第9話―精霊人の集落に到着する―
女たちと別れてしばらく進むと巨大な木が群生している場所に着いた。
「すげえ……」
その場に生えている木々は、見たことも無いくらい大きく、樹齢など計り知れない。こういう光景を見ると、改めて、違う世界に来たんだなと、感じた。
そして、よく見ると木の洞に窓や、扉がついているのが見える。どうやら、中は空洞になっていて、そこに住むことが出来るようだ。
どうやら、精霊人の集落に到着したみたいだ。
何人かの精霊人と出会ったが俺を見る目がなんだかよそよそしい。旅人とかあんまり来そうにないから珍しいのかも知れないな。
しばらく歩きながら精霊人を観察してみた。
マリーたちと同じように、種族は違えど、ほとんど、普通の人と変わりはないようだ。目の色は……緑だな。
そんなことを思いながら、街を歩いていると、やけに豪華な装飾が施された、土やレンガで出来た豪邸が現れる。今まで、木で出来た家を見て、何だか、年甲斐も無く、ワクワクしていたが、森の中でこれは……似合わねえな。
まさか……。
「なあ、アンタ……この屋敷って……」
俺は屋敷の門の前にいた、しかめっ面の、これまた豪華そうな鎧を着た男に声をかける。
「ん? なんだ貴様。ここはこの地の管理を任されたロイド卿の自宅である!」
おお……やはりか。目立つからすぐわかるってさっきの女も言っていたが……これはひどい。
あと、こいつの喋り方腹立つ。
しかし、なるべくことを荒立てたくないので、苛つく気持ちを抑えていると、男はチラチラと俺の姿を見て、最後に、俺の腕を見て、口を開いた。
「なんだ、お前。冒険者か?ひょっとして依頼の件でここに来たのか?」
「あ?……ああ」
「先に言わんか!では、門を開けよう……邪魔だ!」
そう言って俺を突き飛ばすと、男は門を開けた。チッ……いちいち癇に障る奴だな……。
「中に入って正面の部屋へ行け。そこに女が居るからそいつの指示に従え」
「ああ、分かった。ありがとう」
このままここに居ても、時間の無駄だだし、何より俺の気がもたない気がする。さっさと挨拶を済ませようと思い、庭に足を進めた。
「おい待て」
しかし、再び、男に呼び止められ、俺は立ち止まる。
「……なんだ?」
「何って入場料を払わんか」
あ? ……入場料なんてあるのか? 俺は男を凝視する。
「何を呆けておる。ロイド卿の貴重な時間を割くのだ当然であろう、さっさと出さんか!」
面倒だな……呼んだのはその、ロイドって貴族だろうが……。ここで、コイツをぶっ飛ばすことなど、わけないが、ロウガンと約束したように、問題事は起こしたくない。
渋々、俺は金を払うことにした。
「……いくらだ?」
「銀貨1枚だ」
はあ、とため息をつき、俺は男に銀貨を渡した。
「それから、お前の態度が気に入らない。もう一枚出せ。」
……
ーひとごろし……ー
おっと……思わず殺意が芽生えてしまったな。落ち着け、俺。ゆっくりと深呼吸して、気を落ち着かせる。
「……それはすまなかったな」
俺は、頭を下げながら、男に金貨1枚を渡した。銀貨じゃない。少しもったいないが、こっちの方が面倒が起きないと思っている。
男は手の上の金貨をしばらく見つめて……
「ふんッ、分かっているではないか……」
俺の読み通り、明らかに顔を緩めながら、男は満足げに頷き、俺を屋敷の中へと入れた。
……もう俺も言葉が出ねえ。
さっきまでの、この森を見て、浮ついた俺の気持ちを返してくれ……。
さて、屋敷に入り、すぐ正面の部屋に入ると門番が言っていたように女が立っていた。侍女か? にしてはこれまたきらびやかな服だこと。照明の明かりが反射して眩しいな。
「ようこそ、お越しくださいました。冒険者の方ですね? ロイド様がお待ちです。奥へとお進みください。……っとその前にこちらの布で履物の汚れを落とし下さい」
顔を顰めながら、布を渡してくる女。チッ……ここでもか……っといけねえ。平常心だ……。
俺は渡された布で履物を磨く。ただ、草履だからな。磨くも何も無いが……。ただ、何もしないと何か言われそうなので、俺はそのまま、着物と体を拭いていった。
しかし、背中には手が届かず、どうしようかと思っていると、女は、ふう、とため息を吐く。
「そのままでは磨きづらいでしょう」
そう言って、女は腰に下げていた鈴を鳴らす。
「ホリー、来なさい」
女がそう言うと、左側の部屋から、もう一人侍女のような女が現れた。……この女の服装は、なんていうか地味だな。地味というより、安っぽいというか、普通というか……。
こいつの格好が派手なんだよな、と鈴を鳴らした女を眺める。
「ホリー、この者の汚れを落として差し上げなさい」
「は、はい!」
女はひどくおどおどしている。
「いや、自分で出来るよ」
「いいえ、自分ではやりづらいところもあるでしょう? 遠慮なさらずに」
侍女頭のような女が言うなら、まあ良いかと思っていると、背中の部分だけでなく、呼ばれた女は俺の足首や手、顔の汚れも落としていく。
ここまでしなくてもなあ……って、ん? よく見たらこいつ、精霊人か? 目が緑色だ。奉公にでも来てんのか?
