第10話―精霊人の脅威を斬る―
翌朝、俺は、朝一番にホリーの家を出て、森の更に奥へと向かった。
ホリーは、着いていきます! などと言っていたが、さすがに守りきれる自信がなかったので、残ってもらった。
傷一つでも付けたらあとでマリー達にどやされそうだからな。
さて、森のなかは複雑に入り組み、まるで来るものを拒むかのようだった。斬波で切ろうと思ったが、森を破壊して、ますます精霊人に嫌われたくないし、それは止めた。
仕方ないので通れそうなところを探して通る。
そうして歩いていくと、森の中に広場が出てきた。気がほとんど生えていないので、久しぶりに空というものを見た感覚に陥る。
辺りを見渡すと、広場の中央には女が三人立っていた。
「待っていたよ。やっぱり来たねえ」
青髪の女のが俺に、嘲笑の目のようなものを向けた。
……あれ、コイツ、森に入るところで水浴びしてた奴らじゃないか?
何故こんな所に……?
「うわ、スゴい!お姉さんが言ってたように来たよー!」
と、はしゃぐ一人の女。こいつは小さいなまだ子供みたいだ。コイツも居たなあ。派手な黄色の髪をなびかせている。
「ノコノコ一人で。ぷ!バカみたい!」
最後にはっきり、俺を馬鹿にする赤髪の女。……いやなんと言うか、こいつの方が馬鹿なんじゃないかな。とりあえずこの中では一番馬鹿っぽい。
「アンタを待っていたんだよ」
「あ? どういうことだ?」
「もちろん……食うためさ!」
青髪の女が手を上げると、辺りの木陰から大量のワイアームが飛び出してくる。
「アハハ!あたしらワイバーンは食ったものの力を我が物にすることが出来る。あたしらのこの姿はもちろん、さっきまでアンタが避けてきた枝はすべて、この子達のスキル、擬態だったのさ」
「……ああ、つまり俺は誘い込まれたと。で……何故俺なんだ?」
「あたしらはもう少し、もう少しでワイバーンに進化できる。それにはアンタの強さが必要だ。精霊人をいくら食ってもモウだめだ。モット強い力が欲しイイイイイイ!!!」
すると、三人の女の体が輝き、形を変えて、ワイアームに変化し始める。それぞれ髪の色と同じく、青、黄、赤の三色の龍へと変化を遂げた。
「オマエヲクイ、ニクキニンゲンニコロサレタオカアサマノカタキヲトル。ニンゲン……スベテクッテヤル!!!」
ほう……他の奴らよりは知性があるようだな。なかなか感心だと思うが、まだ、足りないな。俺は、ワイアームを挑発してみた。
「ハッ! 俺を食うだと、寝惚けてんなあ。こんな数じゃ足りねえよ。もっと居ねえのか……雑魚のトカゲどもが!」
「ナンダト!ナラバノゾミドウリニシテクレル!」
青い奴が手を掲げた。すると、更に多くのワイアームが現れる。なまじ、賢いと、やはりこういう挑発にも乗りやすいようだな。人間の言葉を理解したばかりに、余計なことをするようになるようだ。
さて、現れたワイアームの数を数えてみる。
……おいおい、二百は居るんじゃねえか? コイツらが精霊人の集落を襲えば確実に滅ぶな。
ロイドきょ……ロイドの野郎……。
俺の中で何かがキレる。
「ナンダ! ボサットシテ! カクゴヲキメタノカ!?」
「ダサーイ!」
「ナラバ、……オマエタチ!」
三色のワイアームの言葉を受けて、周りのワイアームが俺に食らいついていく。
