第152話―剣山甲を斬る―
翌朝目が覚めると、いつものように装備を整え、居間へと向かった。たまが、俺に気づき、おはよ~と言ってくる。たまに返事をすると、飯を食べる部屋へと案内された。
すでにコモンとジゲン、そして、女中たちが朝めしを食べている。
「あ、ムソウさん、おはようございます」
「ああ、コモン、おはよう」
コモンと軽く挨拶をした後、飯を食いながら、昨夜気になった、コモンの過ごす部屋について聞いてみた。すると、コモンは屋敷の外にある、厩を使うとのことだった。
俺の家には馬が居ないから、外に馬車を置き、建物自体は倉庫になっている。
だが、今は住み始めたばかりなので、何も置いていない。改築して住むには申し分ない広さである。俺はコモンの申し入れを承諾した。
「仮とは言え、十二星天を馬小屋に住まわせたら、俺、怒られないか?」
「誰が怒るんでしょうか……」
冗談半分で言った一言に、コモンは首を傾げながら笑ってそう言った。コモンによると、元が馬小屋なので、広く、住むだけではなく、ちょっとした工房も加えるとのことらしい。
これは、冒険者たちの装備の修復などをするためだそうだ。本当に天宝館の仕事は大丈夫なのか、と聞きたくなるが、本人が大丈夫と言っていたし、それはすごくありがたいことなので、俺は何も言わず、コモンの好きにするようにと伝えておいた。
ちなみに、今日はこれから天宝館へと行き、雑務をこなすという。なんでも、俺が昨日狩った、オオイナゴの解体作業がまだらしい。
数が多いので、コモンも皆を手伝うということだ。なんだか申し訳ない気持ちになり、厩の作業はゆっくりでいいということと、それまでは、屋敷のどこを使っても良いとコモンに伝えた。
すると、横で話を聞いていたたまは、じゃあ、当分は一緒に寝られると喜んでいた。
ジゲンは昨日と同じく、今日もすることがないという。だったら、たまと一緒に、下街で遊んでも良いと伝えると、ジゲンは、わかったと頷く。たまは仕事のことが心配なのか、アザミを不安げに見つめた。すると、アザミは、穏やかな口調で、
「ご不在の際もお任せください」
と、たまに言って頭を撫でた。たまは頷き、またしても喜んだ。最初に会った時と比べると、アザミのたまへの接し方がだいぶ穏やかになったなと思った。根は真面目なんだなとアザミを評価している。
他の女中は相変わらず、喜ぶたまを見て、うっとりしているが……。やはり女中たちを管轄する任にアザミを指名して正解だった。
その後、飯を食い終えた後、俺はギルドへ行こうと屋敷を出ようとする。すると、コモンに呼び止められた。
「あ、ムソウさん。良ければ、転送魔法でギルドの前までお送りしますよ」
コモンはそう言って、俺に手をかざした。ミサキもしていたが、転送魔法というのは他人も任意の場所まで送れるらしい。確かにこの方が早く着くし、余計な面倒もなさそうだが、俺は魔法を使おうとするコモンを制し、首を横に振った。
「いや、歩いて行くよ。花街に寄って、リンネに会いに行かねえとな」
昨日、ツバキたちとの約束で、ギルドに行くときは花街を通るので、依頼を終えて、高天ヶ原に行けなくても、朝なら、リンネには会うことが出来る。今日もリンネは掃除をしながら俺を待っているはずだ。だから、コモンの申し出は断った。
だが、コモンは、それなら、と俺に口を開く。
「ではギルドに行って、依頼を確認した後でお会いになるのはどうでしょうか。依頼によっては、帰った後に高天ヶ原に寄れるかどうかわかりませんからね。行けそうにないのならば、ツバキさん、でしたっけ? その方に行けないということを伝えられますし、行けるのであれば、部屋を用意させることだって出来ますから」
