第150話―クレナで普通に依頼に取り組む―
少し長くなりました。
翌朝、目が覚め起き上がる。少し朝方は冷えてきたな。秋というのは本当らしい。寝巻に外套を羽織って、外へと出てみる。
朝霧がまだ出ていて、幻想的な光景だ。少し庭を歩いて回ってみた。掃除や草むしりをしたおかげか、地面は平らで、整っている。あいつらが鍛錬するにはちょうどいい場所かもしれないな。
「あ、頭領……おはよう……」
ふと、背後からくたびれたような声が聞こえる。振り返ると、胸当てを付け、大きな荷物を持った女の冒険者が立っていた。女はあくびをしながら、俺に一礼する。
「おう、早いな。もう出発か?」
「ええ。私たちはこの街から東の方に行ったところで、ハーピィの討伐だからね……」
ああ、昨日言っていたサキュバスの一種の魔物か。女もついていくようにと依頼票には書いてあったから、こいつも行くことになったのか。
「他の奴らは?」
「そろそろ出てくると思うよ。今回は、私含めて七人でやるから……」
女はそう言って、また一つあくびをする。一応、薬などの確認もしてみたが、ギルドの方からの支給で何とかなっているとのことらしい。
ただ、万が一を思って、俺が持っている効果の高いものと、伝令魔法の魔道具を渡しておいた。使い方を知らないようだったので、教えておくと、女は、ありがとうと言って、受け取る。
そして、しばらくすると、ぞろぞろと他の冒険者たちも出てきた。ダイアン入れて男三人、女四人という布陣か。これなら、依頼自体は大丈夫そうだが、皆、眠そうにあくびをついている。ダイアンに関しては、歩いたまま寝そうな雰囲気だ。
「頭領……おはようっす……」
とぼけたような声で、あいさつしてくるダイアンに少し苛立ち、背中を思いっきり叩いた。
「ごふっ! ……な、何するんすか!?」
「しっかりしろって……初依頼なんだからよ」
「それにしたって……まあ、いいや。依頼の場所は少し遠いから今日中には帰れないかもしれないっす」
「ん? そうか、わかった。気を付けて行けよ」
冒険者たちにそう言うと、皆は頷く。そして、屋敷を出て行った。
その後も、冒険者たちが起きては、依頼をこなしに出発していく。討伐依頼に行く者に関しては、ダイアン達と同様、薬と魔道具を渡しておいた。
皆、俺に頭を下げながら、それぞれの依頼へと出発していく。
そうこうしていると、女中たちが目を覚まし、家の作業を始める。と言っても、冒険者たちはいないので、主に俺とジゲン、そして、自分たちの飯の支度だ。
あとは家の掃除をしたりと朝からよく働いている。それを眺めていると、屋敷の奥からたまとジゲンが起きてきた。
「ああ、ムソウ殿、おはよう」
「おはよう、おじちゃ~ん……」
「おう。冒険者の奴らはもう行ったよ。それで、何人かは今日中に帰れないかもしれないという話だ。というわけで、たま、飯の支度もそのようにしておけよ」
「りょ~か~い……」
たまは眠そうに目をこすりながら、台所へと向かう。しばらくすると、たまが台所へ着いたのが分かった。
そちらの方向から、女中達の、おはようございます!という声が聞こえてくる。俺とジゲンは顔を見合わせて笑い、縁側に座った。
「それで、ムソウ殿、今日は?」
「ああ。俺もギルドに行って、依頼を見てくるよ。ついでにツバキたちにも顔を見せにな」
「ふむ、了解じゃ。儂は一日家に居るとする。コモン君も来ることじゃしの……」
あ、そうだった。コモンがここに来るんだよな。部屋が余っているといいが……。
まあ、コモンだったら、自分の部屋ぐらい二、三日で作りそうなものだがな。
俺はジゲンの言葉にうなずき、自室に戻って、着替える。
鎧を付けた上に衣を着て、袴を履き、ピクシーから貰った首飾りを付け、マシロで買った髪飾りを付ける。
そして、鏡の前に立った。こうして見ると、この格好になったのもすごく久しぶりな気がするな。何せ二か月ぶりだ。おっし、今日からまた、頑張って行こっと。
「おじちゃ~ん! ごはん出来たよ~!」
鏡の前で一人気合を入れていると、たまの呼ぶ声が聞こえる。飯が出来たらしい。俺は返事をして、小手と異界の袋、そして、無間を持って、皆の所に向かった。
俺が、居間に姿を現すと、女中たちは動きを止めて俺の姿をジッと見てくる。
「何だよ?」
「あ、いえ……頭領のそのお姿を見るのは初めてだなと……」
「あ? いつもこの格好だったろ」
「その髪飾りと首飾りは無かったはずですよ。それにしても綺麗……どこで買ったのですか?」
女たちはほれぼれするような目で俺の首飾りを見ている。これはピクシーたちから貰ったものであって、買ったものではないのだがな……教えたくないなあ……。
だが、俺の首飾りをまじまじと見る女中たちの目は、女同士で着物や簪を褒め合う時のそれに、すごく似ている。威圧感すら感じる女中たちにどうしたものか、と思っていると、パンパンッ! と手を叩く音が聞こえた。
「ほら、皆。頭領が困っているでしょ。それよりも早くご飯の支度をしなくっちゃ!」
手を叩いたのはアザミだ。アザミはそう言って女中たちを注意すると、皆、ハッとし、俺とアザミ、それからたまに頭を下げて、作業を再開させる。
俺は助かったと思い、アザミに頭を下げた。だが、アザミは何やらにやにやと笑っている。
ああ、あの目は「助けてあげたんだから、私にはおしえてね」という目だ。俺はすぐにアザミから目を離し、席へと座った。
その後、皆で手を合わせて朝めしを食べる。結局、飯を食っているときも俺の首飾りについて盛り上がったので、素直に、グリドリでのことを教えた。
すると、皆は目を丸くし、ピクシーから感謝のしるしで貰ったのなら、あきらめるしかないと言って、ガクッと項垂れている。何となく、ざまあみろと思った。
ジゲンはいつも通り、グリドリの森を浄化した俺に驚き、笑っている。この歳になると驚くことも減ったという割には、俺がやったことについてはしっかりと驚いてくれるので嬉しいな。
そして、たまはどちらかというと、髪飾りの方に興味を示している。素材がベヒモスやデーモンだから、あまり綺麗だとは思わないが、それでもたまにとっては興味を引くものらしい。今度気に入りそうなやつがあれば、買っておこうっと。
