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主人と従者と決勝戦Ⅳ 王女アレを喰らう之巻

「前回のあらすじ!」

「うむ!」

「ご主人は出逢ったときから、おいらのハートを鷲掴み!」

「おかげで騒々しい従者を得てしまったものだ」

「ついでに、ご主人もおいらのこと、顔だけならまんざらでもなかった!」

「やめろ、それを言うな……」

「ついでに今回のあらすじ!」

「うむ……」

「決勝戦、ついに始まる!」

「ここまで長かったなぁー」

「ヒトも魔族も……悪鬼(オーガー)すら同じ…か」

 マオの話を、イリーズは感慨深げに聴いていた。

 ヒトの国家を護る者としては、シアンの言葉は机上の空論である。

 魔族、悪鬼、人狼(ワーウルフ)……三大脅威による被害は後を絶たない。それら一体一体に命の尊さを感じていては、市民の安全も、自分の身も守れない。

 だが同時に、シアンらしいとも思う。

 あの闘い方──型破りでありながら、確固たる理論と修練に裏付けられた高い戦闘技術──は、もしかするとそのような特殊な価値観に根ざしているのかもしれない。

(前の私なら、一笑に伏していただろうな……)

 あの男にずいぶん感化されたものだと、イリーズは内心自嘲した。

 ふとフルレラの方を見ると、王女は天井を見るともなしに仰いで、恍惚とした表情を浮かべている。

 きっとマオの話から、十体の悪鬼を薙ぎ倒すシアンを想像して喜悦に浸っているのだろう。

(正直、姫様があの〝武芸と顔だけの男〟のどこに心奪われたのかは、いまひとつ理解出来んが……)

 知り合いでもない王子に一目惚れした勢いで親衛隊に入ったイリーズに言えたことではない。

「ところでマオ、その籠の中は?」

 マデリーンの問いが、フルレラとイリーズを現実に引き戻した。

「あ、忘れてたぜ。へいへい、これね」

 マオはサンドウィッチの詰まったバスケットを開け、フルレラ達に差し出した。

「ほい。どうせ、まだなんも食ってねぇんだろ?」

 具はミンチカツのレタスとタマネギ添え。カツは肉厚で、見るからに精が付きそうだ。

「あ、この一番でっけぇの、姐御のね」

 たしかに、ひとつだけ他のよりも半分は大きなものがある。とくに消耗の激しいイリーズを元気づけるためだろう。

 だが、流石に王女を差し置いて親衛隊が先に手を出すわけにもゆかない。まずフルレラが鉄格子の間から手を伸ばして、ひとつを取った。

「おいしい!」

 ひと口食()むや、フルレラが眼を輝かせた。

「あたぼうよ。オイラ特製だもんね」

「マオが!? 凄い! でも、ちょっと食べたことない食感ね、これ。なんのお肉?」

「滋養強壮の特効薬、一角兎(アルミラージ)のオスの♂♂♂♂、一〇〇パーセント・カツぅ」

 マオ以外の全員の時間が止まった。

「…………マジ?」

「マジ」

 フルレラの笑顔が、急速に(しぼ)んでゆく。

 マデリーンは顔を背けて口元を覆い、イリーズにいたってはマオに向けて振り上げた拳骨を、理性で押さえ込んでいる。

「イリーズ、マデリーン。貴方たちも食べなさい……美味しいわよ。ほんと、涙が出ちゃうくらい」

 実際、若干涙目のフルレラである。

「いえ、姫様、我々は────」

「命令です。食べて、身体を万全にしておきなさい」

 かすかに殺気すら漂わせ、王女は辞する親衛隊隊長を黙らせた。

 言葉こそ隊員達を気遣って聞こえるが、道連れを欲しているのは明らかだ。

 思わぬ所で抜かれた伝家の宝刀に、イリーズも渋々、食指を伸ばして、止めた。

「待てマオ。この五割増しにデカいのが私と言ったか?」

 忌々しいまでに清々しいマオの笑顔を睨みつけて訊ねる。

「おう。しかも特別にユニコーンの♂♂♂♂との合い挽きだぜ。効くんだよぉ、これがぁ」

「よし。マデリーン、これは貴様に任せ────」

 その瞬間、マデリーンが素早く手を伸ばして、普通サイズのサンドを(さら)っていった。

「なッ、貴様──!」

「兵は神速を尊ぶ。決断の遅い隊長が悪いのですわ」

 部下の諫言(かんげん)にグウの音でも出ない。あとに退くことも出来ず、イリーズもサンドを手にした。

(見た目は普通のカツ、見た目は普通のカツ……)

