第132話―温泉街を旅立つ―
それからの二日間は、ずっとたまとジゲンの手伝いをして過ごした。一日目の、荷物を入れる作業の時に初めて馬車を引いてみたが、やはり少し重いようだったが、屈強な馬のお陰で何とかなるみたいだ。ただ、ぬかるみとかには弱そうだからそこは気を付けようと思った。
たまとジゲンは新しく出来た馬車を大層喜んでいた。たまは荷台に入ってはしゃいでいる。その間に荷物を運び入れるが、やはりそのままだと荷台が固すぎるということで、毛皮と絨毯のようなものを敷いた。
寝る時はこの上に布団もあるわけだから何とかなるだろう。一応、ジゲンが寝転がって確認すると、これなら問題ないとのことだった。こいつは時々本当に老人のようなしぐさをするから対応に困る……。
荷台の確認が終わったら、荷物を入れていく。と言っても、そこまでの量ではない。たまとジゲンの着替えや、旅の道具一式、食料などだ。
俺のものは異界の袋に全て入っているから特に問題はない。さて、荷物を全て入れてみても、特に窮屈さは感じない。野宿する度に全て出さないと駄目かと思ったが、その必要は無いみたいだ。そのままでもジゲンとたまは寝れそうだが、やはり俺も入るというのはきついな。このまま昨晩の案でいこう。
そして、馬車に荷物を入れ終わると、たまとジゲンを連れて、湯の花一家の所に向かう。馬車をいったん返すついでに、身かじめを払うつもりだ。自警団の屋敷に行くと、いかついツクマ達の中にたまが入って行き、なんだか和やかな雰囲気になっていたのでそれを横目に、クサツに金を出す。
どれだけたまっているのかと思ったら金貨一枚もいかなかった。あれだけ貰うのを渋っていた割には結構細かい数字まで言ってきたので、めんどくさいと思って金貨を二枚ほど渡すと、クサツは喜んで受け取った。
こいつらはたまには気を遣うが、俺にはあまりそういう気持ちは持ち合わせていないようだ。……まあ、良いんだがな。
その後は最後だということで、たまはクサツや、ノボリ、ツクマ達と遊んでいた。俺とジゲンは縁側で茶をすすりながらその光景を微笑ましく眺めていた。
夕方までそれは続き、日が傾きだした頃、名残り惜しそうにする自警団を後にし、俺達は宿へと帰った。
翌日は、一日中、宿の中の片づけを行った。家具などは質屋に持っていき売り払う。こうい所も俺より大人だなと感心する。思い出の品を売り払うのは辛いだろうに、と思っていたが、こうした方がお父さんたちも納得すると思うと、たまが言うものだから仕方がない。
ただ、何個かは俺の屋敷に使えないかなと思い、異界の袋に収めた。宿の中にはそれなりの量のものがあったので、その作業だけでその日は終わった。
……そして、たまが旅立つ日がやってくる。がらんとし、何もなくなった宿を出ると、すでに旅装束に身を包んだたまとジゲンが俺を待っていた。
「おはよ! おじちゃん! 絶好の旅日和だよ!」
たまはニコッと笑って、そう言った。今日、今まで過ごしてきた場所を離れる女の子の表情とは思えないな……。
二人と幾つか言葉を交わし、俺たちは馬車を置いてある、自警団の屋敷に向かう。
屋敷に着くと、自警団総出で出迎えてくれた。クサツを始め、皆これまでのことを改めてたまに謝っている。たまは笑顔で気にしなくていいよ、と自警団に言っている。
そして、皆はこちらを向き、たまをよろしく頼むと言ってきた。その眼はお願いするような目ではない。俺を射殺すような目で見てきている。特に、クサツやツクマといった、たまと昔なじみの奴らの視線が痛い。たまに何かあったら総出で殺されそうだ。
とりあえず、死神の鬼迫を放ちながら、男たちに頷く。自警団は少し、表情を悪くしながらもたまを任せてくれた。
さて、挨拶も一通り済み、俺達は馬車に乗り込んだ。俺は馬を引くため、前へ、ジゲンとたまは荷台に入る。今日の行程だと宿がある街にはつきそうだから、これで大丈夫だ。