その後、皆で楽しく喋りながら、朝飯を食い終わり、俺も屋敷を出て行った。
「気を付けるんじゃぞ~」
「行ってらっしゃ~い!」
俺を見送る、ジゲンとたまに手を振って、ひとまずギルドを目指す。
相変わらず花街に入るときに門番が絡んでくるかと思ったが、今回は俺が噴滅龍と破山大猿を倒した冒険者であることがこいつらにも伝わっており、また、何度もここで脅しをかけ続けたおかげで、特に何事もなく花街に入ることが出来た。
良いことだな、と思ったが、ということは貴族たちも俺のことを知っている可能性があるな。目立たねえようにしないと……いや、もう、遅いか……。
珍しくすんなり花街に入れたというのに、肩を落とす俺。そのまま歩いていき、高天ヶ原を横目に見ながら、花街を進んでいく。流石にこの時間は男衆の一人が店先で掃除をしているくらいだ。
皆寝ているのか、中で作業をしているのか、静かなものだ。ただ、まあ、リンネも禿なんだし、時間が合えば、店先の掃除をしているかもしれない。そうなったら、ちゃんと近づいてやろっと。
ひとまず、ツバキたちのことは置いておいて、上街を目指す。
そして、門をくぐり、上街に着くと、一直線にギルドへ向かった。ギルドを開けると何人かの冒険者たちが暇そうに飯を食ったり、食堂で何か話しながら、チラチラと俺の方を見てくる。マシロでもこういうことあったなと思い、特に気にせず、依頼票が貼りだされているところに向かい、目を通した。
……
剣山甲の討伐 報酬銀貨500枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル
レイスの討伐 報酬銀貨200枚 使役魔法使い討伐、もしくは捕縛で報酬上昇 要戦闘向きスキル
オオイナゴの大群の討伐 報酬銀貨300枚 さらに素材の売却金 大群撃破完全達成で金貨50枚 要戦闘向きスキル
火炎獣の討伐及び素材の採集 報酬銀貨500枚 さらに素材の売却金 要戦闘向きスキル、可能ならば、水氷雪系魔法の行使者
……
あ、討伐依頼は下級から上級と言えどもまだ、かなりあるようだ。後は採集依頼だから俺は特に興味が湧かない。
さて、一応超級以上の依頼は今のところないようだ。だが、オオイナゴの大群の討伐依頼もある。
放置していたら、この依頼だって超級になりうる可能性だってあるというのに、この街の冒険者は……。
まあ、今ごろそんなことを言っても無駄なだけだな。取りあえず、今日のところは、この依頼でも受けるか。一度やったことがあるしな……。
俺はオオイナゴの依頼の依頼票を剥がし、受付に持っていく。
「こいつを受けてえんだが……」
「あ、はい! え~っと……貴方はムソウさんでしたっけ?」
「ああ、そうだが」
「やっぱり! お久しぶりですね!」
おっと、そうか。俺がこの受付の女に会ったのはもう二か月以上前のこと、それも初めてここに来たとき以来だったな。女が驚く理由もよく分かる。
「ああ。ここに来てから、依頼はアヤメから直接だったし、報酬もそうだったからな。まあ、今回から普通に冒険者として依頼をこなすからよろしく頼む」
「あ、いえいえ! こちらこそ……あの、私、ミオンって言います。どうぞ、よろしくお願いします」
「おう、よろしく。……で、まだか?」
「はい! 少々お待ちくださいね……」
そう言って、ミオンは部屋の奥へと向かう。そして、マリーと同様、オオイナゴの資料と、依頼のあった場所を示した地図、それに薬などの支給品を持ってきた。
「え~っと……ムソウさんは過去に同様の依頼を受けたことがあるみたいですが、魔物の資料の方は大丈夫ですか?」
「ああ。問題ない。ただ、支給品は受け取りたい。中でも虫よけの香は入っているか?」
あの道具は結構役に立ったからな。あるのなら欲しいところだ。
「はい、入っております。それからこちらも用意されておりますのでお役に立ててください」
ミオンはそう言って、丸く、導火線のようなものが付いたものを何個か俺に渡してきた。聞くとそれは殺虫弾と言うものらしく、字のごとく、虫よけの香と同じ成分のものを凝縮した薬を、火薬と共に入れており、爆発させると、その周囲に居る虫型の魔物を弱らせ、上手くいけばそのまま殺すこともできるのだという。
「そいつは良いものだな。ありがたく受け取っておこう」
「はい! ……え~っと、以上ですね。ではムソウさん、お気を付けて……」
「ああ」
支給品を受け取り、俺はギルドを出ていく。さてと……来た道を戻りながら、俺は依頼の場所を地図で確認する。
シンムの里の近くだな……あそこだったら、飛べばすぐに行けるな。チャチャっと片付けることが出来たら、エンライの所にでも寄ろうかな……ああでもツバキたちに会いてえし、夕方前には素材を渡し終えれるようにしたいから、昼過ぎにはオオイナゴを狩りつくさねえと……。
少し、頑張るくらいでちょうどいいかな。
……よし、久々だし、暴れるか
無間の柄を掴み、心の中でそう念じるとともに、俺は駆け出した。そして、門の所で、簡単に検査を終えると、そのまま花街も駆け抜けていく。
門には闘宴会の奴らが居るようだが、死神の鬼迫をぶつけ、無間の柄を握りながら走っていると、門番たちはしりもちをついて、俺に道を譲った。
そして、下街をも通り過ぎ、トウショウの里の入り口の門まで来て止まる。
よく見かける門番が走ってくる者が俺だということに気づくと目を丸くして、声をかけてくる。
「む? アンタはムソウ殿か?」
「ああ、久しぶりだな。ちょっとばかし依頼をこなしに行くぞ」
「そうか。それは良いのだが、なぜそこまで急いでいるのだ?」
「ちょっと私用で急いでいてな」
そう言うと、門番はニカっと笑い、俺に道を譲る。
「そういうことなら、検問もいい! ムソウ殿、気を付けてな!」
「お、すまねえな!」
俺は門番に手を振る。そして、走りながらスキルを発動させた。
―おにごろし発動―
神人化した俺はそのまま飛び立ち、指定の場所まで向かう。久しぶりに飛んでみたが、飛び方は体が覚えている。何の問題もないな。
