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主人と従者と来訪者Ⅲ ご主人尻を打つ之巻

うなる刃が風を裂く!

咄嗟に手にしたシアンの武器に

真面目な隊長怒ります。

バカにするなと言われても

やってみせよう男気シアン。

奮い立ちたる主人の姿に

お目々キラキラ従者の(さが)よ。

ところがどっこい隊長の目々にゃ、

魔族とバレバレ、マオ・ニャンニャン。

契約者かと詰め寄られ、

どうなる一触即発ムード!?

 刃が青年の登頂を真っ二つに、と見えた瞬間──

(ッ!?)

 イリーズの腕に衝撃が走り、剣の軌道がガクッと真横に逸れた。

(馬鹿な! こいつ足で…!?)

 シアンが足を上げて、剣を握るイリーズの拳を蹴り払ったのだ。

 その動体視力、反射力、正確無比な狙い、なにより迫り来る刃を相手にまったく怯まない度胸……

 青年の驚異的な技の冴えにイリーズは内心舌を巻きながらも、瞬時に返す刀で薙ぎ払う。

 だが、その直前にシアンは天井近くまでジャンプし、女剣士を跳び越えていた。

 そのまま着地と同時に相手の側頭部を狙って回し蹴りを……と思いきや──

(……ッ!? 身体が重い!?)

 絨毯敷きの床に足を突いた途端、ズンッと両肩に重みがかかり、シアンは技を中断しなければならなかった。

 その間にも、イリーズが後ろに向かって剣を揮ってくる。まるで背中に眼があるかのような正確さだ。

 シアンは後ろに跳んで、(きっさき)を紙一重で避ける。

「お前、何してる!? 降りろ!」

 その背中には、マオがしがみついていた。

()でぇ! 死ぬも生きるもご主人と一緒!」

「お前がそこにいると死ぬ確率が増える!」

 相変わらずのやりとりをしながらも、シアンはそばにあった食卓から燭台を取り上げた。

 装飾の少ないシンプルな三本刺し──だが表面の輝きと腕に伝わってくる重量が、それが純銀製であることを教えてくれる。

 そして、躊躇うことなく女に向かって構えた。

「ふん。そんなものでどうしようというのだ?」

「決まっている。あんたを止める」

 もとから険しかった顔をさらに悪鬼(オーガ)のように歪めるイリーズ。こめかみには青筋が浮いている。

 もちろん、その怒りの表情はシアンの眼には入らない。

()れるな! 武器を取るというなら時間をやる!」

「真剣勝負の最中に()れも(いとま)もあるまい」

 燭台を指でクルクルと回してみせる。

 言動も所作も、さっきまで怯えていた青年とはまるで別人のようだ。

(来た来た! ご主人、スイッチ入った!)

