主人と従者と大団円Ⅲ ご主人脱ぐ之巻
「前回のあらすじ!」
「うむ」
「ご主人、姐御と公爵の縁談をご破算にする!」
「なぁにが縁談だ貴様ァ! ブッた斬るぞ!」
「行け隊長! 今のは斬っていい!」
「だー! ごめん、ごめんって! おいらが言い過ぎたって!」
「許さん! 言い残すことはあるか!?」
「こ……今回のあらすじ!」
「うむ!?」
「ご主人、ついに自分から脱ぐ!」
「誰が好き好んで脱ぐか!」
「よしシアン押さえろ! 私が斬る!」
「ぎゃー!」
親衛隊の壁が二つに割れた。
「力に頼る者は、他者を支配するほかに道を知らぬ者……剣に頼る者は、己の真の力を錯覚し、他者への敬いを知らぬ者……」
シアン・ルーンである。両手を後ろで組み、親衛隊員の間を悠然と、しかし足早に抜け出てくる。
さきほどの拒絶反応から回復したばかりなのだろう。眼は充血し、顔色もよくない。
それでも、ヴランティールに向かって放たれる闘志には、いささかの揺らぎもなかった。
「いくら武勇に秀でようと、お前は所詮、悪鬼と同じだ。王の器ではない」
十歩ぶんほどの間合いを置いて、その歩みを止めた。
「ふん、口だけは達者。だが、儂に勝てなければ、ただの負け惜しみよ」
公爵が嘲った瞬間、シアンは背中に隠し持っていたものを投げた。
公爵も素速く反応し、飛んできたそれを切り払う。
だが、その先端は勢いを失わず、岩肌のような頬にひとすじの傷をつくって、地に落ちた。
剣の付いた革紐──スワルの鞭であった。
「父親に殺された、孤独な娘の望みだ……」
シアンが構えた。
ヌンチャクすら持っていない。
「……お前を王にはさせん。私が倒す」
「馬鹿め。過信は貴様の方よ。本気でこの儂に勝つつもりか? 一人で?」
「最初に逢ったときに言ったはずだ。お前ごとき、私一人で充分だと」
公爵の笑みの端で、こめかみがピクリと動いた。
「……面白い」
唐突に、オリハルコンの剣を大地に突き立てた。
「ならば儂も武器は使わん。まるごしの女を斬っても自慢にならんわ!」
公爵が走った。
その巨体からは考えられない速さで、間合いを一気に詰める。
鉄球のような拳が、シアンの頭を狙って振り抜かれる
だが次の瞬間、ヴランティールはガクッと片膝をついていた。
背後に回ったシアンが、その膝裏を蹴ったのだ──ガネスに使ったのと同じ早業である。
さらに、相手に立ち上がる暇を与えず、シアンの拳がその側頭部を撃つ。
だが今度のは一発ではなかった。
動く腕が見えないほどの、猛烈な連打である。
一発の威力は低い。が、脳にまで浸透する絶え間ない衝撃が、確実に公爵の意識を蝕んでゆく。
「ぬぅっ!」
公爵も冷静に腕を後ろに振りまわしてシアンに逆襲する。
それも空振りした。
「はッ!」
逆に、素早く身を退いていたシアンの蹴りが、公爵の顔面に直撃した。
どうッ──二メートルの巨躯がアリーナに倒れた。
「おおー!」
周囲から歓声が上がる。
「きゃー!」
マオとフルレラに到っては手を取り合い、飛び跳ねて甲高い歓声を上げる。
しかし、公爵はすぐさま立ち上がった。
倒れた拍子に後頭部を強打したにもかかわらず、その眼はしごく正常に焦点を結んでいる。
だが闘志こそ衰えぬまでも、その眼にはシアンに対する驚きと焦りが浮かんでいた。
無理もない。イリーズ逮捕の際に殴り合った相手とは、まるで動きが別人なのだから。
「うおおぉぉ!」
獅子の咆吼を上げ、ヴランティールが突進する。
暴走した雄牛のようなタックルを、シアンは高く飛んで悠々と避ける。
だが、公爵の目的はシアンではなかった。
そのまま、もといた場所へと走るや、オリハルコンの剣を抜いたのだ。
「卑怯だぞ公爵!」
自らの宣言を反故にするその非道を、ニギエラが即座に弾劾する。
「情けない!」「恥の上塗り!」「不覚悟者!」「金メッキじじぃ!」「短小!」
親衛隊らも、口々に罵声を飛ばす。
ちなみに「短小」という単なる誹謗中傷を叫んだのはマオである。
「黙れ! 闘いは勝利が本分! 素手で闘うことこそ愚行と教えてやる!」
正論である。本来、剣に拳で挑む方が無謀なのだ。
雄叫びを上げ、ヴランティールが斬りかかった。
オリハルコンの軽さは並の鋼とは比べものにならない。黄金剣すら軽々と操った公爵の腕によって揮われた大剣の速さは、ニギエラの眼にすら止まらなかった。
闘いを見守っていた全員が、悲鳴を上げた。
後ろに飛び退ったシアンの胸が、ザックリと斬られていた。
皮膚が裂けた、などというものではない。
女の胸の膨らみが、真一文字に割れたのだ。
だが、出るはずの血が出ない。
パットなのだから当たり前であるが、そうと知らぬ者にとって、これは天地がひっくり返るほどの一大事だった。
斬ったヴランティール本人も、追撃するのを忘れて眼を見張った。
そんな周囲の仰天を気にも留めず、シアンは、やおら服を脱ぎ捨てた。
親衛隊の間から再び悲鳴が上がる。ただし、今度のは黄色い悲鳴だ。
一見すると細いが、無駄な肉の一切ない、闘うための男の上半身が剥き出しになったのだ。
「マオ」
呼ばれるが速いか、従者がシアンのもとへと走った。
そしてニギエラたちに渡したのと同じ、白い包帯を主人へと差し出した。
それを受け取り、シアンは慣れた手つきで己の両拳に巻いてゆく──ただし、五本の指は滑らかに動くように。
その間にマオは主人の背後へと回って、懐から取り出した布紐で長い黒髪を束ねる。
「すまん。あとでまた服を縫ってくれ」
「合点」
マオは笑顔で応えると、斬られた服を拾って、またニギエラたちの方へと走り去った。
「貴様……男だったとは……!」
ヴランティールは激しく後悔していた。そうと知っていれば失格させたものを。
そうすれば、間違いなくスワルが優勝し、時間はかかるが、もっと穏便な方法でニギエラを亡き者にして、自分がメガロニアの王となれたものを。
「何者だ……何が目的だ? 男の身で、王子に惚れでもしたか?」
矢継ぎ早に問うヴランティール。
それに対して、シアンは親指で自分を指し、静かに答えた。
「シアン・ルーン。国と民を想う王女に頼まれ、お前を倒しにきた」
「シアン? 馬鹿な……ラルフの絵空事では……?」
その問いを、シアンは鼻で笑って一蹴する。
「なお面白い! 貴様を倒せば、儂が真に最強ということだ!」
公爵が剣を構え、走った。
オリハルコンの紅き輝きを縦横無尽に振り回しながらシアンに迫る。
スウェッソンの翻弄の技だが、もはや常人には影すら捉えられない。
まして武器を持たず、鎧も着ていないシアンにとっては刃の嵐──触れる、すなわち斬り刻まれるのだ。
だが、シアンは臆する様子もなく、拳を開いて構えた。
その指を、猛禽の鉤爪のように曲げる。
そして公爵の剣が目の前に迫った瞬間、動いた。
「────ッ!?」
闘いを観ていたほぼすべての者が、目を見張った。
とんッ────
シアンの足が公爵の腕を蹴り、紅き刃の軌道を逸らせていた。
(あれは──!)
イリーズの脳裏に、シアンと初めて遭った夜のことが甦る。力試しに斬り掛かった自分の剣を防いだ、あの脚技だ。
しかしイリーズの時とは違い、シアンはヴランティールの二の太刀を避けなかった。
剣が取って返される一瞬の隙を突いて、公爵の懐に飛び込んだ。
そして振るわれた黄金の腕を掴み、肘を掌で撃った。
めぎぃ──公爵の腕が上げたその悲鳴を聞いた者は少ない。
ヴランティールは瞬時にシアンを振り払い、後ろへ退いて距離を取ろうとした。
が、まるで鎖で繋がれているかのように、シアンはぴったりと追従してくる。
ならばとばかりに、公爵は左手の拳で迎撃する。
シアンはこれも掴み取り、流れるような動きで、後ろ手になるよう捻った。
再び、公爵が力尽くで振りほどきながら、振り向きざまに剣を横に薙ぐ。
頭を低くしてかわしたシアンが、鎧のわずかな隙間から見える腕の付け根に指を突き込んだ。
「すごい……!」
ヴランティールの剣をかわしつづけるシアンの動きにニギエラが感嘆する。
フルレラは言うに及ばず、イリーズ以下、親衛隊の全員も、瞬きすら惜しむかのように、眼を見開いて闘いを見守っていた。
恐るべき神速もさることながら、シアンは常にヴランティールの剣の懐に入り込んでいた。
一見、無敵にも見えるオリハルコンの剣の、唯一の弱点である。刀身──つまりリーチ──が長すぎるせいで、懐に入り込まれてしまうと、剣が振りづらくなるのだ。
本来なら秘剣ウィンバスタこそ、この弱点を帳消しに出来る最強の技であった。
だが、シアンはその技を一瞬で突破して公爵の懐に取り憑いたのだ。そして、公爵がいくら引き離そうとしても、決して動こうとしない。
ウィンバスタ同士の闘いというのは、先ほどニギエラが思い知った〝想定外の闘い〟だったが、今のヴランティールが置かれた状況はそれ以上だろう。
(しかし、シアン・ルーンはいったい、なにをしているんだ……?)
そのニギエラの想いもまた、その場にいる全員の総意だった。
彼らの眼には、シアンが公爵の回りを動き回りながら、バタバタと手を動かしているようにしか見えない。
しかも、殴るわけでも蹴るわけでもなく、ひたすら相手の腕を掴んで捻ったり、効き目のなさそうな場所を掌で叩いたりしているだけだ。
しかし、隣にいるマオを見てみれば、恍惚とした(というより、今にも涎を垂らしそうなだらしない)顔で主人の闘いを見ている。
なら、きっとなにか意味があるのだろう。ニギエラがそう思った瞬間だった。
「ぬ……う……!?」
ヴランティールの動きが止まった。
シアンが止めたのではない。剣を振ろうとして、腕が動かなくなったのだ。
その腰に、背後に回ったシアンの蹴りが撃ち込まれた。
「ピンポンパンポーン。『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー!」
「もうネタがないんじゃないか、本当に?」
「んじゃ、おいらから質問。今回のご主人対公爵の闘いで、ご主人が珍しく投げるわけでもない掴み技をやってやしたね。あれは関節技?」
「そうだと言える。擒拿といって、中国拳法では打撃や投げと共に発達した、相手の身体を掴む技だ。そこから関節技に移るもよし、投げるもよしだが、直接急所を掴んで握りつぶすという手もある」
「うげぇ、けっこうえげつねぇ」
「当初は公爵相手にもっと関節技を極めにいく予定だったのだ。私が徒手格闘の達人という設定のわりに、ほとんど打撃技しか使っていないからな。技にヴァリエーションが欲しかった。マデリーンとの試合で唐突に投げ技を出したのもそういう経緯だ。まぁ結局、本格的な関節技は没にして、本編のようなアッサリした動きになってしまったのだが」
「あのゴツい奴相手に関節技ってのも面白そうではありやすが、なんで没にしたんで?」
「文章で書くと、地味なうえに何をやっているか分からなくなった」
「ああ……」
「公爵の手首を掴みながら、飛びついて肩に両脚を絡め、逆さまの体勢のまま、掴んだ腕を自分の内腿を支点にして関節の逆方向に引っ張る……なんて言われても、なにがナンやら分からんだろ?」
「全然駄目でやす」
「ちなみに〝飛びつき腕ひしぎ逆十字固め〟な」
「技名出したところで、名前知らねぇ人は置いてけぼりでさ。プロレス小説でやってくだせぇ」
「っていうことになる」
「難しいでやすね」
次回予告!
もはや多くを語るにあらず
真の勝者が決まるとき
雄々しきラッパが時告げる!
すべての謎が明かされて
晴れてシアンも嫁入りか!!??