そして、相変わらず、俺が飛んでいると、下級以下の魔物が俺にぶつかり、消滅していく。流石にもう慣れたなあと思いつつ、死にたくなけりゃぶつかって来るなと思いながら、俺はなおも飛び続けた。
そして、しばらくすると、見覚えのある光景が飛び込んでくる。
「おっと……あれはサネマサの生家だな? もうシンムの里か……」
そこは旅の途中、何泊かしたサネマサの故郷、シンムの里の上空だ。馬車では半日ほどかかった道程だが、もうここまで来たのかと思い、辺りを見渡す。
依頼票に書かれている場所とはまだ少し距離があるのか、オオイナゴの痕跡など、どこにもない。
取りあえず、目的の場所を目指しながら、オオイナゴが辺りに居ないか、食い散らかした跡はないかと探している。
だが、結局それは見つからず、少し目的の場所の近くの田園風景を見渡せる小高い丘の上で辺りを探った。
ふむ、流石にこの時期だと既に田んぼの稲刈りは終わっているようだ。だが、魔獣たちも冬に向けてそこらの食物をあさっている頃だろう。
オオイナゴは比較的に弱い魔物のはずだ。だから、人間が作っている作物や家畜を襲うのだろうな。
さて、この辺りは、シンムの里も近いし、田んぼの他に、少なからず畑もある。通るとしたらここかな……。
などと思っていると、視界に移る風景が一部黒くなっている。以前も見た光景だなと思い、よく見ると、マシロで見たものと同様、小屋くらいある大きなイナゴが群れを成して、跳んでくる。
む……マシロの時よりも多いな。えっと……確か、群れに取りあえず攻撃するんだよな。そうしたら、俺を敵だと認め、俺の方に寄ってくるとという話だった。
俺は虫よけの香に火をつけ、そこらに設置する。そして、無間を構え、気を集めた。
「大斬波ッッッ!!!」
少し力を込めて無間を振り下ろす。特大の斬波が放出され、イナゴの群れに向かっていく。先頭の方に居る何匹かのイナゴはそれをかわすが、斬波はかわし切れなかったイナゴを切りながら飛び続け、最後尾まで届き、大群を二つに割ると、さく裂した。斬り逃した周囲のイナゴも、それに巻き込まれ、ボロボロになっていく。
生き残ったイナゴは攻撃が放たれた場所、つまり、俺の方に向きを変えて、突っ込んでくる。
「お、来たか……あの時は二人だったが、今日はハクビもいない分、楽だ。
それに復帰最初の依頼だし、派手に行こうか……」
―ひとごろし発動―
―すべてをきるもの発動―
無間が輝き、周囲の気を集めるとともにだんだんと細くなって普通の刀の大きさになる。そして無間から力が伝わってきて、俺の体をほとばしっていく。
このスキルは後が怖い。だが、それには慣れていない所為もあると思い、練習しておこうと思い使ってみた。
今のところは大丈夫そうだが、これを解いたらどうなるのかな……。
まあ、いいや。今は闘いに集中しよう。俺は向かってくる集団に向けて駆けだす。
「オオオオオッッッラアアアアアッッッ!!!」
オオイナゴ共が俺を飲み込んだ瞬間、無間を振り回し、立て続けに十匹以上のイナゴを狩ることに成功。
そのままイナゴを集団の中から斬っていく。先に仕込んでいた虫よけの香もあり、俺の近くに居るイナゴは動きが鈍い。
ひとまず、そいつらを斬り、離れている奴には斬波をぶつけたり、豪掌波で落としたりした。それでも、かわされると、そこらのイナゴを足場に飛び移りながら近づき、直接斬ったりしている。
そして、集団で密集しているところには殺虫弾を投げては一気に片付けている。
これは便利な道具だな。これさえあれば、大鎌カマキリの時も楽だったかもしれない。一つ投げるだけで、上手く当てれば、思った以上のオオイナゴを殺すことが出来ている。あまり投げすぎると、俺の身も危なそうだが、目が少し、かゆくなる程度だ。状態異常完全耐性スキル様様だな。
その後も、回旋刀を使い竜巻を起こし、螺旋斬波を使ってオオイナゴを斬っていく。無間は小さくなったものの、一撃の破壊力は、スキルを使っていないときに比べるとだいぶ強力なものになっている。竜巻を起こすのも造作もない。
むしろ、いつもより大きく仕上がり、予想以上の数のオオイナゴを蹴散らす。
そして、ある程度数が減ってきたところで俺は大きく跳びあがり、オオイナゴ達を見据えた。
「そろそろ終わらせるか! 奥義・飛刃撃ッッッ!!!」
視界に写る切れ目の数に応じて、無間から刃が飛び出る。
そして、全ての切れ目を斬ると、刃は無間に戻ってくる。俺は集団の更に後方に控える残りのオオイナゴ達に向けて無間を振った。
「オオオオオオッッッ!!!」
無間から凄まじい刃の奔流が放出され、残りのオオイナゴを粉みじんにしていく。
その後、辺りにオオイナゴが居なくなったことを確認すると、刀を払って、体液を落とした。そして、深呼吸してひとごろしを解く。
「ゔ……っと……」
う~ん……やはりすさまじい疲労感が出てくるな。俺はすかさず、異界の袋から、活力剤と、気力回復薬を取り出して飲んだ。すると、だいぶ疲労感が抜ける。初めて飲んでみたが意外と効果があるんだな。
特に気力回復薬。辺りから気を集める力を増強してくれるとのことだが、体内に気を取り込むと気分はだいぶ良くなってきた。
これなら、次からひとごろしを使っても何とかなりそうだと納得し、俺は次の作業に移るため、神人化する。そして、いつものように光葬針を鎧武者の形にして、そこらに散らばるオオイナゴの死骸を異界の袋に詰めていく。
……う~ん、やはり、マシロの時よりも数が多いな。仮に屋敷の連中がこれを選んでいたとして、殲滅までは無理だったかもしれない。総出ですれば何とかなっていたかもしれないが……。
そんなことを思いながらしばらく作業をすすめる。体についた体液の方は、落ちるには落ちたが、そこまで綺麗にはならない。後できちんと綺麗にしないと、屋敷にも妓楼にも行けないな。今は忙しいから、天宝館に返ったときにでもしておこう……。
そして、全ての死骸を異界の袋に収めると、俺は飛び立ち、トウショウの里へと帰っていった。
◇◇◇
トウショウの里が見えてくると、門の所に降り立ち、神人化を解く。時間はすでに昼を回っている。これなら高天ヶ原に行けるなと思い、そのまま街に入ろうとした。すると、門番が俺に気づき、目を丸くさせる。