「じゃあ、皆! 行ってくるね!」
たまが、自警団に別れの言葉を言うと周りから見送りの声が上がる。それを聞いて、俺はコクーマに鞭を入れて、馬車を動かし、屋敷から出て行った。
門の方に向かう途中、街の中を歩いていると、何人かがたまに手を振っている。この街の住民たちが皆、たまのことを良く思ってくれていたことを実感した。もう済んだ話だから別に良いのだが、どうにかならなかったのかな。……まあ、コイツ等も商売人だ。損得を抜きにと考えるのは難しいのだろうな。
そんな住民たちに、たまは一人一人、丁寧に声をかけている。どこか不安そうだった街の衆の顔は、段々と柔らかくなっていき、たまに手を振っていた。
そして、門から街の外に出て、街道をトウショウの里方面へと向かう。
荷台からたまとジゲンは見えなくなるまで街を見続けている。たまは最後まで手を振って、声をかけ続けていたが、次第にそれは収まっていき、静かになっていった。
……ふと、荷台の方をチラッと見ると、たまは、ジゲンの胸に顔を埋めている。少し震えているようだ。
……やはり、何だかんだ言っても寂しかったらしい。あれだけ慕われていたのだからな。
たまが、胸を張って温泉街に戻れるよう、その時まではしっかりと面倒をみようと改めて誓い、俺は街道を進んだ。
◇◇◇
街道を進んでいくと、たまの機嫌も段々と良くなってくる。今では中でジゲンと何か話したり、時々俺に話しかけたりしている。俺達は周囲を警戒しながらも楽しく馬車を進ませた。
幸い、魔物は現れないので俺ものんびりとすることが出来る。マシロや今まで通ってきた領地と比べると、街道沿いには畑や田んぼが広がっている。
ということはそこまで魔物は出ないのだと思った。出るのであれば、こんなことできないからな。その代わりに大きな山や、森林には魔物は居るみたいだ。出来るだけ、そういう所は通らないように気を付けている。
そして、夕方ごろに最初の街に到着し、宿に入る。温泉が無いのは物足りないが、俺もジゲンもたまも満足だった。
俺は、特に何も起きてはいないが、温泉街を出たということで、伝令魔法の魔道具を使い、今後の予定を説明する。その方が帰った時に楽かなと思っているからな。それが終わったら部屋で遊んでいるジゲンとたまを置いて、宿の中や、街の中をぶらぶら散歩したりした。
何か情報が無いかとか魔物の被害が無いかとか色々聞いて回っている。あればギルドの依頼関係なく、討伐でもしようかと思っていたが、特には無いようだ。
この辺りの自警団はきちんとしているらしい……。なら、いいやと部屋に戻ると、飯の準備がしてあった。
その後、皆で夕餉をとると、美味いのは美味いのだが、たまが時々、
「味はあんまりかな……」
とか、言っている。流石宿屋の娘で味にこだわる子だ。俺とジゲンはそんなことないよなあ、と顔を見合わせながら、普通に食べている。
味覚というものは歳をとるごとに鈍感になっていくと聞いたことがある。俺もジゲンも歳の所為だろうなと苦笑いし、飯を食い進めていく。
「そう言えば、ムソウ殿の仲間はどんな人物がいるのだ?」
ふと、ジゲンが口を開く。ああ……俺の家に来るわけだからな。一応説明しておいた方が良いか……。
「今、一緒に居るのは二人だ。……いや、一人と一匹と言った方が良いかな」
「匹? 人間では無いのか?」
「ああ。妖狐という魔物を連れている。名前はリンネ。まあ、簡単に言うと狐の魔物だが、とにかく賢く、そして、強い。
だが、無邪気な子供のような性格でな。きっとたまも気に入ると思うし、たまのことをリンネも気に入ると思うよ」
リンネは子供だからな。そういうところは気が合うかも知れない。たまもリンネのことを話すと、会うのが楽しみと言ってにこりと笑った。ジゲンは少し不思議そうな顔をしている。
