異星の友
24世紀、人類の居住区は宇宙へと移行した。
『コロニー』と呼ばれる、新たな大地への移民を開始したのだ。
既に環境悪化が深刻化していた地球は隔離地域とされ、立ち入りは原則禁止。
そして、コロニーに暮らし始めた人間達は『宇宙民』として、暮らしていた。
コロニーに人間が住む様になって100年目のある日。
突如『ラーグ帝国』と名乗る艦隊にコロニー『マークスリー』が襲撃される。
初めはテロリストの襲撃かと騒ぎ立てられたが・・・それは違った。
エイリアンの襲撃だと分かったのは、マークスリーへの救援のために送られた、
コロニー護衛艦隊『X-3』が彼らと交戦し、その姿を見たからだ。
人間に酷似しているが、比較的大柄でゴリラのような体型。
顔も、猿に近い。
X-3とラーグ帝国の戦いを皮切りに、人類の住まうコロニーは・・・。
30年以上に渡る、宇宙戦争へと巻き込まれることになった。
――――――――――――――――――――
開戦から数か月。
地球近傍宙域、通称『デブリの海』。
その宙域で、ラーグ帝国とコロニー護衛艦隊『フレミング』の艦隊戦が始まった。
ラーグ帝国の艦隊とフレミング艦隊が射撃戦を始める。
ビームや電磁砲、航宙ミサイルが飛び交う中。
・・・俺は、強襲揚宙艇『カサンドラ』に搭乗している。
目の前には、上官が注意事項を叫んでいる。
「いいか!我々は主力艦隊の砲撃が終了次第、敵陣への突撃を敢行する!
ラーグ帝国は我々の母なる故郷、地球を奪うために現れた蛮族!
我々は故郷を守る『義務』がある!」
そう言う、上官には青筋が立っていた。
今日も気合が入ってるな・・・そう、つくづく思う。
俺達『強襲部隊』は敵艦に揚宙艇で突撃。
内部に突入し、敵艦を無力化するのが目的だ。
無論、その作戦の性質上・・・致死率も高い。
俺も、昔は宇宙海賊として暴れていた。
そして捕まり、死罪を言い渡された。
しかし、政治的取引で俺は強襲部隊に強引に入れられたわけだ。
つまり、強襲部隊は囚人や犯罪者なんかが集まった、ならず者集団でもある。
「貴様らが死んでも、代わりはいくらでもいる!
せいぜい活躍し、自身の刑期を軽くするんだな」
上官殿の有難い演説が終わった。
次の瞬間には、赤いランプが点灯し、警報が鳴り響く。
それを聞いた俺達突撃部隊は、揚宙艇のカーゴに大量に並べられた、
小型のボートに飛び乗る。
「3・・・2・・・1・・・いけぇ!!」
揚宙艇のカーゴが切り離され、宇宙空間へ投げ出される俺達の乗るボート。
「相棒、頼むぜ」
「おう!任せとけ」
黒人のラックがそう答える。
ラックがボートのアクセルを踏むと、宇宙空間を前進し始める。
揚宙艇から突撃した小型ボートは30隻。
そのうち、目の前に迫る敵艦に接触できたのはわずか5隻。
俺達のボートは、護衛艦隊の電磁砲で大穴が開いた部分から、
敵艦内部へ侵入しようとした。
しかし、ボートに気づいた対空機銃からの銃撃を受けた。
そのうちの一発が、ラックの脳天を撃ち抜いた。
血に染まる、宇宙服とヘルメット。
「ラック!!畜生が!」
力なくボートから離れ落ちるラックの身体。
俺は横から、ボートの操作稈を握りボートを操作するが。
・・・既に時遅く、ボートは敵艦内で操作不能になり、
ボートは船底をこすりながら、敵艦の一室に不時着した。
――――――――――――――――――――
意識が一瞬、朦朧としたが。
頭を振り、気絶するのを防いだ。
こんな所で気絶したら、待っているのは死だ。
ボートに備え付けてあった小型レーザーガンを引っ張り出す。
同時に、ラックのドックタグをボートから取り出した。
予備のドックタグだ・・・こいつは、戻ったらラックの家族に渡さないと。
俺が不時着した一室は、どうやら、兵士の寝室のようだ。
穴が開いたせいで、周りにいた帝国の兵士も巻き添えになったようで。
彼らの死体も、その辺に浮いていた。
「こちら、強襲部隊のアラン。敵艦に上陸成功」
何度か無線に雑音が響く。
「あ・・・アラン、よか・・・った、繋がったのね?」