そんなことを思っていると、
「……ありがとうございます」
と、小声で言った。
何のことだ? 俺がそう思っていると、女はササっと下がっていき、俺たちに一礼して、部屋を出ていった。
「さあ、きれいになりましたね。ではロイド様の元へとご案内します」
女がそう言い、俺は後についていく。
そして、大きな扉の前にたどり着き、戸を叩く。
「失礼いたします。ギルドからいらっしゃった、冒険者様をお連れしました」
「入れ」
部屋の中から声が聞こえる。
中に入ると、そこには大柄な男が椅子にふんぞり返って座っていた。ひときわ目を引くのが腹だ。何をどう食ったら、ああなるんだというくらいデカい。食ったら寝る、という生活でもしているのだろうな。
そして、両手の指には高価そうな宝石のついた指輪をはめ、首からはごつい純金の首飾りをつけている。重そうだな。肩が凝りそうだ。
どうやら、コイツが、依頼主のロイド卿らしい。なるほど、嫌な貴族という噂通りの見た目だな。あの指輪をはめた拳で殴られたら痛そうだな、などと思っていると、男は何も無い所を指して、気分の悪そうに、口を開く。
「座れ」
……あ、そう言うことか、と納得し、その場に跪いた。さっさと終わらせよう。
「遅かったではないか」
「申し訳な……申し訳ありません。」
俺は一応言葉遣いを直した。
「まあ、いい。今回の依頼はギルドへ送った書類通り、ここいらで確認されたワイアーム5体の討伐完遂だ」
「はい」
「奴らの場所についてだが、奴らは集落より北の森の奥の方にいるみたいだ。そこを中心に集落の家畜や森の資源などが被害に遭っている。くそ!忌々しい。それを食い止めてくれ」
「わかりました」
「で、報酬だが、銀貨2500枚、これ以上は渡せん!
そして、この土地にいるものだから当然その魔物の素材もこの土地のもの、なので素材売却の金はわしがいただく。良いな?」
「はい」
「では、もう行け……と言っても今日はもう遅い。明日あたりに討伐へ迎え」
「かしこまりました」
あっさりと、俺たちのやり取りは終わった。ほとんど、知ってる内容だったので、ここに来る意味は無かったなあとため息をつく。
予想はしていたが、ここまで予想通りだと、本当にワイアームをそのまま5匹連れてきた方が良いな。
まあ、その辺りはまた、後で考えよう。
しかし、確かに今日は遅いなあ。宿はあるかな、なんて考えていると
「……ん? もう話は終わっただろう。さっさと行くがよい」
と、ロイド卿が言ってきた。俺みたいに、見た目が汚れている奴は、一刻も早く、屋敷から追い出したいらしい。
一応、無駄だと思うが、聞いてみるか。
「あの、私の宿は?」
「そんなの知るか。そこらで探せ。言っとくが我が家には泊めんぞ。見るからに汚いお前を泊めることなどするものか」
分かってた……分かってたけど……腹立つなあ。
……なるほど、ロウガン達が言っていた意味が分かった。何も知らなかったら、この場で斬っていたな。
まあ、コイツとも、ワイアームを倒したら、はい、おしまいという関係だ。わざわざ俺が、コイツを斬る必要もないし、斬ったら斬ったで面倒そうだ。我慢して、頷いておこう。
「……わかりました。では失礼します」
俺はそのまま家を出た。
家を出るとき退場料と磨いてもらった料金と称し銀貨3枚を門番にとられた。
……これ、依頼達成の時もこうなるんだよな。そう思いながら、帰り際に、分からないように、門番の男に、死神の鬼迫をぶつける。何かに怯えるように辺りをキョロキョロと見回す男を見て、何となくすっきりした俺は、精霊人の集落を目指して歩いていった。辺りは既に薄暗くなりつつある。宿でも、あれば良いがな……。
◇◇◇
ロイド卿の家を出て宿屋を探す。
しかし、どの家も同じに見えるので見た目ではわからない。とりあえず歩いていると酒場があったので入ってみた。
