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主人と従者とメガロニアⅢ 従者慟哭する之巻

「前回までのあらすじ!」

「うむ」

「動物園から逃げ出したゴリラ(♀)、ついに捕縛される!」

「これで付近の住民もひと安心!」

「きぃぃさぁぁまぁぁらぁぁぁッ!!」

「逃げろー!」

「ええい逃げ足の速い奴らめ! あ、今回のあらすじだが……これまで飄々然としてきた主従にも、ついに危機の予感だ」

「ところで、話は変わるんですが」

 うつむき、不安げな面持ちでミラウラが切り出した。

「シアン様にとって、マオはどういう存在なんです?」

「……え? マオが何?」

 間が抜けたようにシアンは問い返す。

 ミラウラの言葉が上手く頭の中に入ってこない。

 さきほどから、なぜか意識がぼんやりとしているのだ。

「ですから、シアン様はマオのことを、どう思ってらっしゃるんです?」

 シアンは返答に窮した。思ってもみなかった問いだ。

「マオ? なぜ、そんなことが気になる?」

 マオといえば、いつも自分と一緒にいる従者であり、いわば運命共同体だ。今さら、その事実のどこに疑問を差し挟む余地があろう。

「いえ、あの……今朝の試合で、観客から瓶を投げられているのを(かば)われましたよね。あのときのシアン様、とても恐かったです。でも、それはシアン様が本当に、あの子を大切にしてるということなんだと思いました」

 シアンは何も言わず、半分ほど中身の残るカップを両手で弄びながら、ミラウラの言葉を聞いていた。

 しかし、そのほとんどが右から左へと流れてゆく。

「私達はみんな、小さい頃から『魔族は危険だ。契約で手なずけるか、斬るしかない』と言われて育ってきました。けど、シアン様は違います。契約をしていないマオを信頼して、守って、まるでヒトと同じ──いいえ、それ以上に、兄弟のように接しておられます。だから私、知りたいんです。シアン様にとって、マオはなんなのか」

「マオ……か」

 そう口火を切ったものの、次の言葉を捻り出すのに、シアンは時間を要した。

 背もたれに身を預け、天井を仰ぐ。

 しばし思考を巡らせ、そして言った。

「そうだな……可愛いやつだ」

 ガーン──ミラウラに鉄槌のごとき衝撃が炸裂した。

 シアンを見つめる眼は皿のようにまん丸く見開かれ、カップを握る手は小刻みに震え始めるが。

 だが、天井を仰いで言葉を紡ぐのに集中しているシアンは、それにまったく気づかない。

(生意気で身勝手で礼儀知らずで、ご主人ご主人とうるさいわりに、私の言うことはサッパリ聞かないし、手癖は悪いし、口も悪いし、態度も悪いし、そのくせ私が女の子と仲良くしようとすると、なぜか邪魔してくるし。だが、悪意のあるやつじゃない。だいたい、あいつは私の眼の届かないところでは絶対に盗まんし、人を傷つけるような真似もせん。ミラウラの言うとおり、まるで甘えん坊な弟だな)

 長い思考の末に、シアンは言った。

「なんだかんだと言っても、やはり私はあいつを愛している」

 ミラウラの手からカップが落ちた。足の甲にワンバウンドしてから、柔らかい絨毯の上に転がったおかげで、音らしい音は鳴らなかった。

 実のところ、シアンは雑多すぎて纏まりのないマオへの気持ちを整理し、力の限り要点を抜き出しているに過ぎない。

 愛していると言ったのも、親愛以外の何ものでもない。

 だが、整理のしすぎである。簡潔を通り越して、ただの言葉足らずと化している。

(師匠には色んなことを教わったが、結局、私は武芸以外、何一つ身につかんかったな。それに比べてマオは器用だ。料理に洗濯に裁縫、なんでもこなす。買い物も交渉も巧い。そういえば私に使った化粧品も自作と言っていたな。それから、あのユニコーンの着ぐるみも、なんだかんだで見事だった。あいつ、実は天才なんじゃないか? それに比べて、私は冴えんな。一人では金の管理すらまともに出来ん。マオと出逢ってなければ、今ごろ野垂れ死んでいたかもしれん)

 霧のかかり始めた頭に浮かぶのはマオへの想いと、それを伝えようとする意志のみ。

「あいつがいなければ……私は生きてゆけんだろうな」

 その物言いによって生まれている誤解になど、まるで配慮が及んでいない。

「でも……でも、マオは魔族ですよ。しかも、オスですよ……ね?」

 必死になって反論を試みるミラウラ。

 しかし、今のシアンに、その問いの真意が解ろうはずもない。

(魔族? オス? それは関係ない。それは確かに、あいつがヒトの女の子だったらなぁ、とは思う。悔しいくらいに思う。常々思う。というか、なぜそうじゃないんだ? しかし、魔族でオスだからこそマオはマオだとも言えるし…………)

