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第7章 主人と従者とメガロニアⅠ ご主人甘い据え膳を食う之巻

「前回までのあらすじ!」

「うむ!」

「ご主人、ソープまみれ!」

「一番どうでもいいところをわざと卑猥に言ってるだろお前!」

「今回のあらすじ! ご主人、密会!」

「人聞きの悪いことを言うな!」


     Ⅶ 主人と従者とメガロニア



 晩餐もとうに過ぎ、日も暮れて幾ばくかが経った頃、部屋の扉が外から開かれた。

「シアン様、失礼します」 

 ノックもなしに入ってくるのだから本当に失礼だとシアンは思ったが、少々特殊でもこれがメガロニア流というのなら仕方のないことだ。

「あ……お取り込み中でしたか。すみません」

 シアンは丁度、日課である修練の最中だった。

 ちなみに上半身は何も着ていないのだが、男の半裸を見ても動じないところは、さすが武闘派国家の女戦士である。

「気にしないでくれ。もう終わるところだ」

 シャドウボクシングではなく、武器を持っての修練である。

 主の身体の周囲で風を切るのは、二本の短い棒を鎖で繋いだ武具だった。

 連節棍(フレイル)だとミラウラは思い、考え直した。

 確かによく似ている。だが殻物(ヘッド)と呼ばれる打撃側と、握る側である握把(グリップ)とで棒の長さが明確に別れている連節棍とは異なり、シアンのそれはどちらも三〇センチほどに留まっている。

 その使い方もまるで違うようだ。

 シアンは握把(グリップ)を握って振り回すだけではなく、徒手格闘術と合わせるように、上下左右のあらゆる方位から攻撃を繰り出している。

 曲芸師が操るバトンのように軽快でしなやかな動きだ。しかも矢よりも素速く、はたから見ているミラウラですら眼で追いきれない。

 なにより殻物(ヘッド)握把(グリップ)との区別がないため、両手で双方を握って構えられると、次の攻撃がどちらの手の、どの角度から繰り出されるかがまったく読めない。

 ミラウラが呆気に取られていると、シアンはそれを揃えて両手に持ち、祭具のように捧げ持って一礼をしてから、袋に仕舞いこんだ。

「変わった武器ですね。連節棍(フレイル)の一種ですか?」

 上衣に袖を通すシアンに、ミラウラは率直に訊ねた。

「そうだな、確かに似ている。これも師に習った武具なのだが、私も他では見たことがない。師曰く、連節棍ではなく《ヌンチャク》というらしい」

「ヌン……舌を噛みそうな名前です」

「それで、こんな時間にどうかしたのかい?」

「そ、そうでした。明日のことで、王女からの伝言があるんです」

 ハッとなって、ミラウラは手にしていた盆を食卓机に置いた。

「よければ、お茶をしながら、お話しいたしませんか?」

 琥珀色の液体が、二人分のカップに注ぎ込まれる。

「王女?」

 服のボタンを止めて盆の上を覗き込んだシアンは、「おッ」と笑みを浮かべた。

 白磁のティーポットに揃いのカップ。そして────

(バニラ・クッキーだ)