俺は瞬く間にワイアームの群れに飲み込まれていった。さながら、虫の死骸に群がる子蟻のように……。
「ハハハ! ワレラヲグロウトシタツミ、アノヨ、イヤ、ワガハラノナカデ……ン? ナンダ?」
俺の死を確認したのか、青いワイアームは高笑いを上げていた。
しかし、異変に気づく。……今更気付いたところでなあ。
ワイアーム、確かに数だけみれば厄介そうだが、0をいくら1000集めても所詮は0だな。
「効か……ねえ……よ!!!」
俺は気を込めた拳を地面に叩きつける。
地面が割れ、衝撃で何頭かのワイアームが吹っ飛んでいく。
そして、それを斬波の連撃で次々と落としていく。
仮にも、俺は“古今無双の傭兵”と呼ばれていたんだ。トカゲ如き、何匹居ようと敵じゃない。斬波を当てたり、時には近づき、一刀の元、切り裂いたりしていき、あっという間に、その場は、トカゲどもの血で、真っ赤に染められていく。
先ほどまで、余裕しゃくしゃくだった、三色のトカゲにも、若干焦りの色が見え始めていた時、青いトカゲは、俺の姿を見て、目を見開く。
「ナニ! ドウイウコトダ! ワレラノキバガツウジヌハズガ……ン? オマエ、ソノヨロイ……」
「へえ……流石に、ここまでバラバラになっても、自分の母親の鱗は分かるんだな」
「ナゼキサマガソレヲ!?……マサカ、キサマガ!?」
「知るか!!!」
俺は青いトカゲに返答しながら、斬波による追撃を続けた。ドサッ、ドサッと次々と落ちていくワイアーム達。
「キ、キサマガオカアサマノ、カタキ!?」
チッ……うるせえな、アイツ。そろそろ、黙らせるか。
俺は青い奴に向き直り、死神の鬼迫をぶつける
「ヒイッ!」
青いワイアームは泡を吐きながら失神しかかる。
俺はサッと近づき、そのまま奴の首を掴んだ。
「……てめえが何人の精霊人を殺したかは知らねえ。どれだけの力を手にしたか、これから、どうなりたいか俺に知ったことじゃねえ……どうせお前も俺に殺されるんだ!」
「ウガアアアアアア!」
トカゲが苦し紛れに叫ぶのと同時に地面に叩きつけた。
「オラアアアッッッ!」
奴の首が粉々に砕けて地面を赤く染める。
「……さあ……次はどいつだ?」
原型もとどめていない、青い「何か」の上に立ち、俺は殺気のこもった目でワイアーム達を睨んだ。皆、すっかり怯えた様子で、誰も動かない。
俺は無間を構え群れに歩み寄る。
一歩……
二歩……
三歩……
「俺を食いてえ奴はもう居ねえのか!!!」
俺が叫ぶとワイアーム達が逃げ出す。
完全に戦意を無くしたみたいだ。
後は追撃の斬波を食らわせるだけだな。
俺は逃げて行く連中に向け無間を振りかざさす
しかし……
「ナニヲニゲテル!」
突然、赤いワイアームがその他のワイアームに叫ぶ。
「ホコリタカキワイバーントモアロウモノガ、タカガニンゲンニオクスルトハナサケナイ。ソレデモオマエタチハーー」
そう言った瞬間、赤いワイアームの首が飛ぶ。
「……てめえもうるせえよ」
斬波で切られた赤いワイアームはその場で絶命した。
「……さて……続きだ」
もはやワイアーム達には最初のような余裕はない。
目の前にいる人間は自分たちの親を殺し、今、目の前で長を殺した。いや、本当に人間なのか? 自分たちはとんでもない奴に喧嘩を売ったのか?
