第151話―高天ヶ原に寄って家に帰る―
ギルドを出た後は、花街の高天ヶ原へと向かう。俺が花街を歩くころには、既にほかの冒険者も、貴族たちもこの街に集まっており、人は多く感じる。行き交う人が多いということは妓楼の方もにぎやかだ。
張見世から女たちがそこらを歩いている冒険者に声をかけたり、少し離れた所から、貴族たちが女は値踏みするように眺めていたりしている。
俺も客引きの男衆から何人か声をかけられたりする。普段は駆け抜けたり、他の奴らと居たりして、声をかけられることは無いが、一人だとやはりうちの店はどうか、とか寄ってくる者も多い。ここに来て初日、ショウブ一家の奴らに言われたように、確かに鬱陶しいな……。
「あ、そこのアンタ!ちょっと寄っていきなよ!」
「悪い、もう決まってんだ」
「そんなこと言わねえで、ちょっとでいいからさあ!」
声を無視して、先へと急ごうとする俺の腕を引っ張る妓楼の男。ここでは剥き身の無間も意味は成さないようだ。
……本当に迷惑だな……。
―死神の鬼迫―
「ゔ……な、なんだ!?」
男はビクッと硬直し、俺の腕をつかむ力が緩む。俺はその隙に手を払い、男を睨んだ。
「決まってるっつってんだろ……行っても良いよな? ……あ゛?」
「……! は、はい!どうぞ!」
殺気を強めると、男は汗をかきだし、俺から離れていった。はあ……疲れるな。一つため息をつき、再び、高天ヶ原へと向かった。
そして、高天ヶ原に着いてみたが、ここはやはり他の妓楼とは違い、よく繁盛しているようで、入り口の所でコスケと他の男衆が多くの客を相手にしている。
身なりから貴族が多い。冒険者も居るようだが、身に着けている装備から腕の立ちそうな者も多いようだ。あまり、顔を覚えられたくないので、頭巾をかぶっておこうか。
しかし、俺入れるのかなと思っていると、ふと、コスケと目が合う。
「あ、ムソウ様……」
コスケは俺に近づき、軽く会釈をする。頭巾をかぶって顔があまり見えないはずなのに、恐らく外套か、無間のおかげかで、コスケは俺に気づいたようだ。
「おう、一応、リンネに手紙を渡しておいたのだが、見てくれたか?」
「ええ、もちろん。ささ、こちらへどうぞ」
そう言ってコスケは俺を高天ヶ原の中に入れてくれた。外で待っていた貴族や冒険者たちから視線を感じるが、構うことは無い。そのまま、コスケに無間を渡す。
「しかし、これだけ人の目があったらやりづらいな……」
「ムソウ様がお越しになるときは、たいてい人の少ない時間帯ですからね。あ、お部屋の方は、人目に付かないところですので、ご心配はありませんよ」
「それは助かる」
基本的にツバキとリンネは俺以外の相手をしないということになっている。なので、二人と過ごしているところを他の客に見られては、不審がられる。だから、前は人が少ない時間帯に行ったが、今回は違う。そのあたりはどうなのかと心配していたが、融通を聞かせてくれたらしい。
コスケは一人の禿を呼び、俺を案内させてくれた。そして、ツバキとリンネの待つ部屋へと向かう。
ふと、この禿もリンネと仲いいのかな、と思い、聞いてみると、禿は頷き、
「すごく仕事が出来て、しかも優しいの。それにすっごく可愛いし。ムソウ様が羨ましいです」
と言った。仲が良いのはは何よりだし、実際、リンネも上手くやっているようで安心した。その後、色々と聞きながら部屋へと着く。
そこは高天ヶ原の最上階で、普段は四天女が客の相手をするような部屋らしい。来られるのは、相当腕の立つ冒険者か、一部の貴族だけだということで、めったに他の客は来ないという。
それならいいや、と思い、禿に礼を言って、小遣いだと言って、銀貨を渡す。禿は礼を言って、嬉しそうにどこかへ行った。
「さて、と……居るか? ムソウだ」
「あ、はい。どうぞ~」
部屋の前で声をかけると、中からツバキの声が聞こえた。俺は襖を開けて中へと入る。すると、リンネが、走ってきて、俺の体に抱き着いてきた。
「おっと……よう、リンネ。上手く手紙を渡してくれていたみたいで、何よりだ」
「……!」
リンネを抱き上げ、頭を撫でると、リンネは嬉しそうに笑った。ふと見ると、リンネはここで仕事をしたりする姿ではない。人の姿になれるということを知ったとき以来の、獣人の姿だった。あまり変わらないが、こっちの方が可愛らしいなとは思う。