「ん!? ムソウ殿か! ずいぶんと早いな! もう終わったのか!?」
オオイナゴの殲滅を終えたと言っても、俺が出たのは今朝だ。あまりにも早く帰ってきたことに門番は驚いている。
門番は俺が神人化することを知っている。急いで飛んでシンムの里まで行き、依頼をこなしたと言うと、それでも信じられないという顔をしていた。
「すごいな……」
「その反応は慣れている。正直、もう何とも思わないな」
「いや……まあ、そうか。噴滅龍を一人で倒せるのだからな。当然と言えば当然か……」
などと、門番は一人で納得している。そして、どもりながらもお疲れ様という門番はそのまま、街の中に入れてくれた。
その後は普通に下街を歩いて抜けていく。昼ということもあり、住民たちはそこらの茶屋で飯を食っていたり、買い物をしたりしている。
途中、浮浪者だった奴らと何人かすれ違った。皆、家族を連れていて、そいつらに凄く感謝される。
そして、お礼にと野菜だったり、お菓子だったりを渡された。前にもこういうことあったなと思いながら、ありがたく受け取る。
そして、下街を抜けて、花街へと入っていく。門では特に何も起きない。これに関しては、今回は、本当に楽になったなと素直に思いながら、上機嫌に花街を歩いていた。
何人かの冒険者や貴族がチラチラと俺を見てくる。オオイナゴの体液で体中汚れているからな。下街では特に何も無かったのに、やはりこの街の奴らはそういうことが気になるらしい。気にするまいと思いながら、街を歩いて行った。
ふと、高天ヶ原の前を通ると、見慣れた禿が掃除をしている。急いでないからいいや、と思いながら、少し頭巾を深く被って、後ろからそっと近づいた。
そして、禿の真後ろまで来ると、人差し指で肩をチョンチョンとつついてみる。
「……?」
不思議そうな顔をして振り向く禿。俺は頭巾を取り、顔を見せてその禿の頭を撫でた。
「よお、リンネ。ご苦労さん」
「……!」
掃除をしていたリンネは、嬉しそうに笑い俺を見上げている。そして、もっと撫でてくれとねだって来るので、更に頭を撫でてしゃがんだ。
「約束通り会いに来たが、早すぎたか?」
「……!」
リンネは首をブンブンと横に振って、俺の言葉を否定する。そして、俺の手を掴み、自分の頬に当てると、またニコッと笑った。よほど、会いたかったらしい。可愛いやつだな……。
「それは何よりだ。さて、俺は今、依頼に取り組んでいる。これから素材を渡して、そのままギルドへ行って、報酬を受け取る。その後、また来るから、楽しみにしてな」
「……!」
リンネはわかった、と頷く。そして、リンネに書状を渡した。リンネは喋ることができない。だから、俺がここにまた来るということもツバキたちには伝えられない。そこで、俺が行くという内容の手紙をリンネを通して、ツバキかコスケに渡ったら、楽だなと思い、そうした。
リンネにちゃんと渡すんだぞ、と言うと、リンネは大事そうに書状を持って、頷く。
その後、リンネと別れて、花街を抜け、上街へと着いた。上街の門番には珍しくショウブが居た。ショウブは俺に気づくと、手を振ってくる。
「おお、ムソウ殿か。久しいの……」
「そんなに経ってないだろ」
とは言いつつも、よく考えたら二か月近く顔を見てないな。どれだけ時間が経っても、もうショウブの背は伸びないんだろうなと思うと、笑えてくるが、ぐっとこらえた。
「この間に妾の武器も強化したからの。再戦できる日を楽しみにしておるぞ」
ショウブはそう言って、俺に鉄扇を見せてくる。全体的な変化は特に見られないが、親骨の部分に何かが埋め込まれている。ショウブによると、それは色んな属性を含んだ魔物の核で、自分の攻撃に属性付与が出来るという。
なるほど、確かにあらゆる属性を操ることが出来れば、戦いはやりやすくなるな。まあ、俺の苦手な属性というのは俺にもわからないが。
だが、俺もショウブとはまた闘いたいなと思っていたし、ショウブの言葉に頷く。
「ああ。俺も楽しみにしているよ。また全部、斬り伏せてやるから覚悟してな」
若干挑発交じりに笑ってそう言うと、ショウブはフッと笑った。そして、俺の背中の闘鬼神の紋章を見ながら、俺がやったことについて頭を下げる。
浮浪者を花街から連れ出したことについてはアヤメやシロウからすでに聞いているとのこと。街の課題を解決されたとともに、俺の部隊が出来たことを祝ってくれているようだ。
「しかし、刀を咥えた鬼神とはの……ムソウ殿も変わった趣味じゃ……」
「いや、これを考えたのは俺じゃない。俺の……“親”が創った」
「ほう、ムソウ殿の親というのはどのような御仁だったのじゃ?」
「まあ、何というか、実の親ではないが……そうだな、お前らから見たジロウってところだな。うちの場合は、少し愛情表現ってやつが変わっていたがな」
毒盛ったり、真冬の川に放り投げたり、部下と俺を決闘させてくるあたりがな……。今となっちゃ、それもいい思い出か? ……いやいや、アイツとの良い思い出なんて、サヤに思いを伝える後押しをしてくれたことと、タカナリに祝言を頼んでくれたことと、小さい頃におとぎ話を聞かせてくれたことと……。
ん? 結構あるな……まあ、いいや。ショウブは俺の言葉に、そうか、と頷いている。そして、ニヤッとしながら、
「ムソウ殿にもそういった者がおったとはの。親近感がわいたわい」
と言った。シロウと同じく、ジロウに憧れを持つこいつにもエンヤの話をしたら面白いだろうなと思い、俺も笑った。
……ちなみに、そいつは女だったというと、目を白黒させて、嘘じゃろ? と言ってきた。やはり、エンヤのことを話すと、皆、男だと思うらしい。
その後、ショウブと別れ、まずは天宝館を目指す。オオイナゴの死骸を回収してもらうためだ。ここで、討伐した数を確認しないと、ギルドで報酬を受け取れないからな。
俺は職人街を抜けて、天宝館へとたどり着く。ここは中に入ると、色々な受付があり、どこに声をかけていいのかわからない。ひとまず、ヴァルナを呼ぼうと、武具の受付に近づき、そこに居た女に声をかけた。
「すまない。冒険者のムソウというものだ。ヴァルナに会いてえんだが」
「あ、はい。ご用件は何でしょうか?」