オペレーターが受け答えてくれた。
「上陸に成功した、主力艦隊の砲撃中止を!」
そう叫んだ瞬間、近くにレーザーが走る。
俺の目の前の通路を溶かしながら、レーザーは敵艦の艦橋を焼いた。
「まずい・・・!通信終了するぞ!」
「え?ちょっと!」
艦橋が大爆発を起こし、敵艦は誘爆を始めた。
それに巻き込まれた俺は・・・その衝撃で意識を失った。
――――――――――――――――――――
「ぐ・・・う・・・ぅ?」
意識が戻った時は、バラバラになった敵艦の中。
周辺には破壊された敵艦の残骸が浮いている。
「畜生が、味方ごと殺す気か」
悪態をつきながら、俺は周りを見渡した。
敵が残っている可能性もある。
そう思い、持っていたレーザーガンを構えて残骸と化した敵艦の探索を開始した。
味方が回収しに来るまで時間がある。
その時間に、敵に襲われることもある。
だから、こうやって探索するのだが。
「・・・全員、死んでるか」
フラッシュライトで、電源の切れた部屋を照らすが。
大柄のゴリラのような死体が、大量に浮いている。
先ほどの衝撃で、全員死亡したのだろう。
更に、その奥の部屋を調べる。
一室だけ、光が漏れていた。
慎重に、その扉を開けると・・・。
一発の弾丸が、俺の横を通り過ぎて行った。
目の前を見ると、震えながらこちらを見る帝国兵。
手にはハンドガン、俺を狙って撃ったようだ。
だが、その姿は・・・とても小さい。
年少兵だ。
背格好は俺と同じくらいだが、彼らをよく見ている俺には分かる。
こいつは、人間で言うところの中学生くらいの年齢だ。
再び、銃を構え俺を狙う帝国兵。
その手は震え、照準が定まっていない。
2発目は、明後日の方向に飛んでいった。
「止めろ」
そう言うが、ハンドガンを下ろさない少年兵。
ゆっくりと近づき、彼との距離を詰める。
3発目は、敵艦の床に命中した。
そして、目の前まで歩く。
少年兵は、何かを覚悟したように立ち上がると、俺に殴りかかった。
浅い・・・素人だ。
殴りかかってきた手をかわし、勢いのある身体を押してやる。
自分の勢いで、壁に激突する少年兵。
「!」
俺を見るその目は、恐怖で染まっていた。
「降伏すれば、命までは取らない」
そう言うが、彼は立ち上がるとまた拳を握った。
それが何度も続く。
呆れた俺は、彼の片腕を捻り上げると、床に拘束した。
「・・・こ、殺せ・・・」
「ようやく喋ったな・・・」
ヘルメットについていた翻訳機が動く音がする。
「殺せ!」
少年兵はそう叫ぶが。
俺は子供を殺す気は無い。
「降伏しろって言ってんだよ、戦時条約で捕虜は生命を保証されるんだ」
「お前たちは、あんなに綺麗な星を汚す害虫だ。
・・・それに、俺達を襲った奴らを信じられるわけがない!」
「は?」
侵略行為をしているのはこいつらだ。
襲った・・・のはお前らだろ。
「俺達は、緑の星を再生するために活動している!
それを邪魔し、襲ったのはお前達だ!」
・・・どういうことだ。
俺が手を放すと、少年兵は自らの手をさすり、無事かどうか確認していた。
「どういう事だよ、それは?」
「俺達は地球再生のために、お前らの政府と取引したんだ。
これを見てみろ、お前達の所業が分かるぞ」
そういうと、何かのパッドを取り出し、俺に見せてくる。
それは、ラーグ帝国と、暫定政府だったコロニー中央政府との条約の内容だ。
・・・どういうことだ。
ラーグ帝国がコロニーを襲撃したのがこの戦争の始まりじゃないのか?
彼に渡されたパッドをタッチする俺。
そこには、俺の聞いていた内容とは全く違うものが書かれていた。
コロニー『マークスリー』で起こった襲撃事件は、俺達が引き起こしたこと。
理由は、ラーグ帝国の惑星再生技術の強奪と彼らとの接触の隠蔽。
・・・なんてことだ、これが本当なら、悪者は俺等じゃないか。
コロニー中央政府に、きな臭さは感じていたが、まさか・・・こんなことを。
戦争を引き起こしたのは、我々という事になる。
なら、この戦争の意味は・・・?
俺のやっていた事は?
ラックの死んだ意味は何だ?