「ここはあまり人が来ないですからね。せっかくならと思いまして、その姿にさせてみたのですが、どうでしょうか?」
部屋に入ると、ツバキがそう言った。どうやらこれはツバキの提案らしい。ここは、他の妓女たちも、禿もあまり来ない場所。まして、客が居る部屋には他の人間も来ない。
だから、リンネもこの姿で大丈夫だ。俺はツバキに頷いた。
「ああ、問題ない。久しぶりにこの姿が見られて、俺も嬉しく思っている」
「それは何よりです。さあ、ムソウ様」
ツバキは酒の入った水差しを俺に向ける。俺が盃を手にすると、酒を注いでくれた。
「それにしても、本当に約束を守ってくださったのですね。嬉しいですよ」
「また、二人に怒られるのは辛いからな。ただ、時間は少し遅かったみたいだが……」
「それは良いのです。ムソウ様にお会いすることが嬉しいのですから。ね、リンネちゃん」
「……!」
ツバキの問いかけにリンネは何度も頷いている。俺も嬉しくなり、リンネの頭を撫でた。
「ありがとう、二人とも。ただ、これより遅くなりそうなら、ここに来られない可能性も出てくるが、良いか?」
「ええ、それはもちろん。ムソウ様には下街にも帰りを待つ女の子がいるみたいですからね。それに私たちにも仕事がありますし」
「助かる。ただ、まあ、今朝みたいに朝だったら、ああやって掃除をしていたらまた会えるかもしれないからな。期待しておけ」
「……!」
「フフッ、リンネちゃんが羨ましいですね……」
ひとまず、朝だったら毎日でも会えるということを伝えると、リンネは手を上げて喜ぶ。それを見て、ツバキは微笑んでそう言った。基本的にツバキは妓楼から出ることはあまりないという。
出るとすれば、化粧を落とし、俺が渡した羽織を身に着け、刀を持ち、ナズナがギルドとここを行き来するときくらいだ。
「へえ、そんなこともしてるのか……」
「私は仮にもまだ騎士団ですからね。要人の護衛くらいはしますよ。
まあ、ナズナさんを襲う者などはこの街には居ませんし、ナズナさんに敵う者こそ、もっと少ないでしょうし」
確かにな。俺は勝ったが、ナズナは強い。本来は護衛なんていらないはずだ。ツバキ曰く、外の空気を吸わせたいから、とのこと。今度、ナズナに会ったらきちんと礼を言っておこう。
そして、飯を食いながら、色々と話をする。今日取り組んだ、オオイナゴの殲滅については、ツバキは俺が本当に穏やかな生活をしたいのか、と疑問に思われた。
いや、あれは仕方ないだろう。俺だって中級くらいの難易度かと思ったのに、上級越して、災害級に匹敵すると言われたときはさすがに驚いたものだ。超級以上の依頼は任せてくれとは言ったものの、それは平穏に過ごすためには当然のことである。
俺に落ち度はないはずだ。ツバキにそう言うと、またしてもツバキは一つため息をついた。だが、フッと微笑み、
「それでも、皆さんの面倒ごとをいつも引き受け、解決へと導くムソウ様は素敵だと思いますよ」
と、俺を褒めた。急に褒められるとやはり照れてくる。顔が赤くなるのを感じ、プイっと視線をそらすと、ツバキとリンネはクスっと笑った。
チラッとツバキの顔を再度見ると、まだ優しく微笑んでいる。可愛い顔して笑いやがって……。
ふと、ツバキが付けている、簪に目が行った。妙に気になりおもむろに、それに手を伸ばし、触れてみた。
当たり前だが、特に何も起きない。ツバキはきょとんとしている。俺も何故、今気になったのか、わからなかった。
「……あ、悪いな、ツバキ」
「いえ……」
簪から手を放し、酒を呑んだ。すると、ツバキは頭から簪を抜いて、それを手に取った。
「こちらは、ツバキ様のものだったのですよね?」
「ああ。俺が買ってやって、ハルマサと結婚するときに返されたものだ。浮気はダメ、とか言っていたが、ハルマサも特に気にしないと思うんだがなあ……」
「真面目なお方なのですね……」
ツバキは簪を見ながら、優しく微笑んでいる。
「いや、真面目というのは違う気がしたんだよな……なんというか、決意の表れだったような気がする」
「へえ~……それはどのような感じだったのですか?」
俺はツバキに頷き、酒を呑みながら、前の世界で、簪をツバキに返されたときのことを話した。
あれは確か、ハルマサとツバキが祝言を挙げると言って、俺は呼び出され、お互いの親として任命された、タカナリと共に酒を呑んでいた時だった。
◇◇◇
