからは、サヤや、ここに住む奴ら、……そして、俺達をも護るために刀を振っていけ。

 ……全てを守り切ったとき、お前は本当に幸せになれる……俺はそう信じている」


 ……護る為に斬る、か。なるほど、そう考えれば、俺の今までの人生も無駄じゃないということになるな。エンヤが俺にくれた、何物にも勝るこの強さを以って、皆を護ることが出来れば、確かに良いなと思った。

 俺が皆を護る度に、こいつが俺にしてきたことも無駄じゃなかったことの証明にもなるしな。


 俺はエンヤの言葉に静かに頷いた。


「わかった。俺は皆をこれからも護っていく。……何となく、腑に落ちんが、“親”の言うことだからな。

 ……信じてみることにする」


 そう言うと、エンヤは目を見開き、ニカっと笑った。そして、肩に置いていた手を俺の頭の上に乗せて撫でてくる。


「孝行“息子”め……!」


 わしゃわしゃと俺の頭を撫でるエンヤ。何となく、恥ずかしくなりエンヤの手を払い、酒を呑んだ。エンヤもフッと笑い、酒を呑んだ。

 横を見ると、エンヤの愛刀「無間」が置かれている。無間は月の光を反射させ、ほのかに光っているように見えた。


 ◇◇◇


「……結局、エンヤの本当の思いってのは、それから十年以上経ち、大陸を統一した時に果たされたんだがな……」


 最後にそう言って、話を締めくくる。結局のところ、祝言を挙げて十年後には俺はすべてをうしない、エンヤやサヤに託されたものさえ忘れ、ただただ、敵を殺すために刀を振る奴になってしまった。

 だが、タカナリたちと出会い、ともに戦い、皆を守り切ったときに、俺にまた、幸せが再び訪れた。

 世界が変わっても、エンヤたちから貰ったものは忘れない。俺は何かを護る為に、敵を斬っていく。たまやジゲン、新しい闘鬼神の奴ら、そして、ツバキやリンネを今度は共に戦いながら、護っていくと今でも思っている。


 ツバキはエンヤの話を終えると、静かに微笑んだ。


「それは……大恩人ですよ」


 そうか? とツバキに返す。話しながらあいつを恩人というのもやはり変なものだと感じた。あいつはただの、俺にとっての“親”だと。常に俺に道を示してくれる。普通の親が、子にするように。

 そして、子である俺は、あいつのようになりたいと思い、刀を振っていく。それって、結構当たり前のことなんだよなと、苦笑いし、酒を呑む。


 その後は、いつも通り、ツバキとリンネと色々話しながら時を過ごす。最近、四天女の奴らがまた、俺を迎えるように準備しているという話をツバキから聞く。

 どんな準備をしているんだと、聞くと、シュンカは一層舞の稽古に励み、トウリンは時々多くの本を読んでは更に知識を深めているという。一方シュウメイは、前よりも多くの男どもを相手に励んでいると、ツバキは呆れたように語った。俺も呆れている。俺の話、全く聞いて無かったみたいだ……。

 ただ、以前にも増して、確かに色気というものが強くなった気がするとツバキは語る。これは絶対、闘鬼神の奴らをここに連れてくるわけにはいかんな……。

 あれ、ナズナは? と聞くと、ナズナの方は、なぜか剣の稽古に励んでいるということらしい。どうやら、俺とツバキのやり取りを聞いたり、アヤメに俺が喜ぶことというのはどんなものかと聞いたら、強者と戦うことだと教わったらしい。


「それも少し違うと思うんだが……」

「けれど、あの時よりも強くなったナズナさんと戦うのは楽しみではないですか?」

「う~ん……まあな……」

「私もナズナさんの相手をしているおかげで、腕が鈍ることなく、むしろ成長していますよ」


 なんでも、ナズナの稽古の相手をツバキが務めているおかげで、数か月間、刀を握っていないツバキは勘を忘れることが無くなったという。

 ひょっとして、ナズナがそういうことしているのって、ツバキの為なんじゃないか?

 ナズナは優しいからな。ツバキが、いつ俺の元に戻っても良いようにしてくれているのかもしれない。自らも強くなることも兼ねてな。

 確かに、前に戦った時はすぐに気絶させて、後はショウブと戦っていたからな。なるほど……強くなったナズナと手を合わせるというのは確かに楽しいのかもしれない。


「じゃあ、ツバキが俺の屋敷に来るときは二人と相手してやるよ」

「本当ですか!? ぜひ、お願いします!」


 ツバキはそう言って、目を輝かせる。うん、こっちのツバキの方が俺は好きだな。妓女であるときも綺麗なことには変わりないのだが、やはり、根本的なところは、サネマサの弟子、武王會館出身だなと改めて思った。一番こいつらしくて、俺は好きだ。


「……!」


 すると、リンネも目を輝かせて、こちらを見てくる。尻尾をフリフリと可愛らしく振っている。


「お前もか?」

「……!」


 リンネはコクコクと何度も頷く。リンネも俺と手合わせしたいらしい。俺はリンネの頭を撫でて、分かったと頷く。


「そういえば、明日はアヤメと戦う予定だ。俺に新しい刀の力を試したいとよ」


 そう言うと、ツバキは、目を見開き、体を寄せてくる。


「試し斬りにムソウ様を選ばれるとは、流石アヤメさんですね……」

「まあ、俺もあいつと戦ってみたかったからな。いい機会だとは思う」


 俺は笑って、酒を呑む。すると、ツバキは俺の手を取って、ジッと見てきた。何だろうと、思っていると、リンネも俺の袖を掴んでジッと見てくる。


「お気をつけくださいね……」

「……」

「けがのことか?なあに、大丈夫だって」


 2人はどうやら、俺のことを心配してくれているみたいだ。俺は心配ないと笑ったが、ツバキとリンネは首を横に振る。


「違います。アヤメさんをうっかり斬ってしまわぬように……」

「……」


 ……あ、そっちか。リンネもうんうんと頷いている。ここは俺の心配じゃないのかと頭を抱えるが、取りあえず、善処すると二人に頷いた。


 そして、今日も楽しい時間はあっという間だ。外を見ると、日が傾きだしている。そろそろ帰ると言って、俺は立ち上がり、外套を着て無間を背負う。


「じゃあ、というわけで明日からはしばらく会えないが……」

「はい。お勤めしっかり果たしてください」

「……!」


 ツバキの言葉にリンネも頷き笑った。こういう時は泣かずに、笑って俺を見送るリンネを本当に可愛いと思い、ツバキと共にリンネの頭を撫でた。


 そして、二人に別れを言って、俺は妓楼を出る。さて、今日の飯は何かな、と思いながら、皆の居る屋敷に向かって花街を歩いて行った。


 ◇◇◇


 ザンキと話し、部屋へ戻っていくザンキを確認してしばらく、闘鬼神頭領エンヤは、未だ一人、月と桜を見ながら、酒を呑んでいた。

 明日になれば、色々と闘鬼神も変わることになる。確かに、ザンキが抜けることは大きな痛手かも知れない。

 しかし、それもまた、面白いこと、何より、“息子”の幸せは邪魔したくないとエンヤは決めていた。少しばかり、歳は食ったが、まだまだ、気合入れて行こうと、傍らに置いた、愛刀「無間」を見つめながら笑っていた。


 すると、ザンキが去った方向から再び、小さな足音が聞こえてくる。


「……ん?」

「あ……頭領さん……?」


 足音の主は、サヤだった。眠そうに目をこすりながら、こちらに向かってきている。


「なんだ、サヤか……お前も、眠れないのか?」

「うん……明日なんだって思うと……って、私もってどういうこと?」

「さっきまで、ザンキもここに居たんだよ。お前と同じで眠れないってな」


 どうやら、サヤも、ザンキと同じく、緊張の為か、眠れないようだ。ザンキとは入れ違いになったんだなと思っていると、サヤはクスっと笑って、エンヤの横に座った。


「そっか……似た者夫婦なんだね、私達って」

「フッ……だな。まあ、酒が弱いってところは似てないから、お前にはこれは飲ませないからな」


 いつの間にか、徳利に伸びていたサヤの手を払いながら笑うエンヤ。サヤは、ムスッとし、仕方ないと、頷いた。


「私がお酒飲んだら、ザンキ君が困るからね~」

「いや、俺も困るから、辞めてくれ」

「え、頭領さんでも、困ることあるんだ~」

「……お前は俺のことを何だと思ってるんだ?」

「お義父さん? お義母さん? ……どっちが良い?」

「ブッ!」


 思わず酒を吹きだすエンヤ。サヤの口から飛び出た言葉に悶絶し、せき込む。サヤは、クスっと笑いながら、エンヤの背中をさすった。


「もう、どうしちゃったの? 頭領さん」

「ゲホッゲホッ! 急に変なことを言うからだ! 驚いたじゃねえか」


 息を落ち着かせながら、エンヤは頭を掻く。最後の最後で、ザンキではなく、俺に悪戯のようなことをしてきたサヤに、少しだけ驚いてしまった。

 サヤはなおも、いつもザンキに見せる、悪戯っ子のような顔をして、クスクスと笑っている。大した女だなといつも以上に思うエンヤだったが、ふと、サヤはエンヤに向き直り、その場で正座する。


「……ん? どうした、サヤ」


 急に態度を変えるサヤに目を丸くするエンヤ。サヤはエンヤをまっすぐと見ながら、その場に手をついた。


「……頭領さん……私……ザンキ君に会えて良かった……皆に会えて良かった。

 私……頭領さん達に会ってから、ずっと幸せだった。

 私は、明日からザンキ君の妻になります。本当に……今までありがとうございました」


 その場で深く頭を下げるサヤ。それを見たエンヤは目を見開く。

 ザンキに問うた、幸せだったかという問い。サヤは、こちらが言うまでも無く、自分から今までのことが幸せだったと言ってくれた それはとても嬉しいことだった。

 だが、それと同時に、エンヤを取り巻く、切ない気持ち。今まで感じたことも無かった葛藤が頭の中を駆け巡る。

 明日の祝言から、二人は自分の元を去ることになる。幼い頃より、いつも一緒に居た二人が、夫婦となって、自分の側から離れること。それはとても寂しく、辛いことだと、この時初めて実感した。

 だが、つい、先ほどザンキに言ったように、二人が幸せになるということは、それよりも嬉しかったことだ。辛さと嬉しさの葛藤……これが本当の“親”の気持ちということを、エンヤはこの時、初めて理解した。

 感情が沸きあがり、目頭が熱くなっていく。エンヤはそれを気合と酒で鎮めて、大きく息を吐き、サヤにニカっと笑った。


「何を今更……お前の……お前らの気持ちはとうに分かっている。ずっと前から、受け取っている。

 だから、サヤも、アイツの所でも、もっと笑って、笑わせて、生きて、これからも幸せになっていけよ」

「……うん」


 顔を上げたサヤの目には、涙が溢れている。サヤはそのまま、エンヤを抱きしめた。エンヤもサヤを抱きしめ、そっと優しく頭を撫でる。


「ねえ……頭領さん……私……頭領さんも……幸せにできたかな?」

「何言ってんだ? 出来たに決まってんだろ。お前とザンキのやり取りはいつ見ても面白かったよ。

 ……今まで、ありがとな……俺の大事な“娘”……サヤ」

「……うん!」


 その時、エンヤは、こんな自分に、立派な“息子”と、優しい“娘”が出来て、本当に幸せにだったと感じていた。

 そして、そんな“娘”を泣かせたら、本気で“息子”を殴ってやろうと、心に決め、その後もサヤの頭を何度も撫で続けていた。


 ……一部始終を、そっと襖の間から眺めていた闘鬼神と、タカナリの目からも、滝のような涙が流れていたのは別の話である……。

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