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主人と従者と決勝戦Ⅲ 従者突っ込む之巻

「前回までのあらすじ」

「あ、今回あらすじコーナーでは、おいらとご主人で役を変えてみてるぜ」

「マオが帰ってきた。まだ無理をしている感はいなめないが、あの笑顔を見て私はようやく心が落ち着いた」

「え、ちょ、ご主人……?」

「ニギエラ王子も、一人の人間としての本音を語ってくれた。自らも危険な立場にあるなか、私のマオを助けてくれた男だ。彼は信頼に値する」

「私の……? 私の……!?」

「王子には腕のいい腹心がいるという。私にとってはマオがそれだ。囚われているイリーズたちのもとへ走らせたが、決して邪魔だからではない。マオが彼女達を守ってくれると思えばこそ、私も安心して決勝戦に集中出来るというものだ」

「ご主じぃーん!」

「な、なんだ!? どこか間違えたか? ああ、前回までのと、今回のあらすじの境目が曖昧だったか?」

「愛してるー!!」

「いきなりなんでそうなる!?」

     ※


 メガロニアの留置所は、執政棟の一階にある。

 裁判までの間とはいえ国家機関の中枢に犯罪者が置かれるのは、犯罪という国の問題から王が心を離さないための訓戒である。

 外側からしか開けることの出来ない頑強な扉の前には四人の近衛隊員が整列し、廊下を通る者たち──とくに親衛隊員──に、睨みを効かせていた。

 本来ならば、戸口に立つのは正式な宮中警備隊である親衛隊の役目だが、先だって捕らえられた二人が隊員という理由から、役を交代させられたのだ。

 しかし隊から咎人(とがにん)が出たとしても、親衛隊そのものが宮中の任から外されることはないのがメガロニアの慣例である。

 ヴランティールの独断ではなかった。公爵に(くみ)する官僚がそれだけ多いのだ。

 ここへきて、ニギエラは公爵派を完全に抑えられなくなっていた。

「あ、あの……ッ!」

 近衛隊の前に、一人の少年が立った。

 たちまち、四人は「おっ」と好色気な顔を作った。

 ウェーブのかかった金髪を持つ、愛らしい使用人(バトラー)の少年だった。

 その制服で、王宮に出入りしている奉公人であると分かる。

「王女様が、こ、こちらにいらっしゃると聞いて……それで、御昼食を……」

 言葉もたどたどしく、少年は手に提げた小ぶりなバスケットケースを示す。

 屈強な女戦士たちを前に激しく動揺している。

 隊員の一人が歩み出て、バスケットの上にかけられたナプキンを(めく)る。中にはサンドウィッチが並んでいた。サンドの間を軽く掻き分けてみても、武器らしきものは隠されていない。

