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第9章 主人と従者と決勝戦Ⅰ ご主人思い出す之巻

「前回までのあらすじ!」

「うむ!」

「ご主人! 公爵ジジイに腹パンされる!」

「すまん、不覚を取った」

「でも、オイラのことでブチギレてくれたの、嬉しかったでさ!」

「誰だってキレるわ!」

「被害者が王女だったら?」

「もっとキレる」

「ちっきしょおー!!」


     Ⅸ 主人と従者と決勝戦



 背中が()けるようだった。

 ひとつの痛みが(やわ)らぎもせぬうちに、また新しい傷が与えられる。

 耐えても、耐えても、責め苦は終わらない。

 だが耐えるしかない。耐える以外に術がない。

 立ち上がる勇気も、懇願する気力も、今の自分にはないのだ。

(夢だ。これは悪い夢なんだ。醒めろ。醒めろ。醒めろ…………)

 何度も、何度も自分に言い聞かせる。

 「立ちなさい! 立つのよ! 誰のせいでこうなったと思っているの!!」

 女の怒号が、さらなる苦痛をもたらす。

 自分のせい──彼女が狂ってしまったのも、この痛みも、恐怖も、すべては自分のせい。

「こんな……ッ、こんな女々しい子を産んだばっかりに──!」

 ズタズタになった心に、女の言葉が塩のように擦り込まれる。

「ごめんなさい……お母様、ごめんなさい…………」

 謝った。謝るしかなかった。

 そうすることで悪夢は終わると、信じるしかなかった。

「立つのよ、ルーン!」

 悪夢は、終わらない。



 シアンは眼を醒ました。

 控え室のベンチ──座ったまま、眠ってしまったらしい。

 時刻は正午。決勝戦開始までには、まだ間がある。

 ニギエラは親衛隊の指揮に、フルレラはマオの様子を見に行っていた。

 少し前にウィリアミナがやって来て、マデリーンもまた逮捕されたと告げた。

 王女と偽って、試合に出場した罪だ。

 それがシアンには逆に、王女その人が逮捕されたように聞こえた。

 思えば、最初に宿で出逢ったときから、マデリーンはフルレラであり続けたのだ。

 あの美しい顔に公爵が傷でもつけたらと考えただけで、心が落ち着かなくなる。

 マデリーンがニギエラ兄妹にとって母方の従姉(いとこ)にあたるというのも、ウィリアミナは教えてくれた。

 普段はイリーズの左腕として情報収集を主にした裏方を担い、有事の際には容姿の似ているフルレラ王女の影武者を務めるのだという。

 王女との相似に関しては〝似てなくもない〟程度だとシアンは思うが、フルレラが化粧をして髪を整えれば、たしかにパッと見では瓜二つである。

(いやいや! それでも普通、化けるなら逆だろ!)