 必死で自分にそう言い聞かせる。

 それに具材が一角兎とユニコーンのアレだというのも、マオお得意のきわどい冗談かもしれない。

 意を決してかぶりつく。

「……意外だ」

 美味だった。

 脂身は少なく、しかし赤身の甘さは強く、練り込まれたハーブの香りと相まって、五臓六腑に染み渡るような心地すら覚える。

「でしょ」

 先に食べきったフルレラが、目尻をぬぐいながら頷く。

「……認めたくありませんけどね」

 マデリーンも往生際の悪い感想を述べるのだった。


 楽隊がファンファーレを奏でている。

 最後の闘いが始まろうとしていた。

 シアンはベンチから立ち上がり、控え室をあとにした。

 タイミングよく、向かいの部屋からも公爵令嬢が出てきたところだった。

 狭い廊下に殺気が満ちる。

 そのすべてが、スワルから発せられる気だった。

「邪魔よ……あんた。なにもかも。イリーズは生かしてあげたけど、あんたは殺すわ」

 シアンは応えず、悠然とした態度で相対する。

 怒りはない。ただ目の前に〝闘い〟があるだけだ。

 やがてスワルの方が顔を逸らせ、先に門をくぐった。

 五歩ほど間をあけて、シアンもそれを追う。

 その胸には、師の言葉が甦っていた。

 「怒りは闘う動機たり得る。だが、どんな怒りも、殺しを正当化することは出来ない。たとえ正義のためであっても、怒りに任せて闘えば大きな過ちを犯す。怒りは心の奥底に沈め、五感は常に冷静でいろ」