「ギルドで依頼を受けてきたんでな。素材の査定を頼みてえんだ」
「かしこまりました。では依頼票を提示してください」
女にオオイナゴ討伐の依頼票を渡すと、それを持って、ヴァルナの工房の方に行く。しばらく待っていると、女はヴァルナを連れて、俺の所まで来た。
「よお、ムソウ。聞いたぜ、館長がお前んトコで世話になるらしいじゃねえか」
「ああ。急に決まったことだからな。まあ、ここへは魔法を使えば一瞬で行けると言っていたから、そのあたりは大丈夫じゃねえか?」
「ハハハッ! 違いないな。さてと、オオイナゴの大群の討伐依頼だったな。どうせ、お前のことだから殲滅でもしたんだろう。流石にここで預かるわけにはいかないから、ついてきてくれ」
二か月振りに見るヴァルナは相変わらずだ。違いと言えば、髪が少し伸びたくらいか。ヴァルナは以前素材を調べてもらった倉庫に向けて歩き出し、俺はヴァルナについていった。
そして、倉庫に着くと、俺の前に立ち、止まる。
「それじゃあ、この辺りに死骸を並べてくれ」
「ああ」
俺は異界の袋からオオイナゴの死骸をどんどん倉庫に置いていく。前回のこともあるので、流石にヴァルナは驚いていない。むしろ、前回の時の方が強力な魔物も多かったので、退屈そうに俺の作業を眺めていた。
だが、オオイナゴの量が500を超えたあたりから、目を見開き、驚愕の表情を浮かべだす。
そして、依頼票を何度も見直したりもした。やはり、多すぎるのか? だが、まあ倒してしまえば、何の問題もないので、俺は作業を続けた。
「……っと、これで最後だな」
最後の一匹の死骸を倉庫にドスンと置いて、作業を終える。俺が数えただけでも600体以上は居た。依頼にあった数字がどれくらいのものなのか知らないが、やはりマシロの時よりも、圧倒的に多い。さらに300体ほど、最後に倒した奴らも居る。
それを入れると1000は居たということになるのか。屋敷の奴らがこれを選ばなくて本当に良かった。
「……ムソウ……これは本当に同一の集団だったのか?」
と、ヴァルナが近づいて聞いてくる。他の作業員に取りあえず、死骸の数を数えさせているようだ。俺はヴァルナの言葉に頷く。
「ああ。正直、俺もこんなに居るとは思わなかった。マシロで同じ依頼を受けたことがあるんだが、もっと少なかった気がする」
「そうか……いや、確かに依頼票には600程と書いていて、それでもまあ、多い方なんだが、それよりも居るとはな……」
「ちなみに死骸は残っていないが、もっと居たぞ。それらを入れたら、1000は居たことになるな」
「1000!? それはもう、超級に近い依頼じゃねえか! ムソウが行って良かったと言ったところだな……」
やはり、依頼票の数字が少し間違っていたらしい。依頼票に書かれている魔物の数や生態、生息地などは、依頼主か、ギルドや騎士団で構成される調査隊によって、定められている。結構いい加減なんだな、とは思うが、ここはクレナ。アヤメがしっかりしていも冒険者はあんな感じだ。信用できない。
さらに、騎士団の数も少ないということは、各自警団の調査で行われている可能性もある。オオイナゴの群れと戦ったのは、騎士団のあるシンムの里周辺だったが、イナゴというのは場所を移動するものだ。
多分、別の地域の自警団が調査したため、本来の数字とは離れたものになったのかもしれない。この辺りはきちんとしてほしいものだな。
「まあ、倒したのだから、もう何も心配ないがな」
「ああ。だが、このことは私からアヤメの方に伝えておこう。依頼の詳細が間違った情報であるために、命を落とす冒険者も多いからな」
ヴァルナはそう言うと、オオイナゴの査定を始める。俺は倉庫の隅に行き、作業を眺めていた。死骸の数は多いが、作業員の数も多い。早めに終わりそうだな、と思いながら、体を見てみる。先ほど花街でいろんな奴に見られていた通り、体液まみれで汚い。俺は無間を構え、神人化する。
そして、光葬雨を自分に浴びせ、着物を綺麗にした。神人化のことを知らないヴァルナ以外の作業員は手を止めて、こちらを見てくるが、俺が睨み返すと、慌てて作業を再開させる。それを見て、ヴァルナは笑っていた。
しばらくすると、ヴァルナは他の作業員の報告を紙に書き、それを俺の所まで持ってきた。着物が綺麗になっているさまを見て、ヴァルナは、便利な能力だと笑ったが、俺は恥ずかしいからあまり人前ではやりたくないと答えた。さらにヴァルナは笑い、俺に書類を渡す。
「さて……これが、今回の依頼の素材の詳細と、査定売却票だ。これで、ギルドから報酬が貰える。売却金もそこでもらえるから、受け取ってくれ」
「ああ、すまないな」
「受付で数について何か言われたら、不測の事態が起こったとでも言っておけ。何とかなるからよ」
ヴァルナはそう言って、ニカっと笑う。信じられなくても、伝令魔法の魔道具があるから問題ない。こういう時にも、使えそうだからな。“魔法帝”様様だ。
さて、とひとまず売却金はどんな感じかな。
……
オオイナゴの外皮 723枚 銀貨21690枚
オオイナゴの肉 723匹分 銀貨10845枚
オオイナゴの翅 1446枚 銀貨43380枚
オオイナゴの脚 1446本 銀貨43380枚
査定売却合計金額 金貨119枚と銀貨295枚
……
数字を見るとマシロと同じ相場みたいだな。ここは世界共通なのかもしれない。あそこと同じく、肉は半額のようだ。
しかし、オオイナゴの素材が銀貨30枚というのはおかしい話だよな。スライムの素材だって銀貨300枚ほどだったのに、と思い、ヴァルナに確認すると、相手がスライムでも、俺が受けたのは、殲滅が条件の依頼、しかも超級の依頼であるため、一匹当たりの価値も上がったのだという。
あ、そうか。別に今回の依頼も、殲滅までは求められていたなかったからな。
しかし、オオイナゴを倒しただけで、屋敷での、全員の給金の、四か月分とはな。これはおいしい話だと思い、頷く。
「さて、それじゃあ、ギルドの方に戻るかな」
「ああ。また依頼を受けるときには言ってくれ」
俺はヴァルナの言葉にうなずき、天宝館を後にする。そういえば、コモンに会わなかったな。引っ越しの作業で忙しいのか?
