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主人と従者と親衛隊長Ⅲ 隊長乱れる之巻

「前回までのあらすじ!」

「うむ!」

「ご主人、女の人の腕を掴んでトイレにダッシュ!」

「私ゃ犯罪者か! 間に手を放すワンアクション抜けとるわ!」

「今回のあらすじ! 姐御、ゴリラになる!」

「ついにか!」

「貴様らぁ-!!」

「キャー! まえがきにまで来たー!」

「ご、ご主人ッ! 姐御の様子が変でや────おわぁ!?」

 慌てて手洗い場に逆戻りしたマオは、目の前の光景に仰天した。

 大量のシャボン泡が、主人と洗面台を喰らっていた。

 泡状のモンスター──違う、シアンが肩まで泡に埋まっているだけだった。

 石鹸の使いすぎである。

 マオの声にも応じることなく、黙々と泡の底で手を洗い続けている。

 その眼は座っているを通り越して、何も見ていない。

 まるで夢遊病か、悪霊に取り憑かれたかのようだ。

「ごしゅじーん!」

 マオの鍋が一閃した。

 ガァン、と鐘を突いたような音が響き、シアンはもんどり打って壁に激突した。

「────はッ! わ、私は一体……?」

 ようやく我に返るや、水浸しで泡まみれの自分に、眼を点にして困惑する。

「話はあとッ! 姐御が大変でさッ!」

 主人の長い髪を引っ掴んでマオは窓に走った。毛根からブチブチッと嫌な音が上がるが、気にも留めない。

「いだだだだだだ! お前この────ッ!?」

 拳骨を見舞おうとしたシアンだったが、アリーナの光景に気づくや、拳を振り上げたまま硬直した。

「ぬぁぁ! ああぁッ!」

 仰向けに倒れたジーネスを、イリーズが執拗に攻め立てていた。

 だが、それはイリーズであってイリーズではなかった。

 戦棍(スタッフ)を正面に構えて防御するジーネスに対して、ただひたすらに剣を振り下ろしている。

 ボルトでもなければライマットでもない。剣術と呼ぶのもおこがましい、悪鬼(オーガ)のごとき直線的な動きだ。

 その眼に映っているのは獲物の隙を狙う猛禽の怜悧さではなく、純粋な殺意である。

 狂気──今のイリーズからは、それしか感じられなかった。

 ジーネスは両手でしっかりと棍を握り、迫り来る刃を必死になって止めている。棍の素材が鉄でなく木であったならば、今頃は頭が真っ二つになっている。

 パニックに陥らないのは賞賛に値するが、身を守るのに精一杯なあまり、反撃することも降参を叫ぶことも出来ないでいる。

狂戦士(バーサーカー)……」

 隣でマオが呟いた言葉に、シアンも頷く。

 狂戦士とは、魔術や薬物によって闘争心に支配された戦士のことである。

 極度の興奮状態、異常な筋力、痛覚の麻痺、死や負傷に対する恐怖の喪失、そして破壊衝動──それらを備えた狂戦士の戦闘力は驚異的の一言に尽きる。