 だが、隊員は気を抜かなかった。

「ここで待ってな。王女様には、あたしらが渡す」

「あ、はい……どうぞ」

 残念そうな表情をしながらも、少年は籠を渡した。

 言葉通り少年を待たせると、その隊員は籠を持って扉を開けた。

 拘置所の中が垣間見える。

 ポンッ──その瞬間、音を立てて少年が消えた。

 そして、拘置所の中に現れたではないか。

「これが必殺、ネコ欺しぃ!」

 それまでのおどおどした態度から一変。勝ち誇ってガッツポーズを決める。

 内外のすべての人間が状況についてゆけず、茫然と立ちつくした。

 独房の中にいるイリーズとマデリーンすら、眼を円くして凍りついていた。

「まさか……マオ!?」

 ようやくフルレラが叫んだと同時に、少年が隊員の手からバスケットをかすめ取る。

 そして、金髪のカツラを脱ぎ捨てた。

 ふるっと震えながら、大きな三角形の耳が現れた。

「あー、耳畳んでるの、しんどかったぁ」

「お前ッ、あの女の使い魔……ッ! 引っ捕らえろ! 縄はどこだ!?」

「あぶねッ、よいしょ」

 拘置所内で独房を直接監視していた近衛隊員らが動き出すや、マオは再び姿を消した。

 その身が次に現れた場所は────

「な……ッ、貴様ッ!?」

 あろうことか、イリーズの隣だった。

「王女ぉー、タスケテぇー」

 舌を出してヘラヘラと笑いながら、鉄格子を掴んでガタガタ揺らす。

「マオッ、それ洒落にならない!」

 さっきの自分を笑い飛ばすかのようなきわどい冗談に、フルレラも思わず苦言を呈する。

「開けろッ! 鍵は────しまった、公爵が……ッ!」

 隊員たちは愕然とした。

 先の地下牢での一件もあり、独房の鍵は公爵が直々に預かっていたのだ。

「やーい。そんなこったろうと思ったぜぃ。ばーかばーか」

「くそッ、このチビ魔族が……ッ!」

 バスケットを掴まされた隊員が、怒りに全身を震わせながら剣の柄に手をかけた。

「およしなさい。私の客人です」

 フルレラが前へ出て、その抜刀を制した。

 もっとも、相手が檻の向こうにいる以上、剣を抜いてもどうしようもないのだが。

「く……ッ。このことは、公爵殿下に報告させてもらうッ!」

 吐き捨てるような負け惜しみを残して、その隊員は拘置所から退出した。

 所内にいた二人の隊員もまた、憤懣やるかたなしという表情で、監視用の椅子に座り直した。

「マオ……無茶しすぎよ。また捕まったらどうするの?」

 フルレラが心配そうに、房に入ったマオへと歩み寄った。

「大丈夫。今、こっちに公爵はいねえって、王子さんが教えてくれたかんね」

 拘置所の場所とあわせて、ヴランティールの動向も王子から聞き及んでいた。

 まるで実際に見ているかように、自信たっぷりに公爵の居場所を語るさまにはマオも驚かされた。

 「たしかな情報こそ戦略の起点だからね。親衛隊とは別に、そっち方面に関しても、腕のいい腹心は抱えておくものさ」

 王子は自慢げにそう言った。

「その様子だと、もう調子も元通りのようだな」

 改めてマオを見て、イリーズが優しげに微笑む。

 疲れた笑みではあったが、狂気の色は消え去っていた。

 ここへきて、ようやくキツネビゲシの支配から完全に脱したのだ。

「姐御、すまねぇ。おいらのせいで……」

「言うな。私は後悔などしていない」

「……わかった。ありがとよ、みんな。今度はおいらが助けになってみせるぜ」

 フルレラ、イリーズ、マデリーン──小さな魔族を助けるために命も名誉も危険にさらした女たちを見回し、マオは胸を叩いてみせる。

「自分から牢に飛び込んだ奴の台詞とは思えんな。まったく、貴様ら主従は無茶苦茶だ」

 イリーズが呆れた。

 しかし口ではそう言いながらも、本心では期待もしていた。

 この従者なら、何か奇策を用意しているに違いない、と。

「そうは言っても」

 マオが来てから初めて、マデリーンが声を発した。

「シアン様のお(そば)にいなくてよろしいのかしら? 心配ではなくて?」

「へんだ。ご主人は負けやしねぇよ」

 その美貌にジト眼を送り、マオは素っ気なく答える。

 だが、その言葉は決して意地っ張りでもなければ、期待でもない。

 経験からくる信頼だ。

「言ってくれる。負けた者を前にして……」

 イリーズが自嘲気味に言う。

「あんたらにも見せてやりてぇよ。ご主人が本気になったとこをよ」

「そんなに凄いんですの?」

 マデリーンが訊いた。

 なまじ本気を出した勝負で完敗したただけに、その真の実力には大いに興味があった。

「ふふん。あんた、悪鬼(オーガー)を十体、一人で何分かかる?」

 訊ね返されたマデリーンならずとも、周囲にいた全員がぞっと怖気立った。

 悪鬼といえば、魔族、人狼(ワーウルフ)とならんで、ヒトにとって最も危険な種族のひとつである。