俺が入ると、じろじろとこちらを見る者がいる。
気にせず、酒場の店主に
「ここらに宿はないか?」
と、尋ねる。
しかし、何も答えない。こちらを見ながらひそひそと話す声が聞こえるが、聞こえない
構わず、
「おいあんた――」
再度、声をかけようとすると、店主がいきなり、俺に向けて水をかけてきた。
「うるせえ! 人間が俺に話しかけんじゃねえ!」
ずぶ濡れの俺に、店主はすさまじい剣幕で、怒鳴ってくる。訳が分からず、その場に立ち尽くしていると、周囲に居た者達も、声を荒げてきた。
「そうだ!とっとと出てけ!」
「この街にはあんたみたいなやつを泊める奴はいねえよ!」
「そこらで野宿でもしてろ!」
などと、店中から怒号が聞こえる。
ここまで来ると、俺も苛つき、無間に手をかけた。
「はっ、やれるもんならやれよ。その瞬間ここいらの精霊人総出でてめえをぶっ殺してやる!」
だが、逆効果だったようで、精霊人は更に激高し、店中から今度は皿やら酒やら投げられる。
カンッカンッとそれらが俺に当たるが痛みはない。
何なんだ一体……ただ、ここで争っても仕方がないと思い、俺は手を引っ込め、そのまま酒場を出た。
俺の背中にはなおも怒号と奴らが投げたものがぶつけられる。
◇◇◇
その後、集落の家々を回ったが俺の顔を見るや、すぐに戸を閉めるもの、怒号を浴びせるもの、水をかけるものと、まったく話も聞いてくれない。
中には、魔法を撃ってくるものまで居た。少し衝撃が伝わる程度で、何ともなかったが、俺が自分の体に驚いている間に、戸を閉められ、中から鍵をかけられた。
酒場での出来事といい、どうやら、ここいらの精霊人は人間を嫌っているようだ。
……まあ、街を管理するロイド卿が、あれだからな、と思わず、納得してしまった。
仕方ない。野宿でもするか……と集落の出口に向かって歩いていく。そこらの木の根元にでも、天幕を張って、夜を過ごすとしよう。
……正直、俺もイラついていた。ロイド卿のところでもあんな感じで、集落の中でも何故か無性に嫌われていて……。
マリーたちのことが無かったら、あのバカ目立つ屋敷に斬波でも撃ってしまいたくなっているほどだ……
「あのッ!」
そんなことを考えていると、俺を呼びかける声が聞こえた。
振り返るとそこには屋敷で俺に体を拭いてくれた女が立っている。
「私の家でよければ、泊まっていってください。」
女はそう言ってきた。
……また例のやつか? 俺は無間に手をかけ、
「……何が狙いだ?」
と、尋ねた。女使って、俺を殺そうとするなんざ、この集落の奴らも、人間捨ててんだなと、ある意味感心していると、目の前の女は慌てて首を横に振った。
「ち、違います。冒険者さんと聞いて、姉さんたちの頼みでいらっしゃったのかと……」
……ん? お姉ちゃん? 何のことだと、思っていると、女は自分を指しながら、口を開く。
「私はホリーといいます。マシロのギルドで働いているマリーとリリーは私の姉でエリーたんは私の妹です!」
そう言って、頭を下げる、女。
あ、そうだ。マリーも4姉妹いるって言ってたな。コイツが、もう一人の姉妹ってことか……ん? エリー「たん」?まあいい。
「……そうだったか。変な疑いして済まなかった」
「いえ、ではどうぞこちらに」
ホリーは俺を村はずれにある自宅まで案内した。なんでこんなところに住んでんだ? と聞くと、ホリーは色々ありまして……と答える。
気になるが、今は置いておこうか。
「さあ、どうぞ。入ってゆっくりしててください。私は食事の準備をしますので」
そう言って、ホリーは俺を椅子に座らせ、奥へと入っていった。
助かった……。飯も食わせてもらえるのか。それに、布団でゆっくりと寝ることも出来るし、明日の依頼への準備は完璧だな。ホリーに感謝だ。