 ただし、狂戦士に理性はない。その眼に入るもの、手の届くものがあれば、見境も躊躇いもなく襲いかかる。

 たとえそれが、家族や恋人であったとしても。

 今のイリーズならば部下にも、そしてニギエラにすら、嬉々として刃を揮うだろう。

「マオ! お前、何か見なかったか!?」

 イリーズが本当に狂戦士化したならば、近くに術者か、なんらかの手段で一服盛った犯人がいるはずだ。

「すいやせん……おいらが見てた限りでは何も……」

 マオは申し訳なさそうに首を振る。

 無理もない、とシアンは思った。この窓辺に立っている限り、マオの知覚力は常人以下にまで落ち込むのだ。

 ガィン──耳障りな金切り音がアリーナに響いた。

「ぐあっ!」

 間髪入れず、ジーネスの悲鳴が重なる。

 長さが半分になった戦棍が二本、宙に舞った。

 イリーズの執拗な斬撃が、ついに鉄の塊を断ち切ったのだ。

 だが、ジーネスはまだ生きていた。狂人の刃は革の肩当てで止まっている。仮にも棍に防がれたことで、剣の勢いが衰えたおかげだった。

 それでも後がないことに変わりはない。武器を手放したとはいえ、三〇秒も持ち堪えられる状況ではない。

 そのとき、追い詰められた者の最後の閃きが、恐怖を終わらせる言葉を叫ばせた。 

「こ、降参だッ!」

 その声が場内に響くや、即座に鐘が鳴った。

 しかし、イリーズは止まらなかった。

 振り上げた剣を逆手に握り直し、今度こそとばかりに、(きっさき)をジーネスに向ける。

 その眼から、殺意は微塵も消えていない。

「や……やめろッ!」

 獲物が顔を引き攣らせ、後退る。

「姐御!」

「隊長!」

 シアン達が叫んでも無駄だった。

 無防備なジーネスめがけて、イリーズは凶刃を振り下ろした。

「イリィ────ズ!!」

 遙か高みからの絶叫が響き渡る。

 刃が突き立てられた。

「は……あ……ッ!」

 息を震わせて、ジーネスはイリーズを見つめていた。

 そして親衛隊長は、脂汗にまみれた顔を苦悶に歪めて、自らの右足に眼を落としていた。

 決闘用の革サンダル──その甲を、刃が刺し貫いていた。

 たちまち足下に真っ赤な血が広がってゆく。

 最後の最後で、理性が戻ったのだ。

 それでも剣を振り下ろす衝動は抑えがたく、その軌道を逸らすので精一杯だった。

 そして、イリーズは自らを刺した。

「行け……早く……ッ!」

 人間の言葉を絞り出す。

 ジーネスは弾かれたように立ち上がると、怯えた表情で一目散に走り去った。

 イリーズはそのまま動かなかった。

 痛みのせいではない。むしろ、それは理性をつなぎ止めてくれる。

 剣を引き抜くのが怖かった。今もなお、血と殺戮への衝動が自分を狂わせようと、頭の中で暴れ回っている。

 己を自由にするのは、その狂気を解き放つのと同じだった。

 たった今この場を包み込んだ大音声をただただ噛み締め、心を強く保つ。

(ニギエラ……様……!)