まあ、夕方には会えるので、特に気にせず、報酬を受け取りにギルドへと向かった。
さて、ギルドへ着き、受付の方に向かう。相変わらずチラチラとこちらを見てくる冒険者が居る。そういや、朝も居たなあ、こいつら。
男女混じった冒険者の一団はまだ、昼だというのに、ギルドの酒場でたむろしている。ったく、いい歳した若者が昼間から酒飲みやがって。
少しは俺の屋敷の奴らを……っと、いかんいかん。つい年寄りくさいことを考えてしまった。考えてみりゃ、ダイアン達も似たようなものかと思い、特にその冒険者たちのことは気にせず、俺は受付に向かい、ミオンに声をかける
「よお」
何か作業をしていたミオンは俺が声をかけると、こちらを見てきて、驚いた表情になる。
「む、ムソウさん? ですよね……え、何かありましたか?」
「何か……って、報酬を受け取りに来たのだが……」
俺はそう言って、天宝館で貰った、査定受け取り票と依頼票をミオンに渡す。ミオンはそれを見ると、何やら慌て出した。
「え? え? オオイナゴの大群の討伐でしたよね? 今朝出て行って、まだその日の昼ですよ?
そ、そんなこと……で、でも、受け取り票はあるし、しかも天宝館の判もあるし……え、どういうことですか?」
ミオンは俺の顔と、素材の受け取り票を何度も交互に見て、そう聞いてきた。
……ああ、この反応はずいぶんと久しぶりな気がする。マシロじゃ既に当たり前になっていたし、こないだの依頼もアヤメから直接報酬を渡されたし。普通の感覚の奴にこうやって普通に依頼の報酬を受け取ろうとするのはいつ以来だろうか……。
俺は一つため息をつき、依頼について事細かく説明した。
「まず、朝ここを出て、そのままシンムの里周辺まで直行した。あんたはロウガンからの書状も確認していたし、前に腕輪も見せたから、俺が神人化するってことは知っているよな?」
「は、はい。それは存じております……」
「そんなに怖がるな。……まあ、いい。
それで、ここを出た後はすぐに神人化し、空を飛んで依頼票にあった場所まで直行した。場所に着いてしばらくしたら、オオイナゴの大群が来たから、迎え撃ったわけだ。あんたがくれた殺虫弾、あれはかなり役に立ったぞ」
「は、はあ。それは……良かったです」
「……で、そのまま素材を集めて、天宝館に移動し、査定を終えて、ここに来たというわけだ。
何なら、査定に立ち会った、天宝館のヴァルナをここに連れて来るか?」
そうすれば、話は早くなるなあと思いながら、その場から動こうとすると、ミオンは慌てて俺を止める
「い、いえ!そのようなことは……。分かりました。では確認いたしますので、少々お待ちください」
ミオンは、引き出しからなにか、書類を取り出し、査定受け取り票と見比べている。
ようやく、調べてくれるか、と肩の力を抜く。恐らく女が今見ているのは、調査隊の報告書か何かだろう。となれば、恐らく、ミオンがこれから言うのは……
「あの……査定に出された素材の数、多過ぎではありませんか?」
そら来た。やはり、調査結果と実際の数は違うらしい。俺はヴァルナに言われた通りのことを伝える。
「不測の事態が起こったみたいだ」
「それにしても、多すぎますよね。この数字ですと、超級依頼に匹敵する依頼と言うことになってしまいますが……」
「だからこそ、不測の事態だったのだろう。俺も驚いた。まさか、あんなに居たとはな。だが、もう倒したのだから、良いだろう」
「超級依頼の群れを完全達成……すごいですね……」
改めて、ミオンはそう言って、俺を見上げる。二か月前に挑んだ、ここの支部長から頼まれた依頼はほとんど、そういう形で達成したんだがな……。
そんなことを思っていると、ミオンはじっくり、査定受け取り票を確認した後、頷く。
「わかりました。天宝館の方々が、責任をもって確認した以上、こちらは事実と受け入れるしかありませんからね。長々と失礼いたしました。ムソウさん、依頼達成お疲れ様です」
ミオンはそう言って、深々と礼をした後、部屋の奥へと向かう。そして、袋を抱えて持ってきた。
「はい、こちらが此度の依頼の報酬、銀貨300枚と完全達成特別報酬として金貨50枚です。さらに、査定売却金として、金貨119枚と銀貨295枚を進呈いたします」
「ああ、ありがとう」
「また、依頼にお取り組みの際はぜひまた、私にお声をかけてください!」