「くそ・・・!」
持っていたレーザーガンを床に叩きつけた。
無重力状態だったので、床に弾むと宇宙空間へとレーザーガンは飛んでいった。
その様子を、横から見ていた少年兵は、首を傾げて俺を見ていた。
「ここに書いてあるのは事実なんだな?」
「ああ」
少年兵はそう言い、頷いた。
俺は力が抜けた。
「そうか・・・」
「俺を、どうするんだ?」
捕虜にするのか、殺すのかという意味か。
「・・・お前は、どうしたい?」
そう言う俺を見ると、少年兵はその場に座り込んだ。
「俺は、生きたい。生きて、外交官になりたいんだ」
そう言う少年兵の隣に、俺は腰掛けた。
こうなったら、敵も味方も無い。
迎えが来るまで、俺はこいつと一緒にいよう。
少なくとも、捕虜にする気は失せてしまった。
「外交官か、大層な夢だな・・・」
「あんたは・・・戻ったらどうするんだ?」
「俺か?俺は・・・まだ刑期が残ってる身だ。戻っても、同じことを繰り返すさ」
「そうか、囚人兵なんだな、あんた」
少年兵はそう言うと、顔を俯かせた。
「母さん・・・俺、死にたくない」
・・・。
そう呟いた少年兵の顔には、涙が見えた。
そうか、こいつらも、俺等とあまり変わらなんだな。
「・・・そうだ」
俺達が乗ってきたボート。
アイツを修理できれば、こいつを返してやることが出来るかもしれない。
そう思い、立ち上がる。
辺りを見渡すと、宇宙空間に漂っているボートを見つけた。
漂うボートに近づき、エンジンがかかるか確認する。
良かった、異常はなさそうだ。
操作パネルも、正常に稼働する。
「おい、少年」
「?」
「送ってやるから、案内してくれ」
そういって、ボートのエンジンを掛けた。
「送るって・・・まさか、俺を捕虜にして、連れて行く気か?」
「子供を捕虜にはしない、俺を信じろ」
そういって、ボートの後ろに乗るように催促する。
「・・・信じていいのか?」
「死にたくないなら、従った方がいいぞ。
後で来る奴らが、お前をどうするか分からないからな」
そう言うと、渋々と少年兵は後ろに乗った。
ボートを前に出す。
徐々に速度が上がり、敵艦の残骸を後にした。
――――――――――――――――――――
少年兵が案内をするその場所には、暗礁宙域が広がっていた。
なるほど、ここに艦を隠しているのか。
「・・・なあ、あんたはどうするんだよ?
俺達の艦に近づいたら・・・殺されるんじゃないのか?」
だろうな。
だが、それももう、どうでもいい。
自分の信じていた、いや・・・教えられていた正義は。
侵略に抗うというその正義は、地球人が自らで引き起こした事件の尻ぬぐい。
それを知った時点で、俺の正義は崩れ去った。
俺が死んだって、悲しむ家族もいない。
宇宙海賊なんて、悪事をしていた俺だ。
最後くらい、いい事して死んでやろうじゃないか。
この少年を、家族に元に返してやろう。
・・・ただ、死ぬにも気がかりがある。
ラックの、ドックタグだ。
ラックには家族がいた。
だから、こいつを届けてやりたかった。
「そうだ、少年」
「ジオだ、ジオ・ドーダー」
「そうか、俺はアラン。・・・ジオ、こいつを預かってくれ」
そういって、ラックのドックタグを手渡す。
渡されたドックタグを訝し気に見るジオ。
「俺は、死ぬだろうさ。隠密行動中の艦が自分に気づいた敵兵を逃すわけがない。
口封じのためにも、捕虜にする可能性も低いだろうな」
「え?」
「だから、お前にそれを託す。ラックの・・・
俺の親友の形見を、家族に手渡してやってくれ」
そう言って、俺はジオの顔を見た。
「あんた、死ぬ気なのか!?」
「そう言っただろ?」
俺は不敵に笑った。
「どうして・・・俺のために。死ぬかもしれないのに!」
「はは・・・そうだな、それは」
ジオに返す言葉も見つからず、俺はふと、考えた。
こんな戦争が無ければ、こいつとも・・・友人として会っていたのかもな、と。
「お前とは、友人として会いたかった・・・そう思ったから・・・かな?」
俺がそう言うと、ボートにアラームが鳴り響く。
こっちをロックオンしたらしい。
「いいか、ジオ・・・俺に何があっても、お前は生きるんだ」
「え?」
「外交官になるんだろ?