 マオの胸がトクンと高鳴る。

 お調子者でキザったらしく、そのくせドジで情けない主人が唯一光り輝く瞬間。

 それが闘っているときなのだ。

 従者をやってる理由の半分といっても過言ではないくらい、マオはその勇姿を見るのが好きだった。

「なら……試させてもらう!」

 イリーズは柄を握り直し、腰もとから狙い澄ますように(きっさき)をシアンに向ける。

 その構えで、シアンは彼女の剣派が伝統的な《ボルト》であると知った。

 ボルトはセオリーにかなった隙の少ない攻めを特徴とする剣術の一派である。

 初心者が学ぶのに理想的と言われ、ガルボ大陸に数ある剣派の中ではもっとも普及している。

 直線的で実戦力に欠けるとも言われるが、実際のところ、その熟練者と相対したなら反撃の機会を見出すのは困難を極める。

 シアンの目の前の女がまさにそうである。

 構えの中にまるで(ほころ)びがない。

 これが彼女の本気というわけだ。

「はッ!」

 気勢とともに、イリーズが踏み込んできた。

 無駄のない動きから繰り出される鋭い一閃がシアンの足を狙う。

 が、その刃は銀色の腕の間で止まった。

 燭台である。

「はっ!」

 瞬間、シアンが腕に力を込めた。

 イリーズには「まずい」と思う暇もなかった。

 ギィン──金切り音が部屋を満たす。

 やがて、その残響が静寂に溶けて消える。

「ふぅ」

「な……!」

 シアンは安堵のため息をつき、イリーズは眼を見開いて硬直した。

 剣は、刃の半分を失っていた。

 あろうことか、シアンは燭台で剣を絡め取り、へし折ったのだ。

 神速の技だった。イリーズには反応することも出来なかった。

「あ……あぶねぇぇぇ……ッ」

 そしてマオは主人の背中で、顔中に脂汗を浮かべて震えていた。

 折れた衝撃で飛んできた刃が、大きな帽子にグッサリと刺さっていた。

「見事だ」

 半分になった剣を床に落とし、女が片膝をついた。

 決闘や闘技において、それは降参を意味する。

 騒動が終わったことを知って、マオも主人の背から降りた。

 帽子を被ったまま、刃を恐る恐る抜いてゆく。

「名を、聞かせてくれまいか?」

「シアン・ルーン」

 シアンもまた、燭台をもとの机の上に置いた。

「あんたは、親衛隊長と言ったか?」

 そして、疲れた様子で椅子に腰を下ろそうとして…………そこに椅子がないことに気付かず、思いっきり尻餅をついてひっくり返った。

「……イリーズだ」

 呆れ顔で立ち上がり、手を差し伸べる。

 だが、その手から逃げるようにシアンは後ろへと跳ね起きて、そこにあったソファに座った。

 (ひさし)を作るように額に手をあて、うつむき加減になる。

 恥ずかしがっているのではない。視界から相手を排除しているのだ。

 そうとは知らぬイリーズは青年の所作を(いぶか)しみつつ、その眼をマオに向けた。

 半裸の従者はイリーズの捨てた剣の柄を足で挟み、残る刃でなんとか手の縄を切ろうと奮闘していた。

「ところで、さっきから気になっていたのだが……このチビは貴様の使い魔か?」

 今度はシアンとマオが固まる番だった。

「メガロニア親衛隊を舐めるな。巧妙に偽装してはいるが、この縄が拘魔縄(こうまじょう)であることなどお見通しだ」

 マオが助けを求めるように主人に眼をやる。

 従者に向けて、シアンは小さく頷いた。

 それを合図に、マオは渋々帽子を脱ぐ。

 三角形に尖った大きな獣の耳が、その髪の間に屹立していた。

 魔族ネコムスコのマオ・ニャンニャン──それがマオの正体だった。

 魔族とは、この人間界とは異なる、だが非常に近いとされる世界(人間からは魔界と呼ばれる世界)に棲む種族の総称である。

 個体差はあれど、その力はおしなべて人間を上回り、神出鬼没、そして変幻自在の魔術を持つ。

 そのような超人的存在を普通の縄で拘束することは出来ない。術によって断ち切られたり、マオのような空間転移で逃げられてしまうからだ。

 そこで用いられるのが、魔族の力を封じる呪いを編み込んで作られた拘魔縄である。

「それで、こいつは使い魔なのかと訊いている」

 イリーズはもう一度言った。

 使い魔──魔術的儀式をもって人間と血の契約を結び、一心同体となった魔族はそう呼ばれる。

「なに。ただの旅の供さ」

 シアンはソファから立ち上がって従者に歩み寄り、縄を解いてやった。

 たちまちマオの身体に活力が戻った。

 空間転移でソファへと移り、放り出されていた上衣をいそいそと着込んだ。

「苦しいな。さっき貴様を主人と呼んだぞ。この国では神職者以外が魔族と契約することを禁じている。無論、外部の契約者が入国することもだ」

 人間界では、ほぼすべての国家が魔族との契約について厳しい法律を設けている。

 契約による恩恵は多々あるが、もっとも顕著なものは、魔族にとっての唯一最大の弱点を消してしまうことだ。

 太陽の光である。

 夜の種族である魔族は、人間界の太陽の下ではその能力を著しく減衰させる。

 魔力は失われ、身体能力も並の人間に及ばなくなる。

 だが、人との契約がこれを克服させてしまうのだ。

 そして人間の方は弱点のなくなった魔族を自らの支配下における。

 その原理はいまだ解明されていないが、必ず人が主、魔族が従となり、従たる魔族は主の命令に決して背けなくなってしまう。

 ゆえに、契約者による犯罪ほど厄介なものはない。

 シアンとマオが警戒されるのも当然なのだ。

「ご主人は──」

 イリーズの言葉に、マオがなにかを言おうと口を開く。

「ならどうする?」

 シアンの声がそれを押しとどめた。

「私たちを逮捕するか?」

 顔つきが変わっていた。いつの間にかイリーズに向けて半身の姿勢を取っている。

 それだけで、マオは主人がさらに一戦交える覚悟を決めているのが分かった。

 今度はその勇姿に興奮してばかりもいられない。

 逮捕権を行使してきた親衛隊隊長を叩きのめそうものなら、この国そのものを敵に回しかねない。

 だが、恐れていた事態は回避された。

「本来ならそうしたいところだが……あいにく、こちらにも特殊な事情があってな」 

 苦い薬草でも噛んだような表情で、イリーズは腕を組んだ。

「それに、剣も折られてしまった……」

 折れたのは剣だけではない。

 イリーズのプライドも真っ二つだった。

 剣が燭台に敗れたのだ。その刃と己の腕に命を賭して国家を守ってきた者としては、あってはならない事態である。

 それだけに今、現実を受け入れて冷静さを保っているその胆力は、さすが強兵国家の親衛隊隊長と言える。

 むしろ、これで青年の実力は証明されたというもの。

 勝負に負けはしたものの、任は果たしたのだ。

 片や、イリーズの心の内など知るよしもないシアンはソファに座り直し、明後日の方向を向いて女傑の姿を視界から追い出していた。

「違反者を捕らえられないほどの事情……それが、親衛隊長ともあろう御方が宿屋のベッドを無断でぶった切った理由か?」

 ため息混じりに、呆れ顔でシアンは皮肉る。

 それに答えたのは、イリーズではなかった。

「それは、私からご説明いたしましょう」

 凛とした声が、戸口から入ってきた。

(ええい! この国の人間はノックを知らんのか? …………わぉ!)

 声の主を一瞥するや、シアンの苛立ちはたちまち雲散霧消した。

入ってきたのは麗し令嬢、

名乗ってびっくりフルレラ王女。

清らか乙女の登場に、

ふざける従者を叩き伏せ、

シアン・ルーンは意気揚々。

ドタバタうるさい二人を見れば、

頭かかえますイリーズ隊長。

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