その日は祝言よりも一週間ほど前だった気がする。突然タカナリに呼ばれ、都に行ってみると、ハルマサが嬉しそうに笑い、ツバキと結婚することを俺に報告した。唖然とする俺に、ツバキは俺に親代わりとして、祝言に参加してほしいと頼んできた。
さらに困惑する俺を、皆はそれはいい考えだと言って、あれよあれよと俺はツバキの親代わりに、タカナリはハルマサの親代わりということになった。そして、その夜タカナリと酒を酌み交わしていた時のことだ。
「……にしても、あの二人が夫婦にか……何となく意外とは思わないから、ゴウキやエイキの時に比べると、あまり驚かないな」
「ああ、あの二人……というか、ナツメとアキラには私も驚いたものじゃの……」
正直なところ、ナツメとゴウキに関しては、何となく予想していた。ゴウキがあれだからな。
ただ、アキラに関しては、まったく予想がつかなかった。エイキと結婚したと聞いた時には、既に祝言も終わっていたこともあり、かなり驚いたものだ。
珍しく酒を呑みながら、アキラのことを褒めちぎるエイキの嬉しそうな顔は今でも忘れない。
「ツバキとハルマサの結婚の経緯は? 何か聞いてないのかよ」
「ツバキ曰く、皆が結婚し、それをうらやんでいたハルマサが、日に日に落ち込んでいくところを見るに堪えないとのことじゃった……」
「ハハハッ! 何だ、それ!」
思わず腹を抱えた。タカナリによると、ハルマサはトウヤが結婚した時は特に何ともなく、トウヤたちを祝っていたが、思い人が居るにも関わらず、そいつに全く相手にされないゴウキ、更には結婚すらしそうにないアキラが立て続けに結婚し、幸せになっていくと、一気にハルマサは落ち込んだらしい。
タカナリの補佐もままならず、ふらふらと都で呑み明かすようになっていったという。普段なら呆れる話だが、あいつらしくて良いと思うし、それだけ、皆が幸せで、世の中は平和になったんだなと思った。
そして、そんなハルマサを見かねた、長年の付き合いであるツバキが、しょうが無いから、私と結婚する? と、なんとツバキの方から求婚を申し入れたという。喜んだハルマサはそれを承諾し、今に至るらしい。
ツバキもまた、お人よしだな、と思いさらに酒を呑んだ。すると、タカナリがボソッと口を開く。
「私含め、皆は、ツバキはザンキ殿とくっつくものだと思っていたのじゃがな……」
「あ? 俺と? 冗談だろ。生きていれば、カンナと同い年くらいだ。俺とツバキとじゃ親と子ほどの歳の差があるぞ」
「それを言うなら、アキラとエイキ殿にもそれくらいの差はあるからの。歳の差は関係ない。お主とツバキの出会いをずっと見てきた私たちからしたら、そう思うのは不思議ではないじゃろう」
「そういうものか~……?」
まあ、タカナリの言いたいこともよく分かる。玄李侵攻戦ではずっと一緒に居たわけだし、ケガを負った俺に対してはいつもとは違う姿を見せるわけだし、俺のことをずっと大切にしてくれていたし……。
まあ、これに関しては仲間たち全員に言えることなのだが。そんなわけで、皆は俺とツバキがくっつくものだと思っていたらしい。
「正直、ツバキをそんな目で見たことはねえよ」
「そうなのか? ではどんな目で見ていたというのじゃ?」
「さっきも言ったろ。生きていれば、俺の息子、カンナと同じくらいだって。それにサヤの友達だったみたいで、サヤもツバキのことを可愛いと言っていたみたいだし。
だから、何というか、娘みたいに思うのと同時に、大切な仲間なんだなという目で見ていたよ。
だから、同じく、大切な仲間であるハルマサと祝言を挙げるということに関しては嬉しく思っている。……案外、父親代わりというのも悪くない気分だな」
そう言うと、今度はタカナリが笑い出した。なるほどの、と頷き、酒を呑んだ。そして、陽気に口を開く。
「ツバキとお主がくっつくものだと思っていた私たちにツバキは何と言って、皆を黙らせたか知っているか?」
「いや、それは知らないが……」
「それはな――」
と、タカナリが言おうとした瞬間、俺の耳元で声がした。
「ザンキの隣は……サヤ一人……」
二人で驚いて、声のした方に視線を移す。すると、気配を隠していたのか、いつの間にか、ツバキが立っている。珍しく忍び装束ではなく、着物を着ていた。頭には俺が買ってやった簪を付けている。
まあ、ツバキが突然、俺の側に現れることが、度々あったことだったことを思い出し、何となく懐かしい気持ちになっていた。