 そしてついに、シアンはその一言を口にした。

「魔族? オス……? いいじゃないか」

 ミラウラは完全に打ちのめされた。

 だが、ノックアウトされたかのように意識を失ったのは、シアンの方だった。


 その頃、別の悲劇が廊下でも起こっていた。

 ポンッ──破裂音とともに、マオが姿を現した。

「あ、あれ? ちぇっ、ズレちゃった」

 魔族の空間転移である。

 主のもとへ一瞬で身を移せる超能力だが、マオのそれは不完全なものであり、こうして出る位置が狙いと外れてしまうこともままある。

 ちなみに、ズレる原因をマオは『主人への愛が足りないから』と豪語してはばからない。

「まだまだー愛をー磨かねぇとなぁーん」

 などと愛の即興曲を口ずさみながら、部屋のノブに手を伸ばす。

「シアン様にとって、マオはどういう存在なんです?」

 敏感な耳が捉えた中の声に、はたと手を止めた。

 カッと頭に血が昇るのを感じる。

(あの泥棒ネコッ! おいらが留守の隙にぃ!)

 しかし、飛び込もうとして思いとどまったのは、彼女が投げた問いのせいだった。

 主人にとっての自分。

 これは、聞き逃せない。

 まして相手は、昨日から何かにつけてアプローチをかけている鼻持ちならないミラウラ。ここで主人がどう答えるのかは、マオにとっては死活問題である。

 気配を消し、扉に寄り添い、耳をピッタリとつける。

 一言半句も聞き漏らさぬ構えだ。

「……マオ? なぜ、そんなことが気になる?」

 初撃で完全に打ちのめされた。

 そんなこと────その一言がマオの心を木っ端微塵の砂埃に粉砕した。

 聞き間違いだと信じたかった。

 しかし夜であることに加えて、魔族の中でもトップクラスの聴力を有する種族であるという事実が、聞き間違いの可能性を断固否定する。

 思わず、マオは部屋から走り去っていた。

 ────そんなこと!

 それで済まされるような存在だったことが、悲しくて、悔しくて、泣きながら走った。

 声は上げず、ただ涙の雫を後ろに残しながら、現実から逃げた。

 シアンと出逢い、主人と仰いでから、いったいどれほどの時間と苦楽を共にしてきただろう。

 あるときは、湖畔で水蛇(バニップ)に囲まれた主人を救うために、連中の忌み嫌う大ナメクジをばらまいた(主人もナメクジまみれになって、(かぶ)れだらけになったが)。

 またあるときは、雨露をしのぐために入り込んだ廃屋で邪教団に遭遇し、悪魔召喚の生贄にされかけた主人を間一髪で救出した(そもそも頭に滴った雨漏りに、マオが悲鳴を上げたせいで取っ捕まったのだが)。

 そしてまたあるときは、路銀が尽きた主人のために身を売りもした(少年愛好画家のモデル。脱衣、お触り、一切なし)。

 それもこれもすべて、行き場のない自分を救い、受け入れてくれたシアンに惚れ込んだからこそだった。

 しかし、主人にとって自分は所詮、旅をするのに都合のいい道具でしかなかったというのか。

 右も左も見境なく、暗い廊下をひたすらに駆ける。

 が、その足は唐突に止まった。

「なーんちゃって」

 誰もいない廊下で一人、舌を出す。

「たまにゃぁ悲恋劇の主人公ぶってみんのも悪かねぇなー、にっしっし」

 自分の言葉に、にやついた笑い声を漏らす。 

 たった今の悲哀と逃避は演技だったのだ。

 主人の舌足らずは日常茶飯事。それで女を取り逃がしたことも一回や二回ではない。どうせ今回も自滅だ。

 だいいち、自分が主人に愛されているというのは、今日のイグニス戦直後を思い返せば明々白々である。

 自分でないと主人のパートナーは務まらないし、主人もそれを分かっている。

 マオのド厚かましいまでの信頼感は揺るぎもしないのだ。

 手を頭の後ろで組み、悠々と来た道を歩いて戻る。どこをどう曲がったかもちゃんと覚えていた。 

 しかし、ある一室の前を通り過ぎようとした瞬間、マオは唐突に足を止めた。

 獣の耳が、部屋から漏れる異様な音を捉えていた。

 この大会が始まってからたびたび耳にしている、鋭く、乾いた音──迎賓棟には似つかわしくない、暴力的な響き。

 ビシィッ────

 鞭──しかし闘技場で鳴るはずのそれが、なぜ今、ここで聞こえるのか。

 マオは即座に扉へ寄り、帽子を脱いで耳をピッタリとつけた。

「あぁぅ……ッ!」

 再び扉の向こうで鞭が打たれ、そこに若い女の悲鳴が重なった。

 甲高いその声音に、マオは聞き覚えがある。

(公爵令嬢……!?)

 打たれているのは紛れもなく、スワル・ヴァン・ヴランティール。

(まさか…………SM!?)

 しかし、昨日今日の闘いを見てきた限り、スワルは徹底的な加虐嗜好者(サディスト)だった。

(まさかまさか……どっちもイケるクチ!? あんの、ド変態ッ!)

