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第1話「先の先を読むなんて諦めろ」

帝国工廠局航宙商品部門、だったものの経営陣は頭を悩ませていた。六六号工廠を受け持つ、CEO66の私だって例外ではない。民営化による帝国財務のスリム化だのなんだの言われ、五号工廠以上の番号は全て民間企業として帝国から切り捨てられたのだ。それだけであれば、問題はない。今までの実績や伝手で、業務を横に移して、頭の上にいるのが帝国の役人ではなくなっただけにも思える。末端はそう考えている。


大間違いなのだ。


六六号工廠は、帝国の予算で航宙商品を建造してきたが、これからは銀行から借りなければいけない。個人とはわけが違う。六六号工廠としての貯金などない。決められた予算の中で、決められた範囲でしか財務を任せてもらえないからだ。


おわかりだろうか?


つまり私たちは、一切の資金もなく、受注残もなく、資材と機材そのままに帝国という根幹の資金源から捨てられているのだ。キャッシュが、キャッシュがいる。ただし新規の設計に金を回す余裕がない。銀行からキャッシュを借りようにも、帝国としては貸してくれるだろうが、六六号工廠“個人”に大資金は不可能だろう。


「幸い、スタンダードテンプレートの利用は許可されている。私達の六六号工廠にも入っているものがだ。当面はこれでノリ口をしのぐ」


私は固く言いきった。


スタンダードテンプレートとは、どの工廠のコンピュータにもデータとして存在する完全な設計図面だ。その商品を構成するあらゆる設計図が、帝国技術標準として入力されている。つまり、このスタンダードテンプレートさえあれば、工廠はこのデータにある限りは幾らでも生産は自動でおこなえるのだ。そう、『どの工廠でも』だが。新しいスタンダードテンプレートの更新はない。


「問題はーー」


私は意見がまったくでない、今日からは経営陣になった、なってしまった連中に強い言葉を使う。誰かが立たないと、本当に路頭に迷ってしまう。私たちがではない。宇宙のあちこちにいる、六六号工廠の全従業員がだ。


「ーーこのスタンダードテンプレートは、銀河間大戦時代の古いものだということだ。財政出動を渋る、銀行、そして帝国や帝国以外の国家にはあまりにも高価すぎる。より安く、より頑丈で、より幅広く使える平時向け設計のほうが売れる。必ず売れる」


必ず、を繰り返す。


「小型艦、低コスト航宙商品を六六号工廠の推しにする。聞いたか?安くて使いやすいだ。この会議では、今の宇宙の状況と、それに見合った航宙商品を考えるうえでの意見を集める。いいか、安くて使いやすいだ。植民星の反乱に、テラ級戦艦を星系内に入れさせることはできないとよく考えて発言してくれ。繰り返すぞ、安くて、使いやすい、だ」


声はあがらなかった。誰も知らないのだ。無理もない。今までは帝国工廠局が設計したスタンダードテンプレートを叩き台に、要請にあった航宙商品を開発してきたのだ。自分たちは、準備された、必要とされた航宙商品にアレンジを加えてきたが、それは自分たちで必要なものを考え抜いた結果とは違う。


「帝国工廠局の知人の話です。帝国宇宙艦隊は、巡察艦以下を全て廃艦にし、大型艦と新型機動兵器のドクトリンへの変換を強く研究しているとか」


発言したのは、支工廠責任者の一人であるシルバスタイン。


「大規模な軍縮にあって、中型以下の戦闘艦の整備を全て放棄するようですね。代わりに、新型機動兵器をとのことです」

「それが本当なら、大胆な変化だ」

「軍事費に大鉈を振るって、整備コストと運用状況に不釣り合いなものは採用しないでしょうね。艦種も大幅に減るでしょう。極端な話、数種類にまで減るかもしれません」

「道は二つだな」


大型艦か、機動兵器か。私はそのことを伝えた。極端なニ択だ。ただしこれは、帝国宇宙海軍への納入を前提にする方針ならばだ。他の工廠との競合になるのは必至だろう。壮絶な蠱毒に勝ち残ることを前提にできるほど、楽天家はないない筈だ。