「驚いたな~。何してんだ?」
「ザンキ……頭領……ここに居るって聞いた……」
ツバキはそう言って、俺の横にちょこんと座る。酒を注ごうとしたが、要らないと言ったので、取りあえず果実水とつまみにしていた干した魚と、ツバキの好物である桃大福を前に置いた。
「それで、私たちに何か用事かの?」
タカナリがそう言うと、ツバキは頷き、俺の方をジッと見てくる。
「祝言……よろしく……お義父さん……」
ツバキがそう言って、頭を下げると、酒を呑んでいた俺とタカナリはむせ返ってしまう。そして、タカナリはにんまりと笑ったが、俺の表情は微妙な感じだ。
「……その呼び方は辞めろ」
「これは……けじめ……祝言では……ザンキは私の……親……」
「それはわかるが、その呼び方は慣れそうにない。今まで通り、ザンキでいい」
そう言ったが、ツバキは納得していないようで、首を横に振る。タカナリは笑って、
「良いではないか、お義父さんで……」
「じゃあ、お前はハルマサにそう呼ばれても、心の底から喜べるんだな?」
そう言うと、タカナリは真顔になる。そして、しばらく黙り込んだ。
ハルマサがタカナリをそう呼んでいるところでも想像しているのか。次第に表情が曇っていき、口を開く。
「それは……嫌じゃの……」
そうだろ? 今まで仲間だと思っていた者に、急にそう呼ばれるのは、気持ちがいいものではない。俺はツバキの頭を撫でた。
「ツバキ、お前に親代わりをしてくれと言われたときは嬉しかった。だが、お前がそう呼んでくるのは少し、違う。
そうなると、今まで対等な仲間として信頼していたお前が離れていくようで、俺は、あまり嬉しくない。これまで通り、俺とお前は、信頼し合う、ツバキと、ザンキで俺は良いと思っている。むしろ、それが最高の形なんだと思っているんだが……?」
そう言うと、ツバキはうつむき、しばらく考え込む。そして、俺の方を見上げ、コクっと頷いた。
「わかった……これからも……よろしく……ザンキ……」
「ああ」
ツバキの言葉に頷くと、タカナリも優しくツバキに微笑み、頭を撫でた。すると、ツバキは立ち上がり、俺の方をまっすぐ見た。
俺は何だろうと思い、ツバキの方に体を向ける。すると、ツバキは頭に付けていた簪を取って、俺に渡してきた。
「これは……返す……」
突然の言葉に目を見開く。あの日、ツバキに、介抱してくれた礼にと簪を返すと言われて、大いに戸惑った。
「なんでだ? 気に入らなくなったのか?」
「これも……けじめ……浮気は……ダメ……」
またしてもツバキの言葉に目を見開く。いや、そういう意味で買った訳じゃないんだけどな……。
「これを付けているからって、浮気とはならないだろう。ハルマサも気にしないって……」
ツバキにそう言って、簪を返そうとした。だが、ツバキは受け取らず、首を横に振る。
「これは……私の……気持ちの……問題……私は……これから……ハルマサの……妻になる……
そして……親になるかもしれない……いつまでも……ザンキの隣には……居られない……
だから……けじめ……これを見ると……辛いときとか……ザンキを頼る……それじゃ……だめ……
私も……強くなる……ザンキに……甘えてちゃ……だめ……」
……ああ、なるほど。これがあると、どうしても俺を思い出してしまい、何かあると俺の顔がちらつくというわけか。これからハルマサの妻になるというのに、そういう考えではツバキにとって、それは浮気にも等しいということになるというわけか。
……いや、別にそれでもいいんじゃないかとは思うが、ツバキの言うように、これはこいつの考えの問題だからな。俺が何を言っても無駄だろう。
ただ、男の俺が簪なんか持ってもなあ、と首を傾げていると、ツバキは俺に近寄って、口を開く。
「ザンキの隣は……サヤ一人……私じゃない……
でも……この先……サヤ以外の……大切な人……その人が現れたら……その人に渡して……
サヤの代わりに……ザンキを護るって……私の願いが……込められた簪……
その人に渡して……きっと……ザンキを助けてくれる……」
ツバキはそう言って、簪を持つ俺の手を包み込み、無理やり、俺に簪を掴ませた。俺はフッと笑い、ツバキに口を開く。
「俺が愛しているのは昔も、今も、これからもサヤ一人だ。そんな奴……出来ると思うか?」
「出来なくても……ザンキのこと好きだったら……渡して……私がその人を……護る……