 シアンはこれまで、その教えを守ってきたつもりだった。

 だが公爵たちの暴虐さに触れるうち、いつの間にか怒りに支配されていた。

 とくに、マオを傷つけられることには我慢がならなかった。

 今なら分かる──女傑への恐怖症を克服したかに見えた理由が。

 乗り越えたのではない。恐怖症もろとも、怒りに我を忘れていただけだ。

 その結果がヴランティールへの、あの衝動的な拳である。

 体重も乗っていない素人同然のパンチだった。あの体格差の相手に効くはずもない。

 完全に自分を見失っていた証拠だ。

 ファンファーレが調子を変えた。王子の登場を告げる曲である。

 決勝者の二人がアリーナ中央に辿り着いたのだ。

「スワル・ヴァン・ヴランティール。そして、シャロン。三〇〇人の戦士の中から勝ち上がってきたそなたらの、これまでの闘いぶり、まことに見事である!」

 王室席(ロイヤル・シート)の窓際に立ち、ニギエラが叫ぶ。

 その態度も言葉も、シアンの眼には王子としての仮面にしか映らない。

「諸君。私、ニギエラ・ヴァン・メガロは、ここに宣言する。メガロニアの名誉と栄光に賭けて、この闘いに勝利した者を、我が妻として迎えることを!」

 ニギエラを、そしてメガロニアそのものを(だま)していることに、シアンは罪悪感を覚えずにはいられない。

 自分が男だと知ったら、王子も国民も、さぞや残念がるだろう。

 だが、それでいいと思う。此度の大会そのものを無効にし、薬物や共謀に厳しく目を光らせた上で仕切り直せばいい。

 そうすれば、きっとイリーズが勝つ。

「それでは! これより《メガロニア次期王妃決定武術大会》、決勝戦……はじめ!」

 それまで王子に見取れていたスワルが、鞭を持つ手を掲げてきた。

 異様な鞭だった。

 全長二メートルの革紐(かわひも)に無数の鉄の棘が埋め込まれ、先鞭には小さな剣まで取りつけられている。

 スワルの殺意を体現したかのような鞭だ。

 だが、シアンは臆することもなく、少女の腕に、自らの腕を重ねた。

 その手には昨夜、シアンが自室で揮っていた武具、ヌンチャクが握られていた。

「なにそれ、連節棍(フレイル)? 馬鹿にしてんの? それとも敗北宣言?」

 シアンは答えなかった。

 その沈黙が、かえって相手の怒りを招いたのだろう。

 スワルが目を吊り上げ、動いた。

 瞬時に後退しながら鞭を振る。お得意の早技である。

 いつもなら、ここで相手は早くも顔に音速の一撃を受けている。まして、棘と剣を備えた鞭。当たれば最後、皮も肉もズタズタに引き裂かれてしまう。

 しかし、驚いたのはスワルの方だった。

 先鞭の刃が斬ったのは、虚空だった。

 切り裂かれるべき怨敵の身体は、その遥か先にある。

 一瞬にして鞭の射程外へと後退したのだ。

 なにより、スワルにはその速さが信じられなかった。魔薬で強化された動体視力をもってしても、捉えることが出来なかった。

(違うわ! 今のは私が油断したのよ!)

 自分に言い聞かせ、今度は前に踏み込みながら真横に薙ぐ。

 だが、またも刃は獲物を斬り裂けなかった。

 姿勢を落としたシアンの頭上を素通りしただけだ。

(ちっ、まぐれよ! 運の良い奴……!)

 偶然を呪いながら腕を振り返し、身体の沈みきった相手に向かって、思い切り振り下ろす。

 ────バシンッ!

 (いばら)のような革紐が大地を叩いた。

 そして、シアンはそこにはいなかった。

 片足を軸に身体を捻り、わずか数センチの差でスワルの渾身の一撃から逃れていた。

 ぞく──スワルの背筋に冷たいものが走った。

 三度……続けざまに三度も避けられてしまえば、もはや偶然とは言えない。二発目以降は、油断したつもりもない。

(ありえない……ありえないわよ!)

 焦燥に突き動かされ、いま一度スワルは鞭を振った。

 狙うは、脚。

 シアンは斜め後ろに跳んでこれを避ける。

(もらった!)

 スワルの狙い通りだった。

 すかさず逆の手をコルセットの裏に差し入れて〝それ〟を取り出し、シャロンに向けて吹いた。

 細長い筒──吹矢用の矢筒である。矢は無論、あのときと同じキツネビゲシ。

 囮の鞭から跳び退き、宙に浮いたシャロンに避ける術はない。

 これで、この生意気な余所者女もイリーズのように正気を失い、猛牛のように突っ込むことしか出来なくなる。

 むしろ、そうなってくれたほうが鞭で捕らえるのは容易い。

 棘を幾重にも巻き付け、不様に猛り狂う姿を見物しながらズタズタに斬り刻んでやる。

 スワルは勝利を確信し、心の内で哄笑をあげる。

 が、その笑みは一秒と経たずして凍り付いた。

 スッと、まるで何ごともなかったかのように、シアンが地面に降り立ったのだ。

 否、胸前に掲げたその指が小さな針を──紛れもない、スワルが放ったキツネビゲシの矢を──掴んでいるではないか。

 そして、糸くずを払うかのように、シアンはその針を投げ捨てた。

(なに……なんなのよ、こいつ!?)

 幻影──スワルには目の前の女が実態を持たない、己の妄想の産物であるかのように感じられた。

 幻なら鞭も当たらない。

 幻だから、吹矢も指先だけで受け止めてしまう。

(そんな……そんなこと、あるわけ──ッ!)

