主人と従者と決勝戦Ⅱ 王子曝露する之巻
「前回までのあらすじ!」
「うむ!」
「ちっちゃい頃のご主人はさぞかし美少年なんだと思いました! おいらも見たかったです!」
「小学生の感想文か!」
「でもおいら今のご主人も美しくて大好きでやんすよー」
「どーも!」
「今回のあらすじ!」
「はいはい!」
「女装したおいらに、ご主人もメロメロ!」
「ないない!」
「チッ、引っかかんねぇか」
「私はロリコンではない。だいたい、その服はどうした?」
「王女がくれやした──あ、本物の方ね。似合いやすか?」
一歩下がって、マオはスカートの裾を摘んで御辞儀をしてみせる。
似合う……と思ってしまった自分が少し恐くなるシアンであった。
(いや……そもそも、なんで女物を着せる必要があるんだ、ミラ?)
本物のフルレラ王女と知っても、シアンの中で彼女はミラウラだった。マオに負けず劣らずの姦しさを爆発させていたあの娘が一国の王女とは、にわかには認めがたい。
「身体はもういいのか?」
「へい。傷も完全に塞がりやした。流石はキツネビゲシでやす」
笑顔でそう言ってから、マオはフッと黙り込んだ。
シアンの手が、その身体を抱き寄せていた。
「すまない。つらい思いをさせた」
マオの強がりが、シアンには分かっていた。
袖口から覗く腕、首筋、顔……
そこに浮んだ消えきらぬ傷痕が、拷問の凄まじさを伝えていた。
それに、魔族本来の生命力をもってしても、心の傷までは癒やせない。
心だけはヒトも魔族も同じなのだ。
「おいらこそ、心配かけやした」
マオも主人の背に腕を回す。
「ご主人……大好き」
「ああ、私もだ」
「ホントに?」
「本当だ」
「じゃ、キス────」
「だから! なんで、そうなるッ!」
「うわひぇぁー!」
マオの身体が放り投げられた。
そして、空中でガシッと受け止められた。
「痴話喧嘩かい?」
ニギエラだった。
「うんにゃ、愛情表現」
「フフ……ッ、シャロン。そなたが優勝したら、私は嫉妬に狂う日々を送ることになりそうだ」
少し疲れた笑みで冗談を飛ばしながら、マオを降ろした。
シアンにとっては、ゾッとする冗談である。
「私に何か用か?」
この期に及んで、王子の花嫁候補(詐欺)にあるまじき態度である。イリーズがいれば、激怒して剣を抜いているところだ。
だが、相変わらずニギエラは眉一つ動かさない。
「キツネビゲシの針に関して、耳に入れておきたい話があってね。今さらかもしれないが、そなたらも関わってしまったことだし……」
「私達は拾っただけだ。まぁ、治安当局に届け出なかったのは罪かもしれんがな」
「出さなくて正解だったよ。どうせ事実も物証も葬られてただろうから」
これには、シアンもマオも眉を顰めた。
「……詳しく聞こう」
シアンの言葉を待ってか待たずか、ニギエラは訥々と語り出した。
「だいたい半年前のこと。国境警備隊がとある魔薬売買に関わる組織のアジトを突き止めて、潰滅させたんだ。そのとき押収したなかにあったのが、ゆうに一キロはある巨大なキツネビゲシの樹脂の塊さ」
ゾッと主従の背筋が冷えた。
キツネビゲシが一キロもあれば、一体何人のヒトを発狂させられるだろう。
「当然、これは他に押収品された魔薬類と同じように、この王都メガロニアの警備隊本部で、証拠品として厳重に管理された。けれど……」
気を持たせるようにニギエラは言葉を切ると、天井を睨み、奥歯を噛んだ。
「昨日、イリーズにキツネビゲシが打ち込まれたと聞いたとき、私は嫌な予感がして、警備隊本部に出向いたんだ。この眼で、件の証拠品をあらためるためにね」
殊勝な王子だ、とシアンは思った。しかし、それだけ周囲に信頼の置ける臣下が少ないということだろうか。