「ふむ……妖狐とは珍しい。さらに人間に慣れているとはな……。ムソウ殿の所は面白そうじゃの」
ジゲンは何やら頷きながら、微笑んだ。やはり、妖狐を従えるということは珍しいことらしい。マシロを出てからは、道を行くとき以外の街の中ではリンネは小さくなって俺の肩の上に乗っているか、懐に潜っていたからな。
そういう反応をされたのはマシロ以来久しぶりだった。だが、ジゲンもたまもリンネに対しては好印象そうだったので問題なさそうだな。
「それで、もう一人というのは?」
「ツバキという女の騎士だ。サネマサの武王會館出身で、ソイツも強い。それに色々なところでいつも助けられている。頼れる仲間だ」
「ほう……武王會館出身とはな。それは会うのが楽しみじゃの」
ジゲンは微笑みながら頷いている。クレナに住むジゲンにとっては、サネマサの名前を出した方が親近感沸くみたいだな。そして、強いという言葉に反応しているみたいだ。普段は好々爺だが、やはりクレナの人間だなと実感している。すると、たまが口を開く。
「ねーねー、その人がおじちゃんのこいびとなの?」
「違う!」
たまの質問に即答する。間違ってもツバキと俺の関係はそんなんじゃないと釘を刺しておかないとな。たまは、なーんだ、とか言いながら少し落ち込んでいる。女というのはいくつになってもそういう話が好きみたいだ。
「なるほどの……では、その二人は、今は屋敷に住んでいると考えて良いのか?」
「あ、いや……二人は今、トウショウの里の妓楼に住み込みで働いているはずだ」
そう言うと、ジゲンは目を見開き、俺を凝視して、頭を抱えた。
「なぜそのようなことを……」
と嘆いている。ジゲンは俺が二人を妓楼に売ったものかと思っているようだ。慌てて、二人が妓楼に居る経緯を説明した。すると、ジゲンは納得したように頷く。
「……そうか。あの町のことは風の噂で聞いたが、やはり酷くなっているようじゃの。じゃが、ということはその二人には当分会えそうに無いの……」
「ああ、すまないな。それで、たまとジゲン、二人には出来るだけ下街を出ないようにしてもらいたい。特に花街は何が起きるか分からないからな」
最後に二人にそう言うと、残念そうにしている。特にたまはリンネと会えないのがやはり残念だったらしく、相当落ち込んでいるみたいだ。
「まあ、そんなに落ち込むな。屋敷に帰って、片づけをやって落ち着いたら、二人も屋敷に住めるようにするからな」
そう言うと、たまの表情は明るくなっていく。
「じゃあ、おじちゃんのおともだちがいつ来ても良いようにおそうじ、頑張るね!」
「ああ。頼むぞ、たま」
俺は張り切るたまの頭を撫でた。たまはニコッと笑い、頷く。
そして、飯を食い終えた後は、寝る準備をして、まずジゲンと二人でたまを寝かせ、その後、少しばかり酒を呑みながら、今後について語り合い、俺達も寝た。
さて、明日からどうなることやら。まあ、今のところは平和に旅を続けているからな。このままうまくいくと良いのだが……。
ひとまず、スライムの集団殲滅の依頼も残っているし、休める時には少しでも休んでおこう。そして、シンムの里にも寄ることだしな。少しでも旅を楽しくしていこう。
ふと、先ほどの会話もあってか、ツバキとリンネ、それにトウショウの里の奴らのことを思い出した。
ツバキとリンネはちゃんと妓楼の手伝いをしているのだろうか。コモンやヴァルナは俺が持って帰る素材で何を作るかとか準備しているのだろうかとか、色々だ。
伝令魔法は基本的にこちらから送るだけだからな。向こうの近況が分からないというのは少し寂しい気持ちになる。まあ、ここでも考えても仕方ないな。帰った時のお楽しみ、ということで、俺も二人に続いて眠り始めた……。
次回から閑話に入ります。その頃のトウショウの里の様子をお送りしたいと思います




