主人と従者と来訪者Ⅴ ご主人死を覚悟する之巻
「ぱんぱかぱーん。『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー第二回で~さ~にゃ!」
「楽しそうだなお前……」
「今回はご主人が強そうな女を見ただけでブルッちまう、その名も奇病[女傑恐怖症]になった理由をお訊きしやす」
「それ、私が言わなきゃならんのか? 原因など思い出したくもないんだが……」
「大丈夫! キャラクターの設定じゃなくって、作品の都合的な話でやす!」
「世知辛い言い方をするな」
「それで? それで?」
「前回、男むさくなりそうな世界設定のバランスを取るために女戦士をいっぱい出すストーリーにしたと言ったな……」
「あれは嘘だ」
「嘘ではないわ!」
「まぁまぁ、よくある合いの手でさ」
「で、だ。そういう敵も味方も女だらけの中に主人公である私は放り込まれるのだが……こういう話の場合、ラヴコメなら普通どうなる?」
「ハーレムものになりやす」
「そう。それが嫌だった」
「なんで?」
「よくあるからさ。あとハーレムものは嫌いなんだそうだ」
「ひねくれてやすね」
「そうそう。だから私を男前に設定しながら、ハーレムになりづらい性格付けをしようとした。その結果が……」
「女の子は好きだけど、女戦士とかは大っ嫌い。しっかも話に出てくる女のほとんどはその女傑ってなわけで。もし向こうが惚れてもご主人は逃げ惑うほかねぇ、と」
「あと、いくら私が細身であっちがゴリゴリのゴリラ女でも、悲しいかな普通に勝ったところで面白みはないからな。主人公にハンデを持たせる意味もある」
「作者、絶対に主人公いじめて楽しむタイプでさ」
「だな」
「イリーズ隊長との闘いでは相手の武器に神経を集中させて乗り切りやしたが、さてはてこれからも通用するかどうか」
「そこが問題だ。今後の展開を考えるとハッキリ言って今から主役辞めたい」
「ってなわけで、今回はここまで! ほんじゃ、ご主人に蹴り落とされたせでオイラがひとっ言も喋んねぇ本編どうぞー!」
「トゲのある言い方だなオイ……」
「私を雇う?」
シアンは王女の言葉を鸚鵡返しにした。
「はい。どうか私たちを、そして兄を助けていただきたいのです」
毅然とした態度ではあったが、王女の口調からは並々ならぬ危機感と焦燥が漂ってくる。
ソファに腰かけながらも背を預けない。その姿勢が彼女の使命感の現れのようだった。
隣には幼顔の隊員が座っている。
だが、ときおり身体の力がフッと抜けて猫背になったり、シアンを見ては頬を染めて眼を逸らしたりと、少々落ち着きがない。
そんな二人に向かい合う形で、シアンは引き寄せてきた食卓椅子に座っていた。
一国の王女を前にして、腕も足も組んだ鷹揚たる態度である。
リラックスしているのではなく、余裕のある男を演出しているのだ。
「お兄様というと、ニギエラ王子ですか?」
「ええ。明日から行われる《時期王妃決定武術大会》はご存知でしょうか?」
「概要は。ただ、王子の王位継承に関しては賛否両論あるようですね。王の意向を怪しむ声も多い。王の兄君である公爵との確執もあるとか」
「すごいですわ。よくお調べですのね」
「ふふ、大したことではありませんよ」
余裕顔で謙遜するシアン。
だが、それはすべてマオの持ってきた情報である。
「もしや、私を雇いたいと仰る理由は……」
「はい。お察しのとおり、私の伯父──王兄ヴランティール公爵の件です。伯父は……王位を簒奪するつもりです」
シアンは喉の奥で「うぬ……」と小さく唸った。
確執も確執。よもや兄弟が血で血を洗いかねない修羅場だったとは。
「明日からの大会にも、伯父は手の者たちを参加させてくるでしょう」
「出場目当てと思われる武芸者の数人を部下に見張らせているが────」
イリーズが言った。
その姿はソファの周囲にはない。一人、戸口のそばに佇んでいるのだ。