なるほど。確かに、そちらの方が良いかもしれない。行けないかもしれないということがあらかじめわかっていれば、昨日のように、急いで依頼をすることもないし、行けるということが分かれば、手紙を渡せばいい話だ。コモンの考えに俺は頷いた。
「そうだな。その方が良いのかも知れないな」
そう言って、俺はコモンの前に立つ。コモンは再び手をかざし、魔法を使い始めた。
「では、ムソウさん。お気をつけて」
「ああ。素材が手に入ったら、また天宝館に行くからよ」
俺が手を振ると、コモンは魔法を発動させる。俺の足元から白い光が輝き、俺の視界から、屋敷とコモンの顔が消えたかと思うと、俺は上街のギルドの正面に立っていた。どうやら成功したらしい。
ふと、周りの者達からの視線に気づく。急に俺が現れたものだから、驚いているようだ。お騒がせしたようだなと、その者たちに一礼して、俺はギルドの扉を開いた。
今日は昨日の冒険者たちは居ないみたいだ。また、何か絡んできたら、今度こそぶっ飛ばそうと思っていたのだが、杞憂だったらしい。俺はそのまま中に入り、昨日、絡んできた男が盛大に失禁した辺りの床をよけて、依頼票が貼られている壁を見た。
……
剣山甲の討伐 報酬銀貨500枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル
レイスの討伐 報酬銀貨200枚 使役魔法使い討伐、もしくは捕縛で報酬上昇 要戦闘向きスキル
火炎獣の討伐及び素材の採集 報酬銀貨500枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル、可能ならば、水氷雪系魔法の行使者
鉄鉱ゴーレムの討伐及び素材の採集 報酬銀貨500枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル 特に剣術スキルは必須
大王オオトカゲの討伐 報酬銀貨500枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル
……
おっと……討伐ものの依頼、昨日に比べて増えているな。報酬の額からすると、中級ってところか。これは、闘鬼神の奴らにでも任せておくか。ただ、それだと俺のやることもなくなるから、どれかには行こう。
……取りあえず、この剣山甲って奴からやってみよっと。
そう思って、依頼票に手を伸ばす。そして、依頼の受注受付であるミオンの所に向かった。
「よお、この依頼を受けたいんだが……」
いつものように何か作業をしていたミオンは、俺が声をかけると立ち上がった。
「あ、はい! ……あ、ムソウさん」
「おう。今日はこいつを頼む」
「わかりました。……あの、ムソウさん……昨日はありがとうございます」
ミオンはそう言って、俺に頭を下げた。何のことだ、と尋ねると、昨日俺が例の冒険者たちに絡まれた一件についてらしい。
奴らは、ラックという男が率いる、ラック・フェスタという冒険者の一団で、遊ぶ金欲しさに、他の冒険者を脅しては、ああやって金を巻き上げている迷惑な奴らだという。
ただ、ギルドとしても冒険者は自由なものというセインの言葉もあって、どう扱えば良いのかわからなかったらしい。そんな時に俺があいつらを気絶させ、すっきりしたと、ミオンは笑った。
「アヤメ様から聞きました。ムソウさんって本当にすごいお方だったのですね」
「あ~……まあ、気にすんなって。それより、この依頼……」
感謝されることはありがたいが、このままだと、依頼に行く時間も遅れるなと思い、話を終わらせた。
俺が依頼票を指差すと、ミオンは、はい! と頷き、部屋の奥から、支給品と、剣山甲に関する資料を持ってきた。
「ありがとう、ミオン」
「いえ。剣山甲は見た目の割に動きの素早い魔物です。ご注意くださいね」
「ああ、分かった」