とはいえ、どうりでイリーズを見舞ったという話ひとつ耳にしなかったわけだ。
「一見すると、樹脂塊には何の異常もないようだった。けど計量にかけたとき、私は確信した。何者かが削り取ったのだと」
怒りを抑えて、シアンは目を伏せた。
治安を守るはずの警備隊が犯罪に手を染めたなど、メガロニア国民ならぬ身でも聞きたくない話だ。
マオなど、露骨に顔をしかめている。
「一キロはあったのが八〇〇グラム──少なくとも二〇〇グラムは減っていた。しかも、それだけじゃない……!」
ニギエラが語気を強めた。
「事件の記録を見てみると、すべてが最初から八〇〇グラムしかなかったかのように書かれていた! まるで、一キロだというのは、私の記憶違いか、妄言であるかのように!」
「たしかに、あんたは一キロだったと言うんだな? 確証はあるのか?」
「もちろんさ! なぜなら半年前に魔薬組織のアジトに突入したとき、警備隊の陣頭指揮を執っていたのは、僕なんだから!」
主従は揃って目を見開き、メガロニア王子を見た。
「もちろん押収品の検分と保管にも立ち会った。その時の戦慄は今でもはっきりと憶えている」
「もしか……」
マオが言った。
「もうすでに、ドでけぇ罠が張られてるんじゃ」
「どういうことだ?」
シアンが訊ねた。
「おいらは公爵と小娘が魔薬の針のことを話してるのを聞いてまさぁ。削られたキツネビゲシが公爵の手にあるのは間違いねえ。けど一番の問題は、警備隊の上層部に公爵派がいるってのも、まず間違いねぇってことでさ。もし、こいつが証拠品のキツネビゲシが削られていたって公表したとしまさぁ。するってぇと、文書の上では間違ってねぇけど、当時を知る隊員達との証言が食い違う──多分、こいつらも公爵派で固められまさぁね。そうなってくると、どの時点で誰が削って持ち去ったか。もっとも怪しいのは、半年前に部隊を率いて、証拠品の検分と保管に関わり、なおかつ記録を改竄して、証拠を隠蔽できるだけの権威を持つ人──王子さん、ってことになりまさ」
「アンジェラ……いや、マオか。そなた一体何者……?」
今度は王子が目を円くした。
「ご主人の最愛の人」
「違うわ!」
「違うの?」
今にも泣き出しそうな顔で、マオが主人を見る。
「いや、違わないが……ええい、話をもとに戻せ!」
「あ、ああ。マオの推理は、私が達した結論とほぼ同じだ。思えば、もともと件のアジトの場所は匿名の通報で発覚したもの。私が警備隊を率いたのは伯父が軍を率いて遠征していたからだ。事件の証拠品に関わった隊員は今、そのほとんどが辺境や前線に転任。そして現警備主任は公爵派。魔薬組織を利用した罠が最初から組まれていたんだ」
「娘を次期王の妃に即かせたうえで、王子に対する民衆の不信を煽るつもりか」
「小娘が姐御に針を打ったのは、あのジジィにも予定外だったみたいでさ。けど、現に姐御を逮捕したみたいに、小娘が優勝しちまえば全部うやむやになっちまう」
シアンは舌打ちしたい気分だった。勝者が正義とはよく言ったものだ。
奸計……鬼謀……王とその子らを貶めるためなら、公爵はどんな手も使うらしい。それどころか、このメガロニアという国の崩壊すら目論んでいるのではないか。
それにしても、ヴランティールをそこまでさせるのは、一体なんなのだ。
弟への恨み? 野心? それだけなのだろうか。
「シャロン。この大会が終わったら、伯父はそなたを殺そうとするだろう。だが、手を出さないでくれ。彼は……私が倒す」
「公爵の動きは掴んでいるのか?」
「私の腹心に見張らせている。表だっては言えないが、腕前は飛びっきりだ」
「解った、と言いたいが、その前に……ひとつ答えてくれ」