ホリーもあの姉妹と同じでいい子そうだな。……まあ、俺よりは確実に年上なんだろうけど……。
その後、身体を拭いたり、無間の手入れをしていると、ホリーが奥から戻ってきた。
「はい、どうぞ。お口に合うのかわかりませんが」
俺は出された料理を口に運ぶ。野菜を炒めた簡単な料理だったが、口に入れる度に、一日の疲れが取れていく感覚がしてくる。また、先ほどまで感じていた苛つきも収まるような……。人間、空腹時には、苛つきやすくなるというのは、どうやら本当らしいな。
「うん。うまい!」
「ほんとですか!? 良かったです。これ実はエリーたんが教えてくれたんですよ!」
また「たん」って言った……。何なんだろう。この世界の、妹への愛称か何かかな……。
さて、俺は料理を食べながら、ホリーにギルドでのみんなのことを話して聞かせた。その度にホリーは、流石姉さん、とか、すごいなあ、エリーたんはとか言っている。
「それで、ムソウさんは、明日、ワイアームを狩ってくださるんですよね。これで、またしばらくは安心して過ごせそうです」
「それは良いことだが……。ここの奴らはなんなんだ?」
俺は先ほどまでの精霊人達の態度について、ホリーに聞いた。
「全てはロイド卿のせいなんです」
ホリーによれば、前のここを管理する者が病死したとき、次にここに赴任されたのが、ロイドだったという。ロイドは俺にもそうだったように金に汚かったが、特に酷かったのは、「絶対人間主義者」という考えを持っていた。
それは、100年戦争に勝利した人族こそ、最高の種族であり、それ以外の種族は一切価値のないものという考えである。
ロイドは、精霊人を毛嫌いし、多額の税を徴収し、自らに異を唱える者には重い罰を科したという。
さらに酷かったのは、ロイドの屋敷にいる人間全てが同じような考えの持ち主で、門番は今日俺にやったように、集落の人々にも何かにつけて賄賂を巻き上げたり、気に入らないことや、酔ったりすると、精霊人の、特に女に暴行をするようになった。
ホリーの上司であるあの侍女長は、ロイド卿に気に入られたく、森の木を伐採し、豪華な屋敷を建てさせたりし、ロイドの腹を肥やすためならなんでもやっているという。
「……その中で最も酷いのがワイバーンです」
「ん? どう言うことだ?」
「少し前までこの地には超級の魔龍であるワイバーンがいました」
俺が倒したやつか? まあそれは置いておこう。
「そのワイバーンというのはもともと、彼らが持ち込んだものなのです。」
「……は?」
訳のわからないことを言い出すホリーに俺は食事を止めて、目を見開く。
アイツなのかどうかは分からないが、あのワイバーンを持ち込んだのが、ロイド卿? しかし、その所為で、ワイアームが生まれ、このあたりの被害も大きくなっている。百歩譲って、ロイド卿がワイバーンを持ち込んだとしても、目的が分からないな。
「ワイバーンを持ち込んだのがあいつらだとして、あいつらに何の得がある」
そう聞くと、ホリーは
「ワイアームはワイバーンの幼生、つまり成長前というのはご存知ですね?」
「それは、知っている」
「ということは、ワイアームはどうやって生まれますか?」
「そりゃ、ワイバーンが生むんだろ?」
「その通りです。それが狙いです」
何が狙いだと、首を傾げると、ホリーは説明してくれた。
そもそも、この地にいた、ワイバーンは研究のため王都に居たものであるが、それをロイド卿が、持ち出し、自らの私兵としようとした。
しかし、失敗。ワイバーンは野生化し、ここらを縄張りとして棲み着き始めた。
まあ、そうなるだろうな。冒険者数人が相手して、ようやく討伐出来る魔物だ。ロイド卿一人と、あの男だけではどうしようもないだろう。
その後、ワイバーンはワイアームを生み出し、森の各地、特に精霊人の集落は大きな打撃を受けた。強い魔力を持つ精霊人を餌とすれば必然的に自身も強くなると思ったらしい。