ミオンの忠告に頷き、俺はギルドを出た。そして、花街に向かいながら、剣山甲の資料に目を通す。
……
剣山甲
背中に剣のように太くとがった毛をもつハリネズミ型の魔物。標的を見つけると、体を丸めて転がりながら攻撃したり、直接体毛で敵を串刺しにしたりする。体毛は、装飾品の材料や武器の素材として使われることが多い。
……
資料には剣山甲の挿絵と共に、そう書いてあった。つまるところ、大量の剣を背負った鼠というわけか。近づいても危なそうだし、離れていても、ダンゴムシのように丸まって、転がってくるということだな。
だが、転がるということは、体を丸めている。恐らく前とか見えていないのだろう。その隙に斬波でもぶつければ何とかなるか、それか直接斬るか、だな。
さて、依頼の場所を確認してみたが、ここからそう、離れていないようだ。ここから歩きで行っても、今日の昼過ぎには帰れる。今日も高天ヶ原に寄れるな。
だったら、昨日と同じく、リンネに手紙を渡しておこう。
そう思いながら歩いて行き、いつものように門をくぐる。門番はいつの間に来たんだと聞かれたが、お前らの気づかないうちにと笑ってごまかしておいた。嘘は言っていない……。
さて、花街を進んで行くと、いつも通りの光景が目に入る。夜が明けて妓楼から出る客たちや、妓楼の前で、掃除している男衆や禿たち。昨日多くの人間の前でこの街一番の妓楼である高天ヶ原に入っていったこともあり、顔を覚えられたくないと思った俺は頭巾を目深にかぶっている。
それでもむき身の無間のせいで、チラチラと見られることは変わりないがな。
歩いて行くと、とある妓楼の前で、男が出てきた。男は酒でも入っているのか、興奮した様子で、妓楼の方に手を振っている。よく見ると、入り口の所に妓女が立っていた。
「楽しかったよ~! また来るからね~!」
「私もです! お待ちしておりますから~!」
「愛してるよ~!」
などと、二人は言っている。朝からお熱いことで……。よくよく見れば、他の妓楼でもそんなやり取りが聞こえてくる。なんというか、どこも繁盛しているようだな。この街にとっては良いことなのかも知れんが、先ほどの男たちも冒険者や貴族なのかと思うと頭を抱える。
まあ、いいや。俺はそんなやり取りを聞きながら高天ヶ原の前まで来た。
……居るなあ。
リンネは俺との約束通り、今日も朝から妓楼の前を掃除している。掃除しながら、下街へと続く門がある方を時折チラチラと伺っていた。俺があっちから来ると思っているらしい。俺はそっと近づき、門の方向を見ているリンネの肩をちょんっとつついた。
「……よお」
「……!」
リンネは驚き、パッと振り返る。そして、俺の顔を確認すると、目を白黒させていた。何とも面白い光景で、朝から腹を抱える。
「ハハハッ! 今日はこっちから来たぞ」
「……!」
俺が笑っていると、え? という顔をして、上街の方を見ている。頭を抱えて色々と考えているようだ。俺はそんなリンネの額を指で押した。
「こらこら、俺に会えて嬉しくないのか?」
「……!」
リンネは俺の言葉に、考えることを辞めたのか、パッとこちらを見て、ニコリと笑う。そして、手を大きく開いた。俺がしゃがむと、リンネは抱き着いてくる。
「よしよし、今日もお仕事がんばれよ」
「……!」
リンネの頭を撫でながらそう言うと、リンネは頷いた。そして、昨日と同じく今日もここに寄ることを伝えると、リンネはさらに笑って、その場で小躍りする。そんなリンネに昨日と同じように、手紙を渡すと、大事そうに抱えて頷いた。
「よし、それじゃあ、もう行くよ。手紙、ちゃんと渡しておくんだぞ」
「……!」
頷くリンネに手を振って、俺はその場を離れる。リンネは俺の姿が見えなくなるまで、手を振ってくれた。また、リンネの背中に乗ったり、俺がリンネを肩に乗せて旅をしたいなあと思いつつ、それもあと少しかと思うと、依頼をこなすのもだいぶ楽しくなってくるな……。