そう言いたげな目をしている。……ご名答。
俺は“死神”だ……。
ワイアームの中には、跪く者 (ひざなんてないが)、地面に突っ伏して動かないものなどそれぞれがそれぞれのやり方で敗けを認めている。
しかし、受け入れる気はない。俺が去ったら、精霊人を襲う。そういう目をしている。俺は無間を手にし、ワイアームたちに近づいていく。
すると、ふと顔を上げるワイアームが居ることに気付いた。
何か、恐ろしいものを見ているような顔だった。
そんなに俺が怖いか? ……いや、違う。ソイツは俺をみていなかった。
俺は後ろを向くと
「ネエサマヲコロシタネエサマヲコロシタネエサマヲコロシタネエサマヲコロシタネエサマヲコロシタアアアア!」
残った黄色いワイアームがぶつぶつなにか、言ってる。
そして……
「……龍言語魔法・吸い付くすもの」
黄色いワイアームが手を上げて、何か唱えると、ワイアームの足元から黒い手のようなものが無数、放たれる。
手は赤と、青のワイアーム、さらに生きているワイアーム達を掴み、黄色いワイアームの元へ帰っていく
「ウ……ウゥ……オオオオオオオオオオッ!」
黄色いワイアームと黒い手が掴んだ、多くのワイアームやその死骸がが一つとなり輝き始める。
「あ? 何だ?」
輝きはなおも強くなっていく。
そして、輝きが収まるとそこには無数の首を持つ龍が俺を睨んでいた。
……なんだ? コイツ。
俺は目の前にいる魔物を見る。ワイアームの首が何個も付いているでかいトカゲといった方が良いかな。
まあ、見ていても、正体が分かるわけでもないので、この世界に来て得た、鑑定スキルを使って視た。
ヒュドラ
数体のドラゴンがより集まって生れた、龍族。主に状態異常攻撃が得意。
また、切った首は再生する。
「コレゾニンゲンガトウタツシエナイリュウゲンゴマホウノイッタンヨ。矮小ナニンゲン、コノチカラヲモッテキサマヲホフッテヤル!!!」
ヒュドラは俺に毒の息を吐く。俺はそれを避けるまでもなく、まともに食らった。
だが、俺に毒は効かない。
やれやれ、最後の奴は相当、俺にたいして圧倒的に弱い種類の龍のようだな。それに手間が省けた。
……わざわざ固まってくれるとはな。
「なるほど……実力はともかく龍言語魔法という珍しいものは見れた……礼だ! 今度はこちらからお返しをしよう……受けとれ!」
「サ、サセルカ!」
ヒュドラはおれに無数の頭で攻撃を仕掛けてくるが、やはり効かない。
……ほらな、0をいくら集めても、0なんだよ。
俺はそれらを無間で薙ぎ払い、上段に構えなおす。
「奥義・無斬」
俺は息を大きく吸い、無間による連撃を放った。
無間を振る度に一つ、また一つと首がとぶ。
切られた首は再生していくが構わず、俺は連撃を続ける。
「クッ、ガッ、アッ!」
首が跳ぶ度にヒュドラは苦痛の声を上げる。
振る度に威力を増してく連撃を辞めることはない。
100の連撃を続けた頃からヒュドラの首が再生しなくなった。
「これで、止めだ!」
俺は渾身の力を込め無間を振る。
巨大な斬撃がヒュドラを呑み込んだ
「クソオオオオオオッッッ!ーーーーー」
ヒュドラは胴体の部分を残し、絶命した。断末魔さえ許さず、俺を嘲笑っていたワイアーム含め、全てのワイアームを倒すことが出来た。
「……ふう、終わったか」
俺は息を吐き、無間の血を払う。
辺りを見ると、おびただしい数のワイアームの死骸が転がっていた。最終的に、ヒュドラという魔物にはなったが、これだけ居れば、一応、依頼は達成ということになるだろう。
俺はそれらを異界の袋に詰め、帰路についた。
◇◇◇
帰り道はなんとも歩きやすかった。
木々に擬態してたワイアームはもう居ないからな。
迷うこともなかったので、すぐに集落へと帰れた。というか、ほぼ一本道だったな。あの広場は、普段は、精霊人の遊びの場かもしれないな。