サヤの代わりに……サヤが……大好きだったザンキを……好きな人……護る……
それは……ザンキを護る……同じこと……」
ツバキはそう言って、ニコッと笑った。めったに見せないこいつの笑顔は本当に可愛らしい。ふと、サヤがツバキに言った言葉を思い出した。サヤを護りたいというツバキに、あいつは、俺が居るからもう充分と言った。
そして、納得しないツバキに、だったら、俺を護って欲しいと頼んだ。俺を護るということは、サヤを護るということ。
正直、俺はそれでいいのかと頭を抱えたが、ツバキは納得し、俺と出会った時から、ツバキはサヤとの約束通り、常に俺を助けてくれた。
今度は、俺を護るために、俺を好いてくれる奴を護りたいと、サヤと同じようなことを言う。その理屈もどうなのかと思い、友達同士って似てくるんだなと笑い、俺はツバキに頷いた。
「ああ……分かった。じゃあ、これは俺が持っておく。その代わり、お前もこれから強くなっていけよ」
「うん……」
ツバキにそう言って頭を撫でると、嬉しそうに頷いた。終始俺達を見守っていたタカナリは、
「人の意志は継がれていくもの。次にザンキ殿を護りたいと思う者は一体どんな人物なのじゃろうか」
と、期待するような口調でそう言った。俺が、ツバキとハルマサのガキじゃねえか、俺を介護する感じで、と言うと、タカナリは、それも良いなと笑い、ツバキは気が早いとムスッとした。
◇◇◇
「……そして、数日後、ツバキとハルマサは祝言を挙げ、夫婦になった。ツバキは俺との約束通り、ハルマサよりも強い妻となり、あいつが何か阻喪をするたびに、俺がやっていたように、ハルマサを折檻したりしていた。
都中でそれをやるものだから、いろんな人の目に留まり、各地を旅しているとそいつらから、二人の近況を逐一知ることが出来たっけな……」
思えば、つい、数か月前の話だ。最後に聞いたのは、俺やゴウキと一緒に、妓楼に行ったことがバレて、ナツメと共謀して、ハルマサに痺れ薬を盛ったという話だったな。
一応、俺もそれを食ったらしいのだが、いつ、どこで食ったのか分からないまま、この世界に来てしまった。
本当にずいぶんと昔のことのように感じる。ちったあ、ハルマサも反省したのかなと思いながら、酒を呑んだ。
横に居る、今の世界のツバキは俺の話を頷きながら聞いていたが、話を終えると、ニコッと笑う。
そして、懐から何かを取り出した。それは俺が渡した、前の世界のツバキを模した彫像である。
「ん? どうした? 急にそんなの出して……?」
「……時々、私はこうして、ツバキ様を見ながら、妙に落ち着くことがあるのです。きっと、こちらの簪と合わせて、ツバキ様が私のことを護ってくださっているのかなと、ふと思いまして……」
へえ、そんなことしてたのか。ずっと旅をしていたのに気づかなかった。どんな時にしていたんだと聞くと、ツバキはニコッと微笑み、内緒です、と言った。
ちなみに、とリンネにも聞いたが、リンネもニコ~っと笑って、人差し指を口の前に持ってくる。
……あ、こいつも知ってんのか……。
まあ、何を思っているのかは置いておいて、前のツバキが、今のツバキを見守っているというのは確かに面白いな。あいつ、死んだわけじゃないんだけどな、と苦笑いするが、二人は、よく似ているからな。世界が同じなら、この二人も良い仲になれたかもしれない。
「そう言えば、私はムソウ様にとって、そういう人になりましたでしょうか?」
……ああ、やはりその質問はしてくるか。簪を受け取ったときの話をするということは、当然、あの話をするということ。覚悟はしていたが、できればその質問だけはしないでくれと思っていた。どう答えればいいのかわからない。
簪をツバキに渡したのはただ、「何となく」というだけだった。マシロの一件で、倒れた俺に手料理を振舞い、必死に看病してくれたツバキの姿が、前の世界のツバキと重なった。ただ、それだけだったからな。
何て言おうかと悩んでいると、ふと、リンネが立ち上がり俺の顔をジッと見てきた。その目は真剣だ。正直に話せ、と言わんばかりの目だ。
俺はリンネに根負けして、頷き、ツバキに向き直った。
「最初は、頑張ったお前に何か渡してやりたいというそういう気持ちからだった。前の世界のツバキと同じく、娘のようなお前に何か褒美をと思っていた。
