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主人と従者と決勝戦Ⅴ ご主人しばき倒す之巻

「前回のあらすじ!」

「うむ。あ、決勝戦でシアン・ルーンが忙しいため、今回は私イリーズが合いの手を入れさせていただく」

「姐御、一角兎の♂♂♂♂のカツサンドを──」

「やめろ! そのことはもう言うなぁ!」

「ついでに、決勝戦はじめ!」

「そっちがついでか!?」

「今回のあらすじ!」

「う、うむ!」

「決勝戦おわり!」

「え、もう!?」

「…………!?」

 スワルは最初、自分が何をされたのか解らなかった。

 頬を(はた)かれたのだと気付くまでに、数秒を有した。

 まったく感知できなかった一撃。

 だが、なぜビンタなのか。

 その気になれば、殴り飛ばすことも、奇妙な武器で打つことも出来たはずだ。

(こいつ、なんで……)

 敵から受けた攻撃を怒りに直結させられず、スワルは戸惑った。

 まったく痛みを感じないこのビンタはなんなのか……

 薬の作用──それだけなのだろうか…………

 身も心も張り裂けそうになる父の折檻とは、まったく違う。

 包み込まれた──信じられないが、そう感じてしまった。

 まるで、いるはずのない母に諭されたような……

(そんなはず──ッ!)

 混乱するままに感傷を振り払う。

「こんのぉぉ!」

 再び殺気をみなぎらせ、スワルは殴りかかった。

 だが、振り抜いたその腕は瞬く間に掴み取られ、引っ張られ、捻られた。

 シアンがマデリーンとの闘いで使った投げ技である。

 スワルの身体が一回転して、背中から地面に着地した。

 それでも、なおもスワルは立ち上がって拳を振る。

 その拳も受け止められ、投げ飛ばされる。

 三度、四度……何度やっても、どこから攻めても同じだった。

 ドレスが砂まみれになったころ、スワルはようやく鞭の存在を思い出した。

 走りながら柄を掴み、標的を見据えて腕を振り上げる。

 ────パンッ────

 眼にも留まらぬ速さで飛び込んできたシアンの、二度目の平手打ち──今度は、逆の頬に。

 今度の一発も、柔らかく、包み込むような叩き方だった。

 だがスワルは足をもつれさせ、アリーナの大地に突っ伏した。

 今度は、立ち上がらなかった。

 四つん這いのまま、喘ぐような呼吸を繰り返す。

 闘いの最中にあるまじき無防備な姿だった。

 身体から溢れ出るほどだった殺気も、目に見えて萎縮している。

(勝てない……)

 確信がスワルを打ちのめしていた。

 今まで闘ってきた相手とは次元が違う。親衛隊隊長すら降した自分がまるで子供扱いだ。

 しかも動きは冷静そのもので、隙など欠片も見当たらない。

 どうすれば勝てるか、どう攻めれば攻撃が当たるか、どう逃げれば叩かれないか。

 なにも思いつかなかった。どう足掻いても、勝ち目はない。

 闘技場は水を打ったように静まりかえっている。

 何万という視線が自分の背中を見ている。

 スワルには今、それが、たまらなく恐い。

 ついさっきまで期待と歓喜を自分に注いでくれた眼が、失望と嫌悪に染まっている。

(いや……そんな眼で、見ないで……)