さて、花街の門では、やはり驚かれた。だが、いつも通りこいつらには死神の鬼迫で黙らせた。何度も行き来しているおかげか、もう、闘宴会のほとんどの奴らにその方法を行っているので、俺の顔を見ただけで怯える奴もいるくらいだ。
そういえば、こいつらの長の者には会っていないなあと思いつつ、俺は今日も平和に門をくぐる。
その後、下街を歩いて行くと、闘鬼神の着物を着た、俺の屋敷の女中数人が、前からこちらに向かってくるのが見えた。
「よお、何してんだ?」
「あ、頭領。え~っと、ジゲンさんから薬草の種を頼まれまして……」
ああ、ジゲンが植えたいと言っていたやつか。世話は自分ですると言っていたが、やはり、一日中屋敷で暇をもてあそぶのもいけないと、思ったらしいな。
「分かった。ジゲンには野菜を植える場所と、たまの花を植える場所も考えてくれと伝えておいてくれ」
「はい、かしこまりました。ところで、頭領は、今日もお戻りになられますか?」
「一応はその予定だ。時間は昨日と同じか、もう少し遅くなるくらいだが、晩飯は用意しておいてくれ」
「かしこまりました。では、お気を付けて……」
女中たちの言葉に頷き、皆と別れた。何となくだが、やはり女中たちの着物の柄は別の者にした方が良いのかな。闘鬼神の紋章だと、どうにも違和感がある。アザミと同じく、アイツ等も元は妓女。そこそこ、美人なだけにもっと華やかなものにした方が良いのだろうかと悩んでしまう。
……そういえば、女だけで行かせて良かったのかな。まあ、花街よりは大丈夫だと思うし、そこらを見ると、ジロウ一家の奴らも目を光らせているみたいだ。
それにそういう時にあの紋章はある意味いいかも知れない。客観的に見て、刀を咥えた般若が描かれた着物を着ている者には俺も近づきたくなくなる。そう考えれば、あの紋章でも良いのかと、取りあえず俺は安心して、トウショウの里の入り口を目指した。
そして、いつものように門番とのやりとりの後、依頼の指定場所まで向かう。飛ばない旅というのも久々だな。
ゆっくりと歩く感じがとてもなつかしく感じる。天気は晴れだが、やはり秋ということもあって、風が吹いたら少し寒く感じる。外套があってよかったと思い、俺は道を歩いていった。
昨日、飛んでいたときには気づかなかったが、道沿いには彼岸花など咲いていて、確かに秋の気配を感じさせている。
ただ、俺、この花あんまり好きじゃないんだよな。人を斬ったときの鮮血に似ていて。皆は綺麗だって言うが、毒もあるし、どうにもこの花は好きになれない。これだけ咲いていると、何年も大陸中をさまよいながら、戦場を渡り歩いてきたときのことを思い出してしまう。
ただまあ、斬ることが人生になっているから、それも当たり前の話だよなと思いつつ、花を見ながら街道を進んでいく。
やはり、クレナは魔物の遭遇率はそこまで高くない。その割には魔物の討伐依頼は、マシロ並みに多いと感じている。
街道に出てくる多くの魔物は下級だ。恐らく、増えた中級以上の魔物が下級の魔物を襲うため、姿が少ないのだろうと推測される。多くの依頼にある、下級の魔物の討伐依頼が大群の殲滅というのもそのためだろう。
群れを成し、自分よりも強い魔物たちに対抗していると考えている。
さて、そんなこともあり、予想していたよりも早い時間で依頼の場所へとたどり着く。そして、目の前には、資料の挿絵と同じ魔物が居た。
確かに鼠のような顔つきで、背中には多くの針と呼ぶには大きく太い金属製の尖った物体を付けている。まるで刀剣のようだ。そいつは、辺りの土を掘ってはその中にある石を食っていた。
資料によれば、ああやって石を食い、地中の鉄分でも吸収しているのだろう。俺はしばらく剣山甲の動向を物陰から探っていたが、ふと、剣山甲は顔を上げて、こちらを見てくる。すると、