だが、今は違う。お前も俺にとって大切な仲間だ。お互いに背中を預けられると俺は感じている。だから、その簪を渡した。俺でさえも、護ると言った。あいつの意志を継いで欲しいなと思っている。
だから……何というか……お前も……俺にとって……大切な女だ」
そう言うと、ツバキは、そうですか、と頷き、再び簪を頭に差した。そして、俺の頬に手を当てる。
「今まで頂いたどのお言葉よりも、一番嬉しいです。私も、ツバキ様やハルマサ様のようにムソウ様と並んで戦えられるように強くなっていきます」
ツバキはそう言って、ニコリと笑った。俺は普段と違う気持ちになり、俺の頬に当てているツバキの手に触れる。
……暖かいな、こいつの手も。俺はツバキの言葉に頷く。すると、リンネは納得したのか、視線を逸らし、ツバキと俺の手を重ねた。
そして、俺達の手を自分の両手で包み込み、ニコッと笑う。きょとんとした俺とツバキだったが、ツバキは優しく微笑み、
「リンネちゃんもですか?」
と、尋ねた。リンネは強く頷く。ああ、こいつも、俺にとってはかけがえのない仲間だ。いつもいつも、頼りにしている。俺とツバキは笑って、リンネの頭を撫でた。
その後、ふと外を見ると日が傾きだしていることに気づいた。少し話し過ぎたらしい。
「おっと、もうこんな時間か……」
「ええ、楽しい時間はあっという間ですね」
俺は立ち上がり、外套を羽織る。今日はコモンも来ることだし、早く帰ろう。そう思い、部屋を後にする。
「またすぐ来るからな」
「依頼に取り組まれるときでよろしいですよ。ただ、私は無理でもリンネちゃんには会ってあげてくださいね。この子も寂しがり屋なので」
ツバキがそう言うと、リンネはうんうんと何度もうなずき、しっぽを振っている。その姿が可笑しくて、俺はリンネの頭を撫でた。
「わかっている。今朝みたいに、妓楼の前を掃除していたら、必ず会える。仕事、頑張れよ」
「……!」
俺の言葉にリンネは頷き、抱き着いてきた。そして、俺は二人に手を振り、下へと降りる。この時間だと、どこの部屋からも笑い声が聞こえ、廊下を禿たちがあわただしく、歩いている。このままだと邪魔になってしまうなと思い、少し急いで、その場を離れた。
そして、入り口の所で、コスケから無間を受け取り、高天ヶ原を後にした。
さてと、今日は朝から慌ただしかったな。とっとと帰って、たまの飯でも食いたい。コモンも待っていることだし。俺は少々急ぎ足で自宅へと帰っていった。
◇◇◇
「ただいま~」
「おかえり~!」
「おかえりなさいませ、頭領」
家へと帰ると、たまとアザミが俺を出迎える。他の女たちは飯の支度をしているらしい。俺は自室へと向かい、着替えて居間へと向かった。すると、ジゲンとコモンが談笑している。
「おう、今帰ったぞ」
「ああ、ムソウ殿、お疲れ様」
「おかえりなさい、ムソウさん」
二人に頷き、俺も落ち着いた。コモンは夕方頃に荷物を纏め、ここに来たようだ。荷物と言っても、異界の袋だけだが。
移動は、転送魔法を使ったとのことで、門の所でひと悶着ということもなかったらしい。だから、ここにコモンが居るのは俺達とシロウ、そして、天宝館の人間くらいしか知らないという。
「アヤメには言っていないのか?」
「言う必要がないと思いまして……」
なるほど。確かに、コモンがここに住むからと言って、天宝館の仕事を放棄するわけではない。ならば、さほど大したことではないな。
「それで、ムソウ殿、今のところじゃが……」
と、ジゲンが口を開き、今のところの冒険者たちのことを話してくれた。結論から言うと、まだ、誰も帰ってきてないらしい。まあ、それぞれ依頼の指定場所というのがここから遠い位置にあるから、早い奴でも帰ってくるのは明後日ではないかということだ。
「依頼をこなし、その日のうちに帰るのはムソウさんか、一握りの冒険者くらいですね」
コモンは笑いながらそう言った。まあ、俺は飛べるからな。移動は何も問題は無い。それに今日は急いでいたし、次からはゆっくりと歩きで行っても良さそうだ。
ツバキも、無理はするなと言ってくれたしな。今度からはそうしよう。
「そう言えば、ヴァルナさんから聞いたのですが、ムソウさんはオオイナゴの殲滅だったそうですね」
「ああ。数が多くて大変だったよ……」
「その割に疲れている風には見えんのお」
ジゲンがそう言うと、コモンは頷き笑った。大変だったんだぞ、と、依頼のあらましを伝える。依頼票と数が合わなかったことなどだ。