シアンにはそれが、自分の退路を断っているようにしか見えなかった。
ウィリアミナという赤毛の隊員にいたっては、シアンの真後ろである。
絶妙な間合いだった。旅の青年がおかしな動きをすれば、抜刀からの一閃で即座に首を落とせる位置だ。
だがシアンにとっては、ソファに向けた視界のなかに入らないだけ気楽というものだ。
「そのうち何人かが、すでに公爵一派と接触している。間違いなく、本戦に出場できる人数以上の者が奴らに組みしている」
「本戦? 予選があるのか?」
そこまではマオから聞いていなかった。
「なんだ、調べたのではなかったのか?」
「……概要だけだと言っただろう。私が出場するわけではないのだから」
苦し紛れにごまかす。
「まぁいい。詳細はあとで説明するが、本戦の選手枠は八人だ」
説明する必要があるのか? とシアンはいぶかしむ。
「公爵側の狙いは、息のかかった選手の優勝ですか?」
シアンはイリーズの方を向くことなく、王女に直接訊ねた。
「間違いないでしょう。大会の優勝者が次期王の妃となるのがこの国のならわし。彼らの真の目的は、王位継承後の兄の暗殺かと」
なるほど、とシアンは思う。
いくら素性の怪しい女といえど、優勝してしまえば正式に妃として迎えられる。
迂遠ではあるが、今、急いて王子を殺すより、継承からしばらく間を置いて毒殺なりするほうが、世間からの疑いの眼も格段に薄くなるし、偽装もしやすい。
そして毒を盛るならば、それは王に近い者ほど適役だ。
あるいは王妃にわざと不祥事を起こさせ、王も巻き込んで権威を失墜させるという手もある。
「王子と公爵の間もかなり険悪なのですか?」
「兄は人を嫌うような性格ではありません。伯父の方が此度の継承に不服なのです。宮中に自分の派閥を作り上げ、徒党を組んで兄を威圧するありさまです。父が病に伏せり、皆が一致団結して国家を安定させなければならない今でさえ、軍事を牛耳り、独断による出兵を繰り返しては内政を圧迫する始末。私は、父の病さえ……伯父が仕組んだものと確信しております……ッ!」
いつの間にか王女は語気を荒らげていた。公爵に対する怒りの強さが伺える。
その王女をなだめるように、イリーズが続きを述べた。
「公爵は最近、我々親衛隊とは別に、近衛隊というのを組織した。名目上は城内警備の強化だが、内実は奴の私兵だ。隊員のなかには他国で罪を犯した者や、盗賊あがりが少なくない。親衛隊は軍隊ではなく王族直属の部隊で、数年前からはニギエラ様の麾下にあるからな。それに対抗するための宮中の駒というわけだ。ことによれば、クーデターもありうる」
「なるほど。大会を利用した次期王抹殺と、直接武力の二段構えか。それで、私はなにをすればよいのです?」
シアンとしては、この一触即発の政変のなかで、女でもない一介の武術者である自分に王女がなにを求めているのかを知りたかったに過ぎない。
だが言い方が悪かったのか、目の前の二人はそれを了解の印と取ったらしい。
「では、私たちに協力していただけるのですね!」
それまで毅然とした態度を崩さなかった王女が、控えめながらその表情を花開かせた。
幼顔の隊員にいたっては、今にも泣き出さんばかりに顔を綻ばせ、身を乗り出してくる。
その二人の笑みに、シアンは己の持つ一切の拒否権を放棄した。
片や天使の美貌を持つ少女、片や(剣を除けば)純朴かつ無垢な少女である。
「ええ、勿論です。あなたの愛する国ために、そして国を憂うあなたのために、この不肖シアン・ルーン、全力をもって力添えしたしますことを、ここに誓います」
気がつけば口が勝手にそう喋っていた。足もひとりでに席から立ち上がっている。
男としての抑えがたい欲求があとに退くことを許さなかった。
そう……たとえ、この話がとてつもない罠であったとしても。
(ああ、私としたことが、またこんな調子のいいことばかり言って! 公爵の暗殺など頼まれたらどうするつもりだ!)