「ギュア~~~!!!」
一つ雄たけびを上げて、体を丸めて、こちらに突っ込んできた。気づかれたようだ。俺はその場から離れ、剣山甲の攻撃をかわした。
ドカンッ!といって、俺が身を隠していた岩が砕け散る。結構侮れない攻撃力だな、と思い無間を構える。
剣山甲は丸まっている。予想通りならあのまままっすぐ転がり続けるだろう。止まったところで斬波でも撃とうかと思っていると、剣山甲は大きく曲がり、よけた俺の方へ突進してくる。
「おっと……位置が分かっているのか!」
俺は大きく跳躍し、剣山甲の攻撃を無間で受け流しながら回転し、剣山甲の背後に立つ。無間で攻撃をはじいた奴の背中の針は、欠けて地面にバラバラと落ちた。強度はそこまで高くないらしい。
俺は無間を構え、後ろから攻撃を仕掛ける。剣山甲は体を元に戻し、鼻をスンスンと動かした。すると、パッとこちらを振り返って、体を丸める。
なるほど、無間の鉄のにおいを察知していたというわけか。だから体を丸めても敵の場所が分かったというわけだな。だが、もう遅い。俺はサッと近づき、その勢いのまま、無間を剣山甲に突き刺した。
背中の針が砕かれていき、俺が差したところから鮮血が 吹きあがる。
「ギュイィィィ~~~!!!」
たまらず、剣山甲は体を元に戻した。俺は奴の首を上段から斬りつける。
「オラアッッッ!」
ドサっと首が落ち、そこから血が噴き出る。赤い血は、背中の針に付着すると、赤い花が咲いたように、見える。まるで彼岸花だ。
何の皮肉なんだと苦笑いし、死骸を異界の袋に収めた。
「さて、これで依頼達成だな。……帰ろっと……」
俺はその場を後にし、トウショウの里へと帰っていった。
◇◇◇
石を食うなんて変な生態してたな、と思いつつ、街道を歩いて行くと、昼にはトウショウの里に帰ってきた。相変わらず、速く帰ってきたことで門番に驚かれながらも、下街、花街を抜けて、上街へとたどり着く。
そして、そのまま天宝館へと向かった。昼時だからか、職人たちの姿も見えない。無間をチラチラと見られることもないなと職人街の中を歩いて行く。
天宝館に着くと、いつも通り、受付に向かい、手続きを済ませると、奥からコモンがやってきた。あれ、ヴァルナはと思っていると、コモンが口を開く
「今日は僕が査定しますね」
「おう、コモン……何かあったか?」
すると、コモンは苦笑いしながら頭を掻く。
「昨日のオオイナゴですよ。ヴァルナさんが徹夜で解体して、今朝方ようやく終わったみたいで、今は休ませています」
それは悪いことをしたな、とコモンに謝るが、自分の方こそ、昨日先に帰ってしまったこともあるので、責任を感じているという。
「というわけで、今後素材の解体で時間がかかるようでしたら、家に帰れない日があるかもしれません」
「ああ、それは気にするな。ここの仕事も大事だからな。……で、今回の素材なんだが」
「はい、剣山甲一匹でしたね。倉庫に行く必要もないようですのでそのまま解体部屋でお預かりします。こちらへどうぞ」
コモンに促されるまま、解体部屋とやらについていく。中に入ると、多くの魔物を、天宝館の職員が素材ごとに解体している最中だった。
ふと見ると、俺が昨日狩ったオオイナゴの素材が、部屋の隅に置かれている。箱に入っているみたいだが、それは山積みだ。本当に申し訳ないことをしたな、と心の中で、ヴァルナに謝罪と共に感謝した。
そして、部屋の一角に案内される。何人かの職人がすでに待っていた。コモンが近づくと、皆頭を下げる。流石館長だなと思いながら、コモンに促されるまま、剣山甲の死骸を異界の袋から出した。
「へえ、ムソウさんにしては状態が良いですね」
「ああ。今回は二撃で済んだからな。下手に斬波でも撃っていたら残らないと思ってな」