 自分のことを棚に上げつつ、混乱と興奮と疑念を一度に抱えて聴き入る。

 しかし、鞭打たれているのがスワルならば、打っているのは一体、誰だというのか。

「この脳ナシめ! 針が奴らの手に渡ることにも考えが及ばんかったのか!」

 獣が吠えるような野太い叫びに、マオは騒然となった。

「申し訳ありません、お父────ぅああッ!」

「穏便に済まそうという貴様の策を入れてやったからこそ、薬も譲ってやったものを!」

「けどッ、これでイリーズは使い物になりません……明日は絶対に私が──」

「口答えをするなぁ!」

 スワルを罵倒し鞭打っているのは、あろうことか実の父親なのだ。

(ひでぇ……あんまりだ……)

 スワルの残虐さを知るマオですら、彼女に同情せずにはいられない。

 だが、これでイリーズに針を射たのがスワルだということはわかった。

 そして、スワル自身も服用者であることは間違いない。半年での異常な戦闘力の上昇も、魔族のような身体能力も、薬による増強効果なのだ。

 恐らく、かなり以前からごく少量の服用を繰り返して、副作用に対する耐性をある程度つけているのだろう。そうでなければ、仮にも理性を保っていられるはずがない。

 マオは怖気立った。

 魔薬に身体を染めてまで強さを求めるスワル。己が子を平然と罵り、鞭で打てるヴランティール公爵。

 どちらも、マオにはとうてい理解出来なかった。

 何故、そうまでしてこの大会の優勝を、メガロニアの王座を狙うのか。

 敵の正体が分かっても、その真意は深い井戸の底のように、まるで見えてこない。

 ただひとつ解ることがあるとすれば、どちらも非常に危険だということだ。

(ご主人に、報せねぇと!)

 すぐさま、マオはシアンの姿を脳裏に想い描く。

 それだけで魔族は主のもとへ飛べるのだ。

 だが能力の不完全さと、目の当たりにした公爵達への恐怖で、上手く主人をイメージすることが出来ない。

(クソッ、走った方が速ぇ!)

 仕方なく、廊下の先を見据えて飛び出そうとした、その時だった。 

 扉が凄まじい勢いで開かれ、投げられた縄がその身に巻きついた。

(しま────あ……!)

 たちまちマオは力を失い、暗い廊下の上に崩れ落ちた。

 拘魔縄だった。

 主人が使う縄とは比べ物にならない、強力な魔術が擦り込まれている。立つことはおろか、声を上げることすら適わない。

「これはこれは。どこの()ギツネが立ち聞きかと思いきや、子ネコだったとはな」

 優越と落胆が綯い交ぜになった野太い声が、俯せになったマオの背中に降る。

(公爵!?)

 いつから自分の存在に気付いていたかはわからない。

 だが、反応する暇も与えず扉に接近し、開くとほぼ同時に縄を投げるなど、シアンにすら出来る芸当かどうか。

(まさか、こん野郎(にゃろう)も……!)

 それを可能にするとすれば、方法はひとつ。

 ただ、今のマオにはもう、それが事実かどうか確かめることは出来ない。

「だが、まあいい。あの生意気な女について聞きたいことも、山ほどある。まだほんの幼体のようだが、ふふ……根を上げるまで、可愛がってやるとしよう」

 ゾクリ…………生々しい悪寒が背を撫でる。

 心のなかで主人の名を呼びながら、マオはただ苦難の終わりを待つほかなかった。

「『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー! さて、ご主人とおいら、どうなっちまうんだろうねぇ」

「うむ、まずいな」

「やべぇぜー」

「いやいや、貴様ら悠長だな!」

「まぁ、このコーナーには関係ないからな」

「つーかご主人、今、話の全体でどのへん?」

「だいたい四分の三が終わろうとしてるあたりだ」

「まさに起承転結の転でやすね。それにしても伏線回収追っつくんでやすか?」

「頑張ると作者は言っている。前稿では投げっぱなしだった部分も多かったが、大幅に加筆するそうだ。まぁ、これからのことを具体的に何処とは言えんが」

「んじゃ、済んだとこはいいのかな? ここまでの話の中でも加筆したとこあったんでやすか?」

「たとえば予選で私が隊長を助けるために飛び出した時だな。本編ではマオの用意した目隠し用バタフライマスクを着けていたが、前稿ではなんと目隠し等いっさいなし」

「……それってヤベェんじゃ」

「気合いひとつで耐え抜いたような流れになってしまってな、そのせいで私の持病がそれほど重度ではないように見えている」

「そいつぁ問題だ。ただでさえほとんど出オチ設定なのに」

「出オチ言うな。それを克服するかどうかもこの話の重要なポイントだ」

「いや、克服しちまったら、この先ますます話が広がらねぇんじゃねぇですかい?」

「あ……」




次回予告!


 なぜにシアンは倒れたか!?

 目覚めて気付くは己の不注意。

 消えた従者を捜すため、

 闇夜に息を潜めれば、

 思わぬ出逢いが胸を打つ。

 されど好奇心は猫をも殺す!

 殺意の爪がシアンを狙う!

 油断、団欒、御用心!

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