 顔を上げることも出来ず、スワルは固まっていた。

 それでも得物は手放さない。

「いや……」

 最後の意地と望みが、諦めることを許さない。

 その背中に、シアンは初めて声を掛けた。

「もういい。もう、終わりにしよう」

 かつて師のファン=シアンが野盗たちにかけたように、諭すような音色で。

「いやよ……! なんで、なんでここまできて……負けなきゃならないのよ……なんで……強くなったのに……せっかく……!」

「お前は強くなどなっていない。全部、幻だ」

「あんたに何が分かるの!」

 大地に向かって、スワルが叫んだ。

「強くなけりゃ、いけないのよ……! 強くないと……愛することも許されない。強くならないと……お父様にだって、愛されないのよ……ッ!」

 シアンの息が止まった。

 思ってもみなかったスワルの言葉が、胸を貫いていた。

 ────強くなければ愛されない。

「どうしてよ……ニギエラ様を最初に愛したのは……私だったのに…………」

 項垂(うなだ)れるスワルの両眼から、大粒の雫がアリーナの大地に落ち、砂に吸われて消えてゆく。

 シアンは何も言えなかった。

 目の前にいるのは、倒すべき敵でも、公爵の娘でもなかった。

 過去のシアン──母に愛されたいがために、ただただ強くなろうとした、あの時の自分自身だった。

「お前……」

 シアンは闘志を収め、スワルに向かって歩み出した。

 この孤独で頑迷な娘には余計なお世話かもしれない。それでも、そばに寄り添い、肩を抱いてやりたかった。

 少し宿命(さだめ)が違っていたら、自分も同じようになっていたかもしれないのだから。

 だが、そのシアンの優しさがスワルに届くことはなかった。

「あ……ああああああ────ッ!」

 突然、スワルが頭を抱えて絶叫した。

 魔薬の禁断症状が始まったのだ。長期間に渡る常習が、その発症を迅速なものにさせていた。

 その苦痛も、イリーズとは比べものになるまい。

「い……痛ぃ……! 死ん……たす、け……!」

 地面に倒れ込み、身をよじって泣き叫ぶ。

 シアンはすぐさま、その手から鞭を奪い取って、遠くへと投げた。のたうちまわるスワルが絡まりでもすれば、惨事は免れない。

「降参しろ! 本当に死んでしまうぞ!」

 そばにひざまづき、シアンは必死に説得する。

 早く終わらせなければ、彼女の身が保たない。ルールで定められた三〇秒すら今は惜しい。

 しかし、スワルは首を横に振る。

(なぜだ! なぜ、その執念を、もっとイリーズのように使えない!)

 シアンは歯噛みした。出来るなら気絶させてやりたいが、禁断症状の激しすぎる苦痛がそれを許さないだろう。

「鐘だ! 鐘を鳴らせ! 彼女はもう闘えない!」

 顔を上げ、場内に響く大声でシアンは叫ぶ。

 だが鐘は鳴らない。その非情さが、スワルに対するニギエラの仕打ちだとでもいうのか。

(針……! 針はどこだ!?)

 先刻、自分が針を投げ捨てた場所へと走る。一時的にでもスワルの症状を緩和させるには、今は薬に頼るしかない。

 だが二人の激しい動きで舞い落ちた砂が、すべてを覆い隠してしまっていた。

 地面に這いつくばり、手探りで針を探した。指に刺さる危険は承知の上。ニギエラや運営委員、そして大勢の観客のように、苦しむスワルを、ただ黙って眺めているわけにはいかなかった。

 だが、結局シアンが針を見つけることはなかった。

 鐘が鳴り響き、メガロニアの次代の王妃が決定したのだ。

 喚声は湧かなかった。観客にしてみれば、決勝というにはなんとも締まりのない幕切れである。落胆と困惑が闘技場にひしめき合っていた。

 シアンにも、勝利の実感はなかった。

 いまだ苦悶の声を上げて苦しむスワルのもとに駆け寄る。

「終わった……終わったぞ。助かる。もう少しの辛抱だ。おい、医者だ! 早く!」

 しかし、スワルには何も聞こえていないようだった。

 あるいは敗北感に打ちひしがれているのかも知れない。

 二人の周囲で、いくつもの光が膨らんだ。

 地下からの空間転移である。

(やっと来たか!)

 シアンは安堵し、そして愕然とした。

 光の中から現れたのは医師でも、委員会の神官でもなかった。

 獅子の鬣のような髪と髭。黄金の甲冑。二メートルを超す巨躯。

(公爵……!?)