「なるほど……賢明な判断です。では、さっそく、取り掛かりますか……」
コモンはそう言って、周りの職人たちと査定を行っていく。コモンが死骸の部分の詳細を言っていき、それを他の職員が、紙に記録していくというものだ。査定の作業をここまで間近で見たことがないから、俺も作業を見守り続けた。
素材を見るコモンの目は、俺の無間を調べている時と同じく真剣そのものだ。時々、叩いたり、何か道具をつかったりして、丹念に調べている。やはり、人が真剣に作業を行う姿というのは綺麗だなと思いながら、その場でコモンや職人たちを見守り続けた。
そして、しばらくすると、コモンは、ふうと額の汗を拭い、職人たちから詳細を記録していた書類を受け取ると、俺に近づいてきた。
「はい、終わりました。こちらが、査定受け取り票です」
「ああ、ありがとう」
「ちなみにこちらから何か装備品をおつくりしておきましょうか?」
「いや、俺は良いが、屋敷で何か使えると思ったら、適当に作っておいてくれ」
「わかりました。では、その分の費用は後でまた受け取りますね」
俺はコモンの言葉に頷き、査定受け取り票に目を通す。
……
剣山甲の針 103本 銀貨5150枚
剣山甲の皮 1匹分 銀貨500枚
剣山甲の肉 1匹分 銀貨500枚
剣山甲の牙 1匹分 銀貨500枚
剣山甲の骨 1匹分 銀貨500枚
剣山甲の核 1匹分 銀貨500枚
鉄鉱石 1個 銀貨50枚
よって査定売却合計金額金貨7枚と銀貨700枚
……
剣山甲の素材は一律500枚ということらしいが、背中の刀剣みたいな針は一本銀貨50枚ということらしい。まあ無間で攻撃をはじくだけで欠けるくらいだったからな。それでもやはり溶かすことで、鉄としてまた、使うことが出来るという。
そして、剣山甲の腹の中には、針にすることが出来なかったと思われる、高純度の鉄が含まれた、鉄鉱石があったという。コモンに寄れば、ゴーレムには及ばないものの、それでも鉄鉱石は鉄鉱石なので、買い取るということになった。
コモンに礼を言いつつ、俺は報酬を受け取りに、天宝館を後にして、ギルドへと向かった。ちなみに、コモンは今日も帰れると言った。早めに帰れたら、厩の作業を続けていろと指示を出すと、分かりましたと頷く。
もうそろそろ冒険者の奴らも帰って来るからな。早く作業が出来るようにしないと……。
さて、ギルドに着くと、そのままミオンの所に向かった。今日は、速すぎるということで疑われない。なんでも、昨日のうちにアヤメに俺のことを聞いたということだ。そんな俺なら、近場で剣山甲を狩るくらいなら、この時間でも納得ということらしい。
それなら俺にとっても都合がいい。毎回驚かれて、疑われて、一つ一つ説明していかなくて済むからな。
その後、俺はミオンに査定受け取り票を渡した。ミオンは頷き、それを確認すると、奥の部屋から報酬を持ってくる。
「はい、こちらが素材の売却金及び、今回の討伐依頼の達成報酬です。ムソウさん、お疲れさまでした」
「おう、ありがとう」
報酬を受け取り、その場を去ろうと振り返る。すると、後ろからミオンが俺を呼び止める。
「あ、ムソウさん。お帰りになる前に、アヤメ様が、顔をだしてくれと仰っていました」
「アヤメが? 何だろう……」
「私も何も聞いていないので、そこまではわかりませんね……アヤメ様は、いつものように執務室にいらっしゃいますので……」
俺はミオンの言葉に頷き、二階へと上がる。何の用だろうか。屋敷が完成したことの報告かな。それとも、また何かしらの依頼とかか。
まあ、会えばわかることだから、気にせず、執務室の戸を叩いた。
「冒険者のムソウだ」
「ん? おお! ムソウか! 入れ入れ!」
中から威勢の良いアヤメの声が聞こえる。俺は手に気を纏わせて、戸を開けた。
ブンッ!