だったら・・・この悲惨な、何も生み出さない戦争を・・・終わらせてくれよ」
―――――――――――――――――――――
ボートのエンジンを切り、敵艦の目の前に制止する。
すると、敵艦から複数の小型艇がこちらに向かってきた。
スポットライトのような光が、ボートを取り囲む。
眩しさで一瞬、反応が遅れたが。
俺は両手を上げて、彼らに恭順を示した。
・・・しかし、俺の予想通り。
銃弾は、容赦なく俺を襲った。
銃弾が何度も、俺の身体を貫通する。
戦闘用の宇宙服を貫通し、そこから空気が漏れる音が聞こえる。
薄れていく意識。
俺を見て、何かを言っているジオ。
ああ・・・死ぬんだな。
そう思った瞬間に、目の前に迫るゆっくりな弾丸。
目を閉じ、俺は意識を手放した。
――――――――――――――――――――
「アラン?」
目の前で・・・全身に銃弾を浴びたアランの身体が浮いている。
流れたアランの血は、宇宙空間に漂っていた。
帝国兵、大人たちがボートへ近づいてくる。
「ジオ、大丈夫か?」
「ど、どうして撃ったんだ!?彼は、手を上げていたのに」
「敵兵に艦を見られた。生かして返すわけにはいかない。
無線で位置を知らされる可能性もある」
「だけど・・・アランは俺を・・・助けて」
そう言う俺。
だが、大人は冷めた目で俺を見る。
「どちらにせよ、彼は死んでいた。それが、遅いか、早いか・・・それだけだ」
「ああ、捕虜にも出来ない・・・彼はここで死ぬ運命だったんだ」
そう言うと、俺を小型艇の後ろに乗せて、母艦へと帰っていく。
――――――――――――――――――――
俺は助けられた。
しばらくは、母艦に乗り込んでいた。
無事、家族の元に帰る事も出来た。
両親は、俺の姿を見ると、涙を流して迎え入れてくれた。
だけど、俺の気持ちはいつになっても晴れなかった。
本国は、この戦いを地球に巣食う害虫との戦いだと言っている。
だけど、俺が戦場で見たアランは、害虫ではなかった。
大人たちは、降伏したアランを撃った。
・・・地球を守るというラーグ帝国の正義。
降伏した者を、無抵抗な者を撃つのが、正義なのだろうか?
正義の無い、戦争に・・・価値などない。
俺の中の正義は、その時終わった。
――――――――――――――――――――
それから、30年以上経った。
戦争は未だに続いている。
だが、それも・・・今日までだ。
ここまで来るのには苦労した。
帝王の説得、政治家への根回し。
将軍達への鼻薬。
そして、ようやく今。
地球人との、和平が結ばれる日が来た。
過去に起こった事件は消えないが・・・。
お互いに死傷者を数えきれないほど出した。
この、無益な戦争で。
・・・もう、お互いに傷つきあう必要もない。
地球人たちとの会談もつつがなく終わり。
ラーグ帝国とコロニー中央政府には和平条約が結ばれた。
私は、外交官として・・・この場に立っていた。
そして、彼から預かったドックタグを家族に返そうと尋ねたが。
・・・その家族、彼の母親は既に死んでいた。
なので・・・彼の墓に、ドックタグを返しに行った。
コロニー『サンダーバード』にある、兵士用の公共墓地。
私は花束を二つと、ドックタグを持ち、墓地に向かった。
ラックの母親とラックは同じ墓に入っていた。
彼らの墓前に、ドックタグを置く。
手を合わせ、一礼し。
花束も、ドックタグの上に置いた。
「ラックさん、私はあなたを知らないが・・・約束を果たしに来ました」
最後に一礼し、墓前を去った。
後は、もう一つの墓を探さないと。
目的の墓は、とても小さいものだった。
兵士用の、とても小さい・・・墓。
「アランさん・・・あなたのお陰で、私はこうして生きています。
30年もかかってしまいましたが」
片膝をついて、彼の墓を見る。
「見てください、この通り、私は太ってしまいましたよ。
政治家や官僚との食事のせいでしょうね」
花束を、墓前に置く。
墓を見ると、アランという下に、西暦が彫ってあった。
彼は、31で死んだとそう分かった。
「私の方が年上になってしまいましたね・・・アランさん」
両膝をその場に付いた。
「・・・私は・・・あなたのお陰で・・・こうして生きられています」
涙で視界が滲む。
「戦争は終わりました、あなたのような犠牲を二度と出さないよう。
私は、努力しました・・・褒めてくれますよね・・・」
そう言って、私は立ち上がった。
コロニーの中には、風は吹いていないのだが。
何故か、優しい風が頬を撫でた・・・気がした。
まるで、誰かに撫でられたかのように。
「・・・『異星の友』」
私はしばらく、墓地を動けないでいた。
また来年もここに来よう。
自分の、役目を忘れないために。
初めて短編を書きました、気に入っていただけたら幸いです。