今は、血で真っ赤だが……。ますます嫌われるなと、頭を抱えた。
集落の広場でなにやら人だかりが出来ている。
そして、人だかりの中心には傷だらけのホリーが居た。慌てて近づくと、精霊人の怒号が辺りに響く。
「てめえ! 人間の冒険者なんて、村に入れやがって! さっきのワイアームの群れはなんだ! どうせあの人間が余計なことをしたんだろうよ!」
「そうだ! 下手につつかなければこの村を襲うことはなかったのに、オマエのせいで!」
「ロイドの手先め! 出ていけ! この村から! 今すぐ!」
ホリーを囲む精霊人は怒りの形相で石を投げつける。
ホリーは避けるでもなく、ただただ立ち尽くし、黙ってその身に石を受け続ける。
「……」
ホリーはなおも黙っている。
「てめえら!何してる!」
俺はその集団に声を上げた。すると、精霊人どもは、手を止めて、俺の方に顔を向ける。
「なっ! てめえは!」
「何しに来やがった! 今朝出たばかりなのに、もう帰って来やがって! 依頼の失敗を報告にでも行ってきたか?」
「ふん! これだから人間は信用出来ない!」
「さっさと出ていけ! お前も!」
精霊人は怒鳴りながら、俺にも石を投げてきた。
俺は投げられた石を真っ二つに斬った。
そして、殺意を以て精霊人達を睨みつける。
「「「「「ゔっ!」」」」」
死神の鬼迫を受けた精霊人は石を投げるのを辞め、気分の悪そうな顔をして、その場に立ち尽くした。
「なんだ、この騒ぎは」
気がつくと、ロイドが門番と侍女を連れて、こちらにやって来ていた。
「フンッ! 精霊人どもめ。こんなことしてる暇があれば働け!」
と、門番は言う。
そして、俺を見て
「ん?貴様……。なぜまだこんなところにいる。お前も依頼を断る口か」
「なら、違約金を出して早々にここから出ていってくださりませんか?」
と、侍女が俺に言った。役立たずは、目障りといった感じだ。
俺は黙って、異界の袋からワイアームの死骸を取り出す。
一体
二体
三体……
「ほう、倒せたのか」
門番はそう言うが構わず作業を進める。
四体
五体
「ん?全て倒したのか。ならその死骸は置いて――」
と、ロイドが話を続けようとした。
六体
七体
八体
九体
十体……
俺はなおも作業を続ける。
「な!?」
信じられないという表情で、ロイド達がこちらを見ている。
精霊人達も口を開けて俺の作業を見続ける。
全てのワイアームの死骸、124体を広場に並べた後、更に異界の袋に手を突っ込む。
「……最後の奴が、魔法でヒュドラになってな。ソイツは俺が塵にしたが、一応胴体部分は持ってきた」
ドスンッとヒュドラの死骸を出した。
「……以上だ。報酬を貰おうか?」
俺は作業を終えると、ロイドの方を向く。もう、ここに用はない。ホリーを連れて、マシロに帰ってやる。
早いところ、報酬を渡して欲しい。それともギルドで貰えるのかと尋ねると、ロイドは、目を白黒させながら、にじり寄ってきた。
「なッ、これをオマエひとりでやったのか!?」
「ああ、だから報酬だ。銀貨2500枚だったな?」
「ふざけるな! 依頼は五体だったはずだ!」
「あ゛? 他にも出てきたんだからしょうがないだろ。やらなきゃこっちが殺られてた」
「なんだと!? ならば、今回は依頼を全うしなかったとして、報酬は出さん!」
ロイドは俺にそう吐き捨てた。俺はそうかと、頷き、手を引っ込める。
「分かった。なら、それでいい。俺は依頼不達成とその概要を全てギルドに報告するだけだ」
俺は淡々と続ける。
「ワイバーンは把握してたみたいだが、ワイアームの大群まではギルドも把握してなかったからな。