だが、コモンはクレナならでは、とますます笑った。
「笑ってる場合かよ。俺じゃなかったら一大事だぞ……」
「フフッ、すみません。しかし、そういった急な事態でも対処できるのは素晴らしいことですよ」
「そう言われてもな……っと、それで気になることがあるんだった」
俺はそう言って、コモンとジゲンに、現在、闘鬼神の冒険者が取り組んでいる依頼について、本当に奴らだけで行かせて良かったのか、聞いてみた。
俺の時と同様、不測の事態が起こっていたら、たまったものじゃないからな。ジゲンとコモンは腕を組み、考え始める。すると、最初に口を開いたのはジゲンだった。
「……そう言えばコモン君。雷光鉱石のある、雷雲山の雷帝獣は討伐されておったな?」
ジゲンがそう言うと、コモンは頷く。
「ええ。二年ほど前にサネマサさんが討伐しましたよ」
「ふむ、そうか……それならば問題は無いか……」
コモンの答えにジゲンは納得したようだ。俺には何が何だかわからなかったので、聞いてみると、雷帝獣というのはいわば、雷雲山の主のような魔物で、俺が討伐した、雷獣という種の王だという。
ギルドの規定だと、災害級に指定されており、雷獣と違い、とても獰猛で危険な生き物だという。雷雲の中に生息していると云われる伝説の魔獣だったが、二年ほど前に、雷雲山で姿が確認され、被害が出る前に、サネマサが倒したという。
……あ、そう言えば、サネマサの生家に素材が飾られていたな。その時のものだったか。
危ねえな。仮にそいつが生きていたら、冒険者達じゃ荷が重すぎる。確認しておいて本当に良かったと、息を吐いた。だが、コモンが少々不安になることを口にする。
「ただ、その時についでに雷帝龍が居ないものかと調査をしたのですが、結局見つからなかったですね……」
雷帝龍……それはワイバーンや、ヒュドラと言った魔龍と違い、純血の龍の一種で、こちらも雷雲の中で生まれ、生息しているという。
こちらは、雷帝獣と違い、雷雲を起こし、大地に雷を降らせるものということで、ギルドの規定では天災級に指定されている。ギルドの規定があるということは、実際に人族の前に姿を現したということ。
壊蛇襲来の折に、十二星天のエレナという女と共に人族を護った多くの龍のうちの一匹だという。
その龍たちは、闘いの後、姿を消した。エレナは長年、その龍たちを探しており、雷雲が常に浮かんでいる、雷雲山に目星をつけたのだが、その時は見つからなかったという。
天災級か……。どんなものなのかはわからないが、居たら居たで、それは不安になるなあ。
まあ、龍族は人をめったに襲わないということだし、そもそも、人界にとっては味方のようだし、闘鬼神の奴らも、仮に遭遇したとしても、自分から攻撃しようなんて、馬鹿な真似はしないだろう。ひとまず、雷光鉱石の依頼に向かった奴らは大丈夫だろうという話になった。
他にはあるかと尋ねると、俺の考えを聞かせてほしいと二人は言った。取りあえず、大群の討伐依頼は危ないのじゃないのかと思う。今日がそれだったからな。オオイナゴだけだったが、数が間違って大変だったし。俺が、ゴブリンを例に出して、そう言うと、二人は心配ないと言った。
「ゴブリンは恐らく問題ないです。比較的数が少ないので、間違えることは無いでしょう。仮に繁殖していたとしても、対処できるはずです」
「マジックゴブリンとか、ゴブリンロードみたいな上位個体については?」
「それも安心して良いと思いますよ。ゴブリンの上位個体は素人目にもわかるくらい他とは一線を画していますから」
ああ、確かにな。マジックゴブリンはろーぶを着て、いかにも魔法使いという様相だったし、ゴブリンロードなどはでかかった。誰が見ても違いは判る。
さらに言えば、普通の魔物が上位種へと変化するのは、早くても数年かかるという。皆が取り組んでいる依頼は、ここ最近発生したものなので、上位種が確認されていない以上、何の問題も無いと、コモンは笑った。これについては大丈夫そうだな。
「じゃが、ハーピィの大群の依頼は気を付けた方が良いじゃろうな」
と、ジゲンは口を開く。サキュバスの一種であるハーピィは自分の姿をごまかすことが出来る。どれが上位なのか、判別しづらい。さらにこいつらは、繁殖能力も高く、情報の古さによっては、実際行ってみると、上級依頼にもなりうるとジゲンは語る。