 群れを成すことは稀だが、巨躯と怪力、強靱な外皮と生命力、そして獰猛さで恐れられ、並の剣士が三人いてようやく一体倒せるとさえ言われている。

「無理、ですわね」

 マデリーンは即答していた。

 自分の実力だと、三体までなら倒す自信はある。だが、その先が続くとは思えない。

「隊長は一度、お一人で六体、討伐されましたわね」

「マジかよ。姐御やっぱヤベェな」

「運もよかったのだ。岩場が多くてな。後退と撹乱を繰り返してなんとか殲滅したが、それでも十分以上はかかった」

「私は……一体も無理だわ」

 フルレラが声を震わせる。

「一体だけでも難しいのに、あの方はそれを……?」

「だいたい一分」

 イリーズらが絶句した。

 その一方で、拘置所の奥から嘲笑が湧いた。

「チビ、オレらを脅してるつもりか?」

 監視役の近衛隊員達だった。

(ドラゴン)じゃあるまいし、あのモヤシみてぇな女が悪鬼を十体? ハッタリってのは、もっと控えめに言うもんだぜ」

 自然界最強の種族の名を引き合いに出して、隊員らがせせら笑う。

「なんとでも言いねぇ。公爵ジジイが反乱でも起こしゃ、嫌でも見れらぁね」

「……本当なのか?」

 イリーズが訊ねた。

「あたぼうよ。初めてご主人と逢ったとき、おいら、それで助けられたんだもん」

「シアン様とマオの初めて? 気になるわ。聞かせてくれない?」

 マオの返事を待たずに、フルレラは折り畳み椅子をズズッと鉄格子に寄せてくる。

「姫様、言い方が……」

 眉根を顰めるイリーズとマデリーンであった。

「いいぜ。ちょっと長くなるがよ、耳かっぽじってよおーく聞きな」

 マオとシアンの邂逅は、およそ一年前に遡る。

 当時のマオは、少女になりすまして旅人から食料や金品を騙し取ったり、夜陰に紛れて集落から盗みを働く盗賊であった。

 悪知恵が働き、標的や隠れ家を転々と移していることもあって、ヒトの捜査も上手くかいくぐり続けていた。

 だが、絶対に捕まらないという、その慢心が仇となった。

 とある集落に、数度目の盗みに入ったときだった。

 忍び込んだ蔵を、十体の悪鬼(オーガー)の群れに包囲されたのだ。

 村に雇われた怪物使い(モンスターテイマー)が仕掛けた罠だった。

 用心棒がいることくらい、事前に調べていれば分かったことだ。

 さらに、その用心棒は魔族捕獲の専門家でもあったらしい。

 必死に突破を試みたマオだったが、悪鬼の腕力で次々に投げられた拘魔縄のネットをかわしきれず、ついに捕縛されてしまった。

 やがて朝になり、マオは村の広場に打ち立てられた丸太に縛りつけられた。

 その瞬間から、盛大な私刑(リンチ)が始まった。

 マオでも思いつかないような下劣な罵声とともに、唾が吐かれ、石が投げられ、拳が打ち付けられた。

 衣服は切り刻まれ、剥ぎ取られ、太陽の下に裸体が晒された。

 そして満身創痍のマオに村長は契約を迫ったのだ。

 野良は殺すが、ヒトに服従するなら生かしてやろう──魔族はヒトに管理されるべきという、典型的な魔族支配主義である。

 マオは拒否した。

 命惜しさから、こうした形で契約に走る魔族もいる。

 だが、このようなヒトに仕えたところで、奴隷か家畜のような扱いを受けるだけである。

 それならばまだマシと言える。生命力が強いのをいいことに、慰みものとして暴行されることも珍しくない。

 生きたいように生きられないのなら、死んだ方がマシだ。マオは(わら)い、そう言い放った。

 だが、半分は強がりに過ぎなかった。

 足下に枯草の束が広げられ、その一端に火を点けられた瞬間、マオの恐怖は爆発した。

 悲鳴とも唸り声ともつかぬ叫びを上げながら、なんとか縄から脱出しようと身をよじった。

 こんなところで死にたくなかった。せこい盗賊業に夢も希望もあったものではないが、それでもまだ生きていたかった。

 そんなマオに、村人達は嘲笑と石を投げ続けた。

 火が足下に迫り、煙に喉が燻されてゆく。

 どうあっても縄から抜けられないと悟ったとき、マオは生まれて初めて、心の中で誰でもない〝誰か〟に助けを求めた。

 一匹オオカミの盗賊だったマオを助けにくるものなどいない。

 よしんば、誰かがそれを目撃していたとしても、狂気に満ちた村民達と、その後ろに控える十体の悪鬼を前に、一体、何が出来るだろう。

 だが、その者は来た。

 火を蹴り飛ばし、手刀で縄を断ち、崩れ落ちるマオを抱きかかえた。

 そして脱いだローブをマオに着せて地面に横たえると、村人達に向き直って言った。

 「この魔族が何をしたかは知らぬ。だが、相手が魔族であろうと関係ない。これが人間のやることか」

 静かな声だったが、それは闇夜に鳴る鈴の音のように、凜として響き渡った。

 その直後に起こったことの衝撃は、今でもマオの眼と心に焼きついている。