……まあ、当然だ。この数ならオオイナゴの大群、いや、それ以上の被害がここら一帯を襲っただろうな。仮にこの中の何体かがワイバーンに成長していたら、それこそ、災害級の被害が出てたかもな。俺はよくわからんがヒュドラも出た。これはきちっと報告させてもらう」
流石のロイドも、これには黙る。
ここまで来ると管理責任が問われる問題だからな。
「じゃあ、俺はマシロに帰るぜ……邪魔だ!」
俺はロイド達に背を向けた。そして、立ち尽くしている精霊人をどかして、ホリーを起こそうとしていると、背後から、殺気と恨みのこもった声が聞こえてくる。
「……待て。この私がこのまま、お前を黙って帰すと思うか?」
振り返ると、鬼の形相で、こちらを睨むロイド。鬼というか、盛った豚だな。
「ギルドに全て喋ってもらっては困る。更にワシの計画をぶち壊したお前をこのまま行かすわけにはいかん……やれ」
ロイドは、門番の男にそう言った。
門番は何やらにやつきながら、剣を抜き、俺に振りかざさす。
「ロイド様に楯突いた報いだ。大体、俺はお前のことを元から気に入らなかった。
お前のことは、ワイアームにやられたとでも言っておく。だから……死ね!」
男は俺に剣を振ってきた。
俺はその剣を無間で叩き斬った。カランカランと音を立てて、落ちる奴の剣先。
「なっ!?」
あ然とする男。段々状況が理解出来てきたのか、プルプルと顔を真っ赤にしながら、がなり立てる。
「魔鉱石で出来た私の剣を!? 貴様ああああ!!!」
懐から小刀を取り出し、尚も俺に向かってくる。さっきの剣よりは弱そうだ。
俺は再度、無間を振るった。
ガンッ!と男の腹の辺りを打つ。
「ガハッ!」
男は腹を押さえてうずくまる。
「峰打ちだ……そこでおとなしくしてろ……」
俺はそのまま、ロイドに歩み寄る。
―死神の鬼迫―
「ひ、ひぃ! く、来るな!ワシを誰だと思ってる!? ワシに手を出してみろ。お前を即刻牢に入れそのまま、首をはねるぞ!」
と、脅してきた。
だが、俺は歩みを止めない
―ひとごろし発動―
「くっ、貴様ら!何をしてる!?この者を殺せ!誰が貴様らを守ってやってると思うのだ!ワシからの恩をわすれたのか!?」
ロイドは精霊人達にそう叫ぶ。
だが、彼らは動かない。
「潮時だ……テメエは……
お前の犯した失敗は、私腹を肥やすため、精霊人を滅ぼそうとしたこと……それに怒った俺に、更に手を出してきたこと……
俺を消すってんなら、テメエも覚悟を決めてるってことで、良いんだよな……
誰にも、文句は言わせねえよ」
俺は怯えるロイドに、そう告げて、無間を振りかぶった。ロイドは、その場で腰を抜かし、失禁する。地面を濡らしながら、最後に俺に助命の懇願をしようと近づこうとして来た。
「た、助け――」
汚ねえ奴が触んじゃねえと、ロイドの首を刎ねた。
その後、ドチャッとロイドの首が地面に落ちる。
少しして、グラリとロイドの胴体は倒れる。
無駄に豪華な服がどんどん血に染まっていく
「キャアアアアアッッッ!」
少しして、侍女が声を上げる。
精霊人の中にも、口に手を当てる者や目を背ける者、呆気にとられている者などが見える。
門番はまだ、腹を押さえながら這いつくばっている。
俺は振り返り、ホリーの元へと行く。俺が通ると精霊人達は避けていった。
ホリーはどうやら気絶しているようだ。
体のあちこちから血が流れている。
怪我の状態はひどいが、ホリーには、先ほどの光景を見られなかったかと、少し安心した。
「……この中に治癒魔法使いはいるか?」
ひとまず、怪我を治そうと思い、群衆にそう問いかけると何人かが前に出てきた。
「……治せ」
俺はそいつらにそう言ったが、誰も動こうとはしない。
「し、しかし……」
何やら周りを見ながら、治すことを躊躇している。この状況で、これか。仕方ねえ奴らだ。
俺はそいつらに、無間を向けた。
「治せ」