言葉と理性がまるで別の生き物になっている。
内心では不安が吹き荒れていた。
────一切不殺。
たとえ、どれほどの悪人が相手だったとしても、暗殺などという解決方法は師の教えに背くものであり、シアンも望むところではない。
(ええい、頼まれたらその時は…………その時だ!)
公爵をこてんぱんに打ちのめして身を引かせるなり、王女たちを説得するなり、殺さずに済ませる手はある。
だが、幸運にもシアンの思案は杞憂に終わった。
「そのお言葉、兵一万の鬨を聞いた心地です。ですが、これだけはご留意ください。私たちの目的は謀反の阻止であって、粛清ではありません。どうかヴランティール公一派の者であっても、殺めることは控えていただきたいのです」
王女の意向は高潔にして、困難を極めるものだった。
殺意をもって向かってくる相手を殺さずに無力化することは、殺すことの何倍も難しい。
それでもシアンは胸を撫で下ろした。
義理と信念の板挟みなど、考えたくもない
だが数秒後、シアンの安心感は、予想外にして最悪の形で裏切られた。
「それで……私は具体的になにをすればよいのでしょう?」
王女の警護だろうか? あるいは王子の?
出来れば前者がいいが、いずれにせよ迫り来る暗殺者どもをちぎっては投げちぎっては投げ、そして宮中の美少女たちの視線を一身に浴びて────
「はい。あなた様には、大会に出場していただきたいのです」
シアンは眼を点にして硬直した。
(え? 私に死ねとおっしゃる?)
狼の群れのなかを駆け抜けろ、と言われた羊のような気分だった。
あるいは好色な人馬の村で一晩過ごせと言われた生娘か。
いずれにせよ、待つのは地獄である。
「こちらのイリーズ隊長も、選手として出場します。ですが、世界中から腕に自慢の戦士が集まる大会。どのような強者が公爵についているか、また敵が何人いるかもわかりません。兄のために、そしてこの国のために、今は一人でも味方が欲しいのです」
「……私は……男ですが?」
かろうじて意識を保ち、訊ねる。
だが歓喜と期待に満ちた王女の言葉は、無邪気という鎧を纏い、無知という盾をかかげ、無慈悲という剣でもって、シアンの心を絶望の淵へと突き落とした。
「はい。承知の上でお願いいたします。あなたほどの麗しいお方ならば、女と偽っても誰一人として気づく者はおりませんわ」
王妃決定武術大会の火蓋は切って落とされた!
集いに集った三〇〇人!
本戦出場たったの八人!
ふるいにかけるにゃ大乱闘!
いっせーのーでのバトルロイヤル!
剣が舞い、槍が踊り、砂塵巻き上げ女が叫ぶ!
女傑! 女傑! 女傑!
あっち向いて女傑! こっち向いて女傑!
いっそ女傑がゲシュタルト崩壊!
ようこそ女傑パラダイス!
やってられるかとシアンが叫ぶ!
しかし早くも暗躍、公爵の策に、
危機に陥るはイリーズ隊長!
助けぬわけにはゆかんやと、
渦中に飛び込む主人の意地を、
助ける従者は何処行った!?
そして現れる狐目の女!
超人的な鞭さばきの少女!
誰が勝ち残り、誰が公爵の手先か!?
次回『ご主人は女傑恐怖症』第三章、
『主人と従者と大乱闘』!
勝ち残るしかない……
だが、その先に安息はあるのか……!?




