主人と従者と来訪者Ⅱ ご主人目を背ける之巻
何がどうしてこうなった、
女のボインは怖いのよ、
文句をいう間もありはせず、
気が付きゃ目の前、剣の先。
親衛隊長イリーズと、
高らかに名乗り斬り掛かる。
シアンはベッドの縁に座り込み、両手で顔を覆っていた。
本日二度目の光景である。場所が違うだけで、その姿勢も手足の角度も、判を押したかのように先ほどと瓜二つだ。
「師よ、あなたは言いました……善にも悪にも、それに等しい報いがあると…………ならば教えてください……私は一体、なにをしたというのです…………」
両手の間から漏れる声は弱々しく、切ない。
毛布にくるまったマオが縛られたままの手で背中をさする。
茶化しているのではなく、心から主人を慰めようとしていた。
悪戯好きのマオから見ても、今日のシアンは哀れすぎる(宿の娘に逃げられたこと以外は)。
「なにをブツブツ言っているのか知らんが、貴様、いつまでそうしている?」
シアンに対面するソファーに、来訪者の女は腕を組んで座っていた。
肉の張った二の腕の上で、指が少し早めのリズムを叩き続けている。
苛立ちを隠そうともしない。
いきなり押しかけてきて横柄な態度である。
(なんだこいつは? 先ほどの威勢はどうしたのだ?)
目の前の青年を、女隊長は量りかねていた。
先だって酒場で酔漢たちを一蹴した男とは、まるで別人のようだ。
宿前まで同行した部下を迎えにやらせ、自分は一足先にこの余所者の素性と腕前を探りに来たはずが、これでは会話すらまともに成立しない。
人違いだったか?
否、男だてらの長い髪に、女とも見紛う美顔。オマケで子供同然の従者まで連れている。
こんな悪目立ちする奴が二人もいてたまるものか。
それにしても……いつになったら正気に戻るというのだ。
こっちには時間がない。
こうしている間にも部下が戻ってくるのだ──さる重要な人物を連れて……
ここらへんが我慢の限界だった。
活を入れてやろう。もちろん拳で。
「おい貴様。いい加減に────ッ!」
立ち上がり、青年に向けて一歩、足を踏み出した。
そして、女はそれ以上、動けなくなった。
それは見えない壁だった。
あるいは、圧力。
だが女の戦士としての直感は、それを明確に〝生命の危機〟と捉えた。
目の前の青年から発せられる殺気である。
(動けない……ッ! 一歩でも出れば……死ぬ!?)
かつてない戦慄が女を凍りづけにしていた。
息が滞り、手足が震え、汗が噴き出す。
歯がガチガチと鳴るのを必死で抑える。
その一方で、シアンもまた恐怖していた。
(来るな……来るな来るな来るな! それ以上、絶対に、近づかないでくれぇぇ!)
実のところ、女を止めたのは殺気でも何でもない。
シアンの女傑恐怖症によって発揮された、拒絶の気迫である。
(こいつは……本物! しかし、こんなことで私は退けぬッ!)
そうとは知らぬ女は必死になって恐怖を振り払い、腰の剣に手をかけた。
一気に抜刀し、見えない壁を切り裂くかのように眼前の虚空を薙ぐ。
刀身八〇センチの長剣である。
「我が名はメガロニア王室親衛隊隊長、イリーズ! いざ参る!」
高らかに名乗るや床も抜けんばかりに踏み込み、剣を振り下ろした。
ベッドマットがザックリと裂け、木枠が断ち切れた。
だが、その剣の直撃点から指一本ぶん隣に、青年の身体はあった。
シアンが避けたのではない。
イリーズがあえて外したのだ。
(これで動じんとは……ッ!?)
威嚇とはいえ、刃は直前まで頭の上にあった。
こちらに殺意のないことが見透かされたとしか思えない。
素早く退いて剣を構え直しながら、イリーズは青年の炯眼に舌を巻いた。
(この女……正気か!?)
片や、シアンは女の暴挙に目眩を覚えていた。
(下手に動いてたら……私、真っ二つになるところだったぞ……!)
まさか抜刀して斬りかかってくるなどとは思わず、まったく反応出来なかった。
動かなかったのではない。
動けなかっただけである。
しかし、これはもはや「女傑恐い」などと言っている場合ではない。
気を奮い立たせねば、ことによっては本当に斬殺されかねない。
静かに深呼吸を繰り返し、女の剣に意識を集中する。
顔は見ない。
絶対に見ない。
死んでも見ない。
いや、むしろ見たら死ぬ。
視界からも思考からも完全にシャットアウトする。
「……なんのつもりだ?」
木枠を断たれて不安定になったベッドの縁に座ったまま、シアンは静かに訊ねた。
その背中では、マオが主人の陰に隠れて小さくなっている。
「貴様の実力が知りたい。得物を持って闘え!」
シアンに剣先を突きつけ、イリーズが答える。
「何のために?」
「力を示せば教える。武器を取れ。丸腰の相手と闘うなど、プライドが許さん!」
「なら、なおさら、このままの方が闘わずに済む。お引き取り願おう」
イリーズは噛んだ奥歯を軋らせた。青年に一本取られたことに腹が立つ。
「なるほど……だが──ッ!」
再び、踏み込む。
「プライドに勝るものもあると知れぇ!」
今度こそ、殺気を籠めて振り下ろした。
狙いは外さない。
親衛隊長退けて、
ホッとひと息つくはずが、
バレてしまったマオのこと、
緊張みなぎるシアンとイリーズ、
なにゆえ来たかと問うたなら、
そこに現れる新キャラか!