「は、はい!」
そいつらはあたふたとホリーに近付き、ウィズがやっていたように、手をかざした。余計なことをすれば、斬ると脅し、俺はその様子を眺めていた。
「私も治します!」
「俺もだ!行くぞ!」
すると、そばの建物からも何人か出てきた。妙に子供っぽいな。
というか子供だな。子供たちは強いまなざしで俺を見ている。
そこらに居る馬鹿どもよりはマシみたいだ……。
「頼む」
「「「「はい!」」」」
子供達は頷き、ホリーの元へ行く。そして、大人の精霊人たちと共に、ホリーの治療にとりかかる。子供だが、魔法も使える辺りは、流石精霊人だと思った。
そして、大人たちよりは、良い奴らのようで、この先のこの森に何となく安心した。
だからこそ、気になる奴らが居る。俺は群衆を睨み、何もしてこないように、
「……文句があるならかかってこい」
と告げた。
しかし、前に出る者はいない。これだけ、脅しておけば大丈夫かと思い、ホリーの様子を眺めていた。
その時、息を吹き返した門番が何かを打ち上げた。その光は鳥の形となって何処かへと飛んでいく。
そして、男はその場で高笑いを上げた。
「ハ、ハハハハハハ、これでオマエは終わりだ。いま、打ち上げたのは伝令魔法だ。レインに飛び、お前の凶行を伝える」
へえ……そんなものあるのか……だから何だってんだ?
「……ほう、それで、どうする?」
「は!どうするか?だと?もうすぐここにレインからギルドや騎士団の精鋭達が来る。ククク、精霊人を反乱分子として皆殺しだ!」
男の言葉に精霊人達はどよめく。ああ、そう言うことか。主人も失った腹いせに、俺含めて、精霊人を処断するということか。なるほど……
「既に、パティもレインへと逃げ帰っているところだ。お前は、オマエ達は終わりだ!」
パティ……さっきの侍女頭か。確かに姿が見えないな。また、魔法か何かで、一瞬で遠くの地に行ける術でも使ったのだろうか……。
厄介だが、俺のやることは一つだな。
「……いや、俺たちのことはどうでもいい。お前はどうする?」
「な、なに?」
「そこまでしたんなら、俺がお前を無事にするわけないのは分かるな?」
俺がそう言うと、サッと男は表情を青くする。先ほどの、俺に対する、コイツ等と同じってことだ。
「更に言えば、お前は目的を遂げたんだ。なら……ここに……もう未練はないな?」
男はブルブルと震えだした。そして、慌てた様子で、口を開く。
「ま、ま、ま、待ってくれ! 俺を殺してもなにもないぞ! 更に罪が重くなるだけだ!」
俺は無視し、無間を掲げる。……だろうな。こんな奴の命に、価値なんて無えだろうな。あの侍女頭も、コイツを置いて逃げたあたり、見限ったと思った方が良いだろう。なんと、哀れな男か……。
俺は、無間を振り上げ、死神の鬼迫をぶつける。男は更に慌てて、今まで見たことが無いような面で、俺に助命してきた。
「待ってくれ! 頼む! そ、そうだ金をやろう! いくら欲しい!? 言うだけの額をやろう!」
と、男は金貨三枚を懐から出す。救いようがねえな……。
「……お前も武人のはしくれなら、さっさと主人の水先案内人やってろ!」
「た、助けてくれええええ!」
俺はそのまま、門番を斬った。
ドサッと仰向けに倒れる男。
俺はそこから金貨をとり、
「……この金は俺がてめえに渡したんだ……これで、チャラだ。クソが……」
俺が渡した金貨で、俺に助命か。つくづく馬鹿だったな、コイツ……。
「ム、ムソウさん……」
ふと、俺を呼ぶ声が聞こえる。声がした方を向くと、ホリーが目を覚ましていたようだった。
俺は無間を背負って、ゆっくり近づいた。
「大丈夫か?」
「は、はい。なんと……か。」
ホリーは途切れ途切れそう言う。
「……無理して喋るな」
「いえ、精……霊人の、魔法は……すごいんですから」