 湧き上がる恐れを振りほどくように、スワルは矢筒を捨て、鞭を走らせた。

 その瞬間、シアンが懐に飛び込んできた。

 あ、と思ったときには、ヌンチャクが右手を直撃していた。

「いぁ────ッ」

 顔をしかめ、スワルは鞭を落として手を押さえた。

 そして、絶句した。

 指輪が砕けたのだ。

「もう薬は打てまい」

 怜悧な声が、公爵令嬢に追い打ちをかけた。

「あんた……最初から……!」

 狙い澄まされた一撃だった。

 まず指輪を潰す──それがシアンの策だったのだ。

 ぎり……スワルは歯を噛み締めた。

 図星である。

 指輪に嵌められていたのは模造ダイヤ。内部にはキツネビゲシの針が仕込まれており、肌に押し当てると尖端が頭を出すという仕掛けだった。

 スワルは指輪を首筋に当て、定期的に魔薬を摂取していたのだ。髪を掻き上げる際の大袈裟な仕種は、それを隠すためのカムフラージュというわけである。

 そのうえ吹き矢まで奪われてしまった。すべてはこの女の術中──誘い込んだつもりが、まんまと誘い出されたのだ。

 もっともシアンから見れば、序盤の様子見は公爵令嬢から冷静さを奪うための布石でしかなく、吹き矢を曝してくれたのは予想外の収獲だったのだが。

「くそッ! くそぉぉぉッ!」

 スワルは鞭を拾い、がむしゃらに振り回した。

 いいように踊らされた怒りが、恐怖を飲み込んでいた。

 常人の眼には影すら捉えられない狂気の嵐が吹き荒れる。

 だが、シアンはその連撃を軽やかな体捌きで、ことごとくかわしてゆく。

 冷然とした眼が、猛り狂う少女の一挙手一投足を見切っていた。

(なんで……!? なんで当たらないのよッ!?)

 スワルのなかで、しだいに焦りが甦ってきた。

 こいつは幻なんかじゃない。

 だが、最高の力を手にしたはずの自分の攻撃を、この女はいとも簡単にすり抜けてゆく。

 まさか、こいつも魔薬を使っているのか?

 それとも魔族の変装?

 疑念がスワルを混乱させ、手足の動きをいっそう乱れさせる。

 イリーズ戦の再現だった。

 やがて襲い来る禁断症状に、今度は公爵令嬢が怯える番だ。

「く……ッ、ちくしょぉ!」

 あろうことか、スワルは鞭を地面に投げ捨ててシアンに突進した。

 鞭が駄目なら格闘戦に持ち込む──素人の浅はかな閃きだった。

 なまじイリーズとの闘いで体当たりが勝利に繋がったばかりに、それが効果的と錯覚してしまったのだ──相手が、その格闘戦の泰斗であることさえ忘れて。

 たちまちシアンに足を払われ、スワルは顔から地面に突っ込んでいた。

「くっそ!」

 服の砂を払いもせず、眼を血走らせて立ち上がる。

 ────パンッ────

 シアンの平手が、公爵令嬢の頬を打った。

「『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー!」

「私とマオの役目も早々に元通りだな」

「ってなワケで、姐御がなんか言いたいそうでやす」

「貴様ぁ! よくもまぁあんなゲテモノ食わせてくれたな! しかも私はともかく姫様にまで!」

「どうどう姐御」

「馬じゃない!」

「あ、ゴリラか」

「違うわ! 前もやったな、このやりとり!」

「それはそうとして、美味かったでやしょ」

「美味かった! それだけにすっごいムカつく!」

「イリーズ……すっかりキャラが崩れてるな」

「あんなもん食えば崩れもするわ! 貴様ら、野宿のときはあんなゲテモノばかり食べてるのか!?」

「野宿じゃねぇときも食ってるぜ。塩や香辛料に漬けて持ち運ぶのさ。狩った獲物は革から骨まで使うのが、おいらの流儀なんでぇ」

「私も最初は驚いたが、料理人の腕がいいのか、なかなかどうしてイケるもんでな。内臓類もほとんど食料か薬品になるから、こいつといると物資に困らん」

「内臓まで……だと……!」

「とくに肝臓なんかは栄養満点だかんね。ご主人の美しさと健康の秘訣って言っても過言じゃねぇぜ」

「まさか貴様の強さの秘密が……う、いや、私は駄目だ……とうてい真似出来ん……」

「ふふふ……あのカツ、美味かっただろぉ姐御ぉ」

「やめろ! 誘惑するな! いや、それにしてもさすがに毛皮や骨なんかは食えんだろ。そういうのは一体どうしてるんだ?」

「ああ、おいらがチョチョイっと加工して、アクセサリーとかコースターなんかの小物にして旅先で売ってる」

「物作りの神様か貴様!」




次回予告


 シアンのビンタが心を乱す!

 暴虐尽くしたスワルの胸から

 秘めた想いがこぼれるとき

 その背にシアンは何を視る!?

 またも消え去るギャグシーン!

 これはほんとにコメディなのかと

 シリアス止まらぬ急展開!

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