 誰よりも慕う、王子の声だった。

 あの声がなければ、ジーネスを殺めていただろう。

 感謝と遺憾で胸が熱くなる。だが、王室席に眼を向けることは出来なかった。

 慕っているからこそ、このような無様な姿で、どうして王子に顔向け出来よう。

 そこに、二人分の足音が走って近づいてきた。

「隊長、無事か!?」

 顔を上げぬまま、イリーズは深々と息を吐いた。苛立ち半分、安堵半分といったところだ。

 王子への思慕に陶酔していたところを邪魔された気分だったが、同時に、王子よりもシアンの方が今の状況をなんとかしてくれるのではという期待もあった。

「姐御ッ、一体、どうしちまったんでさぁ?」

「わ、わからん……急に、頭が……おかしくなって……」

 主従を斬りたい欲求と闘いながら、一語一語、絞り出すように喋る。

「変わったことはなかったか? 呪文のような言葉を聞いたとか、試合の前に何かを見たとか、飲み食いしたとか、どんな些細(ささい)なことでもいい」

「そういえば……首を、虫に刺されたような…………まさか……!」

「ご主人、ありやした!」

 すぐさまマオが褐色のうなじにそれを見つけ、即座に引き抜いた。

 途端に、イリーズのなかで衝動が弱まる。

 だが気は抜けない。二人の血を見たがっている自分は、まだいる。

「すまない、助かった……」

「いや、あんたにとって恐ろしいのは、むしろこれからだ」

「……? どういう────」

 目の前に、マオの手が差し出された。

 その指に(つま)まれているのは、五センチほどの細い針だった。

 尻には小さな矢羽根──吹矢である。

「くそっ……毒か……それとも術が?」

 察しのいいイリーズは、そこで自分が無理矢理に狂戦士化されたことに気付いた。

「毒の塊だ。見たところ、魔界の薬草の樹脂を固めて作られている」

「────! 魔薬(まやく)か……ッ!」

「う……ッ」

 マオが針をペロッとひと舐めして顔を歪めた。

「最悪だ……これ《キツネビゲシ》だぜ」

 イリーズの火照った顔から、たちまち血の気が引いた。

 剣を握る手が、葛藤とは別の理由で震え始める。

 キツネビゲシ──その名と、それを打ち込まれたという事実が全身に重くのし掛かっていた。

 魔薬とは、魔界の薬草から精製される薬物の総称である。その最大の特徴は、魔族にとっては滋養強壮の良薬となるのに対し、生態構造の違うヒトにとっては精神や肉体を破壊する魔性の毒となることである。

 そのなかでも、マオの言ったキツネビゲシは精神に激烈な悪影響を及ぼすものとして、とくに危険視されている。

 強壮剤として身体能力を爆発的に高める効果を持つが、ヒトが使用した際には副作用として攻撃性が異常に刺激され、理性と自我は消滅する。狂戦士が誕生するのだ。

 ごく少量であっても、服用したヒトの多くは血と暴力に狂ったあげく、脳神経をズタズタに破壊されて死に絶える。

 イリーズが今生きて話をしていることさえ驚異的であり幸運に違いないが、まだ安心は出来ない。

 魔薬の持つ真の恐怖は、これから始まるのだ。

「隊長、今の症状もすぐには治まらん。すまんが気絶してもらう」

 なかなか耳にしない言い回しである。

 が、イリーズにとっては願ってもない提案だった。

 針は抜かれたが、衝動は収まりきらない。むしろ、弱り切った自分の理性が食い破られる方が先かもしれない。

「構わん……早くしろ……」

「よし。マオ」

「アイアイサーでさぁ!」

 ハッとして顔を上げたイリーズの眼に、鍋を構えたマオが映った。

 鳩尾への一撃や頸動脈の締め落としでないのは明白だ。

「いや、待て……ッ、もうちょっとマシな────」

「にゃっはーッ!」

 有無を言わせぬ──そしてどこか楽しげなフルスイングが、その頭に炸裂した。

(馬鹿か。私があんたに触るわけがないだろう)

(報復完了。悪く思うねい)

(貴様ら……この借りは、返す……!)

 三者三様の腹の内だった。

「『ご主人は女傑恐怖症』裏話コーナー! ……さてー姐御、凄まじいゴリラっぷりで」

「ゴリラ言うなぁ!」

「というのは冗談で、それにしても姐御、ここまで三回戦闘シーンがあって、一回目は燭台で剣を折られ、二回目は大多数に囲まれてご主人の引き立て役、三回目がこれ。まともに活躍できたのが一回もねぇ!」

「それも言うなぁ! ああ何故だぁー!? 私は栄えあるメガロニア親衛隊の隊長だぞ! 国内の女戦士では最強の身だぞ!」

「世界は広いってことだぜ」

「絶対にそういう問題じゃないだろ!」

「すまん!」

「作者の名代でご主人が平謝りしたー!」

「私の強さと、公爵の陰謀と、これから起こるゴタゴタを引き受けてくれるキャラが他にいなかったんだ」

「おのれー!」

「どうどう姐御。引き立て役になるってことは、それだけ〝突っ立ってても強いのが分かる〟ってことでさ」

「褒めたつもりか!? それに『どうどう』とはなんだ! 私は馬か!」

「ああ違った、ゴリラだった」

「いい加減にしろ!」




次回予告!


 長い夜が始まる!

 シアン、マオ、そしてイリーズ、

 一人は叫び、一人は泣き、一人は探し求める!

 想いは交錯し、すれ違い、不運が不幸を呼び、

 望んでもいない受難が死神の如く人を掴まえる!

 孤独な闘いの先に、三人が手にするのは光か!? 闇か!?

 ああ、どうにもシリアスが止まらない!


 次回、『ご主人は女傑恐怖症』第七章!

 『主人と従者とメガロニア』!

 

 すべては夜陰に紛れて動き出す……

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