 と、考えるたびに内心で叫ばずにはいられないシアンであった。

 マデリーン──その存在が自分の中で大きくなっているのを、シアンは不思議な気持ちで自覚していた。

 甲冑を着て剣を握った姿を見ても拒絶反応が出ないなど、初めてのことだった。

 公爵の近衛兵達に対してもそうだったことはあるが、そちらは別の理由によるものだろうとシアンは踏んでいた。

 そもそも、シアンに女戦士への恐怖を植えつけたのは母親である。

 ガルボ大陸北方にある小さな王国がシアン・ルーンの故郷だった。

 そこで父の二人目の側室から、当代最初の男児として生まれ、現地の古語で〝(ドラゴン)〟を表す名を授けられたのがルーンである。

 正室に子がなかったこともあり、母は己が子こそが代を継ぐと確信していた。

 父母は長男を心から愛し、楽や詩歌、動物や花に親しませた。

 その甲斐あって、やがてルーンは草花を愛で、動物と戯れ、母の焼くクッキーを心待ちにする、温和な少年へと育っていった。

 だが、ルーンが初等教育を受け始める歳になったとき、その人生の歯車に最初の狂いが生じた。

 正妻が男児を産んだのだ。

 そして、その子が四歳になると、父は長男のときとはうって変わって、国随一の剣士と学者を教育官につけた。

 ルーン達母子が冷遇されたわけではなかったが、父が後継者として、長男ではなく次男を選んだのは明白だった。

 これに対してルーンはといえば、とくに不満を抱くこともなく、自ら進んで腹違いの弟を可愛がり、よき遊び相手となった。

 むしろ、そのようなルーンの磊落さを許さなかったのが、母であった。

 元来、気性の激しい面を持ち、密かな野心家でもあった母にとって、次代の座を弟に甘んじて明け渡すような息子の女々しさは、もはや疎ましい以外のなにものでもなかった。

 ある日、いつものようにバニラ・クッキーをねだった我が子を、母は怒鳴りつけた。

 「男が、いつまでもクッキーなど欲しがるもんじゃありません!」

 突然の母の拒絶。

 あの時の悲しみと不安は、今でもシアンの心に暗い影を落としている。

 それを境に、両親からの愛によって輝いていた少年の日常は崩れ始めた──あたかも、地に落ちた果実が、瞬く間に腐ってゆくように。

 母の態度は日に日に厳しく、そして険しくなり、父と言い争うことも多くなった。

 それにともない、ルーンと父の仲もギクシャクしていった。

 そしてある日、決定的な出来事が起こった。

 母が、正妻の子の殺害を目論んだのだ。

 結果的には未遂となり、死罪こそ免れたものの、降された判決は国外追放。

 ルーンもまた、母とともに流罪に処された。

 母親と引き離されることで、子に家への敵意が芽生えることを恐れた正室らを、父が抑えられなかったのだ。

 身分を剥奪され、わずかな資財とともに、母子は辺境へと身を追いやられた。

 そこからは、ルーンにとって地獄の日々だった。

 右も左も分からぬ庶民の暮らしと、見知らぬ土地の中で、母はルーンに剣術を仕込み始めた。

 それは特訓ではなく、拷問だった。

 息子が剣を落とすたび、地面に倒れるたび、母は容赦なく、鞭で打ち据えた。

 武芸者ではなかったが、貴族のたしなみとしての剣術を修めていた母に、気弱な少年だったルーンが叶うはずもない。

 追放が母を悪鬼に変えていた。自らを貶めた正室と、その息子、そして夫への復讐。

 その道具にするため、母はルーンを鍛え続けた。

 母親と罰に対する恐怖がルーンの生活のすべてになっていた。

 それでも、ルーンは少しずつ剣を憶えていった。

 強くなれば、きっと母はまた愛してくれる。

 希望と恐怖が綯い交ぜになって、ルーンを突き動かしていた。

 だが、かつての幸福が戻ることはなかった。

 流罪から一年と経たずに、母は呆気なくこの世を去ったのだ。

 死因は今でも分からない。貴族の女として何不自由ない生活を送ってきた心身が、環境の変化に耐えられなかったのだろう。広い意味でシアンはそう考えている。

 母の死にルーンは打ちのめされた。

 愛も、人生の目的も見失い、茫然としたまま簡素な埋葬を終えると、虚しさと不安を胸に流刑地をあとにした。

 故郷へ帰ろう──母の望んだ復讐ではなく、ただ母の死を告げるために。

 だが、ルーンが故郷の土を踏むことはなかった。

 旅の途中で、初めての実戦を経験したのだ。

 結果は、惨敗だった。