「いや、三つめの道もあります」


エルドリッヒが話に加わった。小心者だが、それゆえに堅実性と正確性を求める男だ。そんな彼にとって、帝国宇宙海軍への納品を前提にした方針は納得ができないだろう。


「民間航宙商品の市場に手をだすのです。帝国宇宙海軍からの放出品で、一時的に誰もが大物を手にできる状態になります。それは航宙商品そのものの平均価格を引き下げるでしょう。ですが、所詮は中古の骨董品です。第一に、民間運用で設計されたものは一つとして存在しない。手厚い整備を前提に設計された航宙商品は、言葉は悪いですが極めて劣悪な運用と整備に晒され、すぐに耐用年数がやってくるでしょう。そして民間市場は新しい、そう、軍用としてしか使えなかった放出品よりも、勝手のよい航宙商品を求めるはずです。しかも、巨大な市場としてです」


エルドリッヒは、民間向けの航宙商品の道を掲示した。シルバスタインとはまた違う道だ。


「俺の考えは違います。宇宙の環境はこの数周期で激変しました。軍縮で退役させられた軍人たちは民間で吸収しきれるわけががありません」

「何が言いたいんですか、バルドさん」

「目に皺を寄せられるのは承知で言いますが、エルドリッヒさん。これからの宇宙は海賊が跋扈するんですよ。それも元帝国宇宙海軍の腕利きだ。最新鋭の装備に最精鋭の練度。民間に航宙商品を渡したところで、結果的には情勢の不安定化に繋がってしまうんです」

「豊富な民間航宙商品が、間接的に海賊の資金源になるということですか?」


そのとおりです、とバルドは頷く。


「民間市場には、宇宙海軍放出品以下の性能ではなく、より強力な戦力としての航宙商品を求めていくことになります。それは、軍人と民間人の扱うテクノロジーが平均化するということです。つまりは、民間市場だからといって、手堅い手抜きのローコスト設計ではすぐに陳腐化してしまう。ならば、帝国宇宙海軍、それに民間、この双方を視野に入れて設計の段階で統合してしまうというものが良いのではないでしょうか」


バルドの意見としては、低コスト軍用モデルであり、高コスト民間モデルの要求性能の接近を考慮して、その中間モデルを帝国宇宙海軍と民間市場の両方を視野に展開しよう、というものだ。


六六工廠にはいくつかの選択肢が用意されたことになる。六六工廠の未来を左右する選択だ。


シスバスタインの、帝国宇宙海軍新ドクトリンにそった新型を先行自主開発して競争に打ち勝つこと。当然、博打だ。見返りは莫大であろうが、六六工廠以外の工廠がいずれも競争に参加して激化するのは必至。共倒れか赤字生産となる可能性が高い。だが、万が一、そう、万が一、成功してしまえば、今後数百年間の運命を栄転させることだろう。このシスバスタイン案には更に、大型艦か機動兵器かのニ択へと分かれるが、ターゲットを帝国宇宙海軍に絞るのは同じだ。


エイドリッヒは、充実した民間市場へと打って出ることを提案している。超特型受注派見込めないが、それでも、民間市場というのは、帝国宇宙海軍を、引いては帝国そのものを支えている肥沃な環境だ。一つの設計が依頼者の要求に満たなくても、他のあてがいくらでもつけられる滑り止めの多さが、設計陣の自由さを勢いづけさせるだろう。逆を言えば、質実剛健でさえあればよかった従来に対して、今までにない個性を宣伝する必要がある。魅力があるが、今までたずさわってきたものとは違う要求にすぐに切り替えられるのかが不安だ。


バルドは、帝国宇宙海軍と民間市場の折半案だ。どちらもターゲットにする。正規軍同士の戦闘ではなく、対海賊戦となる小規模戦を重視した設計を売り込むものだ。こちらは、シリバスタインと同じく未来の宇宙を想定しているが、ドクトリンではなくより広い宇宙環境そのものを考えての設計になるだろう。荒れた宇宙で生き残れる、タフで頑丈な航宙商品だ。


大きくわけては、この三案に絞られる。


シルバスタイン案。

エイドリッヒ案。

バルド案。


私は余裕がないことを承知の上で、三つの支工廠へ設計図と仮想モデルによる実験データの提出を命じた。一刻を争うが、今の段階で断定するのは危険だと判断したからだ。スタンダードテンプレートを使っての航宙商品が宇宙に溢れるまでにも、僅かながら時間がある。その時間を使って、確認しておきたかった。


さぁ、忙しくなるぞ。


私はCEO66と刻印されたライブメタリカを抜き、支工廠責任者たちのホログラフを消した。

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