「まあ、依頼は殲滅ではないようじゃから、大丈夫と考えても良いじゃろう。それに向かった冒険者の中には娘も居たことじゃしのお。
基本的にサキュバスの魅了は女には効かん。女の冒険者の前では、ハーピィなど、そこらの下級の魔物と同程度の力しか持っておらん」
ジゲンはそう言って、茶をすする。それなら安心できるが、依頼に取り組んでいる冒険者を率いているのは、自ら志願してきたダイアンだ。
昨晩やる気を見せていたが、やはり一抹の不安は残るな。まあ、救援魔法の魔道具は渡してあることだし、何かあったら加勢に行くということで話は纏まった。
その他に心配事はあるかと聞くと、二人は首を横に振る。コモンに関しては、例え超級の魔物が出てきたとしても、命は助かるくらいの強度の防具を与えているから安心してくださいと笑った。それは心強いなと、俺もあまり心配せずに、あいつらのことを信じてみるとしよう……。
「ところで、爺さんは今日、何をしていたんだ?」
さて、次に俺が居ない間に屋敷で何をしていたかをジゲンに尋ねた。何か変わったことがあるのなら、頭に入れておいた方が良いと考えている。一団を率いる頭領というのも、楽な仕事じゃないな……。
ジゲンはフッと微笑み、口を開く。
「今日は何もしなかったのう。庭の手入れが終わったら、たまと買い物に行き、それが済めば、コモン君の手伝いをしたりして、過ごしておったよ」
「変わったことはなかったか?」
「特には無かったのう。やはり屋敷が完成すると生活も楽しくなるものじゃ……」
ジゲンはそう言って、また茶をすする。本当に爺さんみてえだな。いや、まあ爺さんなのだが。
取りあえず、今日は何も無かったらしい。まあ、何かあれば何も言わずとも、俺に言ってくるよな、と思い、少し背を伸ばした。
ああ、確かに屋敷が出来て、落ち着くところがあるというのは違うな。ジゲンのように、ここで一日ゆっくりする日もあってもいいなあ。
だが、まあ俺は冒険者だし、明日も依頼に取り組むとしよう。
その後、飯が出来るまでもう少し時間がかかりそうということだったので、先に風呂に入った。昨日も入ったが、やはり一人で入る分には広いな。だが、落ち着く。
石を積み上げて作っているので、露天風呂のようだ。こっちの方が傭兵として旅をしていた俺にとっては性に合っている。そのままゆっくりと、風呂を満喫していた。すると、脱衣所の方から声が聞こえる。
「頭領、夕餉の準備が整いました」
声の主は女中だった。飯の支度が整ったらしい。俺は、ああ、と頷き、風呂から出る。長着に着替え、食事の間へと向かうと、料理が並べられていた。
「お、美味そうだな~。今日もたまが作ったのか?」
「うん! みんなで頑張って作ったよ!」
「そうか、偉いぞ、たま」
ニコリと笑うたまの頭を撫でて、俺は席へと着く。そして、皆で晩飯を食べた。ああ、疲れがとれていく。
そして、また明日も頑張ろうという気持ちになってくる。ふとコモンとジゲンを見ると、二人とも美味しそうに食べながら、女中たちと楽しそうに話していた。ジゲンはいつも通りな感じだが、コモンと話す女中たちは何か、畏れ多いという態度を取っていて、コモンも少し困惑しているようだった。
流石、十二星天だなと思っていると、たまが間に入って、無邪気にコモンと話し始める。コモンはそちらの方が落ち着くみたいで、たまとは気兼ねなく話していた。
すると、先ほどまで畏まっていた女中たちも、表情を柔らかくし、コモンと普段通りに接し始め、楽しそうに会話をしている。
……良いな、こういう感じ。皆が楽しそうに、話しながら飯を食べている光景というのはどこに居ても良いものだ。
そう思いながら、皆の方を見ていると、アザミが横から、俺の盃に酒を入れる。
「お疲れ様です、頭領」
「おう、ありがとう」
アザミは一礼して、今度はジゲンの所に行き、酌していた。
アザミは一見適当な性格をしているように見えて、こういった気づかいや心配りは確かなものだ。なんとも見た目との差が大きすぎて、俺も笑いながら食事を続けた。
その後、飯を食った後はいつも通り、皆で片づけをして寝た。コモンはどこで寝るのかと聞くと、たまとジゲンの部屋を借りると言っていた。たまと手をつなぎ、部屋へと向かうコモンとジゲンの三人を見送り、俺も自室へと向かってそのまま布団をかぶった。
そういえば、コモンはどこに部屋を作る気なのだろうか。また、明日にでも聞こうと思い、早々に眠りについた。