「なんだい?」
「もし、公爵令嬢が勝ったら、あんたは、あの子をどうする?」
「どうする、って。王妃として迎えるに決まっている」
「それだけか?」
「……僕に、何を言わせようとしてるんだ?」
シアンは答えない。
まるでニギエラの心の奥を探るように、じっと瞳を合わせていた。
「わかった、わかったよ! そんな眼で見ないでくれ」
視線の衝突に耐えかね、王子は頬を赤して顔を背けた。
「正直、考えたくもない。今はきみが勝つと信じたい」
観念したかのように壁に拳を打ちつけ、項垂れた。
「スワルだって? 愛せるわけがない。だってそうだろう。彼女は間違っている。邪道だ! あんなのが王妃になりでもしたら、メガロニアは諸国の笑いものだ!」
「憎いのか?」
「ああ、そうさ。殺してやりたいくらいだ。イリーズまで貶めて……ッ!」
もう一度、ニギエラは壁を殴った。
好青年で名高い王子が殺意を露わにしていた。
それは抑圧された負の感情の吐露だった。周囲の期待に応えようとするあまり、ニギエラはこれまで、そういった悪感情をすべて、己のなかに封じ込めてきたのだろう。
「それが、あんたの本心か」
「ああ。醜いだろう? 次期国王が、こんな……妃を殺すだなんて…………」
「構わない。あんたの、一個人としての言葉が聞きたかった」
「僕を……嫌いになったり、しないのか?」
訊ねるニギエラの声には怯えがあった。
この青年の優しさはナイーブさの裏返しかも知れない、とシアンは思った。
「使命感を挙げ連ねるよりは、よっぽど好きになれる」
「え……」
ニギエラが紅潮した顔をシアンに向ける。赤みは頬ばかりでなく耳まで染めて、顔全体が夕陽のようになっている。
その表情に、ことの成り行きを見守っていたマオが眉根を顰めた。
王子の所作に嫌な予感を覚えたのだ。
しかし、次の瞬間、シアン一言で二人の意識は現実に引き戻された。
「だが、お前はどうだ…………公爵令嬢?」
ニギエラとマオは弾かれたように、シアンの視線を追って振り向いた。
唇を噛み締め、今にも泣き出しそうな表情のスワルが戸口に立っていた。
「スワルッ!? そなた、部屋に戻ったのでは……!?」
「あなた様のお姿を、お見かけして……追いかけて参りました」
「あ……その、今のことは…………」
讒言を本人に聞かれたと知るや、ニギエラはしどろもどろになる。
シアンはその姿を情けなく思いつつも、心の中でニギエラに詫びた。
スワルが途中からそこにいることに気づいていたのだ。
「ニギエラ様……幼い頃は、よく遊んでくださいましたわね」
震える声でスワルは思い出を語った。
「あの頃から、私、ずっとあなた様のことを、お慕い申しておりました。あなた様の妻になることだけを……ずっと、夢に見てきました……」
だが、その訴えが、シアンにはひどく身勝手なものに聞こえる。
ニギエラもシアンと同じなのだろう。積年の愛を告白された王子は、少女を抱きしめることも、何らかの返事をすることもなく、ただ顔を逸らし、眼を閉じた。
その態度がスワルを打ちのめした。
「…………私、勝ちますわ。そして、どうか……あなた様の手で…………」
絞り出すようにそう言い残し、踵を返して、向かいの控え室へと消えた。
「ひどいよ、シャロン……気づいてたんだろう?」
「すまない。あんたを欺したわけではないんだ。公爵の件は了解した」
「あ、ああ……頼むよ」
敬語こそ使わないが、先刻から遜りっぱなしのニギエラである。
もはや、どちらの立場が上か判ったものではない。
「ところで、イリーズとマデリーンの傍には誰かいるのか?」
「今は、妹がいる」
ニギエラの答えにシアンは安堵した。