ニコッと笑うホリー。
俺はホリーの頭を撫でた。
「ムソウさん……ロイドも……?」
門番の男を斬ったところは見ていたらしい。ここで、嘘をついて誤魔化すのも変だと思い、俺はホリーに頷いた。
「……ああ」
「そう……ですか……これでやっと……あ……でも私は……もう……ここ……には居られ……ないです……ね」
「なら、マシロに来いよ。ロウガンに掛け合ってギルドで働けばいい」
そうなったら、マリー達と暮らせる。ここに居るよりは、いくらかマシだと思っていた。すると、ホリーの傷を治してくれた、子供たちから声が上がる。
「バカ言わないで! ホリーはこれからもここで住むの!」
子供の声に、俺が驚き、声の主を見て、ホリーはクスっと笑った。
「あ、フィニアちゃん、居たんだ」
先ほどよりも元気が出てきた様子のホリー。軽く冗談のようなことを言っている。
「知り合いか?」
「はい。フィニアちゃんは……よく、昔から私の家に来て……私たちとよく遊んでいました」
「そうよ! また私と遊ぶの! 平和になったんだから! また森で探検とかするの!」
フィニアの言葉に、そばにいた他の子供達もうなずく。昔から遊んでいた、か……。仲良しのようだ。そして、恐らくだが、フィニアたちが、丁度、俺と同い年くらいなのではないかと、その場で感じていると、子供たちの様子に、更に、ホリーは笑った。
「ふふ。嬉しいな~」
そう言って、ホリーは俺を見た。
「ムソウさん。マシロに行けなくなりました」
結局、この村に残る決断をした、ホリー。これは無理やり連れて行くというのも、悪い気がするな。
しかし、ホリーの顔は、むしろそれを望んでいるようだ。俺はやれやれと頷き、
「気にするな」
と、言った。すると、ホリーは子供達に笑顔を見せる。しかし、心配事もある。この村の他の奴らのことだ。俺はちらっと、周りに視線を向けた。
「だが、あいつらが何て言うか……」
先ほどまで、ホリーに石を投げていた群衆を見ながら、どうしようかと考えていると、その中から、一人の男が出てきた。昨日の酒場の主人と、俺に皿を投げたやつだな。
「あ、あのムソウ……さん?」
「……あ?」
俺はその二人の前に立つ。
「あの……昨日は……その……本当に……」
「何だ? 言いたいことあるならはっきり言え!」
悪さして親に怒られるガキか! 俺が声を荒げて、怒鳴ると、男はビシッと姿勢を正す。
「はいぃ!昨晩は大変失礼なことを……」
「あ~、それなら良いや。ホリーから事情は聞いた。それなら、気にするな」
とは、言いつつ、割と怒ってはいる。だが、こうやって、ホリーも目を覚ましたし、コイツ等にも事情はあったのだし、何より、ロイドと、門番を斬って、若干、さっきまでよりも、すがすがしい気分となっていて、今更、コイツ等を怒る気になれなかった。
「し、しかし!」
だが、コイツ等は、納得しないようだ。どうしても、俺に謝りたいらしい。これはこれで、面倒だなと頭を抱える。
「はあ~……ならホリーに謝れ」
「え?」
「俺はホリーから昨日の話を聞かなかったら、ここまでやってないからな。それに、精霊人のために涙を流すホリーをみて、俺はあいつらを斬ったんだ。それなのにお前らは……。ホリーにやったことを謝罪するなら俺へのことは不問だ」
俺がそう言うと、男二人と群衆はホリーの元へと行き、頭を下げた。
ホリーはフフっと笑い、フィニア達に
「これで、また遊べるよ」
と、優しく告げた。フィニア達は、強く頷き、大人たちが見ている前で、ホリーに優しく抱き着いた。
はあ……これで、一件落着と見ても良いのだろうな。ひとまず、この村の中でのことは……
しかし、今日は予想以上に疲れたな。あの様子だと酒も呑めそうだ、と思いながら俺は精霊人達を見つめる。