 オイルの香りで目覚めてから、一日遅れの嬉しい届け物である。

「ありがとう。いただくよ」

 シアンは即座に席に着いた。

 甘いものは大好物だが、食べる機会は滅多にない。

 太るのを気にしているというのもあるが、一番の理由はマオにあった。

 砂糖菓子の類を蛇蝎(だかつ)のごとく嫌っているのだ──もっとも、マオは野宿となればヘビもサソリも丸焼きにして嬉々と平らげてしまうため、この表現は適当ではない。

「あれ? マオは?」

 いつも主人のそばにいる愛らしげな邪魔者の姿が見えず、ミラウラは室内を見回した。

「あいつなら、隊長の様子を見に行っている」

「そう……ですか」

 ミラウラの面持ちが沈痛なものになる。マオがいないことを素直に喜べない。

 今頃、イリーズは地獄の中にいるだろう。

 禁断症状──魔薬を体から抜き去るための、受難の時だった。

 先の試合の後、イリーズは気絶したまま医療室に運ばれた。即座に最上級の治癒魔法が施されたおかげで、自ら貫いた足は表面の傷痕だけを残して、機能を完全に回復した。

 だが、体内に入ったキツネビゲシに対しては、有効な魔法も、薬もない。

 意識を取り戻すや、イリーズは駆けつけた隊員たちの中からウィリアミナ一人を連れて、親衛隊営舎の自室に閉じ籠もってしまった。

 しばらくして出てきた赤毛の腰巾着も、外から部屋に鍵を下ろすと、詰め寄る隊員たちに持ち場へ戻るよう号令を発して、隊長の容態に関しては口を閉ざしたのだった。

 その直後、隊員たちの不安はさらに深まった。

 部屋の中から、獣が吼え狂うかのような叫び声が聞こえてきたのだ。

 紛れもない、親衛隊長の声だった。

 いてもたってもいられず、部屋に押し入ろうとした隊員たちだったが────

 「入るな!!」

 イリーズにも劣らぬ、ウィリアミナの鬼気迫る一喝が、彼女らを制した。

 ……という話を、シアンは飯前に、ミラウラから聞いて知った。

 医療室にまでは付き添ったのだが、親衛隊員たちが集いはじめた時点で、逃げ去ってきたのだ。

 しかし、イリーズが部屋に籠もった理由も、部下を入れなかった理由も、手に取るように解る。

 自らの苦しみ悶える姿を、誰にも見られたくないのだ。

「それで、王女の話というのは?」

「え? あ、はい。そのことなんですが……」

 ミラウラはティーカップをシアンに差し出す。しかし、その表情は硬い。

「王女は明日、シアン様との試合を望んでおられます」

 カップに口を付けようとしたところで、シアンは固まった。

「……なんのために?」

「減ってしまった試合数を補うための特別試合(エキシビジョン・マッチ)です。あくまで余興ですので、勝敗は大会に影響しません。ただ、これは表向きの理由です」

「表……では真意は?」

「イリーズ隊長が回復するのに、少しでも時間を稼ぐためです」

 シアンは相槌を打ちつつ、茶を啜った。

 魔薬の禁断症状による苦しみは想像を絶する。投薬量が少なかったおかげで、一晩も経てば身体から毒は抜けようが、体力を著しく消耗するのは避けられまい。

 マオとイグニスが共倒れとなったせいで、シアンの二回戦は不戦勝が決まっている。その穴を埋めるというのは、イベントとしては妥当な判断だ。

「なるほど……ならば、この不肖シアン・ルーン、全力で王女様の意気に応えよう」

「ありがとうございます! 王女に代わって、お礼を申し上げますわ!」

 初めて宿屋で出逢った夜に、シアンが大会への出場を快諾したときのような満面の笑みを湛えて、ミラウラは頭を下げた。

 シアンも微笑みを返して、クッキーを食んだ。

 しかし、その甘さに浸る余裕は、なかった。

(ああ、王女か。闘えるのか…………王女)

 この国の王女ならば当然かもしれない。だからこそ、なるべく考えないようにしていたのだ。

 しかし特別試合とはいえ、まさか自分が闘うはめになろうとは。

(いや、隊長や、あの露出狂魔族よりは何倍もマシか。しかし……残念だなぁ)

 武器を取って闘える、というだけで女傑の範疇に入ってしまうほどに、シアンの症状は重い。たとえそれが、一目で自分の心を奪っていった相手だったとしても、である。

 それだけに無念は募る。大好きなはずのクッキーを咀嚼するその眼は、死んだ魚のように濁っていた。

「『ご主人は女傑恐怖症』ォォ! 裏話コーナァァァー!」

「怒りの叫びか?」

「あったりめーでしょーが!」

「まぁ理由は聞くまでもないな」

「おい、シアン・ルーン」

「うわッ、隊長ほんとにいつまでいる気だ!?」

「邪魔者扱いするな! そんなことより、今回出てきたヌンチャクとはなんだ? お前の得物か?」

「そうだ。なんだと言われても困るがそのへんは《振り回して棍を当てる武器》とだけ説明しておく」

「いや、それはさすがに見ればわかる。私が言いたいのは、得物があるのになぜ今の今まで素手だったんだ? とくに予選!」

「あれか。実は予選のときにも持ってゆくつもりだったのだが……忘れたんだ」

「はぁ?」

「試合中のおいらとご主人の会話でサラッと流してんだけど、おいらが『いつものは?』って言うおいらに、ご主人が『忘れた』って返してんだよね-。それがコレ」

「私の見ていないところでそんな伏線が……! なら、ガネスとの試合は何だったんだ!?」

「うむ、あれは持ってたのだが……使わなかったんだ。これくらい素手で充分だと」

「格好付けたのか!? メガロニアの伝統と権威ある大会で!?」

「ま、まぁ……私自身は覚えてないことになっているがな……」




次回予告!

 うって変わってその頃マオは

 親衛隊長の部屋の前!

 悪魔の薬を断たんとする

 イリーズを見舞って眼にするは

 仰天至極の光景か

 それとも悲痛な消耗戦か!

 果たしてイリーズに何が起こったか

 それはウィリアミナだけが知っている!?

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