俺の眼前に刃が迫ってくる。俺はしゃがんでそれを躱し、刀を振ってきた、アヤメの腹に拳を入れる。
「ごふっ!」
手加減はしておいた。アヤメはその場で膝をつき、苦しんでいる。俺は一つため息をつき、部屋から出ようとする。
「用事は済んだか? じゃ、俺はこの辺りで……」
「待った待った! ムソウ! 悪かったって!」
そう言いながらアヤメはよろよろと立ち上がり、俺の肩を掴む。そして、俺に深く頭を下げた。
その後、取りあえず座ってくれと言うアヤメの言葉に従い、長椅子に腰掛ける。正面に腹を撫でながら、アヤメが座った。
「何なんだよ、急に……」
「いやあ、二か月ぶりだろ? 腕が落ちてないかと思ってな」
「ああそう。暴れてえんなら言えよ。いつでも相手になってやるからよ」
俺はそう言って、茶をすすった。すると、アヤメはニカっと笑い、机を叩く。
「おっ? 言ったな、そのセリフ。なら、明日の朝、俺と勝負してくれ」
「はあ? 何でだよ……」
アヤメの頼みに思わず頭を抱えた。なんでも、ここ最近、刀を振っていなくて、力が有り余っているということらしい。それと、こないだ刀を強化してもらったのは良いが、仕事が多く、その力の確認もまだだということで、俺を相手に試したいということらしい。
なんで、俺なんだよ。ナズナやショウブが居るだろうと言うと、二人だと本気で武器を使えないが、俺だとそれが出来るとのことらしい。
そもそも、ナズナは例の神人の貴族を高天ヶ原でもてなす準備で、ショウブは、その貴族が呼んだ他の貴族たちの護衛に駆り出され、忙しいとのことらしい。
「さらに言えば、俺が今抱えている仕事の多くは、お前が取り組んだ依頼の後始末だ。どんな人物がやったのかという確認があちこちから届いている。ようやく今朝終わったが、その間、俺がお前という存在を隠すためにどれだけ頑張ったことやら……」
アヤメによれば、あまり目立たず行動したいという俺の言葉を呑み、屋敷が修復し終わるまでのこの期間、そういった俺への問題ごとをすべて片付けたという。
具体的には、レインや、各領地の貴族が俺に感謝したいというものを断ったり、レインから感謝状の授与などもあったらしいが、俺が今どこにいるか分からないから、アヤメに言われても困る、と言って、それら全てを断ったという。
話を聞きながら、それは面倒くさいし、やりたくもないと、アヤメに頷く。確実に王都に目を付けられるし……というか恐らくすでに付けられているし、下手すれば、貴族共に利用される。
俺を利用していい貴族は、タカナリくらいにしてくれと心底思っている。アヤメがそういったところを相手に、色々とやってくれたのには取りあえず感謝した。
「で? 俺からの頼みは受け入れてくれるか?」
「はあ~……仕方ないな。色々と世話になったことだし、引き受けるよ」
アヤメの頼みを納得すると、アヤメは手を叩いて喜んでいる。花街の浮浪者を俺の屋敷で働かせる件もあって、こいつには世話になりっぱなしだからな。それに、正直、こいつとは戦ってみたかった。仮にも“暴れ姫武将”と謳われるほどで、ロウガンに匹敵する強さを持っているらしいからな。少し、楽しみだ。だが、一つ疑問がある。
「ところで、なぜ朝なんだ? 俺が依頼をこなしてからでも良いだろうに……」
わざわざ時間を指定するくらいだ。何かあるのかと聞いてみた。すると、アヤメは頷き、懐から書類を取り出し、見せてくる。
「実はな、お前指名で、依頼が入ってきている。ここの商人ギルドからなんだが……」
そう言われて、書類に目を通す。なんでも、噴滅龍と破山大猿の素材を、クレナの隣の領であるチャブラ領に輸送するとのことで、素材を運搬する商人が俺を指名してきたのだという。
「なるほど……チャブラはここからどれくらいだ?」