ミオンはそう言って、ニコッと笑う。俺は報酬を受け取り、ミオンの言葉に頷くと、ギルドを出ようと入り口の方に向かおうとした。
だが、何人かの冒険者が扉の前に立ちふさがる。見ると、そいつらは先ほど酒場から俺の方をチラチラと見てきた奴らだ。冒険者たちは俺を取り囲むように立ち、ニヤニヤと笑みを浮かべている。
中には武器を手にしている者もいて、俺を威嚇しているようだった。そして、正面に居る、こいつらの頭のような若い男は両脇と周辺に女の冒険者を侍らせて、俺の方に近づいてくる。女たちは何やらクスクスと笑っているようだ。
……これは、あれだな……ちょっと面倒くさいな。これから高天ヶ原に行きてえのに……。
そんなことを思っていると、正面の男が口を開く。
「おう、オッサン、ずいぶん景気が良さそうだな」
男がそう言うと、男についている女たちは、ほんと~とか、いいわね~とか言って、またクスクスと笑い出し、囲んでいる冒険者たちはさらに俺ににじり寄ってくる。
ふと、ミオンの方を見ると、どうしようかと、困っているようだった。
そして、何も言えず俯いている。この冒険者達が、そこそこ腕が立つのか、もしくは、まあ、この人数だからな。ミオンの行動は正しい。
さて……手早く終わらせよう……。
「俺達遊ぶ金にちい~っとばかし困ってんだよなあ~……。
だからオッサンの金、俺達に分け――」
―死神の鬼迫―
男の言葉が言い終わらないうちに、俺を囲んでいる冒険者たち、特に正面の男に強い殺気をぶつける。冒険者たちは一瞬ビクッとして、後ずさる。男が侍らせたり、武器を構えている女たちに関しては顔色を悪くし、ガクガクと震えて、その場に座り込んだりする者もいる。
そして、男は固まり汗をだらだらと流し出した。
「あ……あ……あ……」
「……通るぜ」
何か言いたいのか、知らないが、言葉をうまく紡ぎ出せない男の前を俺は通り過ぎる。そして、ギルドの扉に手をかけると振り返り、冒険者たちを睨みつけた。
俺が何もせず通り過ぎただけ、と思い、安どしていた冒険者たちは再び、体を硬直させる。ミオンの方は何が起きたかわからないという表情だ。良し、安心した。
俺は冒険者たちに、先ほどよりも強い殺気をぶつける。女たちだけでなく男の冒険者たちもその場に崩れる。
そして、今後もこういうことがあったら面倒なので、少なからずこの場に居る、こちらの様子を伺っていた冒険者達にも、ついでに鬼迫を当てる。
一応、ミオンにはぶつけないようにしている。何が何だかという顔で、キョトンとしているミオンがこちらの様子を伺っている中、頭の男なんかはその場で失禁し、床を盛大に濡らしていく。構うことなく、俺は口を開く。
「……次は無えからな……次やってきたら、問答無用……その場で……殺す」
更に強い殺気を全員にぶつける。無間を抜き、冒険者たちに向けると、ガクガクと震え、そのままバタバタと気絶していった。俺は死神の鬼迫を解き、無間を背負うと、大きく息を吐く。
ったく、俺がこれだけの金を受け取るということは、俺がどれだけ強いか考えてみろと言いたい。
……あ、気絶しているから無理か。俺は冒険者たちがまとまって気絶し、どうしようか、と言う顔をしているミオンの方を向いた。
「む、ムソウさん、こちらは一体……」
「なんでもねえって。それより、迷惑かけちまってすまねえな」
「め、迷惑だなんて、とんでもございません。私こそ、何も出来ず申し訳ありませんでした」
「良いって。今回はあれが正しい。こそっとアヤメを呼びに行くという手もあったが、動かないというほうが逆恨みとかもないからな。問題ないぞ」
「そ、そうですか……本当にありがとうございます」
「おう。じゃあ、またな」
頭を下げるミオンに手を振って、俺はギルドを出た。
そして、戸を閉めると同時に、中から聞き覚えのある女の声が聞こえる。女は取りあえずミオンに状況を確認しているようだ。
見つかったら、俺からも話を聞かれそう。そうなったら高天ヶ原に行く時間がなくなってしまう。
俺は急いで、その場から離れ、花街へと向かっていった。
◇◇◇
その頃のギルド内。支部長アヤメはいつものように仕事をしていた。いつものように一人で書類に目を通していくアヤメ。朝から仕事を始めて、もう昼もだいぶ過ぎている。
そろそろ、腹が空いたと思い、ギルド内にある食堂で何か食べようと、背伸びをして、立ち上がった瞬間だった。
ゾクッ!