 襲撃者は五人。戦い慣れた男たちだった。

 彼らは野盗であり、奴隷商人のもとへ人間を売る、人狩りだった。

 ルーンの端正な容姿に、いい買い手の心当たりでもあったのだろう。狩人達はあれこれと出荷先の相談をしながら獲物を縛り上げた。

 このまま奴隷として売られてゆくのか。絶望がルーンを包み込んだ。

 そのときだった。

 「やめとけやめとけ、人狩りなんか。そのうち憲兵にブッ殺されっぞ」

 ぶっきらぼうだが威圧的ではない、諭すような声。

 そこからは一瞬の出来事だった。

 闖入者(ちんにゅうしゃ)に向けて野盗らが剣を(ふる)うや、金切り音が五つ。

 そして悲鳴も五つ。

 野盗は全員、刃を折られて地に倒れ伏した。

 ルーンは眼を疑った。その者は明らかに、鋼の剣を素手で叩き折ったのだ。

 「あ、なんだ? お嬢ちゃんと思ったら、男か。そんな綺麗な顔して一人旅なんて、襲ってくれって言ってるようなもんだぞ」

 若い男だった。せいぜい、二〇歳と少しくらいだろう。

 縄を解かれるや、ルーンは土に諸手をついていた。

 「どうか、供をお許しください。故郷を追われ、父も母も失いました。力拙く、この上は野垂れ死ぬか、身を売られるより他ありません。どうか……どうか……」

 誇張は含まれていたが、虚言とは言い切れない。

 故郷へ帰ったところで、生家が迎え入れてくれるはずもない。帰郷という目標は、ただ現実と向き合うことを先延ばしにしているだけに過ぎなかった。

 一人で生きてゆく力がないことは、今の敗北で証明された。

 処世術すら学んでいない。あるのは、この貧弱な身体だけである。

 「名前は?」

 「ルーン、と申します」

 「ルーン……良い響きの名前だ。俺の弟子になるか?」

 いともたやすく男は言った。

 「……ッ! 是非に!」

 ルーンは涙を流しながら頭を下げ、勢いあまってゴンッと額を地面を叩きつけていた。

 それが、ファン=シアンとの出逢いだった。



「あ……あの……」

 唐突に声をかけられ、シアンはうっすらと眼を開けた。

 またしても眠り込んでいたようだ。

 マオが心配なあまり、昨夜は一睡もしていなかったのが、今になって祟っている。

 だが声の主が見えた瞬間、シアンの眠気は空の彼方へと吹っ飛んでいた。

「勝手に入ってきて、すみませんッ。でも、どうしてもシャロン選手に逢いたくって」

 オドオドモジモジしながらそう言うのは、飾り気のないスカートドレスに身を包んだ少女だった。

 癖の強い髪を隠すように、大きな頭巾帽(ボンネット)を被っている。

「あの……握手してもらえますか? あと、出来ればキスも────にゃはッ」

 唇を突き出してくる、そのマオの額にシアンはデコピンをくれてやった。

「『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー!」

「シアン・ルーン。今回も名前のことで訊きたいことがある」

「なんだ?」

「あまりにも普通の名前すぎて忘れていたのだが、私の二人の腹心、ウィリアミナとマデリーンにも元ネタやモデルがいるのか?」

「明確なモデルはいない。もともとは二人とも、ストーリーを繋げるためや、盛り上げるために用意した完全な脇役だった。書き進めているうちにキャラ付けがはかどって、随分と目立つことになったがな」

「出た。作ったら立てる。作者の特技兼弱点」

「で、話のコンセプト上、親衛隊といえばみな女傑ということで、イリーズ以外の親衛隊キャラの名前は全員、とある女性名のリストから引用した」

「またアクション女優か?」

「残念ながら違う」

「んじゃ、海外の女子レスラーとかですかい?」

「それも違う」

「じゃぁなんだ?」

「世界犯罪史に名を連ねる女性凶悪犯だ」

「なんでそんなとこから!?」

「強そうだろ? 元の名前の人物が何をしたかについては詳しくは述べないが」

「強そうっていうか悪そう! いや悪い!」




次回予告!


 ひとつ 愛しき者を抱きしめる

 ふたつ ニギエラを問いただす

 みっつ 皆の安否をたしかめる

 よっつ ギャグやる余裕も見せて

 いつつ 決勝のゴーサインを待つばかり

 無敵の拳に願いを託す

 優しき王子の嘆きかな

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