これにはようやく、流石のロイド卿も困ったみたいだ。
何せ、精霊人が減ればそれだけ、税収も落ちるからな。
それに、管理者としての責任問題にも問われかねない。
そこでロイド卿の知恵袋である、あの侍女の女が行ったのは冒険者ギルドへの討伐依頼である。
最低限の報酬を出すことにはなるが、ワイバーン相手だと、失敗することも多く、返金、並びに違約金を手にすることが出来るからだ。
万が一倒されたとしても、素材を手にすることで報酬として払った金以上の額が奴のもとにいく、という仕組みだ。
さらに一応、ギルドに要望してるという建前で、管理責任を問われることはない。
……なるほど、ズル賢い方法だ
「しかし、それも数日前に突如ワイバーンが姿を消したことで、その一件は終結したのですが」
ああ、やっぱり俺が倒したワイバーンがそれだったのか。
それならその問題はもう解決だな。
だが……
「……残ったのは大量のワイアーム達です」
……だよなあ。今度はそのワイアーム達が精霊人に被害を及ぼすようになったわけだ。
ん? 待て……大量……?
「ちょっと待て……ワイアームは五体だけじゃないのか?」
ホリーに尋ねると、静かに首を横に振った。
「……五体どころではありません。今や百を越えるワイアームがこの森には生息しています」
ホリーから出てきた、具体的な数字に言葉を失う。なんてこった……それじゃあ……
「五体というのは、ロイドのでっち上げで、少しずつ狩らせた上でその素材の売却金を手に入れ続けるように仕組んでるってことか?」
ホリーは俺の問いに頷いた。
最悪だ……とても、人の上に立つ人間のすることじゃない……。
「……王都が把握しているよりも事態は深刻です。今日にでも精霊人は絶滅するかもしれません」
ホリーの言葉に、俺は黙って下を向く。
まさか、たった一人の男の為に、一つの種族が絶滅しそうになっているとは。
「精霊人達はこの地にワイバーンを持ち込んだロイドという「人間」と、このような事態になるまでほとんど何もしなかった「冒険者」を恨んでいます」
ホリーは悲しそうに俺に言った。
……なるほどな。先ほどの態度は、やり場のない怒りを人間の冒険者である俺にぶつけていたのか。
ハハ……まあそうだよな……そうなるのが摂理だ。
「……なあ、ホリー。何故、お前は、マシロに行かなかったんだ? ここに居ても良いことは無さそうに見えるが……」
今までの話を聞いて、ホリーがこの集落にいる理由がわからない。ロイドの家で働いている時点で彼女は精霊人達から疎まれているのではないか?
更に他の姉妹はギルドで働いている。そんな状況で、ワイアームに追われる生活をする理由がわからない。
ひょっとして、ホリーが村から外れたここに住んでいる理由って……。だとしたら益々、こいつの考えが分からないな。
すると、ホリーはフッと笑って口を開いた。
「私がここを離れたら、誰が姉さん達にお帰りっていうんですか?それに、私だけでも、最後まで人間を信じたいんです。だって、そうしていたから、ムソウさんが来たんですから……」
ああ、さすが、あの姉と妹をもつことはあるな。この子は、ホントにいい子だ。
手紙にも信じるって書いてあったしな。この子はたぶん色んなことに今まで耐え続けてきたんだろう。家族の戻るこの家を護るために。
……そんな、ホリーのために俺にできることは……
「……なら、どうあっても、俺はこの集落を護らねえとな」
「ムソウさん……ありがとうございます……どうか、この村を……」
ホリーは目に涙を浮かべ俺に頼んできた。
俺はホリーの頭に手を置き、任せとけ!と笑って見せた。
俺にできることなんて、ワイアームを斬ることだけだからな……。その力でこいつら姉妹の帰る場所ってのを必ず救ってやると、誓った。