公爵の命令がなくとも、近衛隊が二人を虐げる可能性は大いにある。
なにしろ、他国の犯罪者やならず者で構成されている隊である。メガロニアの親衛隊に遺恨を持つ者がいてもおかしくない。
むしろ隊員の暴走を誘発することで、二人を謀殺しかねないのが公爵だ。
だが、王女が睨みを効かせていれば、手荒な真似は出来ないはず──少なくとも、今のところは。
「マオ」
「は、はいなッ」
しばらく傍観者に徹していたマオは、いきなり名前を呼ばれて身体をビクつかせた。
「針は、まだ残っているか?」
「はいな。も少し」
「よし。試合が終わるまでの間、王女と一緒にいてやってくれ」
昨日までのマオなら、このような提案には舌を出しただろう。
だが今ならば大丈夫だ、とシアンは確信していた。
窮地をくぐり抜けて、フルレラに対するマオの見方が変わったのは明らかだ。なにせ服まで借りているのだから。
「合点!」
思ったとおり威勢よく返事をすると、マオは跳ねるように部屋から飛び出した。
一瞬、スカートの裾がフワリと跳ね上がる。
太腿の半分までが垣間見えたが、素足だった。
(下着まで女物じゃぁ……ないよなぁ……)
頭を抱えたくなった。
「──お、おいッ、場所判ってるのか!? 待ちなよ!」
ニギエラがマオを追いかけようとして、はたと戸口の前で立ち止まる。
「頼む。勝ってくれ」
そう言い残し、「待って!」と叫びながら走り去った。
(勝ってくれ……か。不吉な言葉だ)
自分がイリーズにかけたのと同じ文句に、シアンは苦笑した。
「『ご主人は女系恐怖症』裏話コーナーだ!」
「姐御、いつになくスゲェ勢いだぜ」
「さてシアン・ルーン、釈明タイムといこうか」
「なんのだ!?」
「私の可愛い部下達の名を、あろうことか犯罪者連中から持ってきたことに関してだ!」
「前回理由言っただろうが!」
「ご主人、『強そうだろ?』としか言ってねぇでさ」
「説明してないも同然だな!」
「わかったわかった! そもそもこの話を書き始める前に、世界犯罪史を調べていたのだ。そこでたまたま見かけたウィリアミナという人物の名前の響きが気に入って、いつか使おうとメモしておいたというわけだ」
「そもそも、なんでそんなもの調べてた?」
「そりゃ、話創りのためだ。公爵のような悪人を描くには、悪人とその心理を知るのが一番だからな」
「たしかに!」
「そこで、あんたの部下──の赤毛の方──のキャラが固まるにつれて、この名がピッタリなんじゃないかと思ってな。それならいっそ、他の隊員も同じところからいただこうと思っただけだ。お遊び以外に他意はない」
「待て、その言いかただと、あの二人以外にも隊員の設定があったように聞こえるぞ?」
「ああーアイツでやしょ? ミラウラ」
「その通り。彼女も初期段階では王女の変装でも影武者でもなく、ベロニカという親衛隊の一人だった。今の設定になって王女と統合され、名前もミラウラになったわけだ。ミラウラが『王女の元侍女』と名乗ったのも、ベロニカにあった設定だ」
「じゃ、そのミラウラってのはどこから?」
「本編では消えた案だが、彼女が王女の影武者だったという筋書きもあったんだ。そこで鏡と裏、でミラウラだ」
「名前でしれっと正体を匂わせといて、開けたら『はい違いますよー』ってパターンでさぁ」
「性格が悪いぞシアン・ルーン」
「私じゃなくて作者の性格がな!!」
次回予告!
場所は拘置所、檻の中!
今度は囚われのイリーズとマデリーン!
近衛隊の狼藉あってはならぬと、
睨みを利かせるフルレラ王女!
鉄の扉と監視をくぐって、
皆に恩を返さんと、
マオが鮮やかに滑り込む!
そしてマオから語られる、
主従二人の邂逅秘話!