「おわっと! な、何だ!?」
突如、背筋が凍る思いをする。そして、妙な圧迫感を感じ、全身から冷や汗が出てきた。何かが、居る。このギルド内に何か、恐ろしく強大な力を持った何かが。
凄まじい危機感に陥ったアヤメは、クレナ領主であり、ギルド支部長の証である、紅の羽織を纏い、愛刀「花鳥風月」を腰に差した。
だが、そこで、フッと全身を包んでいた圧迫感が消える。全身から流れていた汗も止まり、アヤメは落ち着いていった。
一体何だったのだろうか。取りあえず、そのまま部屋を出る。そして、まだ、何か居るかもしれないと思い、急いで一階の受付まで向かった。
だが、階段を下りて行った先に、妙な光景が広がっている。
「あ!? 何だこれ!?」
アヤメの目に映っていたのは、屋敷の入り口付近で倒れる多くの冒険者たち。そして、それを片付けようと冒険者に、恐る恐る近づいていく、依頼の窓口を担当している、ミオンと、ギルドの職員たちだった。
アヤメが驚いて、声を出すと、アヤメに気づいたミオンが近づいてくる。
「あ、アヤメ様……申し訳ありません! すぐに、綺麗にいたしますので……」
「い、いや……それはまあ、急がなくてもいいが……何があったのか、説明してくれないか?」
「は、はい。あちらで気絶されてる冒険者の一団は、例の「ラック・フェスタ」の御一行様です」
ミオンの言った冒険者のグループの名前はアヤメも知っていた。腕は良いが、素行は悪く、偶に下級の依頼を受けては小遣いを得て花街で遊んでいると。
それで、金が無くなったら、他の冒険者に言いがかりをつけて、金を奪うといった噂だ。何度かアヤメも注意はしたのだが、そんな生活を辞める気はなく、そう言った非行を続けていたと聞いていたが、そんな冒険者たちが失神している。
どういうことだ、と聞くアヤメにミオンは、頷き、口を開く。
「それが……彼らが一人の冒険者の方を、また囲んで、絡みにいったと思いましたら、急に顔色を悪くし、さらにそのお方がギルドを出る際にさらにひと睨みしたかと思うと、そのまま失神してしまいました」
ふむふむと聞いていたアヤメだったが、ミオンの言葉を理解することが出来ず、キョトンとする。
「は? それは、どういうことなんだ?」
「わからないですが、そのお方はとてもお優しそうな方でしたよ」
ミオンは笑って、そう言った。アヤメはミオンの言葉を反芻している。つまり、ラック・フェスタの一行が、また金を得ようと、他の冒険者に絡みに行ったところ、その冒険者に返り討ちに遭ったというわけか。
なるほど、あいつらが失神している理由は分かった。
だが、アヤメは腑に落ちなかった。あの時、自分が感じた危機感の正体はまるで分らない。てっきり、その者が、ラック・フェスタを気絶させたかと思ったのだが、ミオンの話を聞く限り、そんな奴はいなかったようだ。
おかしいな、と思っていたアヤメだったが、ふと、その冒険者のことが気になり、ミオンに尋ねてみる。
「で、その冒険者っていうのは誰なんだ?」
「あ、はい。マシロからいらっしゃった、ムソウさんって方ですよ」
ミオンはニコッと笑って、その冒険者の名を口にした。反対に、アヤメは、ああ……と顔を手で覆い、俯く。
そして、アヤメの中で自分の疑問が全て解決出来た。
―……そりゃまあ、ムソウに絡んでいったらそうなるわな。んで、俺があの時感じたのは恐らくムソウの、「死神の鬼迫」とかいうわけの分からない能力だ。あいつらが失神しているのもその所為だろう……―
職員たちに運び出されているラック・フェスタの一行を見ながら、アヤメはそんなことを思いながら、同情しつつ、冒険者たちを自業自得というやつだなと、と呟いた。
「あの……アヤメ様?」
「なんだ、ミオン」
ふと、ミオンがアヤメを覗き込んでくる。何か聞きたそうにもじもじとしている。
アヤメはミオンのことは嫌いではない。むしろ、気に入っている人間の部類に入る。
仕事が出来過ぎるというほどでもないし、武芸が出来るというほどでもないが、常に一生懸命仕事をこなしてくれているミオンの姿は、領やギルドの問題で頭を抱えるアヤメにとっては、数少ない癒しの一つでもあった。ミオンの聞きたいことくらい、答えてやろうと思い、アヤメは彼女に目を向ける。
「あの……ムソウさんについて教えてください」
「……あ、そうだな。お前は受注の受付だし、知っておいた方が良いかもしれないな……」
と、アヤメはムソウについて語り出す。多くの超級以上の依頼を数日間で達成したこと、今は多くの仲間たちと下街で暮らしていること、マシロでの活躍などだ。
ミオンはアヤメの言葉を、頷きながら、時には笑ったり、時には驚いたりして、聞いている。そして、アヤメが話を終えると、ミオンは納得したように、
「なるほど……でしたら、納得ですね」
と、呟いた。ミオンが何に納得したのか、気になったので聞いてみると、ムソウは朝に依頼に出て、オオイナゴの大群を殲滅し、先ほど報酬を受け取って、そのまま出て行ったという話を聞いた。
まあ、確かに普通の人間じゃ、それは無理だなとアヤメも苦笑いする。そして、来たなら寄っていけば良かったのに、と頭を掻いて、ギルドの扉の方を見ていた。
「ムソウさん、何かに急いでいる様子でしたが、何かあったのでしょうか……」
アヤメの心を見抜いたかのように、隣でミオンが呟く。アヤメも少し考えだした。まだ、時間は昼過ぎだ。家に帰るような時間でもない。となると、依頼も終わったことだし、花街でも行くのか……。
と、思ったところで、アヤメは一つ思い当たることがあり、ニヤッと微笑んだ。
「あ……なるほど~……」
「何か思い当たることでも?」
ミオンがアヤメの顔を見て、聞いてくる。アヤメはニカっと笑い、
「これだよ」
と言って、小指を立てて、ミオンに見せた。ミオンはクスッと笑い、アヤメと同様、なるほど、と呟いている。
そして、アヤメにありがとうございます、と礼をして、下へと向かった。
やれやれと思い、アヤメも一階へと向かい、職員たちの作業に混ざる。驚く職員の目の前で、男の冒険者二人を抱え、休憩室へと放り投げる。
こいつらのせいで昼飯を食い損ね、要らぬところで気を張ることになったことへの報復も兼ねて、アヤメは冒険者たちを次々と放り投げた。
そして、残った掃除はアヤメに感謝する職員たちに任せ、自室へと戻ろうとした。
だが、アヤメを呼び止める声が聞こえる。振り返ると、そこには再びミオンが居た。
「あの、朝からお疲れ様です。こちら、今作ったので、良ければ召し上がってください」
「え、良いのか? いつも、すまねえな」
渡されたのは大きなおにぎり三つだった。やっぱりこいつには癒されると思い、アヤメはミオンの頭を撫でて、自室へと向かう。
そして、窓から見えるトウショウの里の景色を見ながら、おにぎりを食べていた。
「さて、もうひと踏ん張りしようか……」
少し遅めの昼ご飯を食べた後、アヤメは先ほどまでの仕事を再開させた……。
ミオンは、十代後半といったところですね。生まれは、クレナ領です。
領主として、また、ギルド支部長として奮闘するアヤメを支えるために奮闘する女の子として描いています。
アヤメは人望がかなり高い方の人間です。両親を亡くした直後から領主となっているので、三十年、その座に就いていると言えば、納得のカリスマです。
ちなみに、ギルドはそのままアヤメの家となりますので、ミオンを始め、このギルドで働いている者は、そのまま、アヤメの家の使用人、奉公人ということになります。上街に寮があり・・・という、設定がありますが、本筋とはあまり関係ないので、こちらで済ませておきます。