 不届き者に向けて、村人達はすぐさま用心棒を差し向けた。

 何の武器も持たないヒト一人と、十体の悪鬼。結果は火を見るよりも明らか……と誰もが思った。

 だが、彼らの目の前で展開されたのは、さして上背も肩幅もない小柄な青年に、悪鬼の群れが一方的に打ちのめされてゆく光景だった。

 その神速の立ち回りを眼で捉えられた者など、一人もいなかった。

 マオですら、契約した魔族だと本気で思ったのだ。

 気がつけば悪鬼達はすべて地面に倒れ、痛みに悶えていた。

 片や青年はといえば、かすり傷ひとつなくその渦中に佇んでいる。

 血相を変えた怪物使いが、何度も立つよう指示を出したが、彼の兵士は主の命令に従おうにも、身体が言うことを聞かないようだった。

 脚の骨を蹴り折られたのだというのは、マオも後になって知ったことである。

 「術で操られた憐れな悪鬼達に罪はない。よく介抱してやれば、また立つことも出来よう。だが……」

 言葉を切るや、青年は瞬く間に、怪物使いと村長を殴り倒した。ボゴッという嫌な音がしたので、頬骨くらいは割れただろう。

 「二人が起きたら伝えておけ」

 青年の人睨みに、村人達が震え上がって立ちすくむ。

 「ヒトも、魔族も、悪鬼も、命の尊さに変わりはない。それを弄ぶのなら、近いうちにまた私が相手になるだろう。今度は容赦せん、とな」

 怯えきった村民に釘を刺し、マオを抱き上げた。

 ようやくまともに見ることの出来たその顔を眺めながら、マオは自分の胸の高鳴りを聞いていた。

 力強い腕とたった今の激戦が嘘であるかのような優麗な容貌。なにより、ヒトも魔族も(そして悪鬼さえも)同じだという言葉。

 この時、無頼の徒だったはずのマオは種族を超えて、その青年に心底から惚れてしまったのだ。

 そして、村から離れた山中で手当をされているさなかに、マオはこの青年の従者となる決意を固めた。

 それは助けた魔族が眼を閉じて休んだのを、眠ったと勘違いした青年が小声でボソボソと呟いたのがきっかけだった。

 それも、心底残念そうな声で……

 「可愛いから、チラッと見えたとき女の子だと思ったんだがなぁ……耳を見てなかったとは……しかも、オスかぁ……」

 マオは思った。

 (あ、この人、見た目よりだいぶマヌケっぽい。一緒にいてあげねぇと早死にするかも)

 オスだというのを残念がられたことなど、まったく気にならなかった。

 惚れた人に「可愛い」と思われたなら、それでいいのがマオなのだ。

「『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナーだ」

「こっちもご主人がタイトルコールだぜ」

「シアン、今回のマオの昔話で気になったのだが」

「昔話て……」

「貴様、マオと出逢う前はどうやって生き延びていたのだ?」

「……待て。その言い方だと、私はマオがいなければ生きられないと?」

「自分で言ってやした。野垂れ死んでたって」

「ああ……そうだった、言ってたなぁ。酒も入ってたが……」

「酒飲んで出る性格が本性ですぜ」

「余計なことを言うな……」

「で、劇中で分かる限り、貴様はマオに比べて著しく生活能力が低いようだが、師匠と別れてからマオが従者になるまでの一年も、ずっと一人で旅をしていたのか? どうやって身銭を稼いでいたのだ?」

「姐御。それ、ファンタジーで訊いていいことじゃねぇかも……」

「誤解してもらうと困るのだが、私だって最低限生きるすべくらいは師から学んでいる。そりゃ、マオに比べれば色々とお粗末なものだが。各地で日雇いの労働をしたり、賞金首を捕まえたりしてな」

「でも金銭感覚がサッパリでやしたから、値切りもせずにあっと言う間に使い果たして野宿まっしぐら」

「問題ない。修業時代は師とよく山中で暮らしたものだからな」

「極端だなオイ! 貴族育ちと野生生活の行ったり来たりか!」

「あとご主人、料理とかも全然だったから、引っこ抜いた芋とか、狩った動物とかもてきとーに焚き火で焼いただけで食ってやしたね」

「塩もなしか!?」

「なし! 編み物も出来ねぇから、服の修理もいちいち町の裁縫屋に!」

「風呂は!?」

「川! おいらでさえ、ねぐらに湯沸かし器置いてたのに!」

「ひいー! そりゃ早晩野垂れ死ぬし、誰も嫁になろうとは思わんわ!」

「人の私生活曝露して()き下ろすのやめろ!」




次回予告


 マオのバスケットの中身が知れりゃ

 最後の試合の鐘が鳴る

 やっと始まる決勝戦

 激動、策謀、愛憎の果てに

 次期王妃へとたどり着くのは

 怒りを秘めたるシアンの拳か

 憎しみ滾らすスワルの鞭か

 互いの本気が今試される!

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