「馬車で行けば七~十日というところかな。まあ、お前は飛べるから、チャブラに着いたらここまで飛んで帰ればいいから、最低でも一週間は旅をするということになるな」
つまり、その間はトウショウの里には居ることができないというわけか。屋敷のことはジゲンたちに任せるということで良いが、現在依頼に取り組んでいる闘鬼神の奴らのことが、心配だ。万が一、救援を呼ばれたらどうしようか、とアヤメに相談すると、その時は他の者に行かせるし、俺が行くようなほどの事態になれば、コモンにでも頼むと言った。
確かにコモンならば、安心できるな。天宝館の仕事に差し支えるようなら、後で、謝っておけばいいか……。
どちらにせよ、まだ依頼に出て二日目。問題があるようなら、今日にでも、救援魔法が届いたっていいとのことだが、それが、届いていないのだから、安心しても良いというのが、アヤメの考えだ。
「あの中で一番難しいというか、心配だったハーピィの依頼に行った奴らからも、雷雲山に向かった奴らからも、救援は届いていない。多分大丈夫だろう」
「わかった。それならば、冒険者の方は問題ないな」
ひとまず、アヤメの言葉を信じてみることにした。
次に問題となるのは、ツバキたちに会えないということ。会えないからどうだ、というわけではないが、こないだ約束したばかりだからな……。とりあえず、アヤメに相談すると、
「それはお前で何とかしろ」
と、きっぱり言われた。ぐうの音も出ねえ……。後で、高天ヶ原に寄ったときに謝っておこう……。
「しかし、何者だ? 俺を名指しって。俺のことを知っている奴か?」
ふと、依頼についての疑問が浮かんだ。今まで名指しって無かったからな。アヤメが色々と便宜を図ってくれたにも関わらず、こうなったということは、俺のことをよく知っている奴くらいだ。
一体誰だ、とアヤメに聞くと、アヤメはもう一枚の書類を出して、口を開く。
「え~っと……商人ギルドに登録されている奴で、名をグレンというらしい。噴滅龍をお前が倒したことを知ると、すぐさま、お前を指名したようだ。本人は知り合いだ、と言っているみたいだが、本当か?」
アヤメが口にした、商人の名前を聞き、俺は立ち上がる。
「グレン!? その商人は本当に自分のことをそう、名乗ったのか?」
「な、なんだよ、急に……この書類によれば、そう書いてあるな」
アヤメはそう言って、書類を俺に渡す。そこには、依頼主の名前のところに、確かに「グレン」と書かれていた。
商人のグレン……俺がこの世界に来て初めて出会った人間だ。この世界のことについて、よく分からなかった俺に、世界のこと、スキルのこと、魔法のことなど様々なことを教えてくれた恩人だ。
現在、俺が冒険者をしているのもあいつの勧めがあったからだ。俺は、依頼主をあのグレンと確認すると、アヤメに頷く。
「了解した。この依頼、受けさせてもらおう」
「お、良いのか? じゃあ、よろしく頼むよ。グレンって奴には、明日ここに来るように伝えておく」
分かった、と頷き、俺は依頼の書類一式をアヤメから受け取り、正式にグレンの依頼を受注した。あいつには大きな恩を感じている。ようやく恩返しできるなと思い、また、再会するのが楽しみだなと思い、俺は笑っていた。
「さて、話は以上だ。急に呼んですまなかったな」
「ああ。今度から部屋に入るときは普通にしていてくれよ」
俺の言葉に、はいはい、とアヤメは頷く。そして、明日の勝負について、時間を決めた後、アヤメと別れて、ギルドを出た。
しばらく長旅になりそうだから、上街にある店で色々と買い込み、その後、花街を目指した。ツバキとリンネに依頼のことを話したうえで、謝っておこう。
だが、俺の恩人の為と言ったら、きっと許してくれそうなものだがな……。何となく軽い足取りで俺は高天ヶ原を目指して歩いて行った。