 ヴランティールだけではない。何十人という近衛隊員が、二人を取り囲んでいた。

「お父……さ……!」

 父の姿に気づいたスワルが、満身創痍の身体を震わせながら、その足下へと這ってゆく。

「……お薬……! くださ…………死にそ……ッ!」

 金色の足具に包まれた大木のような足に縋りつき、懇願する。

 公爵は涙と鼻水と涎と砂で汚れきった娘の顔を見下ろし、ひざまづいた。

 その時、シアンは公爵が腰に長剣(ブロードソード)を帯びているのと、もう一本、その長身に匹敵する両手大剣(トゥハンドソード)を背負っているのに気づいた。

「苦しいか、スワル。お前にしてはよく闘った」

 グシャグシャになったプラチナブロンドを、公爵の大きな手が撫でる。

「今、楽にしてやる」

 嫌な予感がシアンを貫く。

 だが、止めるには遅すぎた。

 スワルの背中から、剣が生えた。

 刃を伝って、(きっさき)から血が滴る。

 その光が再び、スッと背中に消え、スワルの身体が大地にくずれおちた。

「役立たずめが。最初からこうしておればよかったわ」

 腰の剣を納め、嘲笑うように、そして吐き捨てるように、ヴランティールは言った。

 そして立ち上がり、シアンに背を向けた。

「そやつの処分は貴様らに任す。仲間の恨みを晴らすがいい」

 近衛隊が一斉に得物を構えた。

 だが、シアンには剣を抜く音も、歩み去ってゆく公爵の足音も聞こえなかった。

 人形のように動かなくなったスワルに歩み寄り、そっと抱き上げていた。服が血で濡れることなど、気にも止めない。

 光の消えかけた眼が、シアンを見た。

「お……ぁ……」

 端から血を滴らせる唇が、なにかを訴えて動く。

 それを最後にスワルは瞼を閉じた。

 シアンの腕が、その身体から力が消え去ったことを教えた。

 あれほど険しかった公爵令嬢の顔は、安らかに眠る少女の素顔を取り戻していた。まるで長い苦しみから解き放たれたかのように……

 託された──シアンはそう感じた。

 彼女の最後の願いを、鋭敏な耳はハッキリと聞き取っていた。

 ──お願い、お父様を止めて──

 シアンは自分という存在が、フッ、と遠ざかるのを感じた。意識が身体から分離して、自分を背中から見つめているようだ。

 不意に、背後にいた近衛隊の一人がここぞとばかりに剣を振りかざし、躍りかかってきた。

「が──ッ!?」

 だが、その身体が弾かれるように後ろへと吹き飛ぶ。

 女戦士の間に、どよめきが走った。

 隊員を蹴り飛ばしたのは、シアンではなかった。

 風に靡く、キツネ色の髪と、蠱惑的な肢体を隠すマント。

「シャキッとしいや、シアン・ルーン」

 マスクで籠もった声がシアンの背にかけられた。

 魔界特有の訛り。

 初めて聞く、イグニスの声だった。

「『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー!」

「今回はゲテモノネタは無しでやってもらうぞ貴様ら!」

「しゃーねーなー、わかったよぉ、一角兎の♂♂♂♂を食った女ぁ」

「それを止めろと言うんだ! いや、しかしそれにしても参ったな……」

「なにがだ?」

「スワルが死ぬとは、さすがに思ってなかった」

「作者も相当悩んだ」

「だが殺す方を選んだんだな……」

「実は彼女が生きるか死ぬかで、この先の展開が大きく変わってしまうのでな。酷な言い方だが、生きていると少々都合が悪かった」

「大人の事情かオイ……」

「参ったことに、ストーリー作りとはそういうものだ」

「今まで冷酷非情でワガママだったスワルが本心を吐露し始めたのは、作者のなかで殺す算段がついたからか?」

「フィーチャーしたら死亡フラグ、と言えなくもないが、それは違うな。スワルが真の敵ではないというのは最初から決まっていた。父親に虐げられるシーンや、支配されているという描写も何度か出している」

「嫌なシーンだったな」

「この作品が100%ギャグになりきれん最大の要因だ。そういう意味では失敗したと思ってる」

「なら今、あえてこの話を完全ギャグにするとしたら、どういう設定をつくる?」

「そうだな。スワルは父親に虐待されておらず逆に溺愛されていて、どこまでも甘やかされて育ったタイプの超ワガママお嬢様だったが、決勝戦で私にビンタされたことでマゾっ気に目覚め、ひたすら私に甘い折檻を要求するようになるとか」

「そしておいらの恋のライバルに……」

「それは……いろいろまずいな」

「んにゃんにゃ、最後は娘を取られて怒り爆発の親父とご主人の一騎打ちでさね」

「一応ラストバトルが成立してしまうのが凄いな」

「いや、実はスワルに惚れてたニギエラとの一騎打ち、なんてことになるかもしれんぞ」

「頼むそれはやめてくれお願いしますマジで」




次回予告


 突如現れたイグニスの

 真意は如何にあるのやと

 探るいとまもありはせぬ!

 怒り爆発シアンの拳を

 不殺に帰すは奴の業!

 牢のイリーズ達も動きだし

 公爵のクーデター止めるため

 ニギエラの剣が悪を斬る!

 決勝終わった今章だけど

 あと一